優しい涙 - 2002年10月29日(火) 100パーセント平気になったらカダーのルームメイトに電話しようと思ってた。 でもかけちゃった。「何パーセントになった?」って聞くから、「まだ80パーセント」って答えた。 仕事してると平気なんだよ。この仕事大好きだし、大変でも楽しいし、一緒に仕事してる人たちも好きだし、患者さんたちも好きだし。一生懸命だから忘れられる。だけどね、うちに帰ってくるとダメなんだ。なんかね、すごい喪失感でいっぱいになっちゃうの。 きみは何でも持ってるじゃない。かわいい猫たちがいて、好きな仕事をしてて、いい仕事仲間がいて。 ルームメイトがそんなこと言うから、泣いてしまった。 「なんで泣くの?」「あなたが泣かした」「なんか悪いこと言った? 何言った?」 そうじゃなくて。そうじゃなくて。だって大好きなものを失ったんだもん。もっと大きなものを失ったんだもん。 そうだよ。そうだけど、そんなのは大したことじゃないって言っただろ? きみが思ってるほど大きなものじゃない。 ごめん。泣いてごめんね。でも、そんなふうにまだ思えないよ。 ルームメイトは相変わらず正しくて、だけど聞きたい言葉はそういうんじゃなくて、ほんとに言いたいこともそういうんじゃなくて、だけど何を聞きたいのか何を話したいのかよくわからないままだった。それでも電話を切りたくなくて、ただルームメイトの言葉を聞いては、痛みがなくなり切れないまま悲しかった。涙がひりひりした。 「ちょっと待って。きみと話したいってヤツがいるから」。突然ルームメイトが言った。カダーのことに決まってる。何も言えずに待ってた。 「Hello?」。 なつかしい声が聞こえた。こころが震えた。 「Hello」 「元気?」 「元気だよ」 「大丈夫?」 「・・・。うん、大丈夫。」 ルームメイトがわたしと話してるって分かったから、ってカダーは言った。カダーの声がこんなに優しいなんて、思ったことなかった。優しい声だと、ほんとに思った。ルームメイトとちっとも似てなかった。 「あなたの声って、優しいんだ。今まで気がつかなかった。ねえ、自信持っていいよ、声が素敵って。」 「そんなはずないよ」 「ううん。優しい声だよ。あたしも今まで知らなかった」。 カダーは笑った。 あなたと殆ど毎日話すことが普通で、いつも声を聞いてたじゃない? あなたの声が素敵だなんて思ったことなかった。それがあんなふうに突然声聞けなくなって、わたし、淋しかった。淋しかった。あなたが恋しかった。声が聞きたかった。ほんとに声が聞きたかった。今また聞けて、そしたら気づいたの。あなたの声がこんなに素敵だったなんて。 あいつに言われた。僕がきみのこころをめちゃくちゃにしたって。 「そうよ。」 「ほんとに?」 「知らなかったの? 知ってるでしょ?」 「・・・知ってる。」 「でも心配しないで。あたし、大丈夫だから。それとも心配なんかしてない?」 「心配してるよ。心配だったよ、ずっと。」 「ほんと? でも大丈夫だから。大丈夫になれるから。」 「新しいガールフレンドはいい子?」 「・・・。まあまあね。」 「あなたは彼女に優しい? いい人?」 「わからない。どう思う?」 「優しいよ。だってあなたはあたしにとっても優しかったもん。前はね。」 またカダーが笑う。「優しくしてあげてよ」ってわたしも笑う。 笑いながら、たくさん話した。 涙もいっぱいこぼれた。「泣くなよ」ってカダーが言う。「泣いてないよ」って答える。 それでも話したいことの、ほんの少ししか話せなかったけど、そして話しながら何度も声がつまったけど、今までとは違う涙だった。 「あたし、まだあなたの友だち?」 「もちろんだよ。」 「またいつかあなたに会える?」 「うん、心配するなよ。会えるから。」 「ほんと? ・・・まだあたしのこと好き?」 「うん、もちろん。」 「そう言って。」 「好きだよ。きみはいい子だよ。素敵な子だよ。」 よかった。カダーの「好き」の意味は、おんなじ。わかってる。初めから「愛してる」の意味じゃない。わたしだけが違う「好き」になってた。だからあんなに痛かったけど、今はカダーの「好き」を、こんなに穏やかに受け止められる。 たくさん泣いて、だけどたくさん話して、ルームメイトに溶かしてもらえなかったちっちゃくて固い痛みのかけらたちが溶けていく。 カダーがあったかい涙をくれたから。あったかくて、優しい涙を流せたから。 わたし、失わなかった。あんな日々は失ったけど、カダーをまるごと失ったわけじゃない。 そばにいてもらえなくてもいい。そこに、そのままいてくれるだけでいい。 -
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