TENSEI塵語

2007年06月16日(土) 土曜日の学習会

きょうから2年生の土曜学習会が始まり、
何と私がその初っ端の3、4時間目の担当になった。
今週ずっと、その教材に悩んでいた。
現代文をやるべきか、古文をやるべきか、漢文をやるべきか、
まずそこから悩まなきゃいけない。
そして、それを決めても、いったいどんな教材を選んだらいいのか。。。

単発の講座というのは本当に困る。
数回連続だったら計画の立てようもあるけれど、1回限りである。
次に私が担当するのは10月か11月で、それと連動はできない。

結局、補習を担当してもらっている先生の意向も汲んで、
ここ3週間ほど授業でやっている漢文をやることにし、
教材は最近出てきた語法をクローズアップしている問題文を2つ選んだ。
漢文に慣れてもらうのと、授業の補強と、そんな目的にしたわけだ。

国・数・英の教員はこういう余分な労力に悩まされる機会が多いわけだが、
(もちろん、補習・小テストその他、学力向上を名目にしたメニューが
 採り入れられるたびに、国・数・英の教員ばかり仕事が増える)
数・英の教員にとっては、教材の選択肢はそれほど広くない。
国語の場合は本当に困ってしまうのである。
わりと無頓着に「これでもやっておくか」で決めてしまう人もいるが、
私はなかなかそういう割り切りができない。
だから、きょうのたった2時間の講座のために、何時間も費やしてしまった。

こういうことがあるたびに、いっそのこと土曜日も通常授業の方がいいわ、
と思う。
現行の6時間×5日を、5時間×6日にするとかね。。。
日課も、朝読書10分、午前中3時間授業、昼食、午後2時間授業、、、
これはゆとりあるいい日課ではないか。
補習後に部活動に参加することも可能になるだろうし。。。
もちろん、その場合、我々教員には日曜以外にもう1日休日があるという、
そういう条件付きである。

だいたい、「ゆとり教育」の一環として週5日制になったものの、
かえってゆとりはなくなったというのが現場の実感である。
彼らの「ゆとり教育」が机上の論理に過ぎなかったからである。
しかも、学力だの教育だのについての基本的な考え方がいい加減なままの
机上の論理に過ぎなかったからである。
だから何年もしないうちに「見直し」が必要だと騒がれるようになったし、
今度向かう方向は、より窮屈な教育環境になって行くに違いない。
相変わらず、基本的な考えがいい加減で、現場を知らない、
無知な連中の机上の論理によって。。。


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