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終わらざる日々...太郎飴

 

 

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- 2002年05月31日(金)

一月!

まだ一月!
なんて長い長い一月だったことだろう!
なんて短い短い一月だったことだろう!

一日一日が惜しかった。
やりたいことは日々に溢れ、一日は二十四時間では短すぎた。
明日が待ち遠しかった。
日々新しい扉は開き、視界は踊るように変容した。

なんとたくさんのことがあり、
なんとわずかのことしかしなかったことだろう!

このようにして生きることを望んだわけではない。
このように生きようと願っているわけでもない。

このように生きているだけだ。
今日に明日を継ごう。


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- 2002年05月30日(木)

「風のない海はほんとに静かです。
 夕方など、風邪がぴったり凪いでしまうと、
 海のおもては一面の平らになります。
 ……略……
 空をとんで行く鳥の姿さえ、
 何んだか水底深くわたってゆくようにさえ見えるのです。
 天空の高さとおなじほどに海の深さを思わせる映ろいがそこに見られます」
           宮本常一「家郷のおしえ 私のふるさと」より



どこにあからさまな感情の高揚があるだろう。
そこにあるのは、もはや外側からの視線ではない。
溶け合い血の通う風景の中にある人間の姿だ。

子供としてまた少年として、
青年として成年の男として、
やがて老いをも。

あなたはそこにあった。
そして凪いだ海はあなたを映し、
あなたはそこに幾度となく鳥の像を見た。
青く翳る水底に。

あなたの中には常にその風景があり、
あなたはどこにいても、ほんとうはその風景の中にある。
そこはあなたの郷里。そこはあなたのありか。

あなたは失われない。
あなたが失われたと誰かの言ったとき、
あなたはただその風景の中に還っていっただけだ。
過去と未来とを収斂し。
それは呼ばれるでしょう――永遠。



ねえ、きみ。
きみは私にとり、家郷の価(ホーム・ヴァレンツ)を持つ。
それはきみが、私にとり――だと、いうことなのです。


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- 2002年05月29日(水)

「まことの道は
 誰が云ったの行ったの
 さういふ風のものでない」
            宮沢賢治『産業組合青年会』より


たしかに。
たしかに。

己のうちに
その方向へと進まなければやまぬほどの熱情を持たないとき
そこにまことの道などありようがない。

そして、どのような道もまた
まことの道だ。
自ら砕けつつその方向へ足を強く踏み出すときには――

だから
生きることは、いつでも死ぬことだ。
まことの道とは死に行くことだ。
故郷に帰るように、死の方へ歩いてゆくことだ。

身を切るような幸福も、ある。


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- 2002年05月28日(火)

奇妙なもので。

最近、宮本常一が好きである。
といって、ほとんど本を読む暇などないから(最近は移動も車だ)
泊まり勤務のときなどに、ちらちらと合間を見つけて開くくらいのもの。

彼の、押さえた筆致。
その澄んで揺らがず、どこまでもどこまで淡々としたことば。

情景は水のように染みてくる。
そしてその風景への、なんという、愛惜。
血までも通うほど、そこに深い根をおろしたものだけの、語ることば。

このように語りたい。


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- 2002年05月25日(土)

ダンシング・ムーン、ダンシング・ワールド。

1:
久しぶりに、酔っ払って夜道を歩く。
(久しぶりでもないような)

酔っ払うと、やっぱりどっかのネジがふっとぶらしい。
感情や感官や、そのほか記憶の扉など。
(強気でいられるのは、いつだって日のあるうちだけだ)


(頭上には満ちざる月、斑の雲に隠れまた顕れ)


ダンシング、私は踊らない。


2:
夜に幾つもの扉が弾け。
夜の深さやその静けさ、かなしいほどの底に触れるような感覚。

おそらくは、この世の外に属するものですね。
(しかも人間の感官を離れたものではない)

永遠に、また瞬間に、あるいはまた人間の限られた時間と空間に。


(夜の底は掃いたように静かです。――道端の着飾った女たち)


ダンシング、世界は静かにまた止まず踊る。


3:
この世の外の記憶を、思い出しているのではないか、とさえ。
呟きたくなってしまいます。

どうにも久しぶりに、あなたを知りました。
――ジンニーア。

(そのかみ、あなたは少女の足首に銀の鈴鳴らして優雅に歩き、
 その長い髪はダンシング、踊るようでした。
 私の方を振りかえらず、私を見ず、あなたは歩いてゆきました)

あなたの姿を見てはいません。
あなたの残り香、もしくは――静かな予兆を見ただけです。


とても、悲しかった。


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- 2002年05月24日(金)

みのまわりのひとびと。

1:
当座の上司S。

シモネタオヤジ。
仕事はできる、が、
俺らの狭いブースでベルト緩めてシャツを入れなおすのはやめい。
年頃の女の子がいるってのに……(ぶちぶち)

私はまだ仕事が出来ないので、さんざ、怒られる。
が、さっぱりしている。
実に、実にさっぱりしている。
が、同じことができないと、怒られる(しゅーん)

愛妻家。
休日早朝に電話かけると、
「俺はいいけどカミさんが起きちまうだろ!」と怒るヒト(笑)
そのくせ、カミさんネタのギャグを連発する……

もうすぐ、ヒトの親になるらしい(ふ)
オメデトウゴザイマス(礼)


2:
先輩O。
口が悪い。
実に悪い。
この間など、「ぶーす」と言われた。

が、その後、電話がかかってきて「さっきはすまん」とな。

なら最初から言うな、と、思うが(笑)
まああーたの性分でせうね。
いいのさ。

仕事の教え方は、丁寧で、怒らない。
一つ一つ、根気良く、教えてくれる。

いささか、色彩の趣味がユカイ……(こないだ初めて私服見た)


3:
先輩M。
誠実で、厳しくて、きちんとしてる。
物事をきちんと積めてできるひと。

S氏の下で、猥談などにガスを抜きつつ(笑)

きっと、そういう上司で、いいのだろう。
似たような上司だったら、きっと、辛いに違いなく。
図太く、いきましょうや(笑)


4:
同期N。
最近ようやく、仕事のペースをつかんだ、らしい。
「おまえはいいよなー」とか言ってるけど、
ねえ、きみのがきっと、大きくなる素質はある。

でも、そうだね……今度、勉強会とか、する?(笑)

あれもこれも、あって。
ちょっと、混乱しちまうよね。
いいさ、諦めるまでは、失敗なんて、ない。
――できるさ。





つくづく、恵まれてるなあ……
でも、努力努力自助努力(ぶつぶつ)


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- 2002年05月23日(木)

夜に、また朝に。


1:
自分が何を望んでるのかを忘れないことだ。
今日を精一杯生きるだけでは足りない。


2:
今日を生きるだけでなく、明日をも同時に生きるのでなければいけない。
なぜなら。


3:
「同じ場所にいようと願うなら精一杯走らなければならない。
 別の場所に行きたいなら、そのニ倍は速く走らなければいけない」
         『鏡の国のアリス』

4:
それは単なる言葉遊びではない。
明日を願うものは、今日を生きるだけでは足りないのだ。
今日できることだけをやっていてはならないのだ。

明日を変えるための努力が、いる。


5:
(とりあえず、大学時代のノートなど、ひっくり返したり)


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- 2002年05月22日(水)

……本日(昨日?)は、十七時間労働。
すごいや(あっはっはっは)


1:
さて、あなた。
私に聞いてはいけない。
私に問うてはいけない。

私の行動原理など。

そんなもの、私にだってわかっちゃいない。
私の中には盲目の箱。

名前をつけるなら、感情、と。
こいつぁ、やっかいなんだ。

私の思うとおりになんか、いきやしない。
しかも、こいつの裏付けのないことは、私にはできない。


2:
さて、あなた。
私に問うてはならない。
私に聞いてはならない。

私があなたをどう思っているのかなど。

そんなもの、私にだってわかっちゃいない。
「どう」にか思うのは感情だ。

そして感情はブラックボックス。

私があなたといるために時間なりお金なり気なりを使ったと、
それ以外にわたしにだってわかっていることなんぞ、ない。


3:
さて、きみ。

きみだけは私に問わねばならない。
私に聞かねばならない。

私がきみをどう思っているかと。
私が何を願っているかと。

きみだけが私に要求しなければならない。
きみだけが、私に要求する権利を持つ。

だから。

ときどき、わがまま、言ってください。
でないと……

――スネちまうぞ。


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- 2002年05月21日(火)

「もしも正しいねがひに燃えて
 じぶんとひとと万象といっしょに
 至上福祉に至ろうとする
 それをある宗教情操とするならば

 そのねがひから砕けまたは疲れ
 じぶんとそれからたったもひとつのたましひと
 完全そして永久にどこまでもいっしょにいかうとする

 この変態を恋愛といふ」
           宮沢賢治『小岩井農場』より


今日も今日とて十六時間労働。
でも、こんな楽しい労働で、いいんだろうか?
今日に明日を継ぎたい。


願いがある。
望みがある。


できることがある。
評価してくれるひとが、ものがある。


誉められる。
怒られる。

確かに、私は私を軸にして立っている。
そうだね?
この足で? ――そうとも。


幸福は、ときたま、予期せぬ形でやってくるようだ。


(だがしかし、なんとか日付が変る前に終わらないだらうか。
 でないときみに、電話もできないじゃないか)


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- 2002年05月20日(月)

生きることも、死ぬことも、うまくはできない。



1:
感情を、統御するようになる。
もともと、私は冷血なのだけれど。

注ぐひとと、そうでないひとが、極分する。
諦めるのがはやくなる。
時間を惜しむようになる。

きっと、それでいい。


2:
世界の全てを求めるわけにはいかない。
全てのひとを願うわけにはいかない。
得られるものは限られている。

だから、それでいい。

そんなにたくさんのものはいらない。


3:
大人になったのかな?
だとすれば、世界の九割を諦めることだ、大人になるということは。
だが、それだけを諦めなければ、残りの1割も手に入りやしない。

だから、それで、いい。

そんなにたくさんのひとはいらない。


4:
欲しいものがあるから、残りの全てを諦められる。
ひとは二度生れ落ちるらしい。


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- 2002年05月19日(日)

今日(20日)は、休日。
じつに3週間ぶりである(……)
しかし昨日一昨日は36時間労働だったから、
まあ、いいんじゃないかと。

書くといって書いていない、砂漠のメモなど。


1:
砂丘の上にいる。
この砂の連なりには果てがないのか。
妙に清潔そうなハエばかりが私の連れだ。

砂は乾いている。
雲ばかり白で掃いたよう、暗いほどに蒼い空にある。
砂は生物のようだ。
その谷間にベルベルが黒いテントを張っている。

カメラを持ってこなかったのは残念だが、
カメラを持っていてはこんな高い丘(そう、ここは高い)まで
上ってはこれなかった。

ああ、砂は風に動かされ、やわらかな風紋に直される。
私の乱した足跡は、それに比してひどく拙い。

砂の色は区分けを受けることなく灰より赤褐色へと変容している。
ここは読みなおしも蓄積も許されない世界だけがある。


2:
ああ、私の足音は何に似ていただろうか。
この静けさの中で。
私はこの足音、この静けさを知ってはいなかっただろうか。
私はかつてこの地を踏まなかっただろうか。


3:
砂漠の真中にいる。
灯りは蝋燭だ。
星は天の火明かり、どうしてこうも無数に輝き、そして止まない。
闇の深さまた暗さ、音はない。
ただ東南からの風と反芻する駱駝の億尾。
耳鳴りさえ聞こえ。

この深い原初の沈黙と闇こそが、
数多の歌と一切のものの源泉ではなかったろうか。


4:
そして何かをほんとうに自分の経験とするには、
それを経験する以上のものがいる。

だがこの静けさの中で、
私は真に孤独であるだろうか?

特別な経験とは常に、自ら了解するのに思考以上の、
また駱駝のごとく反芻する以上のことを求めないのではあるまいか。

分かち合うことが必要とされるのは、常に日常と、
また「分け合いうる」ものだけではあるまいか。

ほんとうに大切なときは、
いつでも、私は孤独なのではあるまいか。


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- 2002年05月17日(金)

たとえばこんや、わたしはよっぱらい。

きみにあいたいと、おもうことはおかしいだろうか。
きみをだきしめたいと、おもうことはおかしいだろうか。


きみを。
ねえ、きみを。

きみに。
ねえ、きみに。

あいたいと。
ふれたいと。

このせかいに。
このせかいを。
つらぬいて。
おもう、ことは。


ねえ、おかしいだろうか?

てんとちのすべてののりにそむいて、
てんとちのすべてのさだめにさからい、
きみと。
きみに。
きみへ。
きみを。



ください。
どうか。
ときなど、しらない.








みよそうてんはたかく。
みよそうてんははるか。

よるはしずけくまたふかく、
おわりなきがうえにもまたはてしなく。

ねむれまためざめよ。
めざめまたねむれよ。

すぎにしはみらい。
かえらざるはきのう。

すぎさりゆけ、とぞ。
ただにいえり。




わがつばさ、わがひかり、わがゆめ、わがさき。
ともにありたまえ。ともに。ともに。
ひびのはてるひまで。


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- 2002年05月16日(木)

どれほどかきみを。
どれほどかきみに。

このちいさないきものを。
わたしはつれてあるくよ。

ねえ、癒されるなんて、くだらないことだと思ってたよ。
だけど、こんな静かな満ちてくる、そんな感覚を。
どう、言える?

渇いてる、渇いてた。
きみの。
きみを。
きみに。
できることを、探してる。

思うこと、以外に。

……このちいさないきものを。
わたしはつれてあるくよ。
だって、きみと、少し、似てる(おこっちゃいや)


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- 2002年05月15日(水)

私は例えば――に会う。
――に会う。
――にも。

私の視界はふいに大きくなりまた大きな人々を見る。
しかし、思い出さねばならないこと。

わたしは彼らのように刻苦精励してその視界、その世界に至ったのではない。
私に与えられている視界は、ただに私に貸し与えられている視界なのだ。
私はこの巨きな視界の中にいるが、この視界に属してはいない。

それは――という職業の寂しさだ。
自分が日々身を置いている空間と人々に属していないということは。
だがそれこそが私を自由にする。
そして自由とはもともと寂しいものだ。
それにわたしが選んでここにいるのだ、どうこう言いはしない。

ひとつのものを選ぶときに、ほんとうにそれがどういうものだと、
そんなことは始めからわかりはしない。
選んで、そして結果はただ裳裾のようについてくる。
どんな裳裾がついてきても、引きずってゆける、と、
心決めることが、選ぶことなのだ。
引きずってゆくことが、生きることなのだ。
これはことさら悲壮ぶって言うのではない。
ただそうなのだ。
わたしにとってだけでなく、この世の全てにおいて、そうなのだ。

私の仕事は、どこまでも個人プレーで。
そしてどうしようもなく結果しかない。
私は一人で、人々の中に入ってく。
私はいつでも一人だ。
そうして、そのぶん、私はたくさんのものを、見れる。
それは私の望んだことだ。
だから、それでいいのだ。

わたしがそう言っているうちは、誰にも私が失敗したとは言えない。
そうしてもののわかったひとは、そんなことは言うまい。
問題はいつだって「どのように」するかということの方であって、
どうだこうだ是だ非だというのは、ほんとうは少しも意味がない。


とりあえず、週間ノート作らねば(ちょきちょき)


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- 2002年05月11日(土)

(遠方より来れ)


空間と時間を。
あらゆる町とあらゆる家とあらゆる人を。
言語化し、共同意識に組みこむ。
事象と、現象と、感情と――。

名前のないものに、名前をつける、ひとびと。
『目に見えるように』文字を連ねる。
社会という共有意識と共同記憶の中に事象を組みこむ。


(遠方よりきたれ)


埋葬に、似ている。
言葉以前のものを言葉に直する。
境目のないはずのものを切り取る。
名前以前のものに名前を付して我々の手に置く、
――見なれたものの体裁を与えて。

だがほんとうは、何一つ同じものはないはずなのに。
何一つ、繰り返すものなどないのに。
類型化していいものなどないのに。


(遠方より、遠方より)


だが、人間はケイオス、混沌には耐ええない。
あらゆるものをその実存のままに受け取るには人間以上の力がいる。
だから、人間は名づける。類型化する。

人間がそのなりたちから欠けたるところ多いものであると同じく、
人間の社会もまた欠けたるところが多い。
そして、それはそれでいいのだ。


(踊る星よ)


切り取り張りつけ分類する力を身につけたものだけが、
知りうる実存の深さを。その恐ろしさを。絶望的な存在感を。


私は、ほしい。
この手に、ほしい。
誰もくれることができなくても、手に入れることができるものはある。


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- 2002年05月10日(金)

スケッチ:パート��

――室の前のベンチ。
蹲るように座っているのは、ひとりの女性。
前髪はうなだれた顔を覆うように垂れ下がる。
もう長い間、きっと身じろぎもしていない。
悲しみと絶望は、どれほど、深い。

部屋の奥で――と対して座っていた少年の目の、
あの熱を帯びた――が、
どうかひとときでも悔恨に、あるいは哀れみに満ちて、
その――に向けられる瞬間がありますよう。

願います。


スケッチ:パート��

何のことはないアパート。
ただ、2階の一室の窓だけが――くすんでいる。
煤けている。
ここで――たのだ。
一人の娘が――となり、一人の女が――となった。

世界は何一つ変わらなくても、
ここで一つの悲惨があった。
誰もが忘れても、けっして忘れないひとりの少女がいる。
彼女はこの世界、全ての人と同じ空の下で生きてる。

どうか、どうか。
彼女に幸いのありますよう。
悲しみに倍する、幸いのありますよう。

――願います。



結局、人間にできることは少ない。
誰にも出来ないことが多すぎる。
それでも。
それでも――願うことだけは、止めない。



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- 2002年05月08日(水)

社会というもの、世界というものが、
なんと幾層も連なってできていることだろう。

あなたのその視界は閉ざされ、限られている。
しかもそれを知ることさえ、容易ではない。

あなたの世界は、あなたの視界に百倍せねばならない。

あなたの見ているものは、無限に多くの次元において存在している。
しかもそれぞれの次元において真実なのだ。
その全てを見つめて、しかも、一つを選び取れる力を。

――あなたは、知っているだろうか。

それは、破壊と同義。
それは、残酷と同義。
それは、堕落と同義。

しかも生れ落ちるには、その百万倍も死ぬことが必要だ。
なぜなら、生まれるとき、ひとは皮膚の外側を放棄する。
ひとは皮膚の外側の全ての無限な空間において死ぬことによってのみ、
わずか皮膚の内側に己を存在させることが許される――

寂しい、ね。


『もうけっしてさびしくない
 なんべんさびしくないといったところで
 またさびしくなるのはきまっている
 けれどもこれはこれでいいのだ

 すべてさびしさと悲傷とを焚いて
 ひとは透明な軌道をすすむ』
          宮沢賢治「小岩井農場」より



可能性を殺して事象として産み落とさねばならない。
可能態を殺し尽くして、自らの形を切り出さねばならない。

生まれるとき、ひとは既に、血に塗れている。
その血のゆえに、ひとは、かなしい。

なにかを見出すとき、ひとは既に、多くのものを殺している。
その血のゆえに、一切は、かなしい。

存在することは、かなしく、さみしい。
なにかをすることは、さみしく、かなしい。


       「Who can say, who you are......?」


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