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2003年07月18日(金) 青いビニールシートの向こうに隠された策謀

青いビニールシートの向こうに隠された策謀。

糞尿メディアが連続して騒ぎ立てる「児童」の事件。
その一連の事件報道には、ある共通した情況がある。

それは青いビニールシート。

「児童」の被害者、加害者共にその姿は見えず、真実はシートに隠れ、垣間見る事さえ出来ぬ。

だが渋谷で行方不明になった4人の12歳少女の監禁騒ぎに至って、これが計画された策謀であることが濃厚になった。

長崎の事件も、今回の渋谷の事件も犯罪事象と確認される前から、やたら情報がメディアにリークされていた。
これは予め用意された「事件」と考える方が合理的だ。

報道によれば、少女が監禁された部屋にてもう一人の男性が遺体となって発見されたという。情況からして自殺の可能性が高いと・・。
更にその男性は児童買春容疑で、警察当局が行方を追っていた人物だという。つまり、その男性はこの事件発生前から警察に監視されていたということだ。
長崎の事件もまた、容疑者の少年の行動を事件発生前から把握していた節がある。

つまり、両事件とも事件が発生する以前から、犯人は特定されていた訳だ。

ということは?。
そう!実はこれら事件全て、警察自身が予め用意していたシナリオがあったと考えるべきだろう。

長崎の事件は、容疑者12歳。操ろうと考えれば造作もなかろう。いや、この少年が実際犯行に及ばなくとも、この少年の犯行に見せ掛ける事など朝飯前だ。
知恵遅れの少年を使えばよし。事実を確認しようにも「少年法」の壁によって検証は不可能だ。
おそらく、容疑者の少年は今頃脳外科手術を附されて植物人間に改造されているだろう。
もはやこの少年から真実を語らせる事は永遠に不可能だ。

一方、今回の渋谷の事件もまた、同様に仕組まれた茶番劇と考えるべきだ。
容疑者と思われる男は、実は最初から警察の掌握下にあった。
たぶん事前に逮捕されていたのだろう。その後どこかで殺害され、その遺体はあの少女たちが監禁されたマンションへ運ばれ、自殺に見せ掛けてこの事件を演出したのだ。

「死人に口なし」。

被害者と言われる12歳少女4人も、適当に補導した家出少女を言い包め、「お芝居」をさせているのだろう。チラシも然り最初から用意された「小道具」だ。

更に時を同じくして、痴漢冤罪グループのリーダー男性が下着盗撮容疑で捕まったという「事件」もこの一連の策謀に色を添える。
痴漢冤罪を訴えるビラを配った帰り、地下鉄の中で盗撮行為を何故か「一般乗客」に見つかって警察に突き出されたと。
これもまた策謀に満ちた茶番劇だ。
もしかするとこの男性すらも警察当局で用意した「役者」だったかもしれぬ。
「冤罪」を主張する者が実は本当に痴漢行為を働いていたということになれば、以後痴漢行為の濡れ衣をかけられた男性は、もう名誉復帰の手段さえ奪われる事になるからね。

そう!全ては策謀なのだ!

いまさら言うまでもなかろうが、これら事件の共通点は「児童」「女性」を被害者に見せ掛けて、ある特定の者達を罪に貶めことにある。

その冤罪の対象者とは、プライドある創造性豊かな優秀なる日本男子。
つまり「絶望皇太子世代」男子だ。

彼等に「異常性愛者」のレッテルを貼り、孤立させ、絶望させ、死に追い込む。
それがこの一連の策謀の最終目的だとすればすべて納得がいこう。

さて、そのためには、まず彼等を犯罪者に仕立てる法律が必要になる。
その法律とは?

そう!何を隠そう例の邪悪な法典「児童ポルノ防止法」。
(これに関しては2001年12月 19日の日記を参照せよ)
その一層の強化を計るため、策謀に満ちた「事件」を捏造し、世論を扇動して、プライドある日本男子全てを死に追い込むという企てが練られていたのだ。

無論、この事件を計画した当局の背後には邪教徒がいる。
これが「日本民族絶滅計画」の一環である事は火を見るより明らかな事。
邪教徒の命令によってメディアと警察が仕組んだ策謀茶番劇。それが一連の事件の真実なのだ。

ビニールシートの向こうに隠された陰謀。
だが真実は永遠に明かされる事はない。
こうしてプライドある日本男子は言われなき罪人の十字架を背負わされ、死んでいく。

希望は何処にもない。


2003年07月12日(土) 糞尿白痴報道ここに極まれリ

ある新聞の一面に記された大文字のタイトル。

「お母さんお父さん御免なさい」

何処かの公立中学の学級新聞に載せられた、悪戯生徒の反省文ではない。
全国紙のトップ面に出ている言葉である。

九州の何処かで12歳の子供が4歳の子を投げ落としたという事件。
餓鬼の高じた悪戯に、恰も戦争が起きたのごとく、首相まで巻き込み大騒ぎするメディア。
果ては、この少年が読んでいたという「三国志」まで引き合いに出して論ずる始末だ。

笑止千万。
考えてもみよ。この事件が報ずるに値するニュースか?

否。
若年層同士の残酷な殺し合いなど過去を紐解けば腐る程事例があろう。
ではなぜかつてはそのような事件が大きく報道されなかったか?
当たり前だ。
そんな事を一々騒ぎ立てる程、暇でもないし愚かでもなかったからだ。
餓鬼の起こした悪戯は所詮、餓鬼の戯事。
家や学校で処理すればよいことだった。
それを国中で大騒ぎする馬鹿はいなかった。

この世には伝えるべき、もっと崇高な出来事で溢れているのだから。

ところが、今やメディアは最下層、最低レベル、痴呆、精薄レベルの糞尿汚物だけを肥溜から掬ってきては、人々に引っかけることに血眼となっている。

ニュースの主役はすべて人間の屑。蛆虫ばかり。

メディアは単なる糞尿スプリンクラーとして、人々の心身を汚物塗れにすることにしか関心がない。

今回の事件もその一例だ。
餓鬼の戯事がそんなに衝撃的事件か?
そのうちもっと下らない出来事が大ニュースとして伝えられるようになろう。
たとえば幼気な小学生が、道端に落ちていた犬の糞を掴んだというだけで、メディアは狂ったように奇声を張り上げるだろう。
曰く
『小学生!犬の糞を掴む!首相も衝撃!厚生労働大臣更迭!』
『糞を放置した飼い主は市中引き回しだ!と問題発言!』
『犬の糞が小学校の校庭に!緊急の父母集会開かれ、児童にカウンセリング』
『犬の糞!人糞の可能性も!自衛隊生物兵器処理班出動!』

糞が糞を呼び、ウジがウジを呼ぶ。

こんなメディアの肥溜糞尿合戦に参加させられては、この世に何のために生きているのか解らなくなる。

今日、この瞬間にも人類の崇高な英知で成し遂げられている数々の偉業が何処かで進行中なはずだ。
ところがそんなことは糞尿大好物の気狂い知障の糞尿メディアにとって、伝える価値はないらしい。
人々はこうしてメディアのまき散らす糞尿によって精神を犯され、堕落し、絶望し、死んでいく。

無論、この情況も邪教徒による「日本民族絶滅計画」の一環である事は、今更説明する必要もあるまい。
今回の事件もまた、プライドある優秀な「絶望皇太子世代」男子を貶める目的で画策された陰謀であると考えた方が合理的だ。
例によって事件の原因を日本の「覚醒文化」たるアニメ、コミック、ゲーム等アミューズメント産業に結び付け、その殲滅を謀らんがための梃子に使うのは明らかだろう。
すでにその兆候は見えている。
メディアの糞尿電波に洗脳された国民は、それが自らを滅ぼす目的で策謀されたとは知らずに、邪教徒の掘った暗くて深い肥溜に突き落とされていくだろう。

糞塗れになり、糞で窒息し、ウジの餌になる末路。
それがいやならこんな「事件」まともに付き合うな。

自宅のトイレ掃除でもする方がまだましであろう。


2003年07月04日(金) 中産階級の崩壊


日々、メディアは相変わらず汚物報道に終始する。

ニュースの主役を飾るのは、以前にも増して人間の屑だ。
気狂い、片輪、人殺し、詐欺師、嘘癖症、妄想夢遊病、薬物中毒、盗人、博打依存、借金塗れ、精薄、偽政者・・。

こんな連中の仕出かした愚行が毎日毎日これでもかこれでもかとニュースのトップを飾る。
まるで肥溜を掻き回して溢れ出る蛆虫掬っては投げ、掬っては投げる知的障害児の戯れ事のごとし。

いったい何が起きているのか?

その一方で少子化は更に著しい情況に陥り、高齢化の中で犯罪と死ばかりが漂う真っ黒な絶望社会がどろどろと渦巻く。

いまや子供は底辺の屑人間と一部裕福な家庭にしか存在しえなくなった。
いわいる、「中産階級」と言われる大多数の階層に子供を持てる環境は失われた。

何故ならば、「中産階級」の存在価値が無くなったからである。

産業革命以降「中産階級」は、文明社会を維持発展させる上で、重要な存在だった。経済発展を支える大量生産、大量消費の主役であり、活力であった。その活力によって様々な文化が華開き、発展した。
しかし、21世紀に入り、この大量の「中産階級」を支える土壌が喪失し始めた。その「中産階級」を維持する様々な条件が飽和状態になり、人類文明は袋小路に陥った。

そこでこの世界を影で操る邪教徒は、自らの生き残りと支配システム維持のため「中産階級」切り捨て工作を開始した。

まず「中産階級」の経済基盤を破壊する事。
それが日本の場合、1990年代初頭の「バブル経済工作」であった。バブル経済の真の目的は法外な地価狂騰によって「中産階級」から資産を没収することであった。

更に「中産階級」の精神的堕落を画策。その第一歩として邪教徒は先進国の「中産階級」婦女子に子を産ませない洗脳を附した。そのための工作がいわいる「フェミファシスト」禍だ。
この「フェミファシスト」を動員する事によって、「中産階級」の婚姻を否定、家庭を破壊崩壊させ、結婚、出産、子育てという文明人としての当然の行為を阻害させたのだ。
この工作は、特に日本で成功を納め、殆どの「中産階級」婦女子は「フェミファシスト」の洗脳によって子を産まなくなってしまった。
バブル経済と「フェミファシスト」禍によって、誇りある日本の「中産階級」は乾布なきまでに破壊された。

もはやこの流れは止まらない。

子が産まれない「中産階級」の家系は次々に断絶し、そこにあった活力と知性、財産、文化は尽く消え去るだろう。

そしてその絶滅した「中産階級」の代わりに、人間の屑のような「家畜階級」が蔓延る。
世界は一握りのエリートで構成された「特権階級」と、この「家畜階級」の2層に色分けされるのだ。
そう、世の中はかつての中世の時代と同じような社会になる。
我々が生きてきた華やかな文化は失われる。

それはどのような世界か?

2050年の東京。街はバラックで覆われ、ボロを纏った「奴隷階級」の屑人間が徘徊するだけ。そこには秩序も治安も法律もなく、殺人が当たり前の世界。道端には死体がごろごろ転がり、物を奪い合う叫び声が響く。ただ反射的に生きる家畜のような人間が今日この日のためだけに生きている。寿命は40歳足らず。娯楽などない。あるのはパチンコ屋とサラ金屋だけ。借金と博打で身を滅ぼし、奴隷のようにこき使われ死んでいくだけ。
一方で、支配層の「特権階級」は都市の真ん中に豪華絢爛な「要塞都市」を建設し、その中で贅沢三昧の生活をしている。富は「家畜階級」から徹底的に吸い上げるので働く必要もない。そしてその富は邪教徒へ献上されるシステムだ。
中世の王家と貴族と農奴の関係と同じといえば分りやすい。

その予兆はすでに十分な程、現れている。
昨今のメディアで流される数々の「糞尿報道」の主役はいずれも「家畜階級」の先走りのような連中だ。駅前に蔓延るサラ金とパチンコ屋店鋪は、健全な文化が後退し堕落が台頭してきた現れだ。
結婚し、子が生まれるのは一部の裕福層と低所得、低学歴、低文化の「家畜階層」のみというのも「中産階級」没落の証し。

こうして我々が日々嗜んでいるありとあらゆる文化、趣味、娯楽は幻と消え去るだろう。
残るのは「特権階級」が嗜む古典芸術位のもの。「家畜階級」にはそもそも文化、娯楽、趣味など無縁だ。
あと半世紀もすれば、この地獄のような汚らしい未来が現実のものとなろう。

何の希望もない世界。

「特権階級」に成れぬ者にとっては生きる価値など何一つないのだ。

希望は何処にもない。


絶望皇太子