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終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2002年06月30日(日)

祭の後。
長い長い祭だった。
たくさんのものを、もらった。
笑顔や泣き顔や、寂しさや怒りや。
思ってもみなかった町と人々の顔。

短いお付き合いだった。
たった、二ヶ月。
さらばO先輩、Y上司。
良くも悪くも、最初の職場の人々。
いつかまた、いつかまた。


というわけで(ふう)
ちょっち、感傷的です。


1:
生きることや死ぬことや。
その間にあるたくさんのことや。
まだまだ、世界の底は隠し底だらけ。

もっとたくさんのものを、引っ張り出したい。
新しい珍しい玩具を相手に何時間でも遊んでいる子供のように、
私はいつまでも魅了されていそうだ。


2:
粉々に砕けまた散り。
自らの願いと欲望に従って生きる人間だけが生きている。
最も生々しく世界と削りあう人間だけが美しい。
なくすくらいなら死ぬほうがましなほど大切なものを抱く人の強さ悲しさ。

あたりさわりなく生き、いつも逃げ道を用意している人間の下らなさ。
何かが欲しいんだと呟くばかりで落下の危険を避ける人間の卑小さ。
自分の手元を軽蔑しながら捨ても奪いもしない人間の浅ましさ。

そのように生きても構わないのです、もちろん。
ただ私がそうしたものが嫌いなだけで。
自分がそのようだった頃、激しく自分を嫌ったように。
そのようである瞬間に気づいたとき、激しく自分を嫌うように。


3:
嫌いなものがないと言う人を、私は信頼しない。
曖昧に受け入れられるくらいなら、むしろ切り裂かれる方がいい。
私は真昼を愛する。

光と陰の境目、その鋭さにより私は内側と外側を知る。
それでしか知れない。
内側となり、自らとなり、自らの目で外側を見る。
そのとき視界の異様さまた美しさ。

そうした美しさ、
身を切るような美しさだけを、私は愛する。


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- 2002年06月27日(木)

世界への同情。


1:
ユングだったっけか。
とある精神病患者の言葉を著書に引いていた。

「太陽が煮えたぎって世界中の人間が非常な苦しみの中で死ぬのです。
 そのような苦しみを味わわせたくないので、
 私は世界中の人間を殺してあげたい」

それは世界への同情か。
恐るべき優しさと、哀れみ。
そうとも、優しさや哀れみが恐るべきものでないと、
誰が言った。


2:
私はおそらく、それと同程度に荒唐無稽で、
しかも残酷で、自分本意な同情を、抱いている。

それはつまり。

私の目の見るもののあまりの酷さと、
私のノーミソの知ることのあまりの暗さと、
私の血の中を流れる、あまりに多くの願い。

が。

衝突し、切り刻みあうからだろう。
打ち消しあうのではなく。
どれらも切り刻まれて片々になりながら、
バラバラにした海綿のように、一晩眠ると元に戻っている。


3:
私の目の見るほど、世界は酷くはない。
私のノーミソの知るほど、世界は暗くはない。
私の血の震えるほど、世界は幸いのために作られたものではない。

だから、これでいいのだと。
言ったって、だめなんだ。

自分でなんとかなるなら、
自分でなりたいものになれるなら、
私はきっと、今頃、猫になっている。

そうなれないから、まだ、人間のままでいる。


4:
どうして、感情と血ばかり、私は幼いのだろう。
世界とまた人々とに、同情するなんて。
同情しているなんて。

そんなの、ねえ。
ナイショにしとかないと、笑われるじゃないか。


-

- 2002年06月26日(水)

生きては死ぬ。


1:
人間は、ほんのわずかの過失でも死ぬ。
脆く儚い、そして無意味。

生きることに意味を求めなくなってから、もうどれくらい経つだろう。
生きることはただ生きることであり、死ぬことはただ死ぬことだと、
そう刻まれて、もうどのくらい経つだろう。

長くはないが、それ以前の私は遠く去り、
もはや『私』ではない。
ある一つの知識が、人間を変質させることも、ある。


2:
人間は、わずかも人間的ではない、喜劇的な原因でも死ぬ。

人間は、ああ人間は、
複雑に絡まりあった、喜びと悲しみとあらゆる感情と理性の器である。
その風景は果てし無い、その高み、その深さは千里また万里。
それなのに人間は機械の歯車を間違えたように死んでいく。

よいものまた悪いものが、それに応じた報いを得ることはけしてない。
よいものまた悪いものなど、どこにもない。
そんなものは、お伽噺の中でしかない。

――実存という言葉の、その荒涼とした風景。
人間性とはただの願いに過ぎない。

にもかかわらず。
残されたものはきわめて人間的な苦しみを苦しまねばならない。


3:
ああ、生きることと死ぬこと。

私は夜の一つ火。
この炎は一つの現象。
永続するもの、物質ではない。

私は夜の一つ火。
この炎は一つの構造を持ち、
何がどこまで続こうと、一度この構造が失われれば――
私はもういない。

私は夜の一つ火。
私はどのような原因でも消されうる。
それは実に機械的な問題だ。
私はこの世の法則に従うもの、それに異論はない。


――ああ、だが願わくは。


私は夜の一つ火。
願わくは、朝とともに消されよう。
そして世界が太陽を迎えるように。


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- 2002年06月25日(火)

1:
探してなどいない。
求めてなどいない。

きみはいつでも私の前にいるので。

そのような必要がない。


2:
私はきみを見る。
きみは知らないだろうが、私はきみを見ながら、
時に長い時間を過ごしている。

この手が届かないことは大きな問題ではない。

私は視線できみに触れる。
きみがそこにいようと、またいなかろうと。


3:
きみが私を愛しているか、また愛していないか。
そのようなことは問題ではない。

私に問題なのは私の感情だけだ。
きみにとってきみがそうであるように。

だから私は、きみに何一つ求めないこともできる。
事実そうしよう、もしきみがそう望むなら。


4:
むつかしいのは、この手のきみの手の間。
その距離の数え方。

ひとつ、ひとつ、やっていくより他にない。
折り鶴折るよう。

私はきみに私を近づける。
きみは私に近づきたいだろうか?

どれくらい?
どんなふうに?

必要なのはネゴシエーション、ダイアローグ。
間違うことは怖くない、やり直しは何度でもきく。
私ときみが、望んでいる間は。


5:
生きるということは。
多分きっと、諦めることでもなく、受け入れることでもなく。
求めまた求められ、
そしてどこまでも一緒に行きたいと願うこと。
願えること。

きみはそう、願うだろうか?


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- 2002年06月21日(金)

旅メモ6

1:
ジブラルタルを渡る。
ヘラクレスの柱を。

船はゆっくりと動く。
そして私はどこへ行くのか。
イベリア半島はこの右手、よく晴れた日だ、岸壁の見える。
海は一見静かだが、ところどころ白い波頭。

二月最後の朝、今日は移動で終わりそうだ。
砂漠へ行きたい。


2:
昨日見たプラド美術館のあの数々の名画たち。
ブリューゲル、ボッシュ、ルーベンス、ベラスケス、
レンブラント、ゴヤ、そしてエル・グレコ。

人々の思考の断片。
彼らの読みなおした世界のモデル。綴り方。

何と――いう、絢爛たる世界だったことだろう。

ヨーロッパとはあの膨大な量の思考を重ねたその上に
打ち立てられた世界なのだ。

奇想があり激情があり荘重さ、悲嘆。
キリスト「あらゆる自然の動くもの、読みなおしあるいは形象化」。
――彼らの文脈だ。

しかもその一部にすぎない。


3:
プラド美術館で見たエル・グレコの絵のマドンナが忘れられない。

一つはキリスト処刑の絵で、
もう一つは受胎告知のそれ。

キリスト処刑の絵では十時かに架けられたキリストを見上げていた。
嘆きに顔を歪め、胸に手をあてて。

受胎告知の絵ではマリアは天使ガブリエルの前で、
驚いたように両手を広げ、目を見張っていた。
先の絵よりもわずかに乙女らしい、柔らかな表情をしていた。

そこに何かアナロジー、隠喩を読み取りたいのではない。
忘れられない。それだけだ。


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- 2002年06月19日(水)

銃やその他人間を殺すための機器を。
どうして人間は開発したのか。

憎しみやその他人間を殺すための動機を。
どうして人間は持つことがあるのか。


人間がそういうものだから、なのであろうか。
――ただ一つのありうる答えは。


1:
一人の子供の話をしよう。
幼い子供だ、まだ学校に上がって間もない。

よく笑う子供だ。
表情は豊かで、頬の赤い。

病はどこからやってきたのだろう。
その子はベッドから起き上がることを許されない。


2:
ああ、誰がその子に病を押しつけた!
そんなにも愛するサッカーをするための脚を奪った!
友達と駆け回るための脚を、その日々と時間を盗んだ!

ああ、ねえ。
そんなふうに笑わないで。

私はほんとに、悲しい。悔しい。


3:
もうすぐベッドを出て、車椅子で走りまわれるよと。
そんなことを、目を輝かせてその子は話した。
走りまわりたいのはその脚だろうに。
――ああ。

どうかあなたに幸いがありますよう。
苦しみに百倍する幸せが、幸いが、幸福がありますよう。
失ったものにいやましてよいものが贈られますよう。

どうか。ああ、どうか。
与えることのできないものを、与えたいと願うのは、病だろうか。


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- 2002年06月18日(火)

と・あるひととの会話の中で、
ふと思い出したことを書いておこう。
忘れないために。それだけに。


1:
あれはいつだったか、もう忘れるほど昔。

(昔の定義は、今との断絶のある場所というほどの。
 それはおとぎばなしのonce upon a time.)

あれはあったことなのか、それともなかったことなのか。

(ある意味ではあったこと。
 ある意味ではなかったこと。
 私の立つ平面とはねじれの位置にある)

そも、話を始めよう。


2:
物質という概念を知りました。
質量保存の法則を知りました。
そして誰が言ったのだったか。

「あなたはいつか、星の欠片だったかもしれません。
 そしてやがては混沌、希薄な宇宙の最後のスープの一部となります」

誰が言ったにしろ、そこには欠けているものがあった。
あなたが語ったのは過去と未来であり、普遍の真理だけだった。
ねえ、それでは足りない。ぜんぜん足りない。

私が知りたいのは、現在を理解する鍵。
この手がここにある、これは何。
あなたの言葉だけではわからない。


3:
私はここにいる。
私は生まれたそして死ぬ。

わたしを作る全ての粒子は永遠を吹かれゆけ、だが私は滅びる。
私は、この特殊な原子と分子の並び、配列は。
――ひともとの蝋燭の燃え尽きれば塵となるがごとく。
そしてそこに残る水蒸気と炭素とその他いくつかの分解されたものは、
かつて私でありやがて別のものでありそのいやはて、変転しゆくだろう。
失われることはないであろう、消え去ることはないであろう、けして。
だが私となることはない、二度とは。
二度とは、二度とは。

よかろう、私は有限を生きる。
有限を生きる、限られたものとして生きる。
この特殊な構造、そのものとして生きる。

でなければ、憐れだ。
でなければ、あまりに哀れだ。

死を運命づけられた、私というものが。
たいしたものではなく、優れたものではなくても。
無限空間無限時間にただ一度きり、生まれ生きまた死ぬ、私というものが。


3:
滅びを定めとするものとして、私は生きよう。
私は逝こう。

永遠のうちの一歩を踏むようにはどの一歩も踏むまい。
かけがえなく、再びはなく、永遠の中の唯一なものとして踏もう。

無限に続く日々のうちの一つを迎えるようには、どの一日も迎えるまい。
かけがえなく、再びはなく、永遠の中の唯一なものとして迎えよう。

歯を食いしばり。
――ああ。


4:
そのように、かつて私は考えたのでした。
私自身を哀れんだのでした。深くまた激しく。
この身をかき抱いて涙を流すほどに。


それは私が私となる以前の記憶です。


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- 2002年06月17日(月)

奇妙な風景だ。奇妙な、奇妙な。
出口を探しに来てたどりついた。

ダリの絵の中に紛れこんだような。
シュヴァンクマイエルのロジックの中に入りこんだような。
――真っ直ぐに歩いてきたはずなのに。

それなりに楽しく歩いてはいるが。
やはり時折、戸惑う。

わけても、ルノワールの優しい筆致の世界に住む人を見つけたときには。
誰にも祝福される幸いは――あまりに暖かで。

私はむろん、そのような世界には住めない生き物なのだが。
それはむろん、関係ない。


1:
膝を抱いて蹲り、そのままでいたいと思うことがある。
誰かが声をかけてくれるまで。
誰かの手がふいに伸びて、私を抱きしめてくれはしないかと、
そう願うことがある。

だが誰も私に声などかけてはくれなかったので。

私はそんなことはせずに、ただ歩き出すのである。
与えられるものなど信じはせずに。

だってそんなものはありはしなかった。


2:
与えられるだろうということを信じないまま、ここまで来た。

ここまで――これは世界の外へ続く道だろうか?
世界は楕円形の平面だ。その端は外側の蒼で鋭く区切られている。
私の影は短く落ちる。ここはいつでも真昼だ。

与えられるだろうということを信じないまま、ここまで来た。

だから私の視界にはあまりにも鮮やかに区切られた端がある。
外側を信じなかった、正しく落ちることを学ばなかった。

信じることは、できるだろうか?


3:
信じないだろう。
けして信じないだろう。

砂漠に似て海に似た、この風景の中に私はいる。

何かが、連続していない。
断絶がある。


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- 2002年06月16日(日)

うちの社屋には、出る。
出ると言って……アレが。

(注:茶色くてツヤツヤしたやつではない)

いやはやまったく……。
困ったものだ。


1:
S氏談。
「俺、怖いから泊まりの日はゼッテェ寝ない。
 寝ると近づいてくるからな」


2:
T先輩談。
「ぼく? ああ、うん。
 このあいだの泊まりのとき、子供が近づいてくる気配で目が覚めたよ。
 すっごく怖いねん。なんで怖いんかわかれへんけど、怖いねん」


3:
Oさん談。
「最初にここに来た夜にね、夢見たのよ。
 子供が出てきてね、僕と両親は殺されたんだよって」


4:
Hボス談。
「また出ましたか。
 建て替えをしたとき○神宮の神主さんによく頼んでおいたのですが。
 効き目がなかったようですね」


5:
風評によると、うちの社屋のあったところは、もとは中華料理屋だったそうな。
ところがある夜強盗が入り、幼い子供を含む全員が惨殺。
しかし警察に確認をとっても、そうした事実はない、とのこと。


6:
怖いんだよー……。
人の気配がするんだよー……(←怖くて宿直室まで上がれなくなったヤツ)


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- 2002年06月15日(土)

疲労が蓄積しているよーな、
単なる寝不足なよーな……

休みがひょんなことで潰れると、
うっかり2週間14日働き詰め、ということもままある。
もっと言うと3週間二十一日働き詰めとかな(ふ)

普通になら、問題はない。

が。

一週間で3回も飲み会につき合わされれば……別だ。(ゲフゥ)
しかも仕事なんだ……わかってくれ……。
にしても、男というのは酔うといつもこうなんだろうか?(なんかあったらしひ)


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- 2002年06月12日(水)

夜半よ。
その暗い雨よ、そぼ降る。

今日を越すことの困難さ。
人間社会の脆さ、また危うさ。
奈落の深さとその悲惨。

奈落に落ちてもいいのです。
奈落もまた世界の一部なのですから。
ただその悲惨は、重く苦しい。

ただ一人なら、耐えられます。ですが。
誰かを伴って落ちてしまえば――
それは塗炭の苦しみ。

きみを愛すれば愛するほど、
きみを苦しめることを私は恐れなければならない。
きみの苦しみを肯定するためには、私はあまりに――
――弱い。

それが、ねえ。
私の持つ、ディレンマ。
出口はあるのだろうか。


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- 2002年06月10日(月)

この世の外。

1:
たとえばまっすぐに歩いていったとき。

この世界の向こう側に落っこちるしかないのだとしても。
それでも、真っ直ぐに歩くために真っ直ぐに歩きたい。

……と、言うことは、ワガママだろうか(ワガママだらうさ)


2:
おっこちることが怖くない。

死ぬことも怖くない。
ただ、この歩みを枉げられることだけが腹立たしい。

……つーのは、考えるまでもなくワガママだ。


3:
ワガママをしちゃいかんだろうか。

だって、なんでいけないのさ。
生きることも死ぬことも、もとよりうまくはできない。

なら、ワガママをしちゃいかんだろうか。


4:
世界の果てから落下する、その視界を知りたい。
まさに死に行く己の、その視界を知りたい。
――滅びを背に敷いて。

ワガママ、しちゃ、いかんだろうか。(む)


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- 2002年06月09日(日)

海に近い町に住んでいる。
風は私の部屋を走りぬけ、光に溢れ。影に満ち。


1:
海が好きだ、と、砂漠で少年は私に語った。
それは砂漠と少し似ている。

私は海が好きだ。
それは砂漠に似ているからだろうか?

わからない。
だが、海は私の胸に限りない物寂しさを掻き立てる。
砂漠は――声高に呼ぶ声のようだ。この腕で抱擁したくなる。


2:
要するに、問題はチームプレイなのである。
普段は個人プレイしかないにも関わらず。

どうにも、指揮系統は曖昧で、
私の混乱を誘いはするが……

手ひどく叱られた。
言われてみれば当たり前ではある。

が。(ほーら、私は頑固)

全体の絵解きと自分の位置付けを説明してほしいと、
思うのは、おそらく論理的であってもムリなことなのか。
ムリなのは重々承知だが、あんまりそれがなさすぎると――
どうにも私はチームというものを忘れてしまう。

今後は肝に銘じよう……(しゅん)


3:
かつて私の探していたのは夜の静寂だった。
そのむこうにあるほの白く光る異界だった。

今、目に見えるのは真昼の暗さ、また冷たさ。
そして人間というものの壊れやすさ儚さ。

例えば深夜来て数十年前の思い出を話す一人暮しの老婆。
例えば深夜来て息子ほどの青年に怒られる老人。
例えば―― 一日で粉々にすることのできるあらゆる努力。

生きることに失敗はない。
だが悲惨はある。
私が見つめているのは。

――真昼の理の延長線上にある人々なのに。

ここにもこれほどの悲惨があるのか。
あるいはここにこそ?


私は同情はしない。
私は見つめる。
孤独か。


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- 2002年06月08日(土)

ドント・キル・ヒム。
多少憂鬱になりつつ旅メモ第5弾。


1:
文化とはつまり、世界の解読(デコード)の仕方ではなかったか。
ヨーロッパにおいて解読と読みなおしは積み重ねられ、
世界は神の書いた書物として解読しうるものではなかったか。

ここには巨大な異界たる山がない。
起伏は全て丘。

「認識の光」の中で、観察と分析は容易であり、
世界の読みなおしの堆積たる都市と聖堂は非常に確からしい。
世界は確かに読みなおしえよう。

だが砂漠においてはどうであったか。

彼らは中庭を中心にテントを張り、その外側を諦める。
「世界の解読」などありえないことを知っている。
それはなぜか。

砂丘がある。

それは光をもって照らしても照らし得ない。
認識と読みなおしの及ばぬ異界のただ中にあった記憶を
アラブという文明はその宿命として持っていたのだ。

彼らは読む。
また読みなおしを行いもする。
だがそれら全てをつなげまた統一することはない。
それは宿命である。

――彼らの文明は行き詰まらねばならない。

細胞に似た家々を連ねても、
「西洋」の都市に似はしない。
彼らは読みなおしを徹底して行い堆積させるかわりに――
無限の偶然性の中で生きるのだ。

何ゆえと問うことなく。
それが宿命ではなかったか。


2:
結局、文化が「解読」に他ならないとしたら、
そしてまたわたしの思考も「解読」である。

「解読」は鎮魂に似ている。
私は出会う全てを鎮めまた読みなおそうと試みている。

私という人間が誰かを知るため、
私は外界を秩序づけ、それにより――
外界を、また私に触れる全てを鎮めようとしている。

そうだ、全て思考とは鎮魂。
しかも終わることはない。
この仕事を神に返す力を。


3:
私が私自身を解読しうるのは、
ただ周囲の人々との関係性においてのみではないのか。

彼らこそが私の私自身に向かう鍵であり、
私が誰かを知るための窓ではないのか。

故に私は彼らを混じりけなく愛することができないのではないのか。

私は自分を解読したいと望みながら、
一方で同じほど強く、自分を一つの謎とみなしたいのではないのか。

だからこそ神を拒むのではないのか。


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- 2002年06月07日(金)

マージナル・ワールド、マージナル・マン。
砂漠メモ第4段(手抜き?)


1:
「跳びネズミをつかまえに行くんだ、トーチを持って。
飛びネズミは強い光をあてられると動けなくなるから。
そこを捕まえるんだ」

「砂漠ギツネの足跡だよ。
そら、二頭連れ立って。
家族なんだ――」

「これはネズミじゃないよ。
イヤな匂いのする別のヤツだ。
ネコに少し似ている――」

「砂漠ギツネはネズミや跳びネズミを食べる。
ジャッカルはそういう小さな生き物も食べるけど、羊も食べる。
だからノーマッドはジャッカルを嫌うんだ」


2:
「父さんと母さんと、兄さんが一人、姉妹は三人いるよ。
皆、好きだ」

「この砂漠はそんなに広くない。
南北に四十キロぐらい、東西に十五キロくらいだ。
家族はもっと南の方のずっと大きな砂漠に住んでる」

「サハラにはもう四年、雨が降っていない。
雨が降るとそこらじゅう水浸しになって泥海みたいになるけど――
ノーマッドは雨が好きだよ。
砂漠が緑で覆われる」


3:
「今日はあまり星がきれいに見えないね。
風があるから――砂のせいだ」

「ベルベルとアラブ?
違うよ。
スペインとフランスくらい違うね」


4:
メルズーガからメクネスまでは天候にひどく祟られた。
日中、アトラス山脈は幾重にも立ち顕れ美しくも異様であった。

日が暮れると気温は急激に下がり、
雨と雪と霧が吹き付けた。
視界は悪く、中央線がわずかに見えるだけ。
――よく無事だったものだ。


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- 2002年06月05日(水)

砂漠メモ第三段。

1:
トレドを思い出す。
二月下旬、トレドの夜明けは霧だ。

タホ河からゆるやかに霧は立ち上り、
カスティーリャの平野を流れまた小高い丘であるトレドを押し包む。
アル・カサルの高い塔より光は滲み。

ここは、それとは何と異なっていることだろう。
何と渇いていることだろう。

立ち上るのは砂煙だ。
風は東南から吹き付け、砂を巻き上げ、また霧に似せて淡く空気の色を変え。
――重く地表を這わせる。


2:
砂漠はゆるやかだ。
だがそれは無機質のゆるやかさ、
人間を遠く離れた悠久の動きだ。

ひとを殺しその上に静かに降り、
また積んでやまない優雅さだ。

美しく歩く女にも似て美しく、
それでいて遠く人間を離れている。
これが魔ではなかっただろうか。

暗闇にうずくまっていた駱駝は、
ある種異質な魔と見えた。
ジンはいったい、そのようにして感知されなかっただろうか。

そのようにして人の心に潜み、
そのようにして出現しなかっただろうか。

理由付けされない死は、そのようにして位置付けられなかっただろうか。
魔だ。

――ジンニーア。


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- 2002年06月04日(火)

砂漠メモ第二弾。

1:
砂漠の夜。
十時半頃だろうか。

月が昇った。

それまで空にあった網目のような光の連なりは消えて
ただ強い星々は光点となり、月は夜に広くその耀きを敷き広げた。

月は半欠け、砂に埋もれた丸い石のよう。
その下で砂漠は不思議な輝きの濃淡。

あらゆるのもの境目はあいまいで、
それでいて私の影ばかり確かな形を持っている。


2:
四時半頃。
砂の稜線にひとり座る私の前で、東の空はわずかに白く。

夜明けはゆっくりとやってきた。

東の空ははじめはわずかに、
やがてゆっくりと――明るさを増してゆき。

世界にはまだ夜が満ち、空には月と星がかかり。
やがて東の星は白みゆく光に弱まり瞬き始め。

砂はまだ灰色の濃淡。
東の白が次第に増して、琥珀の色、朱鷺の色は混じり。

太陽は地平にかかっていた薄雲を明るませ、
またほとんど燃やすようにして上ってきた。

風は夜明けとともに止んだ。


3:
私の影は長く長く砂丘を越えて伸び、
砂は赤みがかった耀きを取り戻していた。

だが影はまだ長く、その濃淡は弱く。

太陽は射るような視線を投げた。

私の影は縮まりまた濃さを増し。
連なる砂丘は柔らかにその姿を確かなものとした。


4:
飛び鼠と猫の足跡。
小鳥と。

羊毛と駱駝の毛で織った布を二重に張った黒いテントは
見かけよりも温かい。


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- 2002年06月03日(月)

正直に言おう。
私はドジだ(真顔)
だが同期Nも。
――かなりの、ドジだ。


1:
そも現在の勤務地になった日。
挨拶のため、私と同期Nは道を急いでいた。

「あ、あれだ。あれだよ」

云ったのはN。
なるほど、看板が出ている。
新しいめのキレイなビルだ。
おお、と二人して嬉しがり。
とっとこ、近づき。

――素で隣のビルに入ったのはNだった。


2:
その日の夜。
私は上司S氏に電話をかけた。
――が、つながらない。
しかたがないので留守電入れて切った。

さて、その夜遅く。

「Sですが」

電話がかかってきたのである。
しかし……S氏は、某引越しの○カイと読みの音が一緒だった。

「え? ニッ○ウさんじゃなくってですか?」

問い返したのは俺だ(しーん)


3:
ロッカーが空いてないので、キャビネ一つを二人で共有している。
ある日、社に出たところ。

「おい、N、キャビネにパンツ入れるなよー」

と云ったのは私。
(うちの会社は泊まり勤務がある。ちなみにシャワー室もある)


翌日。

「おい、おまえ、脱いだ靴下入れるなよー。におうぞー」

と云ったのはN。
(その日は私が泊まりだった)



どっこいどっこい?(ふ)


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- 2002年06月01日(土)

On your soul on your eyes.


1:
願うに価いするほどのことは少ない。
願ったことはまるでない。

ただ、黙って歩いて行くだけだ。
一秒ごとに世界は私を魅了する。

生きることと死ぬこと。


2:
一秒ごとに世界は美しく、
まだ見たことのない視界は垣間見える。

どこまでも行こう。
何もかも見よう。

私は魅惑される。
ああ、生きることと死ぬこと。


3:
どこまでも行こう。

本当に魅惑されたものは、言葉少なになる。

生きることと死ぬこと。
酔ったもののように。
踊るように。


-



 

 

 

 

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