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2002年04月10日(水) 調理師免許を取った理由��

2000年2月。

父が危篤状態に陥った為、私はしばらくの間、
学校に行く事が出来なくなってしまいました。

私の通っていた学校は電車で病院から帰る
途中の駅にあったので私は直接、担任の先生
に父の病状を伝え、しばらくの間学校には
行けない旨を伝える事にしました。

職員室で私が先生に父の事を伝えると
先生は私の置かれた現状の全てを理解
したくれた上で一言だけ私に
「学校の事は気にしなくていいから
 お父さんの側にいてあげなさい。
 何かあったら先生に知らせてね」
と、声をかけてくれました。

私は変に優しい言葉をかけられるよりも
先生の何気ないその一言に心から救われ
た気がしました。

私のクラスを受け持った担任の先生は
まだ30代の若い女の先生でした。

私やクラスのみんなにとって担任の先生は
教師と言うよりも、むしろ楽しい友達の
ような存在でした。

先生はお酒を飲めないにも関わらず生徒と
一緒に飲み会で大騒ぎしたりカラオケで歌
を熱唱したりと、私たちクラスのみんなに
とっては心から頼れるお姉ちゃんのような
存在でもありました。

私は家族以外に心の底から信頼できる先生に
私の心の中の辛い思いを理解して貰ったことで
思わず心の中の緊張の糸がほつれてしまい不意
に涙が出てきてしまいました。

その涙はいくら止めようと思っても止める事が
出来ずに私は先生と私以外には誰もいない夜の
職員室で大泣きしてしまいました。

赤の他人の前でこんなにも大泣きしたのは
後にも先にもこれが始めてのことでした。

今考えると、恥ずかしい限りですが・・・。

2月10日。
父が亡くなり、その後数日間は心の
整理をつける為学校を休んでいた私
ですが、しばらくして再び学校に通
い始めました。

久しぶりの学校に多少なりとも緊張
しながら教室に入った私ですが、
そこには以前と変わりない、いつもの
みんなの明るい笑顔がありました。

勿論、香典を頂いたり励ましてくれたりと
いろいろと気は遣ってもらいましたが、
必要以上に気を遣われることはなく私に
対してクラスの皆は今まで通りに何事も
無かったかのように明るく接してくれました。

そのことが私にとってはとても嬉しかった
のを今でもよく覚えています。

その後は秋の卒業まで、本当にクラスの
皆と共に楽しい学生生活を送ることができました。


・・・思い返すとホントに、
本当に楽しい1年半でした。


素晴らしい先生方に出会えたこと・・・。
楽しい友人達に出会えたこと・・・。
素敵な思い出が沢山出来たこと・・・。

この年齢でこんなにも素晴らしい
体験が出来た事を私は一生忘れる
事はないと思います。

残念ながら父に調理師免許を見せることは
出来なかったけど私はこの学校でかけがえ
の無い大切な物を沢山手に入れる事ができました。

学校を卒業した友人達の多くは飲食業
の仕事に付いてる為、学校を卒業して
からは、なかなか休みが合わず、会う
事が出来ませんが、今でもみんなかけ
がえの無い大切な友達です。

このクラスのみんなとならきっと、
同窓会で久しぶりに会ったとして
も昨日の事のように思い出を語り
合ったり、何事も無かったかのよ
うに心から笑い合える事が出来る
と思います。

調理師の専門学校に通うきっかけを作って
くれた父には本当に心から感謝しています。


パンチョ |MAIL

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