先週から腹立たしい議論が会議に出ている、そのひとつが、 来年、学校祭日程に伴う、2学期の開始を2日早めるという話。。。 結局、夏休みが1日短くなった今年とは違って、 2学期の始業式を早めるならそれだけ1学期の終業式も早め、 夏休みの期間は確保する形で決着がついたのだが、 そうだとしたら3日早めるのが得策だろうという議論の時間がなかった。 とにかく、管理職の頭に、始業式を2日早めるという結論敷かなく、 そこに会議を誘導することに教頭が腐心しているさまがありありである。 教頭は議長である。 議長の原則をまったく知らないようだ。 実に下劣な会議というしかない、つまり、こういうのは会議とは言わない。
昨年、県教委が、夏休みの開始や終わりについては、 1週間程度の範囲で各学校で柔軟な対応をしてもよい、などという 実に無責任にして挑発的な通達を出した。 私はまずこのことからして、県教委に激しい怒りを抱いている。
夏休みは、夏が暑いから作られた。 まだ、自動車もそんなに走ってなく、エアコンどころか扇風機さえ 一般家庭にはなかった、のどかな時代に作られた。 オゾン層がどうのこうのとか、地球温暖化とか言われなかった時代である。 そんな時代から夏休みは必要とされていたのだ。 ところが、次第に夏の暑さは尋常ではなくなってしまった。 車が増え、どの車もエアコンを目一杯に作動させ、 一般家庭も企業のビルもエアコンをフル活動させ、 地上から発散する熱気と、相変わらず照りつける太陽とで、 数十年前とは比べものにならぬほど熱気がこもってしまうのだ。
私は、週休2日g取り沙汰されていたころ、週休2日に反対だった。 休日出勤が増える教員と、休日を満喫できる教員の格差が広がるだけである。 それは、ただ単に、部活動を見なければならない教員や、 受験主要教科を担当する教員の負担を増すばかりだと思ったのである。 (そして、実際そうなってしまった) 週休2日にするよりは、夏休みを長くしろ、というのが私の主張だった。 7月中旬や9月上旬などは、耐えられないほど暑い日が続くからである。 夏休みを延ばしたって、上記の格差の問題は変わらないが、 少なくとも、暑くて授業どころでない、という理由はあるからである。
その一方で、組合が集約する職場の施設関係のアンケートには、 毎年「全館冷房!!」とだけ書き続け、もしそれが実現するなら、 夏休みなどお盆休み程度でもかまわない、と考え続けてきた。 長い夏休みを設定する理由がなくなるからだ。
昨年の県教委の通達は、私のこういう考えとはまったく逆向きである。 先にとにかく社会の流れに屈して週休2日にしてしまった。 さらには、いくつかの祝日を月曜日にして、3連休が増えた。 これは実は、学校にとってはたいへん迷惑なことなのだが、 週休2日も月曜祝日も、経済効果を求める経済界からの要請なのだろう。 そうしたら、授業時間の確保ということをうるさく言わなきゃならなくなり、 学力低下を防ぐ方策をあれこれ指示しなければならなくなった。 そこで、夏休み40日間の攻撃に入ったのである。 「夏休みを減らせ!!」と高圧的には言わない。 そう言えば、非難が自分たちに集中することがわかっているからである。 「柔軟に対応してもよい」というのは自由の恩恵ではない。 「お前らで競争しあって夏休みを縮めろ。暑くったってそんなことは知らん」 という意味である。 まったく、根性の汚い通達なのである。
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