心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2010年04月14日(水) 準備ができるまで

僕は20代を東京の調布で過ごしました。大学を中退しフリーランスのプログラマーをやっている間に何度か引っ越しましたが、住み慣れた調布を離れませんでした。やがて自殺未遂をきっかけに長野の実家に戻ることになります。AAにつながるのはその4年後、今回のソブラエティはそのさらに1年後からです。

JSOで全国のミーティング会場の一覧表を作っています。ある時それをめくっていると、過去に住んでいた調布にもAAグループがあり、カトリック教会でミーティングをやっていることが分かりました。

いったい何度その教会の前を通り過ぎたことでしょう。何も知らずに、酔っぱらったままで。もしあの頃に自分がアル中だとわかっていて、その会場を訪れていたら、自分にはまったく違った人生があったのではないか。長野に戻る必要もなく、仕事を続けることもできたのではないか。あの当時持っていた夢を諦める必要はなかったのではないか?(まあその夢は今となってはかなりどーでもいい夢ですけど)。

自殺未遂で運ばれた救急病院の医師に、精神科を紹介してくれと頼んだのですが、そのとき示されたリストから、AAがメッセージに入っていた病院を選んでいたら、やっぱり違う人生になっていたかもしれません。そう考えると、人の人生は、小さな選択で大きく変わりうるものです。

飲まなくなった後も、「どうせ酒はやめるにせよ、違う人生もあり得たのでは」という後悔に結構つきまとわれました。財産や社会的地位をあまり失っていない人を見るたびに、羨望が自分の過去の選択、過去の無知に対する後悔をかき立てました。

けれど今では分かっています。自分がアル中だと知り、AAの存在を知っていたとしても、当時の僕が教会のドアを開けることはなかったでしょう。AAの病院メッセージに触れたとしても、「くだらねぇ」のひと言で済ませていたでしょう。あのころの僕は、

まだ準備ができていなかった。

それ以上でも、それ以下でもありません。物事には正しいタイミングがあり、そのタイミングを自分の都合に合わることはできません。

謙虚さというのは、強いられて選ぶだけでなく、自ら進んで選び取ることもできるものだそうです。それは自分の人生も同じでしょう。僕は自分の人生の有り様を、仕方なく受け入れることもできるし、喜んで受け入れることもできます。もう「別の人生だってあったはず」と考えてほぞを噛むこともありません。

ちなみに、調布の会場は現在は別の場所に移っているようです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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