enpitu



終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年07月31日(月)

日々は悪霊のごとく来たり去る
わたしは立ち止まらない、牙を剥いて疾る
さあ見よ、わたしは一振りのやいば、切り裂くものだ


-

- 2006年07月29日(土)


 静かな湖畔の浅瀬にあなたは立って、鏡のような水面を見渡している。朝はようやく東の地平に巡り始めたばかり、令名の淡い光は夢の中の輝きのように世界に満ちている。あなたはここはどこかとひととき疑う。
 静寂だ。これは正しい表現ではない。静寂している、というのが近い。あらゆる隅々まで静けさと化していて、あなたもまた静まるほかない。


-

- 2006年07月28日(金)


 今の俺を例えるなら、と、トキオは考えた。
 例えるなら、甲子園をかけた決勝戦で序盤に打線が5点とってエースは調子よくて、ああもう自分の出番はないなとぼんやりしていたリリーフエースが、九回裏いきなり1点差まで詰め寄られてなおも二死満塁の場面でエースに代わらなきゃいけなくて半泣きになりながらマウンドに上ったけどやっぱり打ち込まれてサヨナラされて負けて、チームは甲子園行けなくてみんなオイオイ泣いている中で呆然として立ちつくす、みたいな。
 ちょっと長いけど、トキオはつまりそんな気持ちだったのだ。自己嫌悪と絶望と、ああ終わってしまったなという自虐的な爽快感の入り交じった。
「さて、そんなにいつまでも目をでっかくしてると落ちるぜ」
 そんなトキオの前で、ハルオはそう言って、ひどく面白そうに笑った。ハルオの手の中にあるのはトキオのナイフで、鉛筆も削れないような華奢な代物だったが、それでも大きくてたくましいハルオの手の中では、白く鋭く光って牙のように見えた。
「こんなもの持ち出したのはおまえなんだからな」
 


-

- 2006年07月27日(木)

みんなまとめて撃ち殺してやりたい気分だ。
だいたい本社は無理を言い過ぎるんだ、ホントにさ。




この暗がりを抜けたところに何かを期待しはしない。
この暗がりそのものが生きるということで、花で、地獄だから、
だから私は希望という浮ついたものに苦しむことなく心静かに歩くのだ。

悲しみや苦しさまで愛そうとするのは愚か者のすることですか。
あなたは私が絶望的に強いといつものように目をそむけて言いますか。
しかしそんなのはあたりまえのことです。それこそいまさら。

人間は愛し合う以上に殺しあって死んできたのではありませんか。
それなら私たちの知っている地獄ぐらい、これがなんでしょう。
砂漠を行くように日々を行くよりは、そうして生きようではありませんか。

いつかは問われる、いつかは誰もが死によって問われる。
だから静かになにげなく、弦を鳴らそう。


-

- 2006年07月26日(水)

(独白)

王は小振りの刃物を取り出して、僕に渡した。
それは要するに死すべしということだったから、僕は従った。

結局のところ、権力というのは言い訳にすぎない。
権力というのは、それは絶対的に見えたとしてもそうではないものだ。
逃げることもできるし、従わないこともできる。
もちろん代価は払わずにいられないかもしれないが、
そうすることはともかく可能なのだ。
だから、僕の服従には別の理由を探さざるをえない。


たとえば


たとえばこんなのはどうだろう。
「僕はもともと死にたかった」。
それとも、「僕は王を愛している」。
どちらも違う。僕は僕の首から流れ出る血の暖かさを感じながら思う。
僕はただ、王を傷つけたかっただけなのだ。
「おまえは人殺しだ」と目の前で見せつけてやりたかっただけだ。


いま王は、ちがう王なんかでないきみはそこに立って、僕を見ている。
見開かれた目の中にあるのは恐怖と驚愕と、それから恍惚だ。
きみは権力を信じた。そうだ、僕がきみに従ったのだから。
きみは権力を信じることによって人殺しとなった。
いまきみはその力に半ばうっとりとし、
もう半ばとりかえしのつかない恐れに駆られている。


きみはこれからどうするのだろう。
僕にはもう関わりない。僕はもう行く。
きみが破滅するという確信をもって、僕は安らかに行く。





ゆがんだ愛情(笑)


-

- 2006年07月25日(火)

美貌の王は


-

- 2006年07月24日(月)



日差しだ。あれほどきみがねがっていた真夏の日差しがあらわれた。
グラウンドは明瞭な色彩を得て躍動を始める。さあ走れ。
きみはなにもかも投げ出すためにここにきた。失うために。
それは一つの死でさえある。世界はここに破裂する。


-

- 2006年07月22日(土)

『幸福であるということと、
 幸福になりたいということは、
 一如である』


 病はククールの上にある。かれは曲がった背と薄い白髪を持つ高齢の老人であって、しかもなお、定められた高位を去ることは許されていない。あがないの年々は永く辛く苦痛に満ちて、だがもう先が見えていた。

 兄が世を去ってすでに半世紀を過ぎた。いかなる因縁か、かれはいま、その兄が切望した高位につく巡り合わせにあり、しかもそれを少しでも望んだことなどなかった。ククールは重たく眠い(最近ことに知らぬうちに眠ってしまっていることが増えた)意識のうちに、うつらうつらと考える。
 兄は、マルチェロは、何を望んだのだろうかと。そしてまた、いま彼がただ中にあるような事態は兄が望むにふさわしいものだったろうかと。

 たとえばククールは各国の王家の使いを引見し、巡礼の子供たちに祝福を与え、幾つかの書状を書く。そのうちの幾つかは丁重な社交辞令に交えて平和や信仰を促すものだ。たとえばククールは老いて曲がった背でもって主日ごとに聖餐を主催し、信仰と寛容を説く。かつては幾度か鋭い怒りを表明したこともあったが、世は変わることがない。深い諦念はかれのうちに根付いてしまったが、それでもかれは倦まずたゆまずそのようにしてきた。
 兄はと、ククールはサヴェッラの窓辺を見渡して考えにふける。もっと違うやりかたを望んだだろう。それはあるいは正当化しえぬ手段であったやもしれぬ。だがそのようにせば世がもし変わるものであったならどうだろう。
 何が正しく、何がそうでないのかは常に定かでない。おそらくは明らかになることはないのだろう。人はただただ、自らの信念に従ってゆくよりほかないのやもしれぬ。

 ククールは黙ってサヴェッラの薄青い空を見る。兄をなくした日には、この空は赤かった。血のように赤かった。ククールは黙ってひじかけいすに沈み込んだ。深い深い、もう血肉の一部となってしまった悲しみに、ひさかたぶりに身をゆだねながら。だがその悲しさの底には、うっすらと、夜明けの兆しのように喜びがあった。ククールは知っていた。かれは夕暮れまで生きることがない。そしてその先には、なにがあるだろう。
 なにもないかもしれぬ。だがもしかなうなら、かれの神が教えるとおりに次の世があるのなら、それなら、そこで兄に相出会うことがかなうかもしれない。それならいかな死も喜ばしいものであった。
 ククールは黙って考えた。兄に出会ったら、わたしは自分の生涯を誇ることができるだろう。道を違えたとしても、願ったことはひとつだった。そうはっきりと、あの緑の目を見て言うことができるだろう。ククールは老いた頬にかすかに微笑を浮かべた。


-

- 2006年07月21日(金)

りるるさんからトリップバトン。
DQ8世界へ、ということで。

1.目が覚めるとそこは?

太郎飴が目を覚ますと、そこはマルチェロのベッドの中でした。
太郎飴は、近くにククールがいないのを確認すると、
ポケットから取り出した油性マジックで
マルチェロのほっぺになると渦巻き@ハットリくんふう、
鼻の下に口ひげ、おでこに「肉」の字を書くと
そっと静かにベッドを出て行きました。


2.貴方には不思議な力が備わっていました。その能力は?

不思議なことに、太郎飴は好きなときに透明になることができました。
ベッドから出た太郎飴が透明になってしばらくじっとしていると、
フンフンと鼻歌をうたいながらククールが部屋に入ってきて
「兄貴〜、特製スペシャル朝ごはんだよ〜」と言いながら
マルチェロの寝顔をのぞきこみました。
そのあと、ククールが意味不明な言葉で
盛大にわめき出したことは言うまでもありません。


3.何処からどう見ても不審人物な貴方は
 その世界の最高責任者と面会する事に。どうします?

どういう魔法を使ったのか、太郎飴はいたずらがバレて、
ククールとマルチェロに首根っこひっつかまれて、トロデ王のもとに
引っ張って行かれてしまいました。
トロデ王は言いました。「見かけないヤツじゃのう。何者じゃ」
すると太郎飴は答えて言いました。
「愛と勇気の伝道師です。愛と勇気のために1000Gの御寄付を。
 なんならツボと掛け軸もあります。10000Gです」
「ううむ、ほとほと怪しいヤツじゃ」トロデ王は言いました。
「このままにはしておけん。牢屋に放り込め」
太郎飴は牢屋に入れられてしまいました。


4.何とか受け入れて貰えましたが宿がありません。誰の家に泊まりますか?

こうして太郎飴は牢屋に入れられてしまいましたが、
例の透明になる不思議な能力のおかげで首尾良く逃げ出すと、
どうやってか知りませんがイシュマウリの家までやってきました。
イシュマウリは言いました。「よく来たな、人の子よ。願いを叶えよう」
そこでじっくりたっぷり15秒くらい考えて太郎飴は言いました。
「そのスカートの下がどうなってるのか知りたくて夜も眠れん」
するとイシュマウリはスカートをがばっとたくしあげました。
見たもののあまりの恐ろしさに太郎飴は気絶してしまいました。


5.貴方がこの世界で必ずやりたい事は?

正気を取り戻した太郎飴は、イシュマウリの家から逃げ出すと、
急いで山の中のパフパフ屋に行きました。
パフパフ屋のおねーさんは2匹のスライムと出迎えてくれました。
「あら良く来たわね。パフパフしたいの?」
太郎飴はおねーさんが泣き出すまでえんえん「いいえ」を選択し続けました。


6.貴方は元の世界に戻れる事になりました。どうしますか?

太郎飴はもう帰るという日、オークニスに近いメディばあさんの家に
やってきました。とても寒い日で、雪が横殴りに降っていました。
太郎飴は、家の裏手のメディばあさんの墓に行って両手をあわせました。
それから急いでククールにルーラを使ってもらってマイエラに行って、
今度はオディロ院長の墓参りをしました。
それから元の世界に戻ることにしました。


7.おかえりなさい。次の人をどの世界にトリップさせますか

旅の終わりはジ・エンドで(笑)


-

- 2006年07月20日(木)

(独白)

背丈があんたに追いついたのは、高校に入ってからだった。
あんたは俺より8つも年上で、ガキの頃は力だって追いつかなくて
いつだって、「大きい」兄ちゃんだったよ。

あんたは俺が中学2年のときに大学を卒業して、今の会社に入って。
そんで、3年近く地方の支社に行ってたから、いつ背丈が並んだか
正確にはわかんねえ。高校に入ってラグビー部に入ったのは
あんたが次に帰ってくるときまでに、強くなってたかったからだ。

高校2年の夏に、あんたは東京に戻ってきたよな。
俺、最初は兄貴だってわからなかったよ。
部活から帰ってきて、風呂から出たら、あんた、ソファで寝てて。
誰だろうってすげえ、びっくりした。

すぐ、兄貴だって気づいたけど。
こんなに細くて、こんなにきれいだったろうかって。
今度はそれがびっくりして。見れば見るほど動けなくなった。
あんたが起きて、昔みたいに笑うまで、俺はずっと動けなかったんだ。

あんたは彼女もいて、大人で、俺はでかくなってもガキで。
なにより血のつながった兄弟じゃないかって、俺はおかしいって。
うん、ずいぶん悩んだ。女の子ともつきあってみたし。
でも、気の毒なことしたと思ってる。俺、ずっとあんたが好きだった。

近くにいたらいつかひどいことしそうで、俺は大学で寮に入った。
でも親父とお袋が事故でいっぺんに死んで、
俺たちは二人きりで、あんたはいつまでも寂しそうで、
俺はやっぱりあんたにとってはチビの弟なのかなって。
辛くて。ごめん。ひどく、辛くて。

あのときだって、あんたの肩を掴んだのはただ、
慰めたかったからなんだ。それだけだったんだよ。
それなのに、あんなこと。ひどく、傷つけて。
今だって。あんたはただ兄弟でいたいだけなのに、
それにつけこんでる。ごめん。ごめん、でも、兄貴。









……というありがちなオリジナル兄弟モノを妄想中。
マッチョな弟とちょっと気だるげで俺様兄貴というのがブームです。
兄貴はヘビースモーカー推奨だな。


-

- 2006年07月19日(水)

自分ができの悪い新人だったということは。
新人教育のさいに忍耐が苦にならないという利点がある。



ファックスを裏返しで送ってきたとか。
ヘマしたんで頭丸めるとか。
手元にあるものの行方を他人に尋ねたりとか。
間が死ぬほど悪いとか。






まあ、かわいいもんさ(笑)


-

- 2006年07月18日(火)


 兄を抱き寄せる。その行為にはいつも、胸を引き裂くような孤独が伴う。ククールは、それがなぜだかわかっていない。わかったとしてもこの孤独は失せないだろうと思えばそれもどうでもいいことだったのだが。
「暑苦しい。よせ」
 否定の言辞が眠気をおびて告げられる。むろんそれに意味などない。マルチェロがベッドの中でククールに逆らったことなどないからだ。
「……時計が、さ」
 ククールは兄の背を抱き込んで、ひっそりとささやいた。
「あんたがねじを巻くから、止まらないんだ」
「なんだと?」
 それは確かにマルチェロの几帳面な日課の一つであって、柱時計は彼がこの館に住むようになって以降、遅れたことも止まったこともない。
「止まっちまえばいいのに」
「それでは時計の用が足りぬだろうが」
 ククールはもう、それより言いつのらずにマルチェロのうなじに顔を埋めた。突き放されることのないというだけの許容であっても、それがどんなに貴重に感じられているか、おそらくマルチェロは知らないだろう。
 時間が止まって、とククールは考える。時間が止まってしまって、もうけっして明日が来なければいい。太陽が昇らなければいい。二人して目覚めなければいい。もうこれよりほかなにもいりはしないのだから。
 ククールは何も言わなかった。夜半に時計の針が進んでゆく音は揺るぎなく小刻みに続いていて、いかなる望みもそれを妨げることはないからだ。ククールはなにも言わずに兄の背を抱きしめた。


-

- 2006年07月17日(月)



さあ、反撃の始まりだ。
一塁手のミットの響きを、きみはベースをつかみ取りつつ聞く。


-

- 2006年07月16日(日)

勝利の女神の眼差しはゆらゆらとして定まらなかったが、
きみはそんなものにかまいつけはしなかった。

きみたちは勝利に近づいていると見えたが、
ああ、それさえどうでもいいことだった。
ただきみは幸福だった、解き放たれた一羽の鳥のように。

きみは右手に白球を持った。
捕手はキャッチャーボックスにいて、きみにサインを出す。
きみは笑いそうだ。いたずら小僧のように今にも笑い出しそうだ。
捕手は打者をからかってやろうと言い出している。きみはのる。

本当ならボールになるはずの縦のカーブをひとつ。
だが敗北におびえた打者は思いきりバットを振ってくる。
当然のごとく白球にはかすりもしない。
お次はストレートにみせかけてまたもやカーブ。
再びバットは風を食う。最後は内角に切り込むシンカーだ。
今度はバットは鈍く鳴って、勢いのない打球はワンバン、
一塁手のミットにおさまった。そして打者走者はむなしくすべり。

審判が試合終了をコールする。
きみははっと我に返る。なにが起きたのだろうときみは問う。
振り返ればスコアボードは3−1、それでは勝った。
勝ったのだときみはいう。だが喜びはまだこみあげない。
きみはむしろ、ついさっきまで広がっていた自由が恋しい。


勝利はそのようにきた。だが敗北はそのようにはこない。
敗北はもっと遠くから、長い時間をかけてやってくる。
それは冷え冷えとした寂しさで、そのとききみの前に道はない。
きみがそれを知るのはきっと、もうすぐだ。


-

- 2006年07月15日(土)

きみにとって勝利も敗北もなにほどのものでもない。
にもかかわらずきみはここに来た。
ここに、勝利と敗北が鮮やかな明暗を分けるこの場所に。

きょうはきみにとっていわば一つの祝祭日だ。
いかなる曜日にも属さぬ聖日、きみの生涯とは関わりのない日。
明日はもう、きみは無限に遠いところにいる。
そして近くも遠くもきみはこの日とは再び関わらない。

だが思い出すだろう、きみは思い出すだろう。

きみの生涯にはなんの関わりもなく、なんの価値もない、
敗北と勝利がどれほども鮮やかであったこの場所を思い出すだろう。
そして呼ぶのだ、青春と。そうだ、胸の痛みとともに。


-

- 2006年07月14日(金)



暑熱の上に一匹の蜻蛉がとどまっている。

きみは信じるだろうか、
この昆虫もきみと同じほど生きているのだということを。

きみが不安な眼差しを抱いてそこにいるあいだ、
この昆虫もまた生きてあるのだということを。

おそらくきみは信じないだろう。

それでも言わせてはくれまいか、きみは生きているのだと。
この蜻蛉と同じほど深い情熱を抱いて生きているのだと。


-

- 2006年07月13日(木)

ああ、なんか安心した。

 謹慎かけていた新人が復帰して二日目。言われなくても前に出られるようになってきた。コピーひとつとってもそうだ。自分から、進んで。

「言われてわかる」

 ことというのは、ほんの少しだ。わかろうとしなければ、またわかる準備がなければ、人はわからないものだ。それはもう、自分自身でいやというほどわかっている。だから思う。ほんとに思う、よかった。
 ガンガン言ったけど、こんなふうに変わってくれるとは思わなかった。もちろん私の知らないところで上司もフォローをかけてくれたのだろうし、いろいろ学ぶところもあったと思う。ほんとに、よかった。

 もちろん、私わって、「わかってもらう」ための努力はした。腹を割って話もしたし、仕事全体について説明もしたし、どうしてほしいのかも話をした。率先してやりもしたし、ほめもした。でも、そんなにしたって、うまくいくとは思ってなかった。
 彼は、仕事がようやく楽しいようだ。これまでついていた先輩があまり話しをしない人だったし、仕事熱心でもなかったから、きっと本当は、聞きたいことがたくさんあったに違いない。あれこれ、私にもほかの人にも手当たり次第に聞いている。そういう姿を見られるのは、ほんとにうれしい。

 ねえ、きみの飛び込んだ仕事は厳しいかもしれないけど、ほんとに楽しくて広い世界につながっているんだよ。だから、いつも目を開いて、耳を澄ませて、そして誠実に、まじめに、素直にあってほしい。緻密で誠実で、ときどき硬直するのだって愛嬌だ。私より出世できるよ。がんばれ。


-

- 2006年07月12日(水)

 きみは問わなかっただろうか、これが勝利なのかと。
 これが勝利なら、そうだ、ずいぶんと落ち着かないものなのだと。

 勝利と敗北を分ける境界線がどこにあるものなのか、きみは知らない。ただ勝利はかくも唐突にきて、そして君を押し包んでいる。きみは。
 そうだ、きみは途方に暮れている。きみは胸にせりあがってきたなにごとかに息もできないままでいる。しかも立ちつくしていることは許されない。きみは本塁近くに並んで敵方に頭を下げる。かれらは泣いている。そうだ、かれらは負けたのだから泣くだろう。では勝つとは泣かないことか。
 きみは本塁近くに並んでスコアボードのほうを向き、校歌をうたう。きみは自分の声がうわずっているのを聞く。きみは頭をひとつ、深く下げて、それから仲間とともに三塁側の応援席に駆けていく。疲れ切っているはずの体が少しも重くなく、誰彼ない笑い声が響いている。きみは仲間を整列させ、応援席の人々に向かって頭を下げる。
 そして初めてきみは気づくのだ。きみは泣いている。きみは泣いていた。この喜びをまえにして、どうして泣く以外のてだてがあるだろう。そうだ、胸を破ってしまわないためには。きみは泣く。きみは声をあげて泣く。仲間たちがきみの肩を支え、背を叩いていく。きみはかけられる声に応えることさえできない。勝利の喜びはきみを締め上げるほどに強い。

 きみは。ああきみは、ほどなく敗北をも知るだろう。泣きながら笑顔の敵方を見るだろう。だが誰も、そうだ、誰も、きみの味わった喜びを知ることはない。それは確かだ。きみの喜び、きみの勝利は神聖なものだった。
 そうだ、ほかのすべての勝利と同じく。敗北と同じく。そしてきみよ、立ち去るがいい。もう多くの子供たちが立ち去った。そして先に行った。


-

- 2006年07月11日(火)


 少年は帽子のつばに「真っ向勝負」と書いて、
 そのあと「負」という字を消した。
 そのことは考えたくなかったからだ。

 そしてマウンドに向かった。



 にもかかわらずきみはいま、そのことばに直面している。しかもそれは消しようもなく巨大となって迫り、そして君は否応なく逃げられない。なぜならエースナンバーを背負うとは、まったくそういうことだからだ。
 空は真昼、だが梅雨はまだ明けない。灼熱の夏の日差しはきみのためにはとっておかれなかった。時折こまかな雨の注ぐ曇天がきみの舞台だ。そして敗北は差し迫っている。その後を考えたこともない敗北が。

 きみは敗北に向き合って立ち、そして愕然として思い至る。英雄となるということは敗北を肯うことだと。この苦い杯、次第に大きくなる影を肯うことだと。
 牙をもって抗うことはできない。敗北はそうして立ち向かいうる何かではないからだ。だがきみは抗うことしか学んでこなかった。その牙がおかれたとき、どうすればいいのだろうかと君は問う。答えはなく、どこにもなく、どこからもなく、しかも答えねばならない時刻は迫っている。敗北は待つということを知らないからだ。

 きみはついに敗北を飲み込む。きみに代わって飲み込みうる誰もおらず、きみはついにそれを避けることができない。それに、そうだ。きみはエースナンバーを背に負っている。きみは苦悶しつつ敗北を飲み、そして見る。
 きみが何を見るか、見たか、私は知らない。わたしは君ではないからだ。きみはただそのとき、大きな悲しみと、負けるということを知った。そうだ、きみに先立つ無数の少年たちが知ったように。


-

- 2006年07月10日(月)

最近、撮りたいものは絞られてきている

表情だ

じつに一瞬のものであり、次の瞬間にはもうどこにもない。
それは正しく現象だ。しかもなお、心を打つものであり続ける。
さらに言うならば、それだけが人の心を動かすものだ。

歓喜、絶望、諦念、不屈

それは詩のことばに似ている。
「愛」や「死」をとらえるにはあまりに刹那だ。
それらは物語であって表情ではない、写真ではない。

一瞬のきらめき、という

実に陳腐な言いぐさではあるが、表情とはそれだ。
長大な物語の断面。何に似ているかと思ったら、なんだ。
私が書いていたのはいつもそれだったではないか。

人間のなにが嘘でも

そのひとつひとつの言葉は真実だ。
そしてそれをこそ私は愛する。
「誰」ではない、ひと、は、それは違う。

たったひとつの呼吸を、そのまなざしを

その普遍、その永遠、その瞬間性。
どれほどそれは美しいだろう。
しかもその当人にとっても何事でもないことだろう!
だがそうした、人間性をさえ離れたものどもをこそわたしは愛する。


-

- 2006年07月09日(日)



このようにいう。

年々歳々、花あい似たり
年々歳々、人おなじからず

これは花か。それとも人か。
わたしにはわからない。
ここにあなたはいないが、しかもこの夏にあなたはいる。
あなたは確かにいて、わたしを懐かしくさせている。

聞こえますか、ここに花があるのです。
ここに花があって、それは永遠なのです。


-

- 2006年07月08日(土)

新人を謹慎にした。

まあ、もちろん上司の許可を得て、だが。
これで少しでも「なにくそ」と思ってくれるといいなあ。
悪いヤツじゃないけど、得意なこともあるけど、覇気がないんだ。
目つきがこー、なんつーか…ダメだ。

こんなに世界は美しいのに、
鮮やかに悪と憎しみと情熱とやさしさであふれているのに、
なんであんたはそんなに目を背けようとしてばかりいるんだよ。
前へ出ろ、もぎ取れ、首まで浸かれ。

それから、「努力」は「あたりまえ」だからヨロシク。
「使えない人間」は「いらない」からヨロシク。
あんたが飛び込んだのはそういう世界だ。


-

- 2006年07月07日(金)

 音がする。
 どこか遠くで、さみしくバイオリンが鳴っている。
 世界のはるかな彼方で。



 あなたは耳を澄ましている。部屋の真ん中には花瓶にいけた青白い薔薇が一本あって、あなたの座るソファのあたりまでその香りを漂わせている。花々の中の花々のようなレースをあしらったドレスのすそを引き寄せて、あなたはけだるく青いビロウドの背もたれにつむりを預けた。絹よりもさらに絹めいて波打つゆたかな髪はあなたの背後に曳かれて重く垂れた。
「聞こえまして」
 向かいに座る黒髪の少女は黒百合めいて頭をかしげた。顎のあたりで切りそろえられたまっすぐな髪はゆらりとゆらめいた。少しの間をおいて少女はあなたを見た。あなたはふと、この少女はいつからここにいたのだろうと不思議に思った。少女は答えた。


 あなたはふと顔を上げた。花咲く高原の夏の上を、なにか明るいものが動いていったように思ったからだ。それは見るうちにゆらゆらと揺れて、麦わら帽子となった。あなたはそのつばひろの金色の帽子の下に、それよりもっと明るい、やさしい美しいひとを見出して、立ち上がった。
 だが恋人はつっと唇に手をあてたので、あなたは口から出しかけた挨拶の言葉を押しとどめた。恋人は何かを探すように辺りを見回して、それからまたあなたを見た。あなたはそれがどういう意味なのかいささかはかりかね、だがともかくも相手を真似てあたりに気を配った。
 見えるのは花々で、聞こえるのは葉ずれの音。だがあなたはやがて、その遠くから聞こえるものに気づいた。あなたは少しうっとりとして、それから恋人に向き直った。
「聞こえますか」


-

- 2006年07月06日(木)

うわあうわあ!

ものすげー尊敬している先輩が部署にやってきた!
うちの部署では伝説的とさえいえるスゲー人で、
この人のことを聞かないことはない。

嫌っている人も多いけど、
新人を何人もつぶした人だけど、
しかし職場での評価というのは、やはり仕事ができるかどうか。
そういう意味では、ここ十年くらいでいっちばんの人だ。

いいなあ、と思った。
どんどん前へ行く姿勢が目にみえて周囲を漂っている。
こんな、こんな人になりたかったんだと思い出した。

ああ、もう一度、初心に返ろう。牙と翼を取り戻そう。
わたしはこんなふうに貪欲に、こんなふうに危険になりたい。
そして無数の暗がりやよどんだものを噛み裂いていきたい。

忙しさにかまけてはいけないって、
そうだ、父親が言ってた。思い出したよ。
ああ、わたし、こんなふうになりたかったんだ。


-

- 2006年07月05日(水)

鏡の国のルールに準じて

たとえば、「助けて」と言ったとする。
しかし誰も私を助けることができないというのは明白だ。
ならば言わないほうがいい。

たとえば、「愛して」と言ったとする。
しかしお情けで与えられる愛などで満足できないというのも明白だ。
ならば言わないほうがいい。

たとえば、「さみしい」と言ったとする。
しかしそんなのはありふれたことで、どうにもならないのも明白だ。
ならば言わないほうがいい。

そんなふうに消していって、黙った言葉の行き場がここだ。
人とは分かたぬある種のものども、この海鳥の群れについて、
どうか私に問わずにいてください。


-

- 2006年07月04日(火)

Calling...

聞こえますか、あなたに聞こえますか。
ああ私の声は沈黙の一種です。
どんなに叫んでも届きはしない。

私は名前をなくしてしまった。
あんなにたくさんあったはずなのに、
私の名前は忘れられてしまった。

聞こえますか、あなた、聞こえますか。
私の声は響くことのない文字、描かれた嵐に過ぎない。
私の叫びは平面を出ない直線のように、あなたに向かうことがない。

この声は聞こえない、せめて私は願っていよう。
この苦い悲しい追憶が、私を食い殺さないように、
この寒々とした寂しさが、わたしをとらえてしまわないように。

時計をひとつ、壊してしまおう。
あなたに捧げる生贄として。私の身代わりとして。
そして私は先へと歩いて行くのだ。いつものように。


------------------------------

どこへでも行ける。花も嵐も踏み越えて(笑)
とりあえず、敵は書類だ。


-

- 2006年07月03日(月)

Calling......


こんなふうに生きてきたことを、後悔したってなんにもならない。
こんなふうに生きようと願って、こんなふうに生きてきたのだもの。
そうしてこれからも、こんなふうに。


 (この手の中からなくしたものはあまりに多くて、
  どんなふうに取り戻せばいいのかもわからない)


こんなふうに生きてきたことを、後悔なんてしやしない。
ただ世界の果てで、ときどきあなたのことを思うだけです。
お元気ですか、わたしは元気です。あなたも元気で。そんなふうに。


  (この胸にはあんまりたくさん悲しみがあって
   もう誰のせいとさえいえないのです)


こんなふうに言うことができるでしょう。
私はときどきあなたのことを、少しも薄れぬ喜びとともに、
そしてほんの少しの悲しみとともに、思い出すのですと。



  (この手の中にはなんにもなくて
  それでもわたしに何が足りないわけがありましょうか)


こんなふうに言ったからって、どうか悪くはとらずにいてください。
愛や喜び、この豊かで汲めども尽きぬ大きく美しい静かなものの、
その小さな醜い兄弟たちの名を、悲しみや憎しみというのですから。










  (そうです夜に無数の星があり、
   この地を風が涼しくわたってゆくかぎり)












だめだ。古いメールを読み返したら、ボロボロ泣けてきた。
ああわたし、幸せだったんだなあ。なんて幸せだったんだろう。


-----------------------------------------


だぁあああああああああああ!
仕事が多すぎる! 私は馬車馬か? ああそうだよ!
サラリーマンだから最善は尽くすさ!


だけどな、だけどな…


アホの子(×2)のおもりなんかしてられるかぁああああ!!!
食事のマナーが最悪で、しかも気が利かないガキなんか知らん!!!


-

- 2006年07月02日(日)

教訓として

1:なによりもまず、仕事はすべて問題なく終了するまでが仕事だ。
  怠けるな、集中を切らすな、感情的になるな。
  そして必ずやるべきことを把握せよ。

2:仕事を任されたのは、単にほかに人がいないからだと理解せよ。
  おまえにできる仕事くらい、誰にでもできる。
  与えられたのはチャンスだ。これを逃すな。無駄にするな。

3:他人を責めてはならない、誰も自分自身の責任をとるからだ。

4:「完璧であたりまえ」
  おまえが願っているのは、そういう人間にしかできない仕事だ。
  おまえがここでできないこと、今できないことは
  別の場所、別の時に行ったとしても、できるはずがない。


さあ、明日に挑め。油断するな、一抹も。歯を食いしばれ。


-

- 2006年07月01日(土)

「バイオリンのためのソナタとパルティータ」

不協和音が激情をたたえて口火を切る。
この衝撃は何に例えられるだろう。
悲傷、だが何についての。
別離でなく、喪失でなく、だがそのどちらでもあるような。

私はこれまでバイオリンは避けてきたといっていい。
ごくわずかな例外をのぞいて、できるだけ聞かずにきた。
それはこうなることがわかっていたからだ。

胸を突く悲しみ。
バイオリンは基本的にあまりに感傷的すぎる楽器で、
チゴイネルワイゼンとかまでいくともういっそ滑稽なのだが、
端正さを脱ぎ捨てることのないバッハでは恐ろしい深みに達してしまう。

故郷を思うものも、恋人を思うものも、失った子を思うものも、
ああ、こんなふうに嘆かずにはいられない。こんなふうに。
限りなく純粋な、自堕落さのかけらもない、悲しみ。

ああ悲しみを抱いて、青白い透き通った軌道を、ひとは。



マルチェロは表情を凍り付かせるようにして、音楽を聴いている。
物思いは深く沈んで、旋律の糸に導かれるようにさまよう。
その目はなにも見ず、その口は沈黙して、ただ。
ただ、かなしく。








マルクク茶の産物

真夜中の聖堂はひとつの静謐に包まれている。終夜の明かりを捧げる役目にあたったククールは女神の前に膝をつき頭を垂れた。声もない祈りとともに手の中のロザーリオを数えてゆく。ククールは考えなかった。同じその神の前で、それもほんの昨夜、兄に抱かれたということを考えなかった。そのときどのように体が燃え、思いが切なかったかということを考えなかった。同じ場所に輝く灯火のもとで、兄の手にすがりついて悦びのあまりすすり泣いたかということを考えなかった。夜は静かに過ぎていった。

騎士団長は立っている。天窓から彼の上に真昼の光は落ちて、金襴の衣に映えていた。歌のような祈祷は薄い唇から完璧に流れだし、石の壁に荘厳に反響した。それでいて彼自身はその言葉の何一つ信じてはいないのだ。もうすぐ執り行われる法王即位式にあたってさえ、そのときにさえ。年長の騎士は壁際に立って静かに快哉した。つまりは彼の神、謹言なる騎士団長のために。いざ立って飢えを満たせと。

ククールは黙って横たわり、自らの裸身に手のひらを滑らせた。ひんやりと冷たい手は熱い肌の上にあって、たとえばもっと深い夜からあらわれ出てきたもののようだ。なめらかな胸と息づく腹と、それから―と。自らを手の内に包みとって、ククールは嘆息した。まねているのは兄の手だ。無慈悲で、愛撫というより暴くような。暴き立て、罪を突きつけるような。だがその手をこそ、ククールは恋しかった。

弦を弾く不協和音のように扉は開いて、マルチェロは黙って眉を寄せた。山中の離れ家を尋ねるものがあるとすれば、それが誰かはわかりきっていた。後に続くのがいかなる旋律であれ終わりは常にコーダ、そしてその後には沈黙が来る。ならば何をおそれることもないはずだった。憎しみも悲しみも、絶望も、そしてまた愛も。息を弾ませ、頬を明るくして戸口に立つ銀髪の青年を見ながら、マルチェロはそのように考えた。


ククールはシロとともに川辺を歩いていった。雨上がりの道はところどころ水たまりがあって、ククールはふと立ち止まった。映っているのはざんばらの白髪も薄くなりかかったやせっぽちの老人で、かつて老若男女をブイブイいわせていた放蕩児のおもかげはもうどこにもなかった。「そんなもんじゃいのう」ククールはさみしく呟いて、引き綱を引っ張るシロのためにまた歩き出した。

マルチェロはかつらを手にとって、ためつがめす見てみた。使い始めて、もう何十年になるだろう。最初に手にとるまでは勇気がいった。養毛林でなんとかなると、何年頭皮をたたき続けたことだろう。だがとうとうM字の真ん中までもが後退していると認めざるをえなくなった。その日、マルチェロはかつらを手にとったのだ。「だが夏は蒸れるのう」マルチェロはさみしく呟いて、分厚いポリエステルのそれを頭にかぶった。

藍の香の匂い立つような、夏の涼み姿を、ククールは後ろから見つけた。男ぶりの際だつ所作の美しい長身は確かによく知る兄のもので、歩む向きからいえば、神社に行くのに違いなかった。そうだ、彼との約束のために。声をかけたい気持ちをククールは押さえて、しばらく兄の後をついてゆくことにした。もう金魚すくいや綿飴売りや、そんな出店の呼びこみの声が遠くの方から聞こえてきていた。



どれも2−3分だから荒いなあ。


-



 

 

 

 

ndex
past  next

Mail
エンピツ