つらつらきまま


2007年10月30日(火)
「大変申し訳ございませんでした」

な〜んか、最近↑に挙げた言葉を聞かない日はないですなぁ。
 赤福の営業停止で売り上げが伸びていると報道されたそばから御福餅も製造年月日の偽装発覚。
 個人的に気になるのは船場吉兆の社長。
 元から笑い顔&笑い声なんだろうけど、謝ってるのに全然謝ってるように見えず、むしろ笑いを堪えながら記者会見に臨んでるような感じで、あれならボイスチェンジャー使ってお面とかマスクとかつけてやった方がマシな気がした。

元光GENJIメンバー逮捕。
 一応私は光GENJI世代だけど、ファンだった人には申し訳ないが、(もっと歌のレッスン積んでから世間に出て来い!)と、テレビを見ながら子供ながらに憤っていた記憶がある。
 それにしてもこのメンバーの年齢が私と5つぐらいしか違わなかったことを今日知り、驚いた。
 29歳と34歳じゃそんなに年の差は感じないが、11歳と16歳では100歳と20歳ぐらいの年の差のように感じていた。

林家三平という名跡を林家いっ平師が継ぐそう。
 こぶ平さんが正蔵を継いだので、いっ平さんが三平を継ぐだろうという噂は結構まことしやかに流れていたからさほど意外性はなかった。
 再来年の春に襲名披露とのこと。
 襲名披露公演のどれかに鶴瓶さんが出ますように。
 ちなみにいっ平さんは昨年末の「朝まで生つるべ」に「師匠(=鶴瓶さん)のたちぎれ線香は絶品です」と生電話を掛けてきてくれたので、それ以来何となく私は応援している。
 単純です。 

小堀ブログに1歳になった響己くん登場。
 か〜わ〜い〜い〜。
 央人くんは8ヶ月ぐらいから今の顔だったけど、響己くんは写真がアップされる度に顔つきが違う。
 あまりの可愛さに思わず写真をクリックして拡大表示。
 目が央人君に似ているような。
 ここの家は兄弟揃って眼力強い。



2007年10月29日(月)
久々ゆら帝


全ての公演をひっくるめて1年半ぶりぐらいに@ぴあのプレリザーブで当選。
 会場はこちらもお久しぶりのSHIBUYA-AX。
 さすがの鶴瓶さんもAXで落語はしないからなぁ。
 ほぼ月イチで平日の昼という泣ける時間に下北沢のとあるライブハウスではやってるけど。
 ゆらゆら帝国のファンの方が書いているブログを見たら、最近のライブのセットリストは当たり前ながら殆どが「空洞です」の収録曲なので後2ヶ月聞き込んでおこう。

法務大臣の衝撃の告白。
 頭に何かが湧いたのではと思ってしまった。
 製造年月日も原材料もでたらめだったり、のこぎり持った中学生が「お金をよこしなさい」とコンビニ強盗をやったりと、この国は本当に大丈夫なんだろうか。

 そして、チョップリン・小林さんはいつになったらブログでやってるあのシリーズに飽きてくれるんだろう。




2007年10月28日(日)
そんな鶴瓶に泣かされて


昨日の深夜(正確に言えば日付変わって今日だけど)、NHKでさだまさしさんの生特番をやっていた。
 正月にやった回が案外面白かったので、今回も見ることにした。
 ちょうど東海ラジオの「ミッドナイト東海」という番組でグレープの「精霊流し」を毎週掛けてくれて、大ヒットとなるきっかけを作ってくれたアナウンサーの方が観覧に来ており、その方も飛び入り参加することに。 
 どうせなら他の民放局の方もお電話くださ〜いとさださんが番組で呼びかけたところ、番組の終盤に一本のお電話が。

 呼びかけに応えたCBCのアナウンサーからかと思いきや、電話の主は鶴瓶さん!
 「ミッドナイト東海」という番組名を聞いたとき(そういえば鶴瓶さんもやってたんだよなぁ)とか思ってたので、嬉しいハプニングに思わず「え〜っ!」と驚く&喜ぶ。
 歌舞伎座の「鶴瓶のらくだ」の初日打ち上げで飲んだ帰り、テレビをつけたらさださんが生でやっているので電話をしてしまったそう。

 “今年の紅白にもし出るなら「家族に乾杯!」のテーマソングをやってくれ、ハワイで泣きながら聞くから”だとか、
 “「家族に乾杯!」にさださんが出た回をこの間改めて見たらやっぱり面白かった”だとか、
 “さださんのあの歌(題名忘れた)はええなぁ”だとか、
 
(鶴瓶さん、分かったからもう寝ぇや)とべーしすと(※鶴瓶ファン)の私すら思ったほどに、電話の内容はひたすら酔っ払って気分が良くなったおっちゃんがやるほろ酔い話そのものだった。 
 しかし、全く以ってのハプニングにタイミングよく遭遇できたため何だかにんまり。

今日は「鶴瓶のらくだ」歌舞伎座公演楽日に行って来た。
 元々は昨日のチケットも取っていたが、新しく落語を通じて知り合った方が今回のチケットを取れなかったと聞いたので、一人でも多くの人に見てもらいたい!という気持ちからその方に譲ることにした。 
 その時点ではまさか27日が台風が関東に接近し大暴風雨になるとは分からなかったとはいえ、よりにもよって今日こんなことにならなくても...と昨日は家で呆然としていた。

 28日は打って変わって快晴。
 始まるまで神保町の青空古本市を覗いてみたが人があまりに多かったのと歌舞伎座に絶対遅刻するわけにはいかなかったので長居出来なかったことから、今年は掘り出し物を見つけるには至らず。

初めて歌舞伎座に入ったが、嘉穂劇場と違い椅子席だったので2時間半という長丁場でも疲れなかった。
 何より、お客さんが温かい。
 他の人も出る寄席に行くと、“鶴瓶の落語なんて(嘲笑)”ということをわざわざ口に出して言う方もおり、そういうのを聞いてしまうとやはりへこんでしまう。
 表面上は素知らぬ顔をしているが、もう1人の私が心の中で(なんだよー、鶴瓶の落語のどこかわるいんだよー、鶴瓶の落語が好きなのはおかしいことかよー)と頭が悪そうな口調で地団駄を踏んでいる。
 
 でも独演会のお客さんならば、9割9分9厘は鶴瓶さんにポジティブな感情を持っているからこそ8500円も出してやって来る訳だから聞こえてくる会話も鶴瓶好きならではの話題で、出来ることなら私もお仲間に入れて欲しいと思うことばかり。
 下は小学1年生ぐらいから上は70代ぐらいまで実に幅広い年齢層で埋め尽くされた客席だった。

そして、今日の鶴瓶さんは今まで見に行った高座の中で一番ハマっていた。
 “乗っている舞台ってこういう状態のことじゃないかなぁ”と思ったほどだった。
 落語と鶴瓶さんが一体化していた。

最後の挨拶。
 鶴瓶さんは感極まって泣いていた。
 声を詰まらせながら
 「これからも芸事に精進していきますので、また来て下さい」
 みたいなことをおっしゃられていた。
 そんなことを言われたら、目頭を熱くせずにいられようか。
 そして期待せずにいられようか。

 これからもいっぱい笑わせてもらう。
 いい話的なもので少々泣かせてもらう。

話は変わって小堀ブログのエントリーにあった「10月29日」というタイトル。
 チケットを取っていないからだと思うが、読んだ瞬間浮かんだ文章は「響己が1歳になります。おめでとうございます」だった。
 央人くんの時も思ったが、本当に他人の家の子供の成長は早い...。



2007年10月23日(火)
びみょーな嫌がらせ


オツボネ・ツボイが自分の仕事の下働き要員の一員に私を計上していることが私の上司の耳に入り、上司激怒。
 “ふざけんじゃねぇや”的なことをツボイに直談判したそう。
 このことは水面下で行われていたので私が知る由はなかったのだが、これ以降、以前に増してツボイがいやらしい。
 今日はツボイ直属の部下が(ある意味手下だが)「皆さんで召し上がってくださいってツボイさんからですぅ」と言いながらお菓子を配っていたが、当たり前のように私達のグループは“皆さん”から外されていた。
 なんだかじわじわと嫌な感じだ。
 外勤で不在だった上司がいたらまた違ったのかもしれないが。
 “ケッ!”という思いを鎮めるために、帰りに自腹でケーキ2個購入。
 何の解決にもなってはいないがケーキは美味しかった。

ルミネ12月スケジュール発表。
 「拳(GU)」ぐらいかな、行くとしたら。
 前回の「拳(GU)」で、12月にコント的なものをどーのこーのと言っていたので結構期待していたのだが通常通り。
 コント単独はオリンピックと同じ間隔。

11、12月と今のところ東京では鶴瓶さんのライブが組まれておらず、11月に大阪である露の都スーパー落語会のチケットを予約しそうな自分と格闘中。
 今年はらくごアーベント無いのかなぁ。
 通常なら出演する11月の東西落語研鑽会も鶴瓶さん出ないし。
 今月は落語界のキョンキョンこと柳家喬太郎師匠がご出演。 



2007年10月22日(月)
結構抱いたんだよね


抱いたんだ→大胆だの誤変換だったが、このままでも別に違和感は無い文面だっただけに、後から訂正が回ったとはいえメール受信直後は会社内であっても流石に笑った。
 まぁ、仕事中にどんな内容のメールを取り交わしてるんだ、ともいえますが。

防衛大臣の喋りを聞くと、江原啓之を思い出す。
 あの2人の喋り方はどこか似ていると思う。
 諭したがりなとことか。

紙面ではどんな感じなのかは分からないが、昨日の産経新聞の配信記事にゆらゆら帝国のレビューがあった。
 「空洞です」は
 >爆音も抑えめでけっこうポップとあって売り上げも好調。
 >メジャーな人気を獲得しそうな勢いだ。
 とのこと。

 ...ゆらゆら帝国はそんな方向に行きそうなアーティストだったか?
 売れちゃったら嫌だなんてことは10代じゃあるまいし思わないけれども、別にテレビにガンガン出てきたりタイアップがバンバン決まったりするようなことをゆらゆら帝国に少なくとも私は望んでない。
 ”the first and only Japanese underground psychedelic rock group”のまま突き進んで貰うことを願う。

 音楽絡みで。
 昨日入ったお店の有線で木村カエラの「Snowdome」が流れていたが、あぁこの曲好きだなぁ、と今頃になって思った。
 CMでバンバン流れていた時は特に思わなかったのに。



2007年10月21日(日)
今年もこの季節


NHK新人演芸大賞の結果がスポニチアネックスに出ておりました。
 おめでとう、ジャルジャル&桂よね吉さん。
 故桂吉朝師のお弟子さんの受賞は、非常に嬉しい出来事でした。

 ジャルジャルは私がずっと読んでいるブログの作者さんが早いうちから非常に推していたので名前だけは知っていたけど、分かる人というのは本当に早い内から見抜くよなぁ、と何だかしみじみ。
 私は手垢がつきまくった人の魅力に5〜30年経ってやっと気づくような体たらくなので。
 でも、この記事を読んで意外だったのが他のエントリーにオリラジがいたことだった。
 賞レースに挑むというイメージがオリラジには無いことと、M-1とは違って、既に全国区のレギュラーや冠番組を何本も持っている人達が挑戦する賞レースとはいえないだけに、オリラジはまだ若手芸人であるという当たり前のことに今更ながら気づいた。

末廣亭の中川家イベントに2丁拳銃ゲスト出演。
 私は見に行ってないけれど、二人揃って演芸の舞台に立ったことと、先輩のイベントに呼ばれたことの2点に何故かホッとした。
 でも、最初私が激しく食いついたのは“末廣亭”の3文字だったが。

チハラトークでも言っていた「新堂本兄弟」。
 東京MXテレビではジュニアのピン番組まで始まっていた。
 その名も「千原ジュニアのシャインになりたい!」。
 “ナイフ”のイメージで止まってる人にしたら目が点になりそうなタイトル。
 見逃してしまったが、ラ・テ欄にあった「真剣に就職活動をしている35歳芸人」が誰なのかが気にかかる。
 NSCだと10期。
 条件に当てはまりそうなのは某伯爵。
 そういえば何年か前のさんまさんと玉緒さんの番組で一般人としてフツーにインタビューされてたなぁ。
 伯爵なのに銭金にも出てた。



2007年10月17日(水)
フルネームじゃないんかいっ!


学祭シーズン到来なので、鶴瓶さんをどっかの大学が呼んでないだろうかと探してたら、防衛医科大の学祭に14日呼ばれていたことを今頃発見し、口惜しさしきり。
 「笑福亭鶴瓶ひとりしゃべり」が全席自由ながら「無料」!
 青山演芸場の鶴瓶噺だったら5000円ぐらい掛かるものが無料!
 何で防衛医科大が鶴瓶さんを呼んだのかが謎だが、素晴らしい心意気。

 でも、でも...。

 「学祭ドットコム」への登録は「笑福亭鶴瓶」でやって欲しかったよ...。
 何で“鶴瓶”と省略したのだ。
 シのところに無かったからそこから下は見なかったことを激しく悔やむ。
 
 それにしても、前日は確か香川で「らくだ」をやってたのに翌日は防衛医科大で喋ってたのか。
 すげぇ、すげぇ。

今日のめざましテレビに鶴瓶さんが出ることをメールでも教えて下さった方がおり、自分でもアホだなぁ〜と思いつつも万全を期して5時半にレコーダーのタイマー予約。
 結果、7時35分頃からインタビュー放映。
 大塚さんもNHK時代に香川勤務だっただの、こんぴらうどんを食べただのと、個人的にはどーでもよい情報に貴重な鶴瓶枠を2分ほど使われたので、うきぃ〜っ!と朝からテンション高く吠えそうになった。
 落語は元ネタが知れ渡っているとはいえ、サゲを流すのはちょっと控えて欲しかったなぁ、と思いつつも今回の目玉であろうあることについてはばれていなかったのでホッ。

昨日、久しぶりに「撃ちっぱなし」を見ようかと思っていたけれど、放送日ではなかったような気がしてそのままにしていたら実は放送日だった。
 しかも最終回。
 最終回は残念だけれども、今年に入ってからはとうとう1回も見てなかったので、毎回欠かさず見ていた方に比べたら寂しさとかショックとかいう気持ちをあまり味合わないで済むのは良いことなのかどうなのか。 
 去年の今頃の日記を読んだら、会社の宴会があるので生配信に間に合わないとぶーたれてたのに。



2007年10月13日(土)
「安易にみんなで盛り上がれないアルバム」


ゆらゆら帝国「空洞です」&Spitz「さざなみCD」をやっと購入。
 つい2、3年前までは好きな人の新譜が出る時はフラゲが当たり前だったのに。
 こういう些細なところからも(あー、私もう若くないなー)と思う。
 一番最初に“もう若くない”を実感したのは、携帯の機種変更をする際、(今日持って帰れるなら、カメラが何万画素だとか絵文字が多いとか、もうそんなんどうでもいい)
 と携帯の機能に対するこだわりを捨てた時だった。
 学生の頃は全パンフレットを見比べて、やれこっちは着メロのデフォルトが多いだの、そっちは200万画素で撮れるけどメールの保存件数が少ないだのと、頭から煙が出そうなぐらい真剣に検討してたなぁ。

「空洞です」は、「Sweet Spot」以前のゆらゆらのイメージで聞くと戸惑うようなアルバムだった。
 でも、CDで聴いてあまりピンと来なくてもライブで聞いたらエライはまることってあるから(「タコ物語」はCDで聴いた時はそうでもなかったが、ライブで聴いたら、一気に無くてはならないナンバーになった)、「空洞です」の収録曲がライブではどうなってるのか聞いてみたい。 平日に有明方面のライブは、いくら開演が遅くてもきついものがあるのだが、SHIBUYA-AXだとぎりぎり頑張って駆けつけようと思える距離なので、12月の追加公演頑張ってみようかなぁ。

 ゆらゆらのライブはかなり盛り上がるが、各人が各人のペースとノリで盛り上がり、一斉にみんなで同じポーズをするとか、合唱するとかいう決まりごとみたいなものは無い。
 ゆらゆら帝国も熱く、それでいて淡々とライブを進め、コール&レスポンスを客に煽ることもせず、ほったらかし。
 そのほったらかされ感が何ともいえず心地よくて好き。

ちなみに日記のタイトルは、坂本慎太郎氏が評する「空洞です」のコンセプト。
 何気に凄いことを言ってると思う。


「さざなみCD」は正直買おうかどうしようか迷っていたのだけど、店頭で見つけたら反射的にカゴに入れていた。
 今の私の精神状態は怒りの戦闘モード継続中で、愛とか夢とか友情とかそういったものをノー天気に語るようなものに対して“けっ!”という拒否反応を起こしがちなのだけれども、Spitzの歌詞はその辺りのことは曖昧にぼやかし、受け手に解釈を任せるものが多いので、その自由さにほっとしながら聴くことができる。
 今回は「点と点」「ネズミの進化」「漣」が好きだった。

 “漣”で(さざなみ)と読むことを初めて知ったが、“さざなみ”と打って一発目で“漣”に変換出来ることに何だか感動。
 今まで(さざなみ)は、“小波”しか無いと思っていた。

池袋西口公園(ずばり、IWGP)で古本まつりが行われているので行ってみた。
 昨年、ここで鶴瓶さんがやっていたラジオ番組の本(ぬかるみの世界)を買えたので今回もそういった鶴瓶本や上方落語関係の掘り出し物が無いか期待したが、今回は残念ながら奇跡起こらず。
 でも、かなり見ごたえがある市で、楽しかった。
 ちなみに全ブースを見て回るのに2時間半ぐらいかかった。
 文庫本になった「適当教典」と1997年の9月号の「東京かわら版」を購入。
 1997年なので、まだ鶴瓶さんは落語に目覚めておらず、志ん朝師も柳昇師も枝雀師もご健在。
 現在では故人になられた方が載っている出演者索引を見ると、見に行けるものはなるべく見ておかなきゃなぁ、と改めて思う。
 それにしても、この当時から柳家喬太郎師の寄席出演の多さは群を抜いていて驚き。 



2007年10月11日(木)
俺のトゥモローが泡になる前に


↑ルー大柴が書きそうなフレーズだが、作者はトータス松本氏(ウルフルズ「早いとこ去れ」)。
 
 なんだかもう、今月に入った途端どういうわけかパワハラの嵐が吹きまくりで、私のトゥモローの一つは早くも泡となったし、今進めようとしている仕事も妙な横槍が入りそうな予感が濃厚。
 あまりに腹立つことが多過ぎて、飽和状態。
 あまりに腹が立つことが多すぎるため、家に帰るとパペポやアフロのDVDをほぼエンドレス状態で再生。
 笑いは偉大。
 あー、何回見ても笑えるってどういうことだろう。

吉本の100人映画監督。
 多分、小堀さんもやるんだろうなぁとは思っていた。
 というか、2丁拳銃のキャリアで100人の中に入ってなかったら何か泣ける。
 この企画、全く以ってノーチェックだったんで映画の公式HPをのそのそと今頃になって覗いてみたが、修士さんもやるようで。
 個人的に小藪監督のキャストはそそられる。
 脚本には森詩津規氏いるし。
 脚本陣にさんちゃんが加われば間接的にビリジアン再結成だったのに。
 ポンちゃん、鈴木つかささんが出れば12期そろい踏み。

11月、12月と鶴瓶さんの落語を見に行く予定が今のところ無くて寂しい。
 もう一度「死神」を聞きたい。
 鶴瓶さんのあのアレンジが好きなので、これに関しては他の人の「死神」では駄目なのだ。
 今のところ、この「死神」を聞けた「鶴瓶と誰かと鶴瓶噺」は、今年行ったライブで一番見に行って良かったライブ。
 
 ソフト化するかこのバージョンの稽古をつけて貰った人が出て来ない限り、この「死神」は見た人の記憶の中でしか存在しないものとなる。
 どうか、鶴瓶バージョン「死神」の後継者がいますように...。



2007年10月08日(月)
引きの芸風


10月6日は嘉穂劇場に「らくだ」を見に行って来た。
 万全を期して飛行機で前乗り。
 そのため、金曜は午後休を取り抜けて来たのだが、私がわくわくと羽田空港に向かっている間に会社ではお局・ツボイの妨害により私とクサノさんとで進めていた仕事が潰されるという、怒髪天を衝く事態が起こっていた。
 怒りの余り、身体が震えることはあるのだということを身を以って経験した。
 
 そして、乗り込んだ飛行機では、散々携帯の電源を切れとアナウンスがされているにも関わらず、何の度胸試しなのかフライトアテンダントが近づくとさっと隠し、通り過ぎるとまた取り出していじる、というアホを隣の列に発見し、ほとほと嫌になる。
 まだ出発前とはいえ、こいつのことだから電源を切らないままいることも考えられるので、(えーい、やけっぱちついでに注意するか)と思っていたら、隣の席に2、3歳ぐらいの男の子を連れた父親が来たので、窓際だった私の席とこの親子を交換することにした。
 交換のため立ち上がったらフライトアテンダントも折りよく「座席の変更ですか?」と確認に来たので
 「ハイ。そして、あちらのお客様がまだ携帯の電源を切っておりません」
 とついでに進言。
 片側の列のフライトアテンダントしか注目していなかったらしいアホは、もう一方の列から見られているとは思っていなかったらしく、フライトアテンダントに注意されて決まり悪そうに電源をオフにしていた。
 「アホは死んだらエエねん。でも、なかなかアホは死なへんねん」という千原せいじの発言が今更ながら心にしみる。

こんな風に怒りで頭がどうにかなりそうな週末だったので、「鶴瓶のらくだ」は非常に良い気分転換となった。
 「らくだ」は速記本で見た時はそんなに面白い噺には思えず、今回も正直いうと前半は若干退屈することもあった。
 (あっ、今、鶴瓶さんすべった...)と思ったこともあった。
 だが、後半の逆転劇からはぐんぐん食いついた。
 落語を初めて見る父も「落語って面白いもんなんやね」と満足していた。
 落聞いていたらどんどん酒を飲みたくなった、とも(「らくだ」は酔っ払いが出てくる噺)。

7日は長崎くんちを見に行き、4時間ほど銀屋町の「鯱太鼓」を追っかけて歩く。
 担ぎ物を見るとついていかずにはいられない。
 7年前は(くんちの踊り町は7年周期)お母さんも一緒に行ったのになぁ、7年前の今頃は、1ヵ月後に倒れて2ヵ月後にはもう亡くなって年を越せないなんて思いもしてなかったのに...と思い、若干目が潤んだが、「ホーライコ、ホーライコ、ホーライコ、ヨーヤーッ!」の声と共に神輿を放り投げると、柏手を一つ打って受け止める男衆を見て気持ちを奮い立たせる。
 きっと母も見ていることだろう。

東京に戻ると、注文していた「家の光11月号」が届いていたので早速見る。
 お目当ての鶴瓶さんのインタビューは4Pでうち1Pは写真。
 送料込みで800円だったので1P200円。
 よく味わって読もう。

 この中で鶴瓶さんはご自分の芸風を「引きの芸風」と評していたが、あまり“引き”を感じたことが無かったので、意外な気がした。
 あまりそういうイメージはないとはいえ、私が好きになる芸風の共通項は“引き”だなぁ、とつくづく思った。

2丁拳銃で@ぴあを検索したら電気通信大の学祭がヒット。
 そういえばもうそんな季節。
 11月のうめだプレミアもヒットするが、こちらは後藤秀樹さんとやっていたコントライブの復活版が幻に終わったもの。
 後藤さんの日記によれば時間不足によるものだとか。
 あのライブは1回しか行ったこと無いけれど結構好きだったので、残念。
 2丁拳銃としてのコントライブはいつ頃には見れるんだろうか...。



2007年10月03日(水)
ワクワク後3日


まだまだ先だと思っていた「鶴瓶のらくだ」も、全国ツアー初日の嘉穂劇場公演まで残り3日。
 いつにも増して今月の私は鶴瓶強化月間であり、鶴瓶さん関連の情報収集に燃えているが、鶴瓶さんのインタビューが載っているという産経新聞発行のフリーペーパー「SEA SIDE 9月号」と、店頭売りをせず且つ年間購読しか出来ない「毎日が発見 9月号」はどう考えても入手出来そうになくてちょっと口惜しい。
 無理なものはしょうがないので、ロングインタビューが載っているという「家の光 11月号」をネットで購入。
 ちなみにこの雑誌の読者層は農家の主婦らしい。

こんな風に全面的に鶴瓶三昧な日々でも、10/1の小堀ブログの追伸に笑う余裕というか愛着はまだある。
 CMバトル予選中の必死なお願いには愛着どころか引きまくりだったけど。

ダイナマイト関西RXの放送を途中から見る。
 D関が関東で放送されるとは...。
 D関で忘れられないのは、NGKでやった時の「雑誌「月刊交差点」の特集は?」というお題で倉本美津留さんが出した「衝撃・実は交差していなかった」というやつ。
 笑い死にするかと思うほどツボに入った答えだった。




 Written and  arranged by  seri   || スキン by エンピツスキンニュース++