TENSEI塵語

2006年09月23日(土) きんつば

火曜日に始まった今週は、秋晴れの日が続いた。
ちょっと陽射しが強く、室内が暑く感じられる時間帯もあったが、
空気がさわやかで、風が心地よかった。
きょうは夕方まで家に籠もって、楽譜書きしたり横になったりを繰り返し、
夕方に外に出てその涼しさに驚いて、一層秋の訪れを強く感じた。
やっと秋らしくなりつつあるなぁ、、と思えるようになったのだが、
きょうは秋分の日、秋のど真ん中の日である。

昔の人は、日の出から日没までの時間のそれぞれの区切り、
つまり、日の出から日没までが一番長いとか、一番短いとか、
日没から日の出までの時間と同じだとかで、区切りを作った。
そのそれぞれの区切りは、それぞれの季節の雰囲気が出始めたころである。
ところが、安易にその日をその季節の始まりとはしなかった。
それぞれの中間に、それぞれの季節の始まりを置いた。
これは、なかなか奥深いことのような気がする。
きょうは、改めてそんなことを痛感したので、それを詳しく書こうと思った
が、すでに一昨年の立春の日に書いていた。
市吹からの帰り道に頭の中で文章を考えていたが、
ほとんどはその日の日記の繰り返しだったようである。

それにしても、こういう季節感の用語と言い、和菓子の名前と言い、
実に奥深い情緒があるものだ。

昨日の朝のラジオで鈴木杏樹に「きんつば」の由来を教わった。
(本当は上の話題で終わるはずだったが、標題を変えたのである)
私の「きんつば」との出会いは、アイスキャンディーである。
小学生のころの好物だったが、名前が不思議でしょうがなかった。
小学生には「つば」は「唾」しか連想できなかったのだ。
名前は何となく気持ち悪いけれど、甘い氷に覆われた小豆の棒アイスは、
気持ち悪いどころかなかなか魅力的だった。

大人になってから、和菓子のきんつばに出会って、
ところどころが白い、薄い皮に覆われた餡菓子を見て、
なるほど、あの棒アイスの原型はこれだったかと、感動しつつ納得した。
それから何度か和菓子のきんつばを食べる機会はあったけれど、
幸い甘すぎるきんつばには出会ってない、たいていは上品な小豆味である。
しかし、きんつばの名前についてはまったくわからぬままだった。

江戸時代に大阪でこの菓子が作られた当初は、刀の鍔の形をしていて、
「銀鍔」という名前だったそうである。
それが江戸に持ち込まれ、少し製法が変わり、
名前も「銀よりは金の方がいい」ということで「金鍔」となった。
そのままの形を保ってくれれば、我々の感覚を悩ますことはなかっただろう。
明治時代に全国的に作られるようになったとき、
しだいに形が長方形になってしまったようである。
実際の形が「鍔」ではなくなったのに、名前にだけ「鍔」が残ったのが、
不幸の始まりと言えよう。
しかし、それ以降は、味の追求以外それほど変化なく安定しているようた。

半世紀生きてきて、初めて知ることが何と多いことか。。。


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