TENSEI塵語

2008年10月20日(月) 「新世界より」を聴いてみた

ドヴォルザークの第9交響曲「新世界より」は、
私にとっては、「もういいよー(げっそり)」系の曲のひとつである。
中学時代に聴きすぎたし(先輩にもらったオケスコアもボロボロ)、
その後も限りなく聴くことがあって、、、
だんだんと、もういいです! 気分が熟成されて来たのだろう。
とりわけ、第2楽章の「家路」のメロディーなど、
並の演奏ならじっと聞いていられないほどうんざり状態になっている。

それでも、85年にカラヤンがウィーンフィルを振ったCDは、
発売とほぼ同時に買っている(第8番も同様に)。
「新世界より」の決定的名盤を求める思いで買ったに違いない。
「新世界」はノイマンじゃないのか! という人や、
ケルテスじゃないのか! という人もいるだろうと思うが、
その人たちの名演奏は十分尊重した上で、
カラヤンの演出するロマンティズムに期待してしまうのだった。
(今、改めてびっくりしたのだが、まだCDの値段の高いころで、
 1枚3500円もしている。
 今だったら2枚組か、初回限定DVD付き特別価格だろう。
 それなのに、迷わずポンポン買ってるんだよねー)

さて、2、3日前にこの時の第8番が棚から出てきたときに、
聴きながら、うーん、すばらしい演奏、、、と感じ入りながら、
回想へと誘うようなメロディーが満載の曲だというせいもあって、
いろいろなことが懐かしくて、、、
「新世界より」のことも思い出されて、うんざりしてたはずなのに、
この新録音を買ったとき何回か聴いたなぁ、、
こういうところやああいうところに感動しながら聴いたなぁ、、、
などと思い出して、珍しく、聴いてみようかなと思ったのだった。

「新世界」の方はまさしく、20年ちょっとぶりである。

うーん、、、改めて思うに、本当に魅力的なメロディーだらけ。
第8番もいい曲だけど、やっぱり「新世界」には勝てん。
第3楽章だけは第8番に軍配を上げてやりたいけれど、
「新世界」の第3楽章が魅力ないわけでもない。

第2楽章の「家路」も、もうええわぃ、って感じだったのだが、
微妙に味わい深い演奏だったのでつい聞き入ってしまった。
表情のつけにくい楽器だと思うが、なかなかの思い入れ。。
(というか、あの音色自体がすでに抒情的なので、
 こういうしみじみしたメロディーに採用されやすいわけだ)

この「家路」のメロディーがやたらとポピュラーになっているが、
私にとって「新世界」の最高の泣きどころは、「家路」に挟まれた
第2楽章の中間部である。
この部分は、飽きもしてないし、うんざりもしていない。
何度聴いてもぞくぞくする、、心震える。。

・・・などなど、久々に感動しながら聴くことができたのだが、
聴き終わって何時間か経った今は、
またしばらく聴くことはないだろうなー、、、と思っている。


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