あおい世界
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2009年05月31日(日) 父の病−実家泊。

昨日の朝も実家へ寄り、
夕方は桜の矯正歯科の帰りに実家へ行き、お泊り。
兄貴とトシコさんがトンカツの差し入れをするとのことだったので、
また賑やかな夕食になると思ったのですが、
兄貴たちは差し入れしただけでお茶も飲まずに帰りました。
トシコさんが仕事中に足を痛めたらしく、
仰々しく包帯を巻いていたので、そのせいもあるのかもしれませんね。

昨日の日中、ほとんどを寝室のベッドで眠って過ごしたという父。
母は息も荒いし、もうこのままかも…と思ってしまう状態だったそうで、
あたしたちと一緒に夕食を食べることはしませんでしたが、
後から起きてきて、まぁまぁの量を食べることができました。
母はその変わりように驚いていました。

何となく思うことは、
娘であるあたしの前では無意識に気を張ったり、
桜と桃の声や賑やかさが刺激になっているのではないか、ということです。
さすがに夕食後は、すぐまた眠りましたが、
今日の朝食と昼食は、父も一緒に食卓を囲んで食べることができました。
どんなに寝ている時間が長くてもトイレには一人で行くから助かると母は言います。

午前中、母は桜と桃を連れて買い物へ出かけました。
あたしは留守番し、父が眠っている間は風呂と洗面台を掃除したり、
台所の電気傘を綺麗にしたりしました。
途中、父が起きたので、先週の木曜日にできなかった部屋の掃除機がけ。
ついでに居間の絨毯がずれていたので、家具を隣りの部屋に移してから、
真っ直ぐ敷き直ししたり、せっせと働きましたよ。

父は起きて着替えをしたものの、ベッドに座ったまま居眠りしていました。
あたしがわざと大きな音で掃除機を掛けると、はっと気付いて動き出しました。
最近、食事や土いじりの最中なども、こんな風に居眠りしてしまうことが多く、
母は何気なく気付くようにするのだと言っていたので、
あたしも音を立ててみたのです。
着替えた後、書斎へ行ったり、洗面台でうがいをしたりしていたようですが、
やはり体力がもたないのか、30分もしないうちにまたベッドへいき、
パジャマにならず、そのまま寝てました。

眼鏡を掛けたままだったので、そっと声をかけ、眼鏡を外したら、
のど飴を舐めているらしく、頬が膨らんでいます。
寝るなら出そうよ と言っても、
大丈夫 と言うので、そのままにしたら、
あっという間に寝息を立てて眠ってしまったので、
またそっとそばに行って顔を横にしようとしたら、びくんと起き、
何? と言うので、
飴、舐めたままでいるなら、顔を横にしようよ と言ったのですが、
大丈夫だから! と怒った口調で言われてしまいました。
心配で寝室からは出たものの、空いたドアの所から離れられず、ずっと父を見ていました。
母にメールでどうしたらいいかと聞くと、
のど飴は痰きりのためらしいのでそのままでいいよ とのこと。
少し安心しましたが、時々覗きに行かずにはいきませんでした。


昼前、突然(伯父さま伯母さまの息子である)従兄が来ました。
たまたま二人の一周忌法要についての相談をしに来たので、
現在の父の様子は何も分かっていなかったのです。
ちょうど買い物から母が帰ってきたので、
父の状態を話した後、父を起こし、従兄と会ってもらうことができました。
従兄はもう何十年ぶりかで来るので、ホント偶然としか言いようがありません。


気になるのは、父が笑わなくなったこと。
いつ以来かな。
木曜日に外で土いじりをしたとき、少し笑ったような気がするけど、
いつもぼーっとしてるか、真顔のままでいます。
父の笑顔、見たいな。


検索WORD = 父の病−


2009年05月30日(土) 桜の歯−23(装置)。

5月の連休明け、矯正用の装置ができたと連絡を頂いてましたが、
ずっと土曜日は予定が入っていたので、やっと今日の予約で受診できました。

桜が使うことになったのは、O.K.A. 装置というものです。
歯を動かして治すこれまでの矯正装置とは基本的に違うもので、
不自然な力を歯に加え、無理矢理歯を動かすものではなく、
患者自身の筋肉の力やバランスを変えることによって、
結果として不正咬合を改善するものなので、
痛みが少ないことが特徴なんだそうです。

画像を見て分かる通り、歯の無い入れ歯のようなものです。
上下のプレートは必ず同時に使用しなければならず、
最初、唾液が飲みにくかったり、発音しずらくなったりしますが、
だんだん慣れていくそうです。

とりあえず1回5分を1日2回から始めて、10分15分と延ばし、
起きているときに3時間以上使用できるようにし、
最終的には睡眠時も使用し、1日12時間以上を目標にするそうです。
次回、受診する2週間後までに1日5分の状態でもいいというのですから、
少しずつだんだんと慣らしていけばいいようです。

さて、この装置を桜がどう思うかと心配していましたら、
案外気に入ったようで、自ら装着しています。
オレンジの容器を持ち歩き、装着した状態でのお話もスムーズ。
とにかく装着しなければ意味がないものなので、
桜が嫌がらない様子に安堵しました。
やはり本人が治す気があるかどうかで変わるのだろうなぁと思います。
これがもっともっと小さい時に始めようと思ったら、
本人も嫌がるだろうなって想像が付くからです。

それからプレート専用の洗浄剤も買いました。
ぬるま湯に溶かした(粒状の)洗浄剤にプレートを入れ、
液の色が変わったら取り出すというものです。
歯磨き粉みたいなさわやかな匂いがし、泡が出ます。
決して歯ブラシなどで擦らないように注意されました。

夕方、実家へ泊まりに行ったので、母と父に見せたら驚いていました。
父が凝視していましたもの!
いまどきの矯正はこういうものがあるなんて、ホント驚きですよね〜。
さてさて、1〜2年後の桜がどんな風に変わるのか、楽しみです♪

今日のお値段は、涙の高額! 268,290円!

プレートが250,000円、診察代が5,000円、洗浄剤が800円。
すべてに消費税をプラスしまーす。
プレートは乱暴に扱うとすぐ壊れるものでもあるので、
大事に大事に使ってくれよー(願)。
失くすなんて言語道断だぞーーー(懇願)。


検索WORD = 桜の歯−


2009年05月29日(金) 娘ら胃腸炎 と 今日の父。

一昨日の夕食時、珍しく食欲がなかった桃。
腹痛を訴え、お風呂に入るまで1時間眠り、
入浴後もすぐベッドで眠ってしまいました。
念のため市販の胃腸薬を飲ませましたが、
翌朝も腹痛は続いているようで食欲なし、熱なし。

重なる時は重なるもので、桜も寝起きから吐き気を訴え、
朝食はゆっくり何回かに分けて、お茶碗半分くらいを海苔で食べました。
その後もソファでごろごろしていたのですが、
出掛ける30分位前にトイレで嘔吐。
桜は吐いたらすっきりしたと言い、何とか学校へ行きましたが、
桃は休みたいと言うので、一人で寝かせておくことにしました。
心配ではありますが、母には頼れません。
特に高熱でもないし、桃は吐き気があるわけではないので、
今回は我慢して一人で頑張ってもらうしかなかったのです。

ちなみに隣りのユウちゃんも前日と前々日、似たような症状で欠席しています。
その手の感染性胃腸炎が流行っているようです。


昼前、桃に電話を入れると、まだ腹痛がありベッドで横になっていたとのこと。
置いてきた朝食を食べる気になれないとも言っていました。
12時ちょうどに会社を出て、まずは自宅へ戻り、
大好きな梅干でご飯だけでも食べてみるように勧めてから、すぐに実家へ。
感染性でなければ、一緒に実家へ連れて行ってあげたいところでしたが、
今、両親にこの手の病気を感染すわけにはいきません。
後ろ髪を引かれる思いでしたが、
何かあったらすぐに電話を掛けるように言うのが精一杯でした。


父と過ごしている最中、桃から電話。

……吐いちゃった。

梅干を乗せたご飯のほか、味噌汁以外のおかずも食べたら、
それを全部吐いちゃったというのです。
でもきちんと(嘔吐用の)洗面器にできたようで、どこも汚してないとのこと。
偉いぞ!!!
しかし、次またということも考えられるので汚物をトイレに流すように指示しました。
少しして、汚物を片付けられたかを聞いたら、できたって。。。
偉い、偉いぞ、桃!!!

母からも頻繁にメールが届き、父の様子を聞くので、
庭での様子を写メールで送ったり、
兄貴にもコーヒーを飲んでいる様子を写メールで送ったりしていました。
母がもうすぐ帰宅しそうだと分かった時点で、桃に電話。
3時半頃には桜が帰るだろうし、ママは4時頃戻れるからと。。。

しかし3時半過ぎても桜が帰ってこなかったため、
とうとう我慢の限界になったようで、泣きながら電話をしてきた桃。

桜ちゃん、まだ帰ってこないよ。
ママ、まだ帰れないの?
もーちゃん、寂しいぃ。。。(しくしくしくしく)


そこで、最終兵器を出すことにしました。
DSしててもいいよ♪

いまだに留守番中はしないように、あたしがDSを持ち歩いているわけですが、
今日だけはこんなこともあろうかと、
お昼に寄った時、すぐ見つけられるところに置いてきたのです。
桃の声は少しだけ明るくなり、ありがとうって言われました。
その後、すぐに母が帰ってきたので、桃にすぐ帰るからとの電話をし、自宅へ。。
母にはその時点で桃が一人で一日留守番していたことを話したので、
びっくりと同時に、早く帰るように言ってくれたので、
帰宅したばかりの母にお茶を淹れる間もなく、帰らせてもらいました。


自宅へ着くと、ぷーーーんと異臭がしました。
桜のランドセルが玄関に放り出されていて、桜はベッドにダウンしています。
給食は普通に食べられたし、一日学校生活も送れたようですが、
帰宅してすぐに嘔吐してしまったそうです。
桜もちゃんと(嘔吐用の)洗面器に戻していたので、
それをトイレに流すよう指示し、あたしは二人を病院へ連れて行く準備。
すぐさま近所のかかりつけ内科へ。
そこはあたしが貧血の薬を処方してもらっているところで、
ちょうどあたしの鉄剤も必要だったので、三人で受診。

お母さんは大丈夫ですか?
お母さんが罹ると一番大変だからなぁー。


って、医師に言われてしましましたよ。。。
先生、もうそのことは忘れましょうよ。。。あははん。


そんなこんなの忙しい一日でしたが、
桜と桃は嘔吐止めや痛み止めを処方してもらったので、
夕食に、うどんをぱくぱくお代わりして食べても吐かずに過ごせました。

今朝、二人とも顔色良く、腹痛も吐き気もなく、学校へ行けました。
もちろん、お昼の薬は持参。
白と青の粉薬、頑張って飲んだそうです。





そして、今朝も実家に寄りました。
母が言うには、父は昨日あたしが帰った後も発熱せず、ハイな状態が続き、
夜8時近くまで玄関で土いじりをし、
夕食後、2時間位かけてゆっくりお風呂に入ったとのこと。
前々日、母に体と顔を洗ってと頼んだものの、
熱が上がり、お風呂には入れなかったため、5日ぶりだったようですが、
何をするにも疲れてしまうらしく、ゆっくりゆっくり。

食事中だった父は、小さな子供のように食べながらうたた寝していました。
あたしが部屋に入った音で目を覚まし、また食べ始めましたけど、
今朝はずっと朦朧としている状態なんだそうです。


夕方寄ったときはソファで大きな寝息を立てて眠っていました。
あたしが入っていっても気付かないほど。
日中、熱はなく、食事もまぁまぁ食べられたそうですが、
飲む込む前に寝てしまうこともあり、口から物がでてきたりしたそうですが、
気付くと何かを手にしながら眠ってしまったりもしたそうです。

なんだろ、これは。
痛み止め、つまりはモルヒネの影響なのでしょうか。
あたしが来る前と帰ってから、
玄関に出しっぱなしの菊の芽付けの続きをしたりもしたそうです。
痛みがないだけに、動けるときは限界まで動いてしまうのでしょうね。

きちんとした施設に入っているホスピスではありませんが、
父には痛み止めと、解熱用の座薬を中心とした薬が出されているので、
癌の進行を抑えることはしていませんし、進み具合を知ることもできません。
毎日毎日 いまを生きる という状態です。


2009年05月28日(木) 父の病−二人きりの3時間。 

今朝は桜と桃が体調を崩してしまい、実家へ寄れなかったので、
(このことは明日記します)
母に父の様子をメールで聞いたら返ってきた内容。

昨夕、トシとトシコさん来て夕食する。
父、ほとんど食べられない。
熱8度5分、座薬入れ、程なく5度7分。
すごい汗、ききすぎ?
一応安心して寝たけど、今朝9度4分、座薬入れる。
熱は下がっても、その為のエネルギーの消耗が汗として出されるのか?
体力減退、トイレ行くのがつらい。



午後は会社を早退し実家へ。
母が病院の予約診察日になっていたので、
あたしが父といるから行ってきて欲しいと頼んで、
行ってもらうことにしました。
母だって心臓に爆弾を抱えているんだし、
毎日父の死と向き合っているのだからストレスはマックスなはず。
あたしの申し出に少し考えた末、承諾してくれたのでした。

母とバトンタッチしたのはちょうど昼食の時間。
父は時間を掛けながら、梅紫蘇の粥、ジュンサイの味噌汁、
温泉卵、ヤクルト、アボカド、牛乳、お茶をほぼ完食。
今朝の座薬が効いていたおかげで朝食も結構食べられたんだそうです。

ふと、二階の屋根の上に干してあるのが靴下などが、
飛ばされているのではと言うので、あたしが見に行ったら、
案の定、母のホームカバーが一足だけひらりと飛んでいました。
拾える場所だったので、他のと一緒に室内に取り込んだことを報告したら、
父は自分の買ったばかりのソックスのことが気になったらしく、
タンスを見に行き、数を調べて納得したものの、
それでも屋根の上が気になったらしく、二階に行き、屋根にまで上がり、
なんと、ぎりぎり縁の方まで行き、下を覗こうとしたりしたので、
そばにいるあたしは気が気ではありませんでした。

その後、菊の芽付けをすると言い出したので、
あたしが土などの重いものを庭先から玄関へ運び、
次に何をするのか、
何が必要なのかと会話しながら過ごしました。
基本的に放っておけば、
父は何でも自分で運んだりする気でいますが、
これどこに運ぶの? これも持っていくの?
と聞いてからすると、
あたしにもやらせてくれます。
乾いた土を深さ4センチにし、如雨露で湿らせるという作業。
湿らせた後、しばらく馴染ませる必要があるらしく、
庭を歩き回ったり、庭の外側に行き雑草を抜いてみたり、
咲き残っていた芍薬を手折ったりしてトイレに飾るように言ったり。
大体1時間くらい庭で過ごしてから、二人でコーヒータイム。

兄貴が持ってきたコーヒーメーカーで淹れ、
父のは砂糖を入れ、倍に薄めたものを差し出したら、
ゆっくりですがカップ1杯飲み干しました。
今日は水分もきちんと摂れる日のようです。
庭に出ている間、
額や鼻が汗ばんでいたので熱を測ったら35度台。
まだ座薬が効いているのかな。

コーヒーを飲んだ後は、ソファで昼寝。
いびきもかいていたのに、
本人が言った通りきっちり15分で起き、
その後テレビを見ながら新聞を読み、
またまた土いじりを始めました。
今度は玄関内で作業をし始めたので、あたしは掃除機かけ。
廊下や父の書斎をかけている最中、母が帰宅。


ほんの3時間だけでしたが、
父と二人きりで過ごした時間は宝物になりそうです。
今まで父の土いじりを手伝うことなんてありませんでしたが、
庭や家を眺めている父を見て、
余命を知った今、どんな風に毎日を過ごしているのだろうと、
胸が熱く熱くなってしまいました。
菊の芽付けをしていても、花が咲くのを父が見れるのだろうか、
見たいという思いを強く持って、少しでも命を延ばして欲しい。

母は定期健診である循環器科の他、歯科も受診(初診)。
下の前歯の歯茎が化膿してしまい、
痛くて、食べるのもひどかったんですって。
次回の予約は1ヵ月後。
また来月、今日と同じような時間を過ごせますように。


検索WORD = 父の病−


2009年05月27日(水) 引き渡しできない訓練。

今朝は、母にきちんと食事をしてもらうため、
鶏のささ身フライと、ウドの葉の天ぷら、茹でたスナップエンドウを、
余らない程度のちょっとした量だけ持っていきました。
昨日はサツマイモのレーズン煮。
無理にでも食べようという気になるから助かると言われました。
良かった。。。
昨夜は父の呼吸が心配で、ほとんど眠られなかったと言っていました。
元々父は無呼吸症候群なのですが、今みたいな状況では特に心配みたい。

そんな父は朝、長々とトイレにいました。
なにやら、お尻に塗る薬があるらしいのですが、
そういうのは誰にも頼まず、まだ自分でしたいみたいです。
短時間しかいられないあたしは、父の顔をちょっとしか見られませんでしたが、
ここのとこ眠っている顔ばかりだったので安心しました。


その後、午前中母からきたメール。

担当医師が外来の日だから点滴に行こうと誘ったのに、
行かないって言った分、頑張ったのか、
粥、ジュンサイの味噌汁、牛乳、ヤクルト、茶、梅紫蘇を食べました。



そして昼時のメール。

ランチメニュー、
粥、ヤクルト、ゼリー、ジュンサイの味噌汁、牛乳を上品に少量ずつ召し上がったわ。
午後は頭と体、洗って欲しいんだって(ハート)。



熱は37度台になったそうです。
時々早朝に幻覚をみているような会話をするそうです。
したこともない麻雀をしている会話とか、
朝昼晩の区別が付かないような会話とか。
痛み止めのせいかな。
母はそれらに対して、明るく対応しているんですって。


学校では引き渡し訓練が行われました。
今まで無理して早退したり、母に頼んだりしていましたが、
今回は引き渡せる人がいなかった場合という設定にしました(我が家だけ)。
この訓練、大災害時には必要であろうとは思うのですが、
早退しても30分弱で終わってしまう内容だし、
引き渡せる人がいなかった場合、地区ごとに集団下校させてもらえるので、
そういうバージョンも体験しておいた方がいいかなと勝手に判断しました。
娘たちは書道教室方面の地区で集団下校し、習字の後、自転車でピアノへ。

念のため、あたしもいつも通りピアノ教室へ行き、
二人の様子を見、先生に挨拶してから、自転車の二人とは別々に帰宅。
桜と桃、逞しくなったものです。
ありがとう。


2009年05月26日(火) 父の病−お茶を淹れる。

最近はできるだけ朝夕、実家に寄るようにしています。
昨日の朝はまだ眠っていたので、寝顔を見ただけ。

午前中は妹夫婦が見舞いにきてくれたとのこと。
午後からは信頼している主治医が外来をしている日なので、
先週の血液検査の結果を聞きに行きながら点滴をしてもらったそうです。
先生は、父に
呆けるなよ。
と励まし、
いつでも点滴に来ていいんですよ。
と言ってくれたそうです。

母は妹夫婦が来る前から雑用に追われていて、
妹夫婦の接待、父を病院へ送り、点滴している間、自分だけ一度帰宅し、
また雑用をこなし、父を迎えに行って帰宅後、
休む間もなく庭の水撒きをしていたそうです。
点滴を受けて少し余力ができたせいか、父はお茶を淹れ、
縁側に持って行き、水撒きしている母にあげたそうです。
母は思いがけなかったのでびっくりしたと言っていました。
きっと淹れてもらった母も、淹れてあげられた父も、
同じくらい嬉しかったんじゃないかなぁと思います。
いい夫婦、いい両親だなぁ。。。

しかしさすがにお出掛けや来客で疲れたのか、
昨夕は38度ちょっとの発熱で、早々に寝たそうです。
父が寝入った隙をみて、母は父の兄弟に連絡しているそうです。
親戚関係、難しいことも多いけど、
今のうちに連絡だけはしておこうと決めたみたい。


今朝はトイレに起きてきたところでしたが、
もう少し寝るとベッドに入ってしまいました。
母が朝の日課である血圧を測ってあげるのを見ていたのですが、
二の腕が日に日に細くなってきた様子を巻きつける帯状のもので教えてくれました。
パジャマの上から巻いているというのに骨だけになってしまったのが分かるほど。
そういえば昨夕、ソファから起き上がろうとした父の背中に手を当てたら、
2週間前に比べてガリガリになっていてびっくりしたのでした。
分かっていても直接目にしたり、肌で感じると心にどんときます。

夕方は、母からヤクルトの依頼があったので、
会社帰りにスーパーで買ってから実家へ。
ご近所からの頂き物のヤクルトを飲めたそうです。
また別の方から頂いたジュンサイを二つ食べられたとか。
どなたかからの頂き物だと食べようという気になるみたい。
これは父の律儀な性格がそうさせるのかもしれません。

朝と同様、夕方も眠っていたので寝顔を見ただけ。
今日は一日中、38度台の熱が出ているそうです。
熱がある割に手足が冷えていると母が心配顔。


検索WORD = 父の病−


2009年05月25日(月) 心療内科へ通う友。

ここエンピツに記すよりも、もっともっと簡単にではありますが、
ブログの方にも父のことをさらりと記していましたら、
先週の火曜日、ノリちゃんが父のことで応援メールをくれました。
ところが、ノリちゃんの方もかなり大変な状況のようです。
やる気が出ないのは疲れているだけではなかったようで、
今、心療内科に通っています、って。
びっくりしました。
独身の頃から円形脱毛症がずっと治らずにいるし、
ネガティブな考え方ばかりしてしまうみたいなことを言ってはいたけど、
最近はカツラを外せるくらいに生えてきたと言っていたのに、
いつの間にか心療内科を受診するほどになっていたとは……。

ノリちゃんに関してあたしは、こんな風に思ったり、
あんな風に思ったりしていましたが、
今思えば、症状がさせるものだったのかもしれないと思ってしまいます。

何故なんだろう。
単身赴任のため平日は留守だけど上の子を可愛がってくれる旦那さま、
さらに二人の子にも恵まれて、
仕事は大変だろうけど正社員として頑張れてて、
実家が近くて頼れる環境で、
あたしからみたらステップファミリーとしては大成功に思えるのに。

父のことがあるし、
運動会やら何やらでなかなか飛んでいけずにいますが、
今度、ちゃんと時間を作ってノリちゃんに会いに行こうと思います。
以前はよく甘いものを食べながら、
他愛のない話しをするだけでお互いリフレッシュできたもの。
あたしにできることは、その程度しかないけれど、
もしかしたら、ほんのちょっぴりでも心がほぐれるかもしれない。
それは、あたしの勝手な思い込みだけど、
会いに行かずにはいられません。

やっぱりノリちゃんは大事な大事な友達だもん。
ノリちゃんが苦しんだり困ったりしている時こそ、
何かしたいと思うあたしでいたいもん。

ノリちゃんに精一杯の思いを込めて返信しましたが、
未だにその返事はありません。
どうなのかな。。。


2009年05月24日(日) ホームコンサート。

朝、賑やかな食卓だったのですが、そこに父の姿はありませんでした。
痛みがあると言い、食欲もなく、起きたくなかったようです。
貼る痛み止めでは効き目が薄くなったのか、
錠剤の痛み止めを勧めたら飲み込めたようで、2時間ほど遅れて起きてきました。
兄貴が持ってきたコーヒーメーカーで淹れたコーヒーの匂いに誘われて、
少し飲みたいと言い、砂糖を入れ薄くしたものをカップに1杯弱飲めました。
しかし固形物らしいものは食べたがらず、他にはお茶だけ。
パジャマの上に羽織っているガウンから見えた胸元のあばらが哀しく物語っています。
少しのんびりした後、我が家3人は桃の泌尿器科へ行くため実家を後にし、
兄貴たちは一度マンションへ帰ってから、
午後は母の車を12ヶ月点検に持って行ってくれたそうです。


午後は、桜と桃が習っている書道教室で行われたホームコンサートへ行きました。
実は書道教室の先生の旦那様は活発に音楽活動をしている方で、
小学校でブラスバンドを指導したりもしています。
余談ですが、桜と桃が習っているピアノの先生とも交流があった方。
桜は行きたがらなかったのですが、桃が行きたいというので一緒に行ったというわけ。

ホームコンサートだけあって、会場は先生の自宅。
いつも習字を習っている和室とリビングキッチンなど広々とした部屋の中に、
いつも置いてあるグランドピアノの他にマリンバがセットされ、
クラリネット演奏や、マリンバ演奏、先生によるバリトン独唱、
それからピアノと歌、マリンバ、クラリネットによる合同演奏、
最後に、会場の人たちも一緒に3曲ほど合唱。
癒されました、ホント。
素敵なコンサートでした。
終わってからは、奥様(習字の先生)による手作りケーキが振る舞われ、
美味しくいただきました。
年に何回か行いたいと言っていたので今度は母も誘ってあげたいな、
できることなら、父も。。。
桜は絶対連れて行かなくちゃ。
なーんで今日、行かなかったのかなぁー。
あたしももっと誘って、強引にでも連れて行けば良かったなー。
そう思えるほど、素敵なコンサートでした。


夜、母からメール。
父は午後、少し庭に出て、近所の人に福寿草をあげたり、
育て方を教えたりしたそうです。
そういえば昨日も、猫が来て困るというお隣りの庭に行き、
猫が嫌がるものを撒いたり(?)、ありの巣を駆除したりして、
とても喜ばれたそうです。

昨日も今日も父らしい一日を過ごせたんだね、と母と納得。
こういう毎日でいいんだよね。


2009年05月23日(土) 運動会 と 実家へお泊り。

終日曇り空でしたが、無事、運動会が終了しました。
今年は父も母も来れるわけがなく、ランチは三人なので、
シートを持っていかず、町内のテントに陣取りました。
でも子供会役員だし、桜と桃の出番をデジカメにおさめたり、
自分が出場する競技がいくつかあったので、
あまり寂しさを感じずいられました。

桜。。。
徒競走は三年連続3位でしたけど、頑張っていました。
ソーラン節は毎日楽しそうに練習していただけに、
迫力がある中で、綺麗に踊れていました。

桃。。。
徒競走はこちらも三年連続1位、それもダントツ。
本人、六年連続1位を狙っているそうです、がんばれ〜〜。
エイサーは桜と同じように手足をピッピッと伸ばして、
綺麗に踊れていました。

学区民での種目に出たあたしは、
障害物リレー、綱引き、百足競争の他に、
今年は桜と二人三脚も頑張りました。
絡まったり転んだりはしなかったのですが、
慎重になりすぎたため、競歩のようになってしまい、
1位でバトンをもらったのに、抜かされてしまいましたーーー。
上手な人たちは弾むような感じですごく早かったので驚き。
ちなみに桃は隣のユウちゃんママと出場しました。
が、自分の出番でめいっぱいになっていたため、
桃の姿を見ないでしまいました。。。残念。

今年の戦利品は、
洗剤2箱、ティッシュ1箱、ラップ2本、ホイル1本、
台所洗剤1本、割り箸1袋、キッチンペーパー1つ、ミニジュース4本。
桜と桃が出場した二人三脚ではそれぞれが、
赤青鉛筆2本、ミニジュース1本、キャラクターのポケットティッシュ1袋ずつ。

例年通り、お弁当で軽くなるはずの帰り道は、
朝より重い状態での帰宅でした。



運動会の後、帰宅してから掃除、洗濯をさささっと終わらせて実家へ。
ハードな一日でしたから、最初は泊まらないつもりだったのですが、
父の状態はいつどうなるか分からない毎日なので泊まることにしたのです。
兄貴とトシコさんも同じ気持ちになっていたらしく、
久しぶりに賑やかな夕べでした。
しかし父の食は細くなる一方。

小さな小さな赤ちゃんに用意する離乳食のような量さえも食べられず、
辛うじて水分だけはいくらか摂れるという状態。
それでも、夕食時は一緒にテーブルを囲み、
もりもり食べたり、話したり、笑ったりするあたしたちを見ていました。
入院していたら、できないことだよね。
多分、全員がホスピスに決めたことを納得する時間だったと思います。


2009年05月22日(金) 父の病−髭剃り。

今朝は実家に寄る時間が作れず、
会社に向かっている時に送られてきた母からのメールに救われました。

おはよー。
昨日の午前は少し心配の病状だった。
喉の痛みが良くなり、昨夕は、粥、うどん、豆腐、牛乳、ゼリー、
すべて少々なれど食べて、茶もおかわりする。
体重計一度は隠したけど駄目です。
50キロ割ったと言ってます。
菊の芽つけをしたり、それに必要な物を買いにいったり、藤の剪定をしたりして、
夜寝る時 「今日も1日生きのびたー」 と言ったのよ。
有意義に生きているのよ。万歳だワ
行ってらっしゃーい。


父と母にとって朝を迎えられることがこんなに嬉しいことなのかと思う毎日なのでしょう。
もう月単位ではないような気がします。

とても焦っている反面、
すべてをそれに集中させることが、
逆にそれを早めてしまうような気がするため、
あえて考えないようにしたり、
いつも通りバドへ行ったり、
明後日の運動会も行く気満々だったりしているあたし。
でも週末、実家に泊まりに行かずにもいられません。



夕方、実家に寄りました。
母が信頼している近所の母の友人が来てくれてました。
その方は三人息子を育て上げた後、
旦那様が倒れてしまい、介護を数年した後、今は施設に入っているそうです。
その旦那様は、痴呆も入っているので、
奥様が会いに行けば辛うじて分かるか分からないかという状態。
それもまた我が家とは違う辛さがあるようだと、
よく母から聞かされていました。

その方が、父の髭剃りをしてくださいました。
具合が悪くても、しっかり生えてくる父の顔の髭は、
電気カミソリは合わないらしく、いつも気に入ったT字の髭剃りを使っています。
それもお風呂でじっくり温めてからじゃないと剃りにくいらしく、
毎日お風呂に入れない今、綺麗好きで几帳面な父は髭が気になって仕方ないらしいのです。
その方は、床屋さんが使う石鹸を泡にして顔に塗る刷毛みたいなものとか、
専用のカミソリを持っていらして、旦那様の髭も剃ってあげているとのこと。
母はその方法を覚えようとじっくり見ていました。
頬や鼻の下、顎はまだいいとして、
弛みはじめた顎の下(首)の皮膚を伸ばしながら剃らなければないようです。
すっきりして良かったね。

退院してからずっと、日中はパジャマを脱ぐ父。
今日は近所の方がいらしたせいか、いつもより声高に話していましたが、
母に聞いたら、朝、ほんのちょっと食べただけだと言います。
体重も坂道を転げ落ちるように減ってきています。


南無八幡大菩薩
タケシがブログのコメントに記してくれました。
ここエンピツやブログには記すことができる父のこと。
口から言葉に出すと、涙が溢れてきて、
リアルな知人友人には誰にも話せずにいます。
家では娘たちに父の様子をいつも教えるようにしています。
心構えだけはさせておきたい。
でもそれを伝えるとき、いつも涙目になってしまいます。


南無八幡大菩薩(なむはちまんだいぼさつ)
  南無は、「すべての心と身を委ねお任せします」の意味。
  八幡信仰は「武の神様」
  勝敗はすべて(あなたの御意志です)の意味合いがあります。
  切羽詰まった時は、神や仏が最後の砦なんでしょう



検索WORD = 父の病−


2009年05月21日(木) 父の病−嚥下障害。

玉川温泉でランチを完食したのを最後に、
喉の痛みを訴え始め、
水分一口さえも飲み込むのが大変になった父。
来週の月曜日に外来受診する予定だったのを繰り上げ、
母は昨日、父を病院へ連れて行きました。
風邪だと思っていた父ですが、
医師から喉の腫れはないので、
嚥下(えんげ)障害が出てきたのだと言われたそうです。
これは退院する時点で、
医師に間もなくそういう症状が出るからと説明されていたので、
やはり風邪ではなかったかと納得している母。
水分と栄養補給のため、2時間ほど点滴してから帰宅。
しかし、痛み止めも癲癇(てんかん)の薬も錠剤なので、
食欲が無くてもその薬だけは飲もうとするのですが、
それも困難なので、痛み止めだけは貼るタイプを処方してもらったそうです。
しかしこのまま水分が摂れなくなったら……。


お父さん、私、今までずっと幸せだったよ。
お父さんはどう? 幸せだった?
幸せだったよねぇ。 


母は父と幸せの確認をしたそうです。
それらを夜に電話で話してくれた声はいつも以上に沈んでいました。
が、その電話を切った10分後、また母から電話がきました。

今ね、お父さん、お水を3口飲めたよ。
上半身起き上がって飲んでみたら飲めたの。
お父さんと二人で手を上げて万歳したんだよ。
お父さんも万歳したんだよ。


さっきよりずっとずっと明るい声でした。




今朝も実家に寄りました。
昨夜から今朝にかけて、
吸い飲みで半分以上の水分を摂れたそうです。

お母さんは大丈夫?!

大丈夫じゃなくても大丈夫よ。
今こうして毎日、
幸せをかみ締めながらお父さんのことしているから……。 



まだ余命を宣告されてから、
いえ、癌が発覚してから1ヵ月も経っていないのにと、
改めて信じられない気持ちが増していきます。
兄貴が温泉に連れて行ったことを気にしていたようなので、
母はそれもなだめたと言っていました。
兄貴だって父を思ってのこと。
それも父が決めて行くことが決定したのだもの。




今日のお昼、母からきたメール。

今朝、粥100g食べた。他は一切拒否。
お茶はおいしと飲む。
沢山の様々な薬は飲むと挑戦するが、6種類の内2ヶだけなんとか通過。
なれどむせて4種は吐きだす。
今、庭いじり。
私が草取り手伝いのつもりが、
取っていけないものまで取ったといきなり叱られる (-_-)
函館の(父の)兄にアスパラを戴いたお礼の連絡の中で、
お互いの近況報告し、父の病状を伝えたことを父に話した。
妹と弟に伝える事、納得した。
ただし他人に言わないように頼む事とする。
今朝改めて手術の中止の内容を聞くので、順を追って正確に話した。
そんな事だろうと思っていたと言う。
息子(兄貴のこと)も手術が無理なことを父が納得出来ないだろうと、
駄目なのだと言える勇気がなかったと言っていた事も。
だからこそ、この家庭が幸せなことも話しあった。
函館の義姉も、みんな望んでいてもなかなか出来ない事。
二人は幸せねと言ってくれた事も話した。
たくさん幸せを感じれるように過ごしたいそう。


庭のことで母を叱る元気もあるのね。
この後、暑さのせいもあって貧血気味になり、部屋で休んだそうです。
ほとんど体力なんてないのに、庭に出たがる父。
いまだにお風呂も一人で入りたがるんですって。
父が幸せって、思ってくれることだけが望み。

昨日、父の庭から手折ってきた芍薬。
固い蕾だったのに、ほら翌日には綺麗に咲きました。
無理だと分かっていても、
散らずにこのままでいてほしいと強く願ってしまいます。











嚥下(えんげ)障害
   病気や老化などにより、飲食物をうまく飲み込めなくなったり、
   誤って気管に入った物を吐き出せなくなったりする障害



検索WORD = 父の病−


2009年05月20日(水) 桃、アトピー20〜頭皮〜。

先週の金曜日、
母に頼んで桃を皮膚科に連れて行ってもらいました。
ピアノは子供たちだけで行くようにはできましたけど、
皮膚科は頼まないと駄目です。。。すんません。

ここ1ヵ月、頭皮に掻き傷ができてしまっている桃。
カサブタになっても、シャンプーでそれが剥がれたり、
掻いて剥してしまったりするので、いつまでもぐちぐちした状態。
それが酷いところは5ミリ程度の大きさで10箇所以上あるのです。

ちょっと強めの軟膏を付けていたのですが、
きちんと診てもらうことにしました。
結果、頭皮用の薬が処方されました。
それは目薬みたいなスポイト容器に入っていて、
さらさらとした乳液状なので、髪を掻き分けて塗りやすい薬です。
ステロイド系のようなので使用には気を付けないといけません。
その薬を付けると、冷たいって桃が言っていました。
プールが始まる前に治るといいな。

ちなみに、ちょっと強めの軟膏
   ベクラシン軟膏0.025%・ベナパスタ4%・局酸化亜鉛
はこのところ出さないようにしてもらってます。
まだ手付かずのが2個もあるんだもん。。。
弱めの軟膏も手付かずのが増えてきたから、
次回は無くしてもらおうかな。。。


ということで、今回処方してもらった薬は、
頭皮用
   リンデロン・VGローション
朝晩服用している薬
   テルギンGドライシロップ0.1%
弱めの軟膏
   ロコイド軟膏0.1%・ハクワセホワイト 
身体全体の保湿用クリーム
   ヒルドイソフト
以上です。

乾燥しているせいか、身体全体の傷もすごいよ (-_-;)


検索WORD = 桃、アトピー


2009年05月19日(火) 父の病−床屋へ。

昨夕、仕事帰りに実家へ寄りました。
父はサンルームではなく、居間のソファに横になっていました。
サンルームにはテレビがないから、
テレビを観る元気があるときにはソファの方がいいのかもしれませんね。

(今)熱あるの?
昨日(温泉に行った日の夜のこと)、高熱だったから辛かったね。
大丈夫?!


と聞いたあたしに、

生きているんだから、熱、あるさ。
高熱? そうか?
体温計壊れてたんじゃないか?


そんな冗談が言えるうちは大丈夫かな。


多少具合が悪くても身綺麗にしておきたい父、
日中、散髪に行ったとのこと。
そこはあたしと桃も行くカット専門店。
1階がスーパーになっているので、母は父が散髪している間、
スーパーで買い物をするつもりで女性理容師さんに預けたそうです。
その方はいつも父を担当してくださっている方なので、
父の変化に気付いたようで、母に話してきたそうです。

前回もちょっと具合悪そうでしたけど、
今日も何だか具合悪そうですね。


ちょっと、調子が悪いのよ。。。

さらりと交わした母でしたが、
髪を切ってもらっている間、父がその方にありのまま話したそうです。
癌であること、余命間もないことなど。
そして、家族がとてもよくしてくれてるって言ってたそうです。
母は涙を浮かべながら話してくれました。
あたしも。。。


エビネは4つのうち、2つだけ植え替えしたそうです。
日々体力が落ちている感じです。


検索WORD = 父の病−


2009年05月18日(月) 父の病−温泉へ。

兄貴が癌に効く温泉として有名な秋田の玉川温泉に、
父を連れて行きたいと言い出したのは数日前。
母は父を疲れさせたくないからとあまり乗り気ではなかったのですが、
ここ数日、気持ち良く外出している父が行ってみたいと言うので決行することになり、
我が家三人も便乗させてもらうことになりました。
トシコさんも一緒。
みんなみんなでのちょっとしたイベントですが、
心の底から楽しめないイベント。


我が家三人は土曜日の夕方、
子供会の会議が終わってから実家へ行き、お泊まり。
母に頼まれて、二階のパイプベッドを一階のサンルームへ、
不要なものを二階へ運び、父が日中サンルームで休めるようにしました。
このサンルームは、庭が一望できる位置にあり、
当初増築した時には、どちらかが寝たきりになった時のためと、
冗談とも本気とも言えない会話をしていたそうです。


父はカメラを出してきて、出かける準備をしていました。
いつもイベントの時に持ち歩く父のカメラ。
大きくて重くて、今の父には荷物になるものですが、
写真を撮ろうという気があるだけでも良かったのかもしれません。


今朝、肌寒い雨降り。
38度ある父の熱。

(兄貴の運転が)雨で危ないから止めようかと父がつぶやいた時、
元々乗り気でない母が兄貴に即行中止のメールを打ちました。
近くの温泉に行くならまだしも、
車で何時間もかかる秋田はやめたいというのが母の本音。
しかし兄貴は玉川温泉でなければ意味が無い、
最悪、自分とトシコさんだけで温泉水を買いに行くけど、
車に乗ってるだけでいいのだからと強行に勧めているうちに、
父もまた行く気になり、母は父の気持ちを汲んで行くことになりました。

朝8時に出て、15分休憩を3回。
途中車の中で体温を測ったら、37度台まで下がってて、母と安堵しました。
4時間半後の12時半に玉川温泉に到着。
最初、食堂にてランチ。
そこで父がカメラを出したので、すかさずあたしが手にし、全員を撮りました。
その後、母もそのカメラでみんなを撮りました。
父は自分で撮ることまではできなかったようです。
結局この後、父がカメラを出すことはありませんでした。

つまり、そこまで元気じゃなかったってこと。


ランチの後、温泉付近を散策。
散策といっても、温泉が湧き出ているところを見学して歩いたという感じ。
ここだけ別世界のような湯気の立ち方と硫黄の匂い。
雨は激しいままで、標高が高いだけに気温も低く、
父は厚手の上着の上に綿入れ(仙台ではどんぶくと言います)を着て、
15分ぐらいの道のりを頑張って歩きました。

そして温泉へ。
大人600円、子供300円。
源泉100%、源泉50%(熱め、ぬるめ)、弱酸性などがあり、
打たせ湯、寝湯、泡湯などもあったのですが、
あたしが一番気に入ったのは箱蒸湯。
顔を出したままサウナ箱に座るので、楽で気持ち良かったです。
この温泉はアトピーなどの皮膚疾患にも効き目があるらしく、
桃はもちろん、全員ちょっとした切り傷や掻き傷にお湯がピリピリと染みて、
効能を実感できました。
本当なら長時間じっくり浸かっているといいそうですが、
そんなに長湯はしていられず、約1時間位で上がりました。

兄貴は父と最後になるかもしれないお湯に入りました。
脱ぐのに15分、15分湯に入り、着替えるのに15分という風に、
ゆっくりしか動けない父を目の当たりにしたことでしょう。
明らかに、日一日と弱っている父。
あたしも土曜日の夜、頬がこけて動作が遅くなった父にびっくりしましたから。
実際、入院中は全然減らなかった体重が、ここ1週間で3キロ痩せたのです。
現在52キロ。


帰りもずっとずっと雨でした。
温泉を出て高速道路になる手前の商店で、父はエビネの苗を4つ買いました。
向かう時にも寄ったお店なのですが、
父がとても欲しがったのに、兄貴が温泉水も買うんだし、
定員ぎっちり乗っているので、積むところがないから、
帰りに寄れたら寄ろうと言っていたのです。
箱に入れてもらって、助手席の足元に置き、持ち帰ることができました。
他にも父は、温泉の売店で桜と桃にストラップを買ってくれました。
いつもなら遠慮するように言うあたしですが、
この日だけはねだって買ってもらうように言いました。


思い出づくりみたいですが、きっとそうなるから……。
実家に着いたのは夜7時半。
夕食を食べて歓談する雰囲気ではなかったので、そのまま上がらず解散。

到着間近、あたしが父のおでこを触ったらとても熱かったので、
熱が上がっただろうと思っていたら、案の定39度台だったそうです。
でも、今朝は37度5分まで下がり、
日中、買ってきたエビネを植えたり、床屋に行ったりしたそうです。


検索WORD = 父の病−


2009年05月17日(日) 父の病−お出掛け気分。

一昨日、父は母と一緒にホームセンターに出掛け、
園芸用品をいろいろ買ったそうです。
まだまだ庭いじりをする気満々なんですね。
それから滅多に乗らない地下鉄にも乗りたいって。
仙台はまだ南北線の一本道しかなく(現在、東西線を工事中)、
それを南から北まで乗りたいって。
なんだかとってもお出掛け気分が高まっている父。
癌が発見される前は、
みんなでどこかへ出掛けようと言っても、
気分が乗らないとかで、留守番していることも多かったんですけどね。
今日は兄貴の強い誘めで秋田の温泉に行くことになりました。
この話は明日、記します。


それとね、一昨日の昼時、
テレビで秋川雅史が 『千の風になって』 を歌っているのを見ていた母が、
大好きな曲だから、いつもなら一緒に歌うところなのに、
泣けて声になりません。 ってメールを送ってきました。
分かるよ、あたしも会社で同じ番組を見てたから。。。

いつも冷静で淡々としている母ですが、
内心どんな思いで毎日父と過ごしているのでしょう。
無力なあたしは、どこまでも無力さをさらしているだけで、
会いに行ったとき、精一杯、普通の笑顔を振り撒くことしかできていません。


検索WORD = 父の病−


2009年05月16日(土) 子供会*選手決め。

夕方、集会所へ。
4〜6年生の子供たちにも集まってもらって、
運動会で子供が参加する競技の選手決め。
障害物リレーと、親子での二人三脚と、玉入れの3種目。
これらを上の学年から当てはめていくのですが、
上級生女子が極端に少ないのに、桜はリレーは嫌だって。
二人三脚は本当の親子での参加が優先なので、あたしと出ることになりました。
あたし、これで4種目も出ることになっちゃったよ!
子供より多いよ!!!
リレーも二人三脚も出たいと言っていた桃も、
ユウちゃんママと一緒に二人三脚に出ることになりました。
3年生なのにあたしと桜に付いてきたから、良かったね。


子供たちの選手決めが終わってから今度は役員たちで、
夏休みのレクリエーションについてや、
プール当番のための救命救急参加申し込みに関することで打ち合わせ。
話すことがてんこ盛りだったので6時過ぎまで掛かってしまいました。
とりあえず夏休みが終わるまでが山場ですな。
頑張ろうっと。


検索WORD = 子供会*


2009年05月15日(金) バド■シューズ。 親鳥。

先週、連休ボケでバドの練習をさぼってしまいました!
なぜか連休明けの木曜日だから練習ないんだわと勝手に決めて付けていて、
今月の当番予定表を何度も確認しておきながらも、すっかり抜けていたという失態。
そして人に言われるまでそのことに気付かなかったというドン臭さ。
休みたかったわけではなかっただけに、勿体無かったなぁーと思ってしまいます。


というわけで、今日は2週間ぶりの練習でした。
子供の日に母に買ってもらったシューズを、
先日の日曜日に取りに行ってきたので、今日はおろしたて。
何となく2センチぐらい身長が高くなったような感じ。
それだけ底のクッションが利くということでしょうか。
よく分かりませんが、弘法筆を選ばずの逆で考えれば、
いいラケットを持ち、いいシューズを履いても、
下手は下手なりだと思っているので、売り場で一番安いので十分です。

練習には5人しか集まりませんでした。
おかげで、指導者の方にみっちりしごいてもらいました。
プッシュや、ハイクリアや、スライス(・・・だっけ?)とか、
スマッシュ打って、スライス打って、プッシュでラストという3本一組の練習とか。
あたしがそんな高度なのをやらせてもらっていいのだろうかと思いましたが、
これがなかなか面白い。
もちろん思ったようになんか全然できないんですけど、
やりがいがあるっていうか、なんていうかね。。。。えへへ。


  覚え書き・・・・・・ヘッドが先だっちゅーの!


この覚え書き、1月末にも記してたっけ。。。
相変わらず同じことを指摘されているのですな。


検索WORD = バド■





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うちの会社は3社が入っている二階建ての建物なんですが、
そのうちの1社が4月末に退去したのをきっかけに、
先週から建物全体の外壁と屋根の改修工事が行われています。

でね、壁から屋根裏みたいなところに、
毎年ムクドリらしき鳥が巣作りをするんですが、
今年も工事が始まる前から雛の声が聞こえていたんです。
今のところ、
工事中にも関わらずその声が耐えることはないのですが、
工事が巣にどんな影響を及ぼすのか心配でたまりません。

先日、銀行に出掛けようと車に乗ろうとしたら、
電線に虫をくわえた親鳥がいました。
きっと巣に運ぶためなのでしょうけど、
ネットが張ってあったり、作業員がうろうろしているので、
思うように運んで上げられないのでしょう。
そのうち、くわえていたものをポトリと落としてしまいました。
すると、またすぐ違う親鳥が虫をくわえて電線にとまって様子をみているようでした。
ムクドリは夫婦で子育てをするそうなので、
きっとどちらかがお父さんでどちらかがお母さんなのでしょう。

どうかどうか工事が巣に影響のないものですように……と、
毎日祈るような思いでいます。
そして雛の元気な声を聞く度に、無事が確認できて安心します。
どうかどうか最後まで無事ですように。。。


2009年05月14日(木) ピアノ■二人で。

昨日はピアノのレッスンでした。
いつも母に教室まで連れて行ってもらっていたのですが、
父を優先させて欲しいので、今日から二人で歩いていくように言いました。
自転車でなら10分ぐらいですが、歩けば20分はかかるかなぁ。。。
当分は帰りにあたしが迎えに行くので、自転車ではなく歩いて行かせますが、
そのうち、自転車で行き帰り二人でもいいかもね。
ただ、冬場はレッスン終了時間は真っ暗なので、
やっぱりお迎えに行っちゃうような気がします。
当分はお試しで。
昨日は20分の遅刻だったそうです。
桜はクラブ、桃は茶道教室。
いつもなら4時間授業の後、
近所の書道教室へ行った後のピアノなので、時間に余裕があるのですが、
昨日は、月1回程度のアフタースクールで茶道教室があったり、
本来金曜日のはずのクラブがなぜか昨日だったりと、
いつも以上に忙しい水曜日だったようです。

ピアノの先生はその辺を理解してくれて、
時間のある時は大丈夫ですよ、って、
20分ずらしてきちんと1時間レッスンしてくれたんです。
ありがたいですね。


検索WORD = ピアノ■





♪♭♯♪♯♭  余談  ♪♭♯♪♯♭

昨年と同じようなショットで撮ってみました。
今年は実家から二色のサクラソウを借りてきています。
サクラソウって切り花にしても持ちが良いので、
食卓にも飾っています。
ハーブは普通のパセリとイタリアンパセリ。















2009年05月13日(水) 父の病−庭仕事。

退院したその日、
父が1時間も庭で過ごしてから家に入ったと聞き、
2週間も入院していたし、熱もあったのに大丈夫かなと思っていました。
もう38度台の熱は慢性化しているのでしょうか。

昨日の朝、我が家にある解熱用氷のうを届けた時も、
普通に起き、歯みがきをしているところでした。
夕方、知人から頂いた筍を届けに行ったら、
午後1時間ほど、母と庭仕事をした後だったようで、
ちょうどお風呂に入ったところでした。
熱も37度台だったそうだし、
骨付きの鶏の唐揚げや、大福、がんづきなどを食べたとのこと。

今日は実家へは行けなかったのですが、夜、母と電話で話をしました。
午前中、大△病院経由で介護を指導(?)をする方が来たと言っていました。
午後は、細長いタオルが欲しいと父が言うので、
衣料品店へ行ったり、両親共有の友人宅を訪問したりしたそうです。
その友人の旦那様も癌に侵されていて、長い間苦しんでいます。
元気だった頃の父は、その方を励ます側だったのに……。
熱はやはり38度前後あったそうですが、動ける程度だったようで良かった。
やっぱり病院で寝てるよりいいよね。
というか、余命間近だなんて信じられないよ!
稀に、好きなことをし気持ちよく過ごすだけで、
免疫力が高まり、癌をも消してしまう……、
なんていうのをテレビで観たことがありますが、
娘としては、そういう奇跡を願いたい。


上の写真は、我が家のベランダから撮ったもの。
5階だというのに、ほぼ目の高さまで木が生い茂っているのですが、
この時季は藤の花を纏っています。
下の写真は、ベランダの逆、西側です。
左奥にマイマウント。
こちらも目の高さまで木があり、右下に藤の花。
今時はあっちこっちで藤を愛でることができます。
この新緑を前に植物の生命力をとても感じます。
父にも分けてあげて欲しい。


検索WORD = 父の病−


2009年05月12日(火) 就活(3)。

実は飛び石連休真っ只中である1日の夕方、
先日、応募した会社から電話がきまして面接日を言われました。
とりあえず履歴書で落とされなかったということですが、
16時20分からという微妙な時間帯だったので、
あたし以外に何人も面接の人がいるのかもしれないと、
ぬか喜びしないようにしていたのです。
とはいうものの、無意識に大きな期待を込めて数日間過ごしていたわけで、
転職をしたい気持ちがますます強くなり、
1ヵ月後には、生活が変わっているというイメージを膨らませていました。

その面接日が今日でした。
私用ということで3時に会社を早退。
いざ出陣!

面接してくださった方は電話をくださったとても上品な女性の方と社長!
最初に結果を申しますと、残念ながら……、でした。
親と同居で子供を看てくれる人が居れば採用だった可能性が大だったと思います。
相手は子供の年齢と看てくれる人がいるかどうかがポイントだったようです。
あたしがインストラクターをしていた職歴や、
パソコン関係の資格内容で書類選考を通過したのだと仰っていましたから。
あたしも職場の雰囲気や仕事内容にはとても魅力を感じました。
特に、今この不景気な時期に、
我が社は今とても忙しくて、みんな9時頃まで残業したり、
土日のどちらかも出社している状態なので、
それを回避すべく2名ほど増員しようとしているところなんです。

と言っていましたから。
忙しくてやりがいのある仕事にあたしはとても惹かれましたが、
独り身ではない現実。
毎日9時頃まで働くという状況になり、
子供に我慢させても無理が生じると言い切ってくださいました。

社長以外は全員女性スタッフだという会社。
この社長自身、早くに父親を亡くし、母と二人の生活をしていたそうですが、
その母は公務員だったため6時には家に居てくれることが多く、
とはいうものの、その6時を過ぎることもあったそうで、
3年生ぐらいの時は、その時間帯に親が居ないということがとても心細かったと、
自分の経験に置き換えて話してくださいました。
親と同居していて、子供を看てくれる人がいるのならと思ってくださっていたようです。

あたしもそこまで忙しい会社に飛び込んでみたいと後ろ髪を引かれつつ、
娘たちの学校行事に時々早退させていただきたいなんて言える状況ではないこと、
最初、娘たちにお留守番を頑張ってもらうしかないとは言ったものの、
そこまでして娘たちを犠牲にすることはできないということ、
そして近くで看てくれる親が居るとは言うものの、
今現在、父が病に臥している状況では祖父母に頼めますとは言えなかったこと。

嬉しかったのは、相手もあたしのことを惜しんでくださっているのが伝わったことです。
あたし個人としてはまだまだ見込みがあるって分かっただけでも、
今後の自信に繋がらせることができると思います。
しかし独り身ではないということはこういうことなのかと、
現実を見た感じもします。


というわけで、1件目は×でした。。。
父のこともあるし、当分は緩い気持ちで求人情報をチェックしていこうと思います。
そして娘たちと夕食を食べながら、
こういう時間はお金よりも大切なのではないだろうかと改めて実感しました。


余談ではありますが、
面接はやはりあたし以外にも数人いたようで、
女性の方が電話での応対をしている時に、
今日は5時半までずっと面接が続くんです。
って言っていたし、
あたしが帰るときにビルの入り口に面接を受ける風の女性が居ましたから。
それとね、それとね、
社長は野球の工藤投手を太らせた感じで、
面接に同席した方は加藤登紀子を甘くしたような感じの人でした♪
同室にいた女性二人もニコニコと柔らかい雰囲気で、
会話をしているやりとりを聞いていてもいいなぁと思える職場でした。
あぁ、、、、いいなぁ。。。。。


検索WORD = 就活(


2009年05月11日(月) 父の病−退院。 子供会*会議。

午前中、母からメールがきました。
父は手術をせず、家に帰ることにしたとのこと。
手術前準備だった肩の切開をする前に、外科の担当医師に伝え了承してもらい、
内科の担当医師にバトンタッチされ、在宅介護のケアについて指導を受け、
病状が悪化した時は、担当医師が訪問診察をすると約束してくれたようです。
元々父は内科の担当医師をすごく信頼していたので願ってもいないことです。
しっかり手を握ってもらったとのこと。
心強いね。。。

退院手続きに若干時間が掛かったようですが、
午後1時過ぎには病院を後にしたとのこと。
医師からはお酒のお許しも出たんですって。
母は父が望むことは何でもさせてあげたいって、そう言っていました。

これらの判断が吉と出るか凶と出るかは分かりません。
病がどのような形で牙を剥くのか、
それぞれがどのような気持ちで取り組むのか、
そして、父がどう思うか。
確かなのは、家族全員が、
今、父のことを一番に考えたいという気持ちで一致していることです。


夕方、会社の帰りに実家に寄りました。
父は病院から帰宅後、1時間も庭をうろつき、なかなか家に入らなかったそうです。
日中は居間のソファで横になり、夜はきちんと寝室で寝る予定だとか。
嫌なのは熱。
相変わらず38度台あります。
母は痛み止めは出されたけれど、解熱剤は出されなかったと言っていました。
処方されるといいのですけど。。。

兄貴も午後来たそうですが、
トシコさんが美味しい雲丹を調達しているのを迎えに行って居ませんでした。
いつも焼酎を飲んでいた父が、今夜は日本酒にしたいと言ったので、
兄貴が何かを選んで買ってくるようです。
今夜はちょっとした退院パーティになりそうですね。
あたしは10分ぐらいで実家を後にしました。

この病院、駐車場代が掛からなくていいねぇ〜。

そんな冗談を言ったら、父が、

駐車場代、取ってもいいよ。

って笑ってました。

決して治ったからの退院ではなく、
むしろ何も治療をしなくして、癌に好き勝手させるという状況なのに、
家に帰ってきた父の姿を見れたのが嬉しくてなんだかみんなでニコニコしてました。


検索WORD = 父の病−





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重たい一日だった昨日。
夜は町内会の会議に、子供会の役員として出席しました。
再来週行われる運動会についての話し合い。

子供会役員はもちろん、
町内会の面々も会長を先頭に積極的に協力しようという人が多く、
話し合いはとてもスムーズに気持ちよく進みました。


そんな会議に出席していたあたしは、
父へ宣告した時に泣き腫らした顔が戻る間もなく、真っ赤な目のまま。
その訳を誰にも聞かれることはありませんでしたが、
2時間の会議を終えて帰宅し、
お風呂に入ろうとした時、鏡に映った顔は、まだウサギの目でした。
目の奥も痛いし、こめかみや頭も痛い。。。
それは今朝になってもずっと。。。
頭痛薬を飲んでもずっと。。。
でも父が退院すると分かって涙は出ませんでした。
むしろ安堵の気持ちが大きい。


検索WORD = 子供会*


2009年05月10日(日) 父の病−余命宣告。 母の日。

朝、桜と桃に父の病状について話しました。
深刻な事態であるということ。
だからお見舞いに行くときにも、
心の片隅にそういうことを分かっていて欲しいのです。
話しながら泣いてしまいました。
ずっと一人の時以外は泣かないようにしていたのに、
泣けてしまいました。
8歳と10歳の娘たちには重い話かもしれませんが、
話さずにはいられなかったのです。
二人とも神妙な顔をし、涙を浮かべていました。


昼は実家へ行きました。
当然、父の話になりました。
母はホスピスを勧めたいと思っています。
医師は判断しかねるので家族と本人で決めてくださいと、
決定権を委ねているそうです。
つまり、医師も手術での可能性が低いという見解だと思います。
昨日初めて余命を宣告されたそうです。
月単位であり、半年は無理だって……。
父のいないところで言われたそうで、
父は余命については分かっていません。
あくまでも切れば何とかなるのではないかと望みを託しているよう。
母は余命を教えなければ、積極的にホスピスを勧められないと言うし、
あたし自身、ホスピスを勧めるのであれば、
父に余命を宣告した上で、納得させられればであって、
闇雲にすべての治療を放棄して家に帰りましょうでは頷かないと思いました。
しかし母は、父にその余命を言えないって。。。
だから、あたしが言うって言いました。
余命を知らせた上で、手術とホスピスとのどちらかを選んでもらおうって。


夕方、母と病院で待ち合わせ、父に会いに行きました。
談話室に移動し、父の右隣りに座り、ゆっくり話しました。
泣かないつもりだったのに、泣いてしまいました。
あたしが話している途中途中で、母が細かい説明でフォローしました。

私だけがわがままいうわけにはいかないもんなぁ。

そんな風に言う父の背中を撫でながらあたしは、
あくまでも父が決めていいことなのだと念を押しました。
父の背中はまだまだ肉付きが良くて、もう数ヶ月の命だなんて信じられません。
それは家族のあたしたち以上に父が信じられないでいることだろうから、
手術かホスピスかなんてそう簡単に選べるわけがないのです。
父もちょっとだけ涙を流しました。
しかしあたしの顔を見ることはなく、ずっとテーブルを見つめているだけでした。

あたしより後に残っていた母からのメールによると、
父は余命を突きつけられて、ますます神妙に考えているようでした。

手術しないで帰ろうかな。
明日手術の為の肩を切開するとき、先生に言うから一緒に居てくれ。
(自宅では)どの部屋にしようかな。
二階は階段落ちそうだし、やはり奥の部屋にしようかな。


こんな風につぶやいたかと思うと、

やっぱり先生にお任せする(手術する)。

と言ってみたり、迷い悩んでいるのでしょう。
最終的には明日の午前中、肩を切開する時までに父が決めるでしょう。
あたしたち家族は父が選択したことについて、
全力で応援し、協力していくだけです。

夜、兄貴と電話で話をしたら、
父のしたいようにするのが一番だと言いました。
兄貴も父に余命を言えなかったと言い、
あたしに感謝の言葉を言いました。
家族の中で一番頼りなくて、守られてばかりいるあたしだけど、
もうこんなに逞しくなったんだよ。
でも、宣告は辛かったよ。


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ランチの時間に実家に行ったのは、母の日のプレゼントを渡すためでした。
今年はシャルレのソックス。
先日久しぶりにシャルレ以外のソックスを履いたら、
なんだか収まりが悪いって言っていたので、喜んでもらえました。

あたしは娘たちに絵をもらいました。
何やら昨日からこそこそ二人でやっていたのよね。
あたしの好きなチョコやスイカやひまわり、
そして大好きなダックスフントを描いてくれたようです。
ありがとう。


2009年05月09日(土) 父の病−治療方針。

夕方、3日ぶりに父の病院へ。
ちょうどトイレから部屋に戻るところだった父。
点滴をひきずりながらの父は、
確かに少し痩せてしまったものの、
見るからに病人というような痩せ細った状態ではなく、
今すぐにでも庭仕事ができるような印象。
でも身体の中では意に反して悪者がはびこっているようです。

日中、母と兄貴とトシコさんと父の4人が医師から説明を受けたそうです。
そして手術日が決定。
来週13日の水曜日。
熱は相変わらず38度台まで上がることが多く、
患部付近の痛みに強い抗生剤が効かないのは、
胆管の感染症によるものだと医師は言っていましたが、
もしかしたら、癌そのものの痛みかもしれないと言い出したそうです。
そして事実レントゲンに写る影は2センチも大きくなっていたそうです。

もう元気な肝臓部分を増殖させている時間はないのです。
なので手術となれば6時間を掛けて悪い部分をできるだけ切除することになり、
それは、侵されていない肝臓をどのくらい残せるか、
また手術が成功してもその後の肝硬変や肝不全に陥る可能性もあり、
大手術に伴うリスクはとても大きいようです。
案外、開けてみたら癌が小さいということも有り得ないわけではないのですが、
今ではもう誰もそんな望みを持とうという人は居ず、
逆に開けてみて、残せる肝臓が無いとなれば、どこも切除せず縫合するそうです。

元々切除しましょうということで入院したので、
父は早く切って治して欲しいと思っているようで、
兄貴も父の気持ちを尊重しているようですが、
母だけは切ることよりもホスピスのように安らかに過ごして欲しいと願っています。
それでも手術日が決定してしまいました。

あたしが会いに行ったとき、父は淡々と話し始めました。

切腹、決まったよ。
切らないと、この痛みは取れないでしょう。
切ってダメならダメで、それは仕方ない。
このまま何もしないで家に帰っても、
ただ寝たままでいるようになるけど、
やらないといけないこと、やりたいことがたくさんあるから、
寝てばかりいられないし。
私の癌は進行がとても早いんだって。


最後の一言を言った後、父の目が赤く潤んでいました。
父の不安が伝わってきて、あたしも心で泣きましたが、
必死に平静を装って返事をしました。

実際、医師が今までにないと言うくらい、進行が早いそうです。
ほんと、今年の連休ぐらい無ければいいと思ったことがないくらい、
早く早く治療に入って欲しかった。


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2009年05月08日(金) 春の空。

父のこと。
仕事のこと。
娘のこと。
将来のこと。

考え込んでしまうネタはたくさんありますが、
空に癒されます。

これは夕方5時半ちょっと前の写真。
帰宅して洗濯物を取り込もうとしたとき、
あまりにも心惹かれたのでパシャリ。

いいことをイメージするようにしています。
現実逃避ではなく、
イメージトレーニングというか。
それでもどうにもならないことがあるでしょうけど、
どうせどうにもならないなら、
ちょっと先のイメージは明るくしておきたいものね。

行き詰っているときこそ笑顔でいないとな。


2009年05月07日(木) 父の庭。

父が入院して10日が経ちました。

先日、実家に泊まった時に撮った父の庭は、
まだ父が手を掛けていた状態を保ったままです。
ちょうど花がどんどん咲く季節でもあり、
母が一生懸命水遣りをしています。
狭い庭とはいえ、水遣りには小一時間掛かるそうです。
密かに雨乞いしている母。

その気持ちは十二分に分かります。
夕立だけ降るのが理想的。






































やっとやっと連休が終わり、今日、母が担当医師と話せたとのこと。
熱や痛みは胆管の感染症のせいで、
レベルの高い抗生剤に変えても効いていないからで、
血液検査とCT検査の結果次第で、内科に回されるかもしれないそうです。
明後日にはまた週末。
なんだか病院が活発に稼動しない曜日合わせがじれったい。


2009年05月06日(水) GW最終日。

朝10時からピアノのレッスンが入っていたので、
9時前に帰宅する用意をしていたところへ、ピアノの先生から電話。
体調を崩したそうで、今日はお休みになりました。
それでも母は定例で朝刊を持って父の病院へ行くことになっているし、
我が家も勉強やらピアノの練習やら洗濯やら、
やらなくてはいけないことがたくさんあるので、予定通り帰宅。
それぞれがやらなくてはいけないことをやっつけた後、
隣りの姉妹を誘って、近所のグラウンドへ。
サッカーやバドミントン、鬼ごっこなどで2時間ほど遊びました。
ランチはそれぞれの家にて済ませ、
午後はまたまた子供たちだけで遊びに行きました。
あたしは自宅にてテレビドラマを観ながら惣菜作り。
明日からまた普通の毎日が始まります。

そして夕方は父の病院へ。
母が朝行くので、あたしはいつも午後や夕方行くようにしています。
父は38度台の熱が上がったり下がったり。
解熱剤が無ければ上がりっぱなしなのかもしれません。
それでも日中、母に手伝ってもらい、シャンプーしたり、
髭剃りしたり、身体を拭いてもらったりしたそうです。
具合悪くても綺麗好きなんだから。
父らしい。。。

明日から平日なので、週末まで行けませんが、
明日明後日のうちに何らかの治療方法が決まることでしょう。
早く、早く、詳しく診て欲しい。
どんなに進行してしまっているんだろうって、
聞くのが怖いけど、知らないのはもっと怖い。
今更ながら父の存在の偉大さを感じます。


2009年05月05日(火) GW4日目〜寿司・実家泊〜。

今日はこどもの日ということで、
母がショッピングモール内のうまい鮨勘へ連れて行ってくれました。
小さい頃、桜は納豆巻・かっぱ巻・いなりのローテーションだったのに、
ある時、甘えびを食べるようになり、
今回はまぐろの赤身、蟹みそ、ずわい蟹なども食べてました。
桃は相変わらずお子様セットがメインですが、他に玉子焼き、ずわい蟹など。
あたしは、大とろ・中とろ・まぐろの赤身・生うに・ぼたんえび、
甘えび・えんがわ・蟹みそ・穴子(塩)・いくら・トロサーモン。
当然母も生うにや蟹みそ、ずわいがになどの高額ネタばかりで、
ずっと前、父を入れての5人で10,000円弱だったのが、
今回は女4人で10,000円弱。
なかなか気軽にお鮨は食べられなくなったぞ。
でも母のおごりだったので、美味しく楽しく食べられました。
ありがとーーー♪

食後、モール内をうろうろ。
母があたしにバドミントン用のシューズを買ってくれました。
がサイズが無く、お取り寄せ。
ずっとずっとシューズが欲しかったので感謝感謝。
届くのが楽しみ♪

食料品コーナーで夕食の食材を買っていたときに、
果物売り場で見つけた母の日用林檎をこっそり買って、
帰宅してから渡したら、びっくりして喜んでくれました。
これで母の日を終わりにするつもりはありませんが、
とりあえず連休中お世話になっているということでの感謝の気持ち。

帰り道、母が桜と桃に蒲鉾を食べさせたいと言い、鐘崎へ。
桜が好きな大漁旗を買うだけのつもりが、
こどもの日の企画ということで500円を払って釣りをすると、
500円以上の景品がもらえるというのをしていて、
桜が釣ってみたら、見事1等!
1,500円相当の蒲鉾をいただきました。
それを見ていた桃も挑戦したら、なんと特賞! 
2,000円相当の蒲鉾です。
サーモンやずんだの笹蒲鉾の他、
どちらにも金太郎セットというのが入っていました。
続けて高額賞を当てたので、店内もかなり盛り上がりました。
それを報告がてら、父の病院へ。


父は、氷枕をして横になっていました。
やはり毎日熱が38度ぐらい出るようです。
身体が痛いのも続いているため、食欲も左右されてしまうようです。
痛み止めを変えてもらえたそうで少し和らぐこともあるのですが、
痛いのが患部なのであれば……。
この連休が早く終わって欲しい。
早く父に合う処置をして欲しい。

病院の後、実家へ。
今日もお泊り。
夕方、久しぶりに洗車。
母のと2台、頑張りました。
じっとしてると考え込んじゃう。
母もあたしたちが泊まりに来たことで、
気が紛れるって言ってくれました。


2009年05月04日(月) GW3日目〜サイクリング・実家泊〜。

朝食後、生協の家庭班が来るのを待ち、
荷物を受け取ってから自宅へ。
桜と桃は宿題やチャレンジ、ピアノの練習。
あたしは洗濯をしてからランチづくり。
今日もお天気が良いので、サイクリング。
お花見の時に行った三神峯公園へ。
八重桜が少し咲き残っているだけでしたが、
代わりに新緑が綺麗で、
美味しい空気をいっぱい吸いながら、
サンドイッチを頬張り、ボール遊びを楽しみました。
約3時間のサイクリングを楽しんでから帰宅。
昨日と同じように泊まる用意をしてから父の病院へ。

父は、毎日来なくていいって言いますが、
桜と桃だって行きたがるし、あたしも父の様子が気になります。
あたしたちが来たくて来てるんですよ。

昨夜は熱が出なかったようですが、身体が痛かったそうです。
手術が延びたままなのですが、
こういう状態が続くと、次の手術がどうなるのか気になってしまいます。

父の病院の後、実家へ。
昨夜も今夜も、母とたっぷり話をしました。
同姓だからこその阿吽の呼吸で家事が進みます。
実家が近いこと、母が元気なこと、嬉しく思います。
でも、いつも父が座っている場所に父がいないことが寂しい。
それは桜と桃も感じているようです。
早く退院して欲しい。
退院できるよね、できるよね。
母は最悪のことまで考えてしまっているようですが、
あたしはまだまだ考えたくない。


2009年05月03日(日) GW2日目〜児童公園・実家泊〜。

お弁当を持って動物園へ。
朝9時開園なので、15分前に家を出て余裕のはずだったのに、
恐るべきゴールデンウィーク。
すでに指定駐車場は満車、
近隣の路駐許可になっているところもどんどんいっぱいになっている上、
そこに停めると、動物園までは相当歩かなくてはなりません。
少しだけ並んではみたものの、
今の時点で満車では、車が空くまでには時間がかかると判断し、
動物園は諦め、その先にある中央公園へ行くことにしました。
偶然、おてんとさんまつりというのが行われ、
遊具で遊んだり、お祭りを冷やかしに行ったり、
公園がいつもより賑わっていて、とても楽しめました。


帰りに父の病院へ。
昨夜も発熱したり、身体が痛かったり、食欲がなかったり。
日に日に悪化している様子です。
なのに連休はまだ始まったばかり。
こんなに連休が長くもどかしく、じれったく感じるのは初めて。
早く父の治療方針が本格的に決まって、進んでくれればいいのにって。


一度帰宅し、泊まる用意をして実家へ。
今日から連休中、泊まりに行くことにしました。
母は一人になると、食事がおろそかになったり、
父のことを考え込んじゃうだろうから、
少しは気が紛れるだろうかとも思い。
あたし自身、母と同じように考え込んじゃうのです。


2009年05月02日(土) 貧血−13。

4月初旬に採血をした血液検査の結果を聞きました。
すべて値は正常をクリアーしていました。
だけどだけどー、鉄剤はこのまま2錠だって。
つまり2錠飲んでやっと正常値を維持できるということらしいです。
今まで通り、市民検診による癌検診は引き続き受けるようにとのこと。
最後に診察が終わる時、医師に言われました。

上の娘さん、何年生でしたっけ?
5年生かぁー、大きくなりましたよねー。
実はこの前、学校に健診に行ってきたんですけどね。
上の娘さんは分かったんですけど、下の娘さんは分からなかったなぁー。
ずっと前、待合室で本を読んでいたときのことが印象に残っているので、
その時と比べたら、すごく大きくなりましたよねー。


医師は一年半前のことを言っているんですよね。
あの時のことはあたしも印象深く覚えています。
たくさんの患者さん、一人ひとりにそんな風にきめ細かな会話をしているんでしょうか。

それとも……。。。
まさかね……。。。

だからあたしも言いました。

我が家でも内科健診は、大先生だったか、若先生だったか、
話題になってたんですよ。



検索WORD = 貧血−





♪♭♯♪♯♭  余談  ♪♭♯♪♯♭

夕方三人で病院へ。
父の顔を見てきました。
日中はそうでもないのに、
夜になると発熱するんですって。
心配。


2009年05月01日(金) マミちゃんとランチ50。 桃、校外学習。

今日は7月上旬の陽気だそうです。
ちなみに最高気温は25度という予報。
恒例のマミちゃんとのランチはラーメンを中止し、
会社から目と鼻の先であるファミリーレストランジョイフルに決定。
先日、門さんにゴチになったとき、
ドリンクバーのサービス券をもらっていたので、
それを利用しようってことで。。。

あたしはよくばり定食という高カロリーなものをチョイス。
なにせ和風ハンバーグとクリーミーコロッケ、さらにエビカツという三点セット。
しっかりご飯も残さず食べましたが、
味噌汁だけはしょっぱくて残しました。。。無理よー。
それとは対照的にマミちゃんは、ヘルシーな焼き鮭定食。
だよね、だよね。
この歳になったら、ランチにそんなに揚げ物を食べちゃ駄目なはずよね。
二人のお盆が並んだ時に痛感しました。。。はぃ。


検索WORD = マミちゃんとランチ





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桃は校外学習でした。
3年生は目の前にそびえ立つ太白山へハイキング。
ぃぇ、ハイキングというより登山でしょうね。
桃は大変楽しみにしていたので、充実した顔で帰ってきました。
途中の神社で、隣りの学校に通うリンノちゃんを見掛けたそうです。
なにせ数校が同じ日に登山をしているので、
そういうこともあるかもね、と話していた通りだったので、
おかしくなっちゃいました。
残念ながら、リンノちゃんは気付かなかったそうです。

5年生の桜は校外学習なし。
その代わり来月後半、野活(野外活動)が控えております。
同じように6年生も修学旅行があるので、校外学習はなし。
1年生から4年生までがいない学校は、
体育館が使い放題だということで、桜たちは3時間も体育館を使えたそうです。
ほとんどを運動会の(踊りの)練習をしたんですって。
それから、5、6年生は給食もなし。
ということで今朝は二人分のお弁当を作りました。
桜の学年は屋上で食べたそうで、すごく楽しかったと言ってました。


父のことが頭から離れないけれど、
日常は止まることをしらないのですよね。


あおい雪  DiaryINDEXpastwillMAIL

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