21世紀猫の手日記
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2021年10月26日(火) 父、死亡その2

21日の10時ころ死亡。

それをラインで私がお昼休みに知る。えぇっ!と病棟中に響く声で叫んだわ。

9日のハガキの時点まではあれが欲しいこれが欲しい、本を送れとか色々ワガママいっぱいのことを描いていたのでげんきだとおもっていたからねぇ。
静かに叔父と叔母の手を握って亡くなったそうです。

知ったって、クソ田舎すぎてバスもなく、帰るったってかえられないよー神父さん助けてー。ちなみにこの場合の神父は、ヘルシングのアンデルセン神父なので助けを求めてもあまりどうにもならない。


なにしろ、病院バス以外のバス停まで7,8キロだもの。
病院自体が山の上のへき地なのだ。水がおいしいけどさぁ。
お茶もうまいよ。

村自体のバスだって2時間に1本。
自動車を持っていないと駄目な地域なのだ。

かなり無理やりな勢いといっても、けっきょく病院バスに乗って帰ってきたのだが、これも一日4本。通勤用朝、夕。
お見舞い用がAMとPMに一本ずつ。

シャレならん……。お見舞い用の午後帰るバスに乗せてもらったがね。
4往復て。
もう具合悪くてもどうにもならんのだ。
緊急事態でもどーにもならんw。

で、父は21日に死亡して、22日は家族葬のファミールってところに安置というか、放置。私が到着した時点で放置なのでw、もうしょうがないねw。

枕経21日だったらしい。23が通夜、24が葬儀と焼却。
火葬か。なんでも友引かなんかがあったらしく、一日多く放置されることとなった。本来ならずっとそばにだれかがついていなければならないようなんだが、私が到着した時点ですでに放置状態だった。

会場が私の家から200mくらいの近所だったので、ご飯を食べに帰ったりとかしてた。

生前は文句ありそうな、嫌な人相だったんだんだが、死後はまるで高僧めいた穏やかな顔になっていた。ずるいなーと思う。

本人の遺言通り、マーチ(軍艦マーチもかけたぞ、中には、私の好きな沿岸警備隊の歌や、最近知った英国討伐歌、とかマイルドに国際問題的な歌もかけた)や演歌(昭和の名曲)、西部劇の曲、映画音楽(いろいろかけたが、アマルコルドとか、フェリーニの8か二分の一が似合うような気がした:最後の方の楽しいところね。:なんか登場人物が最後全員出てくるじゃん、あんな感じで親戚大集合だし:そんな楽しい感じでしたの?ええ、そんなかんじがしましたの)などをYouTubeでタブレットで湯灌してお着換えするまでかけまくったのだ。

なんか、ニーノ・ロータな感じがしたな。けっこうかけたし。

なぜか、フェリーニなんだw。(オリジナルイタリアントレーラー)
たのしい葬式らしくていいのではないかとおもう。



まぁ、生前色々いっとくといいのかもね。やってもらえて。


父はハガキの最後の方では、私に対して無理解であったことの謝罪をしていた。まぁ、そりゃわかんないでしょうねぇ。ものなくしたり、忘れたりとか片付けられないとかほとんどない人ですから。病気なんて、ほんとに最近まで理解不能でしたもの、物忘れやできないことがないほとんど完璧な人生送っていたんでしょう。そりゃ、私のことなんかひっくりかえったってわからないですよ。
生徒を理解するのとはまたちがいますからね。生徒はある一面だから。
私なんかは、全体的にわからなかっただろうなと思いますよ。

だから許したかと言いうと、そうでもない。わかんないって場合もある。

それに気が付いただけえらいのかも。病気はすべて、病気に逃げたって表現してましたからね。がんすらも。
えーと…。そうなるともう、こっちがわからねぇよw。自分のアトピーっぽいなんかとか、血小板が減るのも病気に逃げたという表現で、正直、ついてけん。えー、それも君の中では逃げなんか。

やっぱむりとかおもいましたもん。わかんない身内というのもあるとおもった。

葬儀は滞りなく終わった。

母親が華友信女、父が樹覚信士になりました。

最後の方で、信仰心つーか、神様大事っておもったしねぇ。覚悟の覚であり自覚の覚で、いい名前もらったねと思いました。何か大事なことに気が付いたらしいしね。花はいらないなどといっていましたが、自然とあつまりましたしねぇ。いよ!人徳ぅーーー。



……で、自分の葬式を考えると、も、こわ!直葬つか、直焼で誰にも悼まれないのがわかるので、おごっとなりました。……親戚すらない。うわー、こわっ。
……どーなんのかしら。いや、いいですけどね。

木曜日にかえります。金曜から勤務します。ちっ。

もっといいこと書きたいけど、形になりません。いろいろありすぎて。

とりあえず、親戚の皆様には感謝いたします!!!



zaza9013

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