猛暑と酷暑がどう使い分けられているか、 Wikipedia を参照してもよくわからない。 気温が35°を超えると「猛暑日」と呼ぶことになっていて、 酷暑と猛暑はほぼ同義だと書かれている。
昨日もきょうも、外は熱風が行き交うひどい暑さである。 TVのニュースでは、多治見と埼玉の熊谷で史上最高の40.9°を観測!! と大騒ぎであるが、それは象徴的なひとつの記録であって、 生活するものには39°も40°も41°も変わりない。 車の多い街中にいたら、40°なんてとっくに超えているに違いない。 そういえば、愛知国体があったころ、国体の吹奏楽隊の会議のために、 愛知県庁の近くの地下鉄の駅を出たときの暑さは狂気の沙汰のようだった。 そこに行くまでに、いくつかの土地で暑さを耐えては来たが、 その大通りを歩いていると、それまでより倍の暑さという感じがした。 あまりの暑さにあらゆるものが揺らめいてる感じがした。 もちろん、道路には車の渋滞の列が続いていたのである。
きょうも昨日も、猛暑だなぁ、と外を歩いていて思った。 それは、私がきょうも昨日ものんびりと過ごしていたからだ。 きょうはいくつか車で移動するところがあって、 そのたびに外を歩き、それより遙かに暑い車の中に入って、 そのたびにバッと汗をかいたりしていたが、猛暑というイメージである。 4年前の9月1日に、私はその日の暑さを「激酷猛暑」と書いた。 それは、猛暑の中、教室に閉じこめられなければならなかったからだ。 猛烈な暑さの中で仕事をしなきゃならんとなると、酷い暑さとなる。 生活実感から言えば、猛暑と酷暑は同義でない。 10年以上前に、絶対勝たなきゃいかんと細かい練習を強いていた、 あのコンクール前の泣きたくなるような暑さ、あれもまさしく酷暑だった。 凄まじい暑さの中にいると、たいてい頭の片隅にあの頃がイメージされる。
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