- 2007年05月31日(木) 遊び回り@覚え書き ・映画「コマンダンテ」(1700円) 渋谷、ユーロスペース。 キューバ革命の司令官(コマンダンテ)、 フィデル・カストロのドキュメンタリー。 基本的には監督自身の行ったロング・インタビューからなる。 単調になりそうなものだが画面は過去のニュース映像や カストロの活動など変化に富んで飽きさせない。 とはいえおもしろさは画面そのものより そこで行われる対話からにじみ出るカストロ自身に由来する。 革命について米軍による侵攻についてまたキューバ危機について。 その間、その後に延々と続く独裁者としての政治について。 第一線(すでに病気で退きつつはいるが)の独裁者、 第一級の歴史的人物へのインタビューとして、 これほど傑出したものは少ないだろう。 たとえばナポレオン、たとえばジンギスカンのようなものだ。 かれらがカメラの前に立っているようなものだ。 カストロはすでに前世紀に属する人物だが、現存してもいる。 歴史の生き証人、しかもかなりアクの強い証人の証言を聞く、 その興奮がある。もっとも正直な証言者ではあるまいが、それがまたいい。 監督とのやりとりは「過ぎ去った」ものの言葉ではない。 まさに現存し、「自分もまた過ぎ去る」ということに徹底して 反発し続けている男の対話だ。虚実は入り組んで分かちがたい。 ・新宿御苑(200円) 広々として水辺があってじつにいい。 スイレンはそろそろ見頃で、池のおもてにびっしりと しきつめたような葉と花のあいだ、誰かが見えないボートをひいたよう 細い水路があった。細い水路に梅雨を前にした青空が映っていた。 - - 2007年05月29日(火) 遊び回り@覚え書き ・「小石川植物園」(330円) ご近所なのにまだ行っていなかったので行ってきた。 手のひらほどの(とはいえ12ヘクタール)植物標本園だ。 針葉樹林があり照葉樹林があり日本庭園が温室がそして桜の園がある。 日本という気候ゆたかな島国に展開する人と自然による あらゆるマスを詰め込んだ宝石箱でありかつ外来の種族の100年の楽園。 メンデルの葡萄樹(マメではない)、ニュートンのリンゴ。 おとぎ話か歴史の訓話の中に迷い込んだようだ。 そのすばらしい楽しさと野趣にもかかわらず、自然はそこにはない。 なるほど植物はそれぞれに生きているのだが、しかしそれは標本として。 森や山々の広がり渡る壮麗な異質さはそこにはない。 人間の手と心によりなる場所であり、人間の歴史のいわば中にある。 わたしはそういう場所がもちろん嫌いではないが、 しかしながら魅了されるわけでもない。 ・皇居(無料) 何度目かの訪問で、いつも思うのだが、 すばらしく精緻で巨大な石組がなければ、天然のもののようにさえ思える。 それほどの広大さがあるのだ。ここには。 廃墟のような広漠とした空間だと思うのは、 つまりそういうことなのだ。そこは廃墟だ。 歴史がそこで営まれ、だがもうそれは過ぎ去ってしまった。 そして現在となっては、かつてあったあまりにも巨大な権力の痕跡は さながら神々の手の天然のように我々の目に映る。 - - 2007年05月28日(月) 遊び回り@覚え書き ・映画「ストリングス」 操り人形たち、それともそのように見える生き物たちの世界の物語。 カーロ王とハル王子、ジーナ王女、情熱的なサウロ、王弟ニゾが またそれらの人形たちを取り巻くものたちの物語。 極めて面白く見た。 操り人形たちの表情豊かさと映像の美しさ新鮮さ、 そしてまたその「ストリングス」の寓意。 「天にのびているこの糸がどこにつながっているかわかる? わたしたちはつながっているの。 私の終わりからあなたが始まり、あなたが終わるところから私が始まる」 そしてこの言葉をふまえてカーロ王の自害について考えるとき、 それは極めて印象深い。カーロ王は、ハル王子とジーナ王女の父は、 多くの殺戮でもって己が人生を血塗ってきた王だ。 かれ自身がなにを希求していたにしろ、かれの人生はそれを裏切った。 そしてこの物語の冒頭、かれは自分自身の糸を切って自害する。 「糸を切る」のだ。それがつまり死の合図なのだ。 つながり一切を、世界につながるべき糸の一切を−切ることが。 実に印象的な寓話ではないだろうか。 劇中、戦争のシーンがある。 ニゾの手下が森に放った炎は兵士も抵抗軍も区別なくその糸を燃やし、 燃やされた糸は夜半の空を細く何百という炎の筋となって立ち上る。 焼け切れた糸は途上に切れて無数に落ちてゆく。 死だ。息を呑むような、胸を突くような悲しみを感じた。 死とはそのようにして愛するものから断ち落とされることだから。 - - 2007年05月27日(日) 遊び回り@覚え書き ・藤沢・江ノ島(展望台300円) ちょっと古いが太陽族の本場、ということで、 シティガールっぽく派手目のTシャツにサングラスでいってきた。 リゾートっぽいサンダルが調達できなかったのが残念だが、 まあ足元はスニーカーが一番(田舎者) 展望台近くでフラダンスを見物。奇術ショーを見物。 なんかロハスっぽい「ロンカフェ」でフレンチトーストいただき。 簡単な感想を伸べると、金持ちくさいアンニュイというのは、 まあ観光客の行く範囲にはあまりなかった。 しかしながら展望台は360度パノラマで、 落日はじつにダイナミックだった。すばらしい。 藤沢の海岸沿いのしゃれた店の並びもいかにもという感じだった。 さらに言うなら、ここしばらくマンメイドな文化、 人間の脳に属し、水晶玉を通したような視界を見つめ続けていたから 素のままの荒々しさ、両手を広げても届かない広漠さというものを 新たな目で見直すよい機会となったと思う。 海、あの海。峨々たる岩塊。しかしながらあれはじつに温厚だ。 というわけで来月は日本海に行くこと決定。座禅を組んでこよう。 わたしは海に面したカフェのテラスに出て、岸壁にせりだしたタブノキの木陰に席をとった。ウェイターが注文をとっていき、私は頭上を見上げた。 常緑照葉樹の丸い輪郭を持つ密な梢のその上を、一羽のトビが飛んでいった。その翼は暮れ方の空に染みたようなぼやけた白い月をかすめた。さらに一羽、もう一羽。猛禽の高い声が空と海に響き、夕暮れの風がテーブルクロスの長い裾をしずかに揺らしていった。 - - 2007年05月24日(木) 覚え書き@遊び回り ・その他 「横山大観記念館」(500円) 上野、不忍池にほど近い画伯旧居。 横山大観を知ったのは、中学の美術の教科書にのっていた 「屈原」の絵だった。あの剛牙な、あの苦渋に満ちた透徹さ。 というわけで根津から歩いていってきた。 おいおいおいおいおい、画伯が屈原だよ。 岡倉天心とともに美術学院を去ったかれ自身の姿だったのかと合点。 それにしてもかれの筆は豊かで、小さいものたちに向ける眼差しは優しい。 拾い読みにしたかれのことば。例によってうろ覚え。 「いまどきの若いひとたちは外形にこだわりすぎます。 絵を描くということは内面の理想を描くことです。 そりゃァわたしだって松を見に行きますが、 それは心の中にある自然を確かめにいくのです。そういうことです」 自分の知らないことを書いてはいけない、と言われたことがある。 絵もまたそういうことだったのか。 - - 2007年05月23日(水) 遊び回り@覚え書き ・恩賜浜離宮公園(300円) 海水を引き込んだ、独特の魅力を持つ庭園。 NHKでなんだか学者が、ここが本来の日本の植生に近いと 言っていたので行ってみたかった。 その「タブノキ」を頂点とするマスを見て、ははあなるほどと思う。 灰色のごつごつとした巨樹は光沢のある暗緑色の葉を茂らせ、 巨大な枝を曲がりくねらせながら天に伸べている。 この堂々たる樹種はたしかに日本と日本人のイメージのうちにある。 しかしながらそのイメージは水田を中心とする原風景ではなく、 幼い子供が迷い込んだ山の奥、旅人が歩き抜けていく街道の脇、 あるいは狩人が横たわり山姥が啼くべき樹種だ。 杉や桧のあの清々しい単純さとは別種の。 これもまたもう少し考えるべきことだ。 ・水上バス、浜離宮〜日の出桟橋〜お台場(620円) スリランカ系イギリス人にナンパされる。 なんで私は60歳以上に(しか)もてないのか…。 ・日本科学未来館(500円) お台場海浜公園から歩いて少し。 日本における最先端科学がみっしりつまっていた。 ちょいと散漫としていてどれがいいとはなかなか言えず、 しかしH2ロケットのエンジンと、宇宙ステーション居住棟の 実物大模型は面白かった。 面白かったっつーか、私は宇宙には出られないかもしれない。 私の四畳半程度しかないとこに何ヶ月も暮らせない。緑も太陽もなく。 ・写真展 「グレゴリー・コルベール ashes and snow展」(1900円) 東京テレポート駅前、特設展示場にて。 美しく幻想的なポスターなのに、どこーとなく漂うけれん味が気になった。 ので行ってきたら、なんのことはない。けれん味のほうが本物だった。 動物と人間をテーマに撮られた写真はセピアに焼かれて美しく、 人々も動物たちも限りなく瞑想的な表情のうちに休らっている。 ポスターを見たときは偶然の瞬間をとらえたのか、 それともそういう生活をする種族を追ったのかと思ったのだが、 実際のところはそうではないようだ。 しかしどういう撮り方をしたにしろ、それは確かに芸術だった。 ひざまずく象と書物を読み聞かせる少年、 踊る修道僧と頭上を越す鷲、泳ぐ象と水底の男。 美しく、幻想的で、そして(しかし)あざとい。 何を言おうとしているかみえみえな映像というものを いったいどう扱えばいいのかったらまったく。 ・コンサート 「小島芳子を偲ぶ」(4000円) 朝日浜離宮ホールにて。 楽曲が制作された当時の楽器、現在では使われない古楽器による演奏。 私は小島さんというピアニストを残念ながら知らないのだが 鈴木秀美が出演するというのでいってきた。 やめときゃよかった。バッハ以外は寝ちまうんだよな…。 モーツァルトとベートーベンでは最後の拍手で起きるのは自明だ。 とはいえフォルテピアノの音色は優しくまた明瞭な輪郭を持っていたし、 バロックバイオリンとガットチェロの組み合わせは美しかった。 とりわけチェロ。わずかに弓が動き、大きな楽器が歌い出す瞬間ときたら。 - - 2007年05月22日(火) 覚え書き@遊び回り ・美術展 「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像」(1300円) 東京国立博物館にて なんのことはない展示品としては「受胎告知」だけだ。 しかし天才性を多面的に分析し、その分析そのものを展示するという そういうあまりない種類の展覧会だったので良かった。 そして(でも?)引っかかったのは「受胎告知」だ。 聖母ではない。大天使ガブリエルの表情だ。 分析展のほうで表情というものを作者がきわめて重視し、 そこに人間性そのものを表現しきっているということだったので、 ふと気になった。 かれが聖母を見る眼差しは厳しく、その目は鋭かった。 天使はどのような思いのもとに神の子の降誕をその母に告げただろう。 天使の非人間性だったろうか、そこにあったのは? それともある種の厳しい同情とでもいったものだったか? 聖母の崇高な従順さというもの、毅然とした従容というものが ある程度わかりやすかったのに比べて、天使の思いは汲みがたかった。 神の意志を知り、母子の運命と使命を知る、「天使」。 どのような思いならばあの場にふさわしいと天才は思ったのか。 もう少し考えてみよう。 月岡芳年の「28衆句」、法隆寺宝物展も併せてみる。 日本人が仏像に与えた顔は日本人の顔だったが。 ・東大 本郷通りの正門から赤門へ抜ける。 レヒネルのジプシー王的世界観があった。 あ、安田講堂も見ました。そして公開講座の一覧をゲット。 ・後楽園(300円) ようやく行った、ご近所の後楽園。 一時間ほどかけて回遊する。 密な樹木ととよむ池の水、睡蓮とあやめ。 カメラ持っていこう。 ・映画「パラダイス・ナウ」(1800円) アサド監督。渋谷・ユーロスペースにて。 普通の青年が自爆テロ犯になるまで。 「かれらが被害者と加害者を同時に演じるなら、 俺たちもなるしかない、殺人者に」 普通の青年ことサイードがスーツに着替えさせられ、頭を刈られ、 画面の前で信仰告白をする様に「仕立てられる」仕組みを感じ、 だがもっとも衝撃を受けたのはこの言葉だ。 かれらは自分のすることをわかっている。 殺す相手、巻き込む相手が家族を持ち未来と夢を持つ人間とわかっている。 そういう人間を殺すのだということを十分に認識したうえで殺している。 殺すことを選択している。これは恐ろしいことだ。 これだけは予測していなかった。 邪悪は多く無知と想像力の欠如に属するからだ。 そしてまたあの眼差し。 「世界は遠巻きに見ているだけだ」 ラストシーンの瞬間に、まさにその瞬間に、 「太陽の男たち」のあと、あの恐るべき問いかけのさらにあと、 返答がけして返らないと知った絶望を聞いたような気がした。 - - 2007年05月21日(月) ざっと覚え書き ・「マルレーネ・デュマス展 ブロークン・ホワイト」(1300円) 東京都現代美術館にて 現代絵画。およそ私に縁はないかと思ったが、実際は面白かった。 流れ出したようなインクで描かれた子供の顔の向こうに その向こう側に、無数の子供たちの顔が沈んでいた。 私にはそれが見えた。あらゆる過去と未来においてその顔があった。 あるは飢えて死に、あるは貴顕の種族だった。 それは青年の肢体や少女の眼差し、不思議な色彩による顔たちも同じで それらはすべて多様性を描きつつ普遍の彼方につながっていた。 拾い読みした彼女のインタビューで合点がいく。 うろおぼえだが「昔から顔というものはそれほど変わっていないのです。 古い絵を見ているとそれがわかります。技法そのものは変わっても 描かれている顔は同じです、人間の顔なのです」 ・「旧岩崎邸庭園」(400円) 上野公園近く、三菱一族の旧宅 明治の洋館。サンルームがよかった。夕暮れにカメラを持って再訪しよう。 重厚な木の館はまぎれもなく洋館なのに、 色濃く漂う日本臭さとでもいうもの。 ・「コッペリア」(1500円) 新帝国劇場にて ローラン・プティの演出によるバレエ。 非常にかわいらしい世界で、音楽も悪くはない。 4階バルコンからなので、袖での演技は見にくかったが。 しかしながらアレだ。台詞のないものはやっぱりやめとこう。 ・都立上野恩賜公園 不忍池、ボート池。 ゆっくり見たのは初めて。 蓮の咲く頃に再訪を期す。花音を聞こう。 遊び回っています。 - - 2007年05月18日(金) 先日、ハンガリーに行ってきた。 旅行記に関してはまだ途中なのだが、 ほっとくといつまでも書かないので、ここに書き留めていく。 5月2日 早朝、本郷の下宿を出て成田へ向かう。 午後1時の便で、ミラノ・マルペンサ空港へ。隣席に韓国人のおばさん(団体の一部か)座る。ちょいとかしましいが割にいい人たち。飴をもらったから言うわけではないが。 西回りの行程のため、ほとんどずっと昼。異様に引き延ばされた日中というのは奇妙なもので、非日常に旅立つにはふさわしいものだと思う。なおアリタリア航空だったのだが、スチュワーデスが呼んでも来ない。行ってみると後ろの方に飲み物コーナーがあって勝手に取れということらしい。一昔前に比べて機内サービスも簡素になったものだと思う。 夕方、ミラノに着く。空が真っ黒で心配していたら案の定、ブダペスト行きの便は遅れに遅れ、ようやくブダペストに着いた頃には日付が変わっていた。出口で現地在住の親戚と合流。長いこと待たせたようで申し訳ない。 車で親戚のアパートへ。アパート周辺の通りが路上駐車の列で埋まっているので驚く。親戚によるとパーキングチケット式で合法らしい。親戚手製のうどんを頂いて寝る。 5月3日 早朝に目が覚めたのでアパート周辺を歩く。ここで説明しておくと、ブダペストの町は、ドナウ川にまっぷたつに区切られて、西側がブダ、東側がペストと呼ばれている。ブダ側は山がちで、ドナウ沿いの岩壁には王宮、その北側に城塞がある。一方、ペストは平らで、ブダ側より遅れて発展してきたという。ブダとペストとの間には鎖橋として知られる優美な橋がかかり、夜景の美しさで知られる。 親戚のアパートはペスト側の、ハンガリー初代王の名にちなむイシュトバーン大聖堂にほど近い古い町並みにあった。 歩いてみると、町は路上駐車を除けば半ば廃墟のようだ。壁のように6階建て程度の建物が並んでいるのだが、外壁は汚れて落書きだらけ。1階部分の窓ガラスが割れていたり、分厚く埃をかぶっているものも珍しくない。しかしその一方で、エントランスや上階の窓はというと人の気配がある。また街路樹も青々として傷一つ無い。路面電車、トロリーバス、バスが走り、歩行者も右例だ。妙な気がした。 もどって昼食。ご飯とサラダ、みそ汁と納豆ともずく。出かける相談をし、世界遺産にも登録されているパンノンハルマ修道院に行くことにする。 ブダペストから高速道路で200キロほど離れたジュールへ、それから20キロほど南下して修道院へ。高速道路は良く整備されていて、それはいいのだがどの車も時速130〜150キロは出している。親戚曰く「交通事故は少ないがあると大きい」。ごもっとも。 車中で目についたのは菜の花畑と麦畑。ハンガリーは平原の国だ。どこまでも平らな地形は「のたりのたり」という形容がふさわしい。森も畑も前触れなく唐突にそこにある。日本におけるような天然の境界にはよらない。 高速をおりてからはほとんど信じがたいほど美しいいなかの村と町。家々は愛らしく、赤い屋根を持ち、うすい黄色や桃色に塗られ、しかも時はまさに春。ライラックが咲き、せりが白菊が野にあふれている。親戚は笑う。「これまでずっと厳しい冬に耐えてきたんだ。今が一番美しい季節だよ」。 修道院は小高い丘の上にあった。ベネディクト修道会の総本山として966年に創設され、今なお修道僧と学生たちが住む。バロックイエローの柔らかな色彩とシンプルな外装。トチノキに似た広葉樹が茂り、マメ科の白い花が咲き、石畳が広がる。窓からローティーンの男子生徒が手を振る。振り返す。笑い声が上がる。 案内されて聖堂内部を見る。思ったより狭い。狭いが細工は天井、柱とも見事。内陣の奥にモスクの壁竈(ミフラーブ)に似た窪みがあったので聞くと、王侯が訪れたさいに座るための椅子という。イシュトバーンの縁戚、ハプスブルグ王家の人々も来たのだろうか。 真っ白く塗られた回廊、壮麗な図書館を経て帰途につく。丘の上の修道院で鐘が鳴る。 帰り際、ジュールに足を止めて食事。グヤーシュ(野菜と牛肉のスープ)とブダペスト風のステーキをいただく。グヤーシュは鍋で来る。量が多い。多すぎる。ステーキにはフォアグラとパプリカとグリーンピースのソースがかかっている。またも多い。多すぎる。 驚いたのはパンがまずいこと。もそもそしてレストランの出すものと思えない。しかし聞くと「東欧のパンは安いがまずいがあたりまえ」ということ。 食後に町の聖堂をのぞく。ロココ風にきらびやか。上からパイプオルガンの音色が降ってくる。練習中らしい。なるほど、物理的に上の方に属する音楽としてすり込まれるのだ。 帰途、郊外のスーパーに寄る。びびる。でかい。広い。肉のコーナー50�叩⇒颪離魁璽福治横悪辰箸い辰芯柑劼如▲�ゴには子供が数人は入りそう。陳列の店員も大変そう。品物が崩れたら近くの人は埋まりそう。パンや野菜はセルフ計量でラベル添付式なのだが、中にはレジまでに腹のほうに入れてしまう人もあるという。納得する。 5月のヨーロッパの昼は長い。カラフトと同じ位置というからさもあらん。午前中は涼しいが午後3〜4時ごろに暑さのピークがくる。上着を着ているのが辛いほどだ。7時を過ぎてようやく夕暮れが始まり、8時を過ぎても明るい。 大渋滞につかまりつつ、ブダペストへ戻り、一休みしてジプシー音楽をやるレストランへ。バイオリン3丁とトロンボーン、そしてピアノの原型ともいうべきツィンボロン。これはピアノ線をそのまま叩く楽器と思ってもらえばいい。音楽は哀愁を帯びて美しい。 酒はもちろん、ハンガリー名産で世界三大貴腐ワインのひとつ、トカイワイン。甘く黄金色を帯びた美しい酒。ついでオックスブラッド。いずれも美味。 - - 2007年05月17日(木) 休みでもないのに美術展 美術展 「大回顧展 モネ 印象派の巨匠、その遺産」(1500円) 国立新美術館にて開催中 平日の昼間だからと思ってたら甘かった。猛烈に甘かった。 乃木駅をおりた瞬間からすげー人。会場はさらに人。 モネの作品を軸に、その世代と後の世代への影響を展示していた。 1860年代前半からその最晩年まで、これまでになく多くの絵を見た。 空気感を描く、色彩というよりも光の加減を描くというのは彼の独創だ。 そして私は、あの数々の柔らかな光線と光と風を見ながら、 それらのすばらしさにも関わらず、小林秀雄の評を思い出していた。 はっきりとは思い出せない。 「もう仕方なくなって、最後は睡蓮ばかり描いていたのだ」 そんなようなことだったと思う。 確かに、ああした絵を描き続ければ、最後は庭の睡蓮を、そればかり ただただ描いているほかない老人になっただろうと妙に納得した。 つまりかれは人をも風景のように描くし、その風景にしてからが そもそもただ光と柔らかな光線の具合に過ぎないのだから、 これはもう、ただ移り変わる色彩と、穏やかな水があればいいだけの話だ。 モネの功罪について議論する力は私にはない。 ただ近代は、かれの目を得てはじめて世界を見たのだろうと思う。 かれが最初にかれの絵を描いたとき世界ははっと息を止めただろう。 雨が屋根を得て初めて歌い始めたときのように。芸術の力だ、それは。 - - 2007年05月16日(水) 休みの火曜日に映画1本と美術館廻りと観劇。 これを遊び回るとひとは言うのか。5年分だ。とがめてくれるな。 映画 「ロストロポーヴィチ 人生の祭典」(1800円、アレクサンドル・ソクーロフ監督) 渋谷のシアター・イメージフォーラムにて鑑賞。 先頃亡くなったムスティスラフ・ロストロポーヴィチと、 妻ガリーナ・ヴィシネフスカヤの音楽家夫妻のドキュメンタリー映画。 ソ連における音楽的成功と政治的造反、政府による非難と亡命。 そして欧米でのさらなる成功と、すべてを貫く互いと音楽への愛。 夫妻の激動の歴史がわかりにくく配列されていた。 まあドキュメンタリーとしては失格の部類に入るのだが、資料としてOK。 特にロストロポーヴィチへのロングインタビューがすばらしかった。 かれはバッハについて語る。 「思考のスケールでも強さでも 誰も追いついていない作曲家がただ一人います。バッハです。 かれの無伴奏チェロ曲を弾くとその単純さに驚きます。 しかし人間業と思えぬほど天才的です。 まるで空や木、自然が作り上げたものを見るようです」 またガリーナの言葉についても多くのことが印象に残った。 彼女は最初の夫との息子を失った苦しみについて述べ、そして言う。 「わかりません。罰か救済かは誰にもわかりませんよ。 神は人間に苦しみを与えるのです。 …祈ることもできなかった。 祈りは成熟した信仰者には安らぎをもたらしてくれるけれど 18の小娘には無理。絶望と無力感だけ。 この世の誰にも必要とされず、誰も助けてくれない」 この夫妻が、その一方を失った悲しみを思う。 ガリーナは、今度は、祈りに安らぎを得られただろうか。 美術展 「モディリアーニとその妻ジャンヌの物語展」(1300円) 渋谷・Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中 パリのモンマルトルを舞台とするこのロマンチックな夫婦について 私はほとんど何も知らずに行ったのだが、それなりに面白かった。 モディリアーニがジャンヌを描いた肖像の美しさとともに、 ジャンヌの「こちゃ」っとした楽しい風景素描が良かったと思う。 彼女は油彩より水彩の画家だなーと思っていたら、しまいのほうに 何枚か水彩が出てきて、とてもうれしかった。 演劇 「薮原検校」(3500円、演出・蜷川幸雄、出演・古田新太など) 渋谷・Bunkamuraシアター・コクーンにて上演中。 当日券で立ち見する。3時間10分立ち見する。 はっきり言って疲れた。そして好き嫌いでいうと嫌いだった。 ひとつには承前が長すぎる。ひとつには滑稽さがない。 いらんエピソードを削り、いらん歌やなんやの部分を削り、 盲目という欠陥と、滑稽なほどの強欲さを併せ持った強い主人公なのに どうしてこうちぐはぐで見せ切れてない後味の悪さを残すのか。 最後は拍手ひとつしようという気になれなかった。 面白かったのは早物語くらいかなあ。 黒子を使った演出は斬新でよかったが、脚本が悪いのか。 古田はいい役者だが、うーん。 次の休みは歌舞伎か能か文楽かコンサート行こう、全部でもいいな。 - - 2007年05月15日(火) もうすぐ30歳という時期は いろんなことを諦める交差点なんだろうなと思う。 たとえば家庭を持って、なにか永続する自分だけのものを持ち、 その代わりにだれのものでもないものを捨てていく時期なんだろうと。 ただ私はそれを肯う気がない。おもしろおかしく暮らすというのでなく 私はまだ、世界の魔法を信じているのだ。心の底から。 - - 2007年05月14日(月) ロストロポーヴィチ追悼 20世紀最高のチェリストというよりも、 20世紀をまさに己が信念をもって生きたチェリストだった。 共産党時代のソヴィエトから西側へ、という動きは、 西側なる我々の思うよりもずっと大きなことだった。 かれの目でもって世を見ることができたらと思う。 「上手の道とな?」 老人は言った。「汝自らが歌と化すまで歌うがよい」 「そのときかれがチェロを取り上げ、奏で始めた。そして私は陶酔とともに知った。楽器とはチェロでなくかれでなく、その双方であったと」 - - 2007年05月13日(日) 果て知れぬ高い峰の頂き、その底ぐらい洞穴にマグロールは眠っていた。それとも目覚めていない。太陽が老い、星々が褪せていくあいだずっと。 永遠ほどの長さ、歳月とともに年降るエルダアルの身にさえ長きにわたる怠惰についてのかれの言い分はこうだ。もう見た。もう聞いた。もう歌い、もう語り、殺し、愛し、憎んだ。我が力の及ぶ限り。そしてもう私の壜は満ちた。これより先へは行かぬ。それは無限に近い年月に裏打ちされていた。まことに分別あるなにびとも疑義を呈し得ぬほどの長さであった。 だが運命が常に分別を知るとは限らぬ。死すらはやがて死するがさだめ。さあれ死ならぬ眠りなればなお。マグロールの眠る洞穴ははじめ山の高みあり、やがて大陸とともに海の底へと沈んでいった。洞穴は小石と粘土と海の生き物たちによってふさがれ、暗黒と海水に満ち、さらに年経ていった。人の世に数えうる歳月を超えて星霜は過ぎゆき、だがある朝、 - - 2007年05月09日(水) 男は私に言った。 ずいぶん昔のことだ、それはとても昔のことだ。 そしてそれきり黙った。 - - 2007年05月08日(火) 古い都の古城の根なる暗黒を私は歩いていた。 そこは闇であり暗黒であり、古い息吹がいまなお漂っている場所だった。 わたしはふと顔を上げた。 二世紀も昔の甲冑に身を包んだ男が歩いているのが見えた。 - - 2007年05月07日(月) 逆光のうちに十字架と聖母と救い主の影が見えた。 かれらは一様に押し黙り、あるいは私に聞こえぬ言葉で話していた。 - - 2007年05月06日(日) 窓の外には雨が降っていた。 落ちることも止むこともない雨だった。 ここではそうした不思議な天気が許されていた。 -
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