非日記
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今月はまた同僚がぽろぽろ辞めるので、シフトもガタガタ変わって忙しない。大人しい時期と辞職ラッシュが繰り返される。時々私は地道に貯金をして、いつか株主になって「(自分が今勤めている)会社は株主に(自社の将来の展望について)どういう説明をしてるんだろう?」という謎を解きたい…という野望を抱いてみる事があるのだ。「手足は頭を見限っていくのに、頭の方では手足を付け替えればそれで上手い事どこまでもいけると思っているんだろうか?」と、末端と経営側の意識や感覚のズレというやつが気になるだろ。数字に弱い上に経済もダメダメなのでアレだけど。 それで時々、ほぼ理解できないのに株式や経済関連の書籍に興味を示してみる。
そんな心の動きもあって今頃になって「素人でもわかりやすい」というので新書のサブプライム問題とは何かを読んでたんだが。…面白いね、これ(苦笑)。読んでたらイケナイと思いつつ、ニヤニヤしてしまうんだけど。
↓ 「サブプライムを最初に直撃したのだ。宅建業者がついに白旗をあげた」とか 「壮大な住宅バブルが完全に終ったことを世界中に知らせる鐘が鳴ったのである」とか 「しかしこれとても序章に過ぎなかったのだ」とか 「事態の深刻さにまだ気がついてはいなかった」とか 「市場に衝撃が走った」とか 「事態は地獄へと向かっていた」とか 「悪夢の17日間の始まりだった」とか 「最初の火の手は欧州で上がった」とか 「あとはただ転がり落ちていくだけだった」とか 「しかし人々はまだ楽観的だった」とか 「箱の底には真実を見つめなさいと書いてあった」とか 「そして世界は流動性クラッシュへと本格的に突入していく事になる」 「銀行自身が資金繰りに窮する。これは金融危機である。『取り付け騒ぎが起こる』と世界中の金融関係者は青ざめた」とか 「むしろ地獄はこれからが本番だ」とか ↑
こういう記述がめくってもめくってもどんどこどんどこ続く。 …なんかこー、累積していた問題が次々と誘爆して全体が火達磨になって崩落していく様が…もうなんていうかいっそ笑いが止まらん感じだ。オタク的には、気分は創生合体アク○リオンだよ。「顧客と!企業と!金融の!新しい市場の為に!」「縁があったら、一万二千年後に会おう!」ごごごごご…で、アクエ○オンは地中に埋まった。ユーモアと清清しさすら感じる。 裏切りの翼サブプライムローンって感じだ。 いや裏切りの翼は金融革命と証券化だろうか。
こう全てが終った後で(終ったというかピークは昨年夏で、まとめ的一般向けのこの書籍の初版が昨年11月)どういう背景で何がどうなって何がどう起きたのかを懇切丁寧に噛み砕いて説明されると、第三者として客観的に見れば「バカ!間抜け!間抜けすぎるだろ!」と笑っちゃうんだけど、平氏視点ではそれどころではなく、源氏視点で見れば「ヤッター!」という爽快感と高揚感が炸裂する倶利伽羅峠の戦いのようだ。明らかに戦場。世の中の人々はこんな難しい事を考えながら生きてるんか。凄いな金融関係者は。何を考え何を見て生きてる人達なんだろうと想像を絶して不思議に思っていたが、日銀総裁とかを少し見直したよ。これは血を吐いて死にそうなお仕事だ。 個人的には貯めた金は無いものと思う癖があるので、銀行に貯金してた金が泡になって消えると想像しても真っ青になる感覚は想像できないんだが、しかし「銀行金融機関に金が無い→会社や企業の運転資金が調達できない→働こうにも働きようが無い→労働者無給→その会社と取引をしてる会社にも払えない→その会社も労働者無給」と流れていくので、やっぱり笑い事じゃないんだけど。自分の貧乏の想像はできても「金融危機」ってのは世界にとってどういう事かってのを想像するのは頭の弱い私には難しいんだが、うん、第二次世界大戦の引き金になった世界恐慌を思い出すぐらい。あれもアメリカのせいだっけ…?(笑)でかいって怖い。 イラク戦争の失敗あたりから経済をアメリカが支配する時代は完全に終った、次はインドか中国が来るって大体皆言うけど、インドも中国もでかいよね。でかいって怖い。
私が世界の片隅で平和に萌え過ごしていた頃、見えない場所ではそんな事態が着々とすすんでおり、そしてなんかテレビやニュースでわあわあ言ってたとき(正しくはニュースになる前からなんだが)、そんな面白い事が起きていたのか。 面白いよ、オススメ。
またもや林檎を貰った。現実世界で人からは貰ってばかりで生きている私だが、二次元には嬉々として貢ぐ私なのだ。
カレーパンが欲しいと言われたので真っ直ぐダッシュで購買にカレーパンを買いに行き、背後に隠してガス弾をプレゼントしたら「ちゃんと話を聞いてたのか?」と文句言いながら「仕方ないから貰ってやるよ」と受け取ってくれました。 ……バカ!ちゃんと聞いてるよ!私は聞いてるようで聞いてないが、聞いてないようで聞いてたりするんだよ!ただおまえがどんな反応するか知りたい衝動に耐えれなかったのよ!何弾薬なんか受け取ってるんだよ!背後に隠し持った、おまえの為だけに準備したカレーパンの立場は、おまえの為だけにカレーパンを買ってきた私の気持ちはどうなる!?しかもそれ高い方の弾なんだからね!?凄く奮発して買って、いざという時の為だけにずっと使わないで大事にとってあった弾なんだから!不満があるならちゃんと口に出して言いなさいよ!長くより良い付き合いにはそれが一番大事なんだから!その時は黙ってスルーして上手く行っても、長く付き合おうと思ったらそれじゃダメなんだって、そんな事もわからないの?!そんな風にして取り繕ったって、いつかは破綻するんだから!「一生幸福でいたいなら正直であれ」って昔のもの凄〜く偉い人が言ったんだから!ふざけんじゃないわ!またリセットじゃないの!あんたのせいよ! でもそんなおまえが好きだッ!なんで受け取っちゃうんだ!
…という生活をしていたら、「さすが屈折した愛ね」と言われ、「そうなのよー☆もう彼ったら屈折しちゃって可愛いったらないわん」とのろけていたら、屈折してるのは私なんだすって。そんな馬鹿な。
| 2008年03月22日(土) |
菜の花の辛し和えがうまい。 |
この春先にのみ「菜の花の辛し和え」やら「菜の花のおひたし」「菜の花の胡麻和え」など、店頭の惣菜に菜の花が並ぶ。菜の花料理はこの時期にしかお目にかかれない。微妙な苦味があり、うまい。 子供の頃は菜の花は菜種油のためだけに栽培されてるのだと思っていた。しかしよく考えると、栄養価の問題もあるのかもしれないが、実際旨いかどうかだけの問題で、「食えない雑草」というのはそうそう無いのだ。春の七草だって現代視点では明らかな雑草が入ってるものな。かえって道端の雑草の方が、何者かの糞尿に塗れている可能性はあっても、畑の近くではないかぎり農薬とはまず無縁ではある。
そういえば、フキやツワが店に出てるのを見かけると、野山で自力採取してたものに比べて異常に太く思え、「故意に栄養をあたえるとこれほど違うのか…」と感心したところがある。 …でも固くてゴリゴリとコワいよ、あれ。 大人なんじゃないかと思ったんだが、ひょっとして「栽培」しててあの太さなのか、と。 「違うよ!萌えいずる春の旨みはこんなんじゃないよ!」と直感的に思う。将来性はあるが弱く柔らかく繊細な、しかしこれからゴリゴリ成長していく為の柔軟性をもち、弱さの中に強靭さを秘めた幼子を「失礼ながらちょっといただきます」とへにょポッキリ手折った感じがまるでしない。 いや、私は「選んで新芽を採れ。年寄りは筋張って食えたもんじゃない」と指導されてたのよ。「ただし新芽を根こそぎ全部は採るな。来年のために!」とも指導された。「ここはなかなかの漁場だった…」となると心のメモ帳にチェックしておいて、翌年も漁りに来るためだ。
菜の花はそのへんに幾らでも咲いてるのに、花が咲いてしまったら美味しくない。ブロッコリーと一緒だ。豊かさにダメになった人間の常として、ブロッコリーの花を咲かせてしまったことがある。黄色い花なんだよね!何故蕾は旨いのに開くと不味いのだろうか。菜の花は人が生やしてるのかもしれんし。店で売ってるのは高いよな。近所では一束四五百円もした気がする。 ちなみにカリフラワーの花を咲かせたことは無い。…てゆうか、あれはあの状態で花なんだろうか。白いあれ、凄く不思議なものに見える。個人的にカリフラワーよりはブロッコリーの方が旨いと思うし、ブロッコリーの方が栄養があるっぽく見える。色のせいだろうか。 人間の目には緑色のものは無抵抗の食えるものっぽく見えるんだよ。赤い色のものも食えるかもしれないけど、しかも食ったらたんぱく質で栄養価は高いんだが、赤色を獲得しようとしたら反撃されて自分が赤い血を流したり赤い肉をさらして死ぬかもしれないだろ。赤は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」カラーだから、危険・勇気・情熱・レベルは高いが成功報酬は高額をイメージしてしまうの。比べて人は緑色に無意味に癒されるんじゃないだろうか。 あ、でも爬虫類や魚介類の肉は白っぽいのがあるな。
>> 私が毎度ひっそりと見て和んでる車中の働くおばちゃん、おばあちゃん組合のなかに途中の電停から大抵一緒に乗ってくる二人組みのおばあちゃんがいるんだが、一人は中でもたぶん一番年上なのかもしれないな。どう若く見積もっても六十代ではない。七十代も危ない。しかし九十代まではいかないかも…て感じだ。顔立ちはちょっとツン、パリっとした感じの面影を残す美老女で結構オシャレだ。一番洒落者かもしれない。若い人のように目を引くほど奇抜ではなく、ごくありふれて地味っぽくあるのに、基本的にセンスが良くて垢抜けてる。いわゆる田舎の働くジジババって雰囲気ではない。「ちょっと綺麗な人だな」という印象だ。 通勤カバンも、小回りが利かなくなってきてるので両手が使えるようにかもしれないが、若い人が負うような上品でなかなかシックなリュックを背負って乗ってくる。この人を仮にキリさんとするが、キリさんは大分足腰にガタが来ていてステップを簡単に軽やかには上れないのだ。両手で上り口の両脇の手すりをガッチリつかみ(「このためのリュックか」と思う)、「うおりゃあ!」って感じで力いっぱい上って来ようとするが、歳月の惨さ、そう簡単には上れない。
バスや電車のステップは私らでも腿から足をあげなきゃいけない場合が多いからな。最近、バリアフリーを目指して車椅子用らしい床の低いものがボチボチ出てきたが、乗り物の乗降は筋力が衰えてきて、しかも現代の若者と比較して平均的に背の低めな高齢者にも割と厳しいものがあるのだ。思うに、こういうところで地味に時間がかかるので、たとえ乗降者がそれほどいなくても出発到着時間が少〜しずつ遅れていき、最終的にタイムテーブルが四五分遅れるのが既にデフォになっているきがする。
ステップを上がるのに苦労するキリさんを前に、毎度一緒に乗ってくるおばあちゃんの出番である。この人を仮にマンさんとしよう。マンさんは後ろから「それ行けー」と尻を押し上げたり、先に上がって「がんばれー」と両手を引いたりなどしてお手伝いをするのだ。先に乗っているおばあちゃんズも「がんばれー」と力の抜けた応援をしている。 見ててめっちゃ和む。
今から各々の職場に出勤するはずなのに、中には自分家の庭先から採ってきた花を新聞紙に包んで持ってきたりする者がいる(職場に飾るのかもしれない)。すると皆で「なんの花?」「○×の花でしょう?」「きれいねえ」とキャアキャアなる。 「一枝あげる」「わあ☆ありがとう!」きゃあきゃあ そして今から職場に仕事に行くのに、裸の花枝を一本だけ握り締めてよろよろ降りていくのだ。そしてまた出発時間が微妙に遅れる。しかし和む。私の心がきゃあきゃあだよ。
そんな大層和むおばちゃん、おばあちゃんズなので、私は本読んだり外を眺めたりしながら、時々チラ見しては和んでいたのだ。すると先日こんな事があった。誰かが「まあ見て!」と興奮気味の声をあげたのだ。私も思わず顔をあげた。「わあきれいねえ!」「ほんとう!」とまた何かキャアキャアしている。私のナナメ前に座っていた、この人はキリさんでもマンさんでもないので仮にジャロさんとするが、このジャロさんも私の背中側、窓の向こうを見て、手は胸の前で組み、頬は上気して目をきらきらさせ、「わあーきれー」だ。「なんだろう?」と思うだろ。で、ちょっと後ろを見てみたら、
朝日だった。
朝日が昇っていくのを見て、しわしわがきゃあきゃあ喜んでいるんだ。この時間、確かに冬の間は真っ暗だ。だんだん薄明るくなってきていたが、とうとう日の出の時間になったという事だ。季節性のうつ病というのがあって、うつ病の原因は正確にはわかっていないが、明らかに冬の間うつ病を発症する者がいる季節性のうつ病においては日照時間が関係しているのではないかとも言われている。陽光を浴びなければ生成できない栄養素もあるし、体内時計は朝の陽光を浴びる事によって調節されるとも言う。生物である人間にとって太陽や陽光は単に象徴的なものではないし、またそういった生物的な原点を別にしても、辛い事や苦しい事が終った時、また終わりそうな予感がある時には「夜が明ける」とか「朝が来る」等と言ったりする。だから太陽を見て「なんだか…」な気持ちになるのもわからんでもない。 しかしそれにたいして「綺麗ねえ」だけならまだしも、ジャロさんは臆面も無くうっとりと
「幸せだねえ…」
とまで言った。 それで皆も「ほんとうだねえ」でうっとりだよ。 凄い。 和ませられすぎる。
敵も味方も一緒くたに血と汗と脂と雨と泥で汚れた戦場に日が昇り、暗がりに隠れていた惨状があらわになる。多くの仲間が死に、自分も人を殺した。気がつけば重症を負い、そして若く力のある時間は戦場で過ごすうちにいつの間にか過ぎていた。もう若くは無い。そう長くは生きられないだろう。立ち上がろうとしても、手をついて、まだ汚れていないきれいな場所など残っていない。何故なら、汚れているのは手の方だからだ。惨い戦場を平然と照らして昇る太陽を、それでもなおただ美しいと感じる心を守りぬいた老兵…、のような凄みを感じるね。「戦闘は終った。ぼくはまだ、生きていた」みたいな。
結局二月は一度しか書かず。何やってたかっていうと、何やってたんだろうなぁ。いつも不思議なのよ。世の中の管理人さんは、一体どうやって生きてるんだろうと。更新する上に、日記を拝見したら活動的に色々やって生きてるのよ。すげえ不思議だ。兼業主婦も不思議だけどな。一例をあげれば、おまえは一体どうやってフルタイムで働きながら家族分も家事やって観劇して旅行して友達と食事に行ってダンスサークルに通えるんだ。大変なミステリーですよ。 私はそんな時間全然無いよ!?一日が48時間あっても70時間あっても無理だと思う。それを下書きから進まないものの言い訳にする。
実際、二月は何をやってる間に過ぎ去ったかと言えば、主に自分の好きなCPの真逆を閲覧して回ったりしてたような気がする。だって好奇心とかトキメキとかが…。戻れなくなったのもあり、行って戻ったものもあり、行きつ戻りつ半々になったのもあり、腐女子人生も色々なりよ。 ちなみに今は珍しくゲームしてます。実のところ結構前に買ってたんだけど、今頃すすめてる(相変わらず)。
うん、始めた途端ミニゲームをやってて本編は一向に進めてなかったんだけど、進めたら進めたで同じ場所で足踏みして進まない。だって感情入力がこんなに楽しいとは。とは。
だって、だってツンデレがね…!?!?!
家に帰るとツンデレが私を待ってるんだわ…と思うと、心浮き立つ。立派なダメ人間だ。 だってツンデレがねあんなに立派なツンデレなんですもの。いわば正統派というか。 あーもー、もおぉ、ばっかやろう……見てる方が恥ずかしいよ!あんまり正統派で額に汗がにじむよ!「逐一ありとあらゆる色んなおまえ(の反応)が見たい」せいで一向にストーリーが進まんよ! 男のツンデレもいいものですね…。って、前から好きだけどさ。
しかし「いい加減にすすめろ」とお友達に言われて頑張ってすすめたら、またツンデレのトリプルコンボを食らってしまい、あまりにももう一度見たいがために先にすすみたくなくなりました。 つまりこんな具合にツンデレです。
庇う ↓ 拒否される ↓ 愛をささやく ↓ 絶句して逃げられる ↓ しかし偶然を装って待っててくれる ↓ 喜ぶと 「待ってたわけじゃないんだからね…ッ!」
ちくしょうばっかやろうっ!!! おまえは私を萌え死にさせる気か!? いじりたい、いびりたい、なぶりたおしたい…!カミサマ…! こんな時だけ救いを求められても神様も困るだろうとはわかっちゃいるんですが…けど、でも!
しかし聞くところによれば、正しい「ツンデレ」というのは、最初はツンツンしてて、次第にデレてきて入り混じり、最後はデレデレになるキャラの事らしいのだ。本当ですか? えー? そうなんだー? アタシがツンデレと呼ばれるキャラに求めるものとちょっと違うんだなあ。
ごくごく個人的な趣味としては、最後の最後までツンとデレの割合は最大ツン8デレ2までに抑え、高いプライドと意地と意固地を持ち堪えて欲しいのです。ツンデレの魅力はツンしたかと思うとデレが入り混じり始める、デレたかと思うとツンに戻る、あるいは「ツンしてるのにデレているかのよう」に見える微妙な移行期の不安定さ、つつきたくて堪らなくさせられる心地にあると確信しているのです。落ちそうで落ちないギリギリの緊張感とか、落としても落としても必ず這い上がってくるしぶとさとか、思わずホカして見守りたくなる頑張りとか、微笑ましいまでの拙いごまかしとか、そういうものに心をガコガコ揺さぶられるのですよ。そうでしょう!?
死ぬまで嫌がってくれ…!愛を囁いて表向き色々バレバレな感じに嫌がってくれるなら私はどうなってもいい…世間体も社会的立場も評判も(他キャラの)フラグもどうなってもいいんだ…!という切ない気持ち。ツンデレすぎて萌え狂いそうです。なんでこんな男と友達でいなきゃいけないんだ。身も心も剥いちゃえよっていう神の声が聞こえます。ああ、そして激しく嫌がって欲しい!
萌え萌えしますね。
そういえばこの間、人から貰った肴の燻製みたいなのが死に掛けていたので道端の猫にやってしまいました。いつも五六匹ワラワラ警戒しつつ微妙に近寄って来る憩いの場所があるので、ちょっと離れたところに少量投げてみました。最初は匂いをかいだりつついたり転がしたり警戒していたものの、勇気ある一匹によってどうやら食べられる物だと発覚してからは、皆でいそいそ齧り始めました。中に一匹妙なのがいて、へたくそなハムスタースタイルで齧る。後ろ足だけで座って前足二本で挟んで口元に掲げるかっこうで食うのです。うまく持てずに落としては、やはりハムスタースタイルに持ち直してバランスの悪さに身もだえしつつ頑張って齧る。 もー、ばっかなんだから! なんでそんな無意味に困難な事にチャレンジしてるのかわからんけど、無駄に可愛かったです。私のためのサービスかと思った。時間が来たので残りは隅の植え込みに積んでいき、数日後に寄って見たら見事に全部消滅していましたよ。ちゃんと言いたい事は通じていたようだ。通じてなかったら生ゴミ投棄になるところだった。
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