2という単位 - 2002年10月18日(金) お休みの金曜日。 夕方、あの人に送るものを箱に詰めて、郵便局に持ってく。 送料77ドル。なんかあんまり意味ないけど、あの人が喜ぶならまあいいか、ってことにする。 そのあと病院に、Dr. チェンの宿題をドロップオフしに行った。 渡されたガイドブックにマークを付けただけだけど、ちゃんと別におすすめスケジュールを作って、あとからあげることになってる。宿題はまだ終わらない。 ロビーからペイジして「どこにいるの?」って聞いたら、もう終わるからそこに行くよって言う。降りてきた Dr. チェンにガイドブックを見せて、説明する。駐車場に向かって一緒に歩いて、それから Dr. チェンが「お茶でも飲みに行く?」って聞いた。わたしの車で、うちの近くの通りに並ぶバーのひとつに行った。お酒もコーヒーも飲めて、カウチのあるすごくくつろげるとこだった。メニューがちょっと怪しげだったけど、それもおもしろかった。カダーを連れて来てあげたいなって思った。 Dr. チェンはおしゃべりでおしゃべりでおしゃべりで、おしゃべりが大好きで、なんか話がどんどん哲学っぽくなってって、人生について語られてしまった。 生きることの一番根底にあるのは、2という単位なんだってさ。 むかーし、父が似たようなこと言ってたっけ。人はひとりでは生きていけない。誰かと一緒に生きてくことを決めて、家族が出来て、家族が増えて、家族が離れて行って、そして最後に残るのは、またふたりで生きるってことなんだって。そんなこと言ってた父も、最後にふたりが残ったあとに離婚して、ひとりになっちゃった。 「休みの日は何してるの?」って質問は、一番困る。 お休みの日だけじゃなくて、仕事からうちに帰った時点で、わたしは自分の時間をひとりでどう扱えばいいのかわかんない。 10年も結婚してたあとでひとりになるってのが、どういうものなのか想像が出来ないって Dr. チェンは言った。 ああ、そういうことなのか、って、妙に納得した。 うちに帰れば自動的にすることがあって、自動的に誰かと一緒に時間を過ごすことになってて、2という単位が当たり前だった10年間。あの娘がいなくなって、それから戻った2の単位はあまりにも残酷だったけど、それでも1じゃなくて2だったから救われてたような気がする。 1の淋しさは、2の単位で生きることを知ったときから始まるんだ。 なんて、またどうしようもないこと考えるからさ、もういいよ、って思うのに、Dr. チェンったら極めつけの台詞。 「『Donユt worry. Itユs all right』。誰かが微笑んでそう言って手を差し伸べてくれたらね、心が溶けるから、そしたら差し出された手を掴まえるんだよ。そういう人が必要なんだよ、きみは」だって。 だからね。だからね。だからね。 どこにそういう人がいるの? 第一ね、なんでそんな、人のこころを見透かしたようなこと言うわけ? 違うな。見透かしてるわけじゃない。 わたしの心を溶かしてくれる人は遠い遠いとこにいて、わたしその手を掴まえたり出来ないだけなんだから。 近くにいて手を差し伸べてくれたはずの人は、わたしが掴もうとしたらその手を引っ込めちゃったんだから。 地下鉄の駅はすぐそこだったのに、車に乗っけてってあげて、Dr. チェンはバイバイって帰ってった。ひとりの時間を潰せたから、感謝。ありがと、Dr. チェン。 -
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