TENSEI塵語

2007年10月31日(水) ちょっとだけ和菓子談義

昨夜はまたついつい宵寝してしまって、不規則な睡眠。。。
宵寝から起きて、ちょっと仕事して、風呂に入って、それからしばらくして
塵語を書いてから再び寝たのだが、書いてる途中から眠くなった。
終わりの方をどう書いたのか思い出せなくて、今読み返してみたら、
失敗だった。
赤福と白い恋人を同列に並べてはいけなかったのに、
なぜこんな蛇足を最後に書いてしまったのだろう、、???
とりあえず、この最後のところだけは書き直した。


そういえば今夜、車の保険屋のおじさんが更新のための判子を貰いに来たが
これが先日済んでいるはずなのに、書類に間違いがあったためで、
貰い直しの二重手間のお詫びらしくて、菓子箱を持ってきた。
孫を駅に迎えに行ったついでに買ってきた、と言っていた。
そんなこといいのにねぇ、、、と、後で袋を見て驚いた。
起き上がり最中、、、? まだあったんだー、、、という驚きでもあり、
私のもっとも苦手なお菓子だという驚きでもあった。
ま、幸い、家族は3人とも最中というものに好感をもっているからいいけど
私は、甘いものがあまり食べられなくなったある時期から恐怖感、、、
中の餡の重量感に比べて、最中という皮はあまりにも儚げなのだ。
最中の食感も、あまりにもパサパサし過ぎていて、つらい。。。
最後に食べた最中は「起き上がり」ではなかったけれど、
3分の1も食べられずに妻にやった覚えがある。

今までで私がもっとも感激した和菓子は、江南大口屋の三喜羅である。
前任校にいた時に、3度ほどおこぼれにあずかった。
中の餡もそんなに甘くなくさっぱりしているが、とにかく、
餡を包んでいる生麩の食感が絶妙である。
餡ものは敬遠ぎみの私でも、これはうまい! と感嘆した。
ある時、試験中の期間か何かで、職員室に残っている教員が少ないときに、
教頭が三喜羅を配っていて、余るからと私のところに2個置いて行った。
ひとつ目は旨かった。
ところが、2つ目を3時間ほど経った夕方に食べたら、表面が乾燥していて
もう何の変哲もない並のお菓子でしかなくなっていた。

今年、20年ぶりか30年ぶりくらいに、柿羊羹を食べる機会があった。
大垣の方に住んでいる人が学校に持ってきて、分けてくれた。
子どものころから何度も食べた印象からして、ご遠慮したい気もしたが、
色も昔より薄く明るい感じだし、懐かしい気持ちも手伝って、食べてみたら
昔にくらべてかなり甘みを抑えた上品な味になっているような気がした。
干し柿がそのまま羊羹になったような、そんな印象はなくなっていた。

葛餅とかわらび餅とかはもちろん、まあ、寒天が最高だな。
つまり、餡なしだと、わりと好きなお菓子はある、、あわ雪とか。。。
みつ豆が大好きだけど、あんみつは敬遠、、、市販のあんみつ買っても、
付属の餡は使わずに捨てて、みつ豆状態で食べる。
饅頭類では、葛饅頭みたいなのは今でも好きだけど、これも餡の味次第。
だから、今一番食べてみたいのが、大垣の水まんじゅうである。
大垣なんて、ふらっと行って来られるほど近い町なのに、
それすら億劫なもんだから、なかなか会いに行けないでいる。

赤福の思い出。。。
大学時代に赤福を一箱もらってしまったことがある。
下宿屋にいたころなので、仲間がいれば分けて食べたはずなのだが、
残念ながらみんな帰省中で、困ってしまった。
しょうがないから酒のつまみにして赤福をいくつも食べなきゃならなかった。
赤福を見ると、むっと胸がつかえるような気がするのは、
この時の〈荒行〉のしこりかもしれない。


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