心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2007年11月27日(火) もう少し believe と faith について

この「とりあえず信じてみよう」は大事です。

世の中には様々なダイエット食品が溢れています。ダイエット食品などという曖昧な名称ではなく、減量食品と名付ければよいと思うのですが、そこまで直球な名前はつけられないのかも知れません。

我が家の食卓には、プロテインやら健康茶やらの、さまざまなダイエット食品が並んでいます。並んでいる=消費されずにそこに並べられている、ということです。使わないんだったら、邪魔だから捨てちゃえばいいのに・・・と思うのですが、捨てるとすごく怒られます。「高かったんだから」と責められます。なので捨てられません。困ったものです。

さまざまな広告を見て、これを食べれば(飲めば)痩せるかも知れない・・・と妻が思う=believeであります。そして、買うという行動に出ます(まったく相談もなしに、誰が稼いだ金だと思ってんだよ)。ところが、実際には痩せるという結果が出ないために、この beleive は faith に変わらずに終わってしまいます。

なぜ結果が出ないのか、それには二つの原因があると思います。
ひとつは、そもそもその食品に痩せる効能がなかった場合、つまり実力(power)がないという可能性です。例えば、お茶を飲むだけで痩せるとは、僕にはとうてい信じられません。
別の可能性は、買うところまでは行動が伴ったものの、そこから先が続かないパターンです。例えば○イクロダイエットという商品の場合、一日3食のうち、1食は食事制限せずに普通に食べて良いことになっています。残りの2食は、まずそうな粉末ジュースを飲むことで食事の替わりにしなければなりません。その粉末は「ダイエット時に不足しがちな栄養を補ってあまりある」そうなんですが、腹は減りそうです。これが続く人は少なそうです。
そう「行動を伴わない信仰は死んだ信仰」であり、役に立たない=結果が出ないのであります。

こうして我が家の食卓には「死んだ信仰」の残骸が積まれていくのであります。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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