- 2003年02月27日(木) 上司とケンカした。 ……悪いのは誰かと聞かれれば私である。 電話のかけかたがなっていなかった。 質問の趣旨がよくわかっていなかった。 その通りでありましょう。 ……ごめんなさい。 今日の教訓 その1:電話をかけるときは、名乗るのの次に、用件を伝えること。 ややこしい用事のときは、かける前に三秒ほど考えてみること。 その2:指示を受けたら復唱(口に出さず)すること。 指示を果たすためにはなにをすればいいのか、メモないし言葉にする。 とりあえず、実行に移す前に三秒ほど考えてみること。 しかし上司N、どうかと思うよ。……モノ投げるのは。 - - 2003年02月26日(水) ボスたちの頂(なんだそりゃ) 1: カツラ疑惑色濃い、ボスH。 温泉にも入ったが、疑惑は晴れないらしい。 最近はいいカツラが出てるから… 2: 最近、はえぎわの上昇著しい上司N。 ブリーチかけてみたいそうな。 やめいた方が…。残り少ない髪が痛むのに…。 3: 風が吹いても一糸乱れぬ上司S。 もしかして……なんか……かぶってる?(真顔) - - 2003年02月24日(月) 石よりなる寺院の庭は広く、石畳の間からは草が生えていた。 十塚は顔を上げる。眩いような白い布を腰に巻いただけの男が立っていた。 浅黒い肌、彫りの深い顔立ち――男は微笑とも静謐ともつかぬ表情をしている。 十塚は、座っていた石の象から立ちあがる。背丈は少し負けている。 男の背後に古く暗い寺院が見えた。壁の浮彫りは踊る神だ。世界の破滅を司る。 「お勤めは、終わったんですか」 男は、口止めするように人さし指を唇にあてた。そこで十塚は黙った。 男は裾を払うようにしてその場に座す。その緩やかな動作は舞踏を思わせた。 遠雷が響いた。雨を降らせながら、暗い色の雲が遠くを移動している。 さあと湿気の混じった空気が頬を打った。 屋根の下に入らないのかと男に訊こうとして、十塚はやめた。 男は雨を受けにきたのに違いなかった。この寺院に寝起きしてもう三月になる。 それくらいはわかるほどには、この男のことを知っていた。 この男――若き「神」。 十塚はその男の周囲に幾重にも揺れる影を見ないようにした。 その影は嘆くように悲しむように男に寄り添い、陰りを濃くしている。 影は、人のようにももはやそうでないもののようにも、見えた。 それはおそらく、先ほどまで男が食っていた死人の亡霊だろう。 その「勤行」の後には、いつもそうだ。 雨が止む頃にはすっかりと消えているはずだ。 十塚のそうした思考を見透かしたように、男が見上げてきた。 その瞳は暗い井戸のようでも、未明の空のようでもある。 「明日、発ちます」 十塚は言った。 日本を出てから、半年が過ぎていた。もうすぐ弟の命日が廻ってくる。 大地のあらゆる諸物を叩いて、激しい雨が降り始めた。 *若き「神」:シヴァスワミー・ラージャゴーパラチャーリ。 - - 2003年02月23日(日) 十塚は長い濡れ縁を歩く。 春の真昼だ。落ちたところから発光するような陽光が降ってくる。 古びた床板を踏みまた歩き、十塚は一つの部屋の前までやってきた。 ところどころ花形の紙で補修された障子の前に立ち、十塚は自分の影を見る。 部屋の中では弟が死んでいるはずだった。 この障子を開けずにすめばいいのにと十塚は切に願った。 障子を開き―― 十塚は障子が光を薄め乱反射させる室内に、布団が敷かれてあるのを知った。 足を踏み入れて、畳を踏んだ。後ろ手に障子を閉じた。布団の上には、 布をかぶせた顔がある。その下からのぞいているのは。 ――確かに弟の髪だろう。 枕辺に線香が立てられてあるのが見えた。 震えはしなかった。足取りも乱さなかった。 枕辺に立って、それからゆっくり膝をついた。少しためらってから手を伸ばす。 そっと取り去った布の下には、青ざめた弟の顔がある。 目は閉じられ、長い睫毛は頬の上に落ちている。頬は青ざめ、滑らかだ。 指先で頬に触れれば、ひどく冷たかった。 理由もなく見渡した部屋はがらんとしていた。 あまりにも広すぎるように思った。 ふいに鋭い痛みをおぼえて、十塚は胸を押さえる。 それを悲しみだと知った。もう手が震えていた。 しばらくの間、部屋には嗚咽が響いた。 *十塚光彦:マイファーストキャラ(故人) - - 2003年02月22日(土) 韓国の地下鉄火災について思う。 運転手以下、駅員と元凶の火つけ男含めて七人が逮捕されるという。 火をつけた男(56)が放火容疑で逮捕されるのは当然だ。 運転手にも司令室の勤務員にもとっさの判断に問題はあっただろう。 しかし。 最も多くの責任を負うべきは、地下鉄の事業者そのものではないのか。 火がつけば有毒ガスを発するような材料で車両を作り、 誘導灯さえない駅を作った事業者ではないのか。 そうしたことを放置した国の基準ではないのか。 アクシデントも犯罪も全てありうるのだ。 だから、それら全てを前提として入れ物は作られねばならない。 完全は不可能としても、これほど多くの犠牲を出すような事態を招いたのは ――確かにその場にいなかったものたちの責任でもあるのだ。 ひるがえってわが国。 立派な基準あるじゃねーか、なんで守らねぇんだ(暴れる) 孫子に言いつけるぞ、法明らかにして行われずは、兵の罪だぞ。 うーむ…… あ、そうか。 信賞必罰しないのも将の罪だな。 やっぱ悪いの国か。 - - 2003年02月20日(木) 結局、誰も誰も理解しはしない。 だから、それでいいのだ。 ただ、最初から最後まで、一つのものでありつづけること。 誰の助けもあてにしないこと。 孤独であることをヒネはしない。だってそれは最初からわかってた。 いかん、よっぱらった。 ビール三本飲んだくらいで(くくく) 外国はヨーロッパのビールはうまくてキツイ。 - - 2003年02月19日(水) おまえは言葉が足りない。 言い尽くそうとしない。 だが言説の技術を学ばねばならぬのではないか。 隠すためでなくあらわすために、 しかもある事象をあらわすために、 おまえは口を開かねばならないのではないか。 私はいまだに子供だった。 私はいまだに、子供と同様の表現の技法しか持っていなかった。 しかもこの技法とは、ある事象そのものについての言説の技法だ。 それがどのようで、それがなぜそうで、そしてどこへ行くのか、 あらゆる微細な陰影を切り落とし、明確なものとしてそれをあらわす技法だ。 巫女(のろ)であった私がいま神意の伝達者(さにわ)とならねばならない。 - - 2003年02月18日(火) 愛が死んだように、絶望も死ぬ。 それら全ての死のうちに生きた私もやがて死に、 そしてあらゆるものが死んだとき、死もまた死ぬだろう。 ねむぅい…… - - 2003年02月12日(水) 秦の宮廷を横切ったもの。 最も冷え冷えと孤独で、しかも賢すぎた男について。 1:韓非子 韓非は韓の王族として生まれた。 史記に、刑名法術を学び喜んだ、とある。 韓非の生きた時代は、五百年にわたる春秋戦国時代の末期。 秦の力はようやく群を抜き、渦を巻きながら統一へと進みつつある最中だ。 見る目のあるものならば、その躍動、逆巻く激流を見たであろう。 そして韓非は、確かにその一人であった。 彼の卓越した視線は歴史をつぶさに見たであろう。 だが彼は、自ら語る術を知らなかった。 韓非は吃音であった。 王族とはいえ、当時、韓は凋落の一途をたどっており、 韓非はましてや傍流、末流の公子。 吃音ともなれば官職につくのは容易でなかった。 韓非は著述に力を傾ける傍ら、韓王に書面を送って政治に意見した。 だが用いられることはなかった。 母国においては用いられず、王族であるがゆえに他国への出奔もできない。 鬱屈した韓非はひたすらに著述を続け、恐るべき思想を刻み付けた。 その深い思索と恐るべき洞察は書き写されて諸国に運ばれた。 その、ある一巻きの書物が、韓非を歴史の表舞台に引き出した。 2:李斯 李斯という男がいた。 もと楚の田舎役人に過ぎなかった。 あるとき仕事で倉に入り、そこの鼠の丸まると太っているのを見かけた。 色ツヤもよく、近づいても逃げようとすらしない。 町で見かける鼠はやせ衰え、人の足音だけで怯え騒ぐというのに。 李斯は嘆じた。 「人の賢不肖は、例えば鼠の如し。自ら処る所に在るのみ」 ――人の賢愚は、この鼠のようなものだ。結局は境遇だけのことなのだ。 李斯は人間の根本を境遇と断じた。それが正しかったのかどうかは知らない。 だがそれが李斯の運命を定めた。 李斯は役人の職を捨てて、帝王学を学ぶ。 学問を終えた後は、最も高い場所――秦の王宮に向かった。 果たして才を認められ、秦王・政、後の始皇帝の下で、宰相となる。 あるとき李斯は、秦王に一巻の書物を勧めた。 書物を書いたのはかつての彼の同窓だ。 翌日、秦王は李斯を呼びつけた。 駆けつけた李斯に、王は言う。常ならずその鋭い目は熱を帯びている。 李氏は嫌な予感に眉を顰める。はたして、秦王は言う。 「嗚呼、寡人此の人を見、之と遊ぶを得ば、死すとも恨みじ」 ――ああ、私はこの著者と会い、つきあうことができたら、死んでも惜しくない。 李斯はしばし沈黙する。書物は韓非の書いた「孤憤」だ。 さて、李斯の置かれた立場は微妙かつ複雑。 もしその著者について語れば、この絶対の独裁者は韓非を得るであろう。 いかにしても得るだろう。そしてその言葉通り厚遇する。 そのとき己は? 考えたくもなかった。秦王は余計なものは置いておかない。 だが黙れば? どこかから漏れるものだ、何事も。 云わねば不興を買う。あげくは首になるのがオチだ、文字通り。 かくて李斯は重い口を開く。 「此れ韓非の著す所の書なり」 ――これは韓非というものの書いた書です。 秦王は言う、連れて参れ。だがそう簡単にはいかない。 簡単にはいかないか? それほど難しくもなかった。 秦は韓を攻め、韓が困り果てたところで使いを出した。 条件は決まっている。それは韓にしてみれば役立たずの吃音一人。 果たして使者は互いに礼を交わし、双方円満に別れる。 3:秦王・政 秦王・政。あるいは始皇帝。その出自は霧の中だ。 霧は後世、彼の王朝を滅ぼしたものがかけたのかもしれず、 あるいは彼の弾圧した儒者たちの悪意によるものかもしれない。 だがいずれにせよ、謎のことは確かだ。 さてこの偉大な王は、一人の客の到着を待っていた。 恩愛少なし、といわれる彼の性格において、数少ないことであった。 (いかん、眠い) - - 2003年02月10日(月) 「夫れ天は人の始めなり」 1: それこそが矜持であった。 矜持とは呪文だ、身を鎧う。 人が天をその始めと云う。 何という矜持であろう。 人が自らの種族の始めを天に帰す。 それはまさしく人を人ならぬものとしただろう。 巨大なものとまた非人間的なものと。 そして歴史は光を放つ。 2: 中国においてその歴史が面白いのは、 ただ春秋戦国と三国志の時代だけである、というのが私の持論だ。 それより時代が下れば、人々はあまりに長い尾を引きすぎる。 歴史は適度に短い方がいい。鎧は適度に薄い方がいい。 確信犯は楽しいが、確信しているだけなら狂人だ。 確信しつつ疑っている人間の、その矜持は爽快だ。 確信しようとしつつ疑わずにはいられない人間の、その矜持は一滴の血。 確信しようとして信じないものの、その苦渋の美しさ。 まだ歴史の始まりより前から、おぼろに遠い黎明が射しているとき。 人は外側をよく知る。そしていっそう強い呪文を要する。 だから私が好きなのは。 ただ彼らの相克なのだ。 3: 我が始めは天である、と、彼らは言う。 彼らの言葉は歴史のうちの光芒だ。 自らの始めを天におかんがための無限の律動だ。 現在をして過去を名づけしめんとする慟哭だ。 獣に堕し悪鬼となり神を謗りながら。 彼らは遠く見ればまさしく一つの文字を描く。 そのようにしか見ることのできぬ文字もある。 そのようにしか語り得ぬ言葉もある。 私が見たものは、私の目の中にだけある。 だがそれをなぞり、見せることはできるだろう。 4: 私は彼らの外にいる。 私は四次元方向に遠い。 だが祈りは全てを超える力を持つ。 - - 2003年02月09日(日) 続き。 5:呉王・夫差 首謀者の王弟は殺され、内乱は伍子胥らの帰国でおさまった。 だがその機会に乗じて旗を上げた南方の越を討伐する必要があった。 越は蛮族と呼ばれてはきたが、越王・句践の下でその国力の充実は飛躍的だ。 呉王・闔閲は目障りな鼠は先んじて叩き潰すにしくはないと兵を上げる。 おごりがあった。まさかの大敗を喫した。 闔閲は足の指に傷つき、それがもとで死に至る。 その苦しみの極まった夜、太子・夫差を呼んで言った。 「汝、句践が汝の父を殺せしを忘れんか」 ――おまえは、句践がおまえの父を殺したことを忘れるか。 「敢えて忘れじ」――夫差は答える。 翌朝、夫差は呉王だった。 呉王・夫差は二年の間、薪の上に眠った。 父を殺された恨みを忘れぬためだった。 今や呉国の重鎮たる伍子胥がどのように思ったかは定かでない。 二年目に呉王・夫差は軍をあげ、完膚なきまでに越を叩きのめした。 勝利に酔う夫差の目の前に、句践が引き出された。 句践はまことしやかに命を請う。 「国を委ね、臣妾とならん」 ――国をお任せし、私は下僕に、妻は奴婢となりましょう。 夫差は勝者だった。勝者は往々にして愚鈍となる。 句践は数年の間、呉王の馬飼いとして働いた後、許されて帰国した。 伍子胥は既にこのとき滅びを予感してはいなかっただろうか。 句践は日々、苦い胆を舐めて屈辱を忘れなかった。 成語に臥薪嘗胆という。これによる。 6:西施 句践は営々として、一度は瓦解した国の立て直しに励んだ。 仇たる呉国に対して弱体化をはかることも忘れなかった。 金に弱い輩を買収して呉王の耳に讒言を吹きこみ、 絶世の美女・西施を贈った。 西施――仙女下凡、天より下ったかのごとき美女であった。 胸の痛む病があり、胸を押さえ眉を顰める姿は艶麗であった。 醜い娘がその仕草を真似して笑い種になった。 成語に、ひそみに習う、という。これよりとる。 西施は句践が呉王を篭絡するために集めた娘の一人だった。 娘たちの中でも群を抜いて美しく、その美は更に槍を鍛えるよう磨かれた。 確かにそれは武器だった。一国を滅ぼすことのできる武器だった。 句践は西施を呉に送るにあたって、十万の兵を送る礼をもって送った。 二年も薪の上で寝た呉王が、その誘惑に勝てるはずがなかった。 呉王は西施のために巨大な宮居を構えた。 孫武から教えを受けた兵法で北方の古い国々と遊ぶように戦い、 覇者とも盟主とも呼ばれたが、その実国力の衰え、兵の疲弊を顧みなかった。 政治はおろそかになった。孫武は見切りをつけて故郷に隠棲した。 宮中には越から金品をうける輩が跋扈し、伍子胥は中枢から押しやられた。 西施はただ、呉が滅びれば故郷の村に帰れることを思った。 7:再び伍子胥 伍子胥は呉王に諫言するが聞かれない。 そも自身がまだ何かを願っていたかどうかさえ、伍子胥には曖昧だったろう。 伍子胥は復讐を生きた。そのために呉国に身を寄せ実権を握った。 それはもう終わっている。ならば命に、地位に、何の意味がある。 諫言しながら、伍子胥は自分の言葉に何の意味もないことを知っただろう。 そして伍子胥は何かを待っていただろう。 それと知ることなく待っていただろう。むしろじりじりと。 西施の黒い練絹の髪とその白く細い手指がそれを引き寄せていた。 美しい唇が王の耳に伍子胥への疑いを吹き込んでいた。 呉王は、伍子胥に屬鏤の名剣を贈った。 それは死を意味した。 剣を受けとって伍子胥は抜き放つ。 見事な刃だ、確かに死は素早く来るだろう。 伍子胥は刃を喉にあてる。 最後の光芒をその目が放った。笑っていたかもしれない。 「必ず我が墓上に樹うるに梓をもってせよ。もって器を作るベからしめん。 しこうして我が眼を抉り、呉の東門の上にかけよ。 もって越の冦の入りて呉を滅ぼすを観ん」 ――必ず俺の墓の上に梓を植え、棺桶を作るたしにするがいい。 そして俺の目を抉って東門にかけておけ。 この目で越軍が呉を滅ぼすのを見ようとも。 伍子胥は死んだ。 呉王・夫差は怒り、伍子胥の屍を馬の皮の嚢に入れ、川に投げた。 はからずもその父と兄と同じよう、伍子胥は弔われることがなかった。 九年の後、越王・句践は呉を滅ぼし、呉越の抗争はここに終りを告げる。 - - 2003年02月08日(土) 週末にしか書いていないなあ… その昔好きだった本を、機会あって開いてみた。 『史記』、白眉は武帝時代というが、私は春秋戦国時代がとても好きだ。 うち、呉越の抗争。 1:伍子胥 当時、中国大陸の南方に位置する呉と越という二つの国は、 中国文化圏にとって蛮夷であり辺境であった。 だから呉越の抗争は、この地域が中国文化圏に組みこまれていく、 その過程であるという巨大な意味をも背景として持つ。 一人の男がその渦中にいる。 男の名は伍員。字は子胥。楚の貴族だ。 楚は呉の北方に位置する隣国だ。 伍子胥の父・伍奢は楚の大臣であり、太子の養育係だった。 その太子に隣国・秦から王女を娶ることとなった。 しかしもう一人の養育係である費が、王に進言した。 「秦の女、はなはだ美なり。王、自ら娶るべし」 ――秦の王女は非常に美しい。王が自ら娶られてはいかがですか。 王はこの進言を容れ、太子の妻を奪った。 その後、王は太子を遠ざけることとなる。 妻を奪ったことで太子が恨みを抱いているという費の讒言もあった。 王は太子を誅し、その養育係である伍奢を殺そうとした。 このときまた、費が進言する。 「伍奢に二子あり、皆賢なり。誅せずはまさに楚の憂いたらんとす」 ――伍奢には二人の子があり、いずれも賢明です。殺さねば国の憂いとなります。 王は伍子胥と兄を殺すために、父親の命が惜しくば出頭せよ、と触れを出す。 伍子胥の兄は、行けば殺されるだけだという伍子胥に言った。 「去るべし。汝はよく父を殺すの仇に報いん。我はまさに死に帰せんとす」 ――行きなさい。おまえは父の仇を取るだろう。私は死にに行く。 兄は出頭し、父とともに殺された。 伍子胥は、逃げた。 2:専諸 長江を渡り病を得て時には乞食さえしながら、伍子胥は呉にたどりつく。 王子・光につてを求めて宮廷に上がり、王に見えた。 辺境で争いがあった。伍子胥は出撃を勧める。だが王子・光が遮った。 「彼の子胥、父兄、楚に戮せらる。自らその仇に報いんと欲するのみ」 ――この子胥という男は、父と兄を楚で殺され、その仇を果たしたいだけです。 王は進軍をしなかった。伍子胥は王子・光の野心を知った。 伍子胥は王子・光の野心を知った。 軍事を握っているのは光だ。呉が外征するには、光が王位につく必要がある。 伍子胥は王子・光に専諸を推挙し、自身は野に身を沈め、時を待つ。 彼は待つことを知っている。そして骨肉の憎しみは薄れも揺らぎもしない。 伍子胥は畑を耕し、日々を静かに数える。 専諸が何者であるのか、史記は語らない。 わかっているのは呉人で、腕の立つ刺客であったということだけだ。 王子・光は、王の腹心が遠方にあるとき、専諸に言った。 「この時、失うべからず」 ――この機会を逃してはならない。 専諸は答えた。 「王僚は殺すべきなり」 ――王を殺しましょう。 王子・光は王を自宅の饗宴に招く。 王は警護の兵を王宮より光の館にまで並べる。 史記に言う、「門戸階陛左右、皆、王僚の親戚なり」 ――屋敷の門や階段、全て王の腹心でかためられた。 至難の状況の中、専諸は料理をささげ持って王の前に出る。 わずかも不審があれば殺され、しかも業もならぬ。 顔色一つ、挙措一つ、見逃されぬであろう。専諸は王の前に進み出た。 皿の上には見事な魚。専諸は王の前に立つ。 だが業をなしたとて、どのみち生きて帰る道はない。そこは死地だ。 「専諸、魚を劈き、よりて匕首をもって王僚を刺す。王僚、立ちどころに死す」 ――専諸は魚を裂いて匕首を取り出し、王を刺した。王は即死した。 王子・光は王位に上り、呉王・闔閲となった。 時の来たのを知った伍子胥もまた、再び表舞台に戻る。 呉王は専諸の息子を上卿にとりたてた、という。 3:孫武 孫武、すなわち兵法に名高い孫子である。 孫武は闔閲に見える。すでにその兵法は名高く、闔閲はその名を知っている。 だが机上の論と実践が異なることも周知の事実だ。 闔閲は、宮中の婦人を兵として訓練できるか、と難題をつきつける。 孫武は答える。――「可なり」 孫武は百八十人の女たちを二つに分け、王の寵姫二人を隊長とする。 「汝の心と左右の手と背を知るか」 孫武の問いに女たちは答える。――「之を知る」 それでは、と、孫武は言う。 ――号令が前とかかれば心(むね)を、左には左の手、 右には右の手、後ろには背を見よ。 それで準備は整った。孫武は号令をかける。女たちは笑うばかりだ。 再び孫武は命令を繰り返す。 再び号令をかける。やはり女たちは笑うばかりだ。 孫武は言う。 「既に己に明かにしてしかも法のごとくにせざるは、吏士の罪なり」 ――約束が明らかであるのに、従わないのは、兵士の罪である。 そして二人の隊長を斬った。 寵姫らをなくして、王がひどく嘆いた。 今や女たちは整然と行軍し、私語もない。 だが、観閲せられよ、という孫武の申し出に王は青ざめて応じなかった。 「王、徒にその言を好んで、その実を用いることあたわず」 ――王は兵法の論が好きなだけで、用いることはできないらしい。 孫武は嘯く。だが王の横には伍子胥がいた。 伍子胥はこよなく鋭い牙を得たと知る。 4:申包胥 呉王・闔閲の絶対の信頼のもと、孫武という牙を得て、 伍子胥は放たれた矢のごとく鋼鉄の顎の死のごとく走り出す。 燎原に火は燃え広がり、誰に止めることができるだろう。 闔閲の治世の九年、伍子胥は楚国を破断し尽くして、王都・郢に入った。 既に父兄の死から二十年が過ぎている。 だが憎しみは薄れない。楚王は既に死んだが、それがどうしたというのだ。 伍子胥は王の屍をその墓所を暴いて引き出し、鞭を振り上げる。 振り上げ、振り下ろす。三百回、屍を鞭打って、それがようやく気が済んだ。 王の屍は既に塵のようだ。 そこへ書状が届けられた。 「子の仇を報ずる、それ甚だしきかな」 ――あなたの仇討ちの様は、なんとひどいことだ。 誰からと問えば、申包胥という。伍子胥は答える。 「我が為に申包胥に謝して言え。 吾、日暮れて途遠し。吾ゆえに倒行し、逆施せり」 ――俺のために申包胥に答礼して言ってくれ。 俺はもう日が暮れているのに行く道が遠い思いである。 それゆえに焦りがまさり、道理に背いたのだ。 かつて伍子胥が楚を逃れる折、親友だったその男に言った。 「我必ず楚を覆さん」 ――俺は必ず楚を滅ぼして見せよう。 申包胥は答えて言った。 「我必ず之を存せん」 ――私は必ず楚を守ろう。 涙もろく気の弱いといわれている男だった。 そうでないことは伍子胥が知っていた。 申包胥は西の隣国・秦に向い、秦王に援助を請うた。 そうとも秦王の美しい王女の生んだ息子が今は楚の王だ。 秦王はだが呉軍に恐れをなした。 申包胥はなすすべもなく立ち尽くし、七昼夜、慟哭し続けた。 秦王は、申包胥のために楚を救うことを決めた。 「臣のかくの如きあり。存するなかるべけんや」 ――このような臣下のある国を、滅ぼさせることはできぬ。 秦の参戦と呉国内の内乱が重なった。 孫武が首を横に振り、伍子胥は撤退を強いられた。 申包胥はその後、楚国において高い位をすすめられたが、逃れて受けなかった。 ……長いよマサルさん!(ぎゃふん) - - 2003年02月02日(日) シネマ・キネマ・シアター。 1: 『裸足の1500マイル』 白豪政策真っ最中、 オーストラリアの混血アボリジニーの少女の物語。 母親から引き離され施設に送りこまれた少女は、 八歳の妹とともに砂漠と荒野の1500マイルを歩き、故郷へと戻る。 sideA: 少女モリーの表情とその目の透明な明るさ、 荒野の広がりと砂漠の激しさ、その映像の連なりの美しさ。 アボリジニーの歌声と音楽の控えめで落ちついた、だが確かな存在感。 sideB: 惜しむらくは描かれる人間の像のあまりにも浅薄であること。 アボリジニーの生活のその社会の形を悲しみを、 あるいは白人社会の酷薄さといびつさを、 映像は、十分に描ききれていない。 すっかり言うなら、惜しい映画。 せっかく面白い主題なのに、描ききる力が足りてない。 本筋は面白いが、それに存在感を持たせるための脇固めが甘い。 しかし映画のデキの最後の部分というのはソコなんだが。 あと、極限状況のはずなのに、役者がちっともやつれないってどうよ… 個人的には、砂漠のシーンのド迫力だけでOK。 2: 『王様の漢方』(だっけ?) んー。ノーコメント。(ヲイ) 言わせてもらうなら、笑えるシーンが一つだけ。 「万里の長城は中華人民の融和の象徴となりました」 中国の資本入ってるんですね、ハイハイ。 中国での公開もするんでしょうね、ハイハイ。 十年ぐらい前の中国の小説を思い出した。 社会主義礼賛しないと出版できないんだろーねって素で思いました。 ゴメン、私、どっちかってえとライトウイングだから。(笑) - - 2003年02月01日(土) 男の背中(涙) 1: 仕事場その2で仕事をしている。 右側の机で上司N氏がこちらもパソコンをカタカタしながら真剣な面持ち。 はかがいかないらしく、時々ためいき。 最近怒られ続きの私はひたすら真面目に仕事。 と。 上司N、ついと手を伸ばして受話器を取った。 つい先ほども本社の方に何かがなってたので、こっちはやや緊張。 2: 「ああ、もしもし?」 「うん、ああ。大丈夫だ」 「Tはいるか? ちょっと出してくれ」 「ああ、もしもし?」 「どうしてもわからないんだが… 地下道がな、岩があって進めないだろう? いや、岩石割りでもだめなんだ」 (以下、ぽけ●んと後日判明したゲームについての相談が続く) 3: TくんはN氏の御愛息。いまどきっ子らしくゲームが得意らしい。 お父さんから勤務時間中にそんな相談があったら、 どこで仕事してんだろうという素朴な疑問を抱いちゃうね! しかし、仕事してるのかと思ったら、 パソコンの裏にはゲームボーイアドバンスがあったという。 どういうリアクション取ればいいんだ、不良社員としては。 同様の経験した方、対処法求ム。(嘘) -
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