あわわわ。原稿全然上がってない。ひぃぃぃぃ。
ほとんどノンフィクションのくせにものすごくパクリでしかもそれよりもすごくすごく下手くそな文章ができてきてます。ぎゃぁー。 きっとどんなペンネーム使っても分かる人にはすっごいバレバレだろうなぁ。 すげぇ文下手だなぁーと笑ってやって下さい。えぇ。 ていうかまだ書き終わってさえいないのに何言ってるんだろう私。 最悪ですな。
あと半月ほどでしばらく忘れ去られていた(笑)あやつの演奏会ですや。 忘れ去っていたくせにどんな花束を上げようか、とか困っている内に結構動揺しているのがまた最悪です。 ちくせう。自己中め。
私はそんなに頭よくないって事は分かってるつもりです。
| 2001年08月26日(日) |
♪誰かが星を見ていた |
「アフリカの星を見て ゾウたちは育った 草むらに寝ころんで 流れ星を見てた ・・・ いつでも 星はあった 誰かが星を見ていた 過ぎてゆく時の流れ 星だけが知っている ・・・」 小学校の頃習った、今でも好きな曲です。 星関連の話を聞いたりすると、とっさに頭をめぐります。
と言っても、何のことはない、NHKスペシャルで宇宙のことをやってたのです。 どうでもいいけど、ケイ素のことをシリコンと言うので何かと思いました。 すごく目新しいことを言ってた訳じゃないと思うのですけど、今更ながら天文学って進んでるなぁ、とか思ってしまいました。 研究者のひとりが、私たちを作る元素は遙か遠い(昔の)星の爆発でできたんだ、みたいなことを説明しながら、目をうるうるさせてました。 彼らはもっとも夢みがちな人種のひとつに違いない、とか思いました。 そんな夢みがちな研究のために、ちゃんと国から予算ついてるんだなぁとか思うとちょっと微笑ましい感じがしました。(額がどれ程だとか、結局名声争いだとかは置いておいて。)
最近「アインシュタイン150の言葉」なる本を見つけまして。
ちょっとすてきだと思った言葉、とりあえず一つ。 「思考とは、それ自体が目的である。音楽もそうです。」
アインシュタインは、物理学の分野でものすごい発見をしたけども、こういった、哲学じみた分野でもすごかったらしい。 理系分野だろうと文系分野だろうと、考えるってことはあまり違わないのかな。 まいったまいった。
合唱部引退してしまって寂しいです。 下手でも歌は続けられたらいいのに、と思ってます。大学に行けたら・・・。
ほんと、しばらく練習しないとどんとん下手になっていくんですよ。 ふと歌おうとして「・・・声が出なくなってる・・・」とか。 ある意味恐怖(苦笑)。 普段の話すときの声も変わってきてる気がしたり。 いや、自主的に練習すればいいんですが・・・。
血圧、心拍数は心理の変化を素直に映し、しかも測られると隠せない。 ってことを、身に沁みて感じました。あっはっは(壊)。 嘘発見器も或る程度は信憑性ありますやね。今更ながら。
極単純なことなんですけど。 献血するときに、医師の問診と血圧測定があるわけなのですが。 このあいだ行ったときに、そこの先生(医師って言うべき?)がちょっとかっこよくて、声もすてきだったんですよ。(いいさ、笑え!) もちろん、私は声も裏返ってない筈だし、表情にも出てない筈です。 でも、心拍数がやたら高かったんですね。90くらい。 ギャー! なんかもう、更に恥ずかったり唖然としてしまったり。もう嫌。
多分今後しばらくは、血圧測られたり嘘発見器にかけられたりするだけで、落ち着こうと焦ったり色々して、血圧や心拍数上がると思います。 というか、嘘発見器にはかけられたくないです。
| 2001年08月19日(日) |
どろ亀さん/筑波の実験植物園 |
◆どろ亀さん◆ テレビで、北海道・富良野にある東京大学農学部付属演習林の話をやってまして。 100年ほど前から、細かい管理法で木を切り出しつつ、大きな、綺麗な森を維持してる、というような話だったのですが。 なにより。 三十数年その森を管理(?)してきた、「どろ亀」さん、こと高橋延清名誉教授がすごすぎる・・・。 樹齢500年ほどの、森の主と言うべきミズナラの大木に、「やぁ、しばらく、しばらく」と声を掛け、小さなミズナラの芽を見つけると「やぁ、ミズナラの赤ちゃんだ・・・。」と喜び、極めつけは「これで、いいんだ。」 ・・・あぁ。すごく説明しづらいんです、あのおじいちゃんの独特ぶり。 八十すぎで杖ついて森を歩いて、キノコを見つけると 「これはたべられないね。(かじってみてから)だめだ」 「(たべてみてから)これはたべれられますね。」とか。 もうすごいんですよ・・・。 こんな人がいたら、都会から来た学生なんて、唖然とするかマイっちゃうかどっちかじゃないかしら。 特に、「これで、いいんだ」なんてね・・・。ものすごく浮世離れしててね・・・。いやはや。 ちょっとマイっちゃいました・・・。
◆筑波の実験植物園◆ どろ亀さんの富良野の森と比較するつもりは全然なかったんですが・・・。 昨日、筑波行ってきまして。 本来の目的はともかく、国立科学博物館の実験植物園がなかなかおもしろくて。 特に「サバンナ温室」なんて見物でした。多種多様なサボテン等のサバンナ・乾燥地帯の植物がどっさり。 野外植物園の方も、区画で植生が綺麗に分かれてて、雰囲気がガラリと変わるんです。こんなにも、日光と木の具合で印象が変わるものかと思いましたよ。 でも思うに、一人で来るもんじゃないです・・・。 友達同士数人で、とか若いカップルで、とかがおすすめです。(笑) 盛りだくさんなのでなかなか満足されるかと。 しかし、なんというか、寒くて天気も良くなかったせいもありますけど、私はエライ混乱してしまって不気味に思えたりして。 本来なら違う山にあるような木々が次々に現れて、息つく間もない、というか林の雰囲気になじむ余裕がない、というか。 どこなんだここはー!という感じでした。いえ筑波なんですけどもね。 ほら、遠い異国(爆)でも、見覚えのある木があったりすると、ふとなつかしくなったり・・・しません?(笑) ともかく不思議な所でした。 筑波に行く機会があったら、寄ってみたらいかがでしょうか。
あぁ、だらだらしてる間に夏休みが終わる・・・。 平将門の首塚についてのレポート(日本史の課題)もまだだ・・・。 最初で最後(爆)の某同好会の原稿もまだだ・・・。 ぎゃー。
ここ数日は、「るろうに剣心」をほぼ全部読み返すという無駄っぷり。
無駄なものと言えば。 「無駄なものにこそ文化がある」と言う、心強い友人を発見。 私も無駄なもの大好きです。 お金があるとろくなものを買いません(爆)。 くまがさ(沖縄で売ってた円錐形の笠)とか。 ガラスペン(丸善のセール品で、ちょっと使いづらい)とか。 ガラスペンのためのインク壺(万年筆のカートリッジがまだ沢山あるのに)とか。 死蔵用線香花火とか。 「健康くん」(怪しい足ツボ刺激用品)とか。 ブックバンド(まとめるような本もないのに)とか。探せばもっとありますが。 他に、寒天でゼリーを作るとか、白玉を作るとか、突発的に易しいお菓子をつくるのも大好きです。 そういう無駄なもの買うとき、作るときってほんと楽しいです。 ほんとうに、私はこういうちょっとした無駄なことしてれば仕合わせなんですけどね・・・。
ただ、買い物はお金が掛かるから、下手すると金遣いが荒く・・・。 やはり地味なお菓子くらいが適当でしょうか。(笑)
任期終わってから二ヶ月程なのですが、同期会に出て遊んできました。 同期会と言っても、居たのは役員等で仲良くなった人たちが10人ほどだったのですが。 ちょっと楽しかったのです。 懐かしい友達とのおしゃべりはもちろんだけども。 カラオケ行って、少し歌いまして。合唱やってる人が半分ほど居たのですがその人達の上手いこと。聴いててちょっとおもしろかったです。 カラオケで熱唱するのはある意味恥ずかしいのかも知れませんけど、もう遠慮なく、というか手を抜かずにちゃんと歌ってて。 合唱のパートならバリトンの人が、鬼塚ちひろを綺麗に歌い上げたりするんだから感心しました。 その人がポルノグラフィティの「アゲハ蝶」を歌ってるのを聴いて、はじめてまともに歌詞を知ったもんだから、いい曲だー!と思って早速CD借りてきてみたり。 しかし、CD聴いてみると声が高い分薄くなってしまうらしく、(宿命かな、)思ったより・・・。残念。 アニメソングばっかり歌ってたソプラノ嬢なんか、かなりはしゃいですごくて、なりきって歌ってたけど、CDで歌ってる人よりうまいだろうし(その曲知らなかったのでなんとも言えないけど)。いやはや。
その辺の歌手より上手い人って実は結構いますね・・・。 いや、いいんだけど・・・。ミュージシャンをけなしてもしょうがない、多分。
「誰も言わないから俺が言うんだけども」と言いつつ、英語の講師が話すには。 “成功するとか、夢を叶えるとか、有名になるとか、そういったことは、究極的にはいいことはない。 どれも、自分が自分が、だ。 むしろ、身近な人たちといい関係を結んだりすることのワナになる。” いやはや、塾の講師がこんなことを言う程かぁ・・・。
電車のつり革広告とかを見てると、 「成功する男の・・・」「年収××××万の・・・」とかが目立ってきているような。 はぁ・・・。 未だにアメリカン・ドリームは「成功」なのかしら。 例えそうだとしても、真似する理由にはならないやなぁ・・・。
話は変わって。 昨日、東急ハンズをうろついていたら、「トルマリンゴ」なるものがありました。 もう心からうさんくさいよー! ハンズでしっかりトルマリンゴのコーナーがあって、CMのビデオをエンドレスで流してるってのはさすがに重症な気がするよ。 『マイナスイオン(元気イオン)を発生させ・・・』とか表記するのやめろー!もー。 あまりに気になって、ネットでトルマリンについて検索してしまいましたよ。 (ちなみに、トルマリンは構造上、ゆがみを与えると電気的な偏りができてマイナスイオンが生じる・・・のは本当らしい。しかしプラスイオンはどうだか謎。それ以上はもーいいデス。) あ、あと、2分ほど煙草を入れとくと無害になる、しかも味は損なわず、というトルマリンを仕込んだ筒もありました。(もーやめて。) 美顔ローラーみたいなもんなのかなぁ・・・。
それと、(単に暇人なだけかも知れないけど)「アガリスク」の胡散臭さも前から気になってたのでちょっと検索してみたんですが、さすがにあほくさくなって途中で辞めました・・・。
誕生日にと、万年筆を買ってもらいまして、昨日届きました。 店員さんが、ペン先を洗うときに間違って吹っ飛ばしたので取り寄せてもらったという愉快な事態もあったり。(インクを変えるときはペン先をちゃんと洗わなくちゃならなくて、洗った後の水を、水銀体温計を振るみたいにして出していたら、見事にすっぱーん、と・・・) 白状するのもなんですが、ペン先よりデザイン重視です。 きっと愛用します。
まずは、文芸同好会の会誌を落とさないようにせねば・・・・・・。 最初で最後になるんでしょうから・・・。(ごめんなさい。)
塾で、「医系小論文」なる講座を取っているのですが。 いやはや。なかなか出題がしんどい。あたりまえか。 「動物実験の是非」「人の死の(法律上の)定義について」「ガン告知について」「生殖医療の倫理的(?)問題」「遺伝子技術の問題」そして「科学論」そのものとか。 あーぁ。普段全然この類のこと考えてなかったのがもろばれです。 こういう問題を突きつけられると、少なくとも新聞レベルの知識は要るから、新聞読むのも必要だなぁ・・・とか思ったり。でもやっぱりそれだけじゃ足りないし。 それに、自分で考えなきゃならないし、(まぁそれは当たり前だしいいんだけど、)論理的記述能力が試されるし。ふー。
「科学論」の問題で、立花隆と利根川進(1987年ノーベル生理学医学賞受賞のMIT教授)の対談が出てるんですが、もう大変で。 「生命現象(哲学、文学などの精神現象も含む)における物質的基盤の有無」とやらを論じてるのですが。 なんというか、利根川氏の話し方が文系の人間に喧嘩を売ってるとしか思えない。 生命現象は全て物質レベルで説明がつけられるとか、現代の生物学の成果が哲学に大きな影響を与えたとか、個々の人間の性格や知能、それを基盤にした行動の大枠はその人の遺伝子群でかなり決まってくるとか、よく読めば言ってることはそう変なことではないんだけど・・・。 例が乱暴、表現が喧嘩腰。 それでもって、問題文の対談が、二人の主張がまるっきり平行線のままで終わっててなお気持ち悪い。気になるなら自分で本買えばいいんだけどさ。そもそも対談の本てなんかずるいような気がして嫌。どうせなら、出た意見やら思想やらをまとめてから本にして・・・。 さておいて。 その乱暴な例、たとえば「精神現象を幻とか神秘とか言って自然科学の方法論で研究しないのは非科学的でナンセンス。非科学的な説明に納得するというのは、賢い人の脳味噌を分け合って食べれば頭の良さが分け与えられるって説明に納得するようなものですよ」ってのに、私は上手く反論できなかったりするのだなぁ。 とりあえず思いつくのは、「非自然科学的ってのと非科学的ってのは必ずしも一致しない」くらいだけど・・・。社会科学も科学だろうから。 そして、「論理的」と「科学的」はどのくらいどう違うのかしら? 哲学やちゃんとした(?)思想は、十分に論理的だと思うのだけど。 社会科学や哲学によって精神現象を研究するのは非科学的でナンセンスなのか?
・・・そんなこと言っても、所詮揚げ足取りかも知れない・・・。 でもあんまりひどいよねぇ。
なんにせよ・・・。 精神現象について、自然科学的な研究が進んでいけば、いずれ社会科学との差がほとんどなくなるような気がします。 例えば、「すぐれた詩が人間を感動させるとき、脳でそれに対応する物質現象が起きている。それが解明されれば、どういう詩、ストーリーがなぜより人を感動させるのかといったようなこともわかってくる。」のだそうです。それはそうでしょう。 でもそんなこと、どんな詩がなぜ人を感動させるかなんて、脳波を測定したりしなくても、多少の洞察力、思考力があれば分かることなんじゃないかしら。もちろん、個人が洞察やら思考やらしたところで、偏見とか思いこみによる間違いはあるだろうけど・・・。 それにしたって、自然科学的実験において、個体差によって結果が違ってくることとどこが違う?特に、文学作品の見方についてなんて個体差が大きすぎるような・・・。
なんか鼻息荒くなっちゃったかな・・・。 穴だらけかもしれないし・・・。
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