雑記帳
日々の感慨、経験、その他をつらつらと

2001年07月30日(月) 線香花火は一人ですべし

いいですよねぇ、線香花火・・・。夏の内に買いだめしておこうかしら。

7月20日から一週間ちょっと、家族が旅行で出かけまして、一人で留守番してたのですが。
いやはや。
まず、一人で朝起きられなかったり(爆)。
それでいて四時半と六時頃、猫が「ご飯よこせ」とか「散歩に連れてけ」とか起こしに来るもので熟睡できなかったり。
2時間の夏期講習行って(行かなかったりもするんだが)ご飯を作って新聞を読むとそれだけで一日が終わってたり。
いかに日々親に依存してるか身にしみました。
逆に、ただ暮らしてくだけなら一人でも十分出来るな、とは思えたのですけども。(自分の御飯を自分で料理するのも楽しいし、まぁゴキブリがしょっちゅう出たのには閉口したけども、静かに一人で居るってのもよかったし。)
それも、親が帰ってくるとすぐに元通りでして。

こんなこと言うのも明らかに変だし恥ずいけど、
期間限定一人暮らししている間は、鏡を見てもそれなりにしっかりした感じ(?)の18歳がいたわけなんですけども、
親が戻ってくると、いつもの大きな子ども見たいな年齢不詳の顔が。
全く嫌になっちゃいます。(他人事みたいだけど・・・)

恥かきついでに、更に一人暮らし中のダメダメぶり→
夏期講習1日目:受講票と辞書を忘れたことに気付いて嫌になって帰宅。
2日目:受講票の再発行には千円もかかるそうで。しかも塾の場所を間違えてしまい嫌になって帰宅。途中、都庁の献血ルームで初の成分献血。
3日目:漸くテキストを貰うも、遅刻して行くのが嫌になって帰宅。途中、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」を有楽町で観る。
4・5日目:なんとかまともに出席。
いやはや。尋常じゃないですやなぁ・・・。

更についでに、「千と千尋の神隠し」の簡単な感想でも。
素直に何度も泣けるところがあってよかったです。(あんまりホロホロ泣くのって安易かなぁとか思ったりしたけどどうなんだろう・・・。いや私の問題だけど。)
釜爺すてきでした。手が六本もあってすごい便利そう・・・いいなぁ(笑)。ちょっとお茶目だしいい人だし、すてきなおじいちゃんでした。
ハクという少年は、風邪の谷のナウシカ(漫画の方)のセルム(森の人)とアスベルを混ぜたような、という印象が。セルムの割合が多いけど。宮崎さんも、あれだけいっぱい作ってるとキャラが少しづつかぶってくるような・・・。あまりうがってもいけないでしょうか。
湯婆婆は(CMの印象と違って)かなり愛嬌もあるし迫力もあるし、なかなかすてきでした。ラピュタの空賊ママの上を行くかと。ただ、結構いい人なもので、銭婆との対比が謎になってしまってちょっと。
それと、「おしらさま」っていう大根の親玉な妖怪(神様?)が出てくるのですが・・・。
遠野にも、「おしらさま」っていう全然別の神様がいるそうです。人間の娘を好きになった馬が居て、でも娘は応えられなくて・・・みたいな話のある(弟談)。
千と千尋に出てくる妖怪や神様は「宮崎ワールド」の中の存在らしいです。もちろん、あの訳の分からない爽やかな(?)怪しさは素敵なのでけちつけてるつもりはありませんが。



2001年07月22日(日) 十八

いやはや・・・。ここ数日自炊してるんですけども、その御陰で朝起きれなかったりひたすらテレビみて過ごしたりしてどうも・・・。ダメですなぁ。

それはそうと、管理人は十八歳になりました。
当たり前ですが、珍しいことでもなく。誰でも十八になりますし、又は誰でも昔は十八だったわけです。
でもまぁ当人としては、「庄子薫クンととうとう同い年になっちゃったなぁ」とか、それこそ、もう少女とは言いづらくなったかなぁとか、多少感慨はあったり。
今日、ローザンヌのバレエコンクールをテレビでなんとなく見てたのですけど、皆17歳以下。もちろん最後まで上がってきた人たちですからすごくきれいで、軽やかで、楽しげで・・・。そう、ぼーっとしてちゃいけないんだわ。

うーん・・・。



2001年07月17日(火) 夏休みの決心(大袈裟な・・・)

今年の夏の目標は。
「だらだらはしない」。
読書にしても勉強にしても何するにしても。出来る限り突き詰めてやれたらいいな。
この暑いのに無謀な目標かも知れないけど・・・。

夏の夕暮れ空って綺麗ですね。
正確には日が落ちてしまった後の青色のことだけど・・・。
あんなに綺麗なものがすぐそこにあったのに、どうして気付いてなかったんだろう?
どうでもいいけど、青と黒混ぜても、藍色は作れないよな・・・。

でも・・・。
「空はあんなに綺麗なのに、他に何が要るっていうんだろう?」とか言ってみても、私はクーラー無しじゃぁ夏は乗り切れなくて。
あーぁ。



2001年07月14日(土) 日記を読み返したら

日記を付けはじめてからまだ三ヶ月半。
「なるべく日々考える」とか「日記には気分の波を書くんじゃなくて、もうちょっと考えた後のことを書く」といった目標は変わらないのだけど、考えてることの変わってきたこと。
これを進歩と呼ぶのかどうかは謎です。だって、段々机上の空論的なことばっかり思うようになってきちゃったし(苦笑)。好いのか悪いのか別として。
なにより身に沁みたのは、書かなくちゃぁ本当に忘れてしまうっていうこと。
そのとき思ったこと、感じたこと、確信・・・。
私は街を歩いてるときに色々と思いつくことが多いのだけど、それこそ、着想ノートでも作らなきゃぁ、全部なんて覚えていられない・・・。

池田晶子の本には我ながら相当影響されてます。
何のために勉強するのか、生きて行かなくちゃならないのか・・・とか。問いだけ書き出すと教科書にでも書いてありそうなことだけど、やはり判らない様です。

“青春は歩いて来ないのよ それは季節じゃないんだよ”
“どうせ答えなんて無いのよ だから人は歩くの ”(by bonnie pink)
考えた末の言葉を、自作のメロディで歌えるなんて素敵。いいなぁ。
いや、最近浴衣作ってる間にエンドレスで聴いてるもので。

誕生日に万年筆が欲しいって言ってみたり、浴衣を作ってみたり、古風なもの、ことにややあこがれが。
今じゃぁ、学生であることも縫い物ができることも、何のステータスにもならないんだけど・・・。(しかも、別に万年筆使って小説書くわけでもあるまいし)

それにしても、私の脳味噌(?)というか思考回路というか、そういうのはどこから来てるんでしょうね。
というのも、あんまりに塾の国語の先生やら学校の世界史の先生やら両親やらに影響されまくってるからです。
私は引用しかできないのかい、とちょっと前から思ってました。
でも、あまたある言葉や考えの中から選んで引用するのも、まぁ一応意義あることですよね、とか思ってごまかしてました。


・・・すごい話題が飛びすぎ・・・。
でも、実際はもっと飛びまくったことをそのときそのとき思って暮らしてるわけで・・・。
禅を組んでいても、悟るのはその一瞬だとか。
ましてや、小娘の移り気な考えをや。



2001年07月11日(水) 浴衣制作中

近所の手芸屋で、浴衣地一反2600円で入手。
図書館で和裁の本をコピーして来て、ちくちくとやってます。
さて、今年はちゃんと完成するだろうか・・・?
今年の夏の目標は、「浴衣を縫い上げる」だわ。

そんなことやってていいのか、とは我ながら多少は思っています。
でも、受験勉強と浴衣縫うのと、どちらの方が意味があるかとかはあまり考えてません、まだ。
受験勉強も必要なんでしょうけどね。教養として。いやしかし、歴史とか地理とかならともかく、微分積分が教養と言われても正直ピンと来ないんだなぁ。
結局、出来ない輩の愚痴になっちゃいますけど。


それにしても今日は、この日記を実はちょくちょく見に来てくれる人がいると知ってちょっと驚きでした。そして恥ずい。(爆)
なんにせよ、誰が見ていようと、(又は誰も見て無くとも、)特定の人へのメッセージとかじゃなく、誰が見ても判るような文章書いていきたいです・・・。
そして何より、ちゃんと考えた末の正直な事言うのが目標です。

あれれ、ひょっとして更に恥ずかしいこと言ってるかしら。
とりあえず、夏負け(もう梅雨明けてしまったそうで)と寝不足のせいにして。(爆)



2001年07月09日(月) 鎌倉

友人と鎌倉行ってきました。
暑かった。でも、さっぱりした日だったし、楽しかった。
相変わらず明月院すてきでした。
枯れはじめた紫陽花は、多少色が残っていてもさっさと切ってしまうんですね。見苦しくないように。

自殺者の9割は鬱病だという話です。さもありなん。
では、残りの1割は一体何なんだろう。

・・・うーん。上手く言えないからってひたすら刺激的な文章並べるのはよくないなぁ・・・。なんとかちゃんと言わなきゃならないのに・・・。

“僕は、心であり、正確には、言葉です。”(池田晶子「考える日々」中の筆者の引用の引用(爆))

にぎゃー。まただし。



2001年07月08日(日) 本の影響

最近、友人から「考える日々(池田晶子著)」を借りて読んでます。
池田晶子氏とは自称美人のねーちゃんの哲学者で、多少喧嘩腰で感情論っぽいのが気になりますが(さらに自意識がすごく強いけど、それは哲学者の宿命みたいな気もするからいいとして、)すごく哲学の王道を行ってる感じの文章を書く人です。
哲学してると自分の足もとから揺れてくる、って話をどっかで聞きましたけど、その通り。
私がこの日記の上部に「少しでも哲学が覗いていればこれに勝る幸いなし」とか書いてるのが恥ずかしくなってきてしまいました。
彼女の言う「思索」とか「哲学する」とか、私は全然やってなかったんだもの。せいぜい、拙い批評をするとか、流行りの(?)思想を追いかけるとか。そのくらい。いやそれもダメダメなんだけど、とりあえず置いとくことにして。

それにしても・・・。
何も考えない奴がくだらないのは分かるけど、
考えたからって果たして下るんだろうか?
池田氏も言ってるけど、考えたところで所詮、「分からないということが分かる」だけであって。
極僅かな程度の問題にしかならないんじゃぁ。

「果たして、世の中(人間でも自分でもいいけど)は身も蓋もないのか?」
「人間はつまり、くだらないのか?」

この辺、どうなんだろうか・・・。
確かに、真剣に考えたことのある人は、色々と深みが出てくるんだと思う。尊敬するに値する人は、きっとそういう人達。
でも、
“哲学はそもそも教養だから、身も蓋もなくても考えるのは人間の使命”
“下るも下らないも、そもそも生に目的は無い”
っていうことなんでしょうか?(結論が結構飛んでて御免なさい。)


こういうのって、頭の弱い人の嫉妬にすぎないのかしら。


※ちなみに、「考える」を「勉強する」に置き換えても個人的には変わりません(爆)。
勉強はいつまでたっても終わらない。全部わかるなんてことないから。だったらなんで、人は学ぼうとしているんだろう、と。
勉強ついては、「人間の使命だから」とか言われてもまず納得できないけど。(笑)「性質だから」だったらまだしも・・・。



2001年07月03日(火) 浴衣縫えたらいいのになぁ

このあいだ浅草をふらふらして、安い浴衣無いかなぁと探していたんですが、いやはや。
自分で縫えるなら3000円くらいの反物あるんですけどもねぇ。縫ってあるのとなると、当然高くなる上にきっとゆき丈足りないだろうし・・・。ぶつぶつぶつ。
最近、部屋着兼寝間着にお祖母ちゃんの縫ってくれた浴衣着てみてるんですが、ゆき丈(洋服で言うとそで丈?)が足りなくてなんとも。


友人曰く。
「人間は一人一人違うからこそおもしろい、っていうのは9割9分の人が肯定するのに、実際の態度は・・・・・・・・。」
自分と相手の知ってることや興味のあることは違うってのを肝に命じて話すこと、その上で楽しく、相手の興味を惹くように(っていうと語弊があるけど)話して、仲良くなること(?)、実はどれほど難しいことか。
所謂「内輪」か「外の人」か、どちらか極端になっちゃうってことなのかしら。


浦沢直樹「MASTER KEATON」の主人公曰く。
「では、なぜ(人間は)学び続けるのでしょう?・・・それが人間の使命だからです。」
・・・私はまだ、そんな風には言い切れないです・・・。


ついでに、私好みのかっこいい人列挙。(爆)
・ブラック・ジャック(手塚治虫)
・庄子薫クン(「赤頭巾ちゃん気をつけて」の作中の薫クンの方)
・明和電気の新社長
・マスター・キートン(浦沢直樹)
etc.
増えたらまた付け足そう。ほとんどが架空の人物なところが悩みの種。(笑)
それほどテレビ見ないので実在の人でかっこいい人それほど知らないんだよねぇ。



2001年07月02日(月) どうでもいいこと、よくないこと

奇怪な題名つけましたけどもまとまらないです。いつものことか。
夜、パソコンに向かうと昼間考えてたことが思い出せないことが多々。電車の中やぶらぶらと歩きながらの考えって、結構「取り留めもない」のでしょうか。でも、そのときの妙な確信があったりするのだなぁ。

例えば、「私が勉強する気の無いのは、さぼり性のせいもあるけど、そこはかとない無力感のせいだ」とか。
間違っちゃいないんだけど、どうもいまいち・・・。
どうせ自分の事しか考えないのだったら、せめて徹底的に考えるべきなんだろうけど、それもどうも面倒くさかったり。
ダメダメだぁ。

それにしても読みたい本がどんどん溜まっていってやばいです。
「高村光太郎詩集」(授業で必要)やらニーチェの「ツァラトゥストラはこう言った」やら漱石の「三四郎」やら。全部買ってあるのに読み切って無い(爆)。
小林秀雄も読まなくちゃならないような気がひしひしと。やはり親の影響は強いですなぁ。やれやれ。


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