つらつらきまま


2006年03月31日(金)
エンターテイメントプラス


仕事から帰ってきたら不在通知が2通。
 1通はインフォコム(チケットナビ)。
 もう1通は「エンターテイメントプラス」と、心当たりがない名前。
 (ハテ?)と思いつつ連絡し持ってきてもらってやっと分かった。
 
<e+=エンターテイメントプラスの略>
 だったのね。
 e+が正式名称と思っていた。
 
 届けてもらったのはアジカン。
 良くも悪くもない整理番号だが、あるだけラッキー。
 今度こそ無駄にすまい。

昨日はレミオロメンを見に横浜へ。
 仕事の目処がつかなかった時は誰かに譲ろうかと思っていたライブだったが、行けて良かった。
 神奈川初ワンマンだったらしい。
 ライブはアンコール入れて2時間15分ほど。
 優等生の時間配分。
 構成は同じ3ピースでも、挨拶以外一言も喋らず2時間半〜3時間ぐらいノンストップでやるゆらゆら帝国と対照的。

 当たり前だが時々MCが入り、話題が下ネタになると、引く客多数。
 「こんなこといわないでほしいね...」と悲しそうな感じで横にいる友達とうなだれたりする人達もいたりで、(何と純な客層だ!)と、ちょっとしたカルチャーショック。
 下ネタになっても引かないで笑い飛ばすか、遠慮なく「サイテー!」とツッコミをいれたりする被害者達は案外気が強いんだなぁと思った。

++++ご当地の踏み絵その7+++++

71.大村ボートは競艇の発祥地であることを今初めて知った。

 →ハイ。

72.稲佐山は別れ山だと信じている。

 →そら知らなんだ。

73.オランダ坂に興奮する修学旅行生を見て、何が楽しいかと自問自答してしまう。

 →自問自答はしないが、ツッコミはいれる。

74.有人島の数が日本一ということに気づいていない。

 →うっすらとは気づいている。

75.首都圏や関西より上海のほうが親近感がある。

 →日本国内に親近感。

76.「長崎ちゃんぽん」の略称は「長ちゃ」だ。

 →ちゃんぽんやろ〜。

77.長崎ジモティーの名物は、トルコライスである。

 →あの組み合わせは黄金の組み合わせ。

78.道路がカーブの連続で体が揺れまくるので、シートベルトは必ずつけている。

 →道交法で決まってるし...。

79.ハウステンボスがシーガイアの二の舞いにならないことを切に願っている。

 →結局なっちゃったの?まだなってないの?

80.実はUチャンネルが通じる。

 →37chのテレビ長崎のことです。小学校高学年まで民放は「ご(5ch=NBC)」と「U(37ch=KTN)」だけだったなぁ...。



2006年03月29日(水)
敵です


∞2部を途中からPCで見る。
 和室でまったりだった有明から、小奇麗な渋谷のスタジオに移り、構成も変わっていた。
 ネタが見れるのは嬉しい。
 「答えが外国の名前になるなぞなぞ」とかを出し合っていたが、(これはないわ〜)と思った小堀さんの答えが、なぞなぞの権威にOKを貰った時は、観覧のお客さんと同じく私もPCの向こうから、(何で!?)とツッコんでしまった(^^ゞ。
 シュッとしていないなぞなぞを修士さんが出したら、小堀さんが実は作ったんでしょ、という山本さんと、そういうことにしてしまう小堀さんのやり取りが面白かった。
 そして「暴露なぞなぞ」は案の定9割小堀さんのサイテー話だったが、ちょっとやそっとのサイテー話には最早驚かなくなってしまい、なんだかなぁという感じ。

有休消化で、明日は有休を取っていざ横浜。
 せっかく取れたレミオロメンチケット。
 無駄にしては勿体無い。

Gyaoで増田ジゴロウ&しょこたんの番組を見たが、ジゴロウのセリフはテロップだけなので、何か物足りない。
 今週のsakusaku月曜は「ジゴロウ」という言葉が2回ぐらい出て来て、ちょっとドキドキだった。

今年のチクる!は「百式」と被るのか被らないのか。
 被ったらしょうがない。
 「チクる!」は凄い好きなイベントだけど、「百式」を蹴るつもりは無い。
 今のところは、だけど。

 私が2丁拳銃のイベントを蹴るとしたらどういう時だろう…と一瞬思ったが既にそれは経験済みだったことを思い出した。
 「NUTS」を蹴ってワッハホールにハリガネイベントを見に行ったんだった。
 蹴りすぎだなぁ、今思えば。
 地下鉄から新幹線。
 遠出大好き。



2006年03月26日(日)
とうちゃん、カッコイイ!


実家に電話をした時のこと。
 何の流れでそうなったのか忘れたが、
 「クゥ〜、カッコ良かねぇ〜、あっちゃんカッコイイ!って感じやねぇ」
 と父が言い出したのでびっくりした。

 もちろん、あっちゃんではない娘を“あっちゃん”と言い出したことに対してではなく、オリエンタルラジオの武勇伝を52歳・会社員が普通に口にしたことについて。
 「何で知っとると?」と驚いて訊ねたら
 「知っとうさ、それぐらい。“オリラジ”やろ?」
 と言ってましたわ、そういえば。
 52歳・会社員の常識なんですか、オリラジ。
 凄いなぁ。

 もみのさんのチチモメンもうちの父のような感じなんじゃないかなぁ、とブログを読む度に思う。
 うちはさしずめ“ぱぱせり”?
 乾燥パセリって感じ。

昨日は「ルミネvsうめだ」に行って来た。 
 トラブルがあった割にA列割と真ん中。
 久しぶりのセンターだったので、舞台と客席の近さに少々戸惑った。

 イベントは私は凄く楽しかったが、気まぐれにネットサーフィンをしていたら真逆の感想をレポートやブログに書いていた方もいたので、本当に“どの感想もその人にとって真実”だと思った。
 ただ、ネガなことを書く時は、肯定的なことを書く時以上に見えない第三者に気を遣うべきだし、内容が原因で発生するリスクやトラブルの責任は全て自分が負うという覚悟で臨むものだと、個人的には思う。
 だから、「苦情・批判は一切受け付けません」という断り書きがあると、(何だ、結局書き逃げか)と少々がっかりする。
 責任を負えないものを無責任に垂れ流すことだけは今後もしないように肝に銘じよう。

先週分の「撃ちっぱなし」の振り替え放送が行われることが、昨日&今日の小堀ブログに告知あり。 

 なおかつ、今日のエントリーでは

 >誰か公式ホームページの掲示板に告知しといて下さい お願いします

 と本人から読者に伝言。
 なんだかなぁ...。
 本人が不特定多数に伝言するより前に、公式スタッフがお知らせしておくべきものなのに。
 海外のスパム業者の投稿削除と並行して。
 スケジュールがどうしたことか1月以降更新されていないので、やってることすら知られていないイベントもあるのではなかろうか。
 だから「ラ・テ欄」のお知らせメールが配信されたのだろうか。

++++ご当地の踏み絵その6++++++

61.皿うどんはうどんじゃないじゃん、といわれ、言い返せなかったが、皿うどんは「皿うどん」である。

→異議なーし。

62.生徒手帳の「自転車通学禁止」の文字を見て禁止にしなくとも「誰がチャリで来るか」と突っ込んだ記憶がある。

→その文字すらなかった(遠い目)

63.りかちゃん通りを今でもかます通りといってしまう。

→ノー。ただし、リカちゃん通りとも言わんような。

64.「ながさき阿蘭陀年」と「旅博」に行ってがっかりした。

→前者は知らないが後者は同意。旅人くんは今頃どこでどうなってるのかなぁ。

65.平和祈念像を平和記念像と思っていたことは内緒だ。

→ノー。

66.土産は一○香か長崎物語、気合いの入ったときは、茂木ビワゼリー。

→一○香の種明かしをするときが特に好き。

67.でんでらりゅうを歌える。

→唄える。「あっかとばい」も唄える。

68.家に金蝶ソースがある。

→親戚の家にはあった。皿うどんといえばこれ。

69.長崎空港の狸はかわいいが異常な数で驚く

→ニュースで見てびっくりした。

70.テヌシーのビッグパフェが懐かしい。

→実際に食べたことは無いが存在は知っている。絶対大勢で挑戦しないと無理な伝説パフェ。



2006年03月24日(金)
行くかぁ!?

年度末の忙しい最中に、“年度末打ち上げ”とか訳分からん宴会をやろうとエロ爺が言い出し、トリガラ&偽岸部シローが幹事となって音頭を取った結果、「20名〜最大30名様可能」の部屋に「参加者一桁」という物凄い事態に。
 こういうとき人望って出るのね〜、恐いわ〜、びっくりするわ〜。

ちなみに私はというと

 今日はamazonから「saku saku Ver2.0 ヴィンの復習」が届く日で、「復習という名の予習」をせねばならないため、欠席。
 あぁ、大変、大変。 

 それにしても“宴会”とは名ばかりのこの会。
 「行くかぁ!?行く訳無いがな。何で行くねん。誰が行く?」
 と、チハラトークに泥酔ゲストとして登場して靖史さんに好き放題かましていた小堀さんの雄叫びが本当ハマるなぁ。
 社内MLで出欠確認のメールが届いた瞬間、↑のセリフが頭の中で速攻リピート掛かったもん。

 小堀さんといえば小堀ブログに珍しく顔文字があったので、
 (読点をすっ飛ばして顔文字デビューか!?)
 と思ったが、多分顔文字の主は小堀さんにメールを送った宮田和弥さんだろう。
 修士さんは割とヨメちゃんあたり顔文字絵文字満載のメールを送ってそうだが、小堀さんにはそういうイメージがあまり無い。

昨日は私が初幹事で退職する方の送別会を行った。
 別部署に異動した方も参加してくれたので、わいわい盛り上がり楽しかった。
 気心知れた仲というか、私はこの人達には気を許しているので存分に自分をさらけ出した結果

 「...え〜、せりさんってそんなに毒舌だったっけ!?」 
 「せりさんって実はだいたひかるだったんだなあ」
 「せりさん、結構ツッコミだぁ。恐ぇ」

 と、驚かれる一方だった。
 多分、私は随分見た目で得をしている。

 余計なことを口にしないだけで、いつも頭の中では色んなことを考えている。
 「チハラトーク」に通うクランケですし。
 “見た目クラシック・中身パンクロック”なのです。

 ちなみに、いつもネチネチ2人でつるんでイヤミをいうガラシローについて
 「2人でベタベタして、オカマかっ!」
 と言ったらウケた。
 もちろん出典はチハラトーク。
 千原兄弟様、すいません。
 銀座の居酒屋で使わさせて頂きました。

(泊りがけで遠出したいなぁ。実家帰ろうかなぁ)
 と思ったが、明日はルミネだった。
 あぁ、でもどこか遠くへ行きたい。
 春だもの。

UNOのキンコンバージョンを初めて見たが、西野っちのビジュアルが変わったというか普通に見えてしまい(あれ?)と思った。
 西野っちももうお年頃だしなぁ。
 そういえば去年のD関atルミネで、実況席の隣だった私はかなりの至近距離で今年の男前1位の横顔を見る幸運に恵まれたが、間近で見ると本当に美しかった。
 あれで若干ひきこもり気味のオタク傾向があるから井上さんはイヤミにならないんだと思う。

被害者の会からメルマガが届いたので何かと思ったら「ラ・テ欄」の宣伝だった。
 あまりハケ具合が思わしくないのかしら?といらんことをちらっと思う。
 2月に見た時のままいくなら、ルミネの7〜8割キャパが小さい劇場の方がハマりそうなイベントだったなぁ。
 
++++ご当地の踏み絵・その5

51.近所の食堂を食堂と言わず「ちゃんぽん屋」と言う。

 →それはない。

52.そして、お客さんが来ると必ず近所の「ちゃんぽん屋さん」から皿うどんとチャンポンを出前させ振舞う。

 →おもてなしの定番やもん。

53.ちゃんぽん屋から皿うどんを出前してもらうと必ずリポビタンDのビンに入ったウスターソースもついてくる。

 →そうそう!なんでリポDなのかは分からんけどついてきよった。

54.まるで、アミュの舎弟のように寄りそう存在感のない長崎駅を不憫に思う。

 →しょーなか。

55.九州で接している県がただ一つの県はどこ?。のクイズの答えにされるのは飽きた。

 →そのクイズ自体あまり聞かんような...

56.「橋もないのに思案橋」の場所を観光客に尋ねられるたびに、気まずい思いをする。

 →アーケード入り口の橋を思案橋と思ってました...。

57.知名度とイメージのよさでは九州一という事実が福岡に対する唯一の優越感だ。

 →知名度九州一はどがんしても福岡(というか博多)やろうと思うよ。

58.高速バスよりも時間のかかるJRの快速はいかがなものかと思う。

 →でも私はJR九州派。

59.南蛮船が渡来しなければ、ここまで発展しなかったかもしれないと思うと、一瞬ヒヤリとする。

 →南蛮船にそこまで頼らな発展せんような街だったとは思いとうない...。

60.正月にはナマコを食べる。

 →うちでは食べんかったけど食べる家庭の否定はせん。



2006年03月22日(水)
美味スープに萌え〜


仕事終わりにナオさんと秋葉原で待ち合わせ。
 ヨドバシに入っている安全・安心・健康 さんるーむでご飯を食べたが、野菜スープが今まで生きてきた中で一番ヒットする味だった。
 このスープだけ丼で注文したいと思ったほど。
 店名をググったら天神の博多大丸(ややこしいなぁ)5階にも出店してるようなのでGWに帰省した時友達と行こうかなぁ。

新しい土地で新生活が始まるナオさんに幸あれ。
 年下なのに私の何倍も人生をしっかり考えている人なので、この人ならきっと大丈夫だろう。

++++ご当地の踏み絵その4++++

41.他県の人から「毎日カステラ食べるの?」と聞かれ、少々いらだつが、実はちゃんぽんか皿うどんは1週間に一度は食べる。

 →実際は違うが、その頻度で食べても苦にはならんと思う。

42.実は野鳥の会のメッカであることを誰も知らない。

 →知らんかった!!

43.かさぶたのことを『つ』と言う。

 →親世代は言ってた。

44.青雲高校に対してライバル意識を持っている。

 →なんか知らんがある。

45.国見高校のサッカー部の小嶺忠敏元監督は、俳優の故・名古屋章に酷似していると思う。

 →激似やと思う。

46.「ほげる」「ほがす」は標準語だと思っていた。

 →さすがにそれは思わんやった

47.カステラは「切出し」に限る。

 →ウイ。本体はもちろんだが切出しもあなどれんよ。

48.湯煎餅もミミが好き。

 →湯煎餅本体より好きかも。うちでは“なま”と言いよった。

49.じーちゃん、ばーちゃんは長崎県立大学をこっけい大と呼ぶ。

 →とーさん、かーさん世代でも呼ぶ人はそがん風に呼びよったなぁ。

50.精霊流しが終われば、そろそろおくんちだ。

 →そいが終わったらランタンフェスティバル...。



2006年03月21日(火)
のび犬化現象

手紙を書いていた時のこと。

 “九州”
 と書いたつもりが

 “丸州”
 と書いてしまった自分に驚愕。

 自分の名前を“のび犬”と間違えるのび太を笑えない。
 友達がニンテンドーDSを買ったので例の脳年齢を調べるゲームをやってみたら80代だったしなぁ...(遠い目)。
 毎日箸で小豆をつまんで移動させたり100ます計算をやったりしたら、少しは違ってくるかしら。

WBC優勝凄いなぁ〜。
 去年の交流戦の時は、男前なのに全国的知名度はまだまだったような感じのソフトバンクホークス・川崎も、今回はNHKを除く各局で“宗りん”が浸透していた。
 ゲータレードのCMもやってるし。
 ちなみに私は松中贔屓。
 この2人がヤフードームでプレーしていることが誇り。

base芸人・マラドーナの出囃子が「昆虫ロック」らしいことを知り、それを確かめにbaseに行ってみたくなる(^^ゞ。
 素敵なセンスだ。
 
はなまるを点けたらオリラジ。
 買い物から帰って夕方頃フジのCM大賞特番を見ようとテレビを点けたら、丁度オリラジ発言中。
 ウリナリでは社交ダンス中。
 地上波でオリラジを見ない日というのは案外少ないかも。
 そのオリラジの出囃子はエルレのモンスターらしく、やっぱり若いなぁとしみじみ。

華大さんのブログを読んでちょっと考える。
 子供はぐずったり騒いだりして当たり前だとは思う。
 だけど劇場は公園や家じゃないから、子供が飽きておとなしくしていられなくなった時は、申し訳ないけれど親御さんは一旦退場をして欲しいと、正直言うと思う。
 退場や入場を繰り返す親御さんを偶に見るけれど、それによって気が散ったりすることは無い。
 むしろ(あぁ、他の人に気を遣ってくれているんだなぁ)と思う。
 同席して一番困るのは、子供の騒ぎ声や泣き声を放置する親御さんだ。
 客席に留まったまま注意したりなだめたりする親御さんもちょっと困る。
 舞台より親子の会話に気がどうしても向いてしまう。

 お笑いは、家のテレビで見る分にはいいけれど、劇場ライブはあまり未就学児連れの親子向きとは今のところ思えない。
 立派な大人年齢の私でも時々、おとなしく10分近く見なければならないことを拷問に思うネタがあるというのに。
 「やだー、やだー、もう帰りたーい」と三十路がすぐそこにある年齢の女がライブ中に叫んだら、帰る頃ルミネ下に救急車が止まってるだろうなぁ。

++++ご当地の踏み絵その3++++

31.イギリスを食べたことがある。

 →食べたことは無いけど存在は知っている。詳しくはこちら

32.お盆には墓地で花火をする。

 →うちはしないので、よそがしているのを眺めるのが恒例。

33.そのとき、欠かせないのが夜火矢だ。

 →イエス。便乗してパンパン鳴らす輩は好かんが。

34.サ行をうまく発音できない。

 →サ行よりカ行とタ行が苦手。

35.ビーロドを割ったことがある。

 →ビードロやないと?どっちにしても無い。

36.遠足で稲狭山に登らされたことがある。

 →小・中・高で登らなかった遠足はございません...。<どんな場所への遠足でも往復徒歩>は少なくとも九州共通の認識ではないことを知ったのは大学に入ってからだった。

37.長崎バイオパークのモモちゃんが愛おしい。

 →泳ぎを特訓する姿は確かに心を打たれるものがあった。

38.朝はアップルトゥディではじまる。

 →いっちゃんが妙な方向に走り出してからはうるとらマンボウ(現:アサデス)にシフトしました。

39.長崎大学のことを地元では「チョーダイ」と呼ぶが他府県の人に「え?」と聞き返されなかったことはない。

 →他府県の人に長大のことをいう機会は無いです。

40.とりあえず「長崎ぶらぶら節」は読んだ。

 →読んでないです、ゴメンナサイ。「69」は読んだけど。




2006年03月20日(月)
グッバイ、カエラ嬢

福岡西方沖地震から1年。
 大阪駅で見た地割れの映像と、帰ってから知った福ビルのガラス崩壊の衝撃は忘れられない。
 少しずつ少しずつ元に戻っていきますように。

saku saku。
 「重大発表」&「渡る世間は板ばかり・最終回」というフレーズから想像はしていたが、やはり今月で木村カエラ嬢は卒業とのこと。
 「ザ・鈴木タイムラー」も今月で最終回だし、どうしてこうも私の好きな番組はハマった途端終わってしまうのだろうか...。

ブラマヨ・よっさんの日記があまりに赤裸々すぎて時々恐くなる。
 引かないがびびる。
 大丈夫だろうか、と。
 色んなものと戦ってる漫才師。

5月も「はきだめの犬」をやるらしい。
 早まった...。
 だったらもう少しレポートアップするのを待てば良かった。
 
 大谷さんのブログに“ゆらゆら帝国”という文字が出て来たので思わず反応。
 23歳でゆらゆら帝国を知った私はアジカンにもエルレにもレミオにもGO!GO!〜にも等しく賛同出来るので良かった。

Winnyをニュースであまりに取り上げるので話の種にインストールしてしまった人を会社で発見。
 こうして被害は広まっていくのかも、と思った。

+++++
ご当地の踏み絵その2

11.プレゼントアワーにハガキを出したことがある。

 →出したことは無いが聞いてたことはある。日曜の夜に聞けそうなラジオはこれしか無かったので。親世代は出してたみたい。

12.百貨店とえいば浜屋だ。しかし、少ししょぼいのではないかとも思う。

 →あぁ〜、浜屋だ。少しぐらいしょぼくてもチコちゃんジュースと屋上にある軽食のうどんが好きなので許す。

13.子供の頃、ねずみ島で泳いだことがある。

 →既に遊泳禁止だった。

14.長崎県営バスのマスコット「ポポル」は、あまり可愛くないと思う。

 →長崎バス圏内住民だったので、県営バスはよく分かりません。

15.「やぐらしか」の短縮形は「ヤゼか」だ。

 →基本そうです(“ヤゼい”とも言ってた)

16.ちゃんぽんの麺は唐あく麺しか認めない。

 →激しく同意。

17.佐世保人の自慢は、長崎より福岡市に近いことだ。

 →佐世保人じゃないから分からんが、多分そうやろうなぁと思う。後、佐世保バーガーと蜂の家のシュークリームか。

18.「コクラヤ」のキャラクターは、なぜか憎めない。

 →でも恐い。小さい頃は夜、コクラヤのシャッターの前を通るのは嫌だった(コクラヤのキャラクターがでっかく描かれてるから)。

19.仕事は効率とか道理よりも、昔の人間関係が優先される。

 →どげなもんかね。

20.「アリーナかぶとガニ」はつくずくカッコ悪かったと思う。

 いや、あれはあれで頑張った。ところで“カッコ悪かった”って過去形だがまさかもう今は無いの?




2006年03月19日(日)
THE PLAN9 vol.19「7−8×4月」

タイトルに書いたライブに行って来た。
 最終日の最終公演。
 まさか取れるとはおもわなんだ。
 始まるまで洋服を見たり本屋に入ったり。
 夕方辺りから風が強まって寒くなったのでヴィレッジヴァンガードに早めに避難した。

プランの本公演はライブレポートを作らないようにしているので、メモを取ることなくゆっくり楽しんだ。
 今回A列だったのでなだぎさんの顔芸や筋肉芸をじっくり拝めることを楽しみにしていたが、思ったより激しくなかった。
 
今回は、というか今回も久馬さんは自由奔放で、つかささんがとうとう「アンタ!」呼ばわりをしたほど。
 台本では3行しか割り当てられていなかった部分に色々アドリブで肉付けしていた結果、本番は実に15分!
 そういうのは久馬さんの単独ライブでやって下さいなんていわれていた。
 ちなみにこれは久馬さん曰く“三行革命”(笑)。
 ギブソンくんとの絡みのシーンでもアドリブで引っ張るので、今日はとうとう「何言うてんの、この人?」とギブソンくんがツッコむ場面も。
 そういえば来週でギブソンくんも30歳らしい。
 となると、“ギブソンさん”だなぁ。
 というか、もう30歳!?
 早ー。
 2丁拳銃と2歳しか離れてなかったのか。
 3〜4歳離れてると思ってた。

“離れてる”で思い出したが、松口オールナイトはぴあでも取り扱うのね。
 ローソンだけかと思った。
 ぴあで検索したらチョップリン出演ライブが4月に組み込まれていたがよりにもよってゆらゆら@リキッドと被っているためちょっと考え中。
 もっとも今回は単独ではなくオジオズと合同ライブなので、やっぱりゆらゆらワンマンかなぁ。
 単独ライブならチョップリンを優先したいけど。

何故か、舞台の真後ろから2丁拳銃のうたライブを見るという変な夢を見た。
 夢の中でも背中にきゃっきゃきゃっきゃしていた。
 夢の中でも「おしりフリフリ‘66」はフリも歌詞もばっちり覚えていた。
 恐いよ、オレ。

知り合いがオリエンタルラジオに注目中なので私も自然と気にかけるようになった。
 ちょうど金曜の誰ピカに出ていたので見てみた。
 私はエンタを見たのは千原が出た時ぐらいしか無いので、今やピザーラのCMでもやっている“武勇伝”をがっつり見たのはこれが初めて。
 芸歴1年なのに1年に見えないのは凄いと思う。
 芸歴1年でビートたけしさんや今田さんの前でネタをしたり喋ったり出来るというのも。
 オリエンタルラジオが作るコントとか見てみたい。
 何となくだが、独特な世界をかもし出すものを作りそうな感じで興味がある。

+++++
前、やった<ご当地の踏み絵>の長崎版が追加され、ついでなので今日から10問程度ずつやろうと思う。
 長崎を知らん人には何のこっちゃな話題ばかりですが。

 ではでは...

1.長崎と佐世保間の「南北戦争」の溝は深いと思う。

 →深いと思う。佐世保出身長崎在住の祖母は「佐世保の方がハイカラ」と自慢する。

2.自慢はペーロンとちゃんぽん、そして「異国情緒」。

 →自慢です。これ以外にも夜景や茂木びわや「桃太呂」の豚まんも自慢です。

3.自転車に乗るのが苦手だ。

 →親が特訓してくれたので乗れる。でも乗れるようになったのは8歳。

4.リンガーハットの値段設定はエライと思う。

 →値段がいくらかは詳しく知らないが、長崎以外の土地でちゃんぽんを食べようと思ったら一番地元と味が近いので重宝している。

5.どこまで乗っても100円の市電はありがたいが、あの揺れをなんとかしてほしい。

 →言うほど揺れるかなぁ...。

6.ちゃんぽんを愛するばかり、酒の「ちゃんぽん」の意味がわからなかった。

 →飲兵衛の娘なのでばっちり。

7.爆竹の音を聞くと血が騒ぐ。

 →イエス。

8.長崎五校、佐世保三校をすべて言える。

 →東・西・南・北・北陽台/北・南・西。今は合同選抜制じゃないらしいですが。

9.自転車窃盗が全国で最下位なのは、誰も乗らないからだという事実には目を伏せておこうと思う。

 →多分そうだろうなぁ。この分、原チャリ窃盗は結構全国上位だと思う。

10.「ザ・ながさき」「ながさきプレス」「リブなが」のどれかを購読している。

 →定期的じゃないけれど、3誌とも割と買っていた。一番買ってたのは“ザ・なが”。




2006年03月15日(水)
「一人で来る女って...」

好戦的な局から残業するようにと言われめっちゃブルーだったが、笑いの神様の計らいか、急に残業の予定が無くなったので、定時と同時に銀座に向かう。
 会社には、1分1秒も長くいたくない。

 お腹が空いたのでヤマハホール横のお米ギャラリーで地鶏照り焼き丼だかなんだかをがっつり食べ終わったら開場時間になったので向かう。

 中に入り席に座った私の耳に飛び込んだもの。
 それは

 「チハラトークに一人で来る女って何か引くよなー」

 と、
 「何かが何か!?」
 と言って差し上げたくなるような暴論。

 発言者曰く

 ・大体お笑いを一人で見に来ること自体が友達がいない感じでイタイ
 ・よりにもよってチハラトークみたいなライブを一人で見に来れるような女は気が強いに決まっている
 ・だから、“何か引く”

 らしい。
 だから何だ?とツッコミ満載な三段論法。

 だが、運命のいたずらというかなんというか、その後続々と入って来る客は“チハラトークに一人で来る女”ばかり。
 しかも、その人に言わせれば“アンケートが置いてなかったので...”空席だろうと思ってツレと好き放題喋っていた席は立派に指定席で、チケット主の女性からしっかり怒られていた。
 ツレと連番で取れなかったらしく、ツレと離れて座らざるを得なかったその方はこころなしかしょんぼりとしていた。
 その周りを取り囲むのもまた、“一人で見に来る女”。
 今日もハードカバー率やスーツ率が高かった。

<ファンは芸人に似る>というユウキロック理論の通り、自分好き芸人のファンである私もまた自分好きである。
 見たいライブならば、シアターDのオールナイトライブでも一人で参加できる自分が大好きだ。
 (一人じゃ行けな〜い)とか(一人で行ったら終わった後寂し〜い)とかウダウダ躊躇っている時間を勿体無いと思う性分。
 もちろん、知人と一緒に見るライブは一人で見るライブとは違う楽しさがあることも知っている。
 それを踏まえた上で、“ひとりもきらく”。

チハラトークもよくよく考えれば、“三十路男2人の怒り話”なのに、聞いていて一瞬も不快な気持ちにならないのは凄いなと思う。
 今日は割とヌカ部副部長が話題に上ることが多かった。
 今回もかなり凄かった。部長交代とかあり得なくも無いかも。
 そうなったらそうなったで、(頑張れ部長!求む・腰抜かすほどの仰天失礼エピソード!)と思う辺り、だんだん私の価値観はダメな方向に向かいつつあるかも。
 
今回はいつものタケヤマアヤ(タケト&山本&綾部)ではなく、“あまり普段絡んだことがない後輩”をゲストに呼ぶことに。
 嘗て、その趣旨で呼ばれた芸人がぶっちゃけ全く以って自分好みじゃなくてがっかりしたことがあるので、ちょっと危惧したらライセンスだったので嬉しかった。
 ライセンスを見ると、“シュッとしてるなー”と昔から思う。
 浜田さんから絵文字入りメールを貰う男・井本さん。
 階下に住む小池さんと大学生が友達で、ある意味超ど級などっきりを彼女から仕掛けられた男・フージー。
 あまりライセンスが出るライブに行ったことがなかったので、なかなか新鮮だった。
 井本さんの下北ソロライブどうしようかなぁ。
 最初の発表では松口さんと修士さんがエントリーされていたのでかなり行く気満々だったのに、松口さんはプレバースデーオールナイトライブを屋根裏でやるからエントリー無しになったんだよなぁ。



2006年03月14日(火)
上京物語

街を歩いたり電車に乗ってたりすると、旅行カバンをぶら下げた親子2人をよく見る。
 去年も一昨年も見ている筈なのに、今年はやたらと目に付く。
 従妹が今春高校を卒業して4月から福岡の学校に通うことも影響しているかもしれない。
 つい従妹や自分の時と重ね合わせて見る。

 「木綿のハンカチーフ」という歌があるが、実をいうと私は、この歌が昔からあまり好きになれない。
 涙拭く木綿のハンカチーフを最後に希望する女性視点よりも、都会に出て行き変わってしまった彼の方を思ってしまう。
 着慣れぬスーツを着、アクセントの違いなどにも気をつけながらぎこちない標準語を使い、満員電車に乗り、必死に“東京”に馴染もうと彼は努力してたのでは無いだろうかと考える。
 東京で頑張って働いていることを彼女に見せようと、スーツ姿の自分の写真を送り、彼女を喜ばせようと都会で流行っている指輪をやりくりしてでも買って贈ろうとしたのではないだろうか。

 必死の証を全て“いいえ、あなた〜”と全否定されたらやり切れない。
 都会に行って変わってしまった彼が全部悪者にされてしまうのは違うだろうと思う。
 “まあ、素敵ね。でも私は〜”と、いったん肯定してから否定しても良いだろう、恋人さん、とこの歌を聴く度に思う。

杉村議員結婚。
 これほど“お守りします”という言葉にツッコミを覚える記者会見も無いなぁ、と思う。 

スカイマーク問題。
 もろその期間内に乗ってたわ、私。
 いやだいやだ。こんなことで死にたくは無い。

ASIAN KUNG-FU GENERATIONとストレイテナーのアルバムを購入。
 GO!GO!7188はベスト盤なので、しばし保留。
 テナー、エルレ、ACID MANを聴くようになったのはナオさんの影響。
 最近はタワレコで色々試聴することが楽しい。
 HMVもあるけど、何となくタワレコ派。
 Lucky Raccoonを取り扱っているし。
 そういえば長崎にタワレコが出来ると知った時は衝撃だった。
 紀伊国屋書店の進出も。

tvkの「ライブY」という番組を見ていたら、倉橋ヨエコさんのライブ映像が流れた。
 小堀さん関連で聞いた覚えがある名前のような気がしたので検索をしたらビンゴだった。
 タワレコの倉橋ヨエコさんのページではコメントも載っていた。
 
 ∞のホームページを見たら2部に2丁拳銃が出る日だったので見た。
 穴子寿司が美味しそうだった。
 「漢字しりとり」が面白かった。
 「千原兄弟のチョキ」で小6レベルの漢字書き取り問題をやった時、半分取れなかった修士さんだったが、今回は一度も罰ゲームを受けることが無かった。
 ほっしゃん。が「小堀の“小”」と指示をしたら、大西ライオンが「小」を「忄(りっしんべん)」で使っていて、
 (それでいけば、“情”って、小堀さんの“小”+青色の“青”で出来てるなぁ)ということに気づいた。
 ナンということは無いけれど、何か合うなぁと思った。

今年も松口オールナイトが4/15にあるらしい。
 松口さんでオールかぁ...。
 去年もそういう理由で参加しなかったような。

実家から「BAN!BOO!ぱいん」が5回分入ったビデオが届いたのでいそいそとDVDにダビング。
 何故これDVD化されないのかなぁ。
 鶴瓶さん+アメザリ+ますおかの5名以外は一切出ず、変な方向に走ることも無かったこの番組。
 当時は見る度に(いいなぁ、松竹は素敵だなぁ)と思っていたことを思い出す。
 この番組でアメザリアレルギーを克服できたのも良い思い出。



2006年03月13日(月)
主張する人


書店で本を読んでいたら5、60代と思われる男性が店員に噛み付いていた。
 曰く
 
 ・オマエが「カバーをお掛けしますか?」と聞いてきたから、掛けることにした。
 ・すると、オマエはカバーを掛けた本をそのままオレに渡した。これはどういうことだ?
 ・何故袋に入れない?オレを万引き犯に仕立て上げたいのか?(←この辺りから、主張がますます理解不能になる)
 ・今はレシートがあるから良いようなものの、もしオレがレシートを無くしたら、オマエ達はすぐ警察に通報するんだろうが。
 ・そんなことはしない?そんなの誰が信じるんだ。実際オレはされたことがあるから言ってるんだ。 
 ・今度からオレのレジは店長が打つように。

 …接客業や販売業の方々にはつくづく敬意を表します。

「行った気になる」に加えて、「行ってみたい気になる」ライブレポートを作れるようになりたいなぁ、と思う今日この頃。



2006年03月11日(土)
贔屓目


マンスリーよしもと300号記念イベントに行って来た。
 考えてみれば3週連続2丁拳銃を見ている。
 3週連続2丁拳銃は仕事。
 3週連続2丁拳銃の仕事を見に行っている私は、相当暇なんだろうと自分でも思う。
 
イベントの内容は<トークテーマが「マンスリーよしもと」の“べしゃり部”>といった感じ。
 メモの乱れが激しいので、レポートは作らない予定。

 コーナーは「マンスリー写真記念館」&「マンスリー男前&ブサイクランキング」&「表紙争奪マンスリーよしもとクイズ」の3つ。
 写真のコーナーでは、2丁目や銀七メンバーの写真が本当に若くて、芸人達も見入るほどだった。

「男前」&「ブサイク」は、出演者全員の順位が公表された。
 個人的にかなり納得がいかないある芸人の男前上位ランクインについて、少なくともこの舞台に出ている芸人の大半は疑問に思っていることが分かり、ちょっと嬉しかった。
 ファンには分かる何かがあるのかなぁ。
 だとしたら、それはお互い様か。
 ちなみにジュニア氏は、「コンマニセンチの竹永はもっと男前上位に来て良い」と盛んに力説していた。
 世間は芸風に惑わされとる、と。

 このコーナーが始まる前、がっくりとうなだれていた小堀さんは男前130位。
 順位はどうでも良いが、小堀さんの一つ上にいるのがフットボールののんちゃん。
 つまり、マンスリー読者から見た男前度は、のんちゃん>小堀さん。
 <B型一人っ子芸人の男前な方>はのんちゃんということになる。

 私はのんちゃんにネガティブな感情を持ち合わせておらず、むしろ好意的に思っている方だが、それでも、<のんちゃんと小堀さんのどちらか一人だけを男前の方に選べ(棄権不可)>、と言われたら、小堀さんを選ぶ人が多いんじゃないの?というか多くあって欲しいよ、と思うのでこの結果にはちょっと脱力。

 もっとも、この位置になると得票数も1桁か多く見積もっても10票代で、票差も1票刻みだろうと思うと、何かどんぐりの背比べという感がしなくもない。
 殿堂入りしたのんちゃんにある意味勝った、という目で見れば、凄いよコホリン、ということなんだけど。

「最後の〜」以来のハリガネロックだったが、弾けず喋らずいじられず、と言った感じでおとなしかった。
 8割方Jリーグメンバーで占められていたので、それもあるのだろうか。
 こういうトークイベントになると松口さんが率先して参加したりまわしたりする印象があるだけに、何となく寂しいものがあった。

「サブロー師匠は男前」という点はジュニアの同意を得ることが出来た小堀さんだが、それ以外は相変わらずで、登場して30秒足らずで早くもダメ出しを貰い、
 「小堀、どっち座る?あっち(客席)?それともこっち(舞台)?小堀だけは特別に選ばせてやるわ。どっちや?」
 なんて言われていた。
 スパルタ教育は健在。
 でも、このやり取りを(ジュニアさんを怒らせたりしませんように...)とハラハラ冷や冷やしながら見なくても良いというのは本当にホッとする。



2006年03月10日(金)
やったーっ(嬉)!!


本当に声に出して言ってしまうほどに嬉しかった。

「第36回NHK上方漫才コンテスト」・最優秀賞をチョップリンが受賞!

 嬉しい!本っ当に嬉しい!
 昨日偶々「チョップリン凸劇場」のDVDを久しぶりに見返しただけに、このタイムリーさに小躍り。
 うわ〜、これ放送無いのかなぁ...。
 関西では間違いなくやるけど、関東や九州のO.Aは本当に気まぐれ程度の周期だし。
 あぁ、何にせよ嬉しい。
 ありがとう、チョップリン。



2006年03月09日(木)
リズム


「ラ・テ欄」のVで流れた「ジン、ジン、ジンと来た〜」というコントソング。
 このリズム、何かに似てるなぁということを最近思い出し、しばらく頭の中でリフレイン。

 思い出した。
 「ヴィン、ヴィン、ヴィンセント〜」という「白井ヴィンセントの歌」と同系統のリズムだった。

「探偵!ナイトスクープ」の顧問にどういうわけか忌野清志郎さんが登場。
 うわぁ〜と思いながら見る。
 浪花のモーツァルトやかの子さんのダンナ等と同列に清志郎さん。
 すっげ〜。

 「うたばん」。
 木村カエラ嬢が「リルラリルハ」を唄っていた。
 アルバムが出るからとはいえ、何故昨年の歌を。

「TVチャンピオン」。
 先週のTVガイドに番組の写真がチラっと載っていて、書かれている出演者と写ってる出演者を見比べたら明らかに人数が減っていたが、2丁拳銃は2人とも写っていたことと、残業するかもだったので「TVチャンピオン」は一応HDDに録画した。
 録画したものの別に見なくても良いかなぁとか思ったけど、どうやらM-1に出た時と同じような展開だったみたいなので、とりあえず消去は保留。
 
松口さんがブログを再開したらしい。
 自分でも“らしい”というのはどうかと思うけど。
 何故こうも松口ブログに関しては触手が動かないのだろう。
 明後日のマンスリーイベントは「最後の〜」以来のハリガネロックだ。
 どんな感じかなぁ。

4月ルミネで唯一先行を取った「ラ・テ欄」のチケットが届いた。
 笑ってしまう席だった。



2006年03月08日(水)
あのころの未来にぼくらは立っているのかなぁ


ネットで九州のニュースを見てたら、ちょうど私が出た大学の合格発表のニュースが載っていた。
 それがたとえ土日でも合格発表は9日にしていたから、いつのまに変わったのか、と少し寂しくなる。
 で、大学のHPを見たら、私の頃は合格したかどうかを知るには直接発表を見に行くかレタックスが届くのを待つしかなかったのに、もういまや定番だけどネットでも合格番号を確認出来るようになっていて、時の流れって奴は...としみじみ。

私が現役の大学受験生だった時、隣のクラスはとかくうちのクラスと真逆のカラーだった。

 “静”のA組ー“動”のB組。
 “真面目”なA組ー“のほほん”なB組。
 “ピリピリ”なA組ー“楽天家”なB組。

 私はどのクラスだったのかというと、言わずもがなB組で、“受験生”のプレッシャーなんてどこ吹く風といった感じだった。
 A組は3年生が始まった早々から、担任が率先して作った「センター試験まで後290日!」みたいな感じの日めくりカレンダーを毎日めくっていたが、B組がそれを作ったのはセンターまでどうやら100日を切ったらしいということを風の噂に聞いてからで、おまけに作っただけで満足してすぐめくるのを忘れ、その度に、A組に「ねぇ、今日はセンターまで後何日?」と恥ずかしげも無く聞きに行く有様だった。

 そのくせ、本番に強いとか、やれば出来る子が多かったらしく、終わってみればクラスの7〜8割は春から大学生になり、A組より結果が良かった。
 「あれだけリラックスしてたのに大学も受かってB組はずるい!」と言われたりもしたが、それは本人達が一番思っていて、(人生って分からんもんだなぁ)と思った。

高校の同級生とは今も続いているが、凝り性が多いらしく、ジャニーズ、ロック、お笑い、と生活の潤いを求めて日本列島を所狭しとかけずり回っている子が多い。
 高校生の頃は全然そういう感じじゃなかったのに、久しぶりに会ったらV6のイノッチ命になってたりして驚かされる。
 でも友達からしたら私の方向転換もかなり急すぎるらしい。
 「あれほど入れ込んどったキムタクには飽きて、その次がなんで吉本!?」と驚かれる。

 ありとあらゆるコネを使って、ティスティモのパンフレットやNTTのタペストリー、シール、オロナミンCのポスターを集めて4畳半の部屋に飾りまくっていた女。
 
 それは私です。

 自分の部屋だけでは壁が足りなくなったので居間の壁にも恥ずかしげも無く貼り、当時我が家の訪問客は好まざるとも木村拓哉がキオスクらしきところでオロナミンCを買ってあらぬ方向を見ているポスターを正面にお茶や食事を摂らなければならなかった。

 それが今では、“木村”と聞いて真っ先に思いつくのは“バッファロー吾郎・木村”で、その次は“天津・木村”だ。
 (木村くん、24歳かぁ。そろそろ大人の男って感じ♪)
 とか高校生の頃は思ってたけど、24歳なんてまだまだ大人じゃない。
 10年後は誰かと結婚してると思っていた。
 あわよくば3歳ぐらいの子供がいると思っていた。

 あぁ、17、8歳の頃の私が思い浮かべていた“あのころの未来”はこうなる予定では無かったのに。
 ごめんよ、あの頃の私。

 それでもまぁ、これはこれで悪くは無い未来なんだけど。

そういえばあの頃は、福岡までは出ても関門海峡を自分が越えることは無いと思ってたなぁ。
 想像すらしたこと無かった。 



2006年03月07日(火)
そっちちゃう、こっち!(GERΦ風)


出社して会った人に片っ端から「東京タワー」を薦めて回ったが、10人が10人とも

 「あー、あの映画化されたやつ?」

 「あー、黒木瞳のやつでしょ!」

 「あー、岡田くんいいよねー」



 ってちがーう!
 「東京タワー」は「東京タワー」でも、それは江国香織の方です。
 私が言ってるのはリリー・フランキーの方。
 
 でも、それを言ってもイマイチ反応が鈍い。
 74年生まれの人間から「誰それ?」と言われたときはわたくしかんなりがっくり。
 中には、「東京タワー」と言っただけで、「あー、ALWAYS3丁目の夕日良かったよね〜」と、凄まじい予測変換を返してくる方もいて、油断ならない。

先の話だが、アジカンのSHIBUYA AXライブがe+のプレリザーブで当選した。
 嬉しい。
 今度こそ絶対行く。

オンエアバトルの熱唱編が終わるらしい。
 結局1回もマトモに見ずじまいだったなぁ...。
 断片的な情報だけど、今2人で何か曲作ってるらしいから、今度の曲者に呼ばれる資格はあるのではなかろうか。
 少なくとも、曲は出来ても歌詞が出来ませんでした、なんてことをやる人達よりはある。
 
ゴールデンウィークに帰郷するための航空券を確保。
 実家大好き、九州大好き。
 



2006年03月06日(月)
「東京タワー」を読んだ


読むと絶対にハマると思いつつも今まで触りすら立ち読みをしなかった「東京タワー」(リリー・フランキー著/扶桑社)。
 遂に今日、昼休みに買った。
 AERAに関連記事が載っていたことと、間慎太郎さんがこの本を修士さんに薦めたら修士さんが、「男はみんなオカンのこと好きやもんな」と言っていた、とブログに書いていたことが理由。
 一冊しか無かったので、素早く手に取り清算。

 色々会社がややこしくて相変わらずげんなりの日々ということもあり、定時で速攻抜け、風呂も夕食も手早く済ませて読書タイム。

1時間半で読み終え、放心状態。
 「その日のまえに」も読みながら泣いたが、「東京タワー」は声を上げて泣きながら読んだ。
 九州が舞台だし、福岡・佐賀・長崎は方言が似ていることもあって、自分に重ね合わせながら読めて、尚更泣けた。

帯の宣伝文に福山雅治さんが
 >「九州のカァチャン達は、リリーさんのオカンみたいに強くて優しい人が多いんですよ」
 と寄せていた。
 考えてみれば、私の母も“九州のカァチャン”だった。

 母が亡くなって1年ぐらい経った時、友達に手紙を書こうと便箋を探していたら、母ががんの手術で入院をした時に書いていた日記が見つかった。
 無印の茶色の便箋を10枚ほどめくったところからそれは始まっていた。
 
 私達の前では「パーッと取ってパーッと帰ってくるけんね〜」とか「お母さん、もうこれで恐いもんは無か〜。がんになったけんって、ガーンってばっかしとられんもん」など、非常にあっけらかんとしていた。
 
 だが、便箋には一人で告知を受けてから入院が決まるまでの不安、症状を訴えていたのになかなか検査をしてくれなかったかかりつけ医への怒り、転移への不安、術後の不安、無神経な言葉を掛ける舅・姑への怒りと絶望、再発への脅えなどが切々と綴られていた。
 ちっとも母の不安を分かってあげていなかったことに気づき、あらためて自分にがっくりした。

 そして、毎日私のことが必ず書いてあった。
 母の入院は高2から高3に進級する頃で、当時の私は(もう高校生だし、母もそこまで私を心配することもないだろう)と思っていたが、母にとっては高校生だろうが小学生だろうが、“自分の子供”であることには何の変わりも無かったらしく、心配することが一番いけないのに、毎日自分の病状以上に私のことを心配していた。
 慕っていた教師が退職するので不安だろうとか、希望しているクラスに入れるだろうかとか、友達と同じクラスになってホッとしていたので自分もやっと安心したとか、とにかく毎日私についてあれこれ思いを馳せ、一喜一憂する入院生活だったらしい。
 胃を摘出したので食事を摂るだけでも一苦労する身体になったのに、
 「退院をしたらまずは弁当作りだ。どんなことがあってもこれだけはやる」
 と書いていたりもした。
 こんな風に、自分の身を削るように私を育ててくれたのに、育ててもらっていた頃はその凄さの1%も分かっていなかった自分が情けない。
 
 リリーさんがこの本に書いている
 >いつか本当にやってくる事。確実に訪れることがわかっている恐怖。ボクが一番恐れている事
 
 は、私の元にはもうやって来た。
 やって来た後の日々は、P383に「悲しみの始まりと恐怖の終わり。」という短文があるが、まさしくそれだ。
 同世代ではまだまだ済ませていない人が多い中で、何故私が?と、時々その理不尽さというか不条理さに腹が立つこともあるが、“母親の死”という、人生観が根底から覆されるほどの強烈な体験をこれから先私はもうすることは無い。
 だが、この体験ほど、済ませても何の解放感を覚えないものも無い。
 覚えることは、後悔、虚しさ、何かに対しての怒り、堪え切れない追慕。

 だけど、この先何があっても生きることについて<絶望>だけはしない。
母に2回目の脳梗塞が起き、“確実に訪れることがわかっている恐怖”に脅えて私は寝ている母の横でつい泣いてしまった。
 目を覚ました母は、私が泣いていることに気づいたが、もう喋れなかった。
 すると、動かせる筈が無い麻痺した右手でいきなり私の手を掴み、自分の心臓の上に置いた。
 心音は余命宣告を受けた人のものとは思えないほど力強かった。
 それは、生まれる前の私が胎内でいつも聞いていた音でもあり、母から貰った最後のメッセージでもある。
 この音を私はあの時母から引き継いだ。
 自分の都合でリセットすることだけは出来ないし、したくない。

 そう思いながら、明日も生きよう。
 仕事をしよう。
 今日、社長が某業界紙に、私が所属する事業部を育てる気は無いと受け取れる発言をしているのを見つけ、すっかりうんざりしてしまったが、上がそのつもりなら、私は自分のために自分の仕事をしよう。
 落ち着いて仕事したいのに〜。



2006年03月04日(土)
幸せに思うこと

久しぶりにマッサージを受けに行ったが、誰がどう見ても閑古鳥が鳴いている店で、「どうしたらお客さん来ますかね〜。ピンチなんですよ」なんて相談を施術中にされてしまった。
 オマエが頑張るしかないだろ、と心の中では思いつつも「いや〜、どうしたら良いんでしょうね〜」と質問をそのまま投げ返す。
 次回行った時まだ営業してたらいいけど。

 その後、DVDやチケットを渡すために待ち合わせ場所に行く。
 お昼を食べそびれた私に付き合ってもらい、「曲者」終わりや「ジャリズム☆ナイト」前の定番だった不二家レストランに行き、お笑いトーク。
 でも、その方が今のところそこまではハマっていない2丁拳銃が中心だったのでちょっと申し訳無かった。
 後2年早く出会ってたら、ばっちりハリガネモードのトークが出来ていた筈。

そして曲者。
 始まる前は別に指折り数えてこの日を待ってたぜ!という訳では全然無かったのに、前説芸人が出て来た瞬間からいきなりテンションが上がってしまうのは何故だろう。
 声も出すし手も振るしピョンピョン跳んだりもする。
 普段、目立たず騒がず気づかれずをモットーに生きている反動がここに出るんだろうか。

 初日の「曲者」はいわゆる“本物”の出演者が多く、それについて色んな方の意見を見た。
 私は素敵な音楽が聴ければ、誰が出ようがどうでも良いなぁ、とその程度しか思うことは無かった。
 本来のイベントの趣旨から外れたと言われれば確かにそうだが、それを提案したのも決定したのも主催者だし。

 で、本物と曲者がほぼ同じ割合で出た本日。
 違和感が無い、というと変だが、本物でも曲者でも“音楽が持つ力”は同じだった。
 案外単純だった。良いものは良い。ただそれだけだと思う。

あれだけ雨降りが続いたのに、温かく晴れた今日。
 2丁拳銃イベントが珍しく晴れただけあり、珍しいことが色々起きた。

 まず、あれだけ合唱どころか鼻歌すら起きなかった「恋の奴隷」の「あなた好みの、あなた好みの女になりたい」。
 私がいたブロック限定かもしれないが、この部分を唄う声が微かに聞こえた。
 客が全員でこれを大合唱し、その声を聞きながら「オォ、そうか」と登場したい、とかいう小堀さんの願望が適う日も気長に待てば夢では無いかも。

 そして、小堀さんに「小堀さん、カッコイイー!」という声援が割と飛び交い、オイ、どうしたん?と少し戸惑った(^^ゞ。
 スペコン効果もありそうな感じだった。
 良い作品に出会えて良かった。

もしかしたらお蔵入り?てな憶測も多少飛び交った「百式2005」だが、夏頃ソフト化される方向らしい。
 「百式2006」もやりたい方向で会社に働きかけているところらしい。

 「僕は自分が作ったもの(作品だったか?)が皆さんに届く幸せを知ってます」という小堀さんの言葉を聞けたことが、今日一番行って良かったと思う出来事だった。

 私は届けられたものの中に素敵な世界が詰まっている幸せを知っている。
 



2006年03月02日(木)
赤毛のケリー

持ち帰り仕事をしながら「赤毛のケリー」を聴く。
 あのスペコンで使われたことも影響あるけれど、それを除いてもこの歌はやっぱり好きだ。
 好きな歌は、どうしてこうも胸が疼くのだろう。

雨上がりさんのラジオにニチョとアップダウンが出たのでMDにタイマー録音。 74×2倍=148分録音可能なのに、朝
 (あ〜っ、2時間番組なのに時間配分間違えた〜。途中で切れてるわ〜)
 と勘違いしてしまった。
 
 大人になってもいまだに
 “2時間=200分”、と時々思い込む。
 あー、恥ずかし。
 録音はちゃんと出来ていた。
 リアル不幸話を披露していたが、だんだん小慣れて来た気も。
 聞いてるこちらも慣れたのかしら。



2006年03月01日(水)
卒業


都立高校の合格発表日だったので、悲喜交々の親子を出勤途中何組も見た。
 長崎県の殆どの高校は今日が卒業式。
 
 私が卒業した高校は父の母校でもあり、母が行きたかった高校でもあった。
 だが、家庭の事情から母は自分が行きたかった高校に進学出来なかった。
 私の進学先がこの高校に決まった時、父も喜んだが母も凄く喜んだ。
 私を通してあの頃行きたかった高校に自分も通っている気になる、と。
 
 高3になる春休みに母の病気が発覚してから父は当時出たばかりのデジタルビデオカメラを買い、やたら撮影していた。
 その時は(こんな時もあったけど、今はこうして見れるようになれるぐらい元気になったもんね〜)と将来言うために撮影していたが、その頃録った映像は母が亡くなって5年経ってもまだ見れないらしい父。
 私が小さい頃のホームビデオのダビングもかなり覚悟がいったと言っていた。

 卒業式の日、父は当然デジタルビデオカメラを持参し、最後の制服姿となる私や友達を録っていた。
 その当時は非常に恥ずかしかったが、高校を卒業して10年近くもなれば違った感じで見れそう。
 あの頃好きで今でも好きなのはspitzだけだ。
 当時は今自分が好きなものはずっと変わらず好きだと信じてたのに。

 ちなみに高校の卒業文集の一人一言。
 私が書いたのは「きっと想像した以上に騒がしい未来が待っている...筈」だった。
 言うまでもなく「チェリー」から引用。
 9年前の今日の私は、楽しい思い出を沢山持てた高校生活が終わることへの寂しさと、休み無く勉強漬けだった日々からの開放感と、間近に迫って且つ人生を左右しかねない(と自分では思っていた)本命にして一校しか受験していなかった大学の合格発表のことで頭がいっぱいだった。
 18歳の私が想像する以上に騒がしい未来が待っていたなんて知る由も無かった。

ルミネスケジュールを昨夜見たら、4月のべしゃり部にヌカ部部長の名前が追加されていたので、急遽チケ取り。
 30日のコントライブにも名前があったのでそれも。
 リニューアルされたルミネHPは4月後半のYOSHIMOTOライブが載っていないので一抹の不安を覚えつつも昨日見た我が目を信じよう。
 今の流れで行くと、多分部長は現在進行形の本当の不幸話を披露しそう。
 それで靖史さんの怒りを買い、ジュニアさんから面白く手直しされそう。
 リアルに浮かぶ。

 YOSHIMOTOライブ枠にハリガネメインのイベントを見なくなって久しい。
 どうなってるんだろう。どうなるんだろう。
 志摩スペイン村とM-1の不思議な関係も気になる。
 
そろそろと思ってたら会報が届く。
 更新のお知らせも。
 真っ先に央人ショットを探す。
 あぁ、今月もか〜わ〜い〜い〜。
 「3人」の写真も良かった。
 2年前の「詩」で、開場待ちの時近くにいた人が偶々小堀一家を目撃したけど声を敢えて掛けなかったそうで、その理由が
 「めっちゃ“お父さんの顔”やってん。(あぁ、何か邪魔したないな)思ったから」
 と言っていたのを思い出した。

 次課長は「拳(GU)」卒業したのかぁ...。
 そうだろうとは思いつつもはっきりと書かれたらやっぱり寂しいものが。
 
 >次課長がめでたく忙しくなられて
 >次は誰売ろうかな。
 >でも2ちょけんはずっと残っていくねん

 という修士さんの暢気なコメント、何か好き。
 程よい力の抜けっぷり。

 小堀さんの
 >最初は片意地張って、オレがメンバーの中で一番おもろいことを言おうみたいなんがあった
 
 というコメントはちょっと意外だった。
 自分から言うところが。

 「拳(GU)」は多少の波はあるけれど、殆どの回が凄く楽しくて、(何でこんなに楽しいんだろう)と不思議になる。
 最初は違ってて徐々にこうなっていった、という訳ではなくて最初からこういう雰囲気だったから。
 いよいよ今月は大阪からフットが参加。
 フットがこういうイベントでMCじゃないのも久しぶりじゃないだろうか。
 
 



 Written and  arranged by  seri   || スキン by エンピツスキンニュース++