昨日・一昨日見た「皇帝ペンギン」の余韻がまだ残っていた。 北海道で発生した恐怖の竜巻の報道に接しても、 一方で「デー・アフター・トゥモロー」の前兆かと不安を感じつつも、 猛吹雪の中で、身を寄せ合って寒さをしのぐペンギンたちに思いを馳せた。
生き物のドキュメンタリー番組を見るたびに驚かされる。 その不思議さに心打たれ、感動する。 身を守り、種を存続させるさまざまな工夫をさせるのは、どんな能力なのか? また、そういう工夫を子に伝える方法は、 決して教育と学習と言えるほどのものではない。 繰り返し教え、学習するわけではないのに引き継がれる、 その能力はいったい何によるものなのだろうか?
皇帝ペンギンの場合だと、まず彼らは一定の時期に営巣地に集まる。 この地は、苛酷な条件は変わらないが、 地面となる氷の条件や外敵から身を守る点で、稀有な好条件なのだそうだ。 生まれたペンギンは、まだよちよち歩きの時から4年間海で生活するが、 大人になると、ちゃんとこの営巣地への行進に参加する。 そうして、配偶者を求め、出産・子育てに専念する。 我が子を無事出産し、守り育てる術もちゃんと心得ている。 オスは、妻がが産卵を終えてから食料を得る旅に出ることを知っているし、 妻が帰るまで、孵化して生まれた子を育てなければならぬことを知っている。 その努力たるや、敬服に値するものである。
特典映像では、アデリーペンギンの出産と子育てが描かれていた。 こちらは南極の春になると集まってくる。 皇帝ペンギンとは対照的に、暖かくなってから、山の上の岩場である。 そこで、小石を集めて巣を作る。 この小石集めにはかなりのご執心で、こっそり留守中に盗んだりもする。 この小石集めのおかげで、生まれた子を雪解け水に濡らさずに済むという。 配偶者を迎える前からオスが熱心にやっているこの小石集めも、 種の保存に欠かせない知恵だというわけだ。
こういうことを、彼らは言語を用いて論理的に考えたわけでもないし、 言語を用いてさんざん子どもに言い聞かせ教育したわけでもない。 なぜ彼らは、言語も理性・悟性もなしにこのような工夫を編み出し、 それを子々孫々に伝達することができるのだろうか? こういう自然界の知恵の仕組みは、不思議だ。まったくもって、不思議だ。
人間は、言語・知性・理性・悟性、、、すばらしい能力を得た。 しかし、知恵は次第に退化しつつあるようだ。 さまざまな理屈をこねくり回し、自滅への道もたどりかねない。 いや、自滅にとどまればいい方で、知恵に満ちた自然界も破壊しかねない。自然界から見たら、人間ほど愚かな存在はないのかもしれない。
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