んーーー、、、微妙だなぁ。。。 おもしろくないわけじゃない。 監督が表現しようとしたことも、ぜんぜんわからないわけではない。 含蓄深い映像、という感じもする。 でも、何か、焦点ボケのような気がするのだ。
モロッコの一家が、ジャッカルを撃退するためのライフルを手に入れた。 そこの少年が試し撃ちに、何とバスを狙ってしまった。 モロッコにリチャードが妻のスーザンと旅行に来ていた。 3人目の子を失った哀しみと罪悪感のために危うくなった夫婦の絆を 取り戻そうと、気の乗らない妻をリチャードが連れて来たのだった。 少年の撃った銃弾は、バスの窓を貫いて、スーザンの肩に当たった。 親切な男が治療のために村に案内してくれたが、大した治療はできない。 リチャードは大使館に助けを求めるが、テロの恐れありという危惧で、 容易に動けないでいる。 彼らの2人の子どもたちは、アメリカで乳母と一緒にいた。 乳母のアメリアは、息子の結婚式にやむをえず2人も連れて行く。 子どもたちは、初めてのメキシコとその結婚式に出席して楽しく過ごすが、 帰り道、国境でとんでもないトラブルに遭遇して砂漠を彷徨うはめに。。。
モロッコのライフルを手に入れた一家、モロッコのリチャードとスーザン、 アメリカの彼らの子どもたち、というこの3つの場面を切り替えながら 映画が進行して行く分には、なかなか緊張感があっていいのだが、 もうひとつ、日本での物語が重なっている。 先の3つの物語とはほとんど関係のない話である。
聾唖者の高校生チエコは、母の自殺のショックから立ち直れず、 父に対しても反抗的、いらいらしている。 肌の触れあいを切望しているが、障害のため好意も欲望も相手に伝わらず、 救いはもたらされない。。。 これも確かに監督が表現したテーマには即しているのだろうが、 あちらの3つの物語とはまったく別の展開で、どうも違和感がある。 唯一関連しているのは、例のライフルの元の持ち主がチエコの父という点だ。 でも、それだけのことで、それがどうということもなく終わってしまう。 どうも、このチエコの物語がたびたび挿入されるために、 映画がもたつく感じがするんだな。。。
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