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終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2004年08月31日(火)

車に飛び乗れ、キイを刺せ。

エンジンよ吼えろ、車体よ跳ねろ、ギアは入った、
ハンドブレーキの頚木は外れた、さあ走れ。

アクセルを踏めアクセルを、ギアはトップだ、走れ、走れ、走れ。
エンジンは猛る、タイヤはきしむ。走れ、走れ、走れ。

路地の砂利をはじけ、赤信号に突っ込め、対向車をかわせ。
走れ、急げ。走れ、急げ。

時速はいくつだ120−140−160!
まだまだ上がる、さあ走れ。
心ははやる、世界は回る。さあ行け、走れ。
そしてどこかで死ねばいい。


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- 2004年08月30日(月)

例えば五分の一秒でいい。
スパートのかかった感情が走る、その後姿を見送る余裕があれば。

感情の殺し方を知っている。
感情は人格の根底から揺さぶってくる。
だが息を潜めろ、やりすごせ、じれるにまかせろ。
切なさやら憤りやら、そんなものはやりすごせ。
そのうちにそれは名前を失ってくる。波にすぎなくなってくる。

そこでいうことだ。刃物を柔らかい喉につきつけるように。
おまえはただ波にすぎない。おまえには名前などなかった。
おまえは錯覚だ、おまえは機嫌や気分にすぎない。
おまえが持っていたと思っていたベクトルは、ただの契機だ―と。

コツは一つだけだ。感情を少し先走らせること。
自らを運ばせないこと。名前と向きを与えないこと。
その求めるところをことごとく拒むこと。

それでいい。それで感情は死ぬ。
(そうしてまた、おまえは歩いていかれるのだ。どのような道かは知らないが)


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- 2004年08月29日(日)

機嫌が悪い。それとも情緒が不安定だ。あるいは頭が悪いのか。
全部投げ捨てて、どこかに歩いていってしまいたい。

気分が落ち着かない理由は、たいてい決まっている。
生理的なものか、でなければデフォルトからかき乱されているか。
どうでもいい誰かに嫌われているというだけで気分が落ち込むなんてのは、
それはつまりその時点ですでに自分がもろくなっているからだ。

こういうときはどうすればいいのだっけ。
うずくまって気分が復活するのを待つ暇はない。
それなら好きな仕事をしてテンションをあげていこう。
そうでなければ、ちょいと逃避をしてもいい。

さあ歩き出せ。歯を食いしばって今日と明日とを歩きとおせ。
歩けなければ引きずり出されるのだ、どのみち。
悲しさも寂しさも、あんまりありふれていることだ。


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- 2004年08月28日(土)

酔ったようにここ数日を過ごした。
アルコールなんて1滴も口にしていないのに。

酔っているのだろう。
気絶するようにでなければ眠りたくない。
体が眠たがってどこもかしこも温度が高い。
眠らせないのは私の精神だ。


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- 2004年08月26日(木)

 強い雨が間断なく降っていた。8月17日午後4時半過ぎ、甲子園。
 グラウンドでは八強進出をかけ、東北―千葉経大付戦が行われている。


 延長十回裏、東北・ダルビッシュが打席に入った。私はスタンド最前列、関係者席にもぐりこみ、長い望遠レンズを雨からかばうようにして抱え込んで見ていた。


 そのときまで、私は東北が負けるとは考えていなかった。そうだ、ダルビッシュが負けるなどということを考えるわけがなかった。東北は――むしろダルビッシュは、195センチの長身から投げ下ろす最速150キロの速球と何通りもの変化球で優勝候補の筆頭と目されていたのだし、その日も九回表の土壇場、雨による不運な三塁手の失策で追いつかれ、また延長に入って2点を追い越されたとはいえ、ほぼ全ての局面にわたってゲームの主導権を握っていたのだから。だが打席に入るダルビッシュを見て、私はゲームが自分の思い込みをとっくに追い越していたことに気づいた。ダルビッシュが負ける。それは確かに衝撃だった。


 ダルビッシュは落ち着いているように見えた。昨年の春と夏、また今年の春にも、彼はここにいた。なかでもこの夏はまさに彼のためにあったといってもいい。そのダルビッシュは敗北を目前にして、しかもその敗北を落ち着き払って受け入れているように見えた。九回までのダルビッシュの周囲にただよっていた覇気とでもいうべきもの、勝利の予兆めいた雰囲気はなかった。彼は二度空振りした後、自軍のベンチの方を向いて、後輩のボールボーイに笑いかけさえした。


 後にダルビッシュは話した。「最後の夏は笑って終わろうと決めていた」。ならば私の思い込みではない。彼はすでにまだゲームの続いているあの場所で敗北を味わっていたのだ。降りしきる雨の中で、ダルビッシュはバットを両手で構え、照明灯を見上げた。彼はその瞬間だけ、泣き出しそうに見えた。その胸中にどのような思いが去来したのか、知ることはできない。だが推し量ることはできるだろう。これまでの夏と春にここで戦ってきたその戦いのいちいち、常に注目され続けたことがもたらす苦さと誇り、磐石に見えて常に危ういチームワークというもの、もはや高校生としてあこがれに満ちて踏むことのないこの高みの舞台への万感――。おそらく何も言葉の形をなさなかったのではないか。


 ダルビッシュはバットを構えた。カクテル光線と雨は降り注いでいた。そして彼は最後のボールを見逃した。捕手が立ちあがり、歓声を上げて殊勲投手の方に走り出しても、ダルビッシュはそこに立ったままだった。彼はバットを手から落とし、少しばかり真顔になって自嘲するように舌を出した。試合は終わった。
 スタンドからはどよめきがわきあがった。個々の人間の呟きや叫びが数メートル上空で結露するようなその奇妙な現象を、最初にダルビッシュが聞いたのはいつだろうか。将来をすでに嘱望されていた子供時代か。それとも親に連れられていったプロ野球の球場か。だが彼はこのとき、何も聞いていなかったのではないか。注目という呪詛に憑かれたダルビッシュが終わりというものにつきまとう感慨を噛み締められる時間はそのわずかな瞬間しかなかったのだから。


 ダルビッシュはチームメートとともにベンチの前に整列し、聞きなれない校歌が歌われるのを聞いた。カメラマンが焚くフラッシュが彼の顔を無遠慮に何度となく照らし、ダルビッシュは黙ってそれに耐えた。おそらくは、それから休息までの道のりを長いものにするうんざりするような一連のことに耐える用意をしながら。インタビューにはどう答えようか、とでも彼は考えていただろう。そして敗北はすでに過去のものとなっている。だが私は望遠レンズにフタをして、ダルビッシュがおそらく一瞬以上長く味わうことの許されなかった敗北の中に沈みこんだ。


 雨も光も絶えることのないグラウンドに、もう明日も明後日もダルビッシュは姿を見せないのだ。準決勝も決勝も彼抜きで行われるのだ。奇妙な喪失感を私は胸におぼえた。帰途についたすべての観客が――例え三塁側の応援者であっても――おそらくは感じたであろうように。彼は確かにスターだった。ダルビッシュの退場で、この大会は確かに一つの光輝をそがれたのだ。


 やがて光も消えた球場を、激しい雨の幕が覆っていった。





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- 2004年08月24日(火)

これは問いか。

私はボールを投げた。きみは受け取った。
きみはボールを受け取り、野球を日々にする子供たちの一人がそうするように、
その両手の中に包み取り、強く何度もこすった。

私はボールの行方を知らない。ただ楽しんで想像するだけだ。
きみは相棒とキャッチボールをしただろうか。
そのときボール――ちょいとしたいわくがある――のやりとりに何を感じたか。

あのボールは今どこにあるのだろうか。
一番ありそうなのは、そのへんに転がっていることだ。
一番ありそうにないのは、まだきみの手の中にあることだ。

子供のしそうなことはわかっている。
好奇心に目を光らせるが、本質的に意味がないとわかるとすぐ飽きる。
あるいはひどく照れ屋で、大事なものほど持っていられない。

いいさ、夏はもう終わった。
がらくたを後生大事にするほど君ににあわないことはない。
あこがれには本来、形がない。
走っていけばいい。


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- 2004年08月23日(月)

秋の到来を告げるのは雨と決まっている。

1:
傘は嫌いだ。
片手をふさがれるのは困るし、それで完全に雨を防げるわけではない。
かといって雨合羽は着込むのが面倒だから、私はよく雨に濡れる。
だから余計に夏の終わりには敏感なのだ。


2:
さて、宇都宮に戻ってきたわけだが、
那須に登ろうと思っていた私の計画を打ち砕くように雨が降っている。
まあ、いい。夏は終わったと雨に濡れた私の体が知った。

結局それだけのことなのだ。季節は常に外的事象に過ぎない。
出来事は常に外的事象に過ぎない。何事も私を永くは占めない。
私はただ受け取り、私はただ手放す。すべては外的事象に過ぎない。

こうした生もしくは日々は、祝福か呪詛か。
どっちだっていい。答えが出る頃には私はいない。
気負って言うなら世界は私によって内と外を持つ。つまりは私が外だ。


3:
いつかも書いたが私は熱帯に育った。夏が終わるのは身を切られるように辛い。
夏が終わると、故郷を追われていくような気がする。
見なれたはずのものがすべて一様に遠ざかるような気がする。

それで、ナーバスになるかと尋ねられればノーだ。
私は故郷を追われ、一切が馴染みのない色彩を帯び始める季節を待ち望んでいる。
故郷の幸福は一瞬以上耐えるに重い。夏も終盤にはもううんざりしている。

私は労苦に耐える。だが儀式と概念の中には一瞬以上いられない。
世界が私を取りこもうとするとき、私は逃げる。
逃走には、たとえばカメラ、あるいは一本のペンと一枚のメモでこと足りる。


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- 2004年08月22日(日)



主将は物珍しげに深紅の優勝旗を見上げた。かびくささが鼻についた。
スタンドを見た。見たこともない同級生が彼の名を絶叫している。
勝利は退屈で、やりきれなく気まずく、うんざりするほど長たらしかった。
こんなことなら負けた方がよかったかもしれない、と、彼は考える。
そうすれば少なくとも今、退屈はしていないだろう。

なあ、と主将は言った。俺たちはいつまで、馬鹿面下げて立ってればいいんだ?
そんなこと知るもんか、と、副主将が答えた。この盾、重いったらない。
だが、と、またもや主将が言う。俺、腹減ってるんだ。もうはらぺこだ。
俺もだ、と、副主将が答えた。今なら、世界中の食い物が食えそうだ。
二人は顔を見合わせて、笑った。他人には幸福と見えただろう。


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- 2004年08月21日(土)



スラッガーを憶えているか、と彼は胸の中で尋ねる。
清原を憶えているか、松井を憶えているか。
古い球場の古い打席は答えない。だが彼は問い続ける。
思いきりのいい鋭いスイングで、放物線を描きスタンドに消える打球で。
スラッガーを覚えているかと彼は尋ねる。

打者と投手の対話は長い沈黙の前置きを除くと、一瞬より長くはならない。
語彙は豊かだがつまるところは二つしかない、全か無か。
彼はそれらに習熟している。だから彼は、自分は強いと自負している。
そして打席に入ることを切望する。

スラッガーを憶えているか、と彼は胸の中で尋ねる。
それはつまり、こういうことでもある。
俺を刻みつけよう、おまえが俺を忘れないためにではなく、
俺がおまえをけっして忘れないためにこそ。
さあ、明日へ行こう。どっちにせよ、明日で終わるのだ。


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- 2004年08月19日(木)



勝利はどのようにして視界に入ってくるのだろうか。
「彼」はこの試合の前、勝利をひどく遠いものと感じていたに違いない。
だから彼は牙をむいた。敗北せねばならない。いいだろう、敗北しよう。
だが無傷では立ち去らせるものか、完勝など許すものか。

そして彼は牙を剥いた。
ばね仕掛けのように彼は背後にのけぞり腕を振り上げ、
そうしてばね仕掛けのように腕を振り切った。
背中のエースナンバーを打者の目に刻み付けるよう。
打たれようと打たれまいと、彼にはかかわりなかった。
空を切り裂く白球は彼の牙だ。彼の爪だ。

勝利はどのようにして彼の視界に入ってきたのだろうか。
七回を終えてマウンドを降り九回裏、彼はベンチにいた。
驚くべきことに、スコアボードには大量リードが光っている。
これは夢か、と彼は呟いただろうか。その手は震えただろうか。
最後の打者がその打席を負えた瞬間に。

試合の間中、降っては止んだ激しい雨の後に広がった青空のように、
スコアボードの上に開いた青空とそこから降り注いだ真夏の日差しのように、
勝利は彼を包んだ。彼の視界を閉ざした。自らの歓声が耳を聾した。
勝利は百万の針でもって彼の全身を刺し貫き、それは歓喜に変わった。


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- 2004年08月17日(火)



「彼」はすでに敗北を知っていた。
もうあとわずかな時間のあとに彼らは整列して敵の歌を聴かねばならない。
投手である「彼」が打席に向かう意味を彼は知っている。
指揮官はすでに敗北を受け入れた。「彼」はだから打席に向かう。

「彼」は自分の役割を心得ている。彼は負けねばならない。
この戦いは「彼」のものだった。だから彼が負けねばならない。
夏を終わらせねばならない。それが指揮官からの最後の贈り物だ。

そして彼は見上げる。カクテル光線の中を雨が降ってくる。
この二時間余、彼はこの雨に苦しめられてきた。
敗北か、と、彼は自分自身に向けて呟く。しかも次はない。
ここに夢をうずめる。長い長いあいだ、この夢を信じてきたが。

終わらせよう、と、彼は呟いたかもしれない。
終わらせよう。彼のバットもうなった。3度うなった。
そして終わった。多くの夢の葬られた場所に、彼の夢も死んだ。

「彼」は役目を終えた。歓声が彼の傍らをすりぬけていく。
勝利はもう彼のものではない。敗北は彼によりそっている。
そして彼はもう、何も言わない。肩がひどく軽いことに気づくまで。

気づいて彼は、そうだ。
それでも泣かないだろう。彼は敗北も夢の終わりもひとより早く知った。
だからそれが実際に来たときには、ただたたずんでいるよりほかにない。
涙は流されるより先に枯れている。あるのはただ、
カクテル光線の中を振りしきる、雨。


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- 2004年08月15日(日)

汗を流せ、日々は駆け去る。
この足で一歩一歩、夜と朝を踏んでいけ。
生きぬきたいのでない。よく死ぬために。
営々と汗をかけ、朝と夜を踏んで行け。



「彼」は翼を広げる痩せた猛禽のようだ。
飛翔を義務付けられまた飛翔を愛するものの剣呑さで、
彼は片足を上げ、両肩を開く独特のフォームをとる。
観衆は息を飲む。そして彼らは見る、踊る星を。



というわけで東北高校ダルビッシュ投手。


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- 2004年08月10日(火)



聖地。…という。
ここは確かに聖地なのだ。
敗北と勝利と人生の一つの時代を賭けて、ある人々が思いを寄せる。
そこに到ることができなくても、その思いは忘れがたいだろう。
そうした一つの時代を過ごすことは、祝福か呪詛か。


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- 2004年08月09日(月)

と、いうわけで大阪にいる。
やはり暑さはいいなあ。宇都宮の暑さは好きだが、大阪の暑さはいい。
皮膚の焦げるほど暑い空気の中で、息をし走る。

問題はうーん。
せっかく帰ってきたのに仕事ばっかしててオフクロさんの機嫌が悪いってことか。


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- 2004年08月08日(日)



この空は青過ぎるに違いない。本当には存在しない空だ。海だ。
だが私はこれらの青を愛する。そうして本当のものがどこかにあるとは限らない。


きみを思う。きみを呼ばない。
この手を切り落とし、この足を切り落とし、
この目をえぐり、この耳をつぶし、この手指を削いで、
そうして私はきみを呼ばない。きみを思う。


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- 2004年08月07日(土)

と、いうわけで、松山にいる。
松山がどこか知らない人のためにいうと、愛媛県。
さらにいうと、今年の春のセンバツで優勝した斉美高校のあるトコである。

長い旅のあいだ、私が何を考えていたか。
ガラにもなく未来を描いていた。
私は未来のことなんか考えるだけムダだという考えの持ち主だが、
ありえない未来は描くよりほかないらしい。

ところで、明石大橋というのは長いなあ。
あんなにも長くてあんなにも困難な橋だとは思わなかった。
ひとつとひとつを渡すもの。

というところで、先日私が自分を例えた言葉を思い出した。
片方の端のない橋。シャレのようだ。
HNを片橋に変えるか。(やめなさい)


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- 2004年08月03日(火)




扉を開けて。
東京に出るといつも思う。ここは日本だ。
文学が政治が歴史がこの地を指す。


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- 2004年08月01日(日)

朝が目覚めても私は夜にいる。
この夜がいかにすれば過ぎ去るのか、私は知らない。
あるいは夜も朝も、そうと見えるだけで幻なのか。
ならばここは永劫の一つ夜か。


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