ケイケイの映画日記
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2022年05月31日(火) 「トップガン マーヴェリック」




すごーい!めちゃくちゃカッコ良くて、面白くて、感動した!日頃トムちん大好きを公言しておりますが、前作の頃は全然問題外の若手俳優でした。私がオールタイムで一番好きな俳優であるポール・ニューマンとダブル主演した「ハスラー2」も当時同じ頃公開で、私が好きだったのは、当然「ハスラー2」の方。だから「マーヴェリック」にも全く期待無しで臨んだのに、とにかく心が躍って感激しました。監督は「オブリビオン」でトムと組んだジョセフ・コシンスキー。

史上最高の伝説のパイロットでありながら、規律を守らず破天荒な性格故に、昇進とは無縁の人生を送っているマーヴェリック。今回も除隊の危機に、ある人物の推薦で、自分も出身である「トップガン」の教官として赴任します。しかし、若くプライドの高いパイロットたちは、伝説の人物であるマーヴェリックに懐疑的。おまけにかつての親友である亡きグースの息子、ルースター(マイルズ・テラー)もおり、マーヴェリックに敵意の目を向けます。

先程、アマプラで前作を再見。ほんと、今回のオープニングとそっくりですね。前作の監督は亡くなったトニー・スコット。あの有名な音楽やケニー・ロギンスの「デンジャーゾーン」まで流れて、前作やスコットへの敬意をとても感じます。

若いルースターやハングマン(グレン・パウエル)らの軋轢や友情も、前作を踏襲。私はグースを演じたアンソニー・エドワーズ@「ER」のグリーン先生(私の理想の男性を具現化した人)も大好きで、今回息子の役が、あまり覚えめでたくないテラーで嫌でしたが、出て来た時の口髭姿が、グースを彷彿させてにっこり。パブで「火の玉ロック」をピアノ演奏するシーンまで来ると、もう完全に違和感払拭。今回パブがマーヴェリックの元カノ、ペニー(ジェニファー・コネリー)の店で、広く大きくなっているので、とても華やかでした。かつてグースが同じように演奏しているのを感慨深くマーヴェリックが思い出すシーンで、こちらも涙腺が緩みます。

このペニーなんですが、今日前作を見返していて、ちゃんと名前だけ出てきました。今回もその時の設定がペニーの口から語られます。見返す前は、???でしたが、ケリー・マクギリスの代りなんでしょう。うん、男女の愛は必ず入れたいのよね、トムは。

ケリー・マクギリスは、続編にオファーされても断ると言っていたとか。理由は年齢相応(60代半ば)な外見になり、太ったからですって。うーん、女優さんとして、その気持ちは解りますが、私はマーヴェリックと別れて後、善き人生を歩んだ彼女が観たかったです。

最初はマーヴェリックに懐疑的だったパイロット達ですが、一緒に飛行し、マーヴェリックの卓抜した技術に、バッタバッタなぎ倒されて以降、平伏すことになるのも小気味良いです。

同僚を亡くす辛さを一番知っているのは、マーヴェリック。上司のパイロットたちを捨て駒にして死に晒す作戦を、身体を張って阻止する姿にも涙。トムちんお約束の、愛と勇気と友情が、全編に渡って炸裂しています。

今回飛行シーンは、前作から30数年経過しているので、格段の進歩です。まず戦闘機が違う(当たり前)。それとコックピットの中が異様にリアルに感じて、とにかく緊張しました。戦闘機に乗り込むときって、オムツするよね?しない?今までそんな事を想起した映画はなかったですが、そう思う程緊迫しました。

アイスマン(ヴァル・キルマー)登場にも涙。若々しいままのマーヴェリックに対して、病を得てすっかり老け込んだアイス。しかし二人の友情には、上下関係も病も年月の隔たりもなし。示唆に富んだアドバイスをマーヴェリックに送ります。トムがキルマーの再登板を熱望したそうで、「友情好き」のトムらしい。時々迷走する友情好きですが、今回はガッチリ決まりました。

任務遂行が結構されてからの展開も、危機また危機の潜り抜け方が奇想天過ぎて、もう(笑)。でもとても絵面が良く、大スター、トムちんの座長映画だもん、許して(笑)。最後は多分この人が出てくると予想した人が、来てくれます。困惑してパニくるルースターに、「お前の親父に聞け」と言うセリフ、ユーモアたっぷり、グースがまだマーヴェリックの中で生きているのが判り、私は好きです。

トム大好きを公言する私ですが、大好きになったのは、この20年くらいでしょうか?(トムが一つ年下)。トムの映画で燃えた事はあるけど、あんなにハンサムなのに萌えた事は一度も無し。その辺が同じ好きでも、マッツやデンゼルとは違うところです。では何で燃えるのか?彼を観ているとね、やっぱり私はハリウッドが一番好きなんだと確認出来るから。

解り易いヒューマニズムに富み、アクションや仕掛けに工夫を凝らし、ワクワクドキドキさせながら、あー、面白かった!と、大味ではない(時々安いが玉に瑕)感動が共存する作品。そのどれもこれもが水準以上です。こんな俳優、今時トム・クルーズか、作品のベクトルは違うけど、トム・ハンクスくらい。いつもいつも、私を元気づけてくれたのは、ハリウッド映画じゃないかと、感謝の念すら湧くのです。誰かに何かに感謝する気持ちって、尊いでしょう?私には、その俳優がトム・クルーズなんです。

あの大胸筋観た?上腕二頭筋観た?36年の年月を経て、同じく海辺でフットボールするシーンが出てきますが、ほぼ同じく体型を保っているのに、驚愕しました。今年還暦で凄すぎる。ストイックに生きているんでしょうね。三度の結婚に三度の離婚。サイエンストロジーと言うカルト宗教に入信と、それなりにスキャンダルもあるけど、スターにはスキャンダルだって華ですよ。二股とか不倫とか依存症とか、無いじゃない?そこも好きだな。多分変人でしょうが(笑)。

とにかく全編に躍動感・馳走感・爽快・痛快・感動にユーモア、郷愁と、エンタメ要素、何でも来いです。日米で大ヒットしているようで何より。前作知らなくても、問題なく楽しめます。トムちん、愛しているよ〜、私が死ぬまで映画撮ってね!




2022年05月22日(日) 「流浪の月」




観ながらずっと、これ原作は良いのだろうなぁと思っていました。長尺の割には説明不足、冗長に感じる場面もしばしばです。メッセージが尊いのは理解出来ましたが、私には決定的に破綻しているのでは?と感じる箇所があり、私的には何で巷でこんなに高評価なんだろう?と、少々謎です。監督は李相日。今回はネタバレです。

10歳の更紗(白鳥玉季)は、雨の日の公園で傘をさしてくれた19歳の大学生、文(松阪桃李)と出会います。家に帰りたくないと言う更紗に、「うちに来る?」と尋ねる文。そのまま楽しい日々を過ごす二人でしたが、二か月後、文は更紗の誘拐犯として逮捕され、終焉を遂げます。15年後、ファミレスでアルバイトする更紗(広瀬すず)は、一流会社に勤める亮(横浜流星)と同棲中。ある日同僚のシングルマザー安西(趣里)に誘われたカフェで、店主として働く文と再会します。

子供らしい素直さと明るさの反面、家庭に屈託を抱えている更紗。父は亡くなり、母は男と出奔。親戚に預けられるも、そこの中学生の息子に、性的虐待されています。寄る辺ない身の上は、この事を誰にも告げられず、彼女が家に帰りたくない気持ちは充分理解出来ます。小学校時の更紗を演じる白鳥玉季が秀逸。面差しが広瀬すずに似ており、彼女の好演で、更紗の本質は明朗だと記憶できます。

対する文は、大人しくて優しいですが、暗い。性的な接触は更紗に求めず、後々彼に付きまとうロリコンではありません。しかし下心無しに19歳の男性が小学生女子と暮らすのは不自然で、彼にも何かあるのは明白。晩御飯にアイスクリーム、寝そべってピザを食べる更紗。「怒らないの?」と文に尋ねるので、これは以前の家庭での名残でしょう。私は躾が悪いと感じましたが、微笑む文には、新鮮に感じたのでしょう。後述、文の母親(内田也哉子)は、息子から正しい事しかしないと語られるので、躾は厳しかったのでしょう。そこから抑圧されて育ったのかと推測しました。

松阪桃李は、ちゃんと二十歳前後の男性に見えました。役作りにだいぶ痩せたのでしょう、眼差しに鋭さと純粋を湛える、屈託を抱える文を上手く演じています。

正に魂が共鳴、呼応したんだなと、ここまでは問題なし。幼い更紗はともかく、ほぼ大人と認識される年齢の文でも、自分の孤独を癒してくれる更紗の存在は尊かったはずで、浅はかさよりも、覚悟を感じました。

成人してからの更紗は、自分を偽って生きているのが解る。同僚とのシーンしかり、亮とのセックスしかり。相手に合わせてばかりです。何度も出てくる「私は可哀想じゃないよ」と言うセリフ。必死で自己の確立を保つ心を支えているのは、文との二か月です。

その他は、色々疑問が。15年前の事件って、今でもそんなに記憶があるのかな?名前を聞いただけで、直ぐに繋がるものなのでしょうか?往々にして好奇心に晒されるのは理解出来ますが、こう周りがみんな「更紗はかつてロリコンに誘拐された子」と、表立って本人に言いますか?それも被害者側に。確かにネットに晒される恐怖は事実ある事です。でも15年は本人はともかく、周囲、それもその時全く無関係だった人には、風化させるには十分な年月です。この辺は人によって見方は変わると思います。

文はこの件で、少年院に入ったと語り、更紗は自分の我がままと、事情聴取で従兄の性的虐待を言い出せず、文の罪を重くしてしまったと、謝罪します。これは疑問ですが、更紗が文に暴行されていないと立証出来たら、文は少年院に行かずに済んだのでしょうか?当時ギリギリ未成年の文に、精神鑑定はあったのか?このプロットがラスト私が「破綻している」と感じる切欠です。

二人の仲を引き裂こうと、ネットに文の過去と現在を画像入りで載せる亮。そこから瞬く間に拡散は解かる。いやいや、解り合えるのは世界で二人だけ、とは、充分に描いている。なら、手に手を取って誰も知らない場所に逃避行すれば?二人とも相手はいても独身。店は生前贈与して貰った資産で開いたもの。叩き売ったら、逃避行のお金くらい出るでしょう?19歳と10歳のような感情は保っていてもいいですが、今後の予見くらいは15年の歳月で分別つくと思いますが。

作中端的に一番上手く描いていたのは、亮です。「どうせバイトだろ?」「俺の飯は?」等モラハラ発言の数々に、言わなくても良い更紗の過去も家族に話す。帰る場所のない更紗をがんじがらめにしたいのでしょう。そして壮絶な更紗への暴力。田舎の農家の跡取り息子としてのプレッシャーは、帰郷の場面で感じました。他にもこの人にも何かあるんだな、は感じます。それを感じさせてくれたのは、横浜流星の好演です。その辺のイケメン枠の俳優だと認識していたので、敵役なのに、更紗に対しての執着に哀しみまで漂って、びっくりしました。

安西の八歳の女子、梨花を預かる更紗。男と旅行中の安西は、約束の日に迎えに来ない。文も一緒に梨花の面倒をみる。うーん、二人の過去を考えれば、あり得ない。周囲の口に上っている段階で、要らぬ誤解を生む行動は慎むはず。二人ともこれでもかと言う程、嫌な目に遭っているはずなのに。これくらいの人生の経験値はあるはずです。発熱で学校も休ませているシーンもあり。更紗が学校に休みの電話を入れれば訝しがられ、事情を言えば、即行学校から誰かが来ます。児童相談所に通報もあるかもしれない。

それと安西。迎えに来たと言うセリフだけで、謝罪も無く、「ロリコンに娘を提供した!」とのお角違いの訴えもなく、後始末が雑。更紗の小学生時代の行儀の悪さに加え、子供の状況を雑に扱い過ぎです。子供の環境を整えるのはとても大切で、とても手のかかる事です。家庭環境は、この作品の重要なテーマなのに、それをさらっと流し過ぎです。

結果は予想通り。しかし何もない文は今回は無罪放免。ここでまた謝る更紗に、文は全裸になり、泣きながら自分の秘密を明かします。ここはぼかしているので想像ですが、文には性的な第二次性徴が来なかったのでは、ないでしょうか?端的に言うと、性器が成長しなかった。母に自分の発育不全を問うているシーンもありました。

文が性的な興味を持てないのは、恋人(多部未華子)とのシーンで解ります。私は無性愛者だと思っていましたが、身体的なら話が違う。「出来ない」のと「しない」のは違います。少年院に入院する審議で、身体検査はあったはずです。その時、更紗への暴行疑惑は晴れたのでは?これは本人の意思とは関係ない話です。その事で精神鑑定もあったと思う。いくら厳しい文の親とて、息子の身体状況には悩みがあったはずで、裕福なら良い弁護士もつけられて、情状酌量があったと思いました。病院にも通院歴があると思われ、そこからの医師の見解もあったはず。無罪放免は無理でも、鑑別所では?更紗を性的に傷つけたかどうかは、重大な送致される審議になると思います。

文と更紗の心模様、文と母の親子関係、障害など、きっと原作は描き込んでいたのでしょうが、私は映画では二人に寄り添えませんでした。生い立ちからセックスを嫌悪し、自己肯定感の低い更紗。こちらも拭えぬ一生の屈託を抱える文。二人でしか分かち合えない感情は、性愛抜きの人間同士の愛情として、これは有りだと思います。これが救いかな?

撮影監督は「パラサイト」等のホン・ギョンピョ。月の光、水面の輝き、太陽のぎらつきではない優しい光など、美しかったです。「流浪の月」とは、これから流浪の果てにどこに行こうと、二人一緒に月を観ていく、との決意の意味かな?これもお話ししたくなる作品です。


2022年05月17日(火) 「シン・ウルトラマン」




公開二日目、IMAXで観てきました。場内満員でびっくり!男性率がとても高く、「パシフィック・リム」を思い出す(笑)。たまに女性の一人客もチラホラで、ウルトラマンフリークの三男にその事を話すと、「それは斎藤工のファンやろ」。そうか(笑)。やっぱり映画そのものを楽しみにしていた私は、少数派ですかね?私は面白かったです!脚本は庵野秀明、監督は樋口真嗣。

謎の禍威獣たちが出現し、大混乱の日本。政府は禍特対を創設。それぞれの分野から、班長田村(西島秀俊)、神永(斎藤工)、滝(有岡大貴)、船縁(早見あかり)、浅見(長澤まさみ)と精鋭が選ばれます。対策に苦慮している時、銀色の巨人が現れ、カイジュウたちと対峙。ウルトラマンと名付けられた巨人は、果たして味方なのか敵なのか?

私は「ウルトラセブン」は割としっかり記憶がありますが、「ウルトラマン」は当時小さすぎて、それほど記憶にありません。ですが、放送時観ています。なので先ずオープニング映像で、おぉ!そっくり!と懐かしくなり、空想特撮シリーズと画面に挿入しているだけあって、CGではなく、チープな感じを大切にしながら、当時の特撮を再現しているのに、心が躍ります。思い入れのない自分が、これ程感激するとは意外でした。「懐かしい」と言う感情は、本当に特別感があるもんだと痛感。場内埋め尽くす男性諸氏は、そりゃ感激したと思います。

カイジュウも、こんなだったよなぁ。ウルトラマンがスペシウム光線を繰り出す時には身を乗り出し、そうそう闘う時にはプロレス技だったよなぁと、またニコニコ。あちこちツボを押されまくりで、気分は上々。

浅見がウルトラマンに近寄り、「綺麗・・・」と微笑みますが、私も同じように思いました。銀色に輝くスマートなフォルムは、とても端正で美しい。品格があり、神々しくさえあります。正義か悪か、一目瞭然でした。これ当時と比べて、何か工夫していたのかな?撮り方?

内容は、ざっくりシリーズをまとめているのかな?メフィラス星人(山本耕史)の話が主軸でした。地球を侵略したい外星との戦いって、そっくりそのまま世界の構図ですよ。こんな壮大な内容を、お子様向けドラマでやっていたんだ。当時大人は深読みしただろうし、子供は子供で地球を守らなきゃ!と理解していたはず。そう、国ではなく、地球を守るのよね。「子供騙し」ではなかったから、当時子供にも響き、未だにファンがたくさんいるんですね。

巷で噂になっている長澤まさみの「セクハラ」疑惑ですが、大仏状態の時は、確かに少々ドキッとしましたが、長澤大仏様が、のどかだったし、倒れ込んだ後、超大型のブルーシートを被せていたので、それ程気になりませんでした。匂いをクンクンと言うシーンも、私は嫌悪感はなかったです。、賛否両論出てきて、あぁ成る程ね、そう思う人もいるのは理解出来ます。私が気にならなかったのは、長澤まさみと斎藤工だったからじゃないかな?二人共美男美女で、セクシーな役柄もこなしますが、今回の長澤まさみは、明朗快活で、理想的なサバサバ女だったし(自称ではない。自称は地雷が多いよ)、斎藤工は無機質でミステリアスな中に、絶妙な情感を漂わせていました。「生」は息づいていましたが、「性」は感じなかったなぁ。取り敢えず私は不問です。と言うか、これで作品をを否定されるのは、辛いですね。

出色だったのは、山本耕史の四文字熟語を愛するメフィラス。何かもう、出てくるだけで場面をかっさらって行きました。特に熱演とか好演と言うのではなく、この役に「山本耕史」がズバッとハマったのでしょうね。

途中で「セブン」とごっちゃになって、はっ?何で神永の身体に入ってるの?ウルトラ星から来たんじゃないの?となり混乱しました(帰宅して三男に教えて貰う)。他は神永=ハヤタ隊員で、ハヤタはもっと明るかったよなぁと思いましたが、今回のミステリアス神永に段々馴染んできました。(ついでに「セブン」で、アンヌ隊員が「ダンは星に帰ったのよ」と言うシーンで、一緒に泣いたのを思い出す)。

残念だったのは、ウルトラマンのスーツアクターで有名な古谷敏、ウルトラマンの黒部進、毒蝮三太夫に桜井浩子と皆さんお元気です。チラッとでいいから、お顔が拝見したかったなと思いました。

確かに大人向けですが、お子さんが観ても小学生以上なら、それなりに理解出来ると思います。男性諸氏は黙っていてもご覧になると思いますが、女性も充分楽しめますので、どうぞご覧あれ。



2022年05月10日(火) 「死刑にいたる病」




わーん、怖いよ〜!サスペンスタッチの社会派かと思ったら、思い切りサイコ・ホラーでした。観ている時は、あれこれツッコミましたが、全容が解かってくると、なるほどなぁーと、とても納得出来ます。監督は白石和彌。今回も相性がいいなぁと実感しました。

パン屋を営んでいた榛原大和(阿部サダヲ)。24件の猟奇的な殺人が立件され、死刑判決を受けています。中学生の頃、大和のパン屋の常連だった筧雅也(岡田健史)の元に、獄中の榛原から手紙が届きます。23番目までは確かに自分の犯罪だが、24番目は違う。それを証明して欲しいと言う内容です。刑務所の榛原に面会に行った雅也ですが、その後、憑かれたように、事件の後を追います。

何が怖いかってね、近くにいる人みんな、サイコパスの榛原の虜になるんです。近所のお爺ちゃんは、榛原が殺人鬼なのを理解しているのに、脱獄してきたら、匿うと言うし、当初厳しかった、看守まで取り込む。こんなの中学生から大学生みたいな「大人未満」なんてね、赤子の手を捻る様なものです。

自分に沼落ちさせる手練手管がもぉ。とにかく愛想が良い、優しい、気配りがきく。そして情緒が不安定な者を見抜き、褒めて褒めて、自己肯定感を上げる。

コミュニケーションの極意みたいですよ(笑)。捜査するため、犯罪すれすれの暴走を犯し、母親(中山美穂)と榛原が、昔知り合いだっただけで、自分を榛原の子だと思い込む雅也。怖れと嬉しさの入り交じった感情に支配される雅也。奇妙な選民意識が、彼の高揚感をもたらす様子に、背筋に冷たいものが走ります。普通殺人鬼が父親なんて、嫌を通り越して絶望するって。

榛原は知能が相当高く、快楽殺人犯で多分サディストでもある。美男子ではなけど、親しみやすい愛嬌のある顔、柔らかな物腰。でも彼は、人を殺さなくては生きて行けない。そして、捕まって獄中の中でも、人の心を弄び、自分の代りに犯罪者に仕立てようとする。

何が怖いって、その様子を面白がって嘲笑するのではなく、温かく見守っているわけですよ。だから、心寂しい獲物が、どんどん榛原の元に集まるわけ。「死刑にいたる病」と言うタイトルは、死刑になって貰わなければ、その獲物たちを救えないから、かな?

サダヲちゃんが怖いよ〜!激昂する場面は皆無。気持ち悪さも皆無。紳士的で常に微笑み周囲を翻弄する榛原。芸達者だとは思っていましたが、この作品は榛原が魅力的に見えるかどうかで成否が決まる作品です。いつものサダヲちゃんなのに、全然違うサダヲちゃんが観られますので、お楽しみに。

私もだけど、あれこれツッコミがあったと思いますが、洗脳されたら、あんなものだと思います。一途になってしまうと言うか。だから怖い。私なんか凡人だから、いちころだと思います。くわばらくわばら。唯一、接見しているのに、沼落ちしなかったあの弁護士さん、普通に見えたけど、本当は凄い人なんだよね。何故沼落ちしなかったか?そこは描いて欲しかったです。

オチの捻りにまた背筋が寒くなる。サイコパスを見つけたら、君子危うきに近寄らず、ですが、どうやって見分けるの?そう思うと、外にも出られない。本当に本当に、怖いお話しです。




2022年05月08日(日) 「リンダ・ロンシュタット  サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」




すごく良かった!素晴らしい!私がローティーンの頃から大好きなリンダ・ロンシュタットの半生を描くドキュメント。偉大な歌姫の人生を描くことで、音楽業界の成り立ち、ロックアーティストの光と影、移民問題、恋愛と家族、そして歌への情熱。これらが全て、くっきり浮かび上がっています。リンダのファンであることが、誇らしくなる作品。監督はロブ・エブスタイン。ナレーションはリンダ自身です。

先ず私がリンダのファンになった切欠の曲がこれ。
「またひとりぼっち (lose again)」
当時私は中学生。関西のUHF局の近畿放送で、「ポップス・イン・ピクチャー」(通称「ピップ」)と言う番組があってね、当時人気DJだった川村龍一(当時は川村尚名義)が司会で、豊富な洋楽の情報とPVを流していました。今みたいにネット等ない時代です。毎週とても楽しみにしてました。その時流れていたのが、このPV。観ていて何故か涙が止まらない。まだ子供の私にも、恋人と別れて孤独に向き合う女心が、切々と歌い上げるリンダの熱唱から伝わってきたのでしょう。その直後、当時これも愛読していた「ミュージック・ライフ」で、グラミー賞受賞記念的に、リンダの特集が組まれていて、彼女の生きざまにとても感銘を受けました。思春期に出合うのは、本当に運命的です。そして即行買ったアルバムがこれ。グラミーを受賞した「風にさらわれた恋」です。




リンダの曽祖父はドイツ人。メキシコに移住して結婚。時が流れリンダの父はアメリカ人の母と結婚。メキシコ国境沿いのアリゾナで育ったリンダは、アメリカ人です。父は自営業ではあったものの、メキシコの曲で歌手活動をしており、ラジオから母の好きなポップスが流れ、クラシックも大量に聞かされたそう。このごった煮のような音楽の洪水で育った事が、リンダの歌手としての礎になったのだと思います。

豊富な当時のリンダやその関係者の映像や歌が流れるのに並行して、現在の様子もインタビュー形式で映されます。これがお宝もの。私はイーグルスで一番好きだったドン・ヘンリーが出てきて、すごく嬉しかった(イーグルスで好きな曲は、全部ヘンリーがリードヴォーカルだった)。映像のみだったグレン・フライも、存命だったら出ていたはずだと、少し感傷的になりました。盟友だったボニー・レイット、エミルー・ハリス、そしてドリー・パートン。男性ではジャクソン・ブラウンに恋人でもあったJ・D・サウザー。皆が皆、良い年の取り方をしてたのが、本当に嬉しい。「あなたとリンダはお似合いだったのに、何故別れたんですか?」と聞かれたサウザーが、苦笑しながら「知らないよ。リンダに聞いてくれ」と返事。振られたんだね(笑)。

リンダはカバー曲がとても多く、自分で曲は書いていません。ドリー・パートンは「他人が歌った曲であっても、理解を深めて深めて、自分の曲として表現することは出来る」と言い切ります。ドリーの若き日の映像の曲は、彼女が作り歌った「ジョリーン」でした。この曲はオリビア・ニュートン・ジョンも歌って大ヒットしたので、敢えてこの曲を選んだのだと思います。

私の大好きな「またひとりぼっち」は、カーラ・ボノフの曲です。リンダが取り上げた縁で、世に出たカーラも歌っていて、「この曲はリンダの圧勝よ」と微笑みます。でもこれは謙遜。リンダと対照的に素朴に歌い上げるカーラも、当時好評でした。要は歌い手が曲をどう理解し、表現するか?聞く大衆はどちらを好むか?なのでしょう。俳優は演技力と共に、存在感が重要視されるように、歌手もまた、歌唱力と共に、表現力が大切なのだと、今更ながら痛感しました。いみじくもリンダ自身、「私より歌が上手い人はいっぱいいる」と語るのは、でも表現力では誰にも負けないと言う自負からなのですね。

レコード会社がフォークからロック、ポップスと、大衆に好まれる物を敏感に先取りし、発掘していく過程も描かれ、マネージャーやプロデューサーの腕が、如何にアーティストに影響するかも描かれます。そしてツアーからツアーの生活の中、才能の枯渇に怯え、疲弊した心身を癒すのに、アルコールやドラッグに手を出す実態も挿入。

「男性のロッカーたちは、女性のシンガーを敵対視し、見下す事で自我を守る」と言う若き日のリンダ。ボニー・レイットは「いつも私たちは一緒だった。女性シンガーが少なく、寄り添って協力していく必要があった」と語ります。全部今の世にも通じる話しです。彼ら彼女らの語りを過去の物とはせず、今を生きる教訓とすべきだと思いました。

フォーク、カントリー、ポップス、ロックと、世の中の求めに応じてシンガーとして変遷してきたリンダですが、アーティストとして確立した後は、自分の内面と正直に向かい合い、変遷していきます。オペラに挑戦したのは知っていますが、映像を観たの初めてで、上手くてびっくり!声の出し方から、何から何まで今までと違うはずなのに、お見事でした。その後、レコード会社から「売れない」と反対されたのに、母が好きだったジャズのカバーアルバム、父親のルーツであるメキシコ音楽のアルバムを出し、いずれもヒットさせています。恋多き女としても有名なリンダですが、これでもかと、ストイックに歌に情熱を傾ける様子は、恋はしても、結婚しなくて良かったのだと感じます。

イーグルスはリンダのバックバンドだったのは有名な話。当時彼らの独立をバックアップしたリンダは、「女の子をサポートするのは、決してカッコいいことじゃないから」と、「ミュージックライフ」で読んだ記憶があります。ジャズの時は、「シナトラが歌えるなんて、とても嬉しい」と語ります。作品の中で、「自己肯定感が低い」と評価されていましたが、そうでしょうか?これは謙虚な人柄が反映された言葉だと、私は思います。それと真逆な、音楽に対しての強情さ。リンダの多面性が伺えます。

同じ時代に人気のあった、同じくカントリーから出発したオリビア・ニュートン・ジョンが、その美貌から段々女優然として垢抜けて行くのに対して、愛らしい容姿にも関わらず、どこか垢抜けない人だと、私はリンダに感じていました。もちろん、そこも魅力なのだけど。メキシコ音楽の事を表する時、劇中「泥臭い」と表現されて、あっ!と思いました。垢抜ける事は、メキシコのルーツを否定して、自分で無くなる事と、もしかしたら、思っていたのじゃないかしら?ストイックな彼女らしいな。

最後は甥と従兄弟とのセッションが流れます。祖母からの遺伝のパーキンソン病を患い、現在闘病中のリンダ。自分の思うように歌えない今、穏やかな表情に悔しさは伺えません。音楽に捧げた自分の人生に悔いなし、と言うところでしょうか?跪いて、感謝を捧げたくなりました。どうか心安らかに、一日でも長く生きて下さい。ありがとう、リンダ。


2022年05月04日(水) 「ホリック xxxHOLiC」


大好きな蜷川実花作品。めちゃくちゃ有名なコミックが原作なんですってね。何も知らないで「蜷川実花」だけで観に行きました。今回も素晴らしいビジュアル、登場人物の抜群のキャラ立ちで、堪能してきました。

幼い時から人に取り付く「アヤカシ」が見える、高校生の四月一日君尋(神木隆之介)。その事から人とは距離を置き、孤独な毎日を送っていました。ある日、蝶に導かれ、「ミセ」に迷い込んだ四月一日。そこには美しい女主人・侑子(柴咲コウ)がいました。四月一日の特性を見抜いていた彼女は、アヤカシを見なくなるようにしてやる。しかしそれには対価が必要、と四月一日に告げます。しばらく「ミセ」で家政婦をしながら考える時間を与えられた四月一日。「ミセ」で暮らすようになった頃から、同級生の百目鬼(松村北斗)やひまわり(玉城ティナ)との友情が深まり、今までにない充実感を覚える四月一日。しかし、彼には女郎蜘蛛(吉岡里穂)の魔の手が伸びていました。

「偶然は必然」「何かを手に入れれば、何かを手放す」「思考を停止すれば終わり」「同じ毎日を繰り返すのは堕落」等々、平易な言葉で人生の哲学を表します。これは原作かなり深いなと想起。私にはさらっと流されても深々響きますが、もっときちんと言葉を浮かばせて欲しい思う、原作ファンはいるかも。

四月一日とひまわりの孤独も、短時間でサクサク描いていますが、神木君とティナちゃんの好演で、これも伝わる。舞台挨拶のライブビューイングを映画の前に観ましたが、ティナちゃん、大人を超えて熟女化していたので、JK役大丈夫か?と危惧しましたが、ツインテールも可愛く、ちゃんと高校生に見えました。鰐淵晴子の若い頃に似てたのよな。知ってるか?そこのお若いの。めちゃくちゃ綺麗な人だったんだよ。画像置きます。





監督の特性は、とにかく色彩と美術の美しさ。耽美的で華麗、これでもかと盛沢山に描くのに、過剰と悪趣味の一歩手前感が、私には極上の時間をもたらしてくれます。視覚で入って脳が楽しみ、心が躍ると言う感じ。いつも中身が薄い、ドラマが描けていないと言われますが、私は年寄りなんでね、人生の経験値が、ガシガシ自分で脳内補足するので、今回も問題なしです。

蜷川作品は、有名どころの俳優が大挙出演して、それぞれ思わぬ役柄を演じてくれるのが、楽しみです。今回出色なのは、良い魔女と悪い魔女役の柴咲コウと吉岡里帆。

柴咲コウ、中世の人のコスプレか?のゴージャス衣装で、クレオパトラかと思いました(笑)。あんな衣装着て、服に負けないのは、私は柴咲コウしか知りません。完璧な美貌と技を持ちながら、呑んだくれの側面も持つ侑子を、強弱付けて好演しています。出演作も恋愛映画はほとんどなく、40を迎えても人妻役も母親役も演じない、稀有な女優さんの柴咲コウ。なので、四月一日との関係も、母性の温かさでも、男女の情感でもない、この包容力は何なのか?と考えていたら、きっと師弟愛なんだろうなぁと、辿り着きました。ラストを観たら、当たっていたようです。なんでもっと早く助けに来ないのか?と思っていましたが、ギリギリまで四月一日の力で頑張らせたかったんだね。あの見守りの仕方は、例えるなら母ではなく父だと思う。

びっくりですよ、吉岡里帆は。吉岡里帆と言えば、清楚なあざと可愛さが魅力の人。それが肌見せまくり、バスト寄せまくりのボンデージ風衣装に、性悪ビッチの、ゴージャスなお色気がムンムン。ツケマは三枚は重ねていたのではないかと(笑)。セリフ回しも、力を抜いて囁くように話し、すっかり見直しました。ブラボー!

舞台挨拶にも色気の話が出ましたが、神木君は自分は色気に無縁だと語っていましたが、起き抜けに一点を見つめる顔は、とても憂いが込められていて、私は初めて彼の事、セクシーだと思いました。蜷川監督は、本当に俳優の色気を引き出すのが上手いです。そんな監督でも色気を感じさせず、尚且つ存在感はマンモス級の柴咲コウは、別の意味で凄いね(笑)。きっと内面が相当に男前なんでしょう。

あの場面、この場面、描き込みが足りなく感じたのは、雑なのではなく、原作が膨大なので、表層的になったのでしょう。想像だけど。許してあげて(笑)。今回も大変満足でした。




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