天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

MoMA - 2002年10月12日(土)

お昼前、カダーのルームメイトが電話をくれる。
今日これから MoMA に行くから、一緒に行かないかって。「きみもアートが好きだろ?」って。シティにある美術館が3年越しで改装する間、MoMA はうちのわりと近くに引っ越して来てる。

やったやったやった。
マジェッドが電話をくれることになってるけど、かかってきたらマジェッドも呼んじゃえ。
カダーの車でカダーとルームメイトが迎えに来てくれて、あんまりよくわからない場所をちょっと迷いながら走る。向こうから行くとわかるのに、こっちから行くとわからない。わたしって、そういう方向音痴。カダーは呆れる。「自分ちの近所だろ?」って。わたしのナビゲートが悪いせいで、シティへの橋を渡ってしまう。ルームメイトはアパータウンの博物館に変更しようって言ったけど、カダーは MoMA に行きたいって言った。「あたしも絵がいい。戻ろう戻ろう」。わたしはいつだってカダーの味方だよ、カダー。

車を停めて、雨の中、傘をささずに走る。「なんで傘持ってないのさ」って、自分も持って来なかったくせにカダーが言う。だってこれがあの街のやり方なんだよ、ってわたしはウォータープルーフの TAIGA のジャケットのフードを被って、雨に向かって両手を広げる。今日は雨でも素敵。重たい雨が、カダーと一緒だから、あの街の雨みたいに軽くなった。

信号を待ってるあいだに、ふと後ろを振り返ったらふたりがいない。「え?」ってきょろきょろしてたら、高架のコンクリートの柱の影から、順番におどけた顔を出して笑う。そして駆け出す。

キャッキャはしゃぎながら、びしょびしょに濡れて、美術館に入る。


久しぶりに絵をたくさん観て、満たされた。絵を観る人の顔はみんな素敵だ。心が満たされて、溢れた分が優しい微笑みになる。カダーもルームメイトも、優しい顔してた。ルームメイトはおしゃべりになって、カダーは寡黙になって、わたしはカダーが好きって言った絵がみんな好きだった。いつかのレストランで、テーブルにはめ込まれたタイルの絵を「どれが一番好き?」って聞いたときも、選んだのが一緒だった。

常設じゃないギャラリーで、写真展をやってた。似ていた。撮りたいオブジェクトも空間の取り方もトリミングの仕方も、感覚が、別れた夫が撮る写真に似てた。写真への思い入れが似ていた。あの頃の幸せへなつかしさでいっぱいになって、いつまでも動けずにいた。それは名もない写真家の、わたしの今住んでる辺りのずっとずっと昔の頃の写真で、家族とごく親しい友人だけに見せてたっていうコレクションだった。いつまでも見ていて、気がついたら離れたところでカダーとルームメイトがおしゃべりしながらわたしを待っててくれてた。

「きみの住んでる辺りの昔の風景、気に入った?」ってルームメイトは聞いたけど、「そうじゃなくて、写真が気に入ったんだよ」ってカダーはわたしの代わりに答えた。

特設の売店でその写真集を見つけて、迷わずに買った。ウィリアム・ワーグマンが作った、新しい MoMA の宣伝用の写真集も見つけて、それも買った。

「別れただんなに送ってあげるの。絶対気に入ってくれる。喜んでくれる。これはおまけだけど、アノヒト、ワーグマンも好きなんだ」。そう言ったわたしの顔を見て、カダーはあったかく笑ってくれた。


わたしのアパートに寄って、約束の大きなテーブルをルームメイトが持って帰ることになった。50ドルで売ってあげる約束だった。「もうちょっと安くしてよ」ってルームメイトが言う。「あたし考えたの。あなたからお金は貰わない。それで、もう要らなくなったときにあたしに返して? それでどう?」。大好きだったテーブル。思い出がいっぱいのテーブル。カダーのルームメイトが使ってくれるなら嬉しい。そのあと誰か知らない人のところに行って、いつのまにかどこに行ったかわからなくなってしまうのは嫌だ。「ありがと」ってルームメイトは言った。「大事に使うよ。使うたびにきみのことを考えるよ」。カウチの上に立って、おんなじくらいの背の高さからぎゅうってハグしてあげた。

「じゃあそのあとは僕に使わせてよ」ってカダーが言う。そうなったらいい。そうなったらいいな。


ルームメイトがお手洗いに行ってるあいだに、カダーのおなかに抱きつく。「あたしの大好きなおなかちゃん」。「好きなのはおなかだけ?」「全部好き」。ふざけていっぱいキスして、カダーはわたしのシャツの下から手を入れる。それだけでもう、からだの芯がジーンととろけ出す。なのに、「ねえ、今度いつ会えるの?」って聞いても「わからない」って答えられちゃう。


テーブルを車に積んだふたりに順番にハグした。運転席に座ったカダーにキスした。「僕にはキスしてくれないの?」って言うルームメイトのほっぺにキスした。雨の中、ふたりを見送って、手を振る。行っちゃった、カダーの車。カダー。
ほんとに、この次いつ会えるの?


携帯の「missed calls」に、マジェッドの ID が入ってた。
いつかけてくれたんだろ。ずっとオンにしてたのに。
でもちょっと素敵な、たいくつじゃない土曜日になったよ、マジェッド。


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