sasakiの日記
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2003年09月30日(火) Midnight Station

 夜のホームは  人も途絶え
 白い吐息が  夜の闇に溶ける
 冬はもうすぐそこ

 潮の香り  このホームまで
 見送るように  漂ってきて
 僕の手に触れる

 Midnight Station
 空は冴えわたり
 Midnight Station
 星の雨が降る
 もうすぐ  Sunrise 行の汽車が着く

 
 札幌駅から夜の夜中に小樽に行く電車が出るといううわさを聞いたことがあった。
 車両は一両だけで、駅の改札を通らずに線路沿いに駅構内に潜り込み、自由に乗車出来るらしい。
 別に目的があるわけじゃないらしい。小樽の駅についてしばらくするとまた札幌に戻ってくるだけという不思議な電車。
 乗ったというやつは誰もいなくって、ただ噂話だけが僕らの周りをノンビリと漂っていた。
 今はもう4丁目プラザという呼び名はなくなり、次つぎとビルの呼び名が変わり、こっちももう覚える気がなくなるほど様変わりする前の話。その4丁目プラザの中小路を円山のほうに右に曲がると突然森に迷い込む、などといった話ばかりをしていた頃の話だ。この話は本当らしくて、現に森の中に迷い込んだというやつから聞いた。ビル街の曲がり角に突然森が出現し、そこに迷い込むなんてラッキーなやつだその時は
と思った。
 夜の夜中に小樽に向かって1両だけの電車が発車する。前照灯を点けて寝静まった札幌を抜けて手稲、銭函、小樽築港、小樽と走ってゆく。山の端っこに寝待の月。
 誰が考えたか知らないけど結構気に入ってた噂話。
 
 この話にはドラム缶が出てくるんだけど、いったいどこにそのドラム缶が絡んでくるのかもう思い出せない。とても重要なファクターなんだけど。どういう関係だったんだろう?今思い出したんだけど、このドラム缶は少し気味の悪い話にもなっていたような気がするんだけど。思い出せない。
 
 この頃道ならぬ恋をしていた。先のない、もうじき壁が待っているというような付き合い。いや、もう終わっていたか?
 僕は一日中そのことを考える生活にそろそろ疲れていたんだと思う。
 前に進む、進まないといけない、昼間の生活に戻りたいというようなことを夜の中で考えていた。若い男は夜をひたすら無駄に使うことに専念する。 そういったわけでこの歌には単純なキーワードが放り込まれている。

 僕は今毎日バスに乗って街まで出かける。この間までは地下鉄。
 路面電車に乗る生活を送ろうとして引越し物件を探してみたんだけど。いざ生活するとなると路面電車よりもバスのほうが圧倒的に近い。
 時刻表というのが思いのほかプレッシャーになる。そんなに本数がないのでどうしても行動が制約される。地下鉄があったときはおおよその見当をつけて駅まで行けばよかったのだが、今はそうは行かない。バスを待つのがいやでぎりぎりに家を出る。そうするとどうしても急ぎ足になる。これが結構疲れる。

 まだドラム缶のことが頭にこびりついたままになっていて。思い出しそうにない。何か書いていたら思い出すかもしれないとぐずぐずしていたんだけど何も出てこない。
 ドラム缶はこの電車の話のどこに収まるんだったんだろう?

 Midnight Station
 真昼の国へ
 Midnight Station
 僕は帰る
 もうすぐ sunrise行の汽車が出る

 夜のホームは 人も途絶え
 白い吐息が 夜の闇に解ける
 冬はもうすぐそこ
 
 

 


2003年09月27日(土) よし!久しぶりに気合を入れて行こう!

 心を入れ替えて今日は大幅に気合を入れていくことにした。
 その心は?
 最近、どこと対戦するのか?厚別なのかドームなのかもはっきりしないまま試合を見に行ってる自分がいる。
 見に行くことが応援だと思っている。
 それはそれで正解ではあるんだけど。
 だがしかし、これじゃよくないのだ。
 シーズンも終わりが近づいている。
 せめて最後くらいは昔のモチベーションを立ち上げて試合を見に行く。
 
 テレビ中継があるのでみんなで応援しよう。
 僕が見に行く試合は最近勝っていない。
 いつの間にか疫病神、貧乏神に変身していたか?
 もしかしたら開幕のころの室蘭を引きずってしまったのかなあ?

 杉沢君はいないらしい。
 クラビーで一平のディナーショーの仕込みで一日中ファクトリーらしい。
 白幡に電話しないといけない。普通は前の日かもっと間の日に連絡するのだろうけど。当たり前のことが当たり前にできない。
 もう少し大人として成熟しないといかん。

 そんなわけでこれから時間が余ったのでスパゲッティを茹で昼飯を作る。

 ファイト!!
 


2003年09月26日(金) 地震速報!

 まず、眠い。
 
 なんかギシギシいってるなあと思ったら突然ユサユサ揺れ、あっというまに地震の開始が朝の5時前。分けわかんないうちに起き、ひとしきりパニクりながら窓を開ける、あっちこっちでやはり騒いでいる。早々寝ていられないみたいだ。ウワッ、やっべえーーと思った時にとリあえず休憩状態に入る。かなり大きな地震だったんだろうけど、やんでしまったら眠気のほうが勝っちまった。
 
 1時間後、再開。ギシギシ、ユラユラ。

 ひとしきりパニクってまた窓を開ける。条件反射みたいに窓を開ける。この行為には果たして意味があったんだろうか?
 よく地震になったらガスの元栓を締めて、戸の開け閉めが阻害されないようにドアや窓を開けろというのだが。おや!ガスの元栓閉めるの忘れてた。
 ここは3回なので飛び降りたら間違いなく足の骨を折る。寝ぼけたまま飛び降りると首の骨も折るかもしれないし、手もつきどころが悪いとやっぱり折れる。まかり間違って下で飼ってる犬の上に落下するかもしれない。そうなるとかみ殺される危険性もある。どっちにしてもいいことはないので地震が起きたらどこにも飛び出さないで、窓も開けないでひっそりとパニクっているのがいいのかもしれない。
 どっかでガターンと何か落ちるような倒れるような音が聞こえたので見に行ったのだが何も倒れても落ちてもいなかった。どっかよその家か。
 早速テレビをつけるとどこの局もいっせいに地震。
 そりゃそうだ。
 釧路のほうが震源地らしい。
 津波も来るという。
 多分今日一日はあっちこっちで揺れが来るんだろう。
 街に出る用事があるんだけど、今日は地下鉄やビルの中には入らないようにしよう。それと2階以上うえの階にも行かない。
 災害用に買っておいた日清カップヌードルパッ缶珍し品を食う。本当はきっちりと食料に逼迫したときに食うホンマモンの非常食なんだけど。久しぶりの地震なものだから。でもまだまだ保存はある。こんなものまで抱え持っているから荷物の整理がつかないのだ。
 確かにウチのお袋が地震で神経が細くなったというのがよくわかる。本当に怖い!

 いろいろなところから地震見舞いのメールをいただいた。
 ありがとうございます。
 皆さんの優しい心遣い感謝します。なお、本当に緊急事態ななりましたら皆さんからの救援物資を無心しますのでよろしくお願いします。物だとほれ、いろいろ腐ったり後始末などが大変なので、ほれ、ね、ね、ね?などとふざけていられるほどのんびりした地震ではないのだ。
 それにしても被害が少なく僥倖の至り。はて、僥倖ってどういう意味なんだっけ?
 日本の家屋は優秀なんだということなのか?

 昨日までプリンタが壊れていた。この間の「深刻なエラー」と密接な関係があると私はにらんでいるのだが。いくら命令をしても無視する。命令を与えた一瞬はカタカタ鳴り、プリンタモードに入るんだけど、やる気を見せるのはここまでで何度も準備完了、準備完了ばかり言い、一向に働こうとしない。パソコンとプリンタ、買って3週間でぶっ壊してしまった。
 天才だね、僕は。
 どうやったらそんな風になるのって小山さんに聞かれた。
 結局小山さんからサジェッションを貰い無事回復。
 でも、なんか本当に直っているような気がしない。パソコンのどっかが僕の見えないところで焼け焦げているような気がする。僕がその「深刻なエラー」というのを立ち上げたときのことなんだ。
 これヨドバシにもっていったら交換してくれないだろうかな?新しいのと。もうケチが着いたパソコンは気に入らなくなった。2週間ぶりに電気屋に行ったら、あろうことかモデルチェンジがなされていた。
 声を震わせ、さらに大にして言いたい。こんなことがあっていいのか。そういった非道がまかり通る世の中なのか?僕のように3週間で買ったばかりのパソコンを壊すような男だからって、こんな扱いにあえてあまんじなければならないのか?
 私は裁判する。訴えてやる。僕が買うと決めたときにはモデルチェンジするなんていう話はこれっぽっちもしてなかった。こういうことはお客様のためにカミングアウトするべきものなのではないのか?エッ?バイオ?
 3週間でパソコンを壊す男には何もいう権利もないのか?
 くやしいなあ・
 最近は悔しいことだらけだ。
 
 やっべえ。また長くなってしまった。
 明日はコンサドーレの日なので三角山休み。
 アメンボ赤いなは練習しなくてもいいのだ。
 ただ、このところコンサドーレに関してはとてもストイックな気分にさせられてしまうので本音を言うとあまり行きたくはないのだ。選手までストイックになっちゃって勝つということを遠慮している。てんめえーー。
 キース相手に明日は厚別で選手の悪口を言いまくってやろうっと。
 
 それにしても秋だ。風が冷たい。先週もとっても寒かった。
 せめて勝てばいくらか気持ちもかわるんだけど。

 あ、そうそう、明日は三角山に行くんだった。白幡と。
 杉沢君にお礼に。お礼参りじゃないよ。お礼。
 沖縄のラジオ局の件で。

 ガターンと落ちたか倒れるかしたかの物がわかった。ウチで、押入れに入れておいたアイロンだった。もう少し押入れから離れて布団敷こうっと。危ない危ない。


2003年09月23日(火) だからどうだっていうわけでもないんだけど。

 僕は自分の口癖というか書き癖を発見した。
 
 ”だからどうしたっていうわけじゃないんだけど。”
 
 もう使うのやめようかと思ったんだけど、そうはいかない。ん?これもそうか?
 
 2002年12月9日「Tの青春」の後をまたはじめようと思う。
 ハイホー!
 今”スカボロー・フェアー”を聞いていて思った。

 さっきパソコンとプリンタを接続し、命令を3つ入れ、解除できないままそのままプリンタを切ったら「深刻なエラー発生」、さらに再起動して待てと言われ再起動したら一応復旧したけど、後々の研究に使いたいからインターネット越しにそのエラーを送信してくれと。とても恐ろしいことになっていた。不気味な気がする私はもしかすると未開の人なんだろうか?
 そしてもしかしたら誰か私がヘマをするのを監視しているのか?
 
 急に気がくじけた。
 
 昭和25年あたりに生まれた人間は大体において自分の想像を超える自体が出来するとすぐ分けワカンなくなり、事態をますますこじらせる。

 マリちゃんを西友で見かけた。
 稲村君(稲村さんではない)にホーマックで合った。
 エスミと道端で遭遇。
 キジマにラルズで会う。
 肇に車で送ってもらう。
 昔の管理人のおじさんに会う。

 白石にいたときよりも圧倒的に人に会う。
 
 今度、金持ち階級が住む上の山の方に住んでいる歌川の家に引っ越し祝い貰いに行ってこよう。歌川に日々見下ろされているかと思うと悔しくて夜も寝られない。無言電話も視野に入れておこう。
 
 白石のマンション、上の階に住んでいた、どっちが正しいか下の佐々木さんに聞いてもらおうの姉ちゃんは相変わらず切れまくってるのかなあ?
 Pのお姉さん、元気に酒飲んでるのかなあ。最後に笑ってくれたのには感動したなあ。普段、きりっとして付け入る隙もないほど決めまくっていたお姉さん。引越しするホンの少し前の夜中、玄関前であったとき「どうもこんびゃんわーーーーーーーぃ!ヘヘヘヘ!!」。通り過ぎたとき無茶くちゃ酒臭かった。でも、あのほうがすごいチャーミングだった。
 パチプロの女親子今でもジョイフルでがんばってるのか?
 わたしは今頃ホームシックか?

 だからどうだっていうことはないんだけど。

 


2003年09月19日(金) マキャモン10年ぶりの新作

 10年間もいったいどこへ行ってたんだと思ってたら、今日、紀伊国屋で発見。もう書くことやめたのかと来る日も来る日も本屋で探し続けていた。
 出るときは必ず新刊のコーナーで発見されるだろうからと、本屋に行けば必ず新刊書のコーナーを一渡り見回して帰ることにしていた。ロバートもまさか北海道の札幌という辺鄙なところで永いこと待ち続けている男がいるとは思いもしていないだろうなあ。それも10年も忘れずに。深情けの女だってこんなには思ってくれないと思う。

ファンは本当にありがたいなあ。
 本当に偉いなあ。足を向けては寝られないなあ。
 みんな本当にいつもいつもありがとうね。
 僕は今日10年ぶりのマキャモンの新作をこのパソコンの脇に置きながらみんなのことを考えているんだ。折があったらみんなを僕の新居に招待してお茶の一杯でも飲んでもらいたいとも思った。どうか気持ちだけでも飲んでください。しかしこの調子のいい性格を何とかしないといつか誰かに刺されるかもしれない。
 
 「魔女はささやく」上、下2巻2,667円。文芸春秋社
 本当のところ今日は日記も何も書かず早くこれを読みたい気持ちでいっぱいなんだけど、なかなか複雑のところだ。
 呼んで詰まんなかったら長い間待ってた期待感が一気にしぼんでしまうし、お互いに年をとったなあというのもあまり感じたくないし。作家やミュージシャンが10年もブランクを空けてしまうというのは基本的にはいいことではない。人のことをいえない分だけそのよくなさというのがよくわかる。書けないなら書けない、歌えないなら歌えない、曲ができないなら素直にかミングアウトするべきなんだろうなあ。
 なんだかロバート=マキャモンのことを書いているようで自分の弁明を述べているような気がしないでもないな。

 「かの名作(少年時代)で感動を呼んだ巨匠マキャモン、10年の沈黙を破る復活作。」「少年時代」に涙した方は無論、「遥か南へ」のマジカルな叙情に魅惑された方もぜひお読みください。マキャモンの魅力は今も不滅です。

 と、帯に書いてあるけど、もう少し書きよう、惹起文というものがあったと思うんだけどなんだかぶち壊し。あんまりマキャモンという人を好きでもない人が書いたらこんなになっちゃったという感じがしてならない。こんな帯はいらない。どうせ帯だったら大きな字でロバートマキャモン!とだけ書いてもらったほうが遠くからでも探しやすくてこっちとしてはありがたい。なんたってずーっと探してたんだからさあ。
もう。
なんか女っぽいな。

 別に誰かに勧めているわけじゃないんです。ましてやまだ読んでもいないんだから。表紙だけ見ると今流行のファンタジーっぽい。まさか流行に乗ってファンタジーっていうことはないだろうね?たのみますよ。

 この2,3日引っ越しましたはがきを作っている。今回だけはパソコン印刷で勘弁してもらおうと思っている。はじめは「引っ越した。佐々木スポ太郎・幸男」という文面で下にカンガルー引越し便の箱の上に載っているうちのネコというのをデザインしたんだけど。僕はネコに飼われているのか?といった誤解や、僕の生活にはネコしかない可哀そうな男というイメージが定着するのを恐れ却下。第3案を決定稿とした。

 明日は厚別。いまさらの連勝。どうせならこの先すべて勝て。そうしたら今年の仕打ちを許してやる。天気予報は晴れ。気温20度。うーん寒いかもしれない。甘酒でも飲もう。前は売ってたんだけど。最近は見かけない。
 ところでどことやるんだっけ?最近はどっか緩んでいるわたし。チームだけが悪いわけじゃないかもね?

 山木君!そろそろ11月の会議を開こうか?
 昨日夜中Sさんから電話があり”You’ve got a friend”か”jearous guy”を歌ってくれないかと頼まれたんだけど。はて?

 ミュージシャンのいずみちゃんへ。どうしたわけかアドレスが見当たらない。多分これ読んでないとは思うけどもしも間違って読んでたら、あたしのところにメールを住所つきで打ってみな。そうしたらだれている原因究明に一役買えるかもしれません。
 僕は今アドレスの打ち直しをしている。別の方法が絶対あるのはわかってるんだけどやりかかった船。ひじょうに非常に疲れることばかりやってる。
  


2003年09月16日(火) サイクリング、サイクリング、ヤッホー、ヤッホー

 東急ハンズに1.5センチの角材を買いに行く。
 この間作った棚は見事なできに仕上がり、バカボンと紫帆里が褒めて帰っていった。バカボンはコンサドーレのストラップが2本当たったので1本呉れるという。懸賞生活にもますます磨きがかかってきてるようだ。
 その、棚なんだけど下がレコードと映画のパンフレット、其の上が文庫本2段。全長200センチ。一番上が写真や小物展示場。
 下が、其のレコードコーナーはどうにも汚い。古いものだから汚くて当然なのだがどうもバランスが悪い。新しい板とのバランスが。

 決めた。
 今回の家は和もので統一。
 その一番下の比較的丈のあるところを障子張りにすることにした。
 それで東急ハンズ。近くのホーマックには枠になる角材が打っていない。
 家から東急ハンズまでおおよそ20分。ここは大体20分で行きたいところにいける所らしい。どのくらいの太さの角材が一番見栄えがいいか確認するために各寸法の角材を1本ずつ買う。
 1.5センチで決める。
 四角い枠を作り、その中を障子のように格子の枠木を埋める。下から上に持ち上げる様式にする。マグネットの戸口と引き用具、それに障子紙。中に丸い電球を仕込めばかなりいい感じになるかも知れない。
 それが成功したらAVボードも。
 しばらくは匠生活。
 昔おふくろが年末になると障子の張替えをしていた。小麦粉(?)を煮て糊にし、それを刷毛で格子に塗る。障子紙を適当な長さに包丁で切り、張り終えると霧吹きで湿らせていた。
 ぜひそれをやってみよう。

 昨日、田舎に電話したら親父は今日白内障の手術するらしいとのこと。おふくろはこの間の地震の影響がまだ残ってるということで本調子ではないという。電話しなければと思いながらもこんな時間になってしまった。なんの知らせもないから無事にいったんだとは思うんだけど。
 センターライン走っていたのはこのせいだったか?
 
 そんなわけで今ちゃぶ台を探している。
 それにまあ、付属品に近いもので、お茶セット。
 大きな穴と中ぐらいの穴、それと小さな穴が開いている平べったい箱のような木工製品。石巻の駅前で見て以来どこにもなかった。
 大きな穴は茶碗や茶たくなどを入れる丸い木の容器、中位の穴にはポットを格納する。そして小さな穴には茶こぼしが入る。これは宮城県のうちに村に行くとどこの家にもある各家庭必需品。
 格好いいかどうかを聞かれると少し唸るかもしれないが、和風といえばかなり和風。若い人がやるとすごく粋に見えるかもしれない。今の最先端グッヅと呼ばれるかもしれない。障子にこのお茶セット。座布団にちゃぶ台。まわりはデジタル製品。
 なぜ早くこのセンスに到達しなかったんだろう?

 ただ、ひとつの疑問点。この年でこれをやるとただの父さん?
 センスはどうなんだろう?イカスんだろうか?
 一抹の不安は残るけど。

 小山さん、もしかしたらソファベッドはこの中ではミスマッチになるかもしれません。もう少し返事待っていてください。

 いずみ、あのなあ、ガス屋や水道、電話その他もろもろは自分が向こうに通知するものなのよ。大家さんは親切にそういった手はずについては教えてくれないと思うよ。それと、ガス缶類のものはきちんとガス抜きしてごみに出す。
 それとごみ捨ては自分で捨てに行くにしても結構高くつくので公共のごみで持っていってもらえるものは積極的に出したほうがいいよ。
 私が一番最後に出したごみは札幌市の焼却炉が休みで民間委託のごみ焼却炉に持っていったら160舛韮泳2000円取られた。倒れそうになったというよりも倒れた。
 期間的引越し博士の豆知識でした。
 つらい試練だけど引っ越しがんばろう。
 わたしゃ今かなり楽しい。

 どうしても収納できないものがある。第7次ごみ焼却部隊を編成しなければいかんかも?今のほうが圧倒的に広いはずなのになぜ入りきらないんだろう。
 深沢君何か掘り出し物があるかもしれないよ。
 土曜の小樽は奥寺君にありがとうと伝えておいてくれ。台風も軟弱になってくれちゃって助かったよ。いいライブだった。8.5点。
 静内、小樽、皆さん本当にありがとうございました。
 これからもまじめにやりますのでひとつ格段のご贔屓を。


2003年09月12日(金) どういうわけかスポ太郎ドスドスいいながらも飛び上がる

 
 スポ太郎の運び出しの日について

 家にある一番大きなダンボールにいつも寝ている毛布を敷き、乾き物など普段は食わせない食い物をぶちまけ、最後にいつも頬摺りする僕の古いパンツを入れ(よそのネコはどうなのか知らないが、僕のパンツが精神安定の一番に思っている節がある。どうしてなのかはあまり知りたくないが、よそのネコはどうなんだろう?)、車が玄関に着いたのを合図に一気にダンボールの上に蓋をし、お姉さま方3人がかりで新居に搬送。お姉さま方には大変だよということを念入りに伝えておいたんだけど、引き受けてあげるからということで頼んだ。もうしーらないっと。
 持ち上げた瞬間からもうこの世の終わりに近い声で鳴き始める。
 ウゴゲ〜〜〜、ゴギャー〜、オワーンン、ンッ、ンッ。
 ンッが哀れを催す、じっさい。
 前に一度この泣き声にやられ、こっちも生きた心地がしなかったので今回は人頼みにした。本当にこっちが死にたくなるような声を出す。
 お姉さま方も道々、自分たちがとてもひどいことをしているような自責の念にかられやりきれなかったと搬送後語る。

 引っ越す前の日までは動物には珍しく何も感づかない。自堕落になってしまい危機管理のアンテナが折れてしまったか?普通は何がしかの変化におかしいと思うはずなんだけど、ダンボールの数が日増しに増えていくのを見てもいぎたなくなく寝続けているばかりで馬鹿丸出し。自分がひどい目にあうなんてこれっぽちも思っていなかったんだろう。蓋されて始めてこりゃ尋常なことじゃないことが始まると思ったんだろう。
 昔、ソファーのアルバムジャケットのときに借り出されたときのことをようやく思い出したみたい。
 あの時は2,3日気が変になっていて、とても荒んだ目で僕の非道を訴えかけていた。
 今回の引越しの最大の懸案事項がこのネコの移動についてだった。とにかく家ネコで一歩も外に出たことがなく、出ようにも、もうそうするだけの勇気も持ち合わせなくなってしまったいて、試しに、下の階か上の階までと思って抱いたままドアから出ようとするだけでビビる。
 引越しのショックで病気になったりショック死するネコもままいるという話も聞いていた、病院で麻酔を打ってもらえという意見もあった。そこまでするか?とも思ったがやつの根性にかけることにこっちの腹は決まっていた。引越しというのもあいつの人生に組み込まれているものだったんだから、まあ、どっちにしてもたいした人生じゃないとは思うんだけど。

 とにかく一大イヴェントであったみたいだった。僕が古い家の指揮も執り終わり、新しい家に着くとトイレに避難したまんま出てこようとしない。何度猫なで声で呼んでもでない。一生トイレの中で暮らすことを決心したみたいだ。こっちもいい加減疲れていたからかまわないでおいた。
 人の出入りもなくなり、もうそろそろいいだろうと思ってもトイレの中で陰気な顔をして人をにらんでいる。当然飯も食わない。鳴こうとするんだけど声がかすれてうまく鳴けない。失恋した女みたい。失恋した女はトイレには籠もらないけど。籠もる人もいるらしい。

 でも、今回はカムバック早かった。少し世間ずれしたか。次の日にはもう快調みたい。でもまだ前の家の記憶があるみたいで、いつ帰るの?という顔で見上げている。様な気がする。前の家よりはかなり広いので運動スペースは大幅に増えた。
 今現在のやつの趣味は押入れを開け、布団の上で寝ること。
 押入れの前に空の大きなダンボールが置いてある。其のダンボールを踏み台代わりに使い両手を使ってふすまを開ける。2枚分のふすまを一気に開ける。かなりに力持ちみたいだ。結構隠していたらしい。空のダンボールの上で力むものだから時々底が抜け下に落ちる。目論見どおり。
 それでも押入れに入ることをやめる気配はない。時々本を読みながらスポ太郎が力んでいるときを見計らって見えないように足でこっちからふすまにつっかえ棒をする。もう汗だくになっている姿が見える。猫は基本的には汗だくにはならないが、人間みたいに必死になって両手でこじ開けようとする姿は暇つぶしには最高の見もの。
 癖にならない前に押入れで寝るのはやめさせようと思っている。
 寝飽きると今度は正面のふすまを開け下に飛び降りる。
 ボッテ、ドッス。ボッテというのは腹を打つ音で、水に飛び込むときに腹を打つ要領で見事に腹を打つ。いつか腸ねん転起こすかもしれない。
 
 それでも10日たちスポ太郎には日常がようやく戻ってきたみたいだ。
 めでたしめでたし。

 明日は小樽。
 明日は台風。
 小樽は石狩湾の辺りにあり、台風は石狩湾から上陸するかもしれないらしい。よりによって堪忍して下さい。
 台風は夜に上陸するらしい。
 僕は小樽で夜ごろに歌を歌う手はずになっている。
 多分、ぴったりのタイミングで遭遇すると思う。
 お客さんは台風だからといって来るのを諦めるといった事も想像できる。
 僕は一匹長屋の下村さん相手に歌ってる姿も目に入ってくる。
 1曲終わるたびに下村さんと下村さんの奥さんが熱心に拍手をしてくれる。それはとっても、とても寂しい風景だ。
 僕はあまりつらくなって堪忍してくださいという。
 さて?

 


2003年09月09日(火) さて、火曜日

 朝から三角山まで「花咲く曲がり角」、行商に行く。
 新しい家から自転車で20分位で着く。
 天気がいいと円山経由24軒方面の道は最高。歩道を走るのも振動が大きく、それに結構段差が多く面倒なので車道を走ることにする。いつか車の餌食になるかもしれない。若くはないんだから無茶はよしたほうがいいんだけど。

 この自転車も本当はゴミ捨て場に行くはずだったのだが、たまたま大介が引越しの最中来ていて、そういう壊れてもいないものを捨てるのはよくない、と忠告してくれて生き残ったものだ。確かに今、朝の日の光の中でこの自転車を見るとピカピカに光っている。どこも傷んじゃいないし、見栄えだってぜんぜん昔と変わっていない。
 
 物を捨てることに一生懸命で、引越し整理の最中はイッチャッてたのかもしれない。もしかしたらこの道理でいくといろいろ捨てちゃいけないものをバンバン焼却炉にぶち込んできたのかもしれない。
 どうしよう?なんていうことしちゃったんだろう?もっと後先考えて捨てればよかったのか?
 
 自転車は大介が自分の家に持ち帰り、ほこりを払い、泥を落とし、油をさし、チューブを交換し、サドルの高さを変え、ハンドルの曲がりを直し、スポークを磨き、ジープに積んで新しい家に届けてくれた。
 サドルの高さが今ひとつしっくりこない。文句を言ってやる。

 三角山に着くと鈴木さんが相(アイ)ちゃんとポカポカをやっていた。今日はコンサドーレの番組をやっているということでスタジオに入れという。いろいろ思いのたけ、自分の番組ではいわないだろうという、思いのたけいやみ、悪口、非難、中傷、誹謗、憤懣、憤り、怒りなどもろもろをぶちまける。まだ喋り足りないから来週も押しかけてやろう。待ってろよ、鈴木さん。
 冷たい水と冷たい緑茶をご馳走になる。
 丁度鈴木さんの番組を見学に来ていた奥さんが「花咲く・・・」を買ってくれた。相ちゃんも義理で1枚買ってくれた。アイちゃんはサインはいらないということなので、やっぱり、来週どうしても嫌がらせに行くことにする。
 
 アイちゃんはとっても昔から知っている人。コンスタントに1年に1回は会う。そんなわけだから多分30回くらいは会っている計算になる。もっと友情を暖めあわなければいけないな。
 
 その足で歯の治療に白石まで走ろうかなと思ったが、丸井の前あたりで挫折している姿が見えたので、一度家に自転車を置き、交通機関を変えることにした。往復40分の朝の運動はつらい。やっぱり来週三角山、応援には行けないかもしれない。残念だ。

 12時40分の予約。歯医者。もう少しすると歯医者通院1周年記念になる。みんなに何か記念品を用意しなければ行けないかもしれない。記念品づいている。僕の引越し記念小包もう少しでで締め切りになるから急いで応募してくれ。何度も言うけどそんなにいいものが入っているわけじゃないから。でも、もしかしたらということもあるからね?
 歯医者に引越ししたことを告げると、わざわざ通ってくるのを喜んでくれた。珍しくたくさん話した。僕の日本語はおおむね、フゴフゴ、ハゲハゲ、ホゴホゴ。器具を口に入れたまま返事をする。大体はわかったみたいだ。僕の歯は去年よりも圧倒的に格好いい。

 帰ってきて軽い声の練習と腕の運動。それと小林明のコピーをしていると渡辺がマンションの下に着いたというのでズボンをはき車に乗り込む。STV。

 70年について語れという。2本分録音を採る。
 一人喋りは難しいなあ。いろいろ喋りたいことがあってどうしてもまとまりにない話になってしまう。1本は9月14日放送、もう1本は10月の新番組のコメントだそうだ。悪い癖でスタジオを出たら番組のタイトルを忘れてしまった。だめにもほどがある。引越しボケだと言い張ろう、しばらくは。

 今日は比較的忙しかった。
 27日、三角山の放送飛ばして厚別に行くといったら、一平にもっと働けといわれた。いろんな人がお前の番組を待ってるんだからと。彼は少し僕を買いかぶっているのかもしれない。僕はそんなには待たれていないと思う。なんだか親父に説教食らってるみたいだった。来週は絶対嫌がらせに行かないといけないかもしれない。
 その代わり10月2回やることにした。

 いよいよ、パート2スタート。別に何も変わってはいないけど、パート2。家のことやスポ太郎の移動などを書きたかったんだけど、今日は終わり。
 ネコは家につく。元気だよ。


 


2003年09月06日(土) 開通です

 今はダンボールの山で暮らしている。
 あけて今日静内。
 いろいろあったけど詳細は帰ってから。
 がんばろう


sasaki