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2011年05月19日(木) 発達障害について(その15)

すでに発達障害の診断をもらった人、あるいは診断はもらっていないものの発達障害の特性を持っていると自認している人も次第に増えてきました。その背景には発達障害ブームとも呼ぶべき社会現象があります。

そうしたブームによって、発達障害の存在が社会に認知されるのは大変良いことです。しかし、社会現象には必ず陰の部分もあるものです。

最近気になっていることは、発達障害概念の混乱です。ただ、その話をするには前説があったほうがいいかもしれません。

発達障害の中でも、精神遅滞や自閉症(カナータイプ)は古くから知られており、僕の子供のころには養護学級や自閉症の施設が存在していました。これらのタイプは知的障害があるという点で共通です。

時代が下ると、教育の現場で知的障害がない発達障害が取り上げられるようになってきました。最初(おそらく日本では1980年代)は「学習障害」(=LD)です。これは読む・書く・話す・聞くのどれかに障害を持っているものです。ただし知的障害を持たないというところがポイントで、アルバート・アインシュタインも識字障害(これは読むことの障害)を抱えていたと言われています。

1990年代になると、「注意欠陥多動症」(=ADHD)が注目されました。LDとADHDは医学的には違った障害なのですが、結果として学習の妨げになる点は共通していたので、教育の分野では「ADHDはLDのひとつ」と認識されてしまいました。それは現在も続いています。LDとADHDを併発する人が少なくなかったことも、この混乱に拍車をかけました。

21世紀になると「アスペルガー症候群」や「高機能自閉症」が注目されるようになりました。これは知的障害のない自閉症です。しかしアスペルガーの印象は決して良かったとは言えません。アスペルガーの少年が凶悪犯罪を起こしたことが大きなニュースになったことや、自閉症という言葉が知的障害を連想させるのもその原因なのかもしれません。(以下この領域を「自閉症スペクトラム障害(=ASD)」と呼びます)。

LDだけが認知されていた時代には、ADHDの人もLDだとされていたわけです。また、ADHDだけが認知されたいた時代には、アスペルガーなのにADHDだとされていた人もいました。そして、そうした混乱は今も続いています。

最も顕著なのは、自閉の問題を抱えている(ASD)なのに、自身をADHDだと認識している人です。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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