心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2012年01月10日(火) 薬物依存症者のアルコール摂取

アディクションという観点から見たとき、アルコールとその他の薬物に違いはありません。なにしろ、エタノール(エチル・アルコール)も「薬物」の一種なのですから。

ではなぜアルコール依存症のグループ(AAとか)と、薬物依存症のグループ(NAなど)が別になっているのか。

アメリカにおけるアディクション治療は、禁酒法(Prohibition Law、1919〜1933年)以降に発展しました。この時代は麻薬の取り締まりが強化、厳罰化されていった時代でもあります。麻薬が止められない患者が医師の管理の下に少量の麻薬を使用する「維持療法」というものがあり、当時これを支持する医師も多かったのですが、厳罰化のあおりをくらって禁止されてしまいました。麻薬中毒者は治療を受けられずに刑罰を受け、一方アルコールへの禁止は弱まりアル中は自由に飲んでいました。

アルコールは社会に受け入れられ、麻薬は禁止されていた。この違いがアルコール依存と麻薬依存を分けることになりました。

世界的に見ると、どの薬物が許容され、どの薬物が禁止されるかは、国によって違います。イスラム教文化圏では飲酒は悪とされています。日本では大麻(マリファナ)は禁止されていますが、公然と販売されている国もあります(これもイスラム圏では禁止されており厳罰の対象)。

法律で禁止されているかどうかは、実は大した違いではありません。「俺はヤク中とは違う」と言っているアル中さんも、もし日本でアルコールが禁じられ、ハシシュが許容されていたら、立派な薬物乱用者になっていたことでしょう。

アメリカの治療施設では、アルコールも薬物も区別していません。区別する必要がないからです。

しかしビギナーにとっては、この違いは大きな違いです。アルコールを摂取した経験談と、覚醒剤を摂取した経験談には、表面的が違いがずいぶんあります。この違いに注目してしまうと、共感を得ることができません。ビギナーがやってきて、会場にいる他の人と自分が同じ問題を抱える「仲間」であると感じられなければ、その人はグループに定着できず、助けを得られないでしょう。(表面上の違いにとらわれず、共通の本質に気づくためにはビギナーの域を脱している必要があります)。

アルコールと薬物のグループが別にできたのは、ビギナーのために良かったと言えます。

薬物のグループというとNA(Narcotics Anonymous)が有名です。この Narcotics という言葉は麻薬という意味です。つまりアヘンを元に作られるモルヒネ、ヘロイン、コデインのことです。これはアルコールと同じダウナー(鎮静効果のある薬)です。

日本では薬物のグループが事実上NAしかないので、様々な薬物の人がすべてNAに集まるのですが、非合法薬物の筆頭が覚醒剤であるために、日本のNAは覚醒剤のグループといっても良いぐらいです。つまりアッパー(覚醒効果のある薬)のグループです。

アメリカでは薬物の種類ごとにグループが分かれています。NAのほかに、コカインの人はコカイン・アノニマス(CA)、大麻の人はマリファナ・アノニマス(MA)、処方薬の人はピルズ・アノニマス(PA)といった具合です。当然の事ながら、「コカイン依存のグループだから、ヘロインやるのはオッケー」ということはありません。グループは分かれていても、薬物という点では共通性があります。

余談になりますが、アメリカのAAとNAの親和性が高いのは同じダウナーのグループだからであり、日本のAAとNAの雰囲気が違うのはダウナーとアッパーの違いだという説があります。

さてさて、日本においてアルコール依存症になった人が、酒をやめて他の薬物に手を出すことはあまり心配されていません。それはヘロインやマリファナや覚醒剤が法律で禁止されており、入手性も悪いからです。(処方薬依存の問題はちょっと脇に置きます)。

逆に、薬物依存症になった人が、薬はやめたもののアルコールに手を出すことはどうでしょうか。何といってもアルコールは合法薬物であり、コンビニで買えるほど入手性良好です。そして、この問題はほとんど啓発されていません。薬物乱用で学校を中退した若者を引き取った大人が、一緒になってがんがん仕事をさせ、一緒にがんがん酒を飲んだりします(そして薬物が再発したり、今度はアル中になったりする)。

薬物依存症者にとってのアルコールの危険性はもっと強調されねばなりません。

NAのパンフレット「だれが、なにを、なぜ、どのように」に、こんな記述があります。
http://www.na.org/?ID=ips-jp-index

> アルコールは薬物ではないという考えは、非常に多くのアディクトを逆戻りに至らしめた。NAに来るまで、多くの人たちはアルコールは別のものだと思っていた。しかし、これはまちがいである。アルコールも薬物なのだ。私たちはアディクションという病気をもつ人間であり、回復のためにはいかなる薬物からも遠ざかっていなければならないのである。

ダルクのような薬物の施設では、施設利用者(つまり薬物依存症者)にアルコールを飲ませないことは徹底しています。しかし、それ以外のところではどうでしょう。覚醒剤依存の息子や娘を持つ親が、アルコールなら良いではないかと酒を飲ませた話はいくらでも聞きます。アディクションの観点ではなく、合法・非合法で判断してしまうミスです。

僕には薬物のスポンシーもいます。僕は彼が薬物だけでなく、アルコールの問題も抱えるまで、彼を手助けすることができませんでした。なぜなら、アルコールと薬は違うと「僕も」思っていたために、彼の飲酒を制止できなかったからです。彼は酒を飲み始めると(時間は長短あるもの)やがて薬も再発するというパターンを繰り返しました。飲酒は薬物再発の前駆症状であり、飲酒した時点で薬物もスリップとするべきでした。今では彼も回復していますが、若い時期の数年間を無駄にしたのには、僕の未熟さにも原因があります。忸怩たる思いがします。

ベンゾジアゼピン系の抗不安剤が依存を形成しやすいことは以前に書きました。しかし、処方薬よりアルコールのほうがより危険な存在です。一つの薬物の依存症になった人は、別の薬物の依存症にもなりやすく、すぐに多剤依存症へと発展してしまいます。一般の人々にとってアルコールはそれほど危険がないにしても、薬物依存症者にとっては再発の対象です。薬物の種類ごとにグループが分かれているのは、「俺はAという薬物の依存症だから、Bという薬物ならオッケーだ」と言わせるためではありません。

「薬物依存症は病気である」、そう捉えるのなら、病気としてアルコールと薬物の共通性に気づいて下さい。決して合法・非合法の問題にすり替えることのないように願いたいものです。どんな薬物を使ってきたのであれ、薬物依存症者がアルコールを飲むのは再発です。処方薬の取り扱いが難しいのは承知しています。なぜなら必要があって処方薬を飲んでいる人がいる以上、ゼロにすることはできないからです。しかし、酒を飲まなくても十分社会生活を送れることは、多くの回復したアル中が実証しています。その点、飲酒の可否について判断に悩む必要はありません。

もう一度ハッキリ言いましょう。どんな薬物を使ってきたのであれ、薬物依存症者がアルコールを飲むのは薬物依存症の再発です。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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