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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年09月19日(日) 稲刈り 我が家の居間の時計は円盤型の掛け時計です。掛け時計というのは普通壁か柱に掛けておくわけですが、我が家の場合にはそのままごろんと、テレビの横に立てかけてあります。
鳴り響く電話に「むぅ」と言いながら出ると、かけてきたのは母でありました。
「来い、急いで来い、今すぐに来い」
という用件でありました。
例の時計を見ると、3時を示しています。
3時になっても、これから来い、というのですから、稲刈りはよほど遅れているのでしょう。しかたないので行くことにしました。
起きてコーヒーを飲みながら、ディジタル式の腕時計を見ると午後1時であります。あらためて掛け時計を見ると、やっぱり1時で間違いありません。ただ円盤型の掛け時計は、12時が真上に来ていなくて、10時ぐらいが真上に来ていました。さきほどは、12時45分ぐらいだったのに、メガネをしていないせいで文字盤が見えず、針の角度だけで3時と判断してしまったのでしょう。
僕が稲をはぜに掛ける作業を分担するようになったのは、父が死んでからです。それまで父ははぜ掛けをほかの誰にもやらせませんでした。掛けられた稲の束(上段)は、それ自身の摩擦力だけで固定されています。だから、バランスが悪かったりすると、天日に干している2週間の間に、はぜが崩壊してしまいます。下手な人間がやると、二度手間になるので、父は他の者にやらせるのを嫌がったのでしょう。
父の死の翌年から、僕と兄と母ではぜ掛けをしています。僕が2週間安心して放っておけるはぜを作れるようになったのは、ここ2〜3年のことです。
薄明終了とともに作業完了。雨が降る予報だったのに、一滴も降りませんでした。脱穀は10月3日の予定。
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