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終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年03月31日(月)

暗い夜。
とりかえしのつかない夜。


1:
最初に知ったのは小学校を卒業する年の三月三十一日。
とりかえしのつかない夜だった。
鼓動が忙しいように早く、眠りは曖昧だった。
時を止めるには死ぬしかないのだと、漠然と知った。

ときおり、ある。
それは仕事でひどいヘマをやらかした夜だったり、
誰かや何かをひどく辛く思っている夜だったりする。

私の心臓は時を早めたいように鼓動を急ぎ、
私の脳は眠れない眠りに苦しみながら、
時を止めるには死ぬしかないということを思い返す。


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- 2003年03月28日(金)

海棠の寺。

1:
神奈川県鎌倉市、妙本寺。
境内に植えられた海棠で名高い寺である。
仕事で長谷の大仏を見に行った帰りに寄ってみた。

海棠はサクラなどと同じバラ科の樹木で、
サクラよりやや遅れて咲く。花はサクラと同じ五弁。
ソメイヨシノを代表とするサクラの印象を清浄とするなら、
それよりも赤色の強い、雨に薄められた人の血を思わせる色をしている。

かつて中原中也と小林秀雄も訪れている。
晩春の一日、二人は石に腰掛けて花散る様を眺めたという。


2:
山門を入り、ほとんど住宅地となっている長い参道を歩く。
石段を登ると、また門があった。
寡聞にして私は、二番目の門を何というのか知らない。

その門の――鴨居というのだろうか。
翼のある竜が睨みをきかせていた。
浮き彫りにされた竜は翼は半ばまで鱗に覆われ、それより先には風切り羽。
猛悪な顔は獰猛で、翼掲げた姿はさながら生けるがごとく。

顔料は落ちて色あせてはいたが、
鎌倉の時代に花開いた写実主義は確かに見て取れた。
門をくぐると、正面に殿屋。
境内には数樹の海棠。


3:
まだ花は咲いていなかった。
赤い蕾が長い茎の先に無数に下がり、早い若葉が濃い緑色を浮かべていた。
最も見事の一つに近づくと、一輪だけ開いている花が見えた。
満ちに満ちた杯の、その最初に溢れた水滴のひとつか、と。
そう思えた。

境内は静かであったし、それほど人もいなかった。
私はしばらく樹下に立ち、回りを見渡した。
殿屋に前に巨岩が一つあった。
確かに中也と小林秀雄が座った石であっただろう。


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- 2003年03月25日(火)

『妄想が向こうから迫ってくるときは、
 もう人間の壊れるときだ。』
              宮沢賢治「小岩井農場」より


人間が「まとも」でいるためには、実は多くのものが必要だ。



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- 2003年03月24日(月)

私はことごとく間違う。
だから、メモをしておこう。

それ自体に意味のあることやものは、
つまりそれを聞き知らねばならない。

それがすることやなすことに意味のあることやものは、
つまりそれを聞き知らねばならない。

それが起こったその理由に意味のあることやものは、
つまりそれを聞き知らねばならない。

それをする人やものに意味のあることやものは、
つまりそれを聞き知らねばならない。


どれなのか、考えろ。頭は生きてるうちに使え。


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- 2003年03月23日(日)

賛成と反対の間。

1:
イラクが核を隠し持ち、化学・生物兵器を持っていることには
むろん疑念の余地がある。一切が全て茶番であった可能性も。

(実際わたしたちは当事者たる国々の証言を確かめる術がない)

しかし我々の知っていることが事実であったとしたら、
そしてこれまでイラクが行ってきたとされることが事実であったとしたら、
イラクはまさに我々に対する脅威とされるべきた。

(我々とは日本人のことだ。アメリカ『一味』としての国際社会に属する)


2:
脅威を排除するのは確かに義務だ。
それは国というものの義務だ。守護を義務とするものの義務だ。
国際社会としての国連の義務だ。問題はその手段にある。

査察か、武力行使か。
国連を割って、アメリカは武力行使を選んだ。

現在の『反対運動』はすべて、このへんに論点が集中している。
それ以前の分は考えたこともねーだろーっつーおばちゃんら、おじちゃんら。
どうかと思う。

武力行使をするべきかどうかということはさておき。
殺すな、というのは、わかりやすいだけにどうしようもない意見だと思う。
しかし同時に、『反対』への不信が即賛成になるわけでもない。
間には深い亀裂がある。


3:
賛成と反対の間にあるのは、深い亀裂だ。

国連とアメリカは査察において最善を尽くしたのかという技術的な疑問。
そしてこれは帝国主義に基づく主権の侵害であり、
異文化への侵略ではないのかという歴史的事実に基づく疑念。
また冷戦時代に自ら作り上げた怪物『フセイン』に手を上げるアメリカの
マッチポンプ的動向への冷笑と不信めいた複雑な感覚。
殺すなとただいう人々への、その脅威の意味をわかっているのかという疑い。

賛成と反対は地続きではない。
断絶がある。

それゆえ。

賛成と反対は、自分自身を何者と規定するかという原点に回帰する。
日本人とし、日本国の法と権力と主権に守られているとし、
またそれをとりまく世界と国際社会に規定されているとするなら、
自らをアメリカ『一味』であると苦くも認めるなら、
賛成は必然だ。自ら戦車の車輪であるものに、反対の余地はない。

己を何者でもなく、いかなる法によるのでもなく、
どのような庇護も受けていないとするなら。
あらゆる危険と殺害を恐れを恐れないなら。
そのとき反対は可能だろう。だが惜しむらく、
反対を叫ぶ人間は、何も考えていないように見える。


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- 2003年03月21日(金)

いかなる祈りが届くというのだ。
私は戦火を哀れまないし、いかなる同情も持たない。
独裁者の下で生きてきた人々がそこで何を見るにしろ、
何を感じるにしろ。変化は変化にすぎない。
私は善と悪の感覚を持たない。

私は行く末を見たい。
行く末、そうだ、行く末。
イラク一国のではない、アメリカ、イスラーム諸国。世界。
フランスにしろイギリスにしろ日本にしろ、激動の時代の前触れだ、これは。
動き始めるだろう、音もなく歯車がめぐるだろう。

抑圧されてきたイスラームの怒りはそれぞれの国の政府の寿命を縮める。
アメリカは国際的な合意を必要とせず動きうることを証明した。
そして西側といい国連といいながら、世界が一枚岩でないことも。
日本は経済が窮迫し、国家ごとの沈没を目前としている。

私は私自身を少しも惜しまず、またいかなる哀れみもないので、
ただこの渦と流れを見ていたいと思うだけである。

未来はどこに私たちを運ぶのだろう?


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- 2003年03月20日(木)

昨夜見た夢の物語。


それは奇妙な体験だった。
私はかつて王として君臨した城のその崩れた城壁を登り、
壮麗な祭儀に立ち会った神所の廃墟を過った。

太陽はどこまでも高く、あたりは眩しかった。
私の王国も私の王国を滅ぼしたものたちも遠く去り、
それでもなお太陽は上り夜は落ちているのだった。

かつて私が掘ることを命じた井戸の横を通った。
水脈につきあたったとき、水は天に溢れ、砂漠の宝石たる私の都の上に、
それは美しい虹をかけたものだった。
今は砂に埋もれている。水もかれたのだろう。

私はかつて華やかな緋色の衣服の美女たちの通ったその道を通り、
蠍といくらかの枯草にしか出会わなかった。

私はかつて王として君臨した都とその城を去り、
そして二度と戻らなかった。








イメージとしてはかつて訪れたパルミラ(シリア、古代ローマの都)っぽかった。
それともクラク・デ・シュヴァリエ(シリア、十字軍時代の城)なのか。
クラク〜にしてはあんまり乾いていすぎた。
そうだ、天を歩くものの長い足のように、幾つもの竜巻が立っていたから、
あれはモロッコの広い荒野の真昼だったのかもしれない。

ともかく夢の中で私はどうやら『昔』その地の王だったらしく、
かつての繁栄をつぶさにおぼえていた。
それでいて目の前には誰もいない、何もないのだ。

私は孤独で、しかも平和だった。


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- 2003年03月19日(水)

筋と、事実、だ。

筋。
「これはどういうことだ」と幾度も問い返せ。
どんな物語だ、と。

事実。
誰がどんな役割を果たし、何がどうなるのかと。
――つまびらかにすることだ。

二つながら私には難しい。
そしてもう一つ。
――侮るなかれ。



(ごめん、仕事のことばっか)


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- 2003年03月18日(火)

どこに焦点をあてるべきか。
それは実際、文章の性格、文体さえ変えてしまう。

文章とは表現だ。
何を表現したいのか、それが問題だ。
一つの現象がある。
どこがニュースなのか、どこにニュース性があるのか。
書き始める前に見とおさなければならない。
そしてそれこそは、センスだ。

磨くにはどうすればいい、磨くには。
読むことだ。ニュースを読むことだ。
世の中を知ることだ、それに照らして思考し見ることだ。

ごく普通の人間、世の中というものの視点から見ることだ。
それだけだ。
そしてそれは、けっこう難しいものだったりする。


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- 2003年03月17日(月)

人間から役割や立場をはぎとったら、何が残るだろう。

人間とはそれ独自で完結しているものではない。
人間とは社会的な生物だ。
彼は父であり夫であり子であり友である。
それは彼の属性ではない。本質だ。

だが往々にして。

人は一切の関係を絶たれた自分自身を見出す。
断絶はありうる。そして往々にして、ある。
そのとき彼は何者として己を規定しなおすのか。

一切を失ってなお人間でありうるか。
答えは一つだ、人間でありたいと思えるかどうか。


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- 2003年03月16日(日)

文字と言うもの、言葉というものを。

1:
魂を、行き渡らせねばならない。
文字の一つにさえ、神経と血管を走らせねばならない。
結局、そういうことだ。

言葉の一切が真実でなければならない。
わからないなら「わからないように」書かねばならない。

事実の持つ無限の側面を的確に、
また本質を掴みあらわすために、
慎重に定めねばならない、「要素」を。


2:
真実というものはない。
「事実」だけがある。

言葉を選び接続詞一つに苦しむのは、
結局、「事実をもって本質を描く」(本多勝一)ためだ。


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- 2003年03月15日(土)

説明という思考回路。

1:
たとえば。

「ユニクロ」と書くより、
衣料品店の「ユニクロ」、
安価な衣料品の大量販売店「ユニクロ」、
デフレ時代に一人勝ちを続ける衣料品販売店「ユニクロ」、
……などと、詳しくなる。それだけではない、意味付けを変えられる。
説明というのは読者の理解を助けるためのものであり、
同時に自分自身がどれだけ理解しているかを暴露するものでもある。


…あ、私はユニクロについて正しく理解していないかもしれん…。


2:
限られた字数のなかで何かを説明することの難しさ。
読む人の理解を助けるためには、自分がまず理解する必要がある。

何がニュースであり、
何が問題であり、この短い文章で伝えなければならないのは何なのか。


十二日、日経平均株価が8000円を割った。
→日付に意味がある。

日経平均株価が十二日、8000円を割った。
→日経平均株価に意味がある。

日経平均株価が8000円を割ったことが、十二日わかった。
→株価が8000円を割ったことに意味がある。


3:
難しいのう……。
事実を理解するのは第一だ。
伝えようとする必要がある。
断絶してはならない。

伝達の欲求を要する。


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- 2003年03月14日(金)

タマちゃん“救出”騒動について。


1:
十一日朝、横浜市西区の帷子川で、アゴヒゲアザラシのタマちゃん
の保護を訴える市民団体が護岸で休んでいたタマちゃんを
捕獲しようとする騒ぎがあった。
現場に集まった住民らが猛抗議するなか、
網やモーターボートを使い、ダイバー数人を“投入”する
大掛かりな作戦が行われたが、タマちゃんは無事“逃走”、失敗に終わった。

捕獲しようとしたのは市民団体「タマちゃんのことを想う会」と
米国の海洋哺乳類救出専門団体「マリンアニマル・ライフライン」の
メンバー四人を含む男女二十四人。

メンバーらは十一日午前六時ごろ、前夜から護岸で休んでいたタマちゃんの
約50メートル上流に網を設置。驚いて川に飛びこんだタマちゃんを
下流から網で追い上げて間隔を狭め、捕獲しようとした。
昨年からタマちゃんの観察を行ってきた「タマちゃんを見守る会」の
メンバーらが「やめろ」「とんでもない」などと抗議の声をあげるなか、
別の網で川底をさらった。しかし網にかかったのは鯉一匹と骨折り損。
タマちゃんは護岸と網の間から逃げ、午前七時半ごろ、
下流側に顔を見せてから泳ぎ去っていた。

その後市内のホテルで行われた記者会見で、「想う会」の粟野裕司代表は
「タマちゃんが弱ってからでは遅い。北の海に返すために行動した」
などと話し、“救出作戦”の正当性を強調した。
しかし今後再び“作戦”を実行する可能性は低いという。

一方、「タマちゃんを見守る会」の田中保男会長は
「タマちゃんは帷子川が好きでいるのだし、健康で心配ない。
 突然捕獲するなどもってのほか」と話し、憤りをあらわにした。

粟野代表は「川底の生態調査のため」として県に虚偽の使用許可を申請しており、
県は粟野代表に厳重に注意し、始末書の提出を命じた。

タマちゃんは昨年八月に多摩川に出現、
九月ごろからは帷子川に度々出現していた。
県などの関係機関でつくる「連絡会議」はこれまで、
タマちゃんが健康な間は見守るとしてきた。


2:
えーと……
とんでもなくどうでもいいです、ハイ。

しかし、上の文章を見てみよう。
公正に見えるでしょう。実は実は、とんでもない。
「想う会」に対する弾劾文のようなもんだ。

問題の本質が「保護」か「自然」か、ならもっと書きようがある。
ここにあるのは手段を選ばない「独善」への根深い不信だ。


3:
もしこの文章の後ろの部分に、
専門家の談話として

「欧米ではアザラシなど海洋哺乳類がどこかに迷いこんだら、
 救出してできるだけ本来の棲息環境に戻すのが常識です。
 これまで誰もそうしなかったのが不思議です」

なんて話をくっつければ、読んだ人の感想を容易に誘導できただろう。
地元の人の猛抗議なんて部分を省いてしまえばなおさら。
嘘は書けないが、意図的に要素を「落とす」ことはできる。


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- 2003年03月08日(土)

イラク問題に引っ掛けりゃいいと思ってる……<金融対策


1:
「『暴対法』で暴力団はマフィアになる」
とは、知人の言葉だ。


2:
日本的な暴力団というのは、基本的には地域に根ざす。
飲食店や売春婦の用心棒代(いわゆるみかじめ料)が主な『あがり』だ。
また『場』を仕切り、ある種の秩序をもたらす。

たしかにある役割を果たしてはいる。
それはけっして善だとか有用だというのではない。
しかし例えば、地域に根ざした明確な組織は、
司法組織にとっては御しやすい。

第一に、その場所から逃げられない。
第二に、実体のはっきりとした組織なら、圧力をかけやすい。
いわゆる『四課』の仕事は、つまりこの組織との共存の探り方にあった。


3:
『暴対法』は、みかじめ料の要求を非合法とした。
それは暴力団の収入活動をすべて非合法と宣告することだった。
非合法、資金源となる活動を非合法とされれば、彼らに選択の余地はない。
共存の余地はない。

暴力団の収入活動すべてが非合法とされ、彼らは純然たる犯罪者集団となる。
合法の手段で生き延びる手段がなくなれば、より程度の悪い犯罪に手を出す。
かつて江戸末期、花街が非合法とされたことを思い起こして欲しい。
売春婦は、しかし存在し続けた。地下にもぐっただけだ。

暴力団もまた、地下にもぐり、マフィアとなる。


4:
さて、こうなると、一番戸惑うのは『四課』だ。
これまでは組織の頭と話せば良かった。
だが組織自体が地下に潜れば、
これまでの手法はまったく通用しない。

確かに暴対法で潰れた組織も多かっただろうが、
それ以外のものはさらに犯罪の程度において深化した。
また外国人犯罪者と国内マフィアの協力関係はすでに闇に成立している。

今後、四課は新たな手法を学ばねばならないだろう。
そしておそらく、国際犯罪対策との密接な結びつきが必要となるだろう。


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- 2003年03月07日(金)

ニュース・バリュー。
難しい、難しい。

何が価値があると思うか。
それはそれだけみてもわかりはしない。
普段から幅広く、世の中を見ておくこと。
毎日考えていること。
結局、それしかない。

継続と前進の難しさ、難しさ、難しさ。


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- 2003年03月04日(火)

あわてないこと。

なんでこう慌てモンなんだ、私は。
あわてないこと。
考えること。生きてるうちに脳味噌使うこと。

一つのことを知ったら、それについてどうすればいいのか考えること。
きちんと指示を仰ぐこと。余計な遠慮はしないこと。
してはいけないことをきちんとわきまえておくこと。

落ちついて、落ちついて。
そして、考えること。


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- 2003年03月03日(月)

同じ間違いをしない、ということ。
ひとさまの話をきちんと最後まで聞いてしかも忘れない、ということ。

基本、である。だが鉄則だ。

わからないのはあたりまえだ、最初は。
だからメモを取っていた。
しなくなったのは、馴れがあったからだ。
虚心に帰れ。


ひとさまに指示を受けたら、忘れるな。(あたりまえだ)
復唱し、メモを取り、実行すること。
「いつまで」かというのを確認すること。
内容を理解するまでは動かないこと。焦らないこと。
細心に帰れ。

基本、基本。


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- 2003年03月02日(日)

桃の節句。

二女の宿命として、私は自分のお雛様を持っていない。
姉は七段の見事な雛を持っていた。
というわけで、私は子供の頃、毎年の桃の節句に、
ちょっとばかり寂しい思いをしてた。

きれいなものを好きなのは子供の常だが、
人形の顔に手垢がつくと汚れになるというので、触ってはいけなかった。
しかしその滑らかな頬は、触れれば心地いいだろうと思わせた。
――触らなかったけどさ。

きれいなかんざし、着物。
精悍な右大臣の持ち物には太刀と弓。
嫁入り道具のながもちや箪笥は作りが細かく蒔絵は美しく。
緋色の毛氈は華やかで、ぼんぼりを灯せばなおさら美しく。

これは全部、姉のものなのだ、と、思って。
毎年、少し寂しかった。
それでも、触れられるだけで楽しかったから、
出し入れはいつも喜んで手伝ったものだ。

なんだろうね。
思い出すことではある。


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