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終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年08月30日(土)



行ってきました「もてぎツインリンク」。
オートバイというのはあれだけ不安定な乗り物のくせに、
むしろあれだけ不安定な乗り物だからか、
運転技術によってはしなやかで見事な動きを見せるんですね。
いやあ、面白かった!


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- 2003年08月28日(木)



「光と闇」?
違う、私と被写体。あいだにあるのはカメラ。
それ以外、なにもない。


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- 2003年08月27日(水)

ここだけの話、わたしはそろそろ行きたい。
妙な話だ。

写真がどんどん下手になる。
なんでだ、なんでだ。
構図か。レンズか。被写体か。
頭を使わないで撮ってたころよりできてくる写真がつまらん。
つまり私は感性の動物。さいですか。

写真の難しいのは内にこもることができないことだ。
外に出てなにも考えずにただ歩くことができないことだ。
この奇妙なあわいに立たねばならないことだ。
ジンニーアを探しに行こう。
多分どこぞの廃墟にいる。

人はパンのみによって生きるにあらず。
あと何がいる?


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- 2003年08月26日(火)

マンギョンボン号の謎。

なぜNHKはカナ書きなのだ?
以前は漢字だったはずだ。
新聞はみんな漢字だが…。

表記というのはけっこう意図的だ。
例えばよく指摘されることだが、NHKは少しまえまで
「北朝鮮、挑戦民主主義人民共和国」といちいち言い直していた。
これはこれで正しいと思う向きもあるだろうが、いったい
NHKは「アメリカ、アメリカ合衆国」だとか、
「イギリス、イングランド…(略)」などと言ってるだろうか?
明らかに北朝鮮を特別扱いしてきたのである。
これはつまり、そうした圧力があったということにほかならない。
この圧力というのは必ずしも外部のもののみではなく、
内部の自粛空気や内部者の意向といったものも含む。
公平を装うものほど疑ってかかれというのは鉄則。

さて、「現行法の範囲内」で不備を指摘されたマンギョンボン号。
なんかやらせくさい。つまりマジックのアレだ。
最初に失敗してホンモノらしさを演出する心理トリック。
北朝鮮の偏執的な熱意をもってすれば、完璧に仕上げることはできたはず。
にもかかわらず幾つかの不備を見つけさせた。
これはニシンじゃないのか? どうなんだ?
またしも日本の治安機関は手玉に取られた気がする八月、雨の夜。

悪というのは、見出すこと最も難しいのは無関係なものに紛れているときだ。
つまり修学旅行生に悪意なんぞあるまい。里帰りの婦人にも。
彼らにとってあの船は間違いなく故郷とつなぐかけはしだ。
だがあの船はやっぱりミサイルの部品を運んだだろう。
しかし妙な話だ。日本人がここまで疑り深くなれるとは信じていなかった。


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- 2003年08月25日(月)

私のしなかったこと、その1:抗議

1:
 私はシンガポールに5年ばかり住んでいた。
 治安のいい国ではあったが、母は安全上の理由から、放浪癖のある(出ていくと帰らない)私が学校と塾以外の場所に出かけることを好まなかった。
 まだ引越して間も無いころ、一度、友人の家に行ったことがある。学校が終わったあと、彼女の乗るスクールバスに自分も乗って彼女の家まで行ったのだ。二時間ほど彼女の家で遊び、さて帰る時刻になった。果たして私は困った。実際は私は一銭も(文字通り!)持っていなかったし、第一、自分がこの島国のいったいどこにいて自分の家がどこにあるのかなどということはわからなかったからだ。
 友人の母親はいささか慌てて我が家に電話をかけた。かくして母は不機嫌な顔で私の前にあらわれ、友人の母に謝るのもそこそこに私を引っ張ってタクシーに乗りこんだ。そこで母は私に約束させた。もう二度と友達の家には行かないと。
 私は抗議しなかった。母はまだ1歳にならない私の弟をあてにならない姉に預けて出てこなければならなかったのだ。そして私の考えのなさ! 私はシンガポールにいる間、二度と友達の家に行かなかった。私は約束をあまり破らない。

 読み変えることはできる。
 母に私を縛る権利はなく、私に友達の家を尋ねる権利はあり、不当に抑圧されたのだと言う事はできる。唯々諾々としたがった私は幼稚だったのだとも。
 しかし私は抗議しなかった。何が私にそれをさせず、何が私に従わせたのか。

(続く)


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- 2003年08月24日(日)

こないだ悪友Yと現代美術館に行った。
「現代アートってどうも好きじゃない。ノイズ聞かされてるみたい」

……あ、なるほど。
私が現代アートなるものに感じる胡散臭さもそれに似ている。
「これ、私の部屋に置きたくない」というのが私の感覚だ。
私の部屋だけじゃない。どんな「場」にも置きたくない。
どんな「場」にも根ざさない。似合わない。
美術館以外に行き場のないのが現代芸術ではあるまいか。
ひとくくりにしちゃいかんのだろうけど。


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- 2003年08月23日(土)



僕の家の前には小さい公園がある。
僕は昼にはいつもそこで遊ぶ。夜は行かない。
夜は公園を見てはいけない、と、父さんが言った。
父さんはでも、ときどき夜、玄関の前で誰かと話をしている。
夜の公園から来た誰かと。


回答三択
A:父さんはヤクの売人
B:父さんは魔法使い
C:父さんは警察官


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- 2003年08月22日(金)



車を転がす。
上昇は必ず消失点を伴う。上昇は常に消失への道だ。
下降は集う。下降は常に結節に至る。

…って、この写真とは何の関係もないが。


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- 2003年08月21日(木)

素晴らしい音楽を聴くのは危険なことだ、と、カランシアは言った。
最後のひとつの音の消えたとき、なぜ私はまだ生きているのかと自問したくなる。
マグロールが答えた、それは奏でるものにとって最も大きな賛辞だ。
だが二度とそなたの前で竪琴を取るまいとも。



…また妙な文章を書いてしまった。
つまり私にとって彼らはこういう関係らしい。


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- 2003年08月19日(火)



橋と橋を渡る人というものを思い浮かべるとき、
私はいつも彼らの背中を思う。
橋を渡るものは常に私から遠ざかる。
奇妙なことだ。渡ってくることもできるもののはずなのに。

それでも彼らはみな私を立ち去る。
私に見えるのはその背中だけだ。
世界は私から遠ざかる方向にあるらしい。


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- 2003年08月15日(金)

花はドラマチックではない。…花、は。
花は美しいだけだ。
花は瑞々しいだけだ。
花は空間に座を占め、自然にしろ人工にしろ与えられた形に存在するだけだ。
それだけだ。

だが私は見る。
種子と芽と蕾と茶色い骸。
現実の背後に過去と未来を抱きいかにと問うことのないひとつのもの。

目の前の花は一つの確定された点だ。
そこを起点に過去と未来は生じ(あるいは可能態のうちから選び取られ)、
存在を許される(あるいは存在を現実のものとする)。

わかるだろうか。





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- 2003年08月13日(水)



1/4000秒で撮った水。
この瞬間のなかではなにもかも止まる。
そしてこの視界のなかでは、なにもかも見なれたものではない。
秒間に潜む魔。


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- 2003年08月12日(火)




「お前の迷路には三本、余計な線がある。
 ギリシアの迷路を知っているが、これは一本の直線だ。
 その線のなかで、じつに多くの哲学者が迷った。一介の刑事が迷ったって、
 ちっともおかしくない。シャルラッハ、生まれ変わってまたおれを追うときは、
 A点で犯罪を犯すふりをしろ(あるいは犯せ)。それから、
 A点から八キロ離れたB点で2番目の犯罪を、A点とB点から四キロ離れていて
 二点の中間にあるC点で、三番目の犯罪を犯すんだ。そしてそのあと、
 A点とC点から二キロ離れていてやはり中間にあるD点でおれを待て。
 いまトリスト=ル=ロワでおれを殺そうとしているように、
 このD点でおれを殺すんだ」
「この次あんたを殺るときは」シャルラッハは答えた。
「一本の直線でできていて、目に見えなくて、切れ目もない、迷路で殺るよ。
 約束する」
                   J.L.ボルヘス『死とコンパス』




なんでかひどくこの写真に似合うと思った。
もっとマシな写真ならよかったんだが…。


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- 2003年08月08日(金)

嵐を待つ。

喉にどうやらなにかできたらしい。飲みこむつど痛い。
飲みこまなくても痛い。
疲れてるせいだろうか。(む)


窓の外は闇。
テレビは延々とニュースを続ける。
私はもう眠りたい。


思い出すことがある。
忘れたいことがある。
ロクでもない死に方をしたい。


雨が降ってる。
車の音も絶えた。


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- 2003年08月07日(木)



週末しか更新してないけど、どーも今週は(今週も?)
休めなさそうなので。ちょっとサービス。

白根山のコマクサ。
どう?ちょっとは腕上がってきた?(トリミングしなくてもよくなってから言え)


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- 2003年08月02日(土)



山上ってきました。日光白根山。
筋肉痛で死ねるなら私はもうすでに死んでいる(がくっ)


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