| 2008年04月20日(日) |
グールドとバッハ(2) |
大学時代も「ゴルトベルク変奏曲」はチェンバロ演奏で時々聞いていた。 誰の演奏だったかなぁ。。。 たいてい途中で眠ってしまうか、途中でやめてしまうか、、だった。
後に、この曲は、不眠症に悩む何とか伯爵の依頼で作られた、 などという話を聞いて、体験的に納得してしまったが、 作曲家が、聴いてるうちにつまらなくて眠ってしまってくれ、 なんて思いで音楽を創るなんてことは考えにくいので、 バッハとしては、適度な波を感じつつ精神に安らぎを与えるような、 そんな音楽を書こうとしたのかな? と思ったりもした。 でも、その伯爵は、隣の部屋でこの曲を弾いてもらいながら、 私と同じように安らかな眠りについたに違いない。
グールドの「ゴルトベルク」を聴いたら(もちろん81年初出の)、 こんなので眠れるものかーー! と思わずにいられなかった。 第1変奏が始まった瞬間に、カッと心に喝が入った感じ。 体中の精神が一気に呼び覚まされる感じ。 躍動するリズム、アクセントが体のあちこちを刺激する感じ。。
それから、どの変奏も実に刺激的で、しかも美しく、 静かな変奏曲は、精神の奥に沈潜して行くような深い集中力。。 しかも、ひとつひとつの変奏の間にほとんど間を置かず、 あたかも、30ほどの変奏を4つくらい(?)の大きな部分に分けて、 ドラマチックな展開をしているような高揚感もある。
とにかく、聴いているうちに眠たくなるどころか、 どんどん興奮して元気になってしまうのだ。
その心の高揚の極めつけは最終変奏。 大合唱が一緒に聞こえてくるようで、思わず指揮したくなってしまう。 そして、、、最初のアリアが還ってくる。。 最初よりももっと静かにゆっくりと、高ぶった心を慰めるように。。
初めて聞いたころ、どこに行くにも一緒だった。 毎日聴いてるのに、1日に数回繰り返して聴いたこともあった。 (私の場合こういうことは珍しいことではなかったが、、) 聴けば聴くほど、身体がこの曲を求める、という感じだった。
それまでに聴いたグールドのバッハに確かに強く惹かれながら、 私の中では、まだ完全に心酔できないところがあった。 一番わかりやすい例が、「平均律」第1集の第1番。 この曲でそこまでする?(笑) という思いが未だに修正できない。 未だに、あれはいかん! と思っているのだが。。。
でも、この「ゴルトベルク」には完敗、感服、平伏_(_ _)_ 後に、LDで初めてグールドがこの曲を演奏する映像を見たとき、 機械にディスクをセットして、その膝をついた姿勢のまま見始め、 終わったときに我に返ったら正座して足が痺れまくってるのに気づいた、 ということもあった。 時間もまわりのことも忘れて聴き入っていたのだった。
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