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終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年07月31日(木)



たまさか通りがかった神社に灯りがついていた。
祭の夜。車を止めてカメラを持ち、歩く。
提灯の吊るされた参道の脇にブランコ。
こんな夜はきっと、見えない童が遊びに来る。
7月の終わり。

きみに、ハッピー・バースデイを。


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- 2003年07月30日(水)

あ、そか。

持つべきものは、友だなあ。


そうそう、確かにそう。

「虫の目」
「鳥の目」

全体の一つとし、要素の集合とし、分析し、理解する目。
寄り添い共感し、唯一のものとしかけがえのないものとして見る目。

ものごとは異なる二つの面からなる。
それは「●月●日●時●分」「●県●市●町」「職業●の●さん●歳」に起きたものであり、
同時に「今」「ここ」「私」に起きたものでもある。

それは「とりかえしのつかないこと」であり、
同時に多くの指標にとらえられたひとつの座標の上にあるものでもある。
どちらもほんとうだけれど、どちらだけでもならない。

なにかをほんとうに理解しようとするなら、
この二つの次元を両方見て知らなければならない。
どちらだけでもならない。どちらが少なくてもならない。


言うならば、世界のなかで、あなたに会うこと。


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- 2003年07月29日(火)

少年犯罪の意味。

子供というのは社会の中心に存在する。
彼らがかくも変質している。これはなにを意味するのか?

「少年は狂ってる」と、とある人が言った。
なぜ、と、きいたら「価値観だね」と言われた。
「価値観がないんだ。今、六十代の犯罪も多い。
 その子供世代が四十代、その子供世代が今の少年だろ。
 終戦で旧世界の価値観が壊れて、それが今も尾を引いてる」

いわゆるヤに片足突っ込んでいる青年たちなのだが、
舎弟(正式には金融会社の社員)が集まって、兄貴分を殺した事件があった。
奇妙な事件だ。彼らは捜査当局に「いじめに耐えられなかった」と話している。
しかし…どうも、奇妙だ。まるで切実さがない。
彼らはそこで一定の未来を与えられているのだ。未来と、生計を。
まるで思いつきかぼんやりした希望でやってしまったのではないかとさえ見える。
「ここじゃない気がするんです」といって定職につかないフリーターのように。
ただヤはそうして安易に抜けることのできる世界ではなくて、
だから殺人という方向に流れ着いたようだ。

彼らはここにいないようだ。
「ここ」に。過去と未来を見渡すここに。
生と死を含んだ生活全体を生きる「ここ」に。
善悪の価値観を含んだ社会全体の一部である「ここ」に。
――「ここじゃない気がするんです」
だがそれ以外のどこに行けるというのだろう?
それは非人間の道だ。場所だ。


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- 2003年07月25日(金)



ちょっと重い。
大谷石でできた倉。
絞りを最大にして隅々まではっきりと。
とはいえ手前の白い花がちとぼやけてる。
拡大したくない…。


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- 2003年07月24日(木)



というわけで蓮。
やや盛りは過ぎ気味。(む)


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- 2003年07月23日(水)

はちす。

世界で一番美しい花(種類)を問われたら、蓮と答える。
私はあまり日本的常識を注がれないで育ってきたひとなので、
蓮=抹香臭い、などという公式を持っていない。
だからか素直に、なによりきれいだと思う。

で、どうしてだろう、と、考える。
似た形状の花もないではない。
薔薇など幾重にも花びらを重ねて優美だ。
なにが蓮をこんなに美しいと思わせるのだろう。
距離だ。

手の届くところには咲かない花だ。
泥から伸びた茎とその先の花に、手は届かない。
永遠にこの手の外。触れない。
摘み取ることなど思いもよらず。
神々だって、この花に触れてはいけない。

そのことを考えるだけで少し心休まるものがある。
私にとっては蓮の花の美しさが、そうだ。


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- 2003年07月22日(火)

久しぶりに思い出した。

ムカつく。
正義感の強い方じゃない。
それでもムカつく。
人を殺しておいて何年かでシャバに出てくる連中だ。
殺害とは取り返しのつかない罪なのに。
償った気になって戻ってくる連中だ。
我が子を殺された両親に時効はない。
時効はない。刑期もない。あの子たちは戻ってこない。
来るはずだった明日は二度と来ない。

罪が借金や取引される青物のように計量できるものならどんなによかったか。
刑期が終わればあの子たちが立ち戻るのならどんなによかったか。
泣きそうだ。どうして死なんてものがある。
どうして理不尽だ、この世界は。
どんなにしても帰らないものがあるなんて。


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- 2003年07月21日(月)



大谷資料館行ってきました。
ここ、大谷石の採掘場跡なんです。
山の根を切り出し、人の手の作った巨大な空間でした。
温度は外より10℃ばかり低く、霧か靄がまといつく。
頭上約30メートルの縦穴からは白い光が入りこみ、
膨大な闇の堆積のその巨大な量を示します。

あんまし上手く撮れなかったんですが、
また行ってリベンジしてきます。近いうちに。


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- 2003年07月20日(日)



愛機D100で撮影した初めての画像のっけました。
かなり縮小してあるからツブれててアレです。
一眼レフの意味ないかも……。

右下の時計は愛用の時計です。
機械式なので毎日巻かないといけません。
でもキレイ。

腕時計って撮るのむつかしいですねえ。
アラン・リーの指輪物語表紙絵を重ねて幻想的な空気を出したかったんですが、
なんともなんとも。ほんとは腕にはまってるとこが一番絵になるんだけど、
こればっかりは、ねえ……。
誰か手美人、モデルになってくれないだろうか。

んー……。三脚、買うかな。


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- 2003年07月17日(木)

本日の勤務時間:
7:00−24:00

……久しぶりだ!(嬉々)
すげぇ楽しい……


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- 2003年07月13日(日)

ただいま引越し真っ最チュウ。愛を下さい、My Love。

孤独に荷造りして孤独に荷解きするこの身の悲しさ…(涙)
故郷は遠く、同期どもは手薄になった職場のカバーに忙しい…異動の季節でした。

新天地は宇都宮。
ヤサはこれまでの二倍の広さ、やったね!
ところでこの地で私の気に入ったもの、大谷石。
マジ気に入りました。
大谷石は卵色っぽい柔らかい色彩の多孔質の石で、
割りに有名ですね、帝国ホテルになんかも使われてます。

これで作った倉はもー色といい質感といいたまりません。
デジカメ@一眼レフ買ったのでそのうちどっかにアップしよう。
濃い緑の蔦が絡まっているとこなんか、もーたまりません。
不動産屋さんにそういう物件あったら教えてくれと言っときました。
倉に住む女……

ところで。
……およそ三年ぶりくらいで洗濯機を使った。
いや買ったんですついに。コインランドリー近くになくって。
(これまでは繁華街に住んでいたのである)
それでねー、一つ発見しましたよ。

「給水パイプとつなげた蛇口は緩めておくこと」

……いつまでたっても水が一杯にならなくってさ(乾笑)
最近は乾燥機つき洗濯機という便利なものがあるんです。
でも高かった!


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- 2003年07月11日(金)

長崎幼児殺人事件

仕事がら、幾つかのことを考える。
たいしたことではない。

子供が殺されるというのはひとの関心を引く。
男子学生が殺されるよりも女子学生が殺されたほうがひとの関心を引く。
理由のわからない(推測できない)殺人はひとの関心を引く。
犯人の捕まっていない殺人はひとの関心を引く。
残酷な殺人はひとの関心を引く。

なぜたった四つの子供が殺されなければならなかった。
加害者の少年はこれまでに幾つか問題を起こしている。
周囲はそのシグナルを読み取るべきだった。
これは社会の失敗だ。だからこそ討議されねばならない。

少年法について、「しつけ」と教育について、
「シグナル」の補足方法とそのケアについて。
ああムカつく!

もう少し落ちつくまで待って……(泣きそうだ)


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- 2003年07月08日(火)

阪神マジック点灯ゥオウオウウウオウウウ!!!!

これ夢ですか?
こんなことがあっていいんですか?
いやーもー死んでもいい(優勝するまで待て)





……トールキン・ワールドでファンフィクションを書こうと思うと、
問題は「死なない」ということである。
エルフ死ねへんもんねー。
その思考形態はどうなんだろうか。

気になります、とっても。

多分これは、社会と人間関係の根底をなす設定だと思うので……
ガンダルフなんか既に…こう…天使だし(いやホント)
悪に染まることがそも魂と存在の危機に直結する精神的存在って面白いや。

ちょっと今日は脳味噌が黄色と黒で染まってます。


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- 2003年07月07日(月)

飲みこむのがヘタ。

私はよく“吹く”。
というのは飲みこむのがヘタだからである。
特に熱いもの、湯気吹いてるものがダメである。
ゲフ、ゲフン、と、“吹く”。

これは器質的な疾患なのか?
それとも技能的な問題なのか?
……謎である。

という自分自身の特質をあてはめてみる。


1:
―――――――――――――――――――

ガンダルフは赤ワインのグラスを一気にあけた。
――と思うと盛大に吹き出し、唾とクッキー交じりのしぶきで
正面に座っていたサムを赤く染めた。
「汚いなあ」フロドが眉をひそめた。
ガンダルフは口元をハンカチで押さえてまだ咳き込んでいたが、
「ずばぶずばぶ」としまいに言った。

―――――――――――――――――――

……ガンダル爺(涙)

2:
―――――――――――――――――――

ウルク=ハイの大群がオルサンクの門を出ていった。
「これで終わりじゃ」サルーマンは嘯いて白ワインのグラスを取った。
「まことに奴らの命運も尽きました」グリマも頷いた。
その瞬間、サルーマンは盛大に咳き込んで吹き出し、
グリマの顔には吹っ飛んできた入れ歯が食いこんでいた。

―――――――――――――――――――

……サルーマン(涙)



3:
かなりどうしようもない企画だというのがわかった時点でやめとこう。
この調子で奥方様とかカランシアとかフェアノールとかやったら、
きっと呪いがかかる。

サウロンだきゃあどうしようもないですね。
目玉だから……。
身体がないとおちょくれないんだよね……。

今夜は七夕ですね。
きっとお空ではガンダルフとサルーマンが逢引を(違)


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- 2003年07月05日(土)

覚書。

まず、私が非常に感覚的な人間だということを免罪符代わりに書いておく。
私は論理的に明晰に話すにはあまりに素朴な人間である。


1:
『政治的な小説』というものがある。

この言葉を見て私が真っ先に思い起こすのは高校時代に読んだ中国のSF小説で、
題名は忘れたが、文中に全く全然さっぱり何の脈絡もなく
「この●●は共産主義の偉大さを証明しているのだ!」
というお茶噴出すようなフレーズがあり(実際吹いた)、
なるほど、独裁と政治とはこういうもんか、と私は深い感銘を受けた。


2:
さて、私は大学に入ってすぐにアラブにハマった。
正確には中世中東史にハマったのであるが、
なにせ関連のテキストはそれほど多くなかったもので、
図書館で埃をかぶっていた『現代アラビア文学選集』にも手を出した。

著者名は忘れたが、『太陽の男たち』という短編が選集に収められていた。
ネタバレ承知でざっとあらすじを説明すると、

パレスチナの難民キャンプから都市部に出稼ぎに行くために
十人の男たちが給水車の空になったタンクに乗り込んだ。
真夏のことであり、タンクの中は50度を越える暑さで、耐えられるのは十分程度。
そのあいだに街への検問所をくぐりぬけられるかどうかは危険な賭けであり、
十人はそれぞれ個人的な事情を抱えて切羽詰っている。
運転手の努力にも関わらず、給水車は検問所で足止めを食らい、
再びタンクの蓋を開けたときには全員が死んでいた。
運転手は「なぜ黙って死んだ。なぜ助けを求めなかった」と砂漠に叫ぶ。

……という暗いがうえに暗い話である。
おまけにオチてないといえばオチてない。
小説としての完成度、フィクションとしての完全性からいえばダメかもしれない。
しかしそのインパクトにおいて、よくできた小説どころの話じゃなかった。

同時に、この小説は私のために書かれたものではないと感じたのも本当だ。
運転手の「なぜ」という叫びを自分自身のものとして私は聞けない。
これは第一義においてアラブそのものへの問いだ。
この問いはアラブを通しその状況を通して、
文学的に普遍に全人類に呼びかけてはいる。
だが書かれたのは読むものすべてのためではない。


3:
政治的な小説。

政治とはなんだろう。
日本で普通に暮らしている限り、政治を自分とその内面そのものに関わる問題だと
そう感じることは難しい。政治的状況を内面において生きることは難しい。
日本では政治は『俗』であり『陰謀』であり、二級品だ。
政治的な発言をする者はうさんくさい目で見られる。

そんな日本の小説はどんな体裁をとっても結局『私』小説ではなかろうか。

もっとも『太陽の男たち』はその強烈さの半面として、
文学になりきっていない。文学はある程度万人に語りかけるものだからだ。
文学以前、小説以前の熱気は「いま、ここ」に属し、
文学としての「いつか、どこかで」的普遍の広がりを持たない。


4:
内面において生きられた政治を描いたものが政治的な小説であるなら、
政治的な小説は日々消費され、時々刻々と古くなる。
だがそれが生きた小説ではないだろうか。
人間は感情を持ち、笑い、遊ぶ動物であり、政治的な動物である。
政治という自らの集団と結び付けられた生を生きるのが人間である。

夜の言葉で世界を語るのがファンタジーであるなら、
真昼の言葉で書かれた物語、かな。


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- 2003年07月04日(金)

幕間。

シルマリル好きでも「ハレス」の名前がぱっと出てくるひとはきっと少ない。
「黒髪のカランシア」については……悪役、だろうなあ。覚えてても。(涙)

1:
『シルマリルの物語』には実は面白いしかけがしてある。
エルダール(エルフ)の神話・伝説・歴史集という趣きで語られる。
物語の記述のメインとなっているのは、
エルダールのうちノルドール族とシンダール族である。
ちなみにこの二つの一族はあんまり仲が良くない。
具体的にはノルドールがシンダールをちょいと見下しているような関係にある。

で。

『シル〜』自体は、シンダール族の伝えたものという体裁になっている。
ここで、深読みの余地が出てくる。
ノルドールについての記述を、もちろんそのまま飲みこんでもいい。
しかしそこで隠れたものを読者が想定してもいいのである。
そう考えると、実に、面白い。


2:
カランシアは、『シル〜』中部分的にも主役や主役級の扱いを受けたことがない。
いわば地味なキャラである。おまけに枕書きがヒドイ。
初出で「黒髪のカランシア」(評論社『シルマリルの物語』p118)。
「兄弟たちの中でも最も気が荒く、怒りっぽいカランシア」(同p201)
という記載もある。これで「単細胞」と刷り込まれてしまう。

しかし数少ない発言や事跡を追ってみると、
確かに暴言吐いたり戦に負けたり臣下に裏切られたりしているが、
いわゆる「単細胞」として読者に対して印象付けられるシーンは、
シンダール族に対するきっつい発言とその周辺だけなんである。
それ以外を読んでいると、人物像として「単細胞」には
相矛盾すると思われる部分がちらちらある。

こりゃ面白い。

というので独自のカランシア像を勝手に作ってみた。
というか明確にしようとして「Hales」を書いている。
しかしいかんせん、小説書くのにはあんまりにも長いブランクが…(苦)


3:
トールキンの物語が素晴らしいのは、その言葉であり世界である。
歩みを進めれば進めるほど新たな風景が開けてくる。

ヲタクにはたまりません……


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Hales2 - 2003年07月03日(木)

トールキン@ファンフィクション連載第二回。
どうなんですか、まとめるときにはかなり整理が必要なんじゃないですか。

私が女の子を書くと凶暴になります。血に飢えます。なんでかな。
でもロマンス。二回目でなんですが四回で終わるのか?

用語説明
アマン:ヴァラール(神々)の住まう西方の海の果てにある楽園、至福の地。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 半分の月が西の空に傾いた。東の空に黎明はもう近い。小暗い天には明るい一つ星メネルマカール、北を告げる七つ星ヴァラキアカ。ハレスは疲れきった手足を砦の裏手の溜りに投げ出し、耳元に流れる水音を聞きながら仰向けに身体を浮かべていた。柳の細い枝がゲリオンの川面に垂れ、星はその枝間を飾るよう。黒い血に汚れた革の鎧を脱ぎもせず、水音だけを聞いていた。心地よかった。目を閉じればまだオークの肉を抉って骨に突き当たる槍の感触はありありと手に蘇り、槍を引きぬいた傷口から黒い血が迸り墨のように月光に散るのが見えた。耳には悲鳴と肉の裂ける音が聞こえるようだった。身体のあちこちに負った傷や打ち身の熱は水が吸ったが、敵陣に切りこんでの自由な戦いの高揚は眩暈のように去らなかった。守らねばならぬものを背にかくまい、苦しみばかり多く、身動きも自由にならなかった戦いが嘘のようだった。今すぐ立ち上がって森の中に逃げ込んだオークたちをまだ追っていけそうな気さえしていた。
「豪勇の娘よ、大事ないか?」
 上から降ってきた銀の鈴振るような涼しい声に、ハレスは視線だけをそちらに向けた。顔の横で澄んだ川の水が渦巻き、水藻のように広がった長い髪が揺らいだ。岸辺に立っているのは銀に身を鎧ったエルダールの公子だ。起き上がらなければとは思いはしたが、指一本動きそうになかった。非礼は忘れることにして目を閉じる。汚れほつれた革鎧を浮き袋の代わりに浮かんでいる自分はさぞこっけいだろうと考えてみる。
「――あなたさまは?」
 水音がした。髪をもつれさせる水の流れが変わる。目を開けば公子の顔は近く、腿ほどの深さの流れの中に降りたのだと知れる。遠かった顔が近い。ハレスは美しいと思った。いつだったか父が言っていた、エルダールは不死の種族、その顔を長く見詰めすぎてはいけない。
「アマンの地より渡り来たエルダール、ノルドール一族に属しフィンウェ王家に連なるもの、先の上級王フェアノールの息子にしてその紋章の星を旗標に掲げるもの。とはいえエダインの娘は我らの血統もその価値も知るまい」
 そこまで言って公子は笑った。事実、ハレスにはほとんど何一つ理解できなかった。度々エルダールと親交を持っていた父なら知っていただろう。弟は聞いていたかもしれない。だが礼儀と武器の扱いこそ一通りしこまれたとはいえ、しょせんは子を産み育てるのが仕事の娘がそうした伝承を長々と時間をかけて知る必要があるとは誰一人、ハレス自身さえ考えなかったのだ。ハレスは黙っていた。
「サルゲリオンの領主カランシアと覚えおけ、娘よ」
 公子が言った。ハレスは無表情に頷いた。無知ということを苦々しく感じたのは初めてだった。無力についてはさんざん味わってはきたが。
「ハラディンの族長ハルダドは余の宿営地に青の山脈を越えてきたオークの来襲の報せと救援を求める使者を送ってよこした。だが使者は宿営地を見つけるのに手間取って到着が遅れ、我らもまたここに来るまでに何度もオークの群れに襲われて足止めを食った。ほんとうなら三日は前についているはずだったが」
 ハレスは目を細め、ああ、と呟いた。父が死んだのは七日前だ。
「――手遅れではありませんでした」
「だが十分に早くもなかったとみえる――ハルダドは無事か?」
 ハレスは目を閉じて笑った。戦いの高揚は去り、消えない悲しみが戻ってきた。
「ハルダドとその子ハルダールは戦いの中で死にました。まだ多くのものが死にました。残っているのはわずかな男と女子供だけです」
「死んだか。勇気ある男だったが――哀れな」
 低く呟かれた言葉に、ハレスは頭を振った。
「悲しみは尽きませぬ。ですが我らは生き延びました。彼らがどのように勇敢であったか、死のときまでも一歩も引かず戦ったか、我らは忘れることなく語り伝えましょう。そして私は生き残ったものたちを誇りに思います。偉大なエルダールの殿方にも劣らず」
 カランシアは視線をハレスに向けた。ハレスもまた見た。美しいと思った。銀の鎧は月光を受けて淡く光を放ち、照らし出された顔は豊かな黒髪に縁取られ、ほの白く浮かび上がった。見つめるうちに内側からほのかな光を放っているのではないかとさえ思えわれた。美しかった。父の言ったことの意味がわかった。長く見つめていれば心を動かされずにはいない美しさなのだ。ハレスは目を逸らさなかった。心など、もうとうに動かされている。ふと思いついて尋ねた。
「オークどもは?」
「森の中に兵士たちが追っていった」
「殺し尽くさねばなりません。殺し尽くしてもまだ血の贖いにはほど遠いですが。しかし少なくとも残りなく殺し尽くさねばなりません」
 カランシアはしばらく黙った。ハレスは瞬きもせず黒髪の公子を見上げていた。
「誇り高き娘よ、そなたの瞳は凍てつく星のように苛烈で、燃えあがる炎のように激しい。余はかつてエダインの娘のうちにこのような魂を見たことがない」
 銀のようなエルダールの声が呼んだ。
「――名は?」
「ハレスと申します。父の名はハルダド、弟はハルダールと申しました。父と弟なき後、私が民を率い、戦いを指揮して参りました」
 カランシアは何も言わなかった。ハレスはひとつためいきをついて言葉を続けた。ふいに眠気が湧きあがってきた。
「尊きエルダールの殿よ、我らをお救い下さいましたことを幾重にも深く感謝いたします。ハルダドの娘とハラディンの裔はその血の続く限りこの御恩を忘れず、殿の名を喜びと感謝をもっていついつまでも思い出すことでしょう」
 頬に触れるものがあった。温かな手だった。ゆっくりと抱き起こされた。星の瞳はすぐ目の前にあった。ハレスの髪から、粗末な革の鎧から、音をたてて水が滴る。
「姫よ。私の遅れによって失われたものの償いをあなたは受け取るだろう」
 ハレスはしばらくの間カランシアを見つめた。それから目を閉じた。ひどく疲れていた。
「何もいりませぬ」
 そして両腕をカランシアの首にめぐらし、身体を任せた。ひどく眠かった。
「泣かぬのか?」
 軽々と運ばれながら、耳元で聞いた。夢うつつに笑い、首を振り、答える。
「――ハルダドの娘にとっては戦場で流した敵の血こそ涙でありました。そして今はあまりに多く流し、残っていません。夜明けとともに復讐を目覚まし、そのとき私は再び敵の血を滂沱と流すことにしましょう」
 ハレスは眠りに落ちた。耳元に、それとも遠くで――哀れな、という囁きが聞こえた。


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Hales - 2003年07月02日(水)

思い余ってトールキン@ファンフィクション。
日記で連載してみようの罠。あの、私、忙しいんです。(転勤決まったしな)
で、超マイナーネタです。ネタ本は『シルマリルの物語』。
へたくそなのは御愛嬌。
文字ちっこくて行間狭くて読みにくいですがこれどうすりゃいいの?
フォントでいじるとでかくなって見苦しいんだ……

一応健全でノーマルでロマンスなつもり。
でも血ィしぶいてます、1回目。四回予定。


用語説明:
エルダール…エルフ
エダイン…人間


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 濁った川の唸り、オークたちのどす黒い歓声と金属の弾ける音、同胞の悲鳴――戦いの喧騒にも関わらず、ハレスは澄んだトランペットの音色を聞いた。すでに浅瀬は敵の手に渡り、川の中州の粗末な砦は生命線ともいえる柵を破られて敵の侵入を許していた。剣を手に持てるものは女子供に至るまで、最後の陣地となった泥と石の小屋の前で、攻め寄せたオークとの間に絶望的な防衛戦を試みていた。死と全滅は目前のはずだった。
 ハレスは顔を上げた。トランペットは再び喨々と戦場に吹き渡った。川向こうを埋め尽くし月光を浴びて輝く軍勢をハレスは見た。旗標は――星だ。それでは、援軍はほんとうに来たのだ。父はすでになく弟も死に、砦は破られたまさにこの絶望の瀬戸際に。勝ち誇り勝利に奢っていたオークの群から悲鳴に似た叫びが上った。
 星の旗標は高く翻り、みたびトランペットが鳴った。と思う間に白銀の軍勢はオークの群に襲いかかった。エルダールの戦士たちは鋼の壁のごとく岸辺に攻め寄せ月の光に刃と甲冑を白昼のように輝かせて、逃げ惑いあるいは絶望的な攻撃を仕掛けるオークの軍勢を抗いがたく圧殺していく。
「ハラディンの族よ!」
 ハレスは叫んだ。泥と血に汚れた長い髪が乱れて荒々しく頬を打つ。
「援軍が来た、撃って出よ。エダインの豪勇を見せよ。悲しみの代価を、失われたものの代価を敵の血にあがなえ!」
 ハレスの声は戦場を圧して響き、生き残ったエダインが歓呼の声で答えた。砦の中まで攻め入っていたオークの群は一斉に逃走に転じ、今まで防戦に努めていた者たちが今度は追跡者となって、叫びながら走り出た。背後を衝かれたオークたちの甲高い悲鳴が続く。ハレスは破られた防護の柵を出て自ら先頭に立った。女とみて襲いかかってきたオークの一匹の首を槍の一閃になぎ払う。牙を剥いた畸形の頭蓋骨は草の上に転げ、闇に消えた。父の槍だった。受け継ぐべき弟もいない。だが復讐の喜びは悲しみに勝り、ハレスは槍を振るいながら声高に笑った。もはや敗北の戦いではない。全ての借りを返すときなのだ。中州の砦を出て浅瀬に進み、なぎ払い突き殺し何匹かのオークをたて続けに槍の錆にしたとき、ふいに味方の悲鳴が聞こえた。獣のような太い唸りも。
「――……トロルだ」
 傍らで剣を振っていた少年がかすれた声で呟いた。
 夜の中に不恰好な巨大な影がある。丸太のような拳を振り回す巨大な生き物のまえに、銀に輝くエルダールの戦士たちが盾を揃えて後じさり、エダインは傷つき逃げ惑っている。
「トロルだ、青の山脈から連れて来たんだ!」
 ハレスは躊躇しなかった。怒りがハレスを導き、戦闘の間を縫って飛ぶように走った。オークをついでに何匹かなぎ払い、トロルを囲むエルダールの頭上を飛び越し、その銀の盾に手をかけてひらと身を躍らせる。足の裏を濡らす浅瀬の上に降り立てば、頭上高く、突然目前にあらわれたハレスを見て困惑したトロルは鈍牛のように首を傾げた。
「エダインの娘よ、危険だ。我らに任せて下がりなさい!」
 エルダールだけの持つ涼しい声が後ろから呼びかけたが、ハレスは答えなかった。
 戦いの場に立つ喜びがあった。身の底深く、ふつふつと煮えたぎる怒りに疲れは消えた。その鈍い頭のなかで何ほどか納得がいったのか、トロルは不器用な仕草で巨大な拳を持ち上げた。だが振り下ろされるときは迅速だ。ハレスは横ざまに跳ねて逃れ、その勢いをばねに槍の穂先をトロルの腹に深く突き立てた。同時に叫ぶ。
「父の死を償え!」
 銅鑼のような悲鳴が上がりトロルは巨大な拳をあてもなく振り回す。周囲を囲んでいた数人のエルダールがあおりを食って弾け飛んだ。だがハレスは身を低くして拳を潜り抜け、川底を蹴って伸び上がりながらトロルの喉元めがけて槍を突き出した。
「弟の死を償え!」
 ハレスは叫んだ。だが槍の穂先は少しばかり反れ、トロルの肩に突き刺さる。引きぬくより先にトロルが長い柄を掴んだ。同時にたたらを踏んだハレスの足の下で石が滑った。愚鈍だが狡猾なトロルの瞳が光り、視界の端で拳が持ち上げられるのを見た。そのとき。
 ――星が輝いた。
 夜に縁取られたエルダールの貴人の一人の横顔をハレスは見た。星の紋章を帯びた甲冑、兜に代えて額に一つ星。三日月さながら輝く剣が振り上げられ、いつとも気付かぬ間にトロルはその胴を二つに断たれて重い音とともに崩れ落ちた。月の光は断たれた骨と撒き散らされる重い臓物を奇妙なほど静かに映し出した。
「エダインの女戦士よ」
 敵味方静まり返ったなかでエルダールの公子が言った。その声の深い響きに、浅い流れに座りこんだまま、ハレスは腹の底から湧きあがる震えを感じた。
「まだ戦いは終わっていない。オークの最後の一匹まで掃討し尽くせ、復讐せよ」
「失われたものたちの名において」
 ハレスは低く叫び、槍を掴んで立ちあがった。身内に凶暴な衝動が燃えあがる。見れば川向こう、下流の森から新たなオークの一群が夜を汚し、なだれを打って押し寄せてくる。
「復讐を、殺戮を!」
ハレスは叫んだ。生き残ったエダインが天を衝く叫びを上げる。
「オークどもを殺せ、殺しまた殺し、さらに殺し尽くせ!」
 エルダールの公子の叫びにはエルダールの全軍の叫びが続いた。
 横目で見れば中州の砦は銀の鎧武者たちで固められている。ハレスは身軽に走り出し、岸辺を一気に駆け上ると、前線を越えて敵軍のただなかに飛び込んだ。黒い槍の一振りに黒い血がさっと溢れ、オークの群がどっと引く。エルダールの戦士たちが銀の声で歌う殺戮の歌がなおも血を熱くした。あまりにも前に出すぎたことは知っていたが気にかけはしなかった。囁く声を聞いたからだ。
「存分に働かれよ、余はそなたの背を守ろう」
 そして事実、影のように、背中併せになってエルダールの公子はハレスを守っていた。どのように動いても少しの妨げにもならずその存在もほとんど感じられないほどだったが、オークの骨に刃こぼれした槍に月光を輝かせながら、ハレスは背後の騎士が振う鋼の剣の残曳を視界の端に見ていた。醜悪な顔をしたオークたちの尖った粗悪な鎧の隙間を突き、悲鳴と血を聞きながらハレスは叫んだ。
「復讐を、血には血の代価を!」
 その都度応えるよう、背後で公子が叫ぶ。
「殺せ、殺しまた殺し、さらに殺し尽くせ!」
 円を描くよう互いに互いの背を守りながら戦場を走りつづけ、ついにオークの最後の一群が逃走を始めても、この一組は手を緩めようとしなかった。


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