My Cup Of Tea...POO

 

 

沖縄旅行1日目 - 2002年10月26日(土)

今日から沖縄に行くことになった事態に、
実はあんまり大した理由はなくて、
専門用語で言うならば、

「現実逃避の後始末」

その一言につきるんじゃないかと思う。

院試勉強時代。
頭にいろんなものがキちゃって、あまつさえ
楽しく同居 
および 
楽しくスキップ 
および 
楽しく幻聴
が、入り乱れやんややんやのオールスタンディング大喝采を引き起こしていた思い出したくもないあの頃、
突如「沖縄に行けばどうにかなるんじゃない」という
沖縄観光協会からとしか考えられない即物的啓示を受け、
即日即決したのであった。

青い空!
青い海!
青い熱気!

ほとんどうわごとのように繰り返し、
母親を連れてやってきたのでありました。
シーズン最後の沖縄那覇。

4時頃の路線バスに乗って、ホテルに向かう道々。
ホテルから出て、散策するまにまに。
待ち受けていたのは

薄曇りの空。
半袖だとうすら寒い外気。
木だけのハイビスカス。
ひたすら大柄なアロハシャツのホテル職員。
人気のない大通り。
および倒産した店舗の数々の、かつて楽しそうだった外見。

しっかり気の抜けたリゾート地の匂いがする。
夏場のはしゃぎっぷりの無理が
一気に放出されたようなくたびれ方で、
ものすごい圧倒感を持っていた。
ああ、秋が来たなぁしみじみ、
ではすまされないような鬼気迫る切迫感の気配。

綺麗な観光用のかさぶたが剥がれ落ちた下の、
でこぼこと肉色をした生活が見える。

毎日の生活の中で、こんな感覚になることはないだろうか。
あれこれ想像してそれに向けてがんばってみて、
過程は楽しいんだけれど、
いざ実現して、峠を過ぎてしまうと、
あれ、こんなんでよかったんだっけ?
って、疑問に思って立ち止まってしまう。

ちょうどそれとおんなじようだ。
街が、
立ち止まって、
戸惑っている。
あれれ、と首を傾げている。
どうしようかなぁ、って。
どこに行けばよかったんだっけなぁ、って。

好きだな。
すこしくたびれてる。
あれれ、と一緒に首を傾けると、
その角度から、
ゆがみのうねるカーブが見える。
ビー玉でも何個か転がしたら、
たぶんすてきに跳ねてスリリングなレースをしてくれる。

あさって、適当な離島に船でわたってみようと思って、
チケットを買いに泊港まで行ったら
5時半。窓口はすべて閉まっていた。

国際通りに向かって、ふらつく。
さすがに、観光中心道はにぎやかで、
そこだけはまだ夏の振りを見事にしおおせていた。
牧志公設市場を覗く。
大きな市場だ。
食料品の種類ごとに、棲み分けがなされていて、
肉の場所、魚の場所、というふうに
小さな店が何列も連なって、
好きあらばお客の財布を取り出させようと、
陽気な声を上げている。
細い通路と人の中を縫って歩く。
あでやかな青い魚や、豚顔の皮の薫製やら豚足やら
でっかいかまぼこやら、ショッキングピンクの果物やら、
なんとも豪快な食材が山盛りだった。
街がどんなに考え込んでいても、
人間の胃袋は動いているんだから。
とにかく食べよう。
食べて働いて、なんとかなるからさ。
どん欲で優しい胃袋の市場は活気の塊だった。
とても強い場所だ。

夕飯は、Cainくんたちに教えてもらった
「ゆうなんぎい」という沖縄郷土料理屋に入った。
店主のおじちゃんのお薦めで、
量の多い定食を、母と二人ではんぶんこ。
ピーナツを使ったお豆腐と、ふーちゃんぷるーと
グルカンという魚のから揚げが、特に美味かった。





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今になって緩むもの。 - 2002年10月18日(金)

風邪を、引きました。

切ないねぇ。いろいろ。




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さてライブです - 2002年10月17日(木)

MAD CAPSULE MARKETSのライブ。
兄貴率高し。
レーザー光線を効果として使うライブを
私は基本的に信用しないんだが、
今日は例外。
そんなんどうでもよい勢いで、
ででーんとハードロックだった。
よろしい。

タワレコで、スネオヘアーとエルレガーデンを買う。

ジャッキーズキッチンに初めて入る。
中華風ハヤシライス。
涙がでるほど酸っぱかった。
半分でダウン。
健康に気を使いすぎるから、そんなことになるんだよ。
多少不健康に生きよう。中国。



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under the sea - 2002年10月16日(水)

ディズニーシーへ。

滞在時間、約13時間。

夢の王国をまっとうするためには
なにより体力と、胃袋が必要。

シーソルトアイスクリームが凄かった。
バニラアイスクリームをしょっぱくした発想がすさまじい。
塩大福の皮だけを延々食べ続けるのと
たぶん同じレベルの絶望感が
三口目あたりで襲ってくる。
のどがひりひりして、
まるでおぼれかけて海水をしこたま呑んだような状態。
理科の浸透圧実験で、
塩水掛けられてしぼんでいく細胞体の気持ちを理解できて
とても有意義な体験だった。
二度と喰うか。


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ライブ復帰 - 2002年10月08日(火)

シロップ16gの出るイベントに行く。

ボーカル五十嵐さんのパーマの取り止めのなさっぷりが大層素敵。

シロップのCDを1枚目から4枚目まで聴いていると、
微笑ましくなってしまう。
まるで躁鬱病だからね。
1枚目、高。
2枚目、低。
3枚目、高。
4枚目、低。
曲のテンションが、波状。

今回のライブでは、3枚目の曲はまったくやらずに、
2枚目と4枚目が中心だった。



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最終発表 - 2002年10月02日(水)

院、受かってました。

パチパチ。


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脱力系 - 2002年10月01日(火)

院試、二次試験である面接に行った。
最大難関の筆記試験は既に通っているわけで、
うちの専攻に限って言えば、
今日の面接は顔合わせのニュアンスが強い。

というわけで、
適度な緊張感をもちつつ
適度にリラックスして
一張羅のワンピースを着込んで
控え室に午前8時45分集合。
集合時間を守れるか、が一番の試練に近い。

日本文学に関する他専攻の人も一緒に、
ひとつの控え室で待つ。
たいていはスーツか、フォーマルなワンピースか、
というよそおいの受験者達だったが、
ひとりだけ、まったくの平服の男性がいた。
黒いTシャツで袖のところだけは白い。
そして胸元に白いゴシック体できっちりと
「LOVER」
と書かれてあった。
真剣な面持ちで面接を待っているにも関わらず。
「LOVER」
なのである。
スーツ。スーツ。スーツ。LOVER。スーツ。
並んでいる中に何かが混じっていて、
それだけでもう、一体此処は何の空間なのだ。
しかし異彩を放っていて、密かに目を離せない。
一体彼はどういう基準で、よりにもよって今日、
それを着ようと決意したというのか。
スーツ、という選択肢を捨ててまで、あえて「LOVER」。
一体何への愛の表明なのか。
LOVEでもLOVELYでもなくLOVER。
というか、君、日本文学系統の専攻じゃないのか。
いいのか。LOVERで。恋人でも愛人でもなくLOVERで。
何やら悲愴な決意と覚悟は伝わってくるが、
しかし何を決意したのやら結局ちっとも判らないぞLOVER。

私は一番最初の面接時間帯だった。
無事に教授たちとの顔合わせを済ませて控え室に帰ってきた私に、
一人が、近寄ってきた。
見ると、LOVERだった。
とっさに身構える私に向かって、ヤツは言った。
「面接、どうでした?」
「え?」
「いや、僕、日本語学専攻なんですよ」

…同じかいッ!?

結局。
どうやら日本語学を専攻するのは
私と「LOVER」、二人のみ、らしい。
「LOVER」と最低2年間は同期の桜。

どうして大学院入学にまで、
小ネタ落ちがつくのかなぁ、私…。



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