TENSEI塵語

2007年12月16日(日) 読書の休日

きょうは主に本を読んで過ごした。

読みやすいと評判の新訳「カラマーゾフの兄弟」を読み始めたいと思い、
その前に、と、、、

半分ほどで読みかけになっていた「おばちゃまは飛び入りスパイ」を
午前中に読み終わった。
毎日が満ち足りないミセス・ポリファックスは、医師の助言に刺激され、
小さい頃からの憧れのスパイになろうと、CIA を訪れる。
もちろん相手にされるはずもなかったが、
たまたま、ごく普通の観光客にしか見えない年配の人材を求めていた
カーステアーズの目に留まり、採用されることになる。

それはメキシコの観光客として20日ほど滞在し、
その中のたった1日、ある本屋に入って暗号を行ってある本を預かる、
という単純な使命ではあった。
しかし、約束の日に本屋に行くと、CIA のファレルとともに拉致され、
遙かアルバニアの山中に監禁されてしまう。
このファレルとポリファックスおばちゃまのやりとりが終始おもしろい。
おばちゃまは、一般庶民の感覚のままで生きてきた夫人に過ぎないので、
危機的状況とその感覚のギャップもおもしろい。

後半の100ページほどは逃亡劇である。
しかも彼女は、何となく見捨てて行けない感覚で、ファレルの反対も聞かず
隣の牢にいる、紙片1枚を交換しただけの囚人まで連れて行く。
3人が知恵を絞り合う国際的な逃亡劇である。
やっとのことで救出され、無事生還したポリファックスおばちゃまは、
本人のまったく知らないでいた2つの大手柄を成し遂げていた。。。

読者はみな、このおばちゃまに恋してしまうに違いない。
「目を輝かせておもしろがる」という場面が何度もあるが、
このプラス思考で好奇心の強いおばちゃんをかわいいと思わない人は、
おそらくいないだろう。
もちろん、登場人物のほとんどはこのおばちゃんのファンになるようだ。


さて昼食後に、新訳「カラマーゾフ」を読み始めてみた。
大学時代に何度か第1巻の中ほどで挫折しながら、
ある時、がんばって読み続けてみたら、第3巻の中ほどから
第4巻の最後まではやめることができず、徹夜で読んだ名作である。
最高級の推理小説とまで冠したほどのものだったが、
内容はかなり忘れてしまった。
あれから30年近く経ってしまったが、その間に何度も読もうと思いながら
なかなか勇気が出ずにいた。

最初の関心はホントに読みやすいかな? というところにあったが、
確かにすごく読みやすい気がする。
あの頃読んだ米川正夫訳の岩波文庫を本棚から引き出して比較したりした。
あの頃は、ロシア文学は米川正夫か中村白葉と相場が決まっていたのだ。

(米川正夫訳)
ちょうどこの時分長老の庵室で、乱れきった家族一同の会見、というよりむしろ寄合いが催された。これがアリョーシャに異常な影響を与えたのである。実際この寄合いの口実は至極あやしいものであった。当時、相続のことなどに関するドミードリィと父フョードルとの不和は打ち捨てて置かれないほどの程度に達したらしい。なんでもフョードルの方からまず冗談半分に、ひとつ皆でゾシマ長老の庵室に集まったらどうだと、という案を持ち出したとかいうことである。それは真正面から長老の仲裁を求めるというわけではないけれども、長老の位置や人物が何か和解的な効果を奏さないとも限らないから、まあなんとか穏やかな話がつきそうなものだ、というのであった。

この語り口ゆえに、相場が決まっていたのだった。

(亀山郁夫の新訳)
長老の庵室で、このまとまりのない家族全員の会見、というより家族会議が開かれ、アリョーシャに強烈な影響を及ぼしたのもちょうどこの頃だった。
じつのところ、この会議の口実はかなり胡散臭かった。その時期、遺産や財産の勘定をめぐるドミードリィと父フョードルの仲たがいは、見たところ限界点に達していた。二人の関係は悪化し、もはや耐えがたいものとなった。そこでどうやらフョードルのほうが先手を打ち、ゾシマ長老の庵室に家族全員が集まったらどうかと、なかば冗談のつもりで提案したらしい。長老にじきじきの仲裁をあおぐわけではないが、とにかくもう少しきちんと折り合いをつけるにはそうするのがいい、おまけに長老の地位や風格が、何か和解のたしになるような効果をもたらしてくれるかもしれない、そう考えたのである。


これは、読み進める途中で何カ所か比較してみたうちの、
最後に比較したところをちょっと引用してみただけなのだが、
本当に読みやすい文章になってるなぁ、と感心する。
何カ所か比較したけれど、文章は読みやすくなっていても、
ちゃんと内容的には同じ要素が入っているので、工夫によるものだろう。

翻訳は難しい。
私も、私的な翻訳はいくつかやったことがあるけれど、
原文の雰囲気を伝えるために、できるだけ原文に即すべきか、
それとも意訳して自分が書くんだったらこう書くぞと書くべきか、
いつも迷ったものだった。

翻訳小説の多くは読みづらい。
私がダン・ブラウンの作品にあっさりのめり込んだのは、
翻訳小説とは思えない読みやすさのおかげだった。
今回の新旧2種の訳文を前にして、やはり読みやすいのが一番だなと思う。
どちらが原文の雰囲気により近いかはもちろん知らない。
しかし、日本人が日本語で読むしかない以上、
日本語で伝わりやすい語りの方が、イメージを描きやすいのは確かだ。

ちなみに、「おばちゃまスパイ」は実に読みづらい訳文だったし、
いったいどんなイメージなのかわからない場面もちょいちょいあった。
しかしまぁ、こっちはとても軽い読み物なので。。。


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