非日記
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2007年09月16日(日) もうわけがわからない。

家賃を払いに行ったらまた捕まりました。
「はい、ありがとうございました」
「あ、ちょっと」
「はいなんでしょう」
また何かくれるつもりか?(悪)うんにゃ私だって最初のうちはなんとか断ろうと…いやもうどうでもいい。努力なんて関係ない。結果が全てなのよ。
「………………」
「………………あ」
「………………」
「………………えーと」
「………………」

…沈黙が長いんですけど?
足が痒いんですけど?(待ってる間に蚊にかまれた)
家に帰ってもいいですか?

…ハッ!?もしかしてこの果てしない言いよどみっぷりは、大家さんが重体とか亡くなったとか(亡くなってたらこんな悠長にしてないだろう。葬式で忙しいだろう)今にも死にそうだとかか?昔ならいざ知らず、近所付き合いというのが死語になりかけている私どもの世代に向かってこのご時勢ではそういう事は言うに憚られるが、だからといって何も言わないというのもどうか、というその気持ちはよくわかるわ。

私だって兄ちゃんが死んだ時には、来るか来ないかわからないが年賀状の事もあるし、友達に一言知らせるべきか黙ってスルーすべきかどうか物凄く悩んだものよ。何しろ筆まめで無いので、ン年ぶりにもなろうかという連絡が、いきなり「突然だけど、あのさー、アタシの兄ちゃん此間死んだんだよねー」と言うのもどうか…?と凄く悩むだろ。他に何か用事があればそのついでにサラっと言えるかもしれないが(しかしそれもどうか)、言われても「だからなんだ?」って感じだ。私なら「ああそう」としか言えない。各々が各々の人生を生きるのに精一杯であろうのに、そんな「何か言わなくてはいけないのでは?しかし何を言えば良い?」と困らせるような事はしたくない。かといって、何も言わず、何かの拍子に「そういえば矢口さんのお兄さんってさー」等とウッカリ何の因果か話題になった時に、「あ、そういえばあいつ死んだんだけどさ」等と嫌な方向に話の腰を折ったら、相手はすっごく気まずい思いをするような気もする。言いたくない。言いたくないが、そのまま後になるほど言うタイミングを逃すような気がする。それでも何も言わないのは常識的にどうなんだろうという気もせんでもない。

自分の時にも困ったが、就業中に突如お客様から「矢口さん、私の息子が死にました」と言われた時にも私はどうすればいいのか困りまくったのだ。これがまた若すぎるとも言えず(この何歳からならもう若くないのかは悩ましいところだ)、十分に長生きとも全く言えず(どっちにしても親より先に死んだのだから親からしたら何歳であろうが早いんだろうが)、「お悔やみ申し上げます」だけでは冷たい感じがし、「それは悔しいですよね」と一言添えたら耐えていたものが一気に来てしまったらしく、「そう、悔しい…ッ!」で号泣されてしまい、他の仕事もあるのに動けなくなってしまったのだ。

こういうのはいつでも悩ましいよな。百歳ぐらいになればいい感じの対応ができるようになるのだろうか。ちゅうか、百歳にもなったら「俺も直ぐに逝く」先輩的、戦場の朋友みたいな返答しかできないような気もする。

言うべきか、言わざるべきか、それが問題だ。と、散々悩んで、「そうか!こういう時の為に年賀状はあるんだわ!もし親族に死者が出たら喪中はがきを出せばそれで済むんだもの!」と、その年齢になってようやく年賀状のありがたみ、深謀遠慮に気がつき、「よし!今年から年賀状を出すわよ!」と固く決意したのにダメダメに進んでいる。大体家族や自分が死んだ事を情緒を極力排して「さりげなく」知らせる為に年賀状を出し続けるなんて、人としてちょっとイケナイような気もせんでもないのだ。てゆうか私はそんな意識で事はしたくない。

まあともかく、この「店子(少し)以上・家族(遥かに)未満」という微妙な人間に対する、大家さんの病状や生死の報告における扱いは悩ましいものだよな。よくわかるわ。
だが覚悟は決まっている。大体兄者が死んだ時に香典を何故か二万くれたので(よく知られるように、とかくかような事においては二の倍数は避けられるのが日本人の嗜みだ。これで親共々「…大家さん、まちがいなくボケてるな」とシミジミ話し合った)、その半分を延々といずれ「さりげなく」返すつもりでいるのだ。
さあなんですの?なんでもおっしゃってちょうだい。自分は半身不随なので納棺を手伝えとかか?(そんなわけない)なに、私はこう見えても、ちょびっとだけなら助け合いの精神を大切にする女だぞ。できる事はできるやつがやればいい、できない事を無理にやれとは言わない信条である。こう見えても二十年ぐらい前は隣人愛という言葉もいい言葉だと思っていたのだ。大地震が来たらおまえはちゃんと逃げられるのか心配するぐらいは人並みの心を持っているのだぞ。気にせず申してみよ。

「………あの、ドク/ダミ/茶は飲みますか?」

おいこら私の覚悟を返せ。

「あー…以前いただきましたね。その節はご馳走様でした」
「いえそれで飲みますか?」
もう私は全てを捨てて久しいのです。
「あー…それではありがたくいただきます」

大家の息子さんは奥へ行って何やらごそごそしています。ドアを開けっ放しにしてたら虫が入ってしまうと思い、私はドアを締めまして、一生懸命足を掻いていました。気持ちとしては、「あーあ」です。もういいよ、人のものを厚顔無恥にシャーシャーと巻き上げていく女で。私が本当に巻き上げたいのはオンリーの同人誌だけなのにさぁ、人は絶対アタイを誤解するよ。確かに私は人付き合いがあまり得意でなく、Web拍手も勇気を出さなければ押せず、自分の口が不安なので一言だって書くのは憚られ、無論コミケに行ったって差し入れをするなんて言うに及ばず、和気藹々と盛り上がって楽しい会話するなんて事すらまず無理だろうけど、嗚呼きっとそれこそが有意義なコミケの過ごし方に違いないのだろうケド、でも!コンビニで万引きするぐらいの注意深さでレジ横の助け合いBOXに小金を放り込むが如き手際で、好きなCPの物語をステキに捏造してくれる素晴らしい人のミニミニパトロンになるぐらいならできるんだから!それなのに望ましくも無い風評を背に、私はこの夜中にどうしても欲しいわけではない茶を貰う為に人ん家の前で蚊と戦っているんだわ。何故に。

それにしても遅いですね。あのさオッサン、そんな一生懸命出さなくてもいいよ。もうそれは来月って事にしない?そいでその間に忘れちゃおうぜ。

見つかったようで、えいえい歩いてらっしゃるので、私もガラス戸をあけてありがたく受け取りました。
「はい、どうぞ」
「はい、どうもありがとうございます。まあこれは………なんでしょう?私にはなんだかコーヒーみたいに見えます」
「ハッ!(笑)これはドク/ダミ/茶ではアリマセンから!」
「はぁ、やっぱりコーヒーなんですね。ありがとうございます」
「はいはい」

そうして私はインスタントコーヒーを貰ったのでした。
申し開きをしたい事が色々ありますが、とにかく私は「コーヒーを貰うとは言ってません。コーヒーならいりません」と言って出てきたコーヒーをつき返す等という事はどうもできかねます。さらにどうでも良い気持ちと諦観が胸いっぱいなのに、「何故コーヒーが出てくるのか?」と追求する気にもなれません。もし相手が友達だったら「なんで?」とか「見つからんかったんか?」と尋ねられても、今の私は微妙なご近所付き合いモードなのです。
こう見えても私のモードチェンジは別人レベルと定評がありますからね。裏表を駆使なんて、そんな小難しい事はできません。内面からごっそり根こそぎシフトです。「まあ…声まで変わって!」と、お友達に毎度バカウケです。てゆうか、いつも思うけど、人が一生懸命真面目に働いてるのを笑うもんじゃありませんよ!
私からしたら、元の普段の性格・人格・風貌のままでブスっと投げやりにテンション低く、明らかに、いつ厳しい顧客から「貴社の社員の態度は云々」とクレームが来てもおかしくない「その接遇はどうなんだ」的態度のままで、堂々と接客できる人々の方が凄い精神力だと思う。実に羨ましい。

それはともかく、
しかし私には解せぬ事があります。色々いっぱりありますが、特にドク/ダミ/茶をやると言ってインスタントコーヒーのビン(未開封)を渡され、何故せせら笑われるのかが分かりかねますよ。
やっぱり大家さんは重体なのかもしれない。


ところで便所にコオロギがいた。
体の上をゴキは走るは(ギャー)、クモは歩くは(足の先が刺さってチクチク痛くて目が覚めた)、バッタは飛ぶは(痛いっちゅうの)、もうこの大自然の小さな家カンベンして欲しい。


2007年09月10日(月) 覚書。

借りて聞いて、良いなー好きだなーと思うのがあっても、今以上家に物が増えるのが嫌でなるべく買わないようにしてる。しかし、また聴きたくなった時に「なんだっけ?」とならないためにメモしておこうと思います。

/イ/エ/ロ/ー/カ/ー/ド/
/ボ/ッ/チ/ェ/リ/
/ヤ/ン/・/ガ/ル/バ/レ/ク/

とりあえずこれはメモしておこう。

/イ/エ/ロ/ー/カ/ー/ド/はロック?なんか良かった記憶がある。/ボ/ッ/チ/ェ/リ/はロマンツァが良かった。オペラ歌手なの?ポップスも良い感じに歌ってたが。良かった。/ヤ/ン/・/ガ/ル/バ/レ/ク/はなんだろう。/ボ/ッ/チ/ェ/リ/と/ヤ/ン/・/ガ/ル/バ/レ/ク/は買っても良いと思ったんだが、もうCDを増やすのが嫌だ。あーでも欲しいなあ。すごく良かったわよー。



この間バス停に立っていたら、なにやら黒っぽい影が「〜〜〜○×○×(注:聞きなれたバス停名)〜〜〜〜?」と声を発し、「ん?なんか私に聞いてきたのか?」と思って、そちらを見たら

まあ…すっごく、黒い御方…

何の事は無い黒人さんだった。うーん、いつみてもなんて黒いんだ。なんという黒さだろうか。もうこれは日に焼けた色じゃない。こんなに日に焼けたら死んでしまいそうだ。何時見ても感心する。その昔、諸般の事情で、洋物のえろビデオで単語の述べにくい箇所まで全身まんべんなくガッツリ黒いのを確認し、「やはりそうなのか。まあそうなんだろうと思ってはいても、あらためて現に確認すると感動的」と感心した記憶が蘇る。これで掌と足の裏は白いのだから余計に謎だ。
きっと向こうも、アジアにやって来た時には、しみじみと「モンゴロイドってなんて黄色いんだろう。すっごく黄色い。しかも日に当てておくと段々色が変わるのが実にミステリアスだ」と心から感心したに違いないよ。
コーカソイドがまた真っ白なのよね。「何コレ?妙な皮だ」と思うほど、すっごく白いのよな。白人もテレビや映画でよく見るが、しかし現実に見ると「わあ!しろーい!」と驚きの白さだ。
しかしこんなにいつ見ても「人種って違うんだなあ」と目がぱちくりしてしまうほど心から感心してしまうのは、色の幅が少ないモンゴロイドばっかりがワラワラ溢れてる日本の田舎に住んでるからだろうか。

最近たまたま異国の人が何人か声をかけてきたが、皆ちゃんと日本語を喋ってくれてる模様だ(イマイチ聞き取り難いところもある。しかしここの方言もイマイチ聞き取れないのであまり変わらない)。皆、賢いな。

時々同じバス停からどっかへ乗っていく美人の二人組がいて、どこか知らないが工場の制服みたいなのを着ていたので、朝からご苦労様と思っていた。バス停は禁煙なので、少し離れたところで煙草吸ってるのが私の定位置なんだが、先日のある日、突然美人のお姐さんに「オネーサン」と声をかけられた。
気がついたらバス停のベンチにカバンがあったらしい。「コレ、オネーサンノ?」と聞くので違うと言ったら、美人二人の間で難しい顔をして問題になった。どうもどっかの誰かの忘れ物らしい。
てゆうか、この二人は異国の人だったのか。発音の仕方が微妙で、長い文章にならない。ちゃんと日本語を喋ってるのに何故異国の人だとわかるのだろう。たぶんあれだよな、日本語は外国の人が聞くと、単調にカタカタカタカタ…という感じに聞こえるという噂を聞いた事がある。そのビミョーな発声とビミョーなイントネーションが達成されてないんだよな。発声がどことなく違うんだ。これ、本当は違う音域の声を違う音階で発する癖があるなと何気にわかる。
「どことなく日本人離れした美人だな」と常日頃思っていたら、本当に異国の人だったらしい。なんとかネシア系だ。ポリネシアとかそっちの方の雰囲気。

しかし忘れ物どうしよう。声をかけられた私もどうしよう。
もうすぐバスが来てしまうんだが。
しかしこの二人のバスももう直ぐ来てしまうだろう。
困ったように「ドウシヨウ」と言って、こっちを伺ってくるので、「警察に届けたらどうでしょう?」と言ったら、「ケーサツドコ?」と来た。お察の交番は直ぐそこにあるにはあるんだ。
二人ですっごく困ったように顔を見合わせてますね。何故私を見る。

あーわかりたくないけど、すごくわかります。

私だって、病院と警察は外国で可能限り行きたくないところ、ベストワン、ツーだよ。まず、単純でない複雑な諸々を表現しなければいけないのに、ちゃんと適確に喋れるのか語力に不安がある。専門用語とか法律用語とか何か普段使わなさそうな単語を連発されそうで怖い。しかもそんなところにうっかり行って何されるかわからん感じだ。変な誤解を受けたら大変な事になる事間違い無い場所、ベストワンツーが病院と警察だ。病院は下手したら死ぬかわけのわからんまま何かをされて意味不明の大借金を抱えたり、おサツは気がついたら留置所かもしれん。Why?な、ままで。

致し方ないので、どのみちバスが来るまで後五分も無い。迷ってたら余計追い込まれる。「私が持って行きましょうか?」と手を差し出したら、安心したように「スミマセンオネガイシマス」と来た。
あなた方、不法滞在者の不法就労者などでなく、単に法的に過たず立派に胸を張って出稼ぎに来たか、もしくは国際結婚したのだよな?死ぬまで信じさせてくれよ。頼むぞ。それに私はおサツではないし、役人でもないんだ。少なくとも私は。というわけでどのみち私は何も知らんのだ。

交番に行ったらおサツは居らんし、やっと呼び出したと思ったら、いまにもバスは来そうなのに書類を書かせようとするし、往生こいた。「どうでもいいつってんだろうが!はやくペンをよこせ!名前だな?名前だけでいいな?!」と罵りながら書きなぐったら、「住所も」と言うので、つい「このクソが!」と口走ってしまいました。
ほとほとごめんなさい、おサツ。おサツが悪いわけではないのに。おサツがどんなに大変なお仕事かわかってるつもりよ。親戚におサツがいるからな。しかし私もこれを逃したら大遅刻が大決定なのだ。いっそ傷害事件なんかだったら諦めもついたんだが、どう見てもどこぞのOLの昼飯が入っただけのセカンドバック、このカバンの為にわざわざ警察を尋ねてみるかどうか甚だ疑問を感じるレベルの忘れ物の為に遅刻したくないんだ。

実は異国のお姐さんズに声をかけられる直前に、遠目に「…あれ?あそこに座ってた人がいなくなってるけど、もしかして忘れ物じゃねえの?」と気がついてはいたんだが、「…あー、でも私もバスがもうすぐ来るし、順当に行けば交番に持っていくしかない。交番は少し歩いたそこにあるにはあるんだが、あそこあんま警官いないし、遺失物の書類が云々で、警察に行くとメンドクサイんだよなー。あれたぶんセカンドバックだから失くしたら命に関わるような重要なものは入ってないんじゃないかなぁ?私じゃない誰かがきっと持って行ってくれんじゃないかな、そうそうきっとそうね」とかそういう事をウダウダ考えて「…めんどくせえからまあいいか」と無視しようとしてたんだが、私がそうして逃げようとしてるのを察したのか、天から使いがやってきて善意の声がかかってしまったのだ。
天使が異国の出身者の姿をとっていると悟った時の、「ゲェ、ぬかったわ!ちょ、誰か!この辺に誰か暇な日本人居ませんか?!」気分は例えようもありませんでしたよ。

こう、何気ない風を装って逃げようとしていたら裾を掴まれてつんのめった感じ。神め(逆恨み)野郎絶対私を張ってるに違いない。張り込み24時に違いない。
しかし純粋で素朴な良心からをも逃走するには、その手前の自分の思考が浅黒すぎたのです。泣く泣く。わかった、あなた方の善意は代わりに成し遂げてやるが、その代わりこれからも生涯清く正しく美しく生きるんだぞ。私のなけなしの良心を汚したら許さんからな。
私が「もういいだろ!?」と投げやりにペンを放り出して交番から逃走し滑り込んできたバスに飛び乗った時には、どうやら天使はバスに乗って出勤した後でした。

数日後にバス停であったら、遠目ににっこり微笑んで会釈していった。うう。心が痛むわ。
あの交番には助けを求められない。苛苛してたからってあんまりだ。申し訳なさ過ぎる。



そういえば、ちょっと前にテレビで心霊特集をやってたんだが、そこでエライ霊能力者の先生が、生きた人間を数体入れ替わりに操った霊を「神様に近いレベルの力を持っている」と言っていて、「なんと!」と思った。
魂から直接操作するような事は神様に近いレベルの力を無いとできないんですって!心霊界ではそうなの?
それを聞いてすぐさま「陰陽編」を思い出した。じゃあアレはやっぱり仮にも神様でいいわけか?
私の中では、イメージ的に神様ってのはもっと何もせん人(←?人じゃないだろ)なのよ。人間どころか地球も宇宙もどうでもいい感じで、良い事も悪い事も意識してやってるわけでなく、主に積極的になんもせんのだけど、なんとなくわあすごーいってメラメラした感じで(光輝いてるところ)、バチバチバチって感じで(弾かれてるところ)、近づくとジュッって感じなんだけど(近づいた人間が蒸発したところ)?
…そこまで考えたところで、もしかして私の神様のイメージの中心は太陽なのではないかと気がついた。

あー…んー…、でもありうるかもしれん。そうなのかも。
数代前に兄弟で神道と仏教を分けて継いだ為に(なんでそんな事をしたかは知らん)、親戚の半分が神道なのよな。で、ちっさい頃に神道の大婆様に朝から一緒に太陽と鏡を拝まされたりしていたのだ。何故だ。私、一応他の宗教の洗礼は受けてないし、ブッディストのはずなんじゃけど。何故か「眠いようババ様」と思いながら朝も早くから太陽を拝まされてた覚えがある。
まあね、何故兄弟で分けたのか知らんが、その縁で、割りに若くして死んだおばあさんは、私はこの人がとても好きだったのだが、なんだかごちゃごちゃした宗教上の理由で、宗教上の籍が宙に浮いてしまい、こっちにはいれられん、こっちにもいれられんで、実家の墓にも嫁ぎ先の墓にも入る事ができなかったのだ。一人ぼっちなの。
それで、
幼心に宗教ってやつはなんて下らないものなんだと宗教というやつがなんだか嫌いになった。
結局埋めたは埋めたんだけど、位牌に名は入らなくて(だって仏教徒じゃないから)、仕方ないから写真を飾ってたんだが、その写真がパーン!と割れたりとかな、色々面白おかしい事があって戦々恐々としてたんだ。ドアノブとか勝手に回って開くの、信じらんない。いややめてお願いだから。開けたって閉めちゃうんだから、鍵だってかけちゃうんだからね!
あの頃は幼児だったが、今あったら私も妙齢の熟女なので変質者呼ばわりする!
そういえばその頃は次から次へとバンバン親戚が死んで毎度喪主になってしまうのに遠方に暮らす長男長女の我が家の家系は火の車になり、関係ないが私の顔は爛れ、右だか左だかばっかり集中的に怪我をし、墓石はバーン!と倒れてみるし、色々妙な騒ぎが多かった。のちのち心霊特集を見てると当時ひょっとして万が一の事があれば(万が一=あの世はあるとか)何やら言いたいことがあったのかもしれないなと思い至ってみるが、そうは言われても日本語でわかりやすく伝えてもらわねば、ガラスを割るとか墓をなぎ倒すとかの暴力では物事はけして解決しないのだ。

図書館に行ったら、「頼りになる神様辞典」ちゃらん本があって、何かと思ったら全国の寺社で祭られてる神様に関して、「何を願うならここ!」というガイドブックだった。しかしそのタイトルを見て、何より、「そうよな、八百万もいれば、『単にいるだけ。役にも立たなければ害にもならないが、とにかく尊い』という頼りにならない神様が殆どだよな。人間にとって頼りになるのもいれば、害になるのもいる。しかし皆神様は神様である。私は神様ズのそこが好きだ」とおかしく思った。


2007年09月09日(日) 嗚呼女の職場。

またもや何の気なしに要らん事を口走ってしまい(心の御近所では「口から先に生まれた」とか「口先だけの女」と言われている)、心清らかな聖女の如き上司に「自分が言われたら嫌な事を人に言ったらダメ!」と涙ぐみながら掴みかかられた今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。なんともいえない心持ちになりますね。それまでは通常気分でいたのに(まあタイムリミットが近づいていたのでイラついてはいた)、この一言でつい敵対意識がムラムラと。

「自分が言われたら傷つくような事ならまだ一言も言ってねえよ!」とぶりぶり言ったら、愚痴ったお友達は「確かに」と納得してくれたが、では例えば何を言われたら私は傷つくと思っているのだろうかとちょっと不思議な気持ちになった。私は人の予測があまりうまくないので、うっかり口走りかけては(あるいは口走ってしまってから)相手の顔色を伺い、「おっと、ここは危険水域のようだ」とダッシュで引き返す感じだ。
一応予想はするけれど、予想は沢山できて、「いっそもう一言も口をきかない方が話が早いのでは」と思ってしまうんだもの。だからメールや手紙やらは余計に苦手やねん。普通にしゃべるより神経を使う。しかし普通に喋るにも神経を使う。
ただ虚空に向かって一方的に予測を立てながら喋って、というか書いてると、見て聞いてこのぐらいは大丈夫なようだという安心が無い為に、この程度気を使えば大体いいだろうというリミッターが働かないのよな。気を使うほどに「もっとか?」「まだ足りないか?」と際限が無くなって倒れそうになる。「どれだけ頑張れば良い?死ぬほど頑張れば、もう良いと許してくれるのか?」と悲劇的な心地になってしまう。その悲劇的な心地が悲劇のヒロインぶってるんじゃねえよくだらねー!といっそうムカつく。永遠の思春期。いっそ気を失った方が楽だ。

あと、あれもあるよな。親しき仲にも必要とされる礼儀と、慇懃無礼の境界に悩む。昔、オール丁寧語だったせいで、親や友達にシバかれて私も努力し、口調や態度を崩しまくったんだけど、求められてるレベルの判断が適切にできない。やりすぎるとガラが悪いと叱られるが、抑え目にすると余計苛立たせる。盤面が真っ暗で見えない碁盤に向かって対戦者の顔色だけを手がかりに打っていくようなものだ。もう局地的には負けても仕方ない。負けるが当然だ。全体で良い勝負になれば上等だ。どのへんに打った時にどんな反応だったか、記憶を頼りに盤面と試合の流れを推し量る。

延々とそんな調子で戦々恐々やってきたものだから、「自分が傷つく事を言ったらダメ」という言い草についカッとなり、「そいつは随分と気楽で良いね!」という嘲りと、「ハッ!テメーが倫理道徳の指針かよ!?自己中心性もそこまで発揮できれば爽快だな!」という憤りが巻き起こったわけだ。自分がマナーや道徳に関するセンスに関してマイナーかもしれない、きっとそうだ、何もかも私が間違っているという負け犬根性によって「こいつが俺の敵、メジャー派の極右か?!」と、心のバルカン半島に煙草をポイ捨てされた気分にもなった。
「私はそういう人間だと言ってるんだな?」が「なら遠慮はいらないな。なんだか知らんがもう宣戦布告はしてしまったらしい。謝罪が認められないならば攻撃あるのみ。私は敵を甘く見るのも、情けをかけたが為に背中から撃たれる愚かさも嫌いだ。二度と立ち上がれないように草一本残さず焼き払え。敵に背を向けることは許さん。全弾打ちつくすまでは死んでも引き金から指を離すな」という気分に突き進みかける。

しかし相手は涙目です。
こいつ…
ムッカー
私は頻繁に直ぐギャアギャア泣く子で、泣くと必ず「泣けば許されると思うな」と余計に叱られていたので、相手が泣いたり泣きかけると頭に血が上って目茶苦茶頭に来て殴り飛ばして踏みにじって細切れにしたくなるのと同時に、「もう止めて!だって泣いてるじゃないの!好きで泣いてるわけじゃないわ!」という気分にもなり、葛藤でギリギリするのです。金色夜叉みたいになります。
貫一&お宮の熱海シーン。
心の貫一の言分はこうです。
「その通り。そうそう好きで泣いてるわけではないだろう。時に、涙は堪えても自動的に勝手に出てくるものだ。俺はJ子とは違う。精神力が足りない、気合で引っ込めろなんて無茶は言わない。あれは人の努力や意図や意思とは無関係なものだ。つまり、あれはただの水だ。なんの意味も価値も無い。勝手に流させておけば良いだろう。高が水が出たぐらいでギャアギャア騒ぐな。感受性の強さは弱さと同義ではない。そんな事で手加減したり退いては相手にもド失礼だ。それが礼儀だ。後で水分補給しておけば問題ない。宣戦布告はなされた。立会人もいる。問題ない。行くぜ、俺のターン!」
お宮「ちょい待ち!私が言いたいのはそんな事じゃないわよ!」

相手の非難に血が上った原因は「たとえ自分にとってはなんでもない事でも相手にとっては大事な事もある」ですよ。この自分の道理を相手の道理に従って袈裟切りに斬り捨て、「これがおまえの理想だ」と返す刀で串刺しにしてやりたい。が、心のお宮が「それじゃモラルハザードよ!」と足にすがり付いて煩いのです。

そういう具合で、心の貫一はいつものようにお宮を蹴飛ばしました。

「性格も口も悪い私は人がどうしたら傷つくのかなんてサッパリわかりませんから、すみませんが自分が傷つく言葉を書き出して一覧を壁に貼っておいてください。それを見て頑張って気をつけます。私は頭が悪いからたぶん無理だと思いますが」
またついぽろっと。
もー、本当にシバキ倒したい、自分。
考える前にこういう事をつらつら口走ってる時に気分が高揚して「さあ来い!撃って来いよ!」な感じになんだか楽しいのもなんとかしたい。
もっと頑張れ、お宮!いや、個人的にはお宮は頑張ったと思います。


お友達が「おねーさんって嫌なやつよね」としみじみ正直に言ってくれ、「えー?かなり頑張ってるのに!」と反論したが、「何かを好きになって夢中になってる時は見てて幸せそうでとても良いと思うのよ?でもね、それ以外はねぇ」ととことん正直に言われ(この諭すような口調がとても心に残りました)、「むむむ…それもそうか?冷静に鑑みればそうかも」と先ごろから反省してたのに、というか反省しようと試みていたのに、どうもうまくいかない。


「…と、言っちゃったわけですよ」と同僚に告白したら、呆れたように「そんな事よく言えますねえ」と言われた。
褒められちゃった☆
何、褒められてなどいないと?いや、私も皮肉かどっちか悩んだんだけど、まあ続きを聞いて頂戴まし。

「それで昨日和解したんです。まあ私もちょっとは言い過ぎたかなと」
「和解したんですか?アハハ!」
「それで向こうが言うには、私は素直で正直だというんですよ。つい目をそらして『いやそれほど正直というわけでは』とぼそぼそ反論したんです。だって!『俺はおまえが大嫌いだ』とは言えないでいる!」
「それを言えばいいんですよ!私は『あんたが嫌いなんです』とはっきり言いましたよ。そしたら何も言ってこなくなるどころか、挨拶もしてこなくなりますからハハハ!(←それは社会人としてどうなんだ)」
…な?
さっきのはやっぱり褒められたのだろうか?という気になってくるだろう。私の腐りきった人間性に呆れたのか、当意即妙のマイルド風味のイヤミの技術に感心したのか微妙だわ。


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ところで、
世の中では夏コミも終ったが、人様は皆オンリーに向けて頑張っているもようだ。
私もオンリーに行きたい!!!!
行きたいよう!!!!ジタバタ

しかしオンリーというのは色々と恥ずかしいのです。大体夏コミや冬コミでも一般参加で一人で行くとなれば、遠方でもあり、なかなか寂しく心細いものがありますが、オンリーは尚の事心細いものです。おっきなコミケなら「それらしき人間・それらしき集団」と同じ方角へ何気なく流されていけば辿りつけますが、オンリーではそうはいきません。遥か昔に初めて東京に行った際、見事自動改札で切符を食われた人間の、見た事も聞いた事も無いどこにあるとも知れぬ会場へ一人向かう心細さ、行ってみて入ってみたら例えば新興宗教のあやしい集会が行われていたらどうしよう的不安は、上手く言葉にできないものです。たとえ心細い者同士であっても、一人ぼっちと二人ぼっちはエライ違いです。

それで色々考えた。
例えば、当日は仕事である。仕事ではあるが、有休が残っていない事もない。できれば有休は体調を崩した際やなんらかの事故、危急の為に可能な限り残しておきたいところだが、広く物事を顧みれば、愉しみによって自らを満足せしめ、何の為に働くのか、何の為に生きるのかの問題意識に肯定的な案件をプラスし、十分な心身の調和を小まめに試みるのも大切な事であり、しかも現代そうした配慮は自己責任の名のもとに自己の裁量に求められるところであるのだ。すなわち、有休とって同人誌即売会に行くのは社会人として肯定されこそすれ、否定されるべからざる良き行いである。その点についてはなんら問題無い。

例えば問題は精神的なものなのである。
夏コミや冬コミの大きなものになれば、色々なジャンルが溢れ狂っているので何を欲しているのかについて自分を誤魔化すことができるが、オンリーではそうはいかない。そこにはそれしかないのであるから、もう会場の前に立っただけで自分が何を望ましく欲してるかについて突きつけられてしまうであろう。「ち、違うもん!なんでもいいんだから!」とダッシュで逃げたい。
まさにお友達とコミケに行った際の、「アンタちょっと何買ったのよ。見せてごらんなさいよ」と提出を求められ、「これは?何なの?」「そ、それは××というジャンルの○○というカップリング…、でございます」「ふーん…。で、これが楽しいんだ?」「た、楽しいです。すみません」な、これ絶対羞恥プレイだろ?という感じに似ている。

またあるいは問題は経済的なものも大きい。
たとえ一日有休で頑張ったとしても翌日は仕事である。片道六時間以上かかる上は、とうてい閉会まで悠長にいられるはずもなく、めぼしいもの(とりあえず一番好きなCPとか)だけチェックして台風のように巻き上げて買いあさった後即座に帰るとしても、翌日の事を鑑みればいっそ飛行機での移動が望ましい。しかし空路ともなれば、片道三万は下らない。往復の交通費だけで六万を超える。これは痛い。そこで次に、片道だけ空路で帰り、行きは陸路を取ることを考えてみた。少しでも安くあがるに越した事はない。しかし陸路は遠すぎる。
そうだ、前日は元々休みであるのだから、途中まで進んでおいてはどうだろうか。一番気安く泊めてくれるうち、というか今までに何度も泊めてもらっていてこっちの気分が気安いうちは…、しかし彼女はその日も仕事であろう。泊めてくれるだけなら泊めてくれるだろうが、しかし。彼女が自分も行きたいって言ってくれれば最高なんだが、ンなわけないしな。何しろオンリーだ。
…確か、あのあたりにもう一人いたな。今年の年賀状で「お近くにお寄りの際は」とか書いてあったのだから、素直にお近くに寄ったらどうだろう。新居も見てみたいしな。いや、待て。あそこは新婚だ。相手が気にしなくても私は気にする。新婚の新築の新居に、コミケに行く為に泊めてもらうなんて、個人的センスとしてちょっと「オイ」って感じだ。しかも私は旦那に会った事が無いが、旦那はあってみたいものだと言っていたらしい。それなのに恥ずかし過ぎる。「ほう、これが妻のン十年来の親友で今からホモ本を買いにコミケに行く途中の往年の腐女子というものか」と観察されるのかと思うと、フルメイクにパーティドレスでサングラス装備で行くしかない気分になる。それにネタが割れている友人の旦那である、しかもパンピーの男性と和やかに談笑する話題が思い浮かばない。兵装や軍備には詳しいらしいが、駆逐艦雪風の話ぐらいしか振れん。やはり「大和」ぐらいは見ていくべきか。緊張で死んじまう。
やはりあそこは避けよう。
あの人はあそこだし、あっちはあそこだし、あそこは?でもあそこは旦那とも知り合いなのが余計に辛いのだ。まさにこれから何をしに行くところなのかはっきりしてる状態なのが辛い。「マニアの間で有名なSMクラブがあるんだが、ちょっと自家用車で送ってくれ」みたいなマネはできない。それだけで既に凄い羞恥プレイだ。

ああんあんあん、やっぱり空か?空路で、こっそり一人で、数時間でトンボ帰りか?往復幾らかかると思う。それで買い物に行くんだぞ。薄給なのに、月の給料がぶっとぶわ。
しかも「どこに何しに行ってたんですか?」とか聞かれたら笑顔が硬直する。どんだけ疲れていようとも、うっかり「日帰りで東京はきついわー」等と口走る事すらできない。
だが仮に朝一の飛行機で関東に飛んだとしよう。空港に着く時間がこの辺だとすれば、会場は○×区であるのだから、まず××駅まで出るのに大体これぐらいの時間。乗り換えのタイミングは東京だからあまり心配する事は無いと思うが、一応調べておいた方が良いだろうな。…で、…で、…となる。やってやれない事は無い。
…だが、もし、万が一、地震や台風でも来たらどうする。帰路の途中で足止めを食ったら?翌日は仕事だ。無断欠勤するわけにはいかない。職場に電話しなければならない。「すみませんが、東京から帰りきれません」おまえ突然何しにそこにいるんだ?いやなんでも、いえちょっとそのなんですか。皆様にご迷惑をおかけしたお詫びに東京バナナでも…、て、嗚呼、ただでさえ金を使っているのに!
ああこんな時に、「ちょっとお友達と観光に行ってました」と気安く言えたなら!オタクの馬鹿!



プルルルル…ガチャ



「もしもし?(中略)、それであのねえ、ちょっとお姐さんにつかぬ事を聞くけれど、某月某日あたりに東京の○○区に旅行に行きたいなーとか思わない?」
「お姉さんがオンリーに行きたがって悶えてるの楽しいわー」


鬼だ



やぐちまさき |MAIL