TENSEI塵語

2008年04月19日(土) グールドとバッハ

高校時代までの私の好きなバッハといえば、コンチェルト系。
「ブランデンブルグ協奏曲」、チェンバロ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、
「管弦楽組曲」、オーボエとヴァイオリンのための協奏曲。。。
特に「ブランデンブルグ」とOb&Vn は未だにぜんぜん飽きない。
でも、チェンバロやオルガンなどの独奏曲は苦手だった(聞くのが)。

高校時代に、ピアノを習っている先輩が、
高校生になってから、「平均律」ばっかりやらされてると言っていた。
指を鍛えるのに最適の教材なのだそうで、
レッスンの時に演奏がうまく行っていると、その先生は、
ちょっと離れたところで、合唱団でもいるかのように指揮し始める。。
 (その先生は、市内の合唱界の大御所のひとりで、
  たまたま私も中学時代、その先生が小学校の一室を借りて
  大人の合唱団を指導しているのを窓の外から盗み見てたことがある。
  塾をさぼって、、、何度か、、f^_^; )
「バッハのピアノ曲って、どういうところがいいの?」
「うーん、、やっぱり何といってもメロディーがいい」

そりゃ、コンチェルト群聞いてればメロディーの良さはわかるけど、
どうもチェンバロ演奏やオルガンの曲を聞いても、
なかなかピンと来ないのだった。
「トッカータとフーガ」や「前奏曲とフーガホ長調」(だったかな?)
は別にして。。。
自分には、年老いてある境地に至らないと
バッハの良さはわかるようにはならないのではないかとさえ思った。
ま、そのころの私は、まだマーラーブームには数年早かったけれど、
マーラーに熱狂してたし、バッハよりはブラームスだったり、
ピアノ曲といえば、ショパンやベートーベンばかりだったから。。。

あ、そういえば、中学時代にグールドのピアノ演奏で、
「運命」を聴いたことがあったなぁ、、、ピアノだけでの演奏には
それなりに興味深かったけど、
 (私はといえば、その当時、交響曲や管弦楽曲のスコアの
  主旋律だけをたどりながらリコーダーでピコピコやっていた。
  他に何も弾ける楽器がなかったので。。
  「運命」や「新世界」の全曲演奏とか、、(笑) )
とにかく、オーケストラの音にばかり魅せられていたので、
たぶんこのグールドとの初の出会いは素通りに終わってしまった。
今聴けば、いろいろな聴き方ができるかもしれない。

大学の2年目か3年目に、リヒテルの「平均律」第1巻の第8曲までを
聴いて、、、もう驚愕の第4番と第8番!
何という緊張感、何という集中力、、、深い精神世界!!
もちろんそれがしばらくの間の愛聴曲になったわけだが、
ここでおもしろいのは、その少し前にラジオか何かで、
グールドの第4番だけを聴いて、おもしろいと思わなかった、
それで、その時もグールドを素通りしてしまったということである。

それからしばらくして、グールドによって目を覚まさせられたのが、
「パルティータ フランス風序曲」だった。
これが、グールドの演奏をまともに聞いた最初の曲ということになる。
もう驚きの連続!

徹底したスタカート奏法に、まず魅せられた。
私もギター合奏でやってはいけないかもしれないスタカート奏法を
強要したくちだが、何と何と、グールドは、
速い16分音符の連続でさえスタカート奏法を徹底している。
いったいどういう指をしてるんだ?
それでいて、各声部に歌が溢れている。
この奏法のおかげで、各声部が実に明瞭に響いてくる。。。
何と活き活きしたバッハだろうか。。。
これは、チェンバロ的な響きを求めつつ、
チェンバロでは表現し得ない表現を追求したのだろうか?
 (これが、その初出会いのころの感想である)

もっとも、がっかりしたこともいくつかあった。
たとえば、この組曲の第2ブーレなどは、
ヴァルヒャのチェンバロ演奏で聴いていた時には抒情的だったのに、
グールドの演奏からは「情」というものが排除されていた。
それから、これだけスタカートを徹底しているのに、
その流れの中でこの音は長すぎるんじゃない? とか。。。

しかし、聞き込めば聞き込むほど、この演奏は魅力的だった。
バッハの音楽の美しさを、最も明瞭に教えてくれたのがグールド、
ということになった。
大学在学中は、他にイギリス組曲・フランス組曲のいくつかしか
聞けなかったけれど、卒業して就職してから、
特にCDの時代になってからグールドのバッハを買い集めた。

で、衝撃の出会いが「ゴルトベルク変奏曲」。。。(つづく)


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