詩のような 世界

目次


2002年11月27日(水) 居場所


言い訳のできない季節がやって来た
ような気がする
けれどわたしは逃げる準備に追われている


手を引いてくれるの?
でもかわいいことは何も言えないよ?


変てこな言葉を唱えても
遠のかず一緒に眺められたら素敵
作られかけの気持ちのよい場所


思いはどこまで強ければ誰かに届くのか
必ず、と約束してくれる郵便ポストがあるなら
わたしは


冷静さを失わないように
と自分に注意したことがないなんて笑える
なぜわたしはバス時間のために生きているの


荷造りが終わって
わたしはひとまずこの部屋を捨てる
心がしくしくと泣いているけれど無視する


ドアは
こちらへお進みくださいと言わんばかりに
身体をすっと反らした


2002年11月26日(火) 日々散歩

キラキラと音を立てる光の中で
僕は思い込みを全て捨て去ろうと
散歩した

木々が放出する酸素は甘く
癒しに似た風の息づかいに心奪われる

「つまり」が口癖の鶏は
きっと小屋の中でストレスを溜めているんだろう
解き放たれる不安もあるのかもしれない

凛とした原っぱの真ん中に
14.5型テレビが放置されている
画面の中には「すみません」の文字、文字、文字……
このテレビは日本製らしい

寒くなんかないさ
地球を感じられるのなら

好きになれなくてもいいさ
冬の日差しを靴に擦りつけるだけで

歩く
あてもなく歩く
捕らわれのお姫様が
僕の左胸ですやすやと眠り出した


2002年11月23日(土) 毒薬取り扱い試験「優良合格」


外は思いっきり晴れていたので

毒薬を調合することにした

べつにトカゲの尻尾や処女の生き血など必要ない

そこらに落ちてる埃と犬の唾液で十分だ


あの男を殺すつもりなんでしょ

と友人のような人が含み笑いをしたが

まさかそんなことをするわけがない

そこまで他人に興味などないのよ


つまり観賞用ということである

誰に飲ませるためでもない

毒薬を日々眺めては観察日記をつける

朝顔記録よりわくわくすることは確か


しかし時々見ているだけでは物足りないと感じる

瞬時に昔の男の顔が脳裏にちらついた

隣で笑っていた私が思い出される

不自然な空間で2人は寄り添っていた


ああそうか

あそこには愛なんていう空想物は存在しなかったのかも

言葉ではいくらでも囁ける「好き」「一緒にいたい」

でもそれは自分と相手を洗脳するための手段にすぎない


私は知っていた上で流されるふりをした

流されれば楽になれるような気がしたから

その結果できあがったのが今の私だ

毒薬をうっとり見守る超現実的な女


あの男が悪いわけでも幻想に罪があるわけでもない

ただ私は理性から解放されることがないのだ

現にこの毒薬は誰の口にも入っていないし

「皆自分が1番可愛い」を疑う可愛さが欠如している


2002年11月20日(水) veil


言葉をパソコン画面に叩き込むことによって
私の内部で巨大に渦巻く
お世辞にも立派とは言えない世界が
どうにか溢れ出さずにすんでいます


私の部屋はマンションの2階
夕暮れ時はベランダから外を見るのです
薄暗い闇が上から下へと移動し
濃紺と一筋の橙が家や人を包みます


うつむき家庭に帰るサラリーマン
今にも泣き出しそうな買い物袋を手にした主婦
男に無理矢理笑顔を向ける女子高生
道の真ん中で泣く赤ん坊は実は冷めていて可笑しい


この世界はどこか間違っています
そう思い悲観する私が間違っているのでしょうか
作られた街作られた音作られた人作られた声
透明なベールは剥ぐべきではないのかも


昼から夜へ変わる瞬間
四方八方から小さな悲鳴が聞こえるのですが


2002年11月18日(月) 壊れかけのメロディ


「ねぇダディ?
 どうしてあたしに人の愛し方を教えてくれなかったの」

写真の中のダディは口を閉ざしたままで
銀髪美人の女は問うことで心の平静を保っている
そうやって100年以上どうにか生きてきたのだ



「それは女性蔑視よ!」

灯台の窓からフェミニストたちが怒鳴っていた
光は海の水面を照らし
イルカの群れは見つかるまいと必死にもがいた



「ナーゴ、ナゴ(早く曲を流せ)」

メガネ少年が愛用している赤ジャージの中には
彼より二周り大きな猫が住んでいるのだが
猫は「どら猫ロックンロール」を意気揚揚と踊るのが趣味で
それを眺めるのがメガネ少年の趣味だ



「もっとこっちにおいで。
 ごめんね。ここでしか抱いてあげられなくて」

教卓に潜んだ2人はそこを愛の巣にしていた
彼が彼女に言うには
全てのラヴホテルには殺人鬼が隠れているらしい


2002年11月16日(土) 無意識の叫び


生きてるのが辛くなる
何も考えたくなくて
思考をシャットアウトする
唯一してることと言えば呼吸
笑っちゃうね

「助けて」が口癖になってる
特に夜中がひどくて
ベッドに入ると「助けて、助けて、助けて、助けて…」
止めたくても唇から勝手に飛び出すから
僕はもう放っておくしかないんだ
馬鹿みたいに天井に手を伸ばすけれど
もちろん何も触れない

涙は睫毛に押し込まれて頬を伝うことはまずない
枕からは誰の声も聞こえてこない

助けて欲しいのだろうか僕は
でも何から?


2002年11月08日(金) コネコノヌクモリ


夕焼け空の一部から

煙がもうもうと噴き出している

それを市内巡回バスの窓から見つめる僕

遠すぎて火傷することもできない


だから意識だけ飛ばしたんだ


薄灰色の煙に手を伸ばすと

意外にも、いや、予想通り

仔猫の体温を感じた

そっと泣くように胸に抱いた


浮遊しているせいで

少しだけ懐かしい気持ちになる

僕の恋人(猫)は行ってしまった

好き、ならわかるのに

愛してる、が実感できない

いつも眠っているうちに去ってしまうんだ


エメラルドグリーンに塗られたバスを見下ろす僕

近すぎて視界から外すことさえ困難


0℃の火柱にしがみつきながら

僕は笑えるのだろうか?


2002年11月06日(水) 絶対音感



ママはいつも僕の手のひらをピシャリと叩くんだ

「そこはラじゃないでしょ!」って

本当はピアノなんか嫌いなんだ

あの白と黒の鍵盤の羅列を見ていると寿司にしか見えないよ

どこが「ド」でどこが「ソ」かなんて僕にはどうでもいい

ママは「この子は才能がないわね」って言う

口には出さないけれどわかるよ

顔にはっきりそう書いてあるからね


昨日の夜、窓の外から救急車のサイレンが聞こえてきた

近所で止まった

僕はすごく心配になったんだ

アマンダのお母さんが倒れたかもしれないと思って

おばさんは最近ずっと寝たきりだってアマンダが嘆いていたから


突然、ママが笑顔で僕を見た

「あのサイレンをドレミファソラシドで言ってごらん」

僕は涙が出そうになったけれど何とかこらえて

ぴーぽーぴーぽーと呟いた

ママは両腕を上げてお手上げのポーズをとった

「シーソーシーソーでしょ。練習が足りないのよ」


次の日は1日中ピアノを弾くはめになった

僕の両手は痺れ、スタッカートなんて死んでもできない

9時間経過した頃からママのヒステリー声がよく聞こえなくなってきた

甲高かった音が、低く、低く、地の底から湧きあがってくるような……

僕は頭が前後にぐらぐら揺れ始めるのを感じた

ママは目を見開いて僕に何か問いかけているけれどわからない

周りのノイズはすべて単調になった

涙目になったママが叫んでいる言葉に耳を澄ます


ひらめいた!


「ド」だった

ピアノの1番左にある「ド」

低くて地獄の底から生まれ来るような「ド」

殺される直前の人が出す呻きのような「ド」

「ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……」

と繰り返すママに、自信を持って僕は答えた

初めてママに誉めてもらえる

耳に入る雑音や空気の振動がピアノの音になったから

僕はもしかしてピアノの天才になってしまったのかもしれない!



My追加
しえり |MAIL