リュカの日記

2004年06月30日(水)

今日は午後12時前に目が覚めた。
寝坊して学校にはいけなかった。
親からは「早く学校辞めて出て行け!」と怒鳴られまくり。
寝起きから昨日聞いたストックホルム現象の話が頭に焼き付いて気分が悪い。
言葉は知らなかったけど、やっぱりそういう事なんだと確信した感じだ。

漫画を読んでいて可愛い子が日常生活を送っている場面があって「いいなぁ」と思えた。
そういうモノと無関係に生きていて、何にも縛られずに誰にも影響されずに少年自身が認めたモノだけに囲まれて、何からも支配されずに自分の意思だけで行動していたように見えた。
なんか、そういう日常的な当たり前のようなものを求めていた気がする。
そういう子はそうやって、どんな汚いものの影響も受けずに生きていくんだ、とその思い込みを崩したくなく、それでプレッシャーを感じたりしていた部分もあったのだろうか。
薄汚いオッサン、汚い欲望、少年自身に向けられる悪意のように、それを崩すようなものはもってのほかだ。
少年への感情が強すぎたせいか、それを汚す可能性のあるものへのプレッシャーが常に付きまとって苦痛だったので、それを和らげるために自分の中にあるその存在を小さくしよう、と無意識に考えていたような気もする。
でも、小さくはなったはなったんだけど、そのなり方が全然納得できないものだったからずっと悔しいものだけが残り続けているだけかもしれない。
それを認めたくない、というプレッシャーの元になっていた元凶?を目の当たりにしてそれのせいで小さくなっていくのが我慢できなかった、とか。
結局は何も変わらない自己満足の誤魔化し方だったけど、それが納得できるものじゃなく一番恐れていたものが現実になっていたから我慢できなかったり、その程度のものだったのかなと考えた。
その対象が認めるものなら否定しなくていいし苦痛にもならない、憎まなくてもいいしプレッシャーに感じる事のないモノに変わるからその言葉が絶対的に思えていただけで、とか。
ゴチャゴチャしすぎてよく分からない。

昨日の続きで燃えよ剣を読んだ。
本を読んでいると言い表しにくいものを一言で表現できる言葉が色々と分かってきて役に立つな。
最近ネットや漫画ばかりであまり読んだりする機会がなかったと思う。
俺にとって気に止める事もないような人間やモノを「俗っぽい」モノと言い表せる事が分かった。
俺にとっての特別な少年は「俗っぽいもの」とはかけ離れた存在で、それがそうじゃなくなっていくのが嫌で、もしそうなってしまったら世の中に何の価値も意味も持たせられなくなってしまう気がする。
その一方で、酷い現実ややりきれない出来事から開放されてプレッシャーを感じなくて済むようになるためにその存在を納得できる形で「俗っぽい」とまではいかないまでも小さくしよう、という意識があったのかな。
でも、特別だと思える少年を全般的にどこか同一視してるところがあるから、プレッシャーを消してしまうと想える身近な相手まで大事にできなくなってと、そうなってしまうのかなと客観的に考えてみた。
「お雪は歳三の大事な恋人であった。女房、妾、といったような、歳三にいわせれば俗な存在ではないのである。」
みたいに、俺にとっての少年もそういう感覚だったのかな。
だから、誰にも手の届かない、届いていいわけがない特別な存在が、女みたいにオッサンに支配されたりするような俗っぽい状況になってしまうのが我慢できなかった、とか。オッサンの影響を受けてしまっているのが許せなかった、とか。
俗っぽいどうでもいいような存在と同じ状況になってしまうのが耐えられなかった、とか。
追い込まれても状況がどうなってもそいつらの思い通りになる事は絶対にありえなくて、普通の人間だったら最悪な状態になってしまう状況に追い込まれても、その存在だけはそういう状態には陥らないんだ、とか考えられないものになっていったり。
それ以前に目を付けられる事自体ありえない、とか。
理想を高めていくうちに、どんどん他の何とも違う人間離れした存在になっていく。それほど俺にとって手の届かない存在だったから、誰の思い通りにもなるはずがない、と感じていたのかもしれない。

欝防止とかでドリップ式のコーヒーを薦められた事があって、続けざまに3杯も4杯も飲んでるうちに思考が鈍って物事を深く考えたり感じたりできなくなっていく。
理由はどうあれ後輩に似た外見的な特徴を持っていて「そういう事と全く関わりを持たないでくれる」「安心できる、安心させてくれる」「理解してくれる」少年の存在を強く求めていたのは確実だと思う。というか、そういう少年がそういう目に合ってないのは当然のことだったからそこまで意識せず、単純にその存在だけを求められていたのかもしれない。
その当然の事を再確認して安心したかった、とか。
リアルじゃ関わる事も恐れ多いような感じで、それを逆に支配しようとする奴が居る事が信じられなかったり許せなかったり。軽い言葉で言うと「身の程知らず」「ずうずうしい」みたいな感じだろうか。



2004年06月29日(火)

無理に考えないよう、意識しないよう努めてみると、自然と欝っぽい感覚が沸いてきて息切れがする。
いつもより強いプレッシャーが感じられて、どうしようもないような叫びだしたいような気分になってきて、やっぱり無理に「考えなくては」としていた事で、逆に中途半端に誤魔化されていたところがあったんだな、と思う。

今日は午後9時過ぎに目が覚めた。
今日の授業は午後からで、PCを見てみると久しぶりにメッセの子からメッセージが来ていた。
返事を返すと、その後恋愛相談みたいな事を受けた。

今日は4時限目の授業にだけ出席した。
部屋に数年前に読みかけだった「燃えよ剣」という新撰組モノの小説があったので持っていく事にした。
予備知識があったせいか、昔分からなかったところも普通に理解できるようになっていた。
授業中は本だけ読んで、出席を取っただけで授業は全く聞かなかった。
家に帰ってしばらくボーっとして過ごした。
「はぁ」という感じで、色んな意味で気分が悪い。

モヤモヤして圧迫される。
「そうならないために」という強迫観念が感情を強めていた大きな要因だったんだろうけど、それに対してあまりに話を聞きすぎてしまったせいか、どこか慣れてしまっている気がする。つけたくもない免疫が出来てしまっている。
重くしようがない、もうそれだけの感情は持てないんじゃないか、大事にできなくなっていく、そう考えていくだけで虚しくて絶望的な気分になっていく。

この前古本屋で流れていた曲を、曲名も歌手も分からなかったので今朝メッセの子に聞いたところ、その曲を送ってくれた。
Janne Da ArcというグループのDOLLSという曲で、なんか凄く心に染みる感じだ。

メッセの子と色々話していて人質と犯人の心理のような話になった。
すると、その子が「それはストックホルム現象と言います」と教えてくれた。
学校の授業で習ったとか少し詳しいみたいだった。
その子以外の今まで関わってきた子たちがそういう感じになってしまっている部分がやりきれない。
本当なら小さくて可愛くて特別な子が、そんな得体の知れないオッサンになびくなんて事はありないはずなのに、被害に合った事でそれになびいてしまって、本当にショタが喜びそうなショタに都合の良いように内面が変化してしまっているのが悔しくてしょうがない。
http://www.angelfire.com/in/ptsdinfo/crime/crm3gsto.html
http://www.angelfire.com/in/ptsdinfo/crime/crm3g.html



2004年06月28日(月)

今日は午前8時半頃に目が覚めた。
また気分が漠然としすぎていてよく分からない感じだ。
女が酷い目に合ったという話を聞いた時とそんなに変わらない。
「俺って本当に少年が好きだったの?」とか「本当に少年を求めていたんだろうか」とそれさえ実感が沸かない感じになってしまっている。
何が特別だったのか分からない。
特別にできなくなっているのが嫌で嫌でしょうがない。
どんなに思い込もうとしてもそうならない、変わらない、消せない、そういう子と関わると必ずと言っていいほどそういう目に合っている現実に絶望して、自分の中で全部終わってしまった感じなのだろうか。
惨い現実ばかりで希望が信じられない。
深く関われなくても、そういう目に合ってないってだけでよかったのにな。
それさえままならなくなっている。
絶対にありえない存在に限って当然のようにその事実が付きまとっている。
じゃあもう関わりようが、求めようがないじゃないか、となってしまう。
そんな存在に限ってそういう目に合わせる現実や自分の欲望の事しか考えない性欲野郎共が憎い。
自分の薄汚い欲望のために、あろう事かあんなに特別だと思えていたような少年達を犠牲にする。
でも、もう求められない・・
俺が求められなくなったり特別に感じられなくなってしまったのも、少年じゃなく、そんな対象にでさえ欲望を押し付けるような自分勝手な性欲野郎や援助交際ジジイ共のせいだから全然納得できないままだ。
少年への思いが薄れていくにつれ、そいつらへの憎しみまでが薄れていってしまうのが嫌だ。
どれだけ憎んでも許されない、全然足りないような事をした奴らだ。
もっともっと前以上の死ぬほどの憎しみが沸いてほしい。
死ぬまでずっと憎んでやりたい。
俺の中で「この世で最も許せない事」「この世で何よりありえない事」「人殺しよりも許せない事」をそいつらは自分自身のために行った。どれだけ感情が薄れていったとしても絶対に許し「たくない」。
このまま少年への感情が薄れてそいつらへの憎しみまでもが薄れていってしまいそうで、それが許せないというか自分自身に納得できなくなっていく。

そんな少年と関わる事自体非現実で、存在自体が夢そのもの、という感じだったと思う。
そういう少年と言葉を交わすだけでも夢のように思えて、全てが「よし」とされたような気がする。関われるだけで、どんな幻想よりも強い希望で最高の夢のように思えた。それだけ大きい存在だった。
その存在がそういう目に合わされる、というのも俺の中の現実とは違っていたし、今それを誰からも聞かされる状況にないからまたそれも現実ではなくなっていったのかな、と思えた。
また前のようにそれだけの存在に感じられるようになりたい。
その上で、誰もそういう目には合っていなくて、
そういうタイプの少年がそういう目に合わされる事の方がありえない非現実的な事だから、ありえないモノは存在しないと否定して、自分の理想の中にどっぷり浸かってしまってもいいかな、と考えた。
現実感が沸かないのだから、それは現実じゃなく、と。
それもただの現実逃避か。
現実がなければ「もしそうなっていたら」というプレッシャーを感じる事もなかったはずだし、それもやっぱり前とは違う。
前までは、それに関連しそうな事を聞いただけでも動悸が激しくなって息切れがしたりする事が日常だったのに、今じゃそこまでいかなくなってしまっている。
その時はまだ、直接的なものを必死で「ありえない」と否定していた部分があって、その可能性が見えてしまうような関連したモノに対しても凄く拒絶反応が出てきていたけど、その直接的なものが「当たり前」のものになってしまったようで、関連しそうな事くらいじゃそこまで苦しくならなくなってしまったのかな。
少年が悪戯された、と聞いただけでも、まだそれがタイプの子なのかどうか判別しようがないから誤魔化しきれるか。
前だったら「タイプの子であるはずがない」という確信があったけど、今じゃそういう子までそういう目に合わされてしまうのが珍しくないように感じられてしまっている。
それがタイプの子だと知っても、可能性を知っていたわけだから、やっぱり「信じられない」とまではいかなかったりするのだろうか。
自分も現実もそいつらも嫌だ。
結局その現実がある限りどうにもならなくて、俺自身も前のようには戻れなかったりするのかな、と思う。
少年愛のオッサン共のせいで全部メチャクチャにされてしまった。
とりかえしのつかないほどの事をしておきながら、さらに開き直ったり自己弁護したりする最低な奴らだ。

どれだけ夢みたいな事だったのか振り返って妄想してみた。
考えてみたら、欝で辛くて辛くてしょうがなかった時も結構エタカとかで和んだりする事も多かったし、あの時はそれから逃れよう逃れようとしていたわけで、別の事で和めたりしている時はそれを無理に否定したりしなくてもいいのかな、と思えた。
感情が凄く強かった時でさえやっぱりどこか見ないようにしていた部分も強かったわけだし、何かを楽しめる時はそれを楽しむ事にしようかな、と考えてみた。
少年に対する感情が強すぎた時でさえ、強いものは感じながらもそれがどういうものなのかハッキリつかめていない部分も多くて曖昧だったり。
俺から見て、素晴らしくて汚れがなくて絶対的な少年からは、同じ世界でもまた全然別のモノが見えていたりするんだろうな、とよく思い浮かべたりしていたのを思い出した。
その少年から見えている世界は、全て素晴らしいものに違いない、とか思っていた。
その感覚を振り返れば振り返るほど、手が届かない、及ばない雲の上のような存在に思えてくる。
1.2時間そんな妄想をしていると、少し気分が楽になってきた気がする。
そういえば、今日の2時限目の授業は必修で「これからは1日も休んでは駄目」と言われていたけど、単位が取れるとか取れないとか、そんな事さえ良い意味で凄く小さなものに思えてくれる。
最近はちゃんと出席していたわけだし、今日は学校をサボろうかな。
なんか、今すごい気分が楽だ。
そもそもそんな子が悪戯されたりするわけがない、話に聞いただけじゃ分からないし、その子たちはタイプの特別な少年とは違うのかもしれないと思えてきた。悪戯されたのがタイプの子じゃないのなら、タイプの子を希望にしてもいいんだ、と感じられる。

なんか、考え続けていたらまた分からなくなってきた。
結局は放棄しただけのようにも思える。
変えたり消したりできないんなら、見ないようにする以外にないのだろうか。
前まで必死ですがりついていた当たり前のものが崩れた。
ジャンプを読んでいると面白い部分があったので、そのまま普通に和んでみる事にした。
いつもは読みながら他の事を考えている事が多かったけど、今日は話そのものを楽しめた気がする。未確認少年ゲドーが以外に面白くて、テニプリに壇君が出ていたのが可愛らしかった。
楽しめる時、和める時は無理にそれを否定しなくてもいいのかな。

しばらくは無理に考えようとせずに、思い浮かんだ時だけそれについて考える事にしよう。
多分、それが自然だ。

それにしても、本当に怠け癖がついたな。
前からそんなに頑張る方ではなかったけど、最近は特に何もせずにボーっとただ過ごしている事が多い。
無芸大食という言葉がピッタリ当てはまるような駄目人間。
一生何もせずに過ごしていくような気がする。
そういえば、学校を辞めた頃や引きこもっていた頃は、親も「ちょっとくらい学校に行ってみたら?」とか「大学くらい出てみれば?」と少し気を使っている感じがしたけど、いざ学校に通うようになると「さっさと行けや」「勿体無い事すんなや」と、この変わりようはなんだろう。
人間というのは、時と場合に関わらず、自分の要求が通るとそれに味をしめ「さも当然」とさらに付け込んでくるようになる生き物だ。
他人からモノを借りようとする奴だって、最初は下手に出てくるくせに、一度貸してやるとどんどん偉そうになってくる。
貸さないこちらがまるで悪いかのように「早く貸せや!!」と怒鳴り散らす。
バイトをしていて「悪いけど後2時間だけ入ってて」が、何度か時間延長の頼みを聞いてるうち、一度断ってみると「皆頑張ってんねんからそれくらい入れや!」に変わる。挙句勝手にスケジュールを入れられたりも珍しくなくなる。
どうでもいいか。



2004年06月27日(日)

耳なしほういちの役で学園祭か何かに出る夢を見た。
でも、本番の日に俺は遅刻して誰かが代わりに出る事になって、それを観客席から眺めていた。
それからどう話が飛んでいったのか分からないけど、どこかの暗い地下室のような場所に居た。
天井の排水溝からネッシーのようなドブ色の巨大なUMAがニュル〜っと出てきて「こいつを倒せばいいんだ」と思ってそれを喰い殺す。
その怪物がギャアアと叫び散らして排水溝を逆流していくので、俺も後を追うように吸い込まれていく。
吸い込まれた先は海に囲まれた小さな島で、そこには維新志士という感じの軍服を着た日本人達が居て、猿人と一緒にバナナを食べている。
その猿人が人間の先祖なのだというのは分かったけど言葉は通じない。
ぎこちなくはあるけど意思疎通は出来るようだった。
海の向こうには木造の城が見えた。

今日は午前6時頃に目が覚めた。
夢から覚めてすぐに気分が重くなったけど、それが欲求で誤魔化されてうまく感じ取れない感じでストレスと吐き気に襲われる。「どうってことない」と錯覚してる感じで抵抗がある。
最近、どこか本気になれなくなってきている気がする。
本気で正面から直視する、とか物事を受け取る、とかをしなくなっている。
しなくなっている、できなくなっている、両方だろうか。
それが少し後ろめたい。

全部が全部くだらなく、どうでもよく思えて息が詰まる。
なんだか凄くダルイ感じだ。
大事なものも大事に思えなくなっていい加減になってきて、我ながら嫌になってくる。
ジワジワと自分自身に嫌気がさしてくる。
これからどうなっていくのだろう。
納得できずに、結局何もつかめない。
何だか、別の意味で苦しくなってきた。
恋愛も叶わなければ、絶対にそういう事にならないんだという希望さえも叶わない。
そういう事にならない、というのは別にハードルを高くしたわけでもなくて当たり前の事だと思っていたのに、それさえありえない事になっている。
せめて世の中にそういう事が存在しなければ、まだ人生に救いもあっただろうけど、何を信じていいのか分からなくなる。
心の拠り所が何もない。
拠り所にしていいモノまで何もない。

久しぶりに掲示板で色々とレスを付けてみた。
少し気分転換にはなった気がする。

大河ドラマの新撰組を見た。
テレビを見るのはこの番組だけなのだが、今日の話は暗殺だった。
新撰組の事は本や漫画で読んでいたので展開は知っていたのだが、いざ映像で見てみると凄くリアルというか緊張感が伝わってくる。
生々しい辛さというか恐ろしさというか、そういうものを実感した。
それに重ねて、今まで話でしか知らなかった男の子から聞かされた話に物凄く生々しさが沸いてきて。
実際はこんなにも恐ろしくて辛い事だったんだ、とその話を聞かされた時に近い感覚が蘇ってきた感じだ。
頭の中じゃなく、現実でそういう事が起こったんだ、とショックというか心臓がバクバクいって肺が圧迫される感じで、現実に起こりうる事に対しての恐怖感というか現実感というか、そういうモノが強く実感された。
あの子たちはそういうものに巻き込まれたんだ、と感じられてどう表現していいか分からない気分になる。それほどまでの状況に、俺なんかじゃ全然及ばない感じになってしまう。
でも、ドラマのシーンに重ねて感じられたものだったせいか、しばらくするとまた、だんだんと頭の中だけのモノになっていきそうで和らいでしまう。
やっぱり、強く重さを受け取るのも一時的な事になってしまったんだろうか。
そういえば、感覚や感情が麻痺してくる以前だったら、そういう物語の中の圧迫感や、全く関連性のない話のリアリティや生々しさをそのまま男の子の話に重ねてしまって、それがずっと後を引いて欝になるという事が多かった。
でも、今はその場だけになってしまっている。
「その場」にさえ、滅多になる事がなくなっている。
前まで日常的だった事が、今では殆ど感じる事がなくなってしまっている。
感覚が薄く、現実感もなく、物事から受け取るモノが納得できるかどうかだけしか残らなくなってしまっている気がする。



2004年06月26日(土)

今日は午前5時頃に目が覚めた。
寝起きから少し気分が重い気がするけど、それもまた中途半端に薄い。
どれだけ衝撃的でもショックでも、少し時間が経つだけですぐに生半可?に見ないようになってしまう。
前は考えさせられるような事が無くても、四六時中やりきれないようなどうしようもないような認めたくないような訳が分からない感覚が付きまとっていたのに、本当に小さくなってしまっているんだな。
それか「キリがないから」みたいにどこか諦めが強くなっている部分があるかもしれない。
続きは気になるけど気分が重くなってあまり読み返したくない漫画だ。
同じように気が弱くて優しい少年が過酷な状況に追いやられてしまう漫画でも「ホーリーランド」だと結構気軽に読み返してしまう。
多分、タイプの少年じゃないから平気なんだろうな。
少し関連付けて色々思い浮かべてしまうけど、直接的なモノじゃないからそれに比べると大分軽い。
同じように少年でも、タイプじゃない子だと「タイプの子がそうなるかもしれない可能性」と「もしそういう子だとしてもこいつらは」という感情で胸糞悪くなる事はあっても、その子本人に対しては何も感じる事がない。

少し息苦しい。
もし、ずっとそういう事と関わらせずにいられたとしても、それで少年への感情が強くなっていくにつれ実際この世界でそういう少年でさえ追い込まれたりしている事実を知っているからそれがまた耐えられなくなっていくような気がする。
気分直しにゲームでもしようかな・・
FFとかやりたいけど10−2以外全部誰かに貸していて、未だに戻ってこない。
貸したのはそれぞれが別の奴だけど、誰かに貸すとまずは帰ってこない。
普通に仲がよかった奴でさえ色々と理由をつけて返さないもんな。
「返せ返せ」と執着してるこっちの方が情けないように感じてしまう。

「あのセスタスが?ありえない・・」という気分になってきた。
頭にこびりついた感じで離れない。
少年の健気さが好きだけど、そういう状況に追いやられても復讐も恨む事もせずに健気に生きているのが嫌だ、というか痛々しい気分になってくる。
関わりを持たない、本人の意思がないのにおかまいなしにそういう状況にされてしまうのが憎い。
その種類の少年は時代や決まりや状況よりも絶対的に偉いもののはずなのに、それに逆らえていないのが見ていて悔しい。

セスタスは話が重すぎて、さすがに続けて読む気にはならない。
続きを買うのは来月にしよう。

ゲームをしていたらだんだんとジワジワ圧迫されるような感じで苦しくなっていった。
認めたくないような事が現実に存在しているんだとプレッシャーのようになってきたので横になる事にした。
いつの間にか眠ってしまっていて、午後2時頃に目が覚めた。

したい事がなくてずっとボーっとしていると、だんだん考える事に疲れてきた。
適当に部屋にある漫画を読み漁っていて、どうせ読むならとやっぱりセスタスの続きを買いに行く事にした。
8巻が今出ている最後の巻だったので、7,8巻を買ってきた。
セスタスが夕焼けに染まった海を眺めて感動しているシーンがあって、凄く雰囲気が伝わってくるというか綺麗な描写だったのだけれど、その一方で「あれだけの辱めを受けて屈辱を味わった過去を背負っているのに、その世界で感動したりしてしまうんだ」と少し可哀相にも見えてしまった。
少年自身が喜んだり和んだりしているのは喜ぶべき事なんだろうけど、どうしてもそういう風に感じてしまう事が多くてどうにもならない。
師匠が他の弟子の面倒を見てあまり自分の練習に付き合ってくれなくなって、それで「くそっくそっくそおっ」とムキになって練習のペースを上げてバテバテになっている様子が少年らしくてとても可愛らしかった。
8巻はセスタスの話じゃなくて他の登場人物の話だった。
セスタスが好きでこの漫画を読んでいるのに少しホッとしたというか安心して読む事ができた。
多分、好きな対象だから重いものになってしまうんだろうな。
「あずみ」も普通に読んでいるけど、主人公が少女じゃなくてセスタスのような男の子だったら、同じように重々しくなってしまいそうだ。
17歳で妻を亡くしてしまったルスカという少年が居て、セスタスが最初に居た拳奴収容所を離れるまでの間、セスタスとは1歳違いだけど身分違いの友達みたいな感じになっていた。
「全ての感動が色あせてしまって、どうしていいか分からない」と悩み続けている少年で、俺だったらセスタスみたいな友達が居れば凄く満たされたりしそうだけどなと思った。
もし好きだった後輩とせめて友達になれていたらと妄想してみた。
周りと同じように遊んでいても虚しく感じるような事もなくて、多分どんな事をしていても凄く嬉しく楽しい事に変わっていたんだろうな、と思えた。

色々考えたり漫画を読み漁ったりで、精神的に疲れきった感じでグッタリする。
少し前にメガビの子からよく聴いているというアルバムをもらった。
よく辛い辛いと言っていた子で、なんとなくその曲を聴いていると、毎日どういう気持ちでこの曲を聴いていたんだろう、と少し考えさせられる感じになった。
一度全部嘘だとされていたけど、やっぱり話自体は全部本当の事だったというのが分かった。
こんな酷い話は男達から追い込まれているような女でもない、っていうくらいの酷い事を何年間も繰り返しうけていて「よりによってこんな少年なのに・・」と少し締め付けられる感じだ。
でも、やっぱり欝の時に比べると全然違うか。
あまりに酷い話で、考えないよう目をそらしてしまう事が多い。

そういう目に合いそうになるのも認めたくない。
そういう子から見ても「自分がそうなる可能性」というのが「0」じゃないと納得できない。
本当なら「0」が当たり前なのに、何でこうもそういう子に限ってそんな目に合わされるんだろう・・
最近読んだ漫画で「笑うことでしか癒せない傷もある」とか「傷ついている人間は喜ぶ権利もないの?」という台詞があって、結構グサッときた。
でも、やっぱり認めたくない事実に関連付けて、どんな事だろうが認めたくなくて否定してしまう。
直接的には関係なくても、そういう子が何かを喜んでる状況が酷いものに見えてしまって、それを認める事ができなくなってしまう。
やっぱり、そういう子たちと関わっていても、元気付けるどころか足枷にしかなれないんだろうな、と思う。



2004年06月25日(金)

今日は午前5時半に目が覚めた。
寝起きから気分が悪い。
少し欝っぽい感じと、それを意識しないようどこか軽く見ようとしてる部分があって、それもまた気分が悪くなる感じがする。
少し息苦しくて圧迫される感じで、憂鬱とストレスが混じってるような感じだ。
そういえば自分は対人恐怖症っぽいところがあったんだな。
普段それについて考える事がなかったからちょっと忘れていた。
意識してようがしてまいが染み付いている感じがする。
今のところそんなに気になる事じゃないけど、社会に出たらこれがプレッシャーで悩みになったりしそうだ。
マクドでバイトしてる時はこれが結構辛かった。
前までは「自分がショタだとバレたらどうしよう」というのが強くて、それが原因かなと思っていたけど、今はもっと大きな悩みの事もあって勝手に思い込みたい奴にどう思われようがかまわない、という感じになっているから他の事が原因かもしれない。
ヤンキーに囲まれて生活していた時は毎日がプレッシャーで、友達や先輩から「〜達に狙われてるから気をつけた方がいい」とか「〜が殺すとか言ってるぞ」というのを聞かされる事が多くて震えが止まらなくなる事が多かった。
隣町の奴らに「今日は拉致りな」とか言って地元に連れていかれた事も結構あって、思い込みが激しかったせいか呼び出されたり連れて行かれる度に「こいつらは今日俺を殺すつもりなんだ」とか、「どっかに仲間が隠れていて刺そうとしてるに違いない」とか思って震えが止まらなくなったりする事が多くて、その時の状況だとプレッシャーがあっても違和感がなかったけど、それで同年代や若者恐怖症みたいになってしまっている部分が強いかもしれない。
友達もヤバイ奴に目を付けられて押さえつけられて車でひき殺されそうになったり、同じ中学出身の奴が隣町の奴に刺される事があったり、喧嘩で人を殺した後輩もいて、「殺される」という圧迫感が日常化していたような気がする。

最近、朝家を出る前にサムスピをやるのが日課になってきている。
やっぱり緋雨閑丸が死ぬほど可愛い。
でも希望にはならない。
どんどん考え方、感じ方がいい加減になってきて嫌気がさす。
軽くなりそうで、それが嫌だ。

今日も午前は古本屋で過ごした。
午後の実技の授業は前回と同じく木を削り続けた。
削りながら思ったのだが、やっぱり男の子に対して喜ぶ事と事実を重く受け取ろうとする事は同時には考えられない。
お互いがお互いを否定しあうものだから、考えれば考えるほど、どちらもどんどん中途半端になっていってしまう。
全部忘れてしまうしかないのだろうか・・と思った。
いくら求め方を考えていっても、結局答えというか結論というか、それが分かってしまっているからいくら考えたところでやっぱりどうにもならない。
全部意味の無いものだったんだな、と思ってしまった。
昔は、タイプの子が誰かからそういう目で見られそうになるだけで頭の中が「あああああ」と少しパニクったりするくらいだったのに、本当に感覚が狂ってきている。

弁当箱を出しにリビングに行ってみると、客が着ていた。
母親の友達で昔俺にピアノを教えていた先生だった。
15年ぶりくらいだろうか。母親とそう歳は変わらないはずなのに茶髪にしているから若く見えた。
顔は全然覚えていなかったけど、凄く懐かしい気がする。
毎週その先生の家にピアノを習いに通っていた。
今ではもう音符も何も分からないけど、その家には俺より一つ年下の子が居て、練習が終わった後一緒にファミコンをして遊ぶ事が多かった。
「スターウォーズ」というゲームを一緒にやっていたのを覚えている。

セスタスの5.6巻を買ってきた。
最初の方でいきなり変態たちに値踏みされるシーンがあった。
なんというか、思っていた以上におぞましくてドロドロした感じだ。
その一方でそれに萌えてしまっている自分がいて、少し罪悪感のような気分になる。
またその一方で、値段を付けている奴らが「見せろ見せろ」と言って可愛い子であるにも関わらず大衆の前で布を剥ぎ取られてそいつらの望み通りになってしまっているのが凄く嫌で、少し訳が分からなくなってきた。
値段を付ける奴が脂ぎったデブ親父とかそういう系の奴らで、一番高い値段を付けたのが気持ちの悪い老婆で、セスタス自身もゾワァとなっていて何か信じられない感覚になった。
でもまたその一方で萌えてしまっていて、、と。
セスタスは皇帝にコネがあって最終的に変態たちに買われる事もなく無事に助けだされるんだけど、助けられた後になっても泣いていて、それを見た皇帝の使いが「無理もない、あれだけの毒気に晒されたのだから・・」と言っているのを読んで少し心が痛む感じになった。
セスタスは可愛いのにあんなに屈辱的な立場に追いやられて、信じられないけどそうなっていて、最初そいつらの前に出された時セスタスは自分の状況が分からないみたいで混乱していて、大衆や権力や金に支配されてるみたいな感じになっていて、認めたくないのに萌えてしまって・・ありえないのにそうなっていて、この気持ちをどう表現すればいいのだろう。欝とも少し違う気がする。「やりきれない」という言葉が一番近いかもしれない。
あんな可愛い子でも助けがこなければ救いがない状況に立たされていたのだろうか。
あんなに可愛いのに気持ちの悪い奴らに家畜扱いだ・・

男の子に萌えたり興奮してしまうのは変えられないし、他の何かに興味を持ちたいとも思えない。
男の子に萌えるような奴らは少年を汚す存在で、自分で否定しているものに自分自身も当てはまってしまう。
否定する理由も色々あるけど、せめてそういう事と関わりがない、関わってほしくないタイプの男の子を一生それと関わらせずに済むのなら、とギリギリ自分自身を否定しなくて済む言い訳、慰めみたいな部分も大きかったと思う。
「そういう事と関わらせない」と目的が単純化されてしまって、その目的の元になっている背景を見ないように押し込めてしまったりして、そのまま忘れてしまったりで分からなくなってしまう事が多い。
「そういう事と関わらない男の子」というのは自分自身を誤魔化すための目的でもあったような気がする。少なくとも「その子の身になって」とは全然違って自分のため以外の何ものでもない。
でも、「関わらせないでいられる」というのは間違ってはいないと思うし、やっぱり俺にとって凄く大きな事でもあって、それが叶える事ができたら凄く救われそうな気がする。
でも、それもまたしばらくすると実感できなくなってしまったりするのだろうか。
何かきっかけがないと実感できないなら、実感できないにこした事はないのかな。
一つの目的にも理由が無数に存在する。
あまりにいやしすぎて普段見ないように意識の中に押し込めてしまっている理由も沢山あると思う。
俺はあの子に悪戯して言い訳しているそのオッサンに似てるんだろうな。
それを感じ取ったから俺に近づいてきて、、そんな気がしてきた。

自分にとって他の何より大きかったはずの少年に対してもちゃんと想えていないっぽいし、把握できないというか分からなくなってくる。
どんな描写を見て色々と感じ取っても、まだ「漫画だから」と誤魔化せるかな。
自分の本質や動機のようなものを突き詰めていって、少年に対する考え方が俺にとっての「正しい」と納得できてその通りに叶ったら、満足したり納得できたりするのだろうか。
言葉にまとめて吐き出していると、少し落ち着いたというか余裕が出てきた気がする。

なんか、自分がどうしようもなく嫌になってきた・・

漫画を読み進めていくにつれ、こうあってほしいという理想と全然違っている現実を目の当たりにした感じで、人間達が作り上げるこの世界っていうのは本当に救いがない絶望的なものなんだなと感じた。
その世界でタイプの少年達が過ごしているのが不安というか、どうしようもないような気分になって、そういう子だけは無事で居られるという保障もなく、むしろそういう子だからと普通のそれ以外の人間達は体験しないような状況に追いやられたり、と重い気持ちになってくる。
自分の性質?が嫌で、少年を取り巻く環境が嫌でたまらなくて、なんか今日は嫌な事ばかり強く実感する。
俺自身の内面もドロドロしすぎている。
それでも欝の時分に比べれば大分軽いか。
「誰も手を出してはいけないような存在なのに」という感情も強いと思う。
誰かがそういう少年に手を出したり、そういう目で見たりする事が我慢できなくなる。嫉妬も混じっていると思う。
嫉妬は嫉妬でも羨ましがるとは少し違っていて「許せない」というか憎しみに近い感じだろうか。
誰かがその少年をそういう状態に追い込んだり辱めたり触れたりするのがどうしようもなく耐えられない。
「俺もしないからお前ら誰もそういう事するんじゃねえ!」と思う。
誰もそういう少年に手出ししない世界なら安心できるし俺も自分自身の事で考えなくて済むようになるし、性的なものを意識して重圧を感じる事もなくなる。「考えなくてもいいんだ」となる。
関わらせないでいられる事が全ての希望につながる気がする。
そういう事と無関係でいてくれるなら、この世でそれ以上に素晴らしい存在はないはずだ。
凄く綺麗で可愛くて健気で素直で汚れが無くて、見ているだけで本当に心が洗われる。存在している事自体が癒しであって光であって、奇跡みたいなものだと思う。



2004年06月24日(木)

今日は午前2時頃に目が覚めた。
寝起きから息が詰まる。
世の中に信じたくないような事が当たり前のように存在していて、プレッシャーというかストレスというか、少し締め付けられるような吐き気がするようなそんな感じだ。
信じたくないような事は、自己中にもオッサンが自分自身の欲望のために行う。いい年をしたオッサンが。
オッサン=自己中心的な欲望の象徴というイメージしかなく、あんなに胸糞悪い生き物は他にないと想う。
これだけけなしても、怒りや憎む気持ちが以前と比べると10分の1くらいで、ただ少し動悸がする程度になってしまっている。
この程度じゃ納得できない。
そいつらは、いくら憎んでも憎みきれないほどの事をしたのにな。

どう考えていっても、結局最後はなすすべがないんだという事を突きつけられるみたいで、目をそらしていくしかなくなってしまう。
嫌になる・・

そういえば、少し前までは空想に逃げる、というか暇さえあればよく楽しい事を思い浮かべたりしてボーっとしてる事が多かったけど、最近そういうのもイメージできなくなってきたな。
楽しい事も楽しい事じゃなくなってきて、想像力も思い込む力も薄れてきた気がする。
一生眠っていて夢だけ見て過ごせたらどれだけ楽しいだろう、とか日常的に考えていた。

なんか、本当に毎日が虚しい。
頑張る理由もなく、何をしていてもダルく感じる。
何もしていなくても嫌になってくる。
世の中っていうのは本当に最低な場所なんだな。信じられないような犯罪が当たり前のように行われている場所だ。
昔、どこかで「人間の頭の中にしか存在しない出来事は存在しない。頭で想像し得るモノは全て現実に存在する」という言葉を聞いた事があった。
当時から「もし、こういう事があったら絶対に嫌だな」と思う事があったので、あまり好きな言葉ではなかった。というか否定したい考えだった。
でもやっぱりその言葉の通りで、「ありえない事」というのは存在しないんだろうな、と気力が抜けていく感じがする。
どんなに考えられない事も、どんなに惨たらしい事も、どんなに認めたくない事も、全て現実に存在している。
「これだけは絶対にありえないんだ」と思う事さえ存在する。
まだ存在していなかったとしても、これからそうなる可能性だってある。
「絶対ならない、ありえない。そんな風になる可能性もないから大丈夫」と思って安心する事もできない。
誰々だから大丈夫、なんていうのは無くて、その誰々でさえそうなる可能性が存在している。
思い込めない。
「絶対にそうならないんだ」という確かなモノがほしい。
でも現実じゃそうなっている事を知っているから、もう意味が無い。

学校行くのがダルいな。
どうせ授業に出ても、ただ出席を取るだけでノートも全く書き写したりしていない。
なんか、全部どうでもいい。
何でどうでもいい事ばかり頑張らないといけないんだろう、と思う。
頑張りたい理由が何もない。
将来の生活なんかどうでもいいし、のたれ死にするならそれでもいいと思える。
どうせ糞みたいな世の中だし、さっさと人生終わらせたいと思える事も多いし、社会に何の魅力も感じない。
全部どうでもいい。
生活のために頑張って、無理に人生延ばしても、毎日毎日嫌な感覚が襲ってくるだけで結局良いと思える事など何もない。
かといって、3.4年前ならともかく今の自分には自殺に踏み込むだけの勇気も気力もない。
自分でも気づかないうちに意識ごと消滅できたらいいんだけどな。
この先待ってるモノも、欝とか厭世とか虚無とか、そういうモノばかりだし。
色々な物事に対する感情も、全て中途半端になってしまって、嬉しい事も悲しい事もただの息苦しいモノに変わってしまったり。
何もかもが中途半端すぎて結局どれも納得できない。
中途半端さが息苦しくて、結局何もかもが嫌になる。
今の状態から抜け出したところで、前ほど喜べるモノはもう何もないから、待っているのは激しい欝だけだったり。
でも、思い浮かべた時の喜びが中途半端だから、それによる欝も中途半端になってしまった、というのもあるかもしれない。
物凄い喜びだったから、それを上回るくらいの物凄い欝に襲われて。
でも、喜びを感じなくなったものに対しても欝になる事だけは残り続けたりして、苦しさが前と比べて半減したとはいえしばらくは残り続けたりしていた。
似たような対象に対して喜ぶ事はないのに欝になる事は多かった。
今はそれもまた中途半端に薄れつつあるけど、やっぱり喜びよりも苦しみの方が力を持っているんだろうな、と思う。
何か、頭に浮かんだことそのまま書き連ねて行っていたから、自分でも何描いてるのか分からない。
「頭の中にしか存在しない事は存在しない」とか言っていた奴には絶対的だと思える存在が居なかったんだろうな。
だから否定したいモノがなくて簡単にそういう事が言える。
それともただ全てに幻滅して諦めてるだけか。自棄になっていたり。
何か頭が混乱してきた。少し寝ぼけかけている。というか、日記じゃないなこれ。
日記っていうのは、その日一日にあった出来事を記録するためのモノだった気がする。
まぁ、その日その日に思った事や考えた事吐き出すだけの場でもいいか。
スッキリするし、吐き出しやすい。
思ったことなどを言葉にまとめるだけでだいぶ違ってくる。
頭で考えてるだけじゃあいまいになってしまったり、自分が何をどう感じているのかさえ分からなくなってきたりするものだ。
というか、俺は日記やらに文章として感じた事などを吐き出す事に依存しすぎているような気がする。
でも、苦しい時に吐き出すのと吐き出さないのじゃ全然違ってくるんだよな。
普通誰かに相談するような事も、俺は自分に相談しているような感覚になる。
自分で書いて、自分で答えて。

今日の授業は1時限目からだったけど、午前は古本屋で時間を潰した。
午後の実技の授業が始まる頃に学校に着いて、そのまま数十分喫煙所みたいなところでボーっとしていた。
どういう風に少年に感情を持っていって、価値観というか考え方を固めていったのかを振り返った。
結構リアルにそれを思い出すことが出来て、だからこうなっていったんだという経緯の一部分がハッキリした感じがした。
最初後輩に一目惚れしたのも、女に対して嫌悪感を持っていたのもあったし、人間の求める物っていうのは最終的に金とセックスが全てになるんだろうな、というイメージが強くて、それに対する抵抗があった。
欲求が曲がっていたせいかどちらにも魅力が感じられなかったのもあったし、遊んでいてても楽しいと思える事は少なかった。
恋愛といっても、結局は欲望を正当化しているだけに思えて、女がどれだけ綺麗な存在だと言われていても、女=セックスだというイメージが強くて、やっぱりただの虚しいだけの存在だと感じる事が多かった。
変な事に興味を持っていたせいか、女や恋愛に求められるモノは何もないのに、「それが全て」という風潮を意識させられるだけの息苦しい存在だった気がする。振り返って思い出すとまた息が詰まってくる。
可愛いのに幼くて、建前なしにそういうモノと関わりのない存在に見えて、本当に汚れがないという印象が強かった。
男だけど小さいから関わりようがないし、可愛さがあるから恋愛的にも意識してしまう。
「建前無しにそういうモノと関わりがない完璧な存在」という印象が強かったと思う。
最初は精神的に求めている部分が強かったはずが、どんどんその存在が大きくなっていくにつれ、後輩に対する欲求が沸くようになって、それも大きくなっていってしまった。
頭の中で後輩に対して欲求を満たす感じになっていっても「現実にはありえない」という感覚が強かった気がする。
その後輩が意外と年上の女達からモテるのを知って「そういうモノと関わりがない存在」から「そういうモノと関わってほしくない存在」になって、「絶対に関わりがないから大丈夫」と言い聞かせる感じで思い込んでいった気がする。「あんな幼い子なんだから」とか「興味もないはず」とか色々考えていたと思う。
もし、その本人が自分から進んで関わろうとするようなら俺は何も否定してはいけんないんだろうな、とか否定する方が変に思われたりするのかもしれない、と感じる事が多くなって、「もしそうだったらどうしよう」とか不安感みたいなモノが付きまとうようになっていった気がする。
それだけ嫌な事なのに、「否定してはいけない」になってしまうのも凄く悔しい事だった。
本人が望んでいた場合であっても、それを認める世の中の方が酷いようにも思えた。そういう子なのに・・という感じで、そういう子に関してだけは認めたくなかった。
そういう事と関わらないでほしい、否定する存在であってほしい、という思いが強くなっていった。
実際、その子とは一言二言口をきいた事があるだけだったので、そういう子がそれを望むのか否定するのか分からない。
16の終わりごろに色々あって、誰とも関わらず一人で考え続ける機会があって、それまでたいして悩みにもしていなかった欲求の事が苦痛になりはじめるようになる。
19の頃にネットを始めて、初めて今まで頭に思い浮かべていたような少年とまともに話をする機会ができた。
その子は俺が「もしそれを望むようだったらどうしよう」とか「それと関わろうとするなら否定できないだろうな」「そういう事と関わってほしくない存在」という不安を吹き飛ばすくらい、それを拒絶するような少年だった。
俺がそれを否定すると、変に思うどころかその考えに同意してくれた。
それから関わりを続けて話をしていくうちに、「やっぱり俺がおかしかったわけじゃないんだ」「興味も持っていないし関わりたがらない」「こういう子は絶対にそういう事と関わりがない」というのが確信に変わった気がして、それまでの不安が吹っ飛んだというか、目の前が急に明るくなって希望が生まれた感じになった。
思っていたとおり、絶対にそういう事と関わりを持たない存在なんだとハッキリした。
3.4時限目の実技の授業で、授業中ずっと専用のカッターで鉄を切り続けた。
久しぶりに汗だくになった。
細かい砂鉄がたくさん顔にかかった。
やけに顔がヒリヒリすると思ったので鏡を見てみるとかなり赤くかぶれていた。金属アレルギーのせいだ。
今日は、授業が遅れている他の生徒から色々と質問された。
結構長く話していて、最初の方は普通だったのに話しているうちに急に震えが出てきた。
自分でも「あれ?」という感じだった。
手や足がガタガタ震えて止まらない。
相手に背を向けしゃがみ込んで、あまり話さない事にして相槌だけ打つようにして取り繕った。
授業が終わってその部屋を出ると、スーツ姿の生徒達がたむろしていた。
就職活動をしている4回生だと思われる。
その生徒達の前を横切ろうとした時に、小声で小学校時代からの昔のあだ名で名前を呼ばれた。
4回生だから学年的には1つ上だけど同級生という事になる。
今の自分と昔の自分にギャップがありすぎて嫌だったので、そのまま知らんふりをして通り過ぎた。
大人しい人間が大学生になって垢抜ける、というのはよくあるけど俺の場合その反対で、それが少し抵抗があった。
でも、昔はつまらないモノを興味があるフリをしたり楽しむフリをしていたりで無理をしている部分があって、今の自分の方が自然なんだなと思う。
帰りにまた古本屋で時間を潰して帰った。
未だにヒリヒリして痛い。

なんかまた嫌になってきた。
そういう事を意識しそうになる事にプレッシャーを感じるというか、「あぁぁ・・」という感じになる。
それで、そうなりそうになる度に中途半端にかき消そうとしてるかもしれない。
男の子に対して萌えそうになっているのも、突き詰めていけば矛盾している。
欲求を持って、それに関わらせたくなくて否定して、そういう子に欲求を持って、否定して・・と、嫌になる。
そういう事と関わって欲しくない少年をそういう事と関わらせないでいられる、というのは自己矛盾のようなものを埋める手助けにもなっていたような気がする。

腕を一本切り落とされると、一生自分の腕を触る事ができなくなる。
と、どうでもいいような事が浮かんできてしまった。
「そういえばそうなるんだな」という感じで。
肘の肉には痛覚がないような気がするけど、それも確認できなくなるんだろうな。
日常的にあった感覚が失われると、それだけでストレスになりそうだ。



2004年06月23日(水)

今日は午前4時少し前に目が覚めた。
今日は寝起きから嫌な気分になる事がなくて「何でみんな自分からそういう目に合いにいくんだろうなぁ」と完全に他人事みたいな感覚になっていた。

しばらくするとまた中途半端な感覚が襲ってきた。
よく「心が強くなった」とかいうけど、ただ単純に苦しいことに対して鈍感になったり直視していない事を誤魔化したり美化したりしているだけだと思う。
「乗り越えられる」とかよく耳にする言葉だけど、乗り越えられるという風に割り切ってしまえるようなモノだったら、その程度のモノになってしまっているというだけで、その程度のモノにしてしまっている事を正当化しているだけ。
俺が自分の欲求が満たせないとかで悩んでいたものを意識しなくなったのも、乗り越えたわけではなくて、単純にそれ以上の苦しみや認めたくないような事の方が重視されてしまって、そちらに対して鈍感になっただけだと思う。
でも、認めたくなかった事以上の苦しみは今現在も存在していないし、これが鈍くなっていくのが自分で許せない事のように思えてまた訳が分からなくなる。
「薄くなっていくことを〜」とか考え出していなかったら、今でも前と同じくらい苦しい状態がそのまま続いていたのだろうか。
自分の中の色んな価値観に引っ張られて余計に中途半端になっていく。

サムライスピリッツの緋雨閑丸で色々検索していたら、むしょうに昔流行っていたヴァンパイアセイヴァーというゲームがやりたくなってきた。
色々なモンスターが登場してかなり雰囲気がよかった。

絶対にありえない事だからそれを崩すのが怖くて、どんな目にも合わせたくなかった。
でも、一度崩れてしまうと、もうそれに対する恐怖感がそれほどでもなく、絶対にそんな目に合わせずに守って行きたいという気持ちも沸かなくて、本当にその程度の存在になってしまう。
もう崩れている。
「そういう目に合ったりもするんだ」となってしまう。
それまで張り詰めていたモノが切れて、そのプレッシャーによって強まっていた感情も薄れて、自分にとって意味のないものになってしまう。
そこいらに居る人間と変わらない、気に留める事もない存在になっていく。
でも、ショタになってからずっと、その張り詰めていたモノを絶やす事がなかった。
ずっと続いていたのに無くなってしまった。
それでも前までは自分の感情や状態に関係なく、それ以上に強い存在だったから惹きつけられて、気遣ったり親身になったりできたけど、今はもうそうじゃない。

欝で苦しんでいた時、この世にあるモノは自分の中で否定しなければならない事だらけで、考え方を変えられない事が苦しくて苦しくてしょうがなくて「もし、この世にある色々なものを素晴らしいモノに感じられたらどれだけ楽しい事なんだろう」と感じる事も多かったけど、それらは突き詰めていくと全て許されないモノに繋がっていくように見えて、それらを認める事を自分自身に許せなかったり、それでまた抜け出せなくなっていっていった。
絶対的だと思える好きな対象を見ていると、良い意味で自分を変えられるというか、深く関わる事がなくてもその生き様?に触れるだけでどんどん自分自身を変えていけるような気分になっていたけど、それももう求められなくなってしまった。
今ではもう、俺にとって何の力も持たない存在になってしまっている。
「どんな酷い状況でも相手と関わっていられるだけで幸せだ」と言っているような奴らとは、求め方が違うんだろうな。
恋愛っていうのも、俺にとっては絶対に手が届かない存在だったし届いていい存在でもなかったから、叶えるものじゃなくて、その存在にあやかるものだった気がする。
誰とも関係を持たないアイドルを崇拝する感覚っぽかったかもしれない。
そこに踏み入る奴らは誰であろうとどんな理由があろうと絶対に許す事ができなかった。
他人に対して許さなかったから、自分に対しても容認する事がなくて、それで上手くバランスが取れていたような感じだ。
俺と同じように突き詰めていった状況を見せて、それでも俺と同じように許さないのか、それとも認めてしまうのか気になった。
俺から見て何より大事な存在だったから、その存在に見える少年には「自分自身が一番大事」くらいの自己中さ?があるとさらに安心できた気がする。
でも、そんな子は居なかったな。それでまたさらに認められない存在になっていく。
色々今まで感じていた事を振り返っていたらもう9時だ。
今日は起きた時間がちょうどよかったかもしれない。
今、色々頭の中をまとめてみて少しスッキリした。
一時的だろうけど気持ちが軽い。
感じている事を上手く言葉にまとめる事ができると、ちょっとした爽快感のようなものがあるな。

1.2時限目の西洋美術史、日本美術史の授業を受けるのは今年で3年目だ。
1年生の必修科目なのだが、全然出席していないせいで未だに単位が取れていない。
学年で言うなら2学年、年齢で言うなら3学年分下の生徒達と一緒に授業を受けている。
2時限目の終わりごろになって出席だけ取りに入ってくる生徒のグループがあるのだが、その中にどう見ても中学生にしか見えない子が居た。
最近よく見かけるようになったので多分1年生だろうな。
小さくて目が大きくて、声も子供の声だった。
大学生にも関わらず、少し不良っぽい感じで耳に象牙のような太いピアスを付けている。
この前も廊下に座り込んで雑談しているところを見かけた。
茶色に染めた髪の毛がふわふわしていて柔らかそうで、周りのいかにも大人という感じの生徒とのギャップもあって、結構可愛らしい感じがする。
それに比べて、周りに座っている女生徒たちを見てみると何の魅力も感じられなく、ただの汚い肉の塊に見えてしまう。
こういう少年と関わる自分、というのがイメージできず、少し違和感を感じた。
午前は普通に授業を受けていたけど、午後になって少し虚しくなってきてこのまま帰ろうか、とも思ったけど、帰ったところで結局何も変わらないので学校に残る事にした。
そういう子から想ってもらえても結局何も得られない。
何も残らない。
自分の人生は何なんだろうと感じた。
それから色々考えていたけど、授業が終わって地元に帰って来た頃になると、認めたくないような事実に比べれば小さい事だと思えてそれもどうでもよくなってきた。
そういう目に合う事やそういう目に合った事でさらに酷いと思える状況にいってしまう事に比べたら、本当にくだらない。
感情が薄れていっても、優先順位だけはハッキリさせておかないとな。

想ってもらえたのも、本当ならショタなんか鼻にもかけないはずなのに、そういう奴に悪戯された事で少年愛者が自分の人生に関わってしまったせいで、本来どうでもいい存在のはずなのに大きく見てるだけなんだろうな。
「自分だからいい」とか、本当なら許せないような人種のはずなのに甘く見たり。
そうじゃなくてもどっちにしろ喜んでいいような事じゃないし、それがあった上での気持ちを受け入れるのも酷いことだし、最低な事実はともかく想ってもらえたりした、というのは自分の中では無かった事にしてもいいかな、と思う。多分それが正しい。
何にしろ喜べない。それがあった上で関わっていくのは死んでも嫌だ。認めたくない。
原因は一つでも、拒否しなければならない理由、否定したい理由は数え切れないくらい増えていく。
それぐらい、俺にとって他の何より大きな事だと思う。
少年と関わったりできる事より優先しなければならない。
当たり前だけど、結局いくら考えてみても同じ結論しか出せない。
それ以外の結論を出したくない、というのも強いんだろうな。
虚しい。
今の自分の状況は辛いものなのだろうか。
それさえも鈍ってしまって分かりにくい。
でも、今の状態が嫌なものだ、というのはハッキリしてる。

リヴリーという育成ゲームをやっていたけど、行われるイベントイベント、全て月額を払っている会員にしか影響がなく、少し嫌気がさしてきた。
もしそういう目に合ってなくて本当の意味で叶っていたら、と思い浮かべてみると、さっき鈍ったと言ったばかりなのに満たされた感じになって、気分が高揚してきてワクワクした感じになった。あれだけ薄れてしまったものなのに、どうなっているのだろう。
自分は性格じゃなくて感覚が天邪鬼なのかな、と思った。
もし、想ってくれた子がそういう目に合っていなかったら、それは物凄く素晴らしい事のように感じられる。
これも、寝ぼけかけている今だけのものなのかな。



2004年06月22日(火)

午前0時数分前に目が覚めた。
夢を見ていた時まで普通だったのに、目が覚めたと自覚されると急に沈んだ感じになって「やっぱり現実なんだ・・」という感覚になった。
寝起きから、前にメガビで聞いた酷い話が思い出されてしまった。
物凄く酷い話であるにも関わらず、その感覚が中途半端でそれがまた嫌になった。

FF ADVETUREをやってみた。
1年半ほど前、メッセの子と一緒にこれで遊んだりして、その時はまだ楽しく接する事ができていて少し懐かしい感じになった。

好きなキャラをずっと眺めていると「うわ〜、何でこんなに可愛いんだろう・・」という感覚になる。
こんな子が悪戯される現実があるなんて、本当なら考えたくもない。
そういう子が悪戯される、というのは、その子が殺されるのと同じくらいの意味を持っていたような気がする。

FFの待ち時間の間にそのキャラの絵を見て、時間が着たらゲームをして、を繰り返す。
何時間眺めていても飽きがこない。
少し満たされたような気分になった。
なんか、思いっきり2次ショタオタクって感じだな・・

今日も徹夜でそのまま学校へ行った。
今日の授業は午後からで、3時限目の美学特講ではスクリーンに写真による芸術作品を映し出していた。
いつものように絵や彫刻の説明じゃなかったので少し興味が沸いた。
彫刻の写真のある部分を人間の人体と合成していたり、ある洋風画のパロディ作品を写真で表現していたりと、ちょっと面白かったと思う。
4時限目の情報処理概論の授業は殆ど聞いかずに、色々と考えていた。
何で前のように求められなくなったんだろう。
もし、前の状況でさらにそういう目に合ってなかったとしたらと思い浮かべてみたけど、もうそれがどれだけの喜びだったのか分からず、そのありがたさも感じられなくなってしまっている。
頭の中で感情が行かないよう、抑えて抑えて抑えまくってたせいで、本当なら嬉しいような状況を思い浮かべてみても感動が無くなってしまったみたいだ。なんだか、胸の奥に鉛が埋まっているような心境だ。
ずっと眠っていなかったせいか意識が飛んでしまって、気がついたら授業が終わっていた。
夢も見なかったし眠っていた実感がないので、いきなり早送りされたような感じだった。
帰りに久しぶりに古本屋に入って、数時間昔ジャンプで連載されていた漫画をたくさん読んだ。
その古本屋でいかにもデブオタという感じの、昔ガチンコという番組の大検資格を取るための合宿があって、大和龍門?が講師をしているシリーズがあって、その中に出てくるデブオタとそっくりなノースリーブのシャツを着たオッサンが居た。
しきりにどもりながら店員にあれこれ漫画の事を聞いていたりしたけど、その声もとても気持ち悪い感じがした。
「こういう奴が少年に悪戯したりするのだろうか・・」と気分が悪くなった。
古本屋を出て家の前の交差点で信号待ちをしていると、目の前を小中学時代の同級生が横切っていった。
顔が全然変わっていなかったのですぐに分かった。
一瞬目が合ったけど、向こうは俺だと気づかなかったようでそのまま通り過ぎていった。



2004年06月21日(月)

少年に悪戯するような奴に時効なんてあって良い訳がない・・

いつも同じような事ばかり考えているせいか、普通の会話をしているつもりでもそういう方向に流れていってしまう。
何度かメッセを読み返して「リュカさんが言わなければとっくに軽いものにできてたかもしれないのに」とか「すごくマイナスになる」とか言われて、もう関わらせてもらうわけにいかなくなってしまった。
あの子にもこれくらい拒絶されたかったな。
また価値観というか感覚が変わってきているかもしれない。
前は、求めている対象が第一で、状況によっては嫌われた方がいいというのはあったけど、今は嫌われたり忘れられたりする事自体が安心感というか目的というか、確かにそっちの方が正しいは正しいなんだろうけど、そうなりつつあるような気がする。
正しい事を喜ぶようにしよう、と思っていると自然にそうなっていくのかな。
「正しい事をしたんだから」と、関われなくなった事に対して未練が残りにくくなって、それ自体には抵抗が少ない。

今日は英語のテキスト課題で名前を当てられる日だ。
必修科目で単位に関わる事らしいけど、どのページをやればいいのか分からない。
再履修クラスの簡単な問題だから気合を入れれば授業が始まるまでに全ページできそうだけど、全然やる気が出てこない。
「この授業、あと1日も休んだら駄目」とも言われていた。

どんなに他の事で気分を紛らわせようとしても、その重い出来事があったのは現実で消しようがなくて、他の事に意識が行ってる時にふとそれが分かったというか、思い出した感じになる度にドキッとした感じになる。
それで「本当にそういう事があったんだ・・」とか「絶対消せないんだ」とか「変えられないんだ」という事に我慢ができなくなって少し絶望感が蘇ってきたりする。
よく映画やドラマとかで「許されたい」とか「それで楽になる」とか言うけど、酷い目に合った子がそれやそれに関するモノを許してしまったり認めてしまったりするのが余計に酷い事のように感じられて、こっちまで息苦しくなってしまう。
一生憎み続けてほしい、と思ってしまう。
それでも全然足りるような事じゃないけど・・
普段はいつも考えているのに、本当に薄れてしまって現実感がなくて、それがふいにリアルに感じられたりする感じだろうか。

英語の課題は、授業でどこを当てられるのか分かってからその場で考えてみる事にする。
テキストを見てみると80ページくらいあって、少し気が遠くなった。
大体の場所をやればいいか、とも思っていたけど、前の方が理解できてないと分からないような気がしてきた。
学校の事や他の事をしていると、それだけの酷い事実よりそっちの雑事を優先して考えているようで少し後ろめたくなる事が多い。
勉強の事と少年の事を同時に考えられず、勉強している時はそちらに意識が向かってしまう。

暴風警報とかで午前は学校へ行かなくてもよくなった。
これで英語の授業もなくなった。
午前11時まで警報がなくならないと今日一日学校が休講になるらしい。
部屋にある映画のDVDを観ながら色々考えると頭痛がしてきた。
せっかく好きになってもらえて、本当はそれさえ絶対ありえない事だったのに、全部自分で潰さないといけなくなる。
それで、そういう風に想ってもらえたにも関わらず、その子に対して感情を持ちにくくなっていってしまう。
もし、今対象にしていたような少年とそれが叶っても「そっか」という感じになってしまって、逆にそれだけ嬉しい事だったはずなのに感動が殆ど無くなってしまっている事に対して悔しさばかり感じてしまって、結局何も喜べなくなりそうだ。
少年と恋愛できる事と、少年が酷い目に合わせられた事を天秤にかけたら、酷い目に合わされた事の方が俺にとってはずっと大きな事なんだと思う。
考えていると少し息苦しくなった。
恋愛できるという事も、殆ど諦めてた事だったから信じられないくらい大きな事だったはずなのに、そういう出来事があったという方がマイナスであるにも関わらず大きい。
あまり現実感が沸かなくて、「本当に?」っていう感じになる。
普通に人生送ってた子のはずなのに、そんな目に合ってるなんて信じられない。

弟が「侍スピリッツ天草降臨」というゲームを友達から借りていたので、少しさせてもらった。
緋雨閑丸が凄く可愛らしくてよかった。
中3の頃ゲームセンターで初めてこのキャラを使ったときは、それほど歳は離れていなくて年下の男の子くらいに見えていたけど、今見ると完全に子供に見える。
でも、その当時からこのキャラが可愛く見えていて、結構部活の後輩に重ねて見ていたところがあったな。
声がのび太っぽいのが少し気になるが同じ声優だろうか。
ゲームのキャラでも可愛いなと感じながら見ていると少し締め付けられる感じになる。
少年らしい魅力に惹きつけられた上で、頭の中で色々なモノに繋がってしまうからだろうか。
そういえば、最近漫画キャラやゲームキャラ以外の現実の少年に対して魅力的すぎてどうしようもないような感覚になる事がない。
思い浮かべるだけでイメージしにくくて、実際街を歩いていて惹きつけられるような少年を見かける事がなくなってしまったからだろうか。
でも、魅力的な少年だろうが2次元だったら誰でも描くことができるけど、現実の魅力のある子は持って生まれた天性?のようなもので、誰でも表現できるものじゃなくて奇跡のような存在だから特別で、漫画の少年とかに魅力を感じるようになったのもそういう存在が元になっているんだろうな、とは思う。
でも、ショタになった頃からずっと持ち続けていたイメージが一度途切れてしまった感じで、なかなかイメージしにくい部分もあるんだと思う。
まだ辛い事の方がイメージしやすい。
少し寝ぼけているようで、思っている事が上手く言葉でまとまらない。
現在午後2時過ぎ。
警報が無くならなくて、今日は学校へは行かなかった。

警報がなくならなかった事上の方でも書いてたな。
頭がフラついてボケてきているからそろそろ眠る事にする。
でも、頭がハッキリしていて良い事なんか、何もないんだよな。
その事実から逃げられないという感覚や後ろめたさやプレッシャーや、それぞれが中途半端に薄れてきている事への抵抗感とか、嫌な感覚ばかり四六時中つきまとう。
ボケてると結構気分が楽だったりする。
でも眠い。
ゲームをしていても、そのゲームが少年関連のものだったら、嫌な事を考えずに楽しんでいても後ろめたさがでない。
やっぱり、俺は別々の少年でも、それぞれが特別に感じられていた種類の子だと、同一視して同じ人間のように見てしまう部分が強いのだと思う。
と、考えてみると、今まで自分がどういう気持ちで年下の子を求めていたのか少し分かったというか思い出したような気分になった。
これは忘れないようにしないといけないな。



2004年06月20日(日)

無責任に偽善的な発言をする奴が憎い。
「被害にあった子と同じように加害者にも同情すべき」と言われた。
マジふざけんな死ねよ!と思う。
少年に悪戯する奴やしようとする奴の次くらいに反吐が出るような人種だ。
そいつをかばって肯定しているのと同じだ。

道徳で言いそうな事そのまま言う勝手な奴に死ぬほど腹が立つ。
年端もいかない少年と、年端もいかない少年に対して自分の欲望を満たしたいがために悪戯をするという腐れジジイを同じくらい同情しろだと。
そういう風に言えば道徳的だ、とか賛同されるとか思ってるんだろうな。
最悪な気分になって収まりがつかない感じになった。
死んでほしい。
気持ちを静めようと数時間かけて絵を描いた。
描いてるうちに少しずつ落ち着いてきた気がするけど、とても疲れた。
まだ胸糞悪い・・
偽善者野郎が・・

現在午前8時半。
徹夜癖がついたみたいで、今日も夜は眠れなかった。
FF�擦梁格圓�ムービーで出るらしく、その予告フラッシュ?を見てみた。
鳥肌が立つほどカッコよくて、嫌な気分が吹っ飛んだ感じになった。
FFシリーズで初めてやったのが�擦世辰燭擦い發△辰討�、あのシリーズで一番カッコよく見える。
でも、�召皀�ッコイイとは別の意味で凄くよかったな。

夢の中にあの子が出てきて「そういう目に合った日から自分の人生は終わった」「思い出すたびに凄く苦しい」と言っていた。
その出来事に対して気にしなくても気にされてもやっぱりキツイ。
なんでそんな事になってるんだろう、と思う。
今日は午後8時前に目が覚めた。

寝る前にメッセの子から、俺と話してると色々と嫌な事を思い出してしまって辛いと言われた。
その子が立ち直るまでの間距離を置いた方がいいという事になって、今度は納得してくれた。

粘着と煽り合いをしていると少し気分がスッとした。
さっきまでのやりきれない気分が少し薄れた。
一方的に多人数から悪者扱いされて煽られるのは嫌いだけど、ショタ以外の奴との1対1の煽り合いは結構好きかもしれない。
相手がショタだと、そいつの身勝手な発言に対してもの凄い憎しみみたいな感情が沸いてきて、息切れがして発狂しそうになる事が多い。



2004年06月19日(土)

昨日話した事も、何だかうやむやにされてしまった感じだ。
メッセの子が嬉しそうに好きな子の事で話してくるから「こうなったら嬉しい?」みたいな感じで色々と話を作ったら凄く喜ばれた。
後ろめたさが薄れていって、心が軽くなった気がする。
日記のカウント数が30000になっている。

少年の可愛いイラストを見て「可愛い〜」と惹きつけられる事は多いのに、頭で思い浮かべてそれに浸ったりという事が、もう殆どなくなってしまった。
2次元の少年のみ対象になってしまったのかな、とか思ってしまう。

今日は午後7時過ぎに目が覚めた。
少年愛というものが自分からどんどん関係ないものになっていってるようで、そういう意味で少し息苦しくなった。
絶対的だと思っていてあれだけ苦しい事なのに、それが薄れて普通に生きていく事に抵抗がある。
好きな後輩の事を思い浮かべてみると、その後輩があんな目に合う事がすごく非現実で実感が沸かない。
でも、一方でそういう子はそういう目に合うのが日常的な事なんだろうな・・と思ってしまう。
男の子でさえ、日本でもある特定の種類の子はオッサンとかから悪戯されているのが当たり前で、今まで認識していた世界とかけ離れすぎている。
どうにもできない・・

なんとなくショタ板を見てみた。
やっぱりこういう子は狙われるんだ・・と嫌な気分になった。
http://www.megabbs.com/cgi-bin/readres.cgi?bo=boylove&vi=1042285493&res=1
これだけのショタ公に狙われて、そのうちの何人かが襲って。
結局そういう子が無事にそういう目に合わずに人生を送っていくのは無理なんだろうな・・
「ある特定の種類の子」というのがタイプで「絶対そういう目に合わない存在」と思っていたような少年と同じで、実はそれは違ってて、本当はそういう目に合うのが日常的な部類の少年だったんだ、と最悪な形でまるで正反対になっていて、この現実が嫌で嫌でしょうがない。
2年ほど前までは、そういう子がそういう目で見られる事自体ありえないと思っていた。

息切れがする・・もう全部グチャグチャだ。
望んでいた事と真逆にしかいかないようになっている・・
一番そうあってほしかった事が一番あってほしくなかった風に向かっていく。
嫌だ・・
変えられない、消せない、ただ黙ってそのクズみたいなオッサン共が作り上げたどうにもならない現実を受け流すしかないのだろうか・・
息苦しくてたまらない・・
全部が嫌でもう泣き出したくなる。

掲示板で、少年に悪戯したオッサンにも同情しろと言われた。
ブチギレた感じになって、意識もしてないのに「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」と思いっきり叫びだしてしまった。
珍しく親に「どうしたん!」と心配された。

この場に居るのも息苦しい。
何かで気を紛らわせようと思っても、何もする気になれない。



2004年06月18日(金)

いつも話をしている子から「リュカさんが欝になったりしていたのは自分の価値観で認めたくないからで、俺の身になってくれてるわけじゃないんですね。理解してくれてると思ってたのに」と、少し嫌われた感じになった。
その通りだったから返す言葉もなく、少しショックで傷つけた罪悪感と「やっぱりこの子も、ずっと良い風に勘違いしていたんだ」という気持ちになった。
嫌われる事にはあまり抵抗がなかった。
元々の価値観で、そういう子には自分の害になるものは嫌ってほしいと思っていたし、感情が薄れてあまり親身になってあげられない状態で関わり続けるのも後ろめたかったから「自分の意思で嫌ってくれて関われなくなるならそれでもいいか」という感じだった。
以前も一度関われなくなって、その時は別の理由だったから凄く抵抗があったけど、今回は結構割り切れた感じだった。
その子にとっても、今日色々とハッキリして俺に相談したりする意味がなくなってしまって「もう関わらない方がいいかもしれない」と言うと「関わらなくなるのは嫌です」と言われた。
俺自身も、男の子への感情が薄れていって、よくその子から好きな子の事で恋愛相談を受けたり世間話をしたりしていたけど、その子に対しても喜ぶ感情が沸かなくなっていて、関わってる時もただなんとなく聞いているという感じになっていた。
「そんな中途半端でいい加減な状態なのに、俺と話してて楽しいの?」と聞くと「楽しいですよ^^」と返された。
その子が凄く可哀相に思えた。
その子の相談相手として、という感じで関わらせてもらっていて、それが今日本当は全部ちぐはぐになっていたんだとハッキリしたのに、付き合いの長さで情が移ったのか、その子も正しい風に判断できず変な風に依存してしまっているのかな、と思えた。

今日は午後5時頃に目が覚めた。
一度10時頃に起こされて「実技だけ出る」と言っていたが、寝過ごして結局学校へは行かなかった。

薄れすぎてもう何が正しい判断なのか自分で強く実感できなくて分からなくなる。
実感できない以上、もう少年愛関係のものは自分の中では全部終わってしまったんだろうなと思う。

今日見た夢はどんなだっただろうと思い出してみた。
前住んでいたマンションの1室を俺専用にもらえる事になって、6つの部屋から好きなものを選ぶという感じだった。
それぞれの部屋に特性があり、1つは同じ部屋で眠っている人間は同じ夢に辿り着き、同じ夢の中で行動するというもので、と他が思い出せないけど、久しぶりに結構楽しい夢だったと思う。
寝起きからしばらくして色々といやらしい事が浮かんできた。
最近多い。
欝が薄れて抑止力になるものがなくなってしまったのだろうか。
ただの生理的なものになってしまって、その存在を求める事がなくなってしまう。
それさえも薄れていて、自分の人生にとって全然大きなモノではなくなってしまう。
それだけの存在になってしまいそうだ。
タバコを買いに外に出てみた。
空が紫色に染まっていて、少しノスタルジーみたいな感じになった。
それがまた息苦しい。
全部が嫌だ。
もう全部どうでもいい。
絶対的な存在だと思える時があった頃、どこか人生の真理というか理というものがつかめていたような気がするけど、それさえもう分からなくなった。
でも、その状態で酷い話を目の当たりにするとどれだけの苦しみになるのか、それもまた生き地獄みたいな感じだったな。
「絶対にそういう目に合うような存在じゃない」という思いが強かったから、全てに裏切られたような、それまで感じていた世界が全て壊れてしまったような、そういう流れに持っていって守ろうとしなかった理など全てが憎くてしょうがなくて、本当に絶望的な感じだった。



2004年06月17日(木)

今日は午後1時半過ぎに目が覚めた。
そんな現実がある中でその世の中を生きていて、それを軽く見てるような認めているような感じで自分自身が嫌になる。
寝起きから気分が悪くなった。
それがある上で普通に学校に行ったりして、そういう子がされた上での世の中で、とまで感じられなくなっているのかもしれない。
前と違って、今は酷い話も正面からじゃなく、どこかズラして受け取ろうと常に逃げ道を探している感じで、意識していなくても常に逃げる方向に向かっていてまたそれが耐えられなくなる。
それでどんどん薄れていったりする。
ショタになる前、自分にとっての性的な意味があるモノを男や女で思い浮かべて、思い浮かべた後で鈍い吐き気のようなものが沸いてくる事が多かった。
ショタになって、少年を対象にするようになってからその吐き気が感じられる事はなくなって、後になって「その時は対象が合っていなかったから吐き気が出てきたりしたんだろうな」と感じていたけど、今は少年を思い浮かべてもその吐き気が感じられる事が多くなった。
ショタじゃなくなれば傷つける可能性も激減していいかな、というのもあるけど、それによって酷い事実を「どうでもいい」とおざなりにしてしまいそうで、それがまた許せなくなる。
漫画や他人の話で「年下の男の子に慕われてるけど、避けてる」というのがあって、そういうのを聞いたりするたびに羨ましく思って「自分だったらそうはならないのに」と思っていたのに、そういう事実があって自分もそうなってしまっているのが凄く悔しい。
でも、聞いた話に出てくる年下の子がそういう目に合っていたというのはないから、同じ避けてるでも全然別物なのだろうか。
でも、聞いた話のような状況になれても、今の自分が中途半端すぎて、やっぱり認められなくて避けてしまうかもしれないな。

徹夜してそのまま1時限目から学校へ行った。
何かを考える気にもなれず、眠くもなかったのでプリントの裏に落書きをしていた。
マウス絵のせいか、かなり落書きが上達しているのが分かった。
考えよう、という気も起きなくてだんだんストレスがたまってきた。
今日はずっとイライラしながら過ごした感じだ。
まだ欝で苦しんでれば、少なくとも後ろめたさは今よりだいぶ薄いんだろうな。
昼休みになっても眠くならず、考える気にもなれなかったので久しぶりにパソコンのある教室で過ごした。
2chを見てみると、どこも「人大杉」とかでまともに観覧する事ができなかった。
漫画板で上に上がっているスレだけ見る事にした。
マガジンの「味の助」という料理漫画があって、そのスレを見てみると、料理漫画であるにも関わらず「これはエロ漫画だ」とかボロクソに言われていてついその場で吹き出してしまった。
「『君の料理を食べて、もう少しだけ生きてみようと思った』という台詞は読者から見たらギャグだけど、編集者達は大マジなんだろうな」と書かれていたのがツボにハマって、おかしくてしょうがなかった。
その他にも「汁の助」とか「汁飛ばし漫画」とか散々ボロクソに突っ込まれているのが笑えた。

いま少し息苦しい。
常に意識に付きまとって離れないものはどれも息苦しくて圧迫されるものばかりしかなくて嫌になる。



2004年06月16日(水)

色々な荒らし方が思い浮かんで結構笑えた。

今の状況全てが嫌だ・・
常に何かを気にしていないといけなくて、圧迫される。

今日も徹夜だ。
眠ろうとして眠れない時、最悪なものが深く意識されて、全てが現実で逃げ場がないんだ、と強く感じてしまう。
現実は消えない。
時間が経てば終わり、じゃなくて、その時間もずっと続いていく事がわかっていて逃げ場がなくて途方にくれる。
いつまで意識されているのだろう、でもそれが延々と続いて終わる気配が感じられない。
逃げられない状態でのずっと続いていく時間が重圧になる。

そのまま眠らずに学校へ行った。
久しぶりに1時限目の始めの方から学校に到着したというのに、1.2時限目の授業が行われる教室には誰も居ない。
掲示板を見に行っても休講や教室変更の掲示は出ていなかった。
美術館見学などの特別授業でもあって、俺がそれを知らなかっただけなのだろうか。
睡眠不足だったので、そのまま授業が行われるはずだった空き教室に戻って眠る事にした。
机に突っ伏してウトウトしかけた頃になって急に「今日授業ないんですか?」と遅れて入ってきた生徒に質問された。
やっと眠れると思ったのに邪魔が入ったのもムカついて、「自己中な奴だったら、それでも起こしてまで聞き出そうとするんだろうな」と思いつつもそのまま寝たフリを続ける事にした。
明らかに俺が寝ている事は分かっているはずなのに、案の定さらに繰り返しさっきより強めた声で耳元で「あの〜!」と俺に話かける。
うざったくてしょうがない。
「知りませ〜ん」と少し怒りを込めて返してやった。
「そうですか・・」と出て行った。
眠りかけていたところを起こされて目がさえてしまった。
本当ならあと2時間は眠れるはずだったのに、なかなか寝付けず、結局数十分しか眠る事ができなかった。
3時限目の授業中も寝ていたら、出席カードをもらうのを忘れていて、結局今日も学校に行った意味がなかった。
午後3時過ぎに家に戻ってきた。
眠くてしょうがない、昼夜逆転になるけどこのまま眠ってしまおうか、と思うけど、今は眠さのせいで意識が働かなくなっていて、また目が覚めたら嫌な事ばかり意識させられて気分が悪くなりそうで、どうしようもなくなる。
なんか、嫌な毎日だな。



2004年06月15日(火)

少し苦しかったので横になってタイプの子の事を嫌な事実を退けて思い浮かべてみた。
嬉しい感情は沸いてこなかったけど、少し落ち着いてきて目がさえてきた。
一応眠るつもりで横になっていたのに眠れなくて、一人で湯船につかっている時や、子供の頃夕方に眠っていて夜中になって目が覚めた時のような自分の内側に篭って「ここに自分が居る」という現実感?のような孤独感のような周りもの全てからどこか孤立しているような感覚になった。
毎日の日常にモヤがかかっているみたいな感じなのに「今まで生きてきた」という、子供時代から今にかけての人生が深く実感された感じだろうか。
この感覚が嫌いだったけど、何故か「良いもの」に感じられて、その感覚が起こりうる今までの色々な状況を思い浮かべてみた。
小学校の時の自然学校などで周りが眠っている中、一人目がさえてしまってボーっとしている時もこういう感じだったな、とか思い浮かべた。
言葉じゃ表しにくいが、疲れた現実感、みたいな感じなのだろうか。
昔はこの感覚を共有できる相手や仲間を求めていたところがあったような気がする。
今は、そんな事を感じるような余裕さえなくなってしまっているように思う。
この感覚を「良く」感じる事も滅多にないので、少しだけこれに浸かっていようかな、と思ってるそばから「どうでもいい」になってしまった。
自分から見える世界観が大きく分けて3つあって、1つが今のような感覚になった時に見える時で、もう一つが誰かと関わっている時に見える時で
、最後にふさぎこんで欝になったりして色々考えている時に感じられる時で、それぞれの状態で全然世界が違って見える。
最後の状態になっている時が一番多い。
さっきなったような感覚の時は、子供の時に感じていた欝や不安感に近い気がする。
でも、それが一番心の深いところまで潜り込んでいる感じなので、タイプの子に対して絶対的だ、とか特別な存在だと感じられていたのもこの感覚に近いところがあるのかもしれない。

3時限目までの授業はサボって、4時限目の時間からキャリアアップサポートとかで、就職の適正を調べるテストみたいなものを2時間くらい受けた。
「思った風にチェックを入れてください」と言われたのでその通りにしたが、意欲が無さ過ぎて多分落とされるな。

リヴリーで、何人も集まって雑談してる場所を荒らして荒らして荒らしまくった。
少し気分がスッとした。



2004年06月14日(月)

とりあえずこれでドラクエでやってないモノは無くなったので、次に何をやろうかと色々なソフトをチェックしてみた。
ファミコンの「マザー」が雰囲気が良かったのでやってみる事にする。

全部がダルい・・
もう終わりたい。
最近悩む内容も「自分の事について」になってきている。
誰かのことで、よりは折り合いがつけやすいけど何だか虚しい。
リセットされた感じだろうか。

そういえば、ショタってやたら知識をひけらかして専門用語を使いたがる奴が多いな。
それも、あえてその用語を知らない奴だと分かっている相手に使ったりする。
少年じゃなく自分自身を特別な存在だ、とか思っていたりするのだろうか。
いつも思うが、馬鹿みたいだ。
貴族や芸術家が狙って突飛な事を言ったりして見せて悦に入る様が連想される。
自己陶酔ほどハタから見て馬鹿みたいでくだらない事はないと思う。
でも、タイプの子の場合のみそうしているのを見ると微笑ましく感じられる事が多かったな。
大人やオッサンだと「こいつ寒っ」くらいにしか思わない。
と、ただの愚痴。
本当、人生や人間がくだらなく思える。
虚しい。
自分自身がどうでもいいモノに思えて人生にも興味が沸かない。
前みたいに特別だ、と思える存在が必要だ。
それも場合によっては苦しいだけのモノに変わってしまうか。

退屈しのぎに見る掲示板とかも、当たり障りのない板ばかり見る事が多くなった。
それで余計にくだらなく思えたり虚しくなったり息が詰まったりで、関心がある板は見ると不愉快になるのが分かっていたり、嫌な話を聞くのが怖くて見るのを避けるようになっている。
何を見るかの選択も、俺の人生の選択と同じような感じで、結局モヤモヤしたモノや「信じられなくて気が狂いそうになるくらい最低な出来事が存在している」という現実があるんだというプレッシャーを抱えて何も得ないようにしてただ生きていくだけで嫌になる。
直視しないように、でも「それ」が存在している事は知っているから気分が晴れてくれる事もなくて心底何かを喜ぶ事もなくなっていく。

昨日に引き続き今日も徹夜した。
とりあえず今起きているので、学校へは1時限目から行って向こうで眠る事にする。

2時限目の最初から授業を受けた。
授業中ずっと色々考えていて、久しぶりに結構キツイ感じになってきた。
わき道にそれて、その事実自体に現実感が沸かなくなって言葉だけのモノになって直視されない事が多かったけど「本当にそういう目に合ったんだ・・」と目の当たりにした感じになった。
それだけの存在だったのに、酷い目に合わされた事より自分の感覚がどうなっていくのかが悩みになっていきそうなところも嫌で許せない感じになってきて、でもそういう子の事で悩んでるのもそういう子に対して凄い感情を持っていた事が前提になっていたわけだから、また分からなくなってくる。
昼休みの後の3時限目は空いていたので、昼休みと3時限目もずっと考え続ける事にした。
かなり苦しくなってきたけど、このまま帰るとまた中途半端に戻ってしまいそうだったので学校に残る事にした。
数十分考え続けていると教室に女のグループが入ってきて、俺が座っているすぐ傍で大声で騒ぎ出した。
「もういいや」と思って家に帰る事にした。
ちょうど弁当を忘れていたので、それも帰る口実になった。
帰り道、またその子の事が浮かんできた。
その事実が無ければどれも「素晴らしい」と感じられたモノだったのに、その子の言葉も行動も、性格までが全部嫌になってくる。
その子の全てが酷いモノのように感じられてしまう。
耐えられない存在になってしまった。
そういう目に合った上での言葉だから、その子が今までに言ってくれた言葉も俺は全て否定しているし、逆の方向に思う事にしている。
それだけの酷い目に合ったんだから、ショタも世の中も全部憎んで生きてほしいと思った。
好きになる相手も、あえて自分をそんな目に合わせたショタの中から選んでいるし、そういう博愛主義的なところも全部嫌になる。
前の価値観だったらありえない事だったけど、俺はその子の事が嫌いになってしまったのかもしれない。
その子の事を、筋違いにも憎みそうになる事が多い。

帰ってしばらくしてから眠ってしまっていて、午後8時になって目が覚めた。
寝起きから、その子がショタを認めているみたいな感じなのもたまらなく嫌に感じられた。
そんな目に合わされたのに、色々と自分を認めてくれるみたいな事を言ってくれていたのも全部苦痛だ。
自分がされた事を肯定しているように見える。
その子に何を言われても思われても接してくれても、その全部が嫌になる。

欝になった後、眠さのせいで横になって数十分ボーっとしていたら、好きだった子や知り合いから聞いた恋愛話が浮かんできた。
そのまま意識の中に入り込んでいって、起きながら夢を見ている感じになり、そのまま数十分それを見ていた。
でも、それをどこか煩わしく感じたり、避けたいという意識が根付いていて、息苦しいような焦燥感のようなコンプレックスのような嫌なモノに感じられてしまって、うまく喜んだり和んだりする事ができなくなっていた。
俺自身の人間性が以前とかなり変わってしまって、さらにそれを薄くした状態が今の感覚なのかもしれない。



2004年06月13日(日)

常に頭の中で、どこか逃げ道を探しているような気がする。
それがかえって今の状態をどんどん中途半端なモノにしていく・・

漫画キャラのセスタスが出てくる夢を見た。
今日は午後4時過ぎに目が覚めて、漫画に出てくる少年の事が強く実感された。
逆に今までネット上で少年と関わってきた事や聞いた話に現実感が沸かずにそっちの方が夢に感じられる。
今まではずっと「漫画だから」という風に深く考えないようにしていたけど、元々は漫画に出てくる少年もタイプの子だったら現実の子と同じとまではいかなくても俺にとっては近い意味を持っていて、それでそちらの方が最近意識されたので漫画の方に強く意識が行ってしまって、それ以前に聞いた現実の話に現実感が感じられなかったのかもしれない、と考えてみた。
でも、感情が沸きにくくなったのはあの漫画を読むよりずっと前からだったのでどうなんだろうな。
元々タイプの少年とは関わる事もなく、殆ど自分にとって空想上の存在になっていた部分があったから、それで今はそういう子に対して現実感が沸かずに薄れたように感じられているだけなんだ、という風に考えてみる事にする。

今日は一日ダラダラと映画を見たりゲームをしながら過ごした。



2004年06月12日(土)

何だか、今の状況はタイプの少年が悪戯されるのが当たり前でそれをする奴を責める事の方が変で「それを『よし』と思え」と何かに押し付けられている感じだ。
その何かはどんどんと調子に乗っていって、俺の感覚がその何かにとって都合が良さそうな風に流れていくと、その何かは「そうだ、それでいいんだ」とさらに調子に乗って納得している感じがする。
その何かが喜ぶよう、悦に入らせるよう、それに媚びるように考え方を変えていかなければならないのだろうかと許せなくなる。
その何かっていうのは、世間や流れや犯罪ショタ公共や因果律?など全てひっくるめたモノがそれにあたる。
許せないものを黙認せよ、というのが世の中というものでむしろそれを推奨したりしなければならないのだろうか。
そんな話ばかり聞いて何が正しいのかもう頭が混乱してくる。
「そいつらの方が正しいと思えばいいのかよ!そうすれば満足なんだな!?」と感じる。

午後3時頃に目が覚めた。
もう特別な存在に見れないんだとか、もう前みたいには戻れないんだとか、その事実を知りながらも重くできてないんだと浮かんできて寝起きから凄く嫌な気分になる。
全部が嫌になる感じで、その中途半端さも気持ち悪い。
感覚ももう分からなくなってきて、前まで絶対どんなものでもどれだけ金があってもその事実の前じゃ意味が無いのだ、という強くてハッキリした意志のようなモノがあって、その感覚は絶対揺ぎ無いものだったのに、今は「そういう子の存在より金の方が偉いのだろうか」と、頭じゃ「そんな事ない」と思っていてもそれが強く実感されずに薄れてきてそれも分からなくなってきている。
もう人間終わってる。
それらを軽く見てる奴らのイメージがあって、そいつらの価値観が流れ込んできているような感覚だ。

ドラクエ�兇鬟�リアした。
ラスボスを倒してからドラクエ�気離椒垢鵬颪い帽圓�と、凄く親しげになっていたのが少し良かった。



2004年06月11日(金)

キョンシー関連のサイトでキョンシーのRPGを作るという企画があった。
アイディアを募集していたのでいくつかイベント案を考えてみた。
結構楽しくて少し気分が和んだ気がする。

和みついでに、色々と想像上の男の子の事を考えてみた。
欝になるような事やいやらしい事は避けて、昔求めていたような感覚やドキドキするような事を考えてみると抱きしめたいような感情が少し蘇ってきた。
周りの男達が求めてる女とは全然違った特別な魅力を持った存在なんだ、と考えた。
直視しなくなった事を逆手にとって色々と嬉しい事を想像してみた。
気分が高揚してくる。
でも、これも今だけの一時的なもので、明日になったらまたそれが実感できなくなってるんだろうな・・

今日は午後11時台に起こされて、そのまま2度寝してしまって午後3時前に目が覚めた。
さらにそこから3度寝してしまって、午後6時過ぎに目が覚めた。
寝過ごして今日は学校へはいかなかった。

少し圧迫される感じがする一方で、どこか「もういいや・・」と投げてしまっているというか諦めているような感じになっている。
諦めるようになってしまっている時点で、そこまで思える対象じゃなくなってしまったという事だろうか。
対象になる子への思い入れと欝は比例しているので、俺にとってそういう意味で関わりたいと思える子は、やっぱりそういう目に合っていては駄目なんだな、と思う。
ショタになったばかりの中学くらいの頃なら、それでもまだ「タイプの子が好きになってくれた」と喜んだりしていたのだろうか。
今まで色々嫌な話を耳にして、その現実から逃れたいというのもあったので、やっぱりそういう目に合っているというのはキツイ・・

明日から2連休だし、ファミコンやスーファミソフトを無料で落としまくれるサイトも知ってるし、今日は徹底的にゲームをやりまくる事にしよう。



2004年06月10日(木)

マッピーキッズとキョンシーズ2というゲームをやった。
どちらも10年ぶりくらいにやるゲームだ。
マッピーキッズの方はラストステージでゲームオーバーになってしまった。
キョンシーズ2はファミコンソフトなのにかなりシュールなゲームで、チビクロという可愛い少年を選んでプレイしたのだが、店に入って店員に話かけると半分は「お前に食わせるものはない、出て行け!」とか「ここはお前が来るようなところじゃないよ」とか「お前には何も売れないよ」と何も悪い事をしていない主人公を追い返す。
ある店に入ると「ぼうや、良い事を教えてあげる。〜銀行の人と〜薬店の人は君みたいな子が好みなんだって」と言ってくる。
小学生の頃このゲームをやっていた時はよく分からなかったりあまり気にもとめていなかったけど、今あらためてプレイしてみると「えげつないな」という感じがした。

今日は午後から学校へ行った。
あまり嫌な気分になる事がなく、昨日遊んだゲームの事を考えていた。
昨日色々吐き出して少しモヤが取れたのだろうか。



2004年06月09日(水)

今まで使っていた携帯を使わなくなるのも少し寂しい感じがする。
この携帯で初めてネットを始めてパケ代総額50万以上使った事もあって、結構思い出深い。
殆ど時計代わりで、たまにメールを打つくらいだったけど凄くしっくりくる、というか手に馴染んで使いやすかったので、結構惜しい気がする。
新しい携帯をコンセントに繋ぐので今までの携帯を机にしまおうとしたちょうどその時に「ピピピピピ」と電池切れの音が鳴ったので電源を切った。
電源を切った時の「see you」という文字が、昨日見たフラッシュの影響もあってお別れを言っているようにも見えた。
偶然にしても凄いタイミングだったので、魂が宿っているようにも感じられた。
「別に代えなくてもよかったんじゃないか・・」とも思えてしまう。
また見れるように電源コードごとちゃんと保管しておこう。
物に対してこう思うのも変だけど、その携帯が可愛いというか今までずっと居てくれたんだな、とか思えてしまった。

本当なら手放したくないと思ったり、嫌われないだろうかという不安が常に付きまとうような対象で、その子自身は悪くないのにこっちから関わらないようにしたり嫌われたいと思わなければいけなかったり忘れさせようとしなければならないこの状況が憎い。
何で俺は毎日毎日必死で祈るように「忘れてください忘れてください忘れてください忘れてください忘れてください」頭の中で連呼させているんだろう。
息苦しい・・
絶対にどうにもならないのに。
こんな状況で想われるくらいなら嫌われて蔑まれて忘れられた方が何倍もマシだ。
忘れてもらわないといけない忘れてもらわないといけない忘れてもらわないといけない。
どうにもならない。
頭の中が「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」となる。
その子は一体どういうつもりなんだろう。
本当ならショタなんかに関わらない事が正しいのに。
何でこういう状況にならなければならないんだろう。
息苦しい。
でも、どっちにしろもう俺がその子に対して恋愛感情を持つ事も受け入れることも100パーセントありえないし、その子を酷い目にあわせた人種であるショタを好きになる事もおかしい。
忘れてもらうしかない。忘れてもらわないと今までやってきた事、考えてきた事、価値観が変わって行った事感情が持てなくなっていった事が全部無駄になる。
そういう子は他の何よりそういったモノに関わりがない人種だと思い込んでいたのに、実際は何よりそういったモノに関わりたくないと思いながらも何より強制的にそういう物と関わらせられて、他の何よりそれと関わっている人種なんだ。
何かもうグチャグチャだ・・
もう、その子の事について何ひとつ知りたいとは思えなくなった。
本来ほほえましく思えるものさえ全て否定すべき嫌なモノに変わってしまう。
もう嫌だ・・
何でこんな事にならなければならないんだろう・・
絶対的だと思える感覚さえ、どういったモノだったのかもう実感できないし分からない。
一方で否定しておきながらもう一方で感情を持とうとするなんて、所詮無理なんだろうな・・
俺がその子を嫌ったら、その子も忘れてくれるだろうか。
それも酷いけど、
嫌われることばかり考えているせいか、余計に感情がもてなくなる。
そうしなければならない状況が凄く悔しい・・

その子と関わる事が嫌で、関わらない事も嫌で、その子がそういう目に合っていない以外全て嫌だけど、そういう目に合ってるその子とそういう目に合っていない場合のその子は同じ子だから色々考えてしまって、でもそういう目に合っている時点でそれは間違っていて、、と訳の分からない感じだ・・

今日は午後11時前に目が覚めた。
今日も学校をサボった。
そういえば、なんか1ヶ月くらいまともに学校行ってないな。

今日一日ずっとふさぎこんで考えている感じだった。
苦しさが中途半端で、それがまた嫌になったりする。
「どうにもならない」が前提になっていて考え続けて、結局何も変わらない。
いつものようにモヤモヤしたものだけが残ってしまう。
気分転換に久しぶりにドラクエをやってみる事にする。
なんか、こういう状況なのに他の事をしようとしている事に対して自分自身に言い訳してるみたいだな・・



2004年06月08日(火)

昨日の午後8時頃にまだ時間に余裕があったから、頭の中を整理してじっくり考えてみようと思っていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
今日の午前8時頃に目が覚めて、12時間近く眠ってしまっていた。

ただ生きてるだけでストレスだ。
何もしたくない。
そういう目に合ってるから、本当なら喜ぶべき事でも「それさえなければ喜べたのに」とか「それがあったせいでそう想うようになったんだ」と余計辛いモノに変わってしまう。
それで余計悔しくなって、否定すべきモノに変わる。
喜べるモノじゃなくなっていく。
ショタの俺を好きになって色々言ってくれてたのも、ショタに酷い目に合わされたのに、また同じ目に合いたがってるのかな、と思えてしまったりする。
そいつに悪戯されておかしくなってしまった、そのせいでショタを求めるようになっている、としか思えなくなる事も多い。
嫌になる。
さっさと忘れてほしい。
ショタなんかと関わらなくていい。

クズゴミが野放しになってる時点でこの世の中は糞だ。
社会はクズゴミの思い通りにさせている。
思い通りにさせるだけさせた後じゃないと何の処置も取らない。
未然にそれを止めようともしない。
少年愛者は全て死刑とかになればいいのにな。
同じように殺されても正しいと思えるなら未練にならない。
こんな社会で良いものなんか何もない。
全てのショタの命より、そういう少年が悪戯されない事の方が何百倍も大切な事に思える。
そんなどうでもいいような奴らに悪戯されるとか、全然割りに合わない・・
絶対的だと思えるような少年に悪戯した奴が、どんな惨い殺され方をしてもそいつのした事に対して全然釣り合わない。
どんな罰を与えても全然足りない。
これぐらいの強い感情が以前は常に強く実感されていたのに、今の自分は何なんだろう・・と思う。
頭じゃ以前持っていたモノが正しいと理解できているのに、沸いてくるモノが極端に薄れてしまっている・・
そういう少年が悪戯されたりして、汚くて気持ちの悪いゴミを野放しにしている時点でこの世の中が糞以外の何者でもない事には変わりないが。
ショタ板でそういうゴミが今まで自分のしてきた事を自慢みたいな感じでほざいているのを見て文句を言うと、必死で自分を正当化して周りの賛同を得ようとする。
逆にこっちがおかしいような事を言われたりする。
少年愛者は性格までドロドロに腐ったゴミのような奴らが大半を占めているんだろうな、と思う。
あれだけ可愛くて綺麗で優しいような子を悪戯しておきながらも、気持ちの悪いゴミはそれでも自分自身を守るために腐った事ばかりわめき散らす。
その子より自分自身の安全が何よりも大事なんだろうな。悪戯しておきながら。腐りきってる。
優しかろうがなんだろうが悪戯するような奴は最低の腐ったゴミだ。

今日の授業は3.4時限目だけだった。
4時限目の授業は必修だったので、4時限目だけ受けて帰った。
携帯を見ると電波状態を示す場所に「OUT」と書かれていた。
もう今までの携帯は使えないようだ。

あれだけ酷い話を聞かされたのに、何でこんなに気分が落ち着いているんだろう。
嫌になる、



2004年06月07日(月)

何がしたいのか分からない。
時間が経ったところで何も消えないのに、毎日無意味に過ごしているように思う。
感情殺しすぎて本当にそういう気持ちが沸かなくなってしまったのかもしれない。
一番耐えられない事だったから、その上で受け入れるのが嫌で自分で色々条件付けていた部分もあったかもしれない。
結局は俺が受け入れたくなかっただけ。
俺の「そうなっている以上、絶対に受け入れたくない」という意思が前提になっている以上、そうなってるのは変えられないからいくら考えても「どうにもならない」となってしまうのは当たり前の事だったんだな、と思う。
いくら「終わった事よりこれからの事を」と誤魔化してみても、意思や言葉じゃ消せないくらい絶望的な出来事だし、他の人間はそうやって先の事を見れるかもしれないけど、少なくとも俺にとってはその出来事の前じゃどんな意思や言葉やその子の存在があったとしてもどうにもできないぐらい大きい事だから、もう本当にどうにもならない。

今日は午後10時過ぎに目が覚めた。
そのまま2時間ほど色々と考えていた。
嬉しい事を言ってくれていても、意識的にそれについて考える事を避けて嫌な事ばかり思い浮かべてしまう。
少年の事を考え始めると今までに耳にした話や「せっかく告白してくれてたのに」という事ばかり浮かんで嫌になる事の方が多くなった。

3時限目はないはずだから3時までに学校に行けばいいか、と横になっていると3度寝してしまった。
親戚の住む田舎に遊びに行っている夢を見た。
その日は従兄弟の誕生日だという設定になっていたのだが、うちの親父達は「これからパーティーだから」と従兄弟を置いて外に出かけてしまった。
辺りは夜になっていて、俺もコンビニかどこかに行くために駅前まで外出する。
親父と母親と他の親戚達が連れ立って漫画喫茶のような、少年関係の児童ポルノや少年自身を売買しているような店に入っていくのを見かける。
親父に文句を言うと「長州は徳川家の御公儀に弓引く不届きモノじゃ!」と訳の分からない事をわめき散らして誤魔化された。
ここで目が覚めた。

5時限目には学校についた。
授業が行われているはずの教室に行ってみても誰も居ない。
掲示板を確認しに行っても、休講や教室変更の掲示はなかった。
授業時間が終わるまでの間、空いているその教室でジャンプを読みながら時間を潰した。
その子に対して、本当なら嬉しくてしょうがないような事さえ自分の意思で否定して喜ばないようにしていたから、少年に対して恋愛感情や色々なモノが沸かなくなっていったんだろうな、と思う。
当然か。
何だか冷めきった感じがする。
以前は凄く大事で自分よりずっと上に思ってた存在が酷い目に合わされて、本当なら欝で欝で一分一秒が苦しくてしょうがないはずなのに、その上で自分が今みたいな状態で過ごしていっていいんだろうか、と後ろめたい。
毎日何をしていても後ろめたさが取れない。
自分の考えなんか分からないし、以前どういう感情、感覚、価値観だったのかもあやふやになって分からなくなってきている。
クズで最低で生きる価値ないな。

欝になりにくくなったのと同時に、支えにできるものもなくなって、価値の無い物だらけになってしまった。
希望もないし、喜びに思っていいものもないし、人生に意味が見られなくなった。
納得できない。
虚しい・・
その存在が犠牲になった上で得られる物、得ていい物なんか、人生で何もないんだろうな。



2004年06月06日(日)

セスタスの4巻を買いに行った。
帰ってから男の子同士の恋愛話の相談を受けた。
どちらもタイプの子だったから嫌な気分にはならなかったし、むしろ嬉しいというか羨ましいような気分になった。
これがもし、オッサンと少年とか、それ以外だったら凄く嫌な気分になったり認めたくなくて沈んだり、となっただろうけど、どちらも特別だと感じていたような存在だからそうなる事がなかった。
現在午前4時前。
買ってきた漫画を読もうと思っていたけど、とても眠くなってきている。

まだ、そこまで欝になる展開にはなっていなかった。
続きを読むのが恐ろしい。
でも、早く読みたいとも思う。

今日は午後2時前に目が覚めた。
その前に一度10時前にも目が覚めていて、少し変わった夢を見た。
幽霊屋敷が出てくるものや、森の中で黒魔術を信仰する宗教連中に気づかれないように逃げ回ったり、よく色々相談している相手と年下の男の子が二人で遊びに来て昔住んでいたマンションのロビーで雑談したり宿題をしたり弁当を食べたりしていた。
あまりハッキリ覚えていない。
目が覚めてから、後ろめたさと全部が嫌になるような感覚が混ざった気分になりながら、今まで聞いたモノが全てどうでもいいような自分には関係ないような気分になってきた。
今まで大きかったモノが、どこか外れているような感じだ。
今日見た夢も、以前なら凄く幸せな気分になれるようなものだったのに、全然嬉しい感情が沸いてこない。
それも含めて納得できなかったり嫌な事ばかりだな。
あれだけ耐えられなくて認めたくなかった事さえ、おざなりにしている感じがする。
気分が悪い。
絶対認めたくない最悪な出来事の前では、他のどんなモノも喜べないしどうでもいいようなモノに変わっていたのに、その最悪な事さえどうでもいい事に変わりそうだ。
本当に何なんだろう、と思う。
どうなりたいか、という意思関係なく全部放棄してしまってる気がする。

数ヶ月前にメッセしてる子が「ファイティング・ニモ」という映画のファイルを送ってくれた。
「凄くいい話ですよ」と言っていて、いつか見ようとは思っていたけど最初に出てくる画面があまり気に入らなくて後回しみたいになっていた。
今日時間があったから見てみようと思ったら、最初の画面は本編とは関係のないものだという事が分かった。
凄く楽しい映画で、少し気分が和んだ。

家族割引が効くからと、弟が俺の携帯も変えてきてくれた。
手に馴染まない感じであまりしっくりこない。
自分は今までどういう気持ちや感覚で男の子を求めていたのだろう、とそれも分からなくなってきた。
嫌だな・・
もう戻せない。
戻ったとしても現実は消えない・・
何をどう思って生きていくのが正しいのか分からない。
何を求めればいいのか、とか、どう求めていいのかとか、状況の解決策も何も分からない。
でも、今まで聞いてきたような現実が消えないから、全部意味の無い物か。
戻ったら戻ったで、今までに聞いたような事やこれから耳にするような事でどうしようもないようなやりきれない感じで欝になって絶望して、絶対的だと思える子が汚い奴らに汚されたりしている事に耐えられなくなって、「どうにもならないなら聞かないように、考えないようにするしかない」と結論着けるしかなくなるんだろうな。
どちらにしろ殆ど廃人だ。
本当に、ショタもオッサンも腐ってる・・
少し欝になった。
欝といえるほどでもないか。
結局、好きな子やタイプの子がそういう目に合わされた上での人生で認めたり幸せに思っていいものがあるはずもなく思えるし、戻った場合での状態がその価値観の中じゃ妥当なんだろうな。
それでもやっぱり足りないか。
今の状態は、そういう目に合ってる合ってないに関わらず、タイプの少年と関わりたいという気持ちが沸いてこない。
人と関わるのが嫌だ、というのは前からあったけど、今は同じようにその中にタイプの少年も当てはまってしまっている。
以前なら考えられない。
あれだけ関わりたくて関わりたくてしょうがなかったのに、本当にどうなってるんだろう、と思う。



2004年06月05日(土)

タイプだった子がタイプじゃなくなり、想える対象がなくなって、ありえないはずだったのに、タイプだった子が酷い目に合わされたのを知りながらこれから過ごして行くんだ、と思うと「ああああああああああああああああああああああ」という感じになって息が詰まりそうになった。
酷すぎる。
そんな子がありえないような目に合わされたのを知った上で過ごしていく人生なんて、もう本当に泥沼でしかない。
何も芯から喜べない。
全部が腐って見える。

午後1時前に目が覚めた。
モヤモヤしたものが残っていてスッキリしない。

圧迫されるような嫌な気分になりながらも、その度合いがそれほどでもなく感じられてしまって、またそれが嫌だったりする。
今日はあまり書くことがない。
ドラクエをやったり、リヴリーのレベル上げをしたりしながら過ごした。



2004年06月04日(金)

よく、ドラクエやFFなどのRPGをしながら、好きな子と一緒にこういう世界観の中で過ごせたら、と思い浮かべたりしていた。
平和ではなくても、邪なものが存在しない世界には魅力がある。
俺自身、そういう目で見たりもするけどタイプの少年がいやらしい目で見られたりする事が耐えられなくなる。
セスタスの内容が尾を引いて、久しぶりに欝らしい欝な気分だ。
はっきりさせておかなくてはならないのは、俺は酷い話に対して欝になるくらい、その対象に対して想える感情を求めているのであって、欝になる出来事や事実を求めているわけではない。
何かがこみ上げてくるようで、息切れがして少し苦しい。
でも、懐かしい感覚だ。

少年好きのジジイが出てくる夢を見た気がする。
それと、女子高生相手に援助交際をしているオッサンが出てきて自己中に自分の行動を正当化しようと色々言っていて、さらに同意を求めてくる場面があった。
10時頃に一度目が覚めて、そこから2度寝してしまった。
12時半頃に目が覚めた。
嫌な事が思い出されたり不安になるような事が浮かんできて、少し気分が悪い。
寝起きから吐き気がする。
少年が悪戯されている事や、自分がどんどん変わっていく事や、ショタという少年好きのホモ親父という生き物が居る事とか、嫌な事だらけだな。

午後からは学校に行こうと思いつつも部屋でボーっとしていると、1時頃に親が帰ってきて「まだ居たんか!」と怒鳴られた。
「どうでもええんか?そりゃどうでもええんやろうな。本当、自分の人生全然大切にしてへんな」と言われた。
怒鳴り散らされるのも日課になっている。
よく「学校辞めて働け」と言われる。
どうでもいいか。

ショタに酷い目に合わされたのに、ショタを悪く思うどころか良く思ったり好きになったりしているのが凄く嫌になる・・
やっぱり、酷い目に合わされた事も合わされそうになった事もなくて、その上で好きになってくれるような子じゃなければ、最低限「恋愛的にでもそういう子と関わってもいいんだ」と納得できないし、その感情を認めるわけにいかなくなる。
これも大きな理由かな。

学校に着いたのは3時過ぎだった。
それから1時間ほど木を削り続ける。
年下の男の子に好きになってもらえるなんて、凄い事なんだよなと考えた。
それも理想に近い感じだったから「マジでこんな嬉しい事があって本当にいいの?」と感じるくらい嬉しい事で、これが人生の喜びなんだろうなと思える。
本当に、あの子がそういう目に合ってなくて、素直に全て喜んでもいい状況だったらどれだけ良い事だったのだろう。
「もし、そういう目に合っていなかったら」という事にして、その時間は色々思い浮かべて木を削りながら妄想を続けた。
癒されるというか、満たされるというか、久しぶりに凄く充実した時間を過ごせたような気がする。
酷い目にも合わずに想ってくれている子がいるんだと思うだけで凄く幸せ?な気分になれた。

何だか虚しい・・
嫌になってくる。
全てがくだらないモノに思える。
希望に思えるモノが何もない。
少年の事も含めて全部どうでもいい気分になって、何をしても無意味に思える。
その子が悪戯されてなくて関われたら凄く嬉しい、という気持ちさえ一時的なものになってしまう。
本当に抜け殻のようだ・・



2004年06月03日(木)

その事実一つで、どんなに想ってくれたり考えてくれたり頑張ってくれても、その事実しか見えなくなってしまう。
それ一つで、どんなにか望んでいた事だったのに拒否しなくてはならない理由が数え切れないくらい出来てしまう。
せっかく好きになってくれていたのに、ずっと夢だと思えるくらいありえない事だったのに、全部壊れてしまう。
受け入れられなくなったら受け入れられないで本当ならせめて、その子が酷い目に合わされてしまった事で考え続けなければいけなかったのに、その事実によって関われなくなってしまうという事にばかり意識が行ってしまうようになっていた。
結局、その子に対しては何ひとつ正しい感情の持ち方が出来なかったんだと思う。

少しだけドラクエ�兇鬚笋辰拭�
やっぱり少し懐かしい気分になる。
理想の少年は、一生汚れたものと関わりがない、子供が持ち続けているような世界観の中で生きてほしかった。
そうあるべきだったと思う。

男の子がマンションのエレベーターで40前後の狂ったショタ親父と乗り合わせて、そこからマンションの中を追い掛け回されるという夢を見た。
今日は午前10時前に目が覚めた。
何でそんなに無防備なんだろう、何でそんな奴に着いていくんだろう、何で逃げ切れないんだろう何でそんな奴の思い通りになるんだろう、と寝起きからどうしようもないような悔やみきれないような悔しい気分になった。
考えても考えても考えても事実が消えない。
そういう事が存在したという現実が変わらない。
出口が見えない。
どうすればいいんだろう、と思う。
その絶望感も、以前と比べると何倍も重さがないのだが・・
乗り越えたわけでもなく、そういう話を聞きすぎて麻痺してきたというか、ただ毎日同じことばかり考えていて慣れたという感じだろうか。

執着が薄れた、という感じなのかもしれない。
前みたいに戻りたい。
今日は2時限目から学校へ行った。
頭痛がする。
朝起きてから色々考えていたはずなのに、気が抜けたのか学校から帰ってみると何を考えていたのか思い出せない。
家に居る間は寝起きほど物事を考えられない。
小さくて可愛くて幼くて、特別だと思える少年に対して悪戯しようという意思を持った奴が近づいていくと、十中八九そいつの思い通りになってしまう。
そんな少年に対してさえも悪戯した者勝ちのような世の中が信じられない。
でもこれが現実だ・・



2004年06月02日(水)

もう、そういう子と関わる事に対して感動もできなくなった。
俺が理想にしてる少年は絶対に酷い目に合わないはずなのに、現実じゃそういう子が悪戯されているのが当たり前になっている。
酷い目に合っているのが普通の事になっている。
未成年で、しかも特別な存在だったから絶対に関わりがないはずなのに、法もモラルも無視して当たり前のように追い込まれている。
そういう子は悪戯されているのが普通なんだな・・

「拳闘暗黒伝セスタス」で検索してみると、これからの展開で奴隷市で変態達にセリにかけられて泣いてしまうと書かれていた。
拳闘士として奴隷にされていたのに信じられない。
「え・・?あんなに小柄で可愛いくて値段なんかつけていいような子じゃないのに・・」とショックというか欝というかそういう感覚になった。
「嫌だ・・続きを見るのが怖い、、でも読みたい、でも怖い・・でも気になる」となって胸がキリキリするような嫌な感覚になる。
俺は嫌な感覚や欝な感覚を萌える感覚だという風に認識しているのだろうか。
また、萌える感覚を嫌なもの、欝な感覚だという風に感じているのか。
どちらにしろ感情と欲求の方向が食い違っているんだと思う。
俺が少年に求めていたものは、「欲求は満たさなくていいんだ」と思わせてくれて、その子自身そういうものに関わりがなく、嫌なものを意識させずにその子の事だけを考えさせてくれて精神面でずっと繋がっていけたらと、言葉で表すとそういった感じの事を理想にしていたような気がする。
実際、ある少年と関わって「満たさなくてもいいんだ」と実感できるようになった時、凄く救われた気分になったのを覚えている。
楽になりたい・・
そんな風に思ってしまった時点で、絶対的で自分よりずっと上に見ていた存在の事をおざなりにして、自分の事しか考えられていない偽善者だな・・
楽になりたいのも自分のため、理想の少年に酷い目にあっていてほしくないのも自分のため、どう思えばいいのか考え続けるのも自分のため、納得できないのも自分のため、否定し続けて信じないのも自分のため、見ないように、知らないように、聞かないようにするのも自分のため。
たまたま俺の価値観の中の「ありえない」といったものと、少年の「酷い目に合いたくない」という当たり前の気持ちの方向が同じだっただけで、良いように勘違いされてるだけだと思う。

あの漫画が頭から離れない。
好きだった子を思われるような可愛い上に小柄な子なのに。
さっき聞いた先の展開がチラついて「小柄な子なのに小柄な子なのに小柄な子なのに・・」とループしてしまう。
「信じられない」、「信じたくない」、どっちだろう、、

今日は午後10時過ぎに目が覚めた。
その後また2度寝してしまって、午後3時過ぎに目が覚めた。
今日は学校をサボった。

自分が認めた少年の中にあった意見なら、どんなものでも受け入れて認められるという感覚が、状況に関わらずなくなってしまったようで、もう自分の中にある価値観や独断だけで全てを判断しなければならなくなった。
タイプの少年に関わる事は例外なく全て悪、となりそうだけどそれもしょうがないか。
どちらにしろ強く思えなくなって、もう分からない。
欝が後を引かなくなった。
理想の少年と関わることだけでも夢のように思えて、夢に少年が出てくるだけで「すごく幸せな夢だったな」とずっと余韻に浸れるほどだったのに、もうそのありがたささえ分からなくなって感じられなくなってしまった。
酷い目に合わされた少年を喜べなくなったり関わる事を否定しても、やっぱり元々は同じ種類の理想とする少年だったから、少年に対して特別だという感覚や、夢そのもののような存在なんだという感じが消えてしまっている・・
もう何もしたくない。
意識ごと消えたい。
何がその子のためになろうが、そういう目に合わせないでいられないならもう全部意味が無い。

知り合った理想に近い子や見かけた子が皆が皆当たり前のように悪戯されているのが嫌だ。
それが普通なんだと、その当たり前の事実を受け入れるくらいなら拒否してふさぎ込んでる方がマシだ。
俺はその子の想いを踏みにじりまくってるんだろうな・・

数ヶ月ぶりに風呂に入った。
湯船に漬かって数秒間、自分は今まで数十年人生を過ごして来たんだなと実感される。
普段はあまり現実に目が向かず、意識の中に引きこもっている感じで、どこかぼやけているような現実感が沸かないような感覚で居る事が多い。
風呂に入ると毎回こういう感覚になるのだが、人生が実感された時「なんだ、こんなもんか」と夢も理想も幻想もなく、それが恐ろしく感じられたりする。
感覚だから言葉じゃ上手く表現できないか。
子供の頃、絶対に自分の死が存在する人生が恐ろしく感じられたり、自分が存在している事や周りに存在しているものが現実で、誰とも意識が繋がっていない事が怖くて怖くてしょうがなかった感覚にも似ているような気がする。
こういうの、何て言うんだろう。
そういえば、人間があの世?かどこかに居る間、全ての魂が固まった意識の集合体として存在しているのだと何かで読んだ事があった。
子供の頃は前世、というかその時の記憶が無意識の中に残っていて、それで自分の意識が何とも繋がっていない独立した固体として切り離されてしまっている事に不安感や孤独感を感じてしまって恐ろしくなってしまうのだろうか、と考えてみる。



2004年06月01日(火)

頭が混乱してきて自分が何なのか分からない。
自分にとって少年は何だったんだろうと思う。
何もかも嫌になる。
いっそ殺されたい。
欝になっても、内容が好きな子がどんな目に合わされたかじゃなく、自分が少年に対してどう感じるか、に変わってきている。
本当に最低だ。
少年に興奮してしまう自分が嫌だ・・
酷い目に合った子達に償いたくなる。

今日は午前10時過ぎに目が覚めた。
寝起きから昨日買った漫画の事が色々と浮かんできて、高揚してるような最悪のような分からない気分になった。
登録ミスで2時限目の授業を取れていなかった事が分かったから、今週から火曜日は午後から学校に行く事になる。
でも、殆どまともに学校に行ってないから、あまり関係ないかもしれない。
毎日が嫌だ。
今の自分の中で最高だと言える状態が、後ろめたさを感じながらもそれを意識しないようにしている時で、他はそれが事実なんだとか現実だとか強く意識させられたり、自分がどんどん嫌な方に変わっていってしまうのを実感していたり。
それでも事実は変わらない。
変わらないからそれに対して考え続けるしかなくなってしまう。

セスタスの2巻と3巻を買った。
読み終わってから目がチカチカするほどゲームをやった。
ゲーム中、漫画の内容がずっと気になった感じで常に頭に浮かんでいた。
漠然とした不安感がつきまとって少し吐き気がする。
少し胸が苦しい感じだ。


 < 過去  INDEX  未来 >


リュカ

My追加