火曜日に始まった今週は、秋晴れの日が続いた。 ちょっと陽射しが強く、室内が暑く感じられる時間帯もあったが、 空気がさわやかで、風が心地よかった。 きょうは夕方まで家に籠もって、楽譜書きしたり横になったりを繰り返し、 夕方に外に出てその涼しさに驚いて、一層秋の訪れを強く感じた。 やっと秋らしくなりつつあるなぁ、、と思えるようになったのだが、 きょうは秋分の日、秋のど真ん中の日である。
昔の人は、日の出から日没までの時間のそれぞれの区切り、 つまり、日の出から日没までが一番長いとか、一番短いとか、 日没から日の出までの時間と同じだとかで、区切りを作った。 そのそれぞれの区切りは、それぞれの季節の雰囲気が出始めたころである。 ところが、安易にその日をその季節の始まりとはしなかった。 それぞれの中間に、それぞれの季節の始まりを置いた。 これは、なかなか奥深いことのような気がする。 きょうは、改めてそんなことを痛感したので、それを詳しく書こうと思った が、すでに一昨年の立春の日に書いていた。 市吹からの帰り道に頭の中で文章を考えていたが、 ほとんどはその日の日記の繰り返しだったようである。
それにしても、こういう季節感の用語と言い、和菓子の名前と言い、 実に奥深い情緒があるものだ。
昨日の朝のラジオで鈴木杏樹に「きんつば」の由来を教わった。 (本当は上の話題で終わるはずだったが、標題を変えたのである) 私の「きんつば」との出会いは、アイスキャンディーである。 小学生のころの好物だったが、名前が不思議でしょうがなかった。 小学生には「つば」は「唾」しか連想できなかったのだ。 名前は何となく気持ち悪いけれど、甘い氷に覆われた小豆の棒アイスは、 気持ち悪いどころかなかなか魅力的だった。
大人になってから、和菓子のきんつばに出会って、 ところどころが白い、薄い皮に覆われた餡菓子を見て、 なるほど、あの棒アイスの原型はこれだったかと、感動しつつ納得した。 それから何度か和菓子のきんつばを食べる機会はあったけれど、 幸い甘すぎるきんつばには出会ってない、たいていは上品な小豆味である。 しかし、きんつばの名前についてはまったくわからぬままだった。
江戸時代に大阪でこの菓子が作られた当初は、刀の鍔の形をしていて、 「銀鍔」という名前だったそうである。 それが江戸に持ち込まれ、少し製法が変わり、 名前も「銀よりは金の方がいい」ということで「金鍔」となった。 そのままの形を保ってくれれば、我々の感覚を悩ますことはなかっただろう。 明治時代に全国的に作られるようになったとき、 しだいに形が長方形になってしまったようである。 実際の形が「鍔」ではなくなったのに、名前にだけ「鍔」が残ったのが、 不幸の始まりと言えよう。 しかし、それ以降は、味の追求以外それほど変化なく安定しているようた。
半世紀生きてきて、初めて知ることが何と多いことか。。。
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