きょうは夏季休暇を取っていたけれど、 8日の出校日に生徒が提出した課題を20日までにチェックしなければ いけないのに、9日が県大会の決勝の日で、10日もそこまで手が回らず、 そのまま夏季休暇に入ってしまったものだから、その仕事に出かけた。 数日間、職場のことは忘れてのんびりしていたので、 玄関に入ってからも、何か違和感。。。 しかし、休暇を取っていながら仕事に出ると伸び伸び仕事ができるというか 時間の制約も何もなく、好きな時に出たり入ったりできる感じで、 束縛感から解放されて好きにさせてもらっている感じもある。 長い昼食時間をはさんで、2時過ぎに帰宅した。 帰宅後も、きょう借りた吹奏楽CDを聴きながら曲の検討。。。 それから、ちょっとDSで遊んで、1時間半ほど昼寝した。 きょうも暑い日ではあったが、昨日一昨日ほど荒々しい暑さではなかった。
昨夜から、「Hero」の第7〜11話を見た。 最初から全部見直したかったけれど、なぜか、4〜6巻しか出て来なかった。 どこに埋もれているのやら。。。
「Hero」をレンタルで借りて初めて見たのは6年前の9月ごろである。 レンタルで繰り返し見ながら、DVDを見つけたら値段も気にせず、 とにかく手に入れることしか考えずに買った3本目のドラマである。 なーんとなく、つまらんジョークの多いドラマという印象も強いが、 実際見てみると、実に気のきいたユーモアの多い、 それでいて、大切なメッセージをいくつも含んだドラマだと思わされる。 見るたびに、泣きどころが深まっていく感じだ。
安易なストーリーと非難するうるさ方もいることだろう。 特に最終話などは、新進気鋭の代議士の心を動かしてしまうのだ。 現実には、この久利生の言葉に動かされる政治家などいないだろう。 「そんなこともわからないで、国の将来語ってんじゃねぇよ」 しかし、我々は、久利生の言葉に、そーだそーだー! と喝采する。 そして、ドラマの中のこの若手政治家は正義漢だったので、 庶民の心、子どもの心を大切に新たな挑戦をしかける、、という展開。
久利生の仕事に対する姿勢は、全編に渡って、 検事というものの「あるべき姿」を表現している。 それは、第10話に至って、「真実を追究すべき者」全般、 つまり、検事だけでなく、警察、報道に携わる者、、、などなどへの、 「あるべき姿」へと広げられ、最終話では政治家にも広げられるわけだ。 第10話で、久利生はついに刑事の胸ぐらをつかみ、激怒する。 この刑事は、手柄を守るために、若者を冤罪で追いつめ自殺させながら、 あくまでもその若者を犯人に仕立て上げて立場を守ろうと躍起である。 「検事も、警察も、報道も、少しでも心が緩んだら人を殺せるんだよ。 これっぽちの保身で、人を殺せるんだよ。 そういうことを忘れちゃいけないんじゃないですか!!」 最後には屈服する刑事も、1度は抵抗する。 「そんなことは最初はわかってたんだよ。でも、そんなのは理想なんだよ」
文学史上の論争にも「あるがまま」か「あるべき」かという論争があった。 「あるがまま」を描くことも大切だ。 そういう真実探索の道もある。 しかし、「あるべき姿」を描くことも大切だ。 「あるがまま」に拘泥して「あるべき」真実を見失ってはいけない。 「あるがまま」の現実に必ず真実があるとは限らない。
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