心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年10月01日(金) デモクラシー

以下の話は、又聞きの話なので、細かな点は間違いがあろうかと思います。差し引いて考えてください。

モンゴルという国があります。念のために付け加えておくと、中国とロシアにはさまれた草原と牧畜の国です。モンゴルの人口は225万人です。そんな国にも当然アル中はいて、そしてAAもあるのだそうです。
モンゴルにAAが伝わって7年で、メンバー数は1500人を数えるに至ったとか。まあ、すこし数には誇張が入っているかもしれません。
一方で日本のAAは来年に30周年を祝おうとしていますが、メンバー数の推計は3千人〜4千人にとどまっています(それでも誇張が入っているかもしれません)。日本の人口は1億2千万人で、アルコール依存症者の数は推計によって違いますが、80万人〜400万人で、だいたいモンゴルの人口と同じぐらいのアル中さんがいるわけです。
なんだかモンゴルのAAがまぶしく感じられます。

なぜにこのように違いが出てきてしまうのか?
日ごろ「キリスト教圏の神という概念が、アジアの文化とすりあわないのがAAの広まらない理由」などという話をうんざりするほど聞いている身としては、興味津々であります。
モンゴルを訪れた日本のAAメンバーが、彼我の差がどこで生まれたか、短期間の訪問で感じえたかはわかりません。

しかし、興味深い話はあります。
モンゴルのAAでは、グループのレベルから全国のレベルまで、決め事は些細なことも「第三レガシー」方式で民主的に扱っているのだとか。
自分の通ってきた道を振り返ってみるに、AAは「事実上の満場一致」によって物事が決定されるとか、アピール権だとか、そうしたことを絵空事のように扱ってこなかったか。はたまた、グループでビジネスミーティングをやっていたかとか、そこにビギナーを招き入れていたかとか、彼らと自分が同じ一票だとか、考えるに決して「民主的にやってきた」とは胸を張って言えないわけです。

世の中の「民主的」というものすべてに幻滅したとしても、AAに来れば民主主義が実践されていることを感じることができる、というのが理想です。
そして自分は理想から遠く離れたところに立っているというわけです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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