非日記
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2004年06月20日(日) 山桃だった。

赤くて丸いもの。
雰囲気と味が少しスモモに似てると思ったら山桃だった。


テレビをつけたら「冬のソ○タ」をやっていた>
流石にタイトルやらは知ってたけど、見たのは初めて。

…気になるな、これ

どうなるんだろう?いや、最後にどうなるのかは、知らなくてもわかりそうだけど。最後どころか途中もわかりそうな勢いだけど。

んが、「テレビをつけたらやってて、ちょっと見てたら、いつのまにか最後まで見てしまう」タイプのドラマだな。まるで水戸黄門や大岡越前のように。
強みは、「前後を全く知らなくても、ちょっと見てるだけで殆どの人物関係と現在の状況がわかり、先の展開がおよそ予想がつくのと同じくらい、これより以前に大体どんな事があったのかがわかり、まるで重力に引かれてリンゴが落下するぐらい咽喉越し滑らかに飲み込めてしまう」ところかも。

個人的には、サンヒョクの方が顔と趣味がまだマシな気がし(それは好み)、性格はどっこいどっこいでどっちもイマイチなんだが(それも好み)、やっぱりまだサンヒョクの方がマシなきがする(要するに、サンヒョクの方が顔がまだ好みなんじゃな)
んだけど、ま、好き好きよな。ユジンがどーおうしてもミニョンの方が良いというのならしょうがない。我慢するわ。確かにミニョンはなんだか色々ムカつく上に、サンヒョクの方が顔が良い(だから好み)。惜しいのはすごくわかる。「では、サンヒョクと別れてミニョンと結婚する?と思うと途端に憂鬱になる」という気持ちもよくわかるわ(どうもこうも感情移入できてない)。

ある日私が本屋にいたら、老女二人がやってきて、「冬のソ○タ」の雑誌を見て、
「ねえねえ、見て。冬のソ○タだわー」
と言ったのだ。世の中では「冬のソ○タ」が花盛りである事を知っていたので、「好きかな?」と思っていたら、続く二人の会話は

「あたしは興味なーい。面白くないんだものー」
「あたしもー」
「この男が嫌いなのよー」
「どこが良いのかしら?だいたい男らしくないわよねー」
「女々しいわよ」
「「ねー」」

そして和気藹々と去っていった。
でも見るは見たらしいわ。

ちなみに、どう見ても、六十は軽く越してる熟女二人。だのに会話だけ聞いてると女子中学生のようだったので、すっげー……面白かった(笑)可愛い。
その「男らしくない!」で云々するところが、さすが戦前生まれ(かどうかは知らないが)年寄りという感じがする。

とにもかくにも、あの「こういう風にやりますと、拗れるだけ拗れますよ?」という黄金パターンを尽く逃さず踏んでいくのが清々しいほど腹立たしく、「チィッ!何をやっとんじゃ!バカが!」とカッカカッカ興奮しているうちに、はっと我に返ったときには、「次回の放送予定は〜」まで見てしまってたのよ…。

脇のコン・ヨンジクとコン・ジンスクの方が気になる。
あそこの二人はどうなのよ?


2004年06月18日(金) 近所付合いは難しいのよ。

飴玉をあげて以来、大家さんは大人しかった。

「お返し(御礼)をしたら、余計にお返し(御礼)が返ってきてしまうのでは?そして、それにお返しをしたら、そのお返しが来て、それにお返しをしていたら…、結局卓球のラリーのように、命と余力(財力や体力)の続く限り継続される事になってしまい、お互いに消耗戦になってしまうのでは?」と思い、たとえずんずんスコアに差がついてもジーッと動かず、ただ口で礼を言うだけで堪えていた。

前に御隣りにいたおネエさんは、そのへん(近所付き合い)の扱いが素晴らしかった。何か貰っても、悪びれる事も気後れする事もなく、通り過ぎざまを素早く呼び止め、すんごく爽やかに「此間はどうもありがとうございました!すごく美味しかったです!」等と言ってのけたのだ。
通りすがった私は、見てしまったのよ。
そのタイミングっていうか、音程というか、音量というか、声の掛け具合と間の取り方、用件を述べるに要する時間と、切り上げまでのタイミングが、尽く完璧だった。

大家さんなんか、「そうですか。それは良かったです(ニッコリ)」ぐらいしか言わなかったよ!しかも二人はそれで、そのまんまサクっと別れたねん!愕然としたわ。

私は別に近所付き合いが(人付き合いも)大嫌いというわけじゃないが、あんまり得意でもないのは確かよな。「人だ!」と思った瞬間にさくっと猫が装着されるのも、けして上品なのではなく、単に雰囲気が薄暗いのであって、あんな爽やかなテンションの維持と安定した供給は私にはことのほか難しく、全力で頑張っても一発芸にしかならない事がわかっており、少なくとも、そうする事が自然体から懸け離れて程遠い逆走になるのは明らかなんじゃ。
つまり私は初対面でも可能な限り緊張を解いているのよ。


ともかく、いつも切り上げるタイミングを測ってモゾモゾしてる間に、いつのまにか、何故か、リハビリの進行状況などを一時間ぐらい聞くハメに陥っている。
私は見た。彼女は物凄く普通に近所付き合いをしていた。
それなのに、私は一体何をしているのか?なんの因果でこんな事に?
なんの因果かというと、色んな因果なんだ。たぶん。

つまり、大家さんに特別問題があるわけでもなく(ちょっと新しい事を覚えるのが難しくなって来てるようだけど)、私がいかんのでしょうね…という認めたくない現実に、彼女の出現によって直面させられたのよ。
「私よりナンボも下のはずなのに、軽々と躱しやがった…!非の打ち所がない!あれがジーニアスというやつなのか…?」と、アマデウスに出会ったサリエリのように思ったよ。

そこで私はそれっぽくやってみたんだが、どうした事か、何故だか、大家さんは何か喋りたそうに見え、私がそれを無視しているような気がし、どうもこうもか弱い老人に冷たくしているような気になってくる。
「いや、これが!これが普通なのよ!」
と、意味不明に沸き上がる罪悪感と戦いつつ。
そういうわけで私は長い事大人しくしていたんだが、つい飴を一つあげてしまった。人から貰ったものだったが、あまり飴やガムは食べない。
すると大家さんが大人しくなった。

人が言うには、「やはり何かあげなければいけなかったんじゃ?」という話だ。
そうだったのかもしれない。難しいわ。



…それだのに私は、しかしまだ罪悪感を引き摺っていた所為もあるのか、つい、お土産を買って来てしまった。
「土産をあげてはいけないのではないかしら?」と思いながら五分ぐらいウロウロし、「なんでお土産を買ってはいかんの?!私の勝手じゃないの!」とも思い。

来た当初、ずーっと寝てたら「音がしないし、電気が点かない。いつも居ない。行方不明では?」と聞き込み調査をされた事を執念深く覚えている私は、近年は寄る年波か、大家さんがさらに心配症に興奮しがちになっている事もあり、暫く留守にする時には一応声をかけていく事にしている。
という事は、私が暫く家を空ける時には、大家さんは大抵それを知っているわけよ。

次の予定は盆だが、その時に買うお土産も一応既に候補を考えてみていた。
が、
「2〜3回につき一回程度の割りあいが健康な近所付き合いのベストではないかしら?自然な頻度として、それならば『いつも頂いている』とは言えないはずだ。『私は偶にしかやってない』と胸を張れるわ。しかしそんな細かい計算をしているのは私の方だけだろうから、あまり考えても仕方ないかもしれない」
とか色々考え、
「今回を外して初盆の時が良いかしら?だけどおそらく、日数的に、初盆でよりも今回の方が長く空けていた事になるだろうし、旅行期間が長い方が、お土産を貰うのに相応しく感じないだろうか?」
とかも色々考えていたが、つまり結局面倒くさくなって「知るか!」と喧嘩腰に買ってしまった。

「買ってしまったからには、勇気を出してあげなくっちゃ!」
と、思ったんだが、
「しかしこれを渡すと、これまでの経験上『まあ!いつも頂いてばかりですのに』等と身に覚えのない言いがかりをつけられ、『頂けませんわ』等と断られ、そこを無理矢理押し付ける形になり、すると翌々日ぐらいには『こないだの御礼に』等と何かを持ってこられてしまう危険が!…危険がってゆうか、十中八九そうなるんじゃろう…」
と思うと、いつも通り「心の準備がまだ…」と勇気が出なかったので、
「明日!明日にしよう!だってもう夜中だし!てゆうか家賃を払いに行くときで良いじゃないの。ついでっぽくサラっと渡し、そそくさと撤収し、後は1〜2週間、電気をあまり付けないようにして留守を装っていたらどうじゃろうか?幸いにして物覚えが危うくなって来ているので、どさくさに紛れに忘れてくれないだろうか?」
と、犯罪者のような事を悶々と考えていたら、電気がついているのを発見され、「お帰りなさい」とやってこられてしまった。

私は最近、自分の良くないところの一つには、「直ぐでも良かった事を、暫く後になり、通常からタイミングが微妙に外れている状態で言ったり行ったりするのが、他人には突然に思われ、相手は一瞬何を言われ、何がどう繋がっているのかわからない様子」というのがあるかもしれないと気付いたので、なるべく人を惑わせないよう、他人の感覚に合わせて直ぐに行動した方が良いかもしれないと思うようになったのよ。
今迄も物凄〜く合せているつもりだったのに、「あんたはかなりマイペースだよ」と皆が心無く言うようでは、もうちょっと急いだ方が良いのかもしれないのよ。
要するに、色々余計な事を考えていて、それが為にギリギリになってるっぽい。

そこで大家さんが来た際に、最近そういう心得を持っていた私は、不意をつかれ、すかさず「要らん事を考えるな!今!今渡してしまうのよ!エイや!」とお土産を渡した。

そして私が心配していた、まさにそのとおりになったところ。
翌日には、赤くて、ブツブツしていて、丸い物を持ってこられた。真ん中に種があり、酸味の方が強いが、微かに甘みがあるような気もする。何かわからないけど、たぶん食べ物。
…これでお返しが終わってくれれば良いんだけど。そう、これで終わるなら何の問題もない。


近所付き合い、てゆうか大家さん一人で、このザマでは気が遠くなる。


2004年06月17日(木) 愕然とした。

また人様のお宅にお邪魔してた。
お世話になりました。御馳走にもなり。


どこぞの会員になると勝手に送られてくる雑誌があり、それに手相の話が載っており、それによれば、親指が反りかえるのは、「自己表現をしたい」という欲求が強いらしい。私なんか、「折れてるんじゃないの?」と疑われ、「恐いからやめて!」と止められるぐらい反り返るわよ?反りかえるというより、押すとグニャと曲がるんだが。
しかしそれを「反り返っている」とするなら、可愛らしく「アタイ、自己表現したいの☆」どころか、

犯人「私が自己表現できないなら人質の命は保証の限りではない。繰り返す。私の要求は自己表現する事である。人質を無事にかえしてほしかったら、三時間以内に私に自己表現をさせよ。さもなくば…(バキューン)」
A「ヨシ子ちゃん!刑事さん!ヨシ子ちゃんが!ヨシ子ちゃんを助けてください!」
警察「犯人に告ぐ!冷静になれ!馬鹿な真似はやめて人質を解放し、投降せよ!」
犯「私は冷静で、かつ本気だ。冗談でこんな真似ができると思うのか?人が真剣にやってる事を馬鹿な真似などと抜かすとは、そちらこそ少しは冷静に口を利いた方が良い。…あと2時間と57分だ。が、あなた方の態度の如何によっては、もっと短くなるかもしれないわね」
A「ヨシ子ちゃん!ヨシ子ちゃんは無事なの?ヨシ子ちゃんの声を聞かせて!」
ヨシ子「ニャー」

という勢いじゃないんか?
そこで私は「まあ?!ちょっとあなた方、見てごらんなさい!この本によれば……なんですってヨ!」と親に注進してみたが、

ママン「それ以上自己表現してどうすんの?」

だなんて!アナタって人は、わかってないワネッ!?
私は鬼の如く自分を抑えているわよ。

母「お嬢さんはおしとやかで清楚な雰囲気の方ですね、なんて言われたわよ?」
私「ざっとこんなもんよ!(威張り)」
母「胡座かいてタバコ吸うのやめなさい!」

自然と猫が装着され、それは母譲りなのよ。しかしだいたい葬式で陽気にはしゃいでる人はあんまりいないだろう。
某様の御婆様によれば、「大きな声を出さないおとなしい子」なのだすって。
でも必要が無いのに、普通大きな声は出さないだろう。
が、

「お母さんもおうちも上品なんじゃろうな」

とは、如何。それは特大の勘違いだ。しかも訂正してくれなかったらしいわ。


に私は上品でもなく、おうちも上品でなく、ママンは……。

しかしお母様は、これが人付き合いとなると、「いっしょにいると癒される」と評判が良いようなのよ。癒されないどころか、時に気が狂いそうになってるのは家族だけだったらしい。

こんな話がある。
ママンはこの歳(5X才)になって急遽自動車免許をとる事にした。そして実際に車に乗ってみる運転教習の第一回では、車の乗り方と正しい運転姿勢と降り方を教わった。ロックを確認し、座席とミラーをあわせ、エンジンをかけてみ、トラックを一周して駐車してみる、トキメキの第一回にそれは起こった。

先生「それじゃ、まずルームミラーをあわせてください。運転中に見えるように、ちゃんとあわせるんですよ」
母上「はい。……ええと、これは?(注:ルームミラー)何ですか?自分の顔を見れば良いですか?」
先生「…………………………。」

暫く何も言わなかったらしい。

先生も愕然とした事でしょう。まさかそうくるとは予想だにしなかった事でしょうね。きっと「この大人しげで真面目そうで、今の今までオッカナビックリ及び腰だったオバチャンは、一体、突如真面目な顔で冗談を言ったのだろうか?まさか本気なのだろうか?」と悩んでいて、まず何をどう言うべきかすごく迷ったんじゃないかしらね。

運転中に何しに自分の顔を眺めるのか?
お母さまは、およそ五十年間ずっと、運転手がチラチラとルームミラーに目を走らせるのは、「化粧は崩れていないか?顔色はどうか?」等と自分の顔をチェックしているのかしら?その為の鏡であろうか?と、思っていたのだそうですよ。
たとえ何をしているのかわからなくても、そうは考えないのが普通のように思いますよ。

親父さんに言わせれば、「まあ退屈はせんだろうけどね」と。


2004年06月01日(火) やれやれ・2

続き>>

アタクシは既にプロバイダのカスタマサービスに電話し、ADSLプランへの契約変更を申しでておきました。
万が一、ダイヤルアクセスでの接続が再開できなかったときの為です。その時には、ダイヤルアクセスは捨て、いきなりASDL接続にチャレンジするつもりでした。
アタクシは焦ることはやめました。焦っていてもできない事はあります。焦るとネジ山が潰れるのです。尚悪い。
ついでに、まだダイヤルアクセスが当然使用可能な状態である事も確認しておきましたので、「できるはずだ」と決意を新たにしました。そうではなければ不安でやってられません。

もちろん先方は、この「ダイヤルアクセスで接続できない」という事態に対して相談にものってくれるのです。インフォメーションにそう書いてあります。
ですが先方は、フリーダイヤルで込み合っており(世の中にはアタクシのように困っていて、そして無料で解決しようと孤軍奮闘している人が沢山いるのです)、アタクシは携帯電話を持たないので、どちらにしろ「接続設定にあやまりが無いか確認してみるぐらいしかない」とおっしゃったのでした。
付け加えて、「どんなエラーが出ているのかわからないので」と、おっしゃいました。

どんなエラーが出ているのか、黙っておりましたが、アタクシにはわかっておりました。暗記してしまったぐらいです。アタクシはそれまでにも説明書をさんざんひっくり返し、PCのヘルプも活用ていたのです。

最も多く出る原因は、「タイムアウト」で、「回線が込み合っているようなので、暫く待ってから再度接続しなおしてください」です。しかしアタクシは、数度試した結果、いい加減に「これは嘘だ」と確信しておりました。原因は別にあるのです。PCは、自らがインターネットに接続できない原因を間違って認識しているに違いありません。
アタクシもPCを購入してX年にもなり、少しはこいつの事がわかっています。幼い子供のように、全く信用ならない申し立てをしばしばするという事を。
腹を下していて「お腹を壊した」と言うべき時でも、「足が痛い」などと訴えるのがPCなのです。アタクシは一生懸命に足を診た結果、「どう診ても足には異常が無いとしか思えない」という結論を出さざるをえないのです。

もしくは、「リモートコンピュータが応答しません」です。
アタクシはこれも怪しい発言だと思っていました。プロバイダにダイヤルアクセスで接続ができる状態である事を確認した上は、いっそう怪しみました。こいつは、自分の異常に気付かず、他人の所為にしている気が甚だしくします。

アタクシが知りたいのは、なぜ「タイムアウト」になるのかであり、なぜ「リモートコンピュータが応答しない」なのかです。
アタクシは時間も迫っていたので、礼を言って電話をきりました。もう一度電話をかけてみる前に、最初から接続設定をオール見直す決意を固めたのです。もしもわからなかったら、また電話をすればよいのです。

とりあえず試してみましたが、相変わらず接続できません。
さて、ここからが問題なのですよ。
アタクシは周辺をすっかり片付けてしまうと、PCのおよその説明書とプロバイダからの説明書を脇に積み上げました。
敵は、アタクシ達のようなド素人であろうと、この説明書があり、それに「黙って忠実に従いさえすれば、自力で設定する事は充分に可能だ」と判断しているのです。
もちろんそうでありましょう。そのはずです。そうでなければなりません。
このようなオフセット説明書の原稿を印刷所に回すまでには、血の滲むような山程の会議をし、何度もリテイクを出され、推敲を重ねたに違いありませんからね。マトモな会社ならそうしたはずです。
100人のうち90人が電話してくるようでは、取り扱い説明書の存在意義が問われます。金をかけて分厚い説明書をつくる代りに、係員の電話番号を入れておいた方がマシです。あらゆる経費の中で最大のものは、概ね常に人件費です。イギリスに産業革命が生じたのも、元をただせば人件費を削る為だったきがするほどです。たとえ安い給料で雇える人間がいるとしても、それでも人件費は常に経営を圧迫するのでした。能力というより主に人件費によって会社に貢献してきた低所得者であるアタクシ達は、在職中にそれをよくよく腹に刻みこまれたのでした。

よって、我が敵は、カスタマセンターに常駐して客の苦情に当たる人件費を最小に抑える為、カスタマセンターの電話料金を最小に抑える為にでも、とにかくも、できる限りの熱意と熟慮をもってガイドの製作に携わったのに違いないのです。

つまり、アタクシは、これを見て接続をする事ができるはずなのですよ。


アタクシは腕まくりすると、今迄に弄った個所を一通り確認しました。再度接続を試みました。
できません。
アタクシはモデムの設定をさらにもう一度見直す事にしました。

それからアタクシは、懲りずにまた接続を試みました。
できません。
リモートコンピュータとやらが応答しないのだと言い張っています。
「そんな事言われても…それがなんだかアタシにはよくわからないわ」と困ったアタクシは、接続を試みながら、電話機の受話器を耳に当ててみました。こいつが何をしているのか、本当にダイヤルをしているのか盗み聞きしてやるのです。

というのも、同じ電話回線を使うので、PCがインターネットに接続しようと回線を使用しているときには、プッシュ回線ならではの音がする事をこれまでの経験で知っていたからなのです。
電話回線をPCが使っておりインターネットに接続している状態では、キーンだかザーだか耳をつく音がずっとしていたものです。あるいは接続を試みている時には「ピ・ポ・パ・ポ…トゥルル」等と言っていたので、アタクシはわからないなりにも、「どうやらPCは電話をかけているらしいわ」と思っていたものでした。

ところが、盗み聞きしていても、受話器からはウンともスンとも聞こえません。
PCはまた「リモートコンピュータが応答しない」と言いますが、信用できません。どう聞いても、PCが電話をかけている痕跡が無いようです。
電話回線を使って呼び出していないようなのに、「返事が無い」もへったくれもない。
激しくあやしい…。

アタクシは説明書を確認し、配線の接続を確認しました。
…ああ、やはり(嘆息)
逆になっています。配線を外して戻した際に、確認を怠ったのです。自分を信じたので、あやまってしまいました。アタクシはドキドキしつつ、電話で盗み聞きしながら、再度接続を試みました。
「ピポ」ちゃんと電話をしはじめました。そう!それで良いのよ、ハニー!
わあ、苦節二日、やっと繋がりました。愚かな誤りでした。よかった。こんな事でン万もとられてはやってられません。

ところが、メールは受信できないし、ブラウザを立ち上げてもありとあらゆるホームページが見られません。
見ると、一番下に「サーバーが見つからないか、DNSエラーです」とあります。
もう絶対にDNSエラーに違いありませんね。
ところでDNSってなんでしょう?アタクシは「IPアドレスを人間にわかりやすい名前に対応させているサーバ」等と言われてもよく解りませんが、そのモノがどこで問題になるのかは、意地になって説明書を捲りまわったので既に知っているのです。
<PPP接続>とやらの個所で奴を見たきたします。
アタクシはPPPの接続設定を最初から最後まで全部確認した結果、やっと問題を解決する事ができました。とにもかくにも原因を探り当てるまでに弄りまわった所為です。

危なく、とてもしょうもない事で万札を使うはめになるところでした。

ともかく、これでダイヤル接続はできるようになったのです。第一の問題は解決したとして、LANカードを増設すると異常に不安定になる事は、またLANポートを使用しADSLでの接続がなんとかなるようになってから考える事にしましょう。


やぐちまさき |MAIL