| 2008年04月24日(木) |
理由なく殺される、、、 |
まだ18歳のときに女性とその子を殺した、2人殺しただけなのに、 死刑判決が下されたと、今後の厳刑傾向を危ぶむ意見も含めて、 あちこちでこの判決についての論議がなされている。
私も、死刑廃止論者の言い分とほぼ同じ言い分で、 死刑制度に疑問を抱いていた時期もあった。 被害者にも気の毒なところがあるから、十分にその意をくむべきだとも。。
しかし、ここ何年だか、何十年だか、 殺される理由のない人が殺されてしまう理不尽な事例が目立ってきた。 「ムシャクシャしてた。誰でもいいから殺したかった」 「人を殺してみたかった。誰でもよかった。殺しやすいやつを狙った」
誰でもいいなんていう殺人があるかい!!(`ε´)
こいつを殺さなきゃ俺が殺されるとか、長年憎くてしょうがなかったとか、 こいつがいる限り我々の幸福はないとか、こんな政治をやるやつは許せん、 等々の理由で犯行に及ぶなら、それはまだ、犯罪には違いないけれど 殺された当人にそれなりの事情もあり、 犯人にも切羽詰まった事情でやむにやまれず、、という同情もできる。 犯人の思いも十分に聞いてやるべきだろう。
しかし、ここんとこ妙に目立ってきた凶悪犯の殺人には、 そういう情状などもう考えたくもなくなっている。 めちゃめちゃである。
殺される理由などまったくないのに、そこにいただけで殺される。 一昨日など、その未成年殺人の青年の死刑が確定した日に、 「死刑になりたいから」と、何も理由のないタクシー運転手を殺害した 若い自衛隊員がいた。 タクシー運転手はなぜ殺されなければならなかったか。 その自衛隊員を乗せてしまった、というそれだけのことである。 その青年にはわだかまるさまざまの思いがあったかもしれないが、 タクシー運転手には、彼に殺されなければならなかった理由など何もない。 何も彼に対して罪を犯してない。
被害者やその遺族にとって、何の理由もなく貴い命を奪われた、 ということほど、悔しく悲しいことはないのではないか。 偶然事故に遭った場合にも「どうして??」を繰り返す。 誰も望みもしなかった事故に遭ってしまった以上、しょうがないのだが、 それでも、どうして死ななければならなかったかを訴え続ける。 それが、犯人の身勝手な欲求の犠牲として、 ただ、たまたまそこにいたからという理由で命を奪われてしまうのだ。
何という理不尽な死!!! こんな理不尽な死をもたらした奴に生きる権利があるのだろうか? 死刑制度に道理があるかないか、そんなことはもうどうでもよくなる。 生い立ちが不幸だった? そんなの関係ねぇ!! お前の生い立ちが不幸だからといって、 何でその生い立ちと関係のない人が命を奪われにゃならんのだ!! 何でお前の不幸の代償を、無関係の人が支払わにゃならんのだ!!
理不尽な死をもたらした奴は、理不尽であっても、即刻死刑!! 理不尽に人を殺した奴は、理不尽に死ね。 監獄の中で、1%でも希望を抱いて生きていくことも許されない、 そんな風に思うようになった。 これはハムラビ法典ではない。 犯人自身、その犯行を反省すれば、その罪の∞の重みを悟り、 自ら死刑を志願するか、自ら命を断つはずである、それほど重い罪なのだ。
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