Allyssa
Dad
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 深く静かに潜行する内臓疲労

なんとか締めが終わったので良かったです。かなりバタバタしておりましたけど、なんとか。

最近、帰りが遅く終電近くに帰っても違和感無く一日を終えています。これが後々、疲労につながるとは・・・外面では分からないし気づかないものです

2007年01月31日(水)



 微妙な締め

微妙な締めをやりくりしていたのですがアシストの仕事がきっちりしていたので上手い具合に目処がつきました。締められそうです。良かったです。

2007年01月30日(火)



 続・休む間もなく馬車馬のように労働

会社に出勤して香典返しのお礼などをして疲れました。よくよく言われて考えてみると実父の死というのは大事件のようです。とはいえ、当事者の私はあまり悲しみにくれてはないのですが。ただただ疲れたくらいです。

締めが終わっていて本締めがまだだったので午前中は戦争のような忙しさでした。疲れました。

2007年01月29日(月)



 休む間もなく労働

帰ってきてからも大変です。香典返しが会社の人達で大量なので一旦会社に居なかったことに対してのお土産ともども段ボール箱二つぶんとともに持って行くことにしました。後日、知る事になるのですが既に締めが終わっていたという事実に驚愕しました。遠いところはゆうパックで送りましたがけっこう運賃がかかってしまいました。

帰りにカーテン屋に寄ってカーテン生地の決めに付き合いました。娘さんが元気すぎて駆けずり回っています。パパは大変です。

疲れました。

2007年01月28日(日)



 帰還

このたびは郵政公社のゆうパック使いまくりで運送費も馬鹿にならない出費のかさんだ一週間だった。累計で奥さん、義母さん、娘さんの交通費や宿泊費なども葬儀費に含めて現金で百万円くらい使った形になります。


初七日もつつがなく進みました。葬儀よりお経が長くて辛かったです。で、とりあえず、全てを終えて実家で期待してない保険金の話とかをして帰りました。母はこの期に及んで日曜日まで居られないかなどと言っておりますが冷たいようですが個人的には早く家に帰ってほっとしたいです。

ちょうど、電車があったので駆け込むように乗り込み帰途につきました。

駅に着くと迎えに来てくれてました。奥さんと娘さんです。忘れられたかな、と思いましたが全然普通でした。再会がとても嬉しいです。

疲労に満ちた一週間だった。

2007年01月27日(土)



 接待だのなんだの

母と再び色々と年金事務所とか廻る。昼に母の兄が来て一緒に手土産持って病院に行ったりした。いわゆる無くなった父の保険金のことで色々と揉める。喧嘩になる。

参列者への菓子折りや、医者への菓子折りで数万円くらい使った。色々とフォローが大変だ、喪主は。

こんな母親とは、やはり一生暮らせないだろう、と実感する。明日は初七日です。これが終われば奥さんにも娘さんにも会えます。実質三日間だがこれほど寂しくなるとは思わなかった。パパは長期出張とか無理みたいです。

2007年01月26日(金)



 負けないぞ

さて、とりあえず喪主としては一段落しましたが死んだ父の車を警察署に取りにいかなければいけないので弟と行きました。で、実家に帰ってのんびりして買い物に出かけました。またここで馬鹿弟とひと悶着あったのですが大人の対応で乗り切りました。

夜は弟夫婦と焼肉を食べました。弟の子供と遊んでいるうちに何故、私は他の子と遊んでて自分の子供と遊べないんだろう、と寂しくなりました。娘さんが生まれて以来、これほど離れて暮らす時間も初めてです。奥さんともこんなに離れたことはありません。早く帰りたくて仕方がないです。

喪主というのは葬儀を円滑に進める職務があります。しかし、私にも限界はあります。

2007年01月25日(木)



 葬儀

疲労困憊のなか、起床して我が家を迎えにいきました。途中の菓子店の喫茶店でお茶を飲んでもらい、私は遺灰を取りに行きました。喫茶店の空いた残り少ない時間で私は喪主の挨拶をメモに書き込み続けました。お寺に着くと結構お早い時間に皆々が集まり始めました。

うちの会社の社長も参列して下さいました。本当に遠方からありがたい事です。父親のレベルにしては意外に人が集まりました。娘さんはお経の合間に合いの手をうつように「しゅごーい!」「よっ!」とか言いましたが殆どの時間を大人しく過ごしていました。

さて、昨日から考えていた喪主の挨拶です。三部構成で一部、二部は葬儀屋さんの言葉そのまま使うことにしました。真ん中の部分はこのように作りました。

「父はよく子供の頃に旅行によく連れて行ってくれました。私と弟は子供への愛情を学びました。これは大きな大きな財産だと思います。また、父は昔ながらの職人気質でひとつの仕事を終えるために十二時過ぎまで働くこともありました。まさかの去る1月21日、仕事現場の駐車場の車の中で永眠を迎えたことは父らしい最期だと残された我々皆が思いました。また、火葬の際に拾い上げた骨の重みに、改めて若く突然の死であったことに深く寂しさを感じます」

と、述べました。

つつがなく葬儀を終え、親族解散となったので我が家を駅に送り買い物をしました。お土産に食べ物をたくさん買っていました。私は実家に残らなければいけません。新幹線の車内まで見送り手を振りました。一気に寂しくなりました。

帰ってくるとまた、残された遺族で喧嘩です。とても疲れました。金も出してないのにどうしてこんなに騒ぐのでしょうか?貧すれば鈍す、とはこの母親と実弟のことです。香典帳は煙草で焦がすし、香典帳をまとめるのを邪魔するし、最悪な人間達です。父親は寡黙だったのですが、残された遺族は口が悪すぎます。

2007年01月24日(水)



 火葬

寝ずの番とはいえ結構ほとんど寝ていた番になりました。起きて身支度をして我が家を迎えにいきました。不安で心配でしたが娘さんが元気にやってきてほっとしました。一日会ってないので忘れられたかと思いきや「パパぁ」と呼んでくれました。たまらないです。

今日は出棺と火葬です。郷里でのメインは葬儀で火葬の後になります。さすがに火葬というと目の前にある身体が無くなってしまうことにリアルな寂しさと別れを感じました。

火葬で待っている間、親戚の孫達三人が遊びまわっています。皆二才過ぎでうちのうちの娘さんは九ヶ月ほど遅生まれです。弟の子供が私にすごくなつくので娘さんが「やー!」とやきもちを焼いてくれたのは嬉しい限りです。

骨を拾う儀に入りました。若かったせいか、私が病人や老人の骨を拾った経験が殆どなせいか、骨が重かったです。硬く重かったです。

火葬が終わりとりあえず親戚解散と相成ったので奥さんと義母さんと娘さんと皆でホテルにチェックインして食事にしました。豪華しゃぶしゃぶが田舎の値段で食べることが出来ました。極上の霜降り肉が食べ放題です。娘さんも店内を歩き回り庭園の砂利で遊びまくっています。

母が寂しいと言うので実家に帰ると弟と母が大喧嘩をしていました。掴み合いの喧嘩です。喪主は葬儀を円滑に行うのが役目です。なだめてすかしてなんとか諌めました。この葬式、一筋縄では終わらないような予感がします。

2007年01月23日(火)



 実父、急逝

また労働の始まりかと会社に出社し、同僚と笑顔で話をしたり、仕事に追われていたのですが、突然、実弟より電話があり父が逝去したとの報せ。仕事を片付けて頼まれていた書類等の仕事もそのままで急いで実家へ向かいました。

セレモニー会社に着くと父は棺の中でした。胃癌手術で胃の四分の三を切除していたのですが五年経過しているので癌については完治。しかし、糖尿を患っていました。ですが、死因は全く関係のない急性心筋梗塞です。聞けば日曜日の午後四時に車の中で眠り、そのまま苦しまずに永眠という形になったようです。弁当が半分残っていたので具合が悪かったのではないかと見られています。父と仲の良かった妹さんも病院へ向かう途中の車中で心臓麻痺で亡くなっています。また、亡くなった一月二十一日は妹さんの誕生日だったそうです。呼ばれたのかな、と皆で話しました。

以前の胃癌のときの母は泣きじゃくっておりましたが、やってきた母はそれほど悲しんでないようでした。弟の小生意気な傍若無人さは変わっておりませんが。父の葬儀の喪主は私が務めることになりました。けっこう大変な仕事ですが弟や弟の奥さんなども手伝ってくれてます。

奥さんと娘さんと義母さんは明日の朝に来ます。娘さんが二度目の長旅になるのでとても心配です。

その日は母と寝ずの番をしました。父の棺おけに語りかける母が寂しかったです。

しかし、とても頑丈な父だったのでどうもピンときません。まさか心筋梗塞でこんなに若くして亡くなるとは思いませんでした。

正直、涙は出ません。これからも父に対して泣かないでしょう。昔ながらの職人気質の厳格な父親で男の涙は嫌いな人でした。ただ、涙が出るといえば一人残された母のことを思うとただただ辛いだけです。

2007年01月22日(月)



 奥さんと二人きりの慌ただしいデート

またまたお出掛けです。疲れました。今回は娘さんを連れてくと娘さんのボディガードで私自身も居なくなってしまうので娘さんを義母さんに預かってもらい、二人だけで重点的に進みました。けっこうハードなスケジュールです。カーテン屋さんとかソファー屋さんとか重点的に見ました。

疲れました。


2007年01月21日(日)



 新居移転への詰めの段階

せっかくの休日ですが奥さんのお出掛け攻勢に負けてお出掛けです。最近は家具屋さん周りと引越し準備着々です。不動産屋から引越しの日程の詳細なども来てどきどきしています。いろいろと近づいてきて、なかなかドキドキです。

2007年01月20日(土)



 娘さんのお唄

すごく疲れていたし、夜の娘さんに会っていなかったので早めに帰りました。本当は月末で辞める同僚に御馳走でもしたかったのですが疲れてました。

家に帰ると娘さんが「パパー」と駆け寄ってきます。たまらないです。やはり娘さんは偉大な存在だと思います。

娘さんは最近唄がお得意で完全に「むすんでひらいて」は歌えます。発達は並み以上の速さだと思います。

2007年01月19日(金)



 はたらくパパさん

とにかく夜遅くまでの残業が続いています。かなり疲れてきました。頭ももわんとしてきて痛いです。定時以後にでかい仕事を頼まれることが多く困っています。おぴおい。ホワイトカラーエグゼンプションが正式に法案が決まったらこういう仕事どうなるんじゃい・・・・・・

最近、本当に終電に帰るのに慣れてしまった。昔はそれを逃したら、という恐怖感もあったし混んでるから嫌だったけど平日の夜でも終電が普通になってきた。バスはもう完全にないので徒歩かタクシーになる。疲れた。

2007年01月18日(木)



 しゅごーい

娘さんは何か卓越したことをすると自分で「しゅごーい」と自画自賛します。けど、本当にすごいです。もう二歳児並の言動をするので大変です。娘さんはどっかへお買い物に行っても平気で姿が見えなくなる場所まで歩いていきます。社交的過ぎます。まだ一歳七ヶ月目なのに凄いです。

「みて、みてー」
「しゅごーい」
と自己アピール度は満点です。しかし、内弁慶らしく外や他の人が居るとなかなかアピールしてくれません。

2007年01月17日(水)



 生きていたい

最近、夕方の娘さんに会っていません。哀しいことです。疲れてきました。毎晩、遅くに帰って休出したり。働けども働けども我が暮らし楽にならずです。なんかワーキングプアみたいな感じです。

新居への引越しの日時とか登記の手続きなどの日の予定の通知が来たりして新居への引越しが現実化してきました。高い買い物で不安はありますが、しっかりした奥さん管理の下で生きていきたいと思います。

2007年01月16日(火)



 累計残業五十時間くらい

なんだか年明けてからリテラルに日記を書く暇が本当にないほど激務で忙しいと思います。煙草を吸う暇もないくらいです。大変ですがやり遂げなければいけません。とりあえずやらなきゃいけないことは海外の売掛買掛の整理、未払い金の整理、と目白押しですが地道には進捗が良くなっているとは思います。ですが、現時点で残業が五十時間近いのは辛いなあ、と思います(かなり日にちが経過したあとにこれを書いているのですが後々、長い休暇をとらざるを得なくなるとは思いませんでした)

非常に疲れきっています。

2007年01月15日(月)



 強気な娘さん

今日はランチを食べに行こうとお出掛けの日です。奥さんと義母さんと娘さんと行きました。車中で娘さんは早々と眠ってしまいました。娘さんが前に来たことのあるレストランです。混んでいるところなので奥さんが事前に電話予約したのは良かったです。娘さんと私はパン食い放題につけこんでがんがんパンを食べまくりました。おかげで娘ともどもお腹いっぱいです。
食べたあとに運動ということでレストランの入り口の坂を娘さんと歩いたりしました。とことこと歩く姿がとてもかわゆくて思わず携帯でムービーを撮りました。

帰りにIKEAに寄りました。駐車場にすんなり入れましたが中で渋滞です。なので、奥さんと義母さんと娘さんを先に店に行かせ、私は駐車場で空くのを待ちました。するとすんなり目の前が空いたので入ることが出来ました。合流すると娘さんの保護者役として一緒に居なければないので疲れないためにも子供部屋のモデルブースに玩具があるのでそこで遊ばせました。そこで子供の世界の恐るべき姿を垣間見ました。

まず、娘さんがハノイの壷みたいな玩具で遊んでいると四、五歳の男の子二人組がやってきて邪魔されました。「これは俺んだあ」「触るな!」という育ちの悪い子供の無邪気さが娘さんに立ちはだかりますが娘さんは気丈にも逃げようとせず小さい身体でそれらを奪おうと試みます。で、その子供達が去ったあと、娘さんに「子供は大変だなあ。ああいうバカなガキとは友達になるなよ」と語りかけて、ふと後ろを見るとその子供の親がバツの悪そうな顔をしていましたので私は侮蔑の視線で見返しました。その後、気の強い子供達の応酬にも娘さんは挫けず最後にこれはもう大人しそうな気の弱い四、五歳くらいの女の子がきました。娘さんは強気にも手で「あっちいけ」と押しのけました。しかも私が女の子にあげた玩具を奪い取りました。強気です。

そんな子供の世界にびびりながら食事をして家路に帰りました。すごく疲れました。

2007年01月14日(日)



 案の定の緊急招集

朝、不安的中で会社から電話があり、別に来なくてもいいということでしたが会社に行きました。いや、これは私の失敗。ファイルを保存して転送していなかったので行くしかなかったのです。来て良かったです。なんでも昨日、遅くまで残っていた女性は一時半まで居たとのことです。

帰り道、少しだけ漫画喫茶に寄ってゆっくり漫画を読みました。けれど一時間くらいでしたので何とも言えませんが。


2007年01月13日(土)



 社員の一分

かなり遅かったです。というか社内全員遅かったです。私が11時に会社を出る頃にも平気で女の子が残っていました。私の場合、定時過ぎに提出会議資料がひとつ増えるというとんでもない事態が起こり難儀しました。

というか、数日前に経理部長が貢いでいるロシアンパブの姉ちゃんの雑談で仕事中(残業中)深刻なロスタイムが存在していたのが大きいと思います。騙されてるのが分からないのか、あっちも営業なのが分からないのか理解できません。

帰り道、明日の会議に出なきゃいけないだろうなあ、と不安があり、帰って早々、早めに眠りました。明日はいわゆる待機です。

2007年01月12日(金)



 擬似単身赴任感覚

土曜日営業会議のための資料作成で一分一秒を争うような仕事の進め方です。まあ、古巣の頃の仕事の感じに戻った形になりますが頭は追いついても身体がなかなか追いついてきません。ただ、以前の担当者や関係者と復帰の挨拶や話をするのは懐かしいです。

今回、下について仕事を教えている人ですがやる気はあるようなのですが、社外の時間を使った勉強云々はあまりやる気がないようなので少しづつ不安が露見しているのが怖いです。頑張ってくれればいいのですが。

今日もまた娘さんと会えません。なんとかならんのでしょうか?もちろん、一緒の部屋で寝るのですがなんとなく起きた娘さんと会ってないとプチ単身赴任的な感覚になります。

2007年01月11日(木)



 奴隷のように働かされて

今年に入って夜の娘さんに会ってないくらい激務が続いています。帰りが12時過ぎくらいになる日が続いています。

駅から実家まで歩くのが大変ですがしょうがないです。これから家財道具や調度品を揃えたり新居の登記などあるので忙しくなります。内覧会や立会いの日も決まってきました。仕事も激務になりつつありますが家のこともすごく大事なのでこなしていけるか不安です。

とにかく仕事で大変なのでこなすのが大変です。やってけるかどうか不安ですが勝負でもあるのでやらなけりゃいかんです。

そんな折にホワイトカラー・エグゼンプションとかなんだの余計な分けの分からない法案があったりと不安このうえないです。格差社会どころではなく奴隷社会になりそうな気配もあります。書店で新刊で並んでいる「アメリカの真実」という本がありますが読んでて怖いです。低収入層の人間のほうが生活費などの支出が多いという現実は悪循環の一例としてはすごく分かるような気がします。ただ、アメリカは移民を受け入れてしまった自由の国という歴史があります。日本は違います。自国民の中で格差を大規模に作ってしまおうという意図はどう始末をつけるのでしょうか?

2007年01月10日(水)



 娘さん自分褒め

労働の始まりです。なんか年明けだというのに既に深夜残業と休日出勤をしちゃってます。疲れました。なので、せめて月曜日はっつうことでベルさっさで帰りました。

夜の娘さんの出迎えでこっちも嬉しくなります。「パパ」「パパ」と呼んでくれて「これ誰?」「パパ」「しゅごーい」「しゅごーい」と娘さん自身も自分を褒めます。とても可愛いです。こんな可愛い娘さんが将来、社会に出るなんてあまり考えたくないですね。

2007年01月09日(火)



 娘さんと水族館デート

今日は奥さんが仕事で私は休みなので何処か観光地に娘さんを連れて行くことにしました。おしゃれをして、いそいそと支度をして電車に乗りましたが彼女は眠ってしまいました。水族館に着いたのはいいのですが眠っていては見れないな、と思い、娘さんのランチがまだなのでお昼御飯を食べるとこを探しました。そのうち起きてきたので二人でマスタード抜きのサンドイッチを食べました。娘さんは御機嫌で食べてて水で薄めたオレンジジュースをごくごく飲んでいます。

で、水族館です。入館料1、800円。高いですが娘さんの教育のためです。青い照明のエスカレーターに乗ると怖いのか娘さんがしがみつきます。水族館に入って水槽で泳いでいる魚を見ると驚いたことに娘さんは怖がって近づきません。パパにしがみついてきます。可愛いです!あまりにも怖がっているのでイルカショーを見に行きました。あまり娘さんは興味がないようです。次にアシカショーを見ました。娘さんはおとなしく座って見ています。隣に豊満な肉体を持つ若妻が子供と一緒に座ってきました。その若妻の子供は元気で娘さんにも手を伸ばしたので娘さんもそれに応対しました。すると豊満な若妻は私に「すいません」と言ったので私は「いえ」と思わず素っ気なく答えてしまいました。進展ゼロのままアシカショーは始まり、娘さんは目の前の黒いアシカを見て呆然と見つめています。パパの粋な計らいでショーの終わりとともにアシカとの撮影ができると踏んで水槽の近くまで来て娘さんを撮ろうとしたら、娘さんが押しつぶされそうなくらいの暴徒と化した家族連れの群衆が集まってきたので写真は一枚しかとれず逃げました。

わいわいと二人で電車が混まないうちに実家のある駅に着き、奥さんが仕事を終えるのを待ちました。喫茶店で娘さんが愚図ったのでちょっと歩かせました。すると娘さんはガラスの仕切りの向こうに行って私とガラス越しに遊びます。ガラス一枚向こうの娘さんですが歩けばかなり距離です。こんなに離れるのもどきどきしてしまいます。

そうこうしているうちに仕事を終えた奥さんが来たので義母さんに迎えに来てもらい帰りました。

明日からまた労働です。

2007年01月08日(月)



 記憶喪失

ああ、休みだあ、と思いきや奥さんに尻を叩かれたような気もしますが寝ていたような気もします。何をしたのかあまり覚えていません。

2007年01月07日(日)



 セミナー

朝から休日出勤です。全くの未経験者に輸出入のフローを教える講習です。今までアシストで入ってきた人間は皆、経験者でしたので教えるのは楽でしたがそれまでの知識があるので弊社の仕事内容との温度差で受け入れる人と受け入れられない人が居たのも事実でした。未経験者のほうが呑み込みが早いような気もしますが油断は出来ませんのでこれから仕込んでいこうと思います。

そんななか、同僚も出勤してきたので案の定、雑談になってしまいかなりの時間を深刻なロスタイムとして失ったような気がします。

けっこう夜中までやってしまい疲れました。三連休が無ければ泣いていたところです。

2007年01月06日(土)



 仕事初め

なんというか、ぼけぼけの状態で出勤してぼけぼけの状態で仕事をしていました。なんかぼけぼけでした。久しぶりの仕事です。今日から古巣に戻る形になりました。月中にダブル引継をこなさなければいけないので大変です。実際、忙しくて年末年始の日記も遅れてアップしている状態です。日々を追うごとに記憶も失われていってます。

初日だというのにかなり遅い時間まで残業しました。翌日もが休みなので出来たことですが結構辛いです。今月から三月は忙しくなりそうです。しかし、なんだか今月も夜の娘さんに会えないような気がしてきて不安です。

2007年01月05日(金)



 娘さんと初プリクラ

今日も家具を見たいという奥さんの意向で午後からお出掛けです。またもや娘さんは輸入家具の中を走り回っています。けっこうセンスのいいものがたくさんありました。そこで気づいたのですが娘さんのおむつを持ってくるのを忘れましたが売っていたので助かりました。

で、奥さんも知っている出入りの業者さんとばったり会ったり、その方のハーフのお子さんを見ることが出来たりと面白い正月でした。お互い「明日から仕事ですね」と落胆したりも。

帰りに大型店に寄って弁当を買ったので結構、遅い時間に帰ることになって疲れました。私の買った弁当はまずく失敗でした。

明日から労働です。

2007年01月04日(木)



 生誕アルバム

実は誠に申し訳ないのですが娘さんの生誕アルバムを作っていませんでした。で、今回、緊急にそれを作成し、形にはしようということになりました。既に名前入りの特製アルバムは購入済みで写真も選定済みです。あとはいろいろアクセサリーを貼ったりメモを書き込んだりするだけです。ママが載せる写真を私に渡し、レイアウトを決めるのは私です。真夜中に事務的に写真を貼っていく地味な作業が続きます。とりあえずは完成したのですが一歳まで辿りついていません。

元旦からWOWOWで「リ:ジェネシス バイオ捜査班」という一風変わったカナダのドラマをやってました。名の知れた俳優も一人も出ないし、なんか「リ:ジェネシス」というネーミングもタクっぽいなあ、と思って期待もせずに見てみましたが、かなりのレベルで面白かったです。カナダでは放送禁止コードがないのか、第一話ののっけから主人公のベッドシーン(モザイク入り)、幼児殺害とハリウッドでは考えられないような場面が出てきます。とはいえ、かなり内容は面白い。CSIと保険局の合同捜査みたいな感じでなかなか面白いです。話の内容がかなり大風呂敷で「アウトブレイク」並みの危機感が視聴者を襲います。最近、話題になった新刊の「デザイナーズ・クローン」の話や、遺伝子操作による細菌兵器の話など、興味深い話題が飽きもせず続きます。けっこうオススメです。一日三話連続なので義母さんと飽きずに見続けています。

なんか記憶がなくなりつつあるのですごく重要なことをしたような気もするんですが思いだせません。老いか・・・

2007年01月03日(水)



 ひとりぼっちの初詣

今日は正月二日から家財道具を見にいきました。二日から開いているのかと思ったら開いてました。で、いろいろと家財道具をターゲットを決めて見回りました。照明器具、キッチンボード、ダイニングテーブルと椅子。ダイニングテーブルと椅子は一発で気に入ったものがあったので購入決定。椅子はオリジナルセットのものだとPVC製で経年劣化すると直ぐにボロボロになるので似たような感じでセンスのいいレザーの椅子を決めました。ちなみに一脚分の値段がオリジナル椅子四脚分の値段と同じです。

娘さんは広い展示場の中を縦横無尽に遊びまわります。最近のパパとのブームで柔らかなクッションに互いに顔を押し付け「ねんね、ねんね」と言うのが遊びです。ひょいと私が顔を上げると「ねんね!」と言って顔をクッションに押し付けます。その繰り返しが楽しいです。

娘さんは本当に全ての仕草や表情が愛らしくて可愛いです。パパは溶けてしまいそうです。

しかし、ママがちょっと不機嫌です。家族一体で買い物出来ないと言うので「小さい子供が居てそりゃ無理だよ」と言いました。限定的ではありますが義母さんに見てもらって二人で買い物をする日を作らなければいけないと話し合いました。

行きも帰りも奥さんが運転です。初心者なのでスピードを出すので怖いです。私は娘さんを乗せているときは制限時速をぴったり守ってとろとろ走っています。事故ったら怖いです。

帰ってきて疲れました。なんだか例年になく忙しい正月です。しかし、初詣をしていません。奥さんはあまり乗り気ではないようなので私が家族を代表して行って来ることにしました。かなり混むと噂の神社に行ってきましたが二日目の夜なので、それほど行列は長く無かったです。ただ、周りが全てカップルというのが誤算でした。二礼二拍手一礼をして家族の幸せをお願いしました。ところで、この二礼二拍手一礼をしている参拝客が100メートルの行列のなか、私の他に二人くらいしか居ませんでした。夜だから若者も居たとはいえ家族連れや年配の方もいました。いまはこういう御時世なのでしょうか?

2007年01月02日(火)



 あけましておめでとうございます

新年のお慶びを申し上げます。

お正月は書初めのごとく、タカラトミーの「せんせい」で娘さんは朝から遊んでいます。

で、正月から初市をやっている大型店があるというので正月早々お出掛けです。例年は寝正月なのに活動的な正月になりそうで不安です。

お出掛けです。元日だというのにすごい人の量です。奥さんと娘さんとお出掛けです。お買い物に行く前にお墓参りをしてきました。途中の大型店でなんと、多岐川由美さんが娘さんと居ました。最初は娘のほうがすげえ美人だなあと気づかなかったんですけど奥さんが女優がいると教えてくれたので分かりました。テレビの愛のエプロンそのままでした。

お墓参りをしました。

その後、大型店に買い物に行き娘さんととことこ歩きました。娘さんは水を得た魚のごとく、とことこ歩き回っています。娘さんのボディガードは私の役回りなので大変です。

なかなか充実した元旦でした。

2007年01月01日(月)
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