心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2005年02月06日(日) PHS

NTTとDDIがPHSのサービスを開始したのが1995年の7月でした。

翌96年の4月には、僕の住んでいる街でもPHSのサービスが始まっています。もっとも僕はそのころ病院の中でしたが。

当時は携帯電話がアナログからディジタルに切り替わる頃で、具体的にどれくらいの金額だったかは覚えていないのですが、携帯電話の料金は趣味で持つには高すぎるものでした。
たとえば当時NTTの携帯電話には「ドニーチョ」という料金プランがありました。これは土日と夜をもじった名前で、その名の通り土日は全日使えるものの、平日は夜だけ(夕7時から翌朝8時まで)しか使えないプランであります。平日昼間は電話をかけることも受けることもできないという不便なものでしたが、基本料金が手頃だったために、これで契約している友人も多かったのです。
それだけ全日使える料金プランが高価だったということでしょう。

そこへ登場したPHSは、基本料金が2700円、通話が1分10円と手頃な値段でした。当時の我が家の家計にとっては基本料金もバカにならない金額でしたが、「仕事にも使うから」とか「会社でケータイとか持ってないの俺だけ」という論法で家人を説得して、手に入れました。

当時は周囲にPHSを使う人も多かったのですが、携帯電話の料金の値下げが繰り返されるのにつれて、次第に携帯に切り替える人も増えていきました。そんななかでも僕はかたくなにPHSを使い続けました。4台買い換えて、そのたびに電話番号も変わり、そのたびに「女性関係のトラブルでは?」と周囲に揶揄されるはめになりました。

しかし、自動車運転中の通話でハンドオーバーに失敗して切れてしまうとか、メールの料金が携帯電話にくらべて何倍かであったとか、細かな不満がたまって、結局僕も携帯電話に乗り換えてしましました(2000年頃かな)。

しかし今でもノートパソコンの通信用には、カード型のPHSを契約してあって、出先でインターネットにつなぐ場合には重宝しています(携帯電話でつなぐとパケット代で大変なことになってしまうのです)。

まあ、結局PHSマニアなんですけど。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加