enpitu



終わらざる日々...太郎飴

 

 

∧

- 2001年09月30日(日)

1:
日曜日、親友と二人、バカな吸血鬼の映画を見に行って来た。
単館映画というのは往々にしてそうだが、実にバカな映画だった。
金を払った甲斐があった。こうでなくっちゃ。(むふん)


彼女は私と同い年、今年の春から就職している。
仕事が、忙しいらしい。

弱音を吐かない子なのだ、いつでも。
とても無理な量の仕事を、周りの無理解を、押し付けられて。
「新米の私にそんなん押し付けるやって、部長バカやんな〜」と
笑ってしまう子なのだ。周りもつり込まれて、笑う。

でも、と、私は思う。

でも、あなたは、その仕事の責任も一緒に押し付けられているのに。
でも、あなたは、その仕事ができなければ、責められるのに。
できなくても、誰も助けてくれはしないのに。無理を言った張本人の部長さえ。
それを感じない子ではない。それを感じないはずはない。

ひしひしと感じているから、そんな言い方しかできないのだ。

まず笑ってしまう。
まず自分が笑ってしまう。
一緒にいる私の気を重くさせたくないから。
泣いてもどうしようもないと知っているから。
笑って、それから、死にもの狂いで、始める。
それが彼女の流儀だ。

だから私も、そんなふうに言われる都度、一緒に笑っていた。


2:
映画の後で、ロフトの喫茶店に行き、
私は紅茶を、彼女はコーヒーを注文して。
いつものように笑いながら話していて。
泣かしてしまった。

……。

泣かせるつもりじゃなかった。
でも、笑う彼女の言葉が辛くて。その疲れた顔が辛くて。
手助けをしてあげられるわけもないのに。何一つ言う権利はないのに。

「つらいね」

どうして部長は無理なことを言うのだろう。
どうして誰もあなたにできることとできないことを考えてあげないのだろう。
せめて、一緒に考えてくれないのだろう。

わかっているはずなのだ、私には。
仕事が必ずしも論理的に割り振られてはこないこと。
個々人の事情を誰かがきちんと見てくれてなどいないこと。
それを彼女も承知しているということ。

ごめん、泣かせるつもりじゃなかった。
あなたが隠したいと思っていることを、引きずり出すつもりじゃなかった。


3:
強くあろうとするあなたが好きです。
どうしようもないことなら笑いとばして、それから必死で走るあなたが好きです。
逃げないあなたが好きです。

だから、泣かせるつもりじゃなかった。

でも。

ごめん、辛くて。
ひどく、辛くて。

もう、言わないから。

ごめん。


-

- 2001年09月29日(土)

1:義務を果たすようには生きられない。

「正気に返って自己を取り戻せ。
 目を覚まして、君を悩ましていたのは夢であったのに気づき、
 夢の中のものを見ていたように、現実のものを眺めよ」
                  アウレーリウス『自省録』

マルクス・アウレーリウス、
私は、義務を果たすようには生きられない。
そのようなことは望まない。

公正であり、誠実であろうとしつづけるだけで年老いて、
あげくに死ぬことだけを夢見ることにどんな意味がある。


2:あれか、これか。

「あれか、これか」
       セーレン・キェルケゴール『あれか、これか』

キェルケゴール、セーレン。
あれかこれかのようには、生きられない。
仮面を取り替えるように取り替えることのできる人生などいらない。

常に外側から見て冷ややかに評論しつづけて年をとることに、
冷笑の皺を刻むことに、いったいどんな意味がある。


3:このからだ そらのみじんに ちらばれ

「ああ誰か来てわたくしに云へ
 億の巨匠が並んで生まれ
 しかも互いに相犯さない
 明るい世界は必ず来ると」
       宮沢賢治『業のはなびら』

正義の数が多すぎて、全て道は交差しねじれぶつからずにはいない。
そのどれも正しいことはとくから知っている。そこに苦しさがある。
だがグスコーブドリよ、カムパネルラよ。

生の果てには、散華だけしかないのですか。
死によってしか完成されないのが生なのですか。
あなたの道はあまりにも青く暗い、修羅の道だ。


4:人間はなんと多くの人間らしからぬことを

「人間はなんと多くの人間らしからぬことを考へ
 しかもただの人間にとどまることでせうか」
           小林秀雄『私の人生観』

あなたは言う、人間は人間に過ぎない。
そうです、人間は人間に過ぎない。出口はない。
鬼神にもなれなければ、魔に化しおおせることもできない。

けれども、人間の豊穣はどこにあるのですか。
人間として豊かに生きるとはどのようなことなのですか。
あなたはけして答えない。


5:地獄なのか花なのか。

「人間だけが地獄を見る。
 しかし地獄なんか見やしない。
 花を見るだけだ」
       坂口安吾『教祖の文学』


地獄ですか、花ですか。
これは地獄ですか、それとも花ですか。
地獄と花とは同じものですか。

豊穣とは傷の数ですか。
豊穣とは苦しみと痛みと悲鳴ですか。
地獄の中を歩きながら、花の中を行くように歩くことですか。

それとも――花の中を行きながら、地獄の中を歩くように行くことですか。
『いかにして』触れればいいのかということを知らなければ、
花も地獄も変わらないのです。


-

- 2001年09月28日(金)

1:
私は、その気になりさえすれば、かなり多くを見ることができる。
その気、というのは――

見る私は、同時に見られる私でもあり、
そうして、大概の人は、私のように凝視する人間の前では落ち着かない。
さらに、私だって、落ち着かない人の前では落ち着かない。

従って、私があんまりじろじろ見るのは、

(1)相手にすごく興味を持ったとき
(2)相手が別に凝視されてもなんともないようなとき
(3)演劇なんぞのように、凝視が普通のとき
(4)道を覚えておく必要があるとき
(5)自分が相手に興味を持っているよとデモンストレーションしたいとき

くらいだろうか。
しかし、本当はもっと見たいのである。
わずかな表情の変化、視線の揺らぎ、手の動き。
観察を集積すれば、もう少し、いろいろわかるのにと思う。

サングラスでも買うか……。(やめとけ)


2:
『マン・ウォッチング』という本がある。
デズモンド・モリスという動物行動学者の書いた本だ。
統計や、かなり筋の通った推論で人間の行動を分析、組み立てなおした本で、
かなり世話になっている。

死のうというならともかく、生きようとするなら、
「いかにして」ということを抜きにすることはできない。
なにがどうなっているのか、その像をおぼろげにでも持っていなければ、
うっかり身じろぎすることさえできないのである。

私は子供の頃に、この体の筋肉と骨について多くを学ばねばならなかった。
りんごを手に取るためにさえ、どれだけ多くの、また複雑な課題を
学習しなければならなかったことか。
しかも、体だけでは生きて行けない。

私は、自分と他人と社会の精神についても、多くを学ばねばならなかった。
ほんの一瞬だけ長く相手を見ることがどういう意味を持つのか、
ほんの少しだけ視線をそらせることがどういう効果を与えるのか。
なんと多くの失敗をしたことだろう。

そしてなんと多くの課題が残っていることだろう。


3:
本当の社交家を、私は一人だけ知っている。
彼女は、まったく、他人に自分がどういう印象を与えるかを考えない。
にも関わらず――彼女は完璧に振舞った!

彼女はいくつも、気ままにルールを破り、
しかも、そのことによって、更に皆から好かれた。
彼女は注目を集めようとする必要さえなく注目を集め、
しかもそのことをちゃんと知っていてへまをやらかさなかった。
否、へまさえ、彼女にあっては楽しいものだった。

もし彼女が全て意識的に振舞っていたとしたら、
彼女は心理における天才だっただろう。
彼女はすさまじい努力家であっただろう。

もし彼女が無意識のうちにそのように振舞うことができていたとしたら、
彼女は――そうだ、天使だったのに違いない。
残念ながら、以来、彼女に会う機会がない。


4:
全ての課題を片付けたら。
――私は彼女のようになれるかもしれない。
だが、私は、そんなことを考えるのを、もうやめた。

人生はもう始まっている。
私はもう生きている。
終わりは刻々と近い。

ここも舞台の上だ。
踊らにゃならぬ。
この足は不完全だが、ともかくも二本ついてる。

転ぶことも舞踏のうちなのだと、腹を決めよう。

――そら、もう踊っているよ。


-

- 2001年09月27日(木)

私的ナリチャ考

Q:私はなぜナリチャをするのか

A1:
私はなぜナリチャをするのか?

私はもともと、モノカキだった。
表現は私の必死で作り出した『人形人格』からの自由だった。
別の物として存在しようとする絶えざる努力からの開放だった。
よい人間を書く必要も、よくあろうとする人間を書く必要も無かった。
私は私の全ての翼をそこに広げていた。
善悪を問われることなく。
誰にも気兼ねなく。

ひょとしたきっかけで、ナリチャという遊びを見つけた。

私はそこで別の人格を演じることができるのだと知らされた。
別の人格。善良であろうとする必要さえもない?
温和である必要も、好かれる必要もない?
ああ、あるいは、私自身をさえそこに生かせるかもしれない。
それは、あまりにも私の世界では不評であった人格だったが――

表現の中でなら――『私』も存在する余地があるのかもしれない。

そこで、ひとと関わり、仮想であっても――孤独ではなく、
存在することが許されるかもしれない。
少なくとも、それを試みることは許されるだろう――

私は何よりもまず、ある人格を純粋に、利害にもしがらみにも
縛られることなく――だがひととの関わりの中で――追求できる場として
ナリチャを始めた。


A2:
私はなぜナリチャをするのか?

ここでは、感情は本当よりも本当らしい。

私はリアリティ追求の気風の蔓延する風潮は好きではない。
私は自分の見た『真実』だけを書く。それに例外はない。
――が、それが本当に現実世界のなにがしかの『事実』に
順じているかはどうでもいい。

私は、現実世界でよりも、キャラクターを通しての方が
より本当らしく生きているとさえ思う。
これは私が病んでいるということではない。
現実や『事実』の中で、いったいどれほど自分らしく
また『真実』らしく生きる余地があるというのだろう?

生きねばならない、という大前提が、全てを規制する。

死をさえ視野に入れなければ、私のキャラクターたちは生きれない。
少なくとも、本当らしくは。『真実』には。
それゆえ、私のキャラクターたちは、死を視界に入れて生きる。
私は彼らを通じて生きることについて何がしかを洞察する。
死ぬことについても。……こちらは多少痛みを伴う。


A3:
私はなぜナリチャをするのか?

上の二つは私の考えだが、
だが実際、ナリチャにおいては、
日常の利害を離れてキャラクターを作成することが許されるという
ことからか、現実の人間よりも生気に溢れたものが多い。

出会いは一つの喜びだ。

飾ることなく、後に退却の余地を残すことなく、
全てを賭けてキャラクターの人格を対決させることは、
ひどく、楽しい。


-

- 2001年09月26日(水)

私的ナリチャ考

(A)
1:キャラクターについて

キャラクターは私の分身であり、
『街』(*)に生きる一つの人格である。


2:ロールについて

キャラクターにとっての現実。



(B)
1:私とキャラクターについて

私はキャラクターに、限界と強さ弱さ、
感情の形とその表出のかたち、つまりその人格の形を与え、
私は『街』におけるキャラクターの生を叙述する。

私の意思はキャラクターの意志を冒してはならないし、
キャラクターの意志を私が自分のものと混同することも許されない。


2:私とロールについて

私はそれがキャラクターの人格が出会った現実であることを
忘れてはならない。

それはキャラクターの限界と弱さ強さ、
感情のかたちとその表出のかたち、つまりその人格に沿って
叙述されなければならないし、
現実と対峙しているということ――
現実が常にそうであるように、いつでもそれに対峙するものを
殺し得さえするということを忘れてはならない。

私は私の見た『真実』以外のものを書いてはならない。


* 私の参加した最初のPBEMサイトは『裏街道』だった。
  私はそこでキャクターを生かすことを知ったのである。


-

- 2001年09月25日(火)

1:
感情が好きではない。
それはいつでも、私の精神の調律を崩すから。
「きちんと」行動することを妨げるから。
けっして満たすことのできない器であるから。

同じだけのものを返されなければ満ちないにも関わらず、
同じだけのものを求めることはそもそも不可能だから。


「わたしをいらないものを、わたしもいらない」


2:
にも関わらず、私は感情を持つものであり、
人間であり、それゆえ人間の中でしか生きることができない。
内側から湧き出るものをなくすことなどできず、
与えられて満ちる感覚を幸福と感じなくすることもできない。

詩人とは、口の辺りがある種のつくりになっているために
その悲鳴が歌と響く生き物だ、と、キェルケゴールが言った。


「歪んでいるのは私だ」


3:
私は、本当に話したいことだけを、話すことが許されていない。
私は、自分自身の欲求に従って話すことを学んだのではなかったから。
そうだ、私は他者のまねびから始めた。
私とは関わり無い、ある一つのものを創るように話すことを学んだ。

そしてその出発の点は、見えない檻のように私を縛る。
地面に描かれた輪のように、私の世界を定める。


「歪んでいるのは世界だ」


4:
感情を満たすことはできない。
感情を消すこともできない。
感情をあらわすこともできない。
それは滞留し、冷たく青い毒となって私の身内を廻る。

出口はどこ。
正しい出口を。


「てんとちのはてにたつひとへ、どうかおしえて」


-

- 2001年09月24日(月)

……まるきり修行が足りてない。
というわけで、もう少し、この日記を続けなくてはならないらしい。

1:
私は肉体と精神を持っている。
つまり、『私』は、肉体でも精神でもない。


2:
小学校の入学式の帰り、ラーメン屋の店先。
ショウウインドウに映った影に。
私は自分が身体というものを持つと知った。

「ワタシ・ガ・ココニ・イル」

そうだ、否応なく。
私の背はいつも高かった。
私の手足はデカかった。
私の顔は丸顔で、硬い真っ黒な髪が多めに生えていた。
首の骨が一つ歪み、背骨が少し曲っていた。

私は、そういうわけのわからないものの所有者だった。
私の手も足も、『私』にとってはサナダ虫と変らなかった。
じっと見ていれば、吐き気のする代物だった。

だが、そういうものの所有者として、私は扱われた。
私はそれに気付き、否定したく――でも、紛れもなく、そうだったので。
私はそれに、吐き気をこらえながら、慣れていくしかなかった。

――否応なく。


3:
人間の形に美しさを見出すことができるようになったのは、
もっとずっと後、20の齢に、シリアの砂漠に立ってからだ。
あの荒涼とした平野、寥々と砂のみ流れる荒野で、
その光景のあまりの美しさに疲れて、振り返ったときだ。

直線と鋭角、犀利な岩々、焦げ茶の濃淡のみが色――その荒野。
生命に見捨てられ、上る日と沈む日より他何も知らぬ虚無。
限りなく壮大無間、宇宙の一端に連なる風景、
――私の目は、そのあまりの美しさに、最も醜いものを見たと同じく――

深く疲れた。

私は振り返り、そこに一つの顔を見つけた。
見慣れた悪友の日に焼けた顔が、そのときなんと懐かしかったことだろう。
なんと胸に深く柔らかく沁み、私の内に温かな水の静かに満ち溢れたことだろう。

人間は、人間を必要とする。
私はそうと、知った。

ひとの美は、ひとにあるものだった。


4:
私が精神の所有者であることを知ったのは、いつだっただろう。

小学校5年生の頃、私は鼻持ちならない子供だった。
友達なんていなかった。のけものだった。
勉強はできた。成績はよかった。教師に嫌われていた。

今から考えれば、あたりまえであるが……
その当時は、なぜなのか、さっぱりわからなかった。

それでも、他人に嫌われつづけることは、およそ楽しいことではなかった。
席替えのとき、班を作れと言われても、誰も私を誘いにこなかったことを思い出す。

ひどく、悔しかった。


5:
私は周りに、注意深く、ゆっくりと、耳を傾け始めた。

好かれている子は、どんな話し方をしているか。
好かれている子は、どんな行動をしているか。

言葉は、どうやって選ぶ? 誰も不満気な顔をしない会話の回し方は?
女の子同士のグループというのは、どうやってできる?
どんな子が中心になっている? どんなときにバラバラになる?
どうすれば、相手を喜ばせられる? 自分はどのスタンスに立てる?

私は天性の社交家ではなかった。
どの細部も、いちいち、推論し、確かめ、やってみなければならなかった。
わからなくなれば、私は私自身の精神と相談した。
精神は『私』の外に立つようになった。

私はピアノの音を整えるように、自分の精神を調律した。
虚栄心、自己顕示欲はできる限り抑えるように――
感情を後にし、皮肉は抑え、できる限りひとを立て――
6年生の後期には、私は学級委員をやっていた。

難しかった。今でもまだすっかりうまくはいかない。
人間が人間の中でしか本当には生きられないというのは、ひどく苦しいことだ。


6:
私は自分の身体に慣れた。
自分の指を見つめていても、もう吐き気はおこらない。

私は自分の精神を根本から調律しなおした。
私はもう、いるだけで他人を苛立たせる存在ではない。(と思う)

『私』は、精神と肉体、この二つを所有した。

だが、『私』は、罪悪感に苦しんでいる。
不当にこの身体の持ち主を名乗っていることに。
好意を恣意に買おうとする行いのあまりの不当さに。


7:
私など、いなければよかったのに。
せめて誰からも見えず聞こえない存在であったらよかったのに。

私は幾度も夢想する。

高いビルの上――雲ひとつない空に、跳躍を一つ。
そら、落ちる!
――――それで、終り!


8:
それでも私はここにいる。
まだここにいる。

世界はあまりに美しく、広大で、私に通り過ぎることをまだ許さない。
人間はあまりに多様で、その紋様は綾なして紡がれ、私の目を奪う。

私の憧れは、まだ眠らない。
私はまだ魅了されている。

遠くへゆこう。
深く豊かなものを、見つめよう。


-

- 2001年09月20日(木)

年を拾ってしまった(笑)
というわけで、この日記は今日で終りである。

もともと、自分の中身の、これまで触れたくなかった部分を
なんとか言葉の領域に引きずり出すために書いてきた事々だ。
誰か読んでくれたのか、あるいは読んでいて楽しいものだったのかどうか、
そんなことはどうでもいいし、実際、私とは関わりない。

やりたかったことはできたか?
――やらなかったよりはできた。

再開するとしたら、次はPC日記になる。


1:
死には、2つの顔がある。
死ぬものと、残されるものだ。

私は、相当に昔から、「死」について考えてきた。
が、私はけっして、自分を残されるものとしては見なかった。


2:
まだ私が熱帯に住んでいた、子供の頃の話である。
言いたくないが、私はしばしば迷子になった。

いつもの通学路、いつものお使いの帰り――
ふと、これまで曲がったことのなかった路地が目に入る。
見たことのない番号のバスがやってくる。
そうなると、もう、矢も盾もたまらない。

次の瞬間には曲がっている。次の瞬間にはバスに乗っている。
「早く帰らないとお母さんが心配する」「道がわからなくなるよ、もう帰ろう」
そう言う良識というか常識的な声は胸のどこかにあるのだが、
一方でごねる声もあり、そして大半こちらが勝ちを占めた。
「この角を曲がったら」「あと十歩だけ歩いたら」「次のバス停まで」。

そうして。

気がつけば――見知らぬ風景、見知らぬ人々、わからない言葉。
安全なのかそうでないのかさえ、私には見当もつかない。
影光ともに強い真昼の町中で。複雑に入り組んだ路地で。

私はどこまでも一人で、そして誰も私を顧みず、
私は何一つ定かな存在ではなかった。
何も私を保障しなかった。私の生命も、尊厳も、人権も。
小銭の入った財布はもとより。

そうとも、法律が、慣習が、人権思想が、
その瞬間の私にどんな意味を持っていただろう。
薄氷を踏むような思いだった。しかもその薄氷は、いつでも破れうる。
いつでも破れて、奈落はそこに開く。私はそうと知った。


3:
私は、大阪で阪神大震災を迎えた。
95年1月17日、私は寝ていたベッドから放り出されかけ、
居間では、花を活けていた花瓶が二つ割れた。
我が家は無事だった。大阪の南部にそれ以上ひどいことはなかった。

だが、ワイドショーが、ニュースが連日燃え上がる神戸を映し、
神戸に親戚のいる級友たちはペットボトルや食料を背負って出かけた。
焼け出された人の、生き埋めから掘り出された人々の記事が新聞に載った。
一人生還したひとの背後には、百人の生還できなかった人がいただろう。

私は彼らを思った。

法律も、慣習も、人権思想も、彼らを守りはしなかった。
炎は、瓦礫は、少しの容赦もなく彼らを殺した。
どれほど苦しかっただろう。どれほど生きたかっただろう。

私は彼らを思う。

誰もが逃げ去った静寂の中で、炎の迫ってくる気配を感じる。
逃げようにも体は、親しかったはずの我が家に押し潰されて、
抜け出すこともできない。
煙が染みてくる。熱気が伝わってくる。パチパチと、炎のはぜる音も。
――逃れられない死だ。
残酷な苦痛を容赦することのない死だ。
死ぬのだ――今! これから!
助けを待つことも、それに一縷の希望をかけることもできない。
誰に文句を言うこともできない。罪に対する罰でもない。死は死に過ぎない
さあ、もう、空気は、息もできないほどに熱い。
苦しんで――死ぬのだ!

私の足元で、あの熱帯の国の迷子だった私の足元で、奈落は開かなかった。
だが彼らの足元では――開いた。その差は本質的なものではない。


4:
私の周囲で人死にがなかったわけではない。
事故もあった、病死もあった。肉親も友人も死んだ。
同じ教室で笑っていた同級生の訃報も聞いた。
だが、私は自分をけっして残されるものとして考えない。

死者は常に私だ。ありえたかもしれない私だ。
やがてそうなるだろう私だ。全ての死は私の死だ。
私は死者を悼む。だが残されたものの思いを私は知ることがない。
私は死者を悲しむ。だが残されたものの悲しみは私を打たない。
残された悲しみを私は知ることがない。
それを糧とする手立てをまだ私は知らない。

全て死にゆくもの、死にうるものだけが私に親しい。
私は足掻いている。私は死に物狂いで生きようとしている。
だが、変わらず私は死にうるのだ。それに変わりはない。
私はいつも自分の足元の崩れ、奈落に落ちる日を予感し続けている。
いつか必ず私は落ちるだろう。

私は冷酷なのだろうか?
だが私は、生きねばならない。
私という決定的な要素が残る限り、私は闇雲にでも手を伸ばし、
足掻き、苦しみ、のたうち、唸り、反吐を吐いて、生きねばならないのだ。
生きているのだ。今日も。
――死にうるものとして。

私は、生まれながらの人権や、普遍としての正義というものを信じない。
それは、人類の努力目標ではあるだろう。
だが存在しない。今のところは。私はそうと知っている。

そしてひととなることは、困難だ。あまりにも。


-

- 2001年09月19日(水)

1:
自分が青臭いということなど、とくから知っている。
世間知らずだということも、独断的だということも。
だが、私の書いたことは全て、私の思考なのだ。


2:
私はいささか、粘着質な読書方法をとっている。
というよりも、自然とそうなるのだが。

――読み始めたら、読み終わるまで、読む。

これはもちろん、一日24時間暇な学生にしかできないことだ。
私は幸いにして本を読みながらある程度安全に(*)歩けるし、
本を読んでいる間は、空腹は一日に一度しかやってこない。
大学には週に三日も顔を出せばよいのだし、
それだって図書館の資料を借り出すためだけに行くようなものだ。

――何かに突き当たったら、寝ている間も、考える。

誇張ではない。
夜中にふっと目を覚ますとき、私はいつでも、
自分が眠っているときに何を考えていたか(*)わかって、
自分のしつこさに辟易しつつ苦笑する。


3:
私にとって、表現は、血肉を削ることである。
誰が読もうと、あるいは読むまいと関係ない。
誰一人読まなくても私は書くだろう。

私の書いたものは全て、私が在る一つの考え、疑問、想念との間に
食らいつき、逃げ回り、のたくり、周囲を駆け、引っ掻き回し、
殺す覚悟で鉈をつきたて、振り回され、引っ掻き回され、
突進しては投げ返され、何か結論を見出そうと格闘した痕跡だ。

自分の思考の過程を、文字という本質的にしごく不完全な、
扱うことに困難で、全てを拾い上げることの難しい形式に纏めること、
それも寝ている間も考えるほどに集中してそれを試みること、
――そうだ、私が内臓をなくして帰ってきたことは一度ではない――
それにどんな意味があるのか、私は知らない。

私はただ、そうしたいのだ。
――「するべき」「せざるをえない」という言葉を私は憎む――
私は、そうしたいのだ。


4:
私は自分が青臭いということを知っている。
独断的であるということも、世間知らずだということも。
私の書いたものは、三年もすれば、私自身赤面する体のものだろう。

だがこれは、私の、傍目をかまわない格闘の痕跡なのだ。
私の血みどろの足跡であり、失った内蔵の空隙であり、
食いちぎって持ち帰った一つの想念の――精髄と信じるものなのだ。

私の持ち帰ったわずかな戦利品、この真理は醜いものかもしれない。
――だが、私のものだ。私のものなのだ!

牙を剥いて私は唸る。

どうか、わかってください。
ここに投げ出したのは私の心臓。
私が狂いまわって得たなにがしかのもの。
私自身の内臓。眼球。歯茎。舌。皮を引き剥いた指。

私は私より始めるより他にないのです。
誰の意見も他人の意見に過ぎません。
これが――私なのです。
このように、私は歩くのです。

そして私は傷つくことも傷つけることも、惜しまぬものです。


* 私はこれまで電柱にぶつかったことは、二度しかない。
  駐車中の車にぶつかったのは一度、溝に落ちたのは一度だ。
  頻度としてはごく稀と言ってもいいと思う。

  眠りながら数学の問題を解いたことも数度ある。
  ちなみにこちらはすぐに飛び起きて書き留めないと忘れてしまう。


-

- 2001年09月18日(火)

1:
中原中也は、狂死しなければならなかった。
ランボーは、出発しなければならなかった。
少なくとも、小林秀雄にとってはそうであった。

「批評とは、自らの思想を懐疑的に語ること」だと、小林秀雄は言った。
ならば表現は、『真実』でこそあれ『事実』とは常に遠い。


2:
以前、ちらと書いたが、初対面の顔に対したとき、
「鼻が低すぎる」「口がでかすぎる」という感想を、我々はしごく日常的に抱く。
しかし、「何に対して」鼻が、口が、低すぎ、でかすぎるのか、と、
ふと考えたとき、具体的な何物も上げることはできないだろう。
にも関わらず、目の前の人の鼻は低すぎ、口はでかすぎる、という感じは
依然として残り、いかに努めても、消し去ることはできないだろう。

『真実』というのは、そのようなものだ。
どこにもないが、我々の思考の基準としてあり続ける。
それは時に『事実』の方さえ歪めてしまう。

ひとが筆をとるとき、彼は『事実』を紙の上に再構成しようとして、
自らの『真実』をも図らずして暴露する。

彼のスタンダートの規格、願い、望み、生命――
全て表現において、『真実』は、『事実』との乖離にこそ求めうる。


3:
キェルケゴールというデンマークの哲学者がいる。
難解な文章で更に難解な思想を説く類の哲学者で、本当なら頼まれたって
読みたくない種類の分厚い本をゴタゴタ残している。
粘着質な私の読書も、この哲学者の全集は、半分で頓挫して投げ出した。

じゃあなんだって、そんな読みたくもないものを読んだのかと言うと
とあるひとが、茶中にこの哲学者の言葉をちらりと出したのである。
そして私は見事なまでに、その出典がわからなかった。
……とてもとても、悔しかったのである。

いや、まあ、そのへんは置いておくとして……
このキェルケゴール、自分の本名で本を出したことがない。
全て、著書を偽名で出版している。
それは、どうやら――

「これらは私自身の信奉している思想ではなく、
 一つの思考のあり方を示した試論に過ぎないもの」

だとの理由であるというのだ。
つまり、彼自身の『真実』ではないと。

馬鹿な、と、私は思う。
そこにどんな韜晦、事情、ポーズがあったのかは知らないが、
私はその一事だけでこの哲学者が大嫌いになった。
どこかの解説に書いてあったこの経緯を読んだあとは、
胸がむかむかして先を読めなくなった。しまいに吐いた。

表現には、『事実』に反することを書いてもよい。
だが『真実』以外を書いてはならない。
書いたものに対して、冗談でも「知らない」と言ってはならない。


4:
A 小林秀雄は、「地獄の季節」の「別離」をランボー最後の作と信じた。

「この俺、かつては自ら全道徳を免除された道士とも天使とも思った俺が、
 今、務めを探さうと、この粗ら粗らしい現実を抱きしめやうと、
 土に還る。――百姓だ。」
         小林秀雄訳:ランボォ「地獄の季節・別れ」より

これをもってランボーは詩に永遠の別離を告げ、筆を投げ捨て、
生々しい一人の人間として現実を生きるために、アフリカへ向かったと。
それが詩人と詩の一つの極限であるのだと。

ところがどっこいこの後に「イルミナシオン」という詩があった。



B 「中原に最後に会ったのは、狂死する数日前であった。
 彼は黙って、庭から書斎の縁先に入って来た。
 黄ばんだ顔色と、子供っぽい身体に着た子供っぽいセルのねずみ色、
 それから手足と足首に巻いた薄汚れた包帯、それを私は忘れる事が出来ない」
                       小林秀雄「中原中也の思ひ出」

ここで小林秀雄は、少しのためらいもなく狂死という言葉を使っている。
中原はその「かなしみ」に取り殺されたのだと、
それもまた詩人と詩の一つの極限であるのだと、全ての文章は指し示す。

だが中原中也の伝記を書いた大岡昇平は、中原中也の死因は「粟粒結核」であり、
断じて狂死と言われるようなものではないと幾度も断っている。



C 『真実』と『事実』は、ここにおいてかけ離れている。

問いは1つだ。
――何ゆえ、彼は『事実』から彼の『真実』を、作り出したのか?

批評家を批評するのは下らぬことだ。

だがこの脳髄の構造を知りたい。
この眼球の構造を知りたい。
この魂の組成を知りたい。



D だが――そう。

私が見ることが出来るのは、私の『真実』でしかない。
私の目の見ることの出来ない波長は、私にとっては闇なのだ。
そしてそれこそが要ではないと、誰に言えよう?

思考の――罠だ!


-

- 2001年09月17日(月)

私的簡単お献立各種

おわかりのように、私はおそろしくものぐさである。
私にとって、料理とそれに付随する行為ほど、面倒なものはない。
なにより、労働の集中がきかないのが面倒なのである。
材料が煮えるには時間がかかる。
おまけに、鍋の中身は、じっと見つめていると
沸騰しないしかけになっているらしい。
まったく、料理というのは不思議な手品である。

――しかし、必要は発明の何とやら。

台所に立ってる時間は3分以内というメニューは、
一年間でいくらか増えた。
既に魂の恥は散々さらしたのだから、今度は生活の恥公開といこう。
……あ、栄養が偏ってるとかなんとかは、言いっこなしである。


メニウその1:キムチスパゲティ
(1)朝刊を取って階下から戻るついでに水入れた鍋に火をかけてゆく。
(2)部屋で一面を読む。コラムは二度読む。
(3)台所に立つ。右手にパスタ、左手に塩。ほどよく沸騰中の鍋に突っ込む。
(4)部屋に戻り国際面、社会面、経済面を読む。経済面は後でもよい(*)。
(5)社会面の四コマを読み終わり次第、台所に向かう。
(6)ほどよく茹で上がった麺をざっと湯を切り、丼に放り込む。
(7)共同の冷蔵庫からキムチを取り出し、お好みだけぶっかける。
(8)キムチとパスタよく混ぜ合わせて、残りの紙面とともに箸で食う。
 * 生活面などに寄り道をするとウドン様のものを食う羽目になる。


メニウその2:ゆで卵
(1)卵と鍋と水を用意して台所に立つ。
(2)卵を鍋に入れ、卵にかぶさる程度に鍋に水を注ぐ。
(3)鍋を火にかけて部屋に戻り、薄い本(*)、ないし夕刊を読む。
(4)読み終わったら台所に行く。
(5)鍋を開け、卵を取り出して殻を剥く。
(6)殻を取り除いた卵だけ食う。
 * 火事爆発を起こしたくなければ本の選定には気をつけること。
   なるたけ薄い本、できればブックレット程度。
   ただしあまり薄いと卵が半熟になるので注意。


メニウその3:万能うどん
(1)慎重に、一椀ちょいくらいの水を鍋に入れ、火にかける。
(2)パソコンの起動、オンライン接続の後、ヤフーページを指定する。
(3)冷凍うどん、めん液(濃縮2倍)、野菜を沸騰している鍋に放り込む(*)。
(4)ヤフーページで本日のニュースをチェック。その後某新聞サイトを指定。
(5)鍋の中身を丼にあけて、部屋に持ち帰る。
(6)某新聞サイトの最新の情報とうどんをじっくり食う。
 * 野菜はできるだけたくさんがよろしい。
   キノコ・海藻類・肉も入れてよろしい。
   ただし、柑橘類はやめたほうがいいらしい。縮緬雑魚は骨にいいらしい。



以上、私の発明料理(?)三種である。
タイミングもこれでばっちりのはずであるが、
速読・遅読・ADSLの方々は注意されたし。
一番難しいのがゆで卵で、私はゆで卵を「焦がした」ことがある。
そのときは文庫の文字のポイントが小さかったのである。おのれ角○……。

ちなみに私の包丁は、この一年間行方不明のままである。
まな板はこの四月に一階の悪友Aに貸してしまった。多分帰ってはくるまい。
しかし、彼女は週に一度料理の日を決めて、作ったものを小分けに冷凍し、
弁当まで自分で作って持っていっている料理好きだ。
私のところで腐ってゆくよりは、まな板もよほどマシだろう。
というわけで、忘れたことにしようと思う。


-

- 2001年09月16日(日)

「堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます。
 実にひらめきかがやいてその生物は堕ちて来ます。

 (一連略)

 けれども堕ちるひとのことや、
 又溺れながらその苦い鹹水を
 一心に呑みほさうとするひとたちの
 はなしを聞いても今のあなたには
 ただある愚かな人たちのあはれなはなし
 或は少しめづらしいことにだけ聞くでせう。

 けれどもたださう考えたのと
 ほんたうにその水を噛むのとは
 まるっきりちがひます。
 それは全く熱いくらいまで冷たく
 味のないくらいまで苦く
 青黒さがすきとほるまでかなしいのです。

 (一連略)

 こんなことを今あなたに云ったのは
 あなたが堕ちないためにではなく
 堕ちるために又泳ぎ切るためにです。
 誰でもみんな見るのですし また
 いちばん強い人たちは願ひによって堕ち
 次いで人人と一緒に飛騰しますから。」
         宮沢賢治『春と修羅・補遺』より


1:
私は他の子供たちと同じく宮沢賢治の童話を読んだ。
子供ながらその不思議な言葉の並びに酔わされた。
水底に青白い星の透けるような硬質な透明さ。
風に両手を広げて抱きしめるような寂しさと親密さ。

深く太く恐るべき小暗い根を持つ昔話でもなかった。
子供向けに空想と世間知と砂糖を混ぜた童話でもなかった。
いっぱしに子供の本の量をこなしていた私にとって、
それは「分類不可能」な、不可解な本だった。


2:
私は詩歌をほとんどちっとも解しない。

かなり幾度も、噛み付いたり、何時間も文字を見つめたり、
口に出して読んでみたりしてみたが、
詩はおよそ、紙面にべったりとはりついたまま、
剥がれもしなければ、私の中に入ってきたこともなかった。

私は詩的理解というものには、無縁である。


3:
「わたくしはどこまでも孤独を愛し
 熱く湿った感情を嫌ひますので」
         宮沢賢治『春と修羅・補遺(序)』より


宮沢賢治について、私はこれまたちっとも知らない。
が、何か生物学の本を読んだときに、末尾にちらっと載っていた
「ライスカレー」にまつわるエピソードを読んで、へええと思ったことがある。

その本が手元にないので、うろ覚えであるが――

宮沢賢治の家には、よく農業の発展に熱心な若い男女が集まった。
そのうちの一人の女が宮沢賢治に思いを寄せていた。
この女が、夕食当番か何かだったのだろう、ある日ライスカレーを作った。
皆食べたが、宮沢賢治は「彼女の作ったものは食べません」と言って食べなかった。

それだけの話なのであるが、これに付して本の作者が言うには、

宮沢賢治は、その女が嫌いだったのではなく、ライスカレーが嫌いだったのでもなく、
「詩作」「農業活動」「家族」の三つ全部をとることが不可能だと思っていたのである。
また「家族」に縛られて自分の理想とする、誰にでも公平で自己犠牲的な生き方を失い、
我が子可愛さに囚われて視野が狭くなり、私利を図るようになることを恐れた。
だから、彼女の作ったライスカレーを食べることができなかったのである。

つまり、このライスカレーは、エデンの園のリンゴであったと言いたいらしい。
ならば宮沢賢治は見事誘惑を退け、楽園にとどまった!
めでたしめでたし!

……そーか?(ぼそり)


4:
私は、この「ライスカレー」事件より他に宮沢賢治の感情生活について知ることがない。
あとは妹とし子の死を歌った『無声慟哭』を睨みすぎて消化不良を起こしたくらいである。
だが、宮沢賢治がただ単に楽園からの落下を免れた天人であるとはとても思わない。

なるほど彼は、「熱く湿った感情」の中には落ちなかった。彼はこれを徹底的に避けた。
彼が落ちたのは、硝子のように硬質で、冷たく、透き通った青い闇だった。
それは肉欲や血肉の愛情の罠や暗がりよりも、遥かに暗い業、暗い落下だっただろう。

苦痛に耐えうるものほど多くの苦痛を背負わされる。
自己犠牲を惜しまないものは最後の肉のひとかけらまで毟り取られる。
善良であるというのには、無限の強靭さを持つ意思がいるのだ。

自ら願って得たその青く澄んだ落下の最中、彼はどんな地獄を見ただろう?


5:
人間感情の泥濘、「熱く湿った感情」の温もり、
ああ――釈迦なら、ライスカレーを拒みはしなかった!
口に合うかどうかはさておき、あのインド人は、乳粥は食べた。
だがあなたは、苦く冷たくかなしい水だけを享けようと言うのだ。

自己犠牲は人間の道ではない。夏目漱石流に言うなら天の道だ。
全て極度の強さ、善意は非人間的だ。戻っておいで、どうか。

非人間的なまでに青く澄んだおだやかな眼差しを持って、
非人間的なまでに強く孤独なやさしい魂を連れて、
一切の熱と湿り気を拒絶して、
そしてあなたはどこに行こうというのだ。

あなたは青白くりんりんと光る夜鷹の星を描き出し、
それをあなたの予感としたが――だが、あなたは人間をやめようと言うのか。

戻っておいで、あなたの道は黄泉路だ。
あなたの飛騰は人間からの脱出だ。
あなたは私たちをどこへ誘おうと言うのだ。

グスコーブドリよ、風の又三郎よ、カムパネルラよ。

青ぐらい修羅のみち、と、あなたも言ったではないか。
わかっているはず、どこへも行けはしない。
戻っておいで、帰っておいで。そしてライスカレーをおあがり。
これが人間世界の聖餐なのだよ。


「人間は何と人間らしからぬ沢山の望みを抱き、
 とどのつまりは何とただの人間で止まることでしょうか」
             小林秀雄『私の人生観』より



-

- 2001年09月15日(土)

爪ばかり伸びてゆく。
牙ばかり尖ってゆく。
私の翼を見てはいけない。


1:成熟
犬は五歳の子供の知能しか持たないと言う。
裏返して言うなら、犬は、五歳の子供として成熟してゆくのだ。

五歳は成熟して六歳にはならない。五歳には五歳の成熟がある。
騙されてはいけない。それは生長ではない。

それは狡猾で、しかも閉塞している。
子供の顔と背丈のまま年老いた顔を見るがいい。

その汚い、気味悪い、人間とはもはや見えない猿のような顔を見るがいい。


2:生長
昨日の己の死を目覚めて知ること。
今日は異なる生物として己を見出すこと。
明日には見知らぬものとなること。

日ごと粘液からのたくり出し、手指から血を流し、世界を1から数えなおす。
昨日の算法はもはや役に立たず、明日には今日の算法も役に立たぬと知りながら。

昨日の骸を取り片付けながら、その異類の足の数を数えて反吐を吐き、
明日の異形の卵がぶつぶつと背中に植え付けられているのを見て反吐を吐く。

異臭を放つ、黄色い反吐の道だ、それの通った跡は。


3:青い門
見るがいい。その開いた門の先は掃き清められて清潔だ。
硝子のように透き通った空気はどこまでも澄んでその先は青く明るく消えている。

見るがいい、そのおとのない静けさを。
なんという懐かしさをおまえに与えるのだろうね、そこは。

おまえの心臓は握りつぶされたようだ。
涙は、満ちて、満ちて、地面につくほどまでにうな垂れた
おまえの顔から滴り落ちる。

おまえは、その青を見つめている間だけ、自由だ。
おまえは、その青のことを考えている間だけ、人間の形に戻れる。

――にも関わらず、おまえは行ってはならない!


4:慟哭
青い門は既に遠く去った。呼び戻す術はない。
今やおまえは、内臓を引き抜きたいほどの悔恨に襲われている。

泣き叫べ、哀れなおまえよ。
汚れた猿よ、多足類の怪物よ、できそこないの魔物、うす汚い蛆虫よ――おまえよ。

泣き叫べ。


……――私よ。


-

- 2001年09月14日(金)

第三回:始まらなかった物語編

1:あったこと、それともなかったことなのか。

私は良き魔物。一つの魂を探している。
炎から作られた我が身にかけて、唯一の神の御名にかけて、ただ一つの魂だけを。
それは、そもそものはじめから私の伴侶だった。
分かち難きを分けたもうたのは、神の御業。

(こう前置きして、その魔物は言葉を始めた)

夜の砂漠、露の滴る大地の憩いのとき、私は初めて目覚めた。
私を作るのは、輝く青い炎の奔流。
創られたばかりの私を前に、神は静かに言われた。
全ての魔物は欠けている。魂を探せよ。
かくして全ての魔物の負う宿命を、私もまた内に刻まれて生まれ落ちたことを知った。
そうとも、全ての魔物は欠けているのだ、旅人よ。
だからこそ我らは人間に纏わり、時には害を時には利を与える。
我々は、我々とは、捜し求めるものなのだ。

(私は言った。「だが人間もまた己の平安を捜し求める」
 すると魔物は笑ったようだった)

汝等の平安は汝等の内にある。だが、人の子よ。
我らの平安は、我らの外にあるのだ。

(私はそれ以上、魔物の邪魔をしようとは思わなかった。
 そこで魔物は続けた)

灼熱の陽光に焼き付けられながら、砂漠のうわべを彷徨する遊牧の民の天幕を探した。
月光の下、白銀に輝く海の面を行く船の狭い船窓から内を覗いた。
湧き出る泉のほとり、 なつめやしを育てる者たちの白い土の家に訊ねた。
豪奢を極める秘められた後宮でさえ、私の探索を逃れることはできず、
商人たちの集う市場、 騎士たちの遊ぶ馬場 、奥まった路地裏の静かな家々、
皆、私の訪問を受けなかったものはなかった。
だがどこにもなかった。私の平安、私の魂は。
嘆きは幾世紀の上に続き、彷徨は幾万の日と月におよんだ。
輝かしいこの身の青い奔流も、絶えることなき嘆きにより色褪せるかと思われた。

だが、至高の神は称うべきかな。
その前に隠されたるものなく、詳らかならざるものなし。

                    (2000?)


2:ジンニーア、あるいは雛形か

 少女は青ざめた頬にゆっくりと微笑を浮かべた。
 ひどくぎこちなく、ひどく苦しげな笑みではあったけれど――

 ――それでもそれは、笑みと見えた。

「――ああ」

 ハールーンは呟いた。その言葉は激しい風に吹き攫われて誰の耳にも入りはしない。
 そうだ、聞こえるはずがないのだ、少女には。聞こえるはずが。
 だのに。
 言葉は止まらない。

「あなたは――おぼえていてくださったのですね」

 ハールーンがあるのは高い塔、少女が立つのは城壁の頂き。
 二人を隔てているのは血臭を含んだ風の吹く膨大な空間と、埋めえぬ恩讐の溝。

「ジンニーア」

 手をのばしたとて届かない。ハールーンの強い手であっても。

 微笑する少女は身じろぎもしない。髪を覆う布だけが揺らめいている。
 約束したかのような沈黙の中にも息を殺す軍勢は足下の大地にひしめき、少女のわずかな合図があれば、再び動き出すだろう。

「……いいでしょう」

 ハールーンは刃を抜いた。
 かすかに音立てて黄金の鞘を逃れた鋭い切っ先は優雅に湾曲し、
 深い淵を覗き込むような青さは刀身を染めている。
 乱戦の中では数え切れぬ兵士を切り裂いてきたというのに刃こぼれ一つなく、脂も浮いてはいない。
 たった今鍛冶場の炉から出てきたばかりのように、澄んで、青い。

「この血はあなたに差し上げる」

 ひたり、と刃を喉に押し当てる。その冷たさ。
 遠い少女の頬には笑み。ハールーンもまた微笑した。少女よりも深くまた柔らかに。
 ハールーンは全身に負った幾創もの傷を忘れた。汚名を忘れた。滅ぼされた家を忘れた。
 父と母の死、幼い弟の死。憎しみ。裏切り。ハールーンは忘れた。

 そのようなものは、どうでもよかったのだ。

 遠いはずの少女の微笑だけがハールーンの上にあった。

『最期に見るなら――』耳に蘇るのは遠い言葉。『――あなたの笑顔がいい』

 過去は瞬間に立ち返り。あまりにもあざらかに甦り。
 そのとき吹いていた微風の具合さえ。
 揺れていた天人花の茂みの緑さえ――少女の髪に落ちていた陰と光の綾さえ。

 ハールーンは親しく笑う。少女の微笑はわずかに震える。そして。

 ハールーンの手に力がこめられる。そして。

 刃が。

 ――刃は。

 乾いた音をたてて転がる鋼。
 真紅の虹は束の間美しく、やがて薄れて消えた。少女の微笑と同じく。
 そして二度と戻りはしない。

 ――少女の微笑と同じく。

                     (1999?)


-

- 2001年09月13日(木)

第二回:対話編

1:アル・シムーンとアード・アル・ファドル

「恐れないのか、アル・シムーン。あれは魔物だ」
「知っているよ、アード。だが俺に何ができる?」

「聖者に頼むがいい。都だけだって片手に余るほどの聖者がいる」
「俺がそうした連中を回ってみなかったと思うのかね、アード」

「どうにもならなかったのか?」
「聖フサインを知っているな?」

「ああ。だがあの方は先月亡くなったのじゃなかったか」
「そうだ、アード」

「まさか」
「見ている前で、一瞬だったよ、アード」

「これから、どうするんだ?」
「どうにもできまいよ」

「あれはお前に何を望んでいるんだ、アル・シムーン」
「それがわかれば、それがわかればな、アード」


2:アル・シムーンと女魔

「それがわかれば、と、言うのか。それがわかればな、と。アル・シムーン、そなたは」
「・・・・そう言った」

「では訊ねよ。そなたは妾に訊ねさえしていないではないか。訊ねよ、アル・シムーン」
「答えるつもりなどないのだろう、女魔、お前には」

「訊ねよ、と、言った」
「だが、何と?」

「愚者を装う者は愚かぞ。それくらい承知しているものと思っていたが、アル・シムーン。
 いや、承知しているのだな、そなたは」
「お前は俺自身より俺の事をよく知っていると見えるな」

「それでいてそのようなことをぬけぬけと言ってみせる。
 そなたは訊ねようとも知りたいとも思ってはいないのだ。違うか、アル・シムーン」
「それだけよくわかっていれば、答えの必要もあるまい」

「アル・シムーン、そなたは何を恐れているのだ? 妾自身か? それとも妾の答えなのか?
 意固地な子供さながら全てを跳ね除けようとて身構えた宰相、そなたは何を恐れている?」
「眼前の魔を」

「それともこのくちづけを」
「……あるいは」


3:アル・シムーンと女魔��

「誰を待っている? あるいは何を? アル・シムーン」
「・・・・何も。・・・・誰も。ここは静かだ」

「これだから人間というものは。
 目も見えず、耳も聞こえない。
 そのくせ自分ではわかったような顔をしているのだから全く鼻持ちもならぬ」

 聞こえぬか、アル・シムーン。
 この無数の歌が。あらゆる静寂を織り上げる。あらゆる言葉を織り上げる。見よ」

 全ての歌の中で最も力強い歌が来たり来る。夜の調べはその調子を変えた。
 ――全ての世界の歌うただ一つの歌の名は、そなたの耳には届かないのか」
 高くまた低く、そなた自身も一つの調べ、一つの響き。
 聞け、アル・シムーン。聞け」

「俺には聞こえない。だがお前の声なら聞こえる。お前の言葉なら聞いていたい」

「妾は魔ぞ」
「知っている」

「わからないのだ、そなたには。何一つ」
「そうかもしれぬ」

「そうなのだ」
「あるいは」


4:アル・シムーンと女魔��

「咎めはせぬ。咎めはせぬよ、アル・シムーン。後代の史家のようには。審判を下す者のようには。
 妾は訊ねよう・・・・妾はただ訊ねよう。そなたがその母にしたように、静かに、何気なく。
 なにゆえ、と」
「このように言う。女と魔に信を置く者は愚者、と」

「そして妾はその両方、と?
 否、そなたの調べはそのようなことを妾に告げてはおらぬ。憐れよ、アル・シムーン。
 死に臨みながら、なお真実はその唇を越えることがないのか。
 死に臨みながら、なおそなたは言葉を知らぬ者のように語るのか」
「皇帝には恨みがあった。殺す理由があった。母と父の仇だ」

「二度までは許そう、アル・シムーン。
 だが、次に空言を言えば、妾はそなたを見捨てて立ち去ろう。
 そなたは母を愛したことなどなく、父を愛したこともない。
 故に皇帝をその息子を怨む理由はないのだ」
「言わねばならぬか、女魔よ」

「地の底まで沈黙を守って行くか。それでは死の眠りも安らかなるまいよ」
「復活の日まで待ってはくれぬか、女魔よ。そこではいかなる秘密も暴かれる」

「あいにくと、妾はそのときには立ち会わぬ。そなたに会うのはこれが最後」
「代価は何だ? この取り引きは公正なものなのか?」

「アル・シムーン。憐れよ、アル・シムーン。
 そなたの調べは真実をあらわにすることもできぬほど、激しく揺れている。
 激しく揺れ動いている。だが、これが最後と知れ。妾はもはやそなたに会うことはない。
 伝えたい言葉があるならその唇で、伝えたい思いがあるならその言葉で言うのだ」

「だがお前は愛など知らぬではないか。
 俺の言葉の全てを尽くしたとて母上が振り返らなかったのと同様、お前も振り返るまい」

 俺は嫌なのだ。俺は我慢できぬのだ。
 思いを隠して押し隠し、隠し通して終るのは。
 傷などないふりをして平然と歩いてみせるのは」

 俺は泣き叫ぶ。笑うのか? 笑わば笑え。俺はもう疲れた。
 愚かと笑え、女魔。俺は砕けた。世界の美しさが俺にとって何だ?」

 お前なくば眼前の世界も暗い。
 再びお前に会うことはできぬというのか。ならば天国も地獄も俺には同じ。
 全ての道がこの目に暗い。お前を愛している。だが、お前は魔だ」

 お前は魔だ。
 俺は恋するべきでないものを恋した。
 俺は愛するべきでないものを愛した。
 だが裏切りがなにほどのこと、汚名がなにほどのこと、絶望がなにほどのこと」

 ……俺はお前を愛している」

「我が物となれアル・シムーン」
「答えは否だ」

                (1999.6?)


-

- 2001年09月12日(水)

第一回 詩(もどき)

1:

なべてはかなきもの、鋭く薄く脆い硝子。夜の静寂のそのきらめく霜の針。
――朝の光と共に失われゆくもの。

目覚めよと呼ぶ声、夜の明けゆくを告げよ。
目覚めよと、覆いを取り灯火を消せよと。
見よ、今や太陽は上り来る、創造当初の威容を誇り。
見よ、今や影は大地の随所に蹲り、老いたる王の如く己が敗北の時を知る。

なべてはかなきもの、夜のおぼろな夢。一切に先立ち大海に沈む夜の紫黒。
――滅びをさだめとする多くの子ら。

目覚めよと呼ぶ声、祈りのとき至るを告げよ。
今こそ目覚めて祈りに座につけと告げよ。
見よ、今や夜は追われゆく、不義を犯した女の如く。
見よ、今や朝は槌、奔流ともなりて夜の滓を削りやる。

我が子よ、我が子よ、我が子よ。
聞け、汝らやがては滅ぶ。滅びはさだめ。
汝らやがては滅びて、来し方へぞ帰り行く。

               (2001.01.17)


2:

大地よ、熱暑の大地よ。
一年は二つに分かたれる。
半ばは渇き、半ばは潤う。
半ばは死、半ばは生。
さながらハリ・ハラのごとし。

               (2000.01.3)


3:

わたしをいらないものを、わたしもいらない。

歪んでいるのは世界だ。
歪んでいるのは私だ。

わたしのいない、世界にゆきたい。


天と地の果てにたつひとへ、どうか教えて。


                (1999.10?)


4:

大河は一つの巨大な時計であった。
海へ流れ出る水の全ての一滴は、落ちれば戻す術のない、時の量り手なのであった。

飽くことなく――限りなく辛抱強い終末は――
  時  を  量  る。
                  (1999?)


5:
A
夜のしじまが轟き渡る
星の軌道が耳を聾する

夜の静寂の轟き渡る
星の軌道の耳を聾する

B
ここにはあらぬがさいわいの
夜のこごりの滴りの
おとなきおとのきこえくる

むおんのおとのやどりなる
ゆめのはざまのそのはての
静かなるゆめのきこえくる

C
えんらいのしずけさ
うみのかそけきちんもく
ねむりのそこのよどみと
めざめのうえのよどみと

そのさかいのとどろき

めざめはひとつのねむり
ねむりはひとつのめざめ
わたしはいない、どこにもいない
わたしはいない、ここにはいない

D
おとなきおとのとどろき、わたしにつげる

らくえんはとおく、
ちへいのむこうよりもとおく
らくえんはちかく
ひふとちとにくよりもちかく

            (1998?)



-

- 2001年09月11日(火)

今回、パソ乃さん�兇鮟ね�に出すにあたって、
泥縄式にあわててあれこれバックアップを取った。
私は横着な人間なので、勉強関係のファイルは別として、
普段はバックアップなんて取りゃしないのである。

さて、前にバックアップを取ったのはいつだったかと考えると、
今年の三月、パソ乃さんからパソ乃さん�兇悗琉�継ぎをしたときだった。
しかもそのときFDに移したファイルは、それっきりである。

確か20枚くらいになってたはずだが、どこやったけ、と探してみた。
出てきた出てきた、23枚、番号もラベルもつけないFDがざくざく……

私の脳みその稼動記憶はせいぜい三ヶ月、
はて、いったい何を入れてたっけ、と、お留守番で来ている
パソ奈さん(ダイナブック。ちなみにネット接続でけん)で開けてみた。

……パソ子さん時代のものも含めて4年分のマイ書き物だった。

今から読んだら笑止千万なファンタジー小説(36×40で250枚)とか、
これは確かどっかにアップした記憶のあるSF(40×36で200枚前後)、
など大型のものはもちろん、や○い全開同人モノ、古典ひねくり回しモノ、
詩、雑記、読書感想文、大量の書きかけ小説類、書かなかった小説の構想……

とにかくもう、あけるたび、こんなものあったのか!
という私不思議発見でした。

というわけで、埋め草代わりに、何とか読めそうなもの列挙。
もちろん読まなくてもよし。(笑)


-

- 2001年09月10日(月)

突然ですが、都合到来。
ってか、限界到来。

パソ乃さん�兇領个量犬麓�まらず、
いかに色調をいじってもダマせない状況です。
一大決心、修理に出すことにしました。
パソ乃さん�競▲促紂次�大きくなって帰っておいで。(涙)

メール、Q、その他、オンライン手段は全て途絶します。


-

- 2001年09月09日(日)

遊園地に行ってまいりました。
所は千里、万博公園前、エキスポランド。
今年はかなりUSJに客を食われていますが、大阪の遊園地の老舗です。

遊園地――。
実はもう、長いことそんな世間並みの遊び場には
ご無沙汰していたのですが、最近、タダの券貰ったのですね。
入場券と、特設お化け屋敷『大江戸魔界列伝5・番町皿屋敷』のセットで
四枚手に入ったので、高校時代の悪友どもを誘って、出かけました。

メンバー、私、親友、悪友C、悪友D。
大人しくお化け屋敷だけ見て帰りゃあいいのに、ゲートをくぐるなり、
四人揃って、ふっとジェットコースターに目を奪われる。
誰も何も言わなかったが、既に次なる行動は決定されていた(笑)


エキスポランド乗り物一日フリーパス。大人一人、3200円也。(入場料別)
乗りました、ええ乗りました。モト取ってやると気合をこめて。

ジェットコースターだけで6つ。
「風神雷神2」「オロチ」「サラマンダー」「ミニコースター」
「ワイルドマウス」「ダイダラザウルス」
……回ったり落ちたりひねったり上がったりくねったり。

水モノでは「バックスピン」「スプラッシュ・ウォーター」、
濡れ鼠だよ、「スプラッシュ〜」……バケツで水浴びせたみたい。

ぐるぐるモノでは「トップスピン」「ロトズシェイク」。
空に放り出されそうで、とてもステキ。でも酔う(ゲハァ)
回りものはまだたくさんあったけど、乗らない。吐くから。

ゆったりモノでは「観覧車」「ゲートなんちゃら(←忘れた)」
「幽霊屋敷」「サイクルなんちゃら(←忘れた)」
「ロスト・ワールド」……ゆらゆらぼけぼけがちゃんキャッ☆

忘れちゃいけない「大江戸魔界列伝5・番町皿屋敷」
……たかが遊園地とバカにできません、怖かったです。
これ、役者がお菊さんとか演じて客を怖がらせるんだけど、
ほんとに怖いんだよー……
お菊さんが、追いかけてくるんだよー……


遊びました。
身も蓋もなく遊びました。気分はピチピチ女子高生(……)。
明日はきっと、微妙に筋肉痛です。
あー、疲れた。
あー、楽しかった。


-

- 2001年09月08日(土)

1:
私の友人たちの間では、犬派よりも、猫派が有力だ。
中にはキャットフードの小袋をいつも持ち歩いているような猛者もいる。
私の周りにも、犬より猫の方が多い。
大学には異様に人懐こい黒猫、白猫、ミケ、トラ。
それはもう、春はあちこちでえらいことになっている。
寮のおばさんはシャムを一匹と、黒猫をダースで飼っていて、
夕方にはよく、あかんよ、と、子供を叱るように叱っているのが聞こえる。

私は、猫も好きである。
というのは、犬の方が好きだということだ。
ただし、どの犬でもいいわけではない。
犬族だというだけで好感は持つが、
私の深く愛するのは、私の犬だけだ。
それは、犬派全体の偽らざる心境だろう。
どの犬でもいいわけではなく、自分の犬だけが好きなのだ。
他の犬に対する好感は、その余禄に過ぎない。


2:
私の犬は、7月15日の生まれ。
父親は、はっきりしない。
母親は、従兄弟の家の雌犬で、名前はキャンディという。
二歳のときに最初で最後の妊娠をして、一腹、八匹の子犬を産んだ。
八匹のうち六匹は、母親と同じ赤っぽい茶色の毛皮、
一匹は手足の先に白い手袋かぶっている他、全身黒く、
一匹は、二十日鼠のように白かった。

重なり合って母親の乳房を取り合う子犬たちは、
薄暗い納屋の隅で、小さい高い声をひっきりなしに上げていた。
私は生まれたばかりの黒い、目もあいていなかった子犬を選び、
生後二週間したら貰って帰る約束をした。
もう十年も前のことになる。

やってきた子犬は、しばらくは我が家の玄関に、
もう少し大きくなってからは庭に住み、
どこの子犬でもやらかすような悪戯、失敗、一通りやって大きくなった。
食い破られたサンダルは数知れず、
庭の芝生に開けた大穴も数知れず、
春ともなれば月夜に浮かれて脱走すること数知れず。

私の子犬、私の犬だったので、散歩は私の仕事だった。
たいてい欠かさず行ったが、たまに疲れ果てたりしていて
夕方から眠ってしまったときなどは――朝方、情けない鳴き声に起こされた。
……そして親父に叱られた。

私は中学生から高校生、大学生になった。
大学を終えて、少し遠くに下宿することになった。
犬――は、連れてゆけなかった。


3:
母は電話で私に愚痴る。
あたしがつれて散歩に行くとね、
あの犬は、少し放してやっただけですぐさま逃げ出すんだよ、と。
呼んでもちらっと振り返って、そのまま走っていくんだから、小面憎い、と。

それは実際、私の弟でも、親父でも同じこと。
あれは私の犬で、私以外の誰の犬でもないのだから。
それは、私も、私の犬も知っている、厳然たる事実だ。
そうして、それは、少々離れた場所にいても、少しも変りはない。

私は、月に一度は実家に帰る。
誰も何も言わずとも、あたりまえのよう、私は犬を連れて散歩に出る。
長い、長い散歩に。


4:
私はブラブラ、引き綱を肩にかけて歩く。
雨に濡れた獣道を外れて竹林に入り込んだり、
池に突き出す渡り板の上に足をかけたり。
虫をみつけて観察なども。
寄り道、道草、鼻歌も。

犬はザクザク、伸びに伸びた夏草の間を走る。
鎖の範囲を忘れて気軽に走る。
池にザバザバ入り込んだり、道端の草をかいだり。
マーキング、気晴らし、水分補給も。

私と犬は時々すれ違う、偶然のように。
私は前を向いたまま、ざらりと犬の毛皮を撫でて、先へ行く。
犬はすり抜けざま、道が急に狭くなったよう、私の足に脇腹を触れさせてゆく。
姿が見えなくなれば、私は口笛を吹こうさ、短く。
するとたちまち、どこかでガサガサ、茂みを掻き分けて黒い頭がのぞく。

――ここにいるよ。
ああ、そこにいるね――。

私は犬を、あんまり見つめはしない。
犬は私を、あんまり気遣いはしない。
それでも、私は犬を、犬は私を、忘れはしない。
この距離を、自由な息遣いを、互いを所有することを、私たちは愛する。



時が過ぎても、私たちの散歩には、永遠に終りがないように。


-

- 2001年09月07日(金)

誰も(多分)知らないマイキャラの話パート2

その1:
フィン・エリオシュ
 32歳(確か)195cm(多分)104kg(記憶が確かなら)。
 職業軍人。金髪と赤銅色の肌。性格、悪党(なはず)。
 武器、バスターソード。豪腕、絶倫(と思いねえ)。

まだ継続しているサイトさんなので名前は出せないんだけど、
18〜19世紀くらいのヨーロッパ風設定の独自世界サイトで使ってました。
好きでしたねえ、悪党(笑)

両親はフィンと妹が幼い頃に死んでしまったので、
ずっと二人で生きてきた、という設定がありました。
しかし天性の乱暴者(笑)フィンは村でも町でも衝突、
結局、飛び出す格好で軍隊に入り、任地へ赴いた、というわけ。

茶場では、他人様に因縁つけまくり、喧嘩し放題、上官には不服従、
……いやあ、楽しかったなあ(笑)
でもって、行動掲示板には、切々たる妹への手紙。ってか、兄バカ丸出し(笑)
チャではまず場を壊すから出したくない、キャラだって喋りたがらない過去を、
誰にも迷惑かけずにほつほつと演出できるのが新感覚でした。
設定魔人は、行動掲示板のあるトコが生かしきれて面白いかもしれない、と思いますね。

最後は、妹の死亡を演出して、それを契機に軍を脱走、
そのまま船乗りになっちまいました。
今でもどっか、海の上でよろしくやっているでしょう。


その2:
ランドルフ・オースティン
 18歳、182cm、68kg。
 短く刈り込んだ暗い茶色の髪、榛色の瞳。学生。性格、自己中心的優等生(?)。

こちらも、まだ継続しているサイトさんなので名前は出せません。
広い意味では学園サイトに含まれるのかな? 非常に雰囲気の好きなトコです。
このラの字、性格的にややこしく、ここのサイトさんでなきゃ、生きられなかっただろうなあ。

あまりにややこしいので説明するのもイヤなんですが、
茨とワイヤーロープと古本の絡まりあったような性格のランドルフ、
しまいには袋小路のどん詰まり的行動を繰り返すようになったので、
PLとしても私が責任もって転校させました(笑)

こういう内面的なキャラクターを創るのは実は初めてではなかったのですが、
しかし、ここまで伸びやかに(?)存在を許されたのは初めてで。
正直言って、楽しかったですね。
ダァク追求っぽく、キャラの心理的状態だけを追ってました。
発見も多く、表現の幅も増えたなーとか思うんですが、
しかし、心理をトコトン追うのもけっこう辛いもんだなあと、実感(笑)


3がなくて余談:
この二人、どっちも死んでないです。
死んでないですが、私の手から離れました。
使うことはもう二度とないでしょう。

キャラクターを生み出すというのには、不思議な面があって。
私だけなのかもしれないけれど、「出会い」なんですね。
彼らが自分の方から私を訪れる。私は彼らを綴る。彼らは私に彼らを教える。

長く止まるPCもいます。
彼らは私という直線と時折交わりながら遠くなりつ、近くなりつ共に行きます。
すぐに旅立ってしまうPCは。
彼らは直線です。遠方より落ちてきて私という直線と寸時交わり、そして同じ速さで遠ざかる。

短い間しか使わなかったPCだから大事にしていないということは、
だから、けしてないのです。
この二人は、もはや遠方に去り、帰らないでしょう。
それでも私はやはり、時折彼らを思い出しては、その記憶を愛するのです。


-

- 2001年09月06日(木)

うちの親父殿のお訓示

その1:
「事情は誰にでもある。約束は守れ」

いつも、私の言い訳はこの一言で封殺された。
私が五歳のチビスケの頃でも、である。
犬の散歩をサボったり、時間に遅れたりすると、これが出た。
言い訳をして、正当化をして、できれば、悪かった、と言わずにすませたい私でも――
――ごめんなさい、と、言うしかなかった。

現在では、私は遅刻は断じてしない。
が、同時に、他人の遅刻もかなりの程度に許せないし、待ち合わせ自体に神経を使う。
ので、もしかしたら、損をしてるかもしれない。
ちなみに、寮の共同規則なんかは、今でもたまーに忘れる。
………おばちゃん、こないだは、ゴミ捨て当番の日、忘れてゴメン(涙)
先は長い(ふぅ)


その2:
「やりたいことをやれ。やりたくないならやるな」

私はお稽古事の続かない性質で、ピアノ・バレエ・合気道・体操……みんな、途中でやめた。
しかし、たいていは止めるに先立って、お袋さんとの壮絶な行きたくない戦争があったわけで――
たまたまそのとき親父がいると――これが出るのである。
突き放されたような気がして、たいてい私は泣きべそをかいた。

しかし、ゴネようにも相手のいなくなった最近、そうだなあ、と、思う。
人生には、本当に好きでないことをだらだらやったり、
やりたくないやりたくないとゴネてる暇はないのである。
今なら、そんな暇がありゃ、本の一冊でも読む。
いや、たまーに、ゴネるためにゴネたりは、するけど。
先は長い(ふぅ)


その3:
「有用な資格を持て。他人にはそれしかおまえを判断する基準がない」

就職前に、さんざん言われた。
なにかこう、無闇に反論をしたい気になるセリフではあったが……
しかしまあ、言われてみればそのとおりなのである。
とりあえず漢字検定2級と、図書館司書の資格をとってみた。
が、特に就職に役立った、っつーわけでもなく。
とってみた、というのに止まっている。

このセリフで、自分というものを客観的に見ようと務めようと思い始めた。
その結果が、時間分割やら空間分割やらである。……この日記のどっかに書いたぞ。
自分が他人に見える存在なのだ、ということを気付かせてくれた、という意味で、
このお訓示の意味は大きい、かもしれない。
………だらだらした翌日は、誰にともなく言い分けしたくなるが。
先は長い(ふぅ)


余談:
うちの親父について、最近良く考える。

田舎の農家の八番目、末っ子で、家はお世辞にも豊かとは言いがたく、
兄弟で大学に行ったのは親父だけである。
それもえらい苦学生だったらしく、学生時代の話をさせると、
バイトとまずい飯と世話になった一番上のアニキの話しか出てこない。

大学卒業後は名の通った会社に入り、堪能な語学を買われて、
27でお袋さんと結婚してからも、家族を連れて海外に転勤数知れず、
さらにその転勤先でも妻子ほったらかして年の半分は出張でお留守。
40を過ぎてゴルフを始め、娘や妻に邪険にされつつシングルにまでなる。
50を過ぎても他に人がいないと新しい仕事に回され、現在奮闘中。

寝言は五カ国語放送、
短気だし聞き分けがないと容赦なく子供殴るし、
「ちょっと引っ張って」と指引かせて臭い屁はひるし、
日曜の朝はこっそり起きてゴルフ場にドロンだし、
最近とみにビールで腹が出てきてるし顔の形崩れてきてるし、
チェスで負けそうになると盤をひっくり返すし、
寝起きは鬼のように悪い。

一度した約束は守るし、どうしても守れなかったら子供にでも謝るし、
自分のやりたいことは誰が何と言ってもやるし、
国家資格をダースで持ってて、まだ毎年なにやら資格を取ってくる。


こんな親父を持った娘は、いったいどうすりゃいいのだ。


私の基盤はしっかりこの親父の確かな強い枠にはめられて、
私はそこから始めるより他にない。
そこから始めて、そうして、私自身の形を作るのだ。
それは、そのような強く確かな枠から始めなければできないことなのだろう。

私の中の頼りないもの、私の中の曖昧なもの、私の中の震える暗いものは、
その確かな枠の中にいるからこそ、腐ることも肥大することも、本体を蝕むこともなく、
この枝にあって、確かに存在することを許されている。
私はそれを正視し、見つめ、肯定し、支配されるのではなく支配するための足場を与えられている。

親父さんについて、私は好きとか嫌いとかいう感想を持たない。
父親だな、と、思う。
私には、父親がいるのだ、と、思う。そうして、母親も。
私は奇を衒わない。私は常識人であることを望む。常に足を地につけていることを。
そうして、遥かに遠くへ行くことを、豊かに生きることを望む。

お袋さんについては、また、書く。


-

- 2001年09月05日(水)

1:
市議会議員の選挙が近い。
宣伝カーは朝な夕な
いつもは静かなばかりの私の部屋まで騒がせる。

蝉の声はもう聞こえない。
夜は私は長袖の寝巻きを着る。
傾く日差しに百日紅は色褪せた。

夏が終わる。


「 ああ 夏よ去れ
  心明かすな
  棲みつかぬ
  季節よ失せ行け
  切れ切れに

  惑ふ我かな  」

      小林秀雄『夏よ去れ』より


2:
私は14の年まで熱帯で育った。
夏の国が私の故郷だ。私の多くの記憶はそこに属する。
今、秋を通り路として冬への旅へと急かされる。


私の郷里は――

光る枝葉を撓わせる椰子の木に私は郷愁を持つ。
午後の陽光が黄金色の蜂蜜のよう広がり、時は足を止めたよう――

私はまどろむ。まだ、すっかり眠っては、いない。
読みかけの本がはらはらと指に添ってこぼれてく。
瞬く私の視線は、低い。
毛足の短い絨毯の上、斜めの陽光は延びて、白い壁に四角くかかる。
私は瞬き、目を閉じる。
裏庭の椰子の葉の、そよぐ。硬い葉の擦れ合う。

半ば眠りながら、とりとめもなく私は思う。
明日の宿題、十日遅れでつく少女雑誌のおまけ。
切れ切れに、うとうとと、私は夢見る。
ぼんやりした影や、誰かの面影や、日本に帰ってしまった友達のこと。
私の髪に音のない風触れてくる。そうっと、撫でるように。
眠りさそうのは、どこか、とおい、ものおと――……

「 僕は睡らうか……

  電線は空を走る
  その電線からのように遠く蝉は鳴いている
  葉は乾いている
  風が吹くと揺れている
  葉は葉で揺れ、枝としても揺れている

  僕は睡らうか…… 」

       小林秀雄『中原の死』より孫引き


3:
夏、は、いいです。
夏、は、好きです。

渇いた埃の匂いと、重量さえ持つかのような、鋭い真昼の日差し。
誰もいない、見知らぬ町の街路を、歩きたくなります。
その峻烈な明るさと、沈黙と、孤独に、切り裂かれることを思います。

夏の終り、日差しが透明になり、もう町は遠くまで陽炎に揺れることもなく。
夜の空気がひんやりと肌に添うようになります。
あれほど鬱蒼と、あれほど色濃く茂っていた桜の緑葉が、
――黄ばみ、乾き、落ち始めます。

私は、知らず知らず、家路を思うのです。
帰りたいと思うのです。

夜行列車の夜明けになつかしい町にたどりつき、
なつかしい部屋の扉を開けても。
そこはやはり、私の故郷ではないのです。
次の夏までの、長い旅路に、私は自分がいることに、気付くのです。


…………………………


…………九月に入ったら、パソ前で寝込むもんじゃねぇや。
ハナが止まらん……。


-

- 2001年09月04日(火)

1:
父方のじいさんの葬式を憶えている。
土葬の慣習のある村なので、遺体を収めた棺桶を、墓地に運んだ。
深く掘った縦穴に、棺桶をゆっくりと下ろして、
上からシャベルで土をかけた。

棺桶が見えなくなり、穴が埋まり、
その上にどれほどか土が盛られて。
私の後ろに立ってた親父が言った。
「一年たったら、棺が腐って、土の重みで落ちるから、
そしたらまた上に土を盛り足すんだ」

戒名を書いた棒杭が立てられて、
埋葬は終り、皆で坂道を登って家に戻った。
少し雲のある秋の始めの日だった。
長い坂の上まで、喪服の人々がほつほつと、
見えない糸につながれた黒い数珠球のように並んで上ってた。

ふと。――ふいに。
百年たてば、ここにいる人は、みんな、
やっぱり埋められて、一年後にまた上から土を盛り足されているのだと思った。

とても明るくて、とても広く、とても寂しかった。


2:
弟が生まれた晩を憶えている。
親父は例によってどこぞ南の島に出張中で家におらず、
私と姉に寝ているようにと言って、母は病院に電話をかけた。
少しして、上の階に住んでいる母の友人が、
母を病院に送るためにやってきた。

寝かしつけられた蒲団の上で、
暗い部屋の向こう、襖の隙間から居間の灯りを見ながら。
私にできることはなんにもなかった。

次に起きたときには父方のばあさんが来ていて、
今朝、弟が生まれた、と、言った。

生まれるということ、は、私にいつも、
寝たふりをして襖の隙間から見ていた居間の明かりを思い出させる。
低い母の声を思い出させる。

それはひどく孤独で、ひどく、寂しく、陰惨でさえ、ある。


3:
17の夏に、中国に行った。
長江を下った。
川というにはあまりにドでかいこの代物は、
地平を埋め尽くして赤く、流れているのかいないのかすら、曖昧で。

船の舳先に立って、私は川面を見下ろしてた。
顔を上げた。


「行くものは、斯くの如きか、昼夜を措かず」
             『論語』より


渺茫として流れ下るこの赤い巨きな水面が、哀しかった。
私の愛惜してやまない史中の人物全て、この流れに飲み込まれたのだと思った。


この巨大な流れは、

一切を余すことなく抱きしめて、
その記憶を深く抱いて、
身もだえすることさえできず、
嘆きに身を破られ、
嘆きのあまり形をなくして、
  ――なお

流れつづけているのだ。


夜には、遥かに水平線から月が姿を顕すだろう。
月は川面に往時と変らぬ姿を映し、
川面は月を往時と変らず映すだろう。
嘆きはそのとき凝固して身じろぐこともできず、互いに見入るばかりであろう。

時に川はその嘆きに耐えかねて堤を破り氾濫し、
咆哮し、荒れ狂い、全ての波頭を矛と換えて触れるもの全てを打つのだろう。
実に、そのような瞬間を度々持たねば、耐え切れぬ嘆きであったろう。
死ぬことができれば、幾千度でも死んだだろう。

私は、自分の手が短すぎるのが哀しかった。
両手を伸ばして、地平を抱き取りたいと思った。
両手の間に、この巨大な川を抱き取りたいと思った。
そうできないのが、哀しかった。


4:
この頃、とんと小説を読まない。
作為や自己顕示、美化や卑下がバカらしく感じられるようになっては、
とてもではないが小説は読めない。
今は評論やら随筆を読んでいる。
そのうち、それも読めなくなるだろう。
表現はそれ自体、作為を前提とするのだから。
その枠から、出られないのだから。
そうしたら、実世界に出てゆく他ない。

そうして、私はそれを薄々予感している。

そのとき私は読むことをほとんど止めるだろう。
そうして書くこともまたほとんど止めるだろう。
読むことは休憩に過ぎなくなり、
書くことは外部記憶の更新に過ぎなくなるだろう。

そのときが、私の、生まれるときだ。
それはやはり、陰惨だろう。

そのときは、私の、死ぬときだ。
それはやはり、明朗だろう。

そうして、ひどく――寂しいだろう。
私を抱き取るものはいないだろう。
私を抱き取る術はないだろう。


だがそれが、どうしたというのだ。
どうあったって、生きてゆくのが人間だ。
どんなに蹉跌いたって、その歩みが生きるということだ。
十全な人生を生きるつもりはない。


-

- 2001年09月03日(月)

9月に入ると、毎年思う。
……また一つ、年拾うんだな。

世に馬齢を重ねるという言葉があって、
ムダに年拾ってちっとも賢くならぬことを言う。

最近、長寿効果ともあいまって精神的な年齢の発達が遅くなり、
大体、実年齢の七割だ、と、言う。

私は、私の中にもいろいろ年齢があると思う。
例えば。



1:
「意思」の年齢。

というのは、自意識が生まれてくるのは、
どー考えても肉体的に生まれるのより後、だから。
そうして自分自身であるという自覚、
どうしたいのかという意思が生まれてくるのは、
それよりもっと後だから。

この年齢は、自分自身であろうとしてきた歳月だけを、カウントします。

私は、じゃあ、これ、何歳か。
うーん、そうだなあ。
………6歳?
ようやくのたのた、歩き出したところ。


2:
「感情」の年齢。

感情は、多分生まれたときからあるのです。
が、これとまっすぐ正面からとっかかり、
どーにかしてやろうという根性で格闘し始めるのは、
割りに、遅い。

この年齢は、自分の感情を理解し、これをどーにかしようと
じたばたしてきた歳月だけを、カウントします。

私は……んー……8歳。


3:
「人間」の年齢。

人間と書いて「じんかん」と読みましょう。
これは、人の間で、人と真正面からとっかかり、
どーにかしよう、どーにかしたい、という情熱をもって
人に関わっていった歳月だけを、カウントします。

私。え、と。………1歳? ……六ヶ月?




…………。
うちの親父さん曰く、「誰でも平等に一年に一つずつ年拾う」。
でも、本当に年をとるのって、きっと、大変。
いいとし、とろう。

………誕生日は、9月20日。


-

- 2001年09月02日(日)

私的オカルト体験記

1:
小学校の高学年くらいまでだろうか、
本を開くと、奥の方から風が吹いてきた。
冷たい風もあれば、熱い風もあった。
強い風もあれば、弱い風もあった。

本を読むかどうかは、その風の具合で決めてた。
……あんまりアテには、ならなかった。



2:
高校二年生の頃、秋の夜、叔父が死んだ。
その日の、夕方。
まだ病状も急変していなかったとき。

学校の帰り、本屋に寄って、立ち読みしてた。
不意に聞こえたのは、羽根の音。近い、大きな羽ばたき。
振り返る、と。

鳥などいるはずなかった、本屋の二階。



3:
大学一年のとき、友達を部屋に呼んで。
さんざんお喋り、夕刻、送り出した。
その、あと。

有田焼の香炉に、香をたいて、煙の流れを、見てた。
風のない部屋の中、ゆらゆら、煙は細く長くのびて。

ふと、見上げると。
子供の拳ほどの、煙の塊。……煙?

動かない白いもやもやしたものと、どれくらい見詰め合ってたのか。
ちょっと目を放したすきに、消えてしまった。



余談:

 おばけなんてないさ、おばけなんてうそさ♪


-

- 2001年09月01日(土)

1:
ここをのぞく可能性のあるひとが
まず会ったことがない(だろう)キャラ。
という前提でもって、キャラについて、ちこっと。


ジンニーア:
 御年10歳のお子様。性別女。ただし人間に非ず。
 絹の緩いズボンと、繻子の上着、銀の鈴のアンクレット。
 褐色の肌と、背中半分くらいまである巻毛。
 怒ると硝子のように透き通り、輪郭を満たす青い炎が揺らめくのが見える。
 気まぐれかつ傲慢、自称は「妾」(わらわ)、素直で甘えんぼ。
 理知において賢者に勝り、力においては太陽に並ぶ。
 善でもなく悪でもなく、自然のように、気まぐれ。

マーリド:
 御年12歳のお子様。性別男。ただし人間に非ず。
 白い長袖のシャツ、細身の灰色のズボン、黒い靴。
 きちんと刈り込んで後ろに撫でつけた黒髪はやや癖あり。褐色の肌。
 礼儀正しく、動きは優雅。レディ・ファストを旨とする。が、実は女好き(笑)
 雰囲気は植民地時代のインドの坊ンっぽく。芳香と憂愁を帯びた。
 自称は「僕」。静謐の空気。本性は宝石のごとく揺らがぬ青い炎。


2:
この二人(?)、どちらも、イスラームの言う「魔」、ジンの類です。
「煙のたたぬ炎」から創られた、とコーランにあります。
だから、ゲームとかでも、炎の魔物として書かれることが多いですね。
ほら、FFで、イフリート、っていう、炎の召還獣、いるでしょう。
イフリートもジンの一種です。

ちなみに、マメ知識。
・ジン(複数形)→ジンニー(単数形・男)
        →ジンニーア(単数形・女)

・イフリート(複数形)→アファリート(単数形・男)
           →アファリータ(単数形・女)

・マーリド……は、知らない。よく魔霊と訳されてます。

力関係では、マーリドが一番強いっぽいです。次にイフリート。で、ジン。
ジンは、魔物の総称として多く使われるようですが、幽霊もこれで呼びます。
あ、いたずらっ子を叱るときに、「この子鬼(アファリート)め!」
みたいな使い方もします。

あ、でも、ウチのキャラの場合、ジンニーアは、
太陽や海や風と同様、世界の純粋な破片なので、強いです(笑)


3:
………ネーミング、ほーら、そのまんまだ。(笑)
名前って、あんまり凝らないんです。
でも、この二人(?)、とても好きです。
兄妹みたいな感じに似てますね。
創った時期も、登録してたサイトも全然違うんですが。
どっちも私の魔物だからしょうがない。

ファンタジー、好きなんです。
でも、ファンタジーサイト、水のあうとこ、ないんです。
だから、今は二人とも繭の中。
永遠さえなにほどもない子供たちですから、
ゆるゆると永い眠りを眠っています。

………といって。
実は、眠るこの二人、夢を見ています。
ジンニーアは、自分と似た小さな女の子の夢、
マーリドは、なることのない大人になった夢。
わかるひとには、これでわかっちゃうでしょう。(笑)


4:
うちのPCたちは、死亡率高いです。
まず半分くらいは死んでます。
それでも、一度創ったキャラクターは折に触れ浮かび上がり、
新しいキャラクターたちの中にその影を映したりすることもあるので、
PLはけっこうびっくりです。
というのは、裏設定って、あんまり考えないから(笑)

ただ、そうですね。
私は、自分のキャラクターたちがとても好きなので。
時々、掌に宝石でも転がすようにして思い返します。
特にジンニーアは、その頻度が高いです。
いつか起こすか、起こすことがあるのかどうかは、わかりませんが。
そんなこととは関係なく、ただ思い出すためだけに。

うちの連中がそうコロコロ死ぬのは、
PLの愛が足りないからじゃなくて、PLのDNA引いてるからです。
といって私が常習リストカッターなわけではなく(笑)
ただ、死ぬことも生きることの一部だと思ってるということです。
納得いこうがいくまいが死ぬこともあるってのをわかってるということです。
絶対、地縛霊にはならないタイプの人間ですねえ。(笑)

あ、自殺説は勘弁です。
去年流れました。(笑)
この日記続いてるうちは、生きてると思ってください。
この日記途切れても、多分飽きただけでしょう。


-

∨



 

 

 

 

ndex
past  next

Mail
エンピツ